20.ダニエルの憂鬱な一日が、幸せな一日へと変わる瞬間
(えっ? あっ、うん!?)
ど、どうしよう? メイベル以外の全員が気付いてるんだけどな……。言った方がいいのか、言わない方がいいのか。言った方が本人のためになるのか。いや、でも、やたらと誇らしげというか、ふっと笑い、「そうか……。一番鈍いお前が気が付いたか。そうかそうか」と言ってパンを取り始めたから、言わない方がいいかと思って口をつぐむ。
(悦に浸ってる今、メイベル以外の全員がアレンの恋心に気付いてたよって、そう言ったら傷付きそうだな……)
あのハリーとシェラでさえも気が付いてるのに。なんだかんだ言って、結局はメイベルのことが好きなんだろうなって、あのハリーやシェラでさえも気が付いているのに……。見ていられなくなって、トレイを持ったまま、アレンから目を逸らす。い、言わない方がいいよな? 多分、傷付くよな?
(こう見えて、繊細そうだし……。よし、黙っておこう)
いや、そうじゃなくて。好きなら好きで、早く告白して付き合えばいいのに……。勇気を出してアレンの隣に並び、木かごに盛られたパンを見下ろす。熱いライトに照らされ、ほんのりと光り輝いていた。
「あ、アレン? じゃあ、告白したらいいのに……」
「いや、俺、その、メイベルに嫌われてるからなぁ」
「えっ? そ、そんなことはないと思うけど」
「いや、だってこの前……。まぁ、いい。その話は! 大体、俺のこと好きならあんなこと言わないだろ。脈が無いんだって、今。絶対に」
「置いていかれたこと、根に持ってるんだね……?」
「何だよ!? お前だって置いていかれたクチじゃねぇか、おら!」
「えっ? 俺、もうパンはいらないんだけど……」
「食え。食って太れ」
「胃もたれするからいらない……」
何も考えずにぐちゃっと、料理の上に載せられたクロワッサン四個を見つめ、ハリーにあげようと決意する。流石に戻せないし、アレンは食べてくれないだろう。適当に親愛の証だのなんだの言って、ハリーにあげて食べさせよう……。俺が落ち込んでいると、ふんと鼻を鳴らした。
「お前な? 大家だからといって、シェアハウスメンバーの恋愛に口出すなよ。野暮だろ、そういうの」
(メイベルとアレンの場合、そういう次元で生きてないと思うんだけど……)
「いいか? とりあえずあれだ、メイベルが俺の顔を見たくない気分って言ってたから……」
自分で話していて、落ち込んできたのか、唐突に暗い顔を見せる。め、メイベル。そういう小手先の恋愛テクニックは君に向いていないと思うし、逆効果になっちゃってるよ……。
(あとで言った方がいいかもしれない。そうしよう)
アレンの肩に手を置いて慰めるべきか、嫌がられるだろうかと考えながら、右手を上げる。で、でも重い。トレイが重たい……。迷っていると、うつむいていたアレンが顔を上げた。
「ま、まぁ、メイベルが俺の顔を見たい気分になったらそうだな……。さっき、ピクニックに行きたいって言ってたし、バニラをダシにしてデートに誘うか!」
「アレン……」
「うるっせぇな! 脈が無いんだから仕方ないだろ!?」
「う、うん……」
言った方がいいのかなぁ。でも、今ここで俺がメイベルの気持ちを伝えてもなぁ。アレンだって嬉しくないだろうし、最悪、メイベルに怒られる……。そこまでを考えて、背筋がぞっとした。そうだ、メイベル、怒るとめちゃくちゃ怖いんだった。脳裏に目が怒っているのに、うっすらと微笑んでいるメイベルの顔が浮かび、背筋が震え上がる。
(いっ、いいいいいい言わないでおこう! ヘンリーにも迷惑かけるだろうし。最悪、俺がメイベルとヘンリーの両方から怒られる……。いや、マリエルさんにも怒られそうだ。ノアにも? あの二人は恋愛重視派だからなぁ)
そうこう考えている内に、アレンはいなくなっていた。慌てて席に戻ると、むすっと不貞腐れた顔をしてソファーに座り、サラダを食べていた。しぶしぶアレンの隣に腰を下ろすと、向かいで自作のソフトクリームパフェを食べていたハリーがかっと目を見開く。
「なんでダニエルさん、俺の隣じゃなくてアレンの隣に座んの……!?」
「えっ」
服を汚されそうで嫌だから? 目を血走らせ、ばりばりとコーンフレークを噛み砕き、手も口元もべたべたに汚したハリーを見て、後ろの背もたれへと背を預ける。アレンはぶすっとしたまま、ひたすらレタスと玉ねぎをよく噛んで食べていた。普段はよく噛んで食べないのに……。
「ねえ、なんで!? あと俺、ダニエルさんと一緒にご飯選びに行こうと思ってたのに!!」
「さ、騒がないで欲しい……周りに迷惑だから。あと、普通の人モードは?」
「どうしてダニエルさんは俺の隣を嫌がって、アレンの隣に腰かけるんだろう? それから一人で料理を選んで盛るのが淋しいから、ダニエルさんに全部やって貰いたい。アレンより俺のことを構って欲しい。甘やかして欲しい。心配して欲しい」
「気持ち悪いな。こいつの場合、普通の人モードでも何でも変わりゃしねえ。大変だな、ダニエルも」
(お、押し付けられた……)
でも、確かに言ってることは変わらない。同じだ。きりっと真面目な顔つきをしたハリーが頷き、「俺は俺だからね」と気が滅入るような名言を吐く。ああ、疲れた。俺はもう少し、アレンとメイベルのことについて話し合いたいのに。
(あと腹も減ったし、早く食べたいんだけどな……)
でも、ハリーが真面目な表情を保ったまま、顎の下で両手を組み合わせ、「ダニエルさんが構ってくれなきゃ泣く。あと、最初からソフトクリーム食べちゃだめだよって言って欲しかった。俺の健康に気遣って欲しかった」と言い出したので、諦めてソファーから立ち上がる。おちおち、ゆっくりと食事も出来ないのか……。
物言いたげな顔でアレンを振り返ってみると、無視をした。俺の視線を無視して、ひょうひょうとロールパンにバターを塗りたくり、口へ突っ込み始めた。全てを諦め、嬉しそうなハリーを連れて料理を選びに行く。
(ああ、俺だって今日はエレンとデートがしたかったのに……)
美術館に誘ってみたが、断られてしまった。彼女の好きそうなアンティークドレス展をやっていたから、誘ってみたのに……。フレデリックのアドバイスを取り入れて、デート服を選ぼうとしているし。せめて、メイベルと相談して決めて欲しかったなぁ。虚ろな表情でハリーと一緒に料理を選び、皿の上に盛ってやる。終始嬉しそうな顔をしていたから、まぁ、良かったけど。
「おう、遅かったな。俺はもう食い終わったぞ。デザート取りに行ってくるか」
「行ってらっしゃーい」
「あっ」
話したかったのに……。止めるため上げた手を下ろし、溜め息を吐く。隣の椅子に座ったハリーが心配そうな顔で「大丈夫? 悩み? 俺が話聞くよ?」と言ってきたので、首をふるふると横に振る。
(ああ、上手くいかない……いや、いつものことか)
エレンといると、上手くいくんだけどなぁ。不思議と頭が冴える感じがあるのに、今日はどうも上手くいかない。その後、会計を押し付けられたので三人分済ませる。アレンがさも当然といった顔をして、「お前、三十一だよな? 俺達より年上だよな?」と肩を揺さぶって言ってきたから。奢って欲しいのならそう言えばいいのに、奢るから……。
「よし。じゃあ、メイベルがつけてるネックレスに印をつけてあるから、それを辿って行くか!」
「おーっ!」
「しっ、印!? って、い、一体なに……?」
驚いて聞いてみると、こちらを振り返りもせずに、人が賑やかに歩いているショッピングモールをすたすたと歩いて口にした。
「メイベルが誘拐された時用にと、そう思ってだな……。ああ、これは本人も了承済みだからな? 俺の魔力から紡いだ石付きのネックレスをしてるから、そこから漂う、魔力の残滓を辿って位置を突き止めるんだよ。面白いだろ?」
「い、いや、ぜんぜん……」
「アレンって魔術オタクだよなぁ。一般人には分かんないから、そういうの」
「ああ? 面白いじゃねーか。まぁ、ろくに魔力操作も出来ないやつには分からないか」
ハリー、アレン、そういうことじゃない……。どうして誘拐されることを前提に、そんなネックレスを渡しているんだろう。言っても無駄だろうから、口をつぐむ。さっきまで距離を取っていたのに、ハリーとアレンが身を寄せ合い、楽しそうに喋っていた。
「なあなあ、アレン? 邪魔するってどういう風に邪魔するんだ? 俺、ギャアアア! って奇声を上げて突進しようかな!?」
「ああ、そんなのもいいかもしれないな! でも、服かけてあるラックの下に身を潜めておいて、お前がそこからほふく前進でバーッと出てきて、いきなり足元から脅かすっていうのはどうだ? 服屋にいる前提の話だけどな」
「いいかも~、それ! 楽しそうだ!」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ、二人とも! やっ、やめよう、やめよう……!!」
「あ? 珍しくきびきび動くじゃねぇか。邪魔すんなよ、今楽しいところなんだから」
「やっ、やめよう。周りの迷惑にもなるし、その、エレンが驚くだろうから!」
慌ててアレンの肩を掴めば、つまらなさそうな顔をした。ハリーもハリーで、きょとんとした顔で振り返る。
「えっ? いいじゃん、別に。誰かを怪我させる訳じゃないし、堂々と奇声を上げて走り回っていれば、周りもちょっと! やめてよ! って言ってこないよ? 俺、それして声かけられたことなんて一回も無いもん。迷惑って言われたことないし、大丈夫大丈夫!」
「声をかけないんじゃなくて、かけれねーんだよ。頭おかしいやつだと思ってっから」
「えええっ? でも、たまにはストレス解消も大事だよね……。周りの目を気にせず叫ぶのって楽しいよ?」
「だめだ。普通の人モードだの何だの言ってるが、変わらねぇな! よし、ハリーをけしかけよう。おい、ダニエル。俺らはちょっと離れたところで待機してようぜ! それでいいな?」
「えっ? い、いや、よくない……」
ああ、どうしよう。止められないかもしれない。でも、エレンが絶対絶対怖がるだろうから、何が何でも止めなくては。その時は後ろからハリーの口元を塞ごうと決意し、黙々と歩く。その間も、ハリーとアレンは楽しそうに話し合っていた。
(こんな時だけ仲良くされてもなぁ……)
溜め息を吐きながら二人の後ろを歩いていると、アレンが「あっ」と声を上げて立ち止まる。エレンとメイベルがいたのかと思い、後ろから覗き込んでみると、ちょうど、メイベルが紙袋を手に店から出てくるところだった。化粧品やアロマを売っている店だったのか、ふんわりと柑橘系の良い香りが漂ってくる。
「アレン!? どうしてここにいるの!? もしかして、ハリーと一緒にお買い物?」
「メイベル、お前、その顔は……」
「あっ、これ? 今さっき、店員さんにメイクして貰ったの! どう? 似合ってる? カイルさんがおすすめしてくれたリップとアイシャドウなんだけど」
さっきとは違い、肌の色に映えるコーラルピンクのつやつやとしたくちびるに、眩しく繊細に光っている目元。よくよく見てみると、ふんわりと淡いピンクがまぶたにのせられていた。睫もくるんとカールされ、眉毛も綺麗に整えられている。白い頬もさっきとは違って、ほんのり明るいストロベリー色に染まっていた。期待と自信に満ちて、目をきらきらと輝かせている彼女がすごく可愛くて、少しだけきゅっと、胸の奥が狭くなる。
「わぁ! 可愛いね、メイベルちゃん! 似合うよ、似合う~!」
「ありがとう、ハリー。褒めてくれて~」
(ハリーに先越されちゃってるよ、アレン……)
アレンはメイベルを見たまま、硬直していた。後ろから揺さぶってやろうかと思い、手を伸ばした瞬間、店から出てきたエレンが素っ頓狂な声を上げる。
「あれっ!? へっ!? ダニエルさん!? なんでここに!?」
「エレン。ああ、可愛いな」
メイベルと同じく、店のロゴが入った紙袋を提げているエレンもばっちり綺麗にメイクしていた。そばかすを生かしたナチュラルなメイクだったけど、いつもの目元のクマや顔色の悪さが隠されている。はっと無垢に開かれたグリーンの瞳を彩っているのは、品の良いベージュピンクとブラウン。くちびるもぽってりとした、サテンピンクで染まっている。思わず笑みが浮かんだ。服屋で買った服に着替えたのか、白地に水彩タッチの花柄が浮かんだワンピースを着ている。
「ごめん。今までずっと、その、実は尾けていたんだ……」
「おい!? 言うなよ、ダニエル!」
「いやいや、アレンさん? 俺、気付いてましたからね?」
「ついでに言うと、俺も気付いてたからな? 気付いてなかったの、エレンちゃんとメイベルちゃんだけだからな?」
「「えええええっ!?」」
アレンとメイベルが同時に驚く。両腕を軽く広げると、エレンが嬉しそうな顔で近寄ってきてくれた。
「ダニエルさん! でも、嬉しいです! その、真っ先にダニエルさんには見て欲しかったから……」
「可愛いよ、どれもよく似合ってる。でも、悔しいな。フレデリックが選んだ服とコスメだなんて」
「へっ? 一体どうしてですか?」
エレンの両手を持ち、微笑みかける。いつも可愛いけど、ますます可愛く見えた。俺のために努力してくれたのを知っているから、そのことを考えると涙が滲み出そうになる。嬉しかったし、今日の苦労が吹っ飛ぶぐらい、幸せだった。
「それはそうだよ。他の男が選んだ服をデートに着てくるなんて……。でも、ありがとう。人混みが苦手なのに、俺のためにこんな」
「いっ、いえいえいえ! なっ、慣れたいし! そっ、それにあの、も、もっともっと可愛いって言って欲しかったし、その、ちゃんと好きになって欲しかったから」
顔を真っ赤にさせてうつむく。彼女は“お情け”で付き合って貰ったんだって、まだ勘違いしている。手を伸ばして、落ちている茶髪を耳の後ろへとかけた。びくりと肩を揺らして、見上げてくる。澄んだグリーンの瞳がじっと、俺のことを熱っぽく見上げていた。
(好きって、ちゃんと言ったんだけどなぁ……)
まぁ、伝わっていないのなら何度でも言ったらいい。伝わったとしても、この先ずっとずっと何度だって言おう。彼女に「好きだよ」とそう。
「エレン。……好きだよ、大丈夫。君が元気で健康的な女性でも好きになっていたから。だからその、安心して欲しい。大丈夫。自信もって」
「だっ、ダニエルさん……!! 私も好きです! 大好きっ!」
感極まってしまったのか、勢いよく飛びついてきた。笑いながら受け止め、ふとみんなを見てみると、カイルは困ったような微笑を浮かべていたし、フレデリックはにやにや笑っていた。アレンは「ふんふん!」と鼻息荒いハリーを羽交い絞めにして、「落ち着けって! やめろって! 邪魔すんなって!」と言いながら止めていた。最後にメイベルを見てみると、どこかほっとしたような顔で笑ってる。
「じゃあ、メイベル? あと、ハリーにアレンも。カイルさんにフレデリックも! 俺、このままエレンとデートしてくるから! それじゃあ」
「ああ! 気をつけてな~。あとエレンちゃんにべたべた触ってごめんよ~」
「てめぇな! わざとかよ、あれ!」
「うっ、ううう、このあと、ダニエルさんと一緒にソフトクリーム食べようと思ってたのに。だっ、ダニエルさんは俺と一緒で永遠独身連盟に加盟してると思ってたのに……!!」
「うわ、気持ち悪いな。お前。本当に」
「永遠独身連盟ですか……なさそうでありそうな連盟の名前ですね」
「いや、ねーだろ。怖ぇよ、本当にあったら」
カイルが顎に手を当て、べそべそと泣くハリーを見つめる。笑って、手を振って別れた。
(ああ、うん。良かったなぁ、エレンのことを好きになって)
メイベルのことが好きな時には気付かなかったけど、彼女はどうもマイペースで、好奇心旺盛で、誰とでも仲良くするし誰とでも距離が近い。たとえ好きだと伝えて、一緒にいたとしても、どこかで俺が置き去りにされていたような気がする。だから、同じペースで色んなことを楽しめるエレンのことを好きになって良かった。
「エレン、疲れただろう? どこかに入って休憩しようか」
「ええっ? で、でも、ダニエルさんと合流したばっかりだし」
「無理しないで。お昼ご飯は? 食べた?」
「じ、実はまだで……!!」
「じゃあ、一緒に軽く食べようか。実を言うと俺、ハリーにほとんど取られてろくに何も食べてないんだよ」
「とっ、取るって!? 食べ物を!?」
「あと時間と気力、かな……。ハリーに奪われたものは」
「はっ、ハリーさんってすごいんですね?」
「ある意味ね。じゃあ、行こうか。どこで何を食べたい?」
エレンの手を握り締め、笑いかけると、エレンもふんわりと嬉しそうに笑ってくれた。良かった。さっきまであった切なさや淋しさがすっかり消え失せ、満ち足りた気持ちになる。俺にはエレンがいるから、もう大丈夫。
(ああ、あとはアレンがさっさと告白してくれたらいいんだけどな~……無理かなぁ)




