16.ダニエル・ウォントのお見合い
朝からずっと、物言いたげな顔をしていたな。豪華なシャンデリアが浅い陽射しに照らされ、きらきらと光り輝いている。驚くほど高い天井に、なめらかな深紅の絨毯は芸術品のような美しさで、嫌と言うほど質の良さが伝わってきた。横のガラス窓からは、ホテルの美しい中庭が見える。緑の芝生が目に優しく、どこか非現実的な光景だった。
優雅なテーブルとソファーセットの間を歩くウェイターも、ホテルの格式に相応しく、ぱりっと糊のきいたスーツを着用している。……本来、こういった場は得意だ。幼い頃から出入りしているホテルだし、息が詰まると言えば詰まるが、幸いなことに緊張はしていなかった。
(メイベル……。申し訳ない、戸惑っていたな)
出されたホットコーヒーを飲みながら、思考を切り替える。母に「着ろ」と言われ、押し付けられたスーツは青みが濃い、品のある紺色スーツだった。仕立てたもののようにしっくりくるし、サイズもぴったりだった。黒髪も丁寧に整え、額を出してある。メガネをかけるべきかどうか迷ったが、結局、マリエルさんが「無い方が素敵よ。まるで別人だわ」と言ってくれたので、かけていない。
ゆっくりと味わいながら、コーヒーを飲んでいると、お見合い相手の叔母だという女性が話しかけてきた。短い赤茶色のはねた髪に、赤茶色の瞳を持ったふくよかな女性で、何故か目に痛い、マゼンタピンクのツイードスーツを着ている。
「ごめんなさいね、本当にあの子ときたら! ほら、今日は暑いでしょう? 特に夏が苦手みたいで……。ごめんなさいね、もう! 昔から繊細で、気が弱い子なの。困るわ、本当に。こういうのが続くとね。ダニエルさんにも迷惑かけてしまって。本当にごめんなさいね」
「いえ、今日は仕事も休みなので……。それに、俺も夏は苦手です。嫌いです」
ガラス窓越しに見える、緑豊かな中庭と芝生、それにやたらと豪華な噴水を眺めていると、ねっとりとした甘い微笑みを浮かべ、鼻にかかった声で話しかけてきた。
「あら、じゃあ、気が合うかもしれないわね。それにしても……最後にお会いしたのはいつだったかしら? 中学生かそこら? 本当に、男の子って成長が早いわねぇ~。あの頃とは比べものにならないぐらい、立派な男性になって」
「ありがとうございます。恐縮です……」
どうも苦手だ、この女性は。緊張していたせいか、名前も覚えていない。名乗ってくれたはずだけど……。ぎこちなく微笑みながら、手を組み直し、横の景色を眺めていると、さらに色々と言ってきた。
「それに、お仕事も順調だとか……。聞きましたよ、何でも大手との契約を取り付けてきたとか」
「いや、あの、それはサポートしてくださる先輩方がいてくれたお陰なので……。俺の手柄という訳じゃ、」
「私にもね? 年頃の娘が一人いるのよ。あの子みたいに繊細じゃないし、気の良い子だし、今日、もしも上手くいかなかったらどう? 一度会ってみない?」
あからさまだな。俺が引きこもっていた時は、見向きもしなかったくせに。それにその、気の良い子とやらは、ヘンリーの彼女に「近付かないで」と言ったり、執拗に嫌がらせをしてきた女の子だったような気がする。……ああいう女性に散々絡まれてきたから、今もヘンリーは恋愛に積極的になれない。まいっていると、向こうから、お見合い相手らしき人がやって来た。
「ねぇ、だから今日このあと、」
「失礼。来たみたいですよ、姪御さんが」
「あら。意外と早かったわね」
どうでも良さそうに呟いたあと、振り返った。合っていたか。確か、エレン・マークビーという名前だったはず。ふらふらと近寄ってきた女性は、焦げ茶と金色が入り混じった髪をゆるく上げ、白い首筋へとおくれ毛を垂らしていた。びくびくと、怯えたようにこちらを見つめるのは、澄んだグリーンの瞳。今にも卒倒しそうな、青白い顔にはそばかすが散っていた。着ている服は、白地に黄色とオレンジ色の花柄ワンピース。見ていて不安になるぐらい、痩せていて骨ばっているせいか、サイズが合っていなかった。色も浮いて見えた。
(なんだ。よってたかって不細工だの、貧相だの言っていたが……。美人じゃないか)
母も、この叔母とやらも「あの子は本当にだめなの、ぜんぜんだめ」と言っていたから、どんな女性が来るのかと、そう思って身構えていたが、綺麗な女性だった。途端に緊張する。が、向こうの方が緊張していた。今にも倒れそうな顔色で、きゅっとくちびるを引き結び、ふらふらとした足取りで近寄ってくる。
「おっ、おおおおっ、お待たせしました、叔母様……。申し訳ありません、本当に。気分がわっ、悪くて……」
「見れば分かるわよ、そんなの。じゃあ、私はこれで」
「えっ!? あっ、あの、いてくださらないんですか!? 自己紹介もまだですよね……!?」
「それぐらい、自分でちゃんとしなさい。あなたももう、そんな子供じゃないんだから」
「あ、は、はい……」
冷たく言い放たれ、うつむき、細い両手をきゅっと胸元で握り締めていた。緊張が和らいでいく。それにしても、娘と俺の見合い話を進めたいのかもしれないが、いくら何でもこれはあんまりだろう。ふつふつと、腹の底から怒りが湧いてきた。
「それじゃあ、私はこれで。ダニエルさん」
「……はい」
嫌な微笑みを浮かべ、頭を下げてきた。腹が立つ。彼女への嫌がらせなのか。その遠ざかっていく後ろ姿を見て、溜め息を吐いたあと、どうしようと顔に書いてあるエレンに向かって、柔らかく微笑みかけ、ソファーから立ち上がる。
「初めまして、お会い出来て光栄です。ダニエル・ウォントと申します。大丈夫ですか? こちらへどうぞ」
「はっ、はははっ、はい、あの、おひっ、お久しぶりです……」
しまった。覚えていないから、初めましてと言ってしまった。死にたい気持ちで冷や汗を掻いていると、彼女ががくがくと震えながら、「はじっ、はじっ、初めましてですよね……!? すみません、すみません!!」と言って、激しく頭を振り始めた。ちょっと落ち着いて欲しい。ここはちゃんと、俺がエスコートしなくては……。
「いえ、久しぶりで合っていますよ。申し訳ありません、覚えていなくて」
「いっ、いえいえ……!! だって、とっ、当然ですよね!? わっ、私はその、しっかり覚えているんですけど。あの時、助けてくださったから……」
癖なのか、しっかりと両手を胸元で組み合わせている。ソファーに座ってくれないな……。仕方ないので背中に触れないよう、手を添えつつ、ソファーを手で指し示す。
「あの、大丈夫ですか? 一旦座った方が、」
「ひっ!? すっ、すすすすすみません……!! あのっ、座ります! 申し訳ありませんでした! 私があの、面倒臭くて、本当に……」
昔から何度も何度も繰り返し、そう言われてきたんだろう。青ざめながら「すみませんでした」と言い、震えつつソファーに腰を下ろした。俺より震えているし、緊張している……。さっきまでの緊張はどこかにいっていた。向かいに腰を下ろし、メニュー表を渡す。
「良ければどうぞ、パフェやケーキセットを頼んでください。俺が奢ります。食欲があればの話ですが……」
「えっ!? でっ、でででででも、いっ、いいんれすか!? いやっ、あの、いいんですか……? 本当に」
「はい。でも、食欲が無ければ頼まないでくださいね……? 具合も悪そうだし」
その言葉を聞いてじわりと、澄んだグリーンの瞳に涙を浮かべる。どっと、首筋に汗を掻いてしまった。どうしよう? まずったか。
「あ、あの、ダニエルさんは昔と変わらず、すごく優しいんですね……? そっ、それにあの、おっ、おも、思っていたよりも素敵になっていて驚きました。わ、わたし、その、ぜんぜん釣り合ってないですよね!? お、お恥ずかしい……」
「えっ? いや、あの、釣り合っていないのは俺の方な気がしますが」
「えっ!? いっ、一体どうしてですか!?」
「だって、美人だから。綺麗ですね、そのワンピースもよく似合っています」
自殺行為とも言える、営業部への配属で培われた微笑みをそっと、甘く浮かべてみる。コネ入社だからか、意外とみんな優しくしてくれた。何故かエレンの父親にいたく気に入られ、「婿になって俺の会社を継ぐのなら、これぐらい、やって貰わなくちゃな!」と言われたため(悪夢のようだった)、頑張っているが、こうしてその成果を発揮できて良かった……。でも、今にも泣き出そうな表情を浮かべ、顔をぐしゃりと歪める。ま、間違えたか!? それとも、俺に褒められるのは嬉しくなかったのかもしれない……。
「そ、そんな風に言ってくれるの、ダニエルさんだけです……!! あっ、ありがとうございます!!」
「えっ? あ、ああ、良かったです……」
「じゃ、じゃあ、あの、せっかくだから、このパフェを頼もうかな……?」
「どうぞどうぞ。俺は胡桃とコーヒーのケーキが気になっていて。頼もうかな」
さして食べたい気分じゃなかったけど、エレンが申し訳なさそうな顔で「すみません、私だけ食べていて……」と言う光景がありありと浮かんできたから、俺も頼むことにする。コーヒーのケーキ自体は好きだし……。期間限定のマンゴーパフェが裏に載っているメニュー表を見ながら、そう言ってみると、これが気になったのか、ちらちらと見てくる。
「……あの、マンゴーパフェ。お好きなんですか?」
「へっ!? どっ、どうして分かって!」
「いや、このメニューの写真を見ていたので……」
「すっ、すすすすすみませんっ……!! でも、それ、一番高いメニューなので。ご馳走して貰うのはちょっと、申し訳ないかなって」
「別に大丈夫ですよ、これぐらい。好きなのを頼んでください」
お嬢様育ちのはずだが、金銭感覚は普通だ。良かった。少しだけほっとする。
(それにしても……父親の様子を見る限り、目に入れても痛くないぐらい、可愛がっていると思っていたんだが)
でも、常にどこか怯えた様子でうつむいている。まるで、昔の自分を見ているようだった。一旦、メニュー表を置いて話しかけてみる。
「どうしますか? あとはマンゴーパフェと……紅茶かコーヒーのどちらか」
「ええっと、じゃあ、紅茶のアイスを……お砂糖は抜きで」
「分かりました。じゃあ、そう頼んでおきますね。すみません、注文したいのですが」
ちょうど通りかかったウェイターを呼び止め、注文する。そこでようやく緊張がほぐれてきたのか、ほっと息を吐いて、お水を飲んでいた。でも、それはさっき、叔母さんが飲んでいたやつ……。
「それと、新しいお水をください」
「かしこまりました」
「ぐっ!? ぶ、げふっ、げふっ!!」
「だ、大丈夫ですか?」
「お客様、大丈夫ですか……?」
そのことに気が付いたのか、唐突にむせ始めた。しまった、お水を頼まない方が良かったかもしれない。赤いような、青いような顔をして、ぶんぶんと首を横に振っていた。どうやら、ウェイターと俺に「気にしないでくれ」と言っているらしい。ウェイターが去ったあと、羞恥心からか、見ていて気の毒なほど、顔を真っ赤にさせてうつむいている。
「あの、大丈夫ですか? 急にむせることってありますよね……」
「は、はい。あの、すみませんでした……。私、昔からこうなんです。だめなんです。すみ、すみません。せっかく、あの、その、ダニエルさんにも迷惑をかけてしまって……」
「迷惑なんかじゃありませんよ。謝る必要なんて無い」
極力、優しい声を出して慰めてみた。すると、またじんわりとグリーンの瞳に涙をため、こくこくと無言で頷き出す。手の震えはまだ、おさまっていない。でも、さっきと比べて、がたがたと全身を震わせてはいなかった。
「あの……ありがとうございます。その、こっ、このお見合い、断りにくいでしょう? だって、わ、私の父が勧めたものだし……」
「すみません。断る前提で話を進めないで欲しいのですが……」
「えっ!? だっ、だって、嫌でしょう? わ、私、叔母様からもお母様からも、もう少し太るよう、そう言われてたんですけど……。ぜ、ぜんぜん、ご飯がちっとも食べれなくて。がっ、がりがりの、骨みたいになっちゃって」
「確かに痩せてはいますが、そこまでは……」
不健康には見えるが、病的なほど痩せてはいない。クラスにも一人か二人、体が弱くて食べれなかった女子がいたような気がする。その子達と同じぐらいの細さだった。またさらに涙ぐんで、ふんにゃりと笑う。その笑顔がすごく可愛くて、心臓がどきりと跳ね上がる。
「あっ、ありがとうございます……!! わ、私、私、その」
「はい」
「お、叔母様にも、お母様にも、呆れられていて……愛想を尽かされちゃっていて。いっ、いいいっ、今までのお見合い相手の男性にもその、迷惑かけちゃって。あき、呆れられて……。で、でも、こっ、今回は、何とかデートまで漕ぎつけることが出来そうでほっとしています! あっ、ありがとうございます!! これで母に顔向けが出来ます……」
「ええっと、はい。また空いている予定を確認して、お伝えしますね?」
「ひっ!? す、すすすっ、すみません……!! 私ったら、勝手にそんな、デートを決めてしまって! お断りですよね!? こんな、こんなっ、何も出来なくて優柔不断で、骨と皮だけの女とデートだなんて……!!」
「いや、そんなことはありませんよ……?」
どうしよう。俺より暗い人に会ったのは初めてかもしれない。エレンがすっかり縮こまり、耳まで真っ赤にさせていた。……でも、可愛い。守ってあげたくなる。何かが胸の中で熱く、動き出していた。さっきまで、あんなにメイベルのことを思い出していたのに、もうどうでも良くなっていた。アレンがいるし、大丈夫だろうと、そう思えるようになっていた。
「あの、エレンさん? ぜんぜん、急かすつもりはないんですが……。俺はこれから、あなたと結婚に向けての話し合いが出来たらな、と。そう思っています」
「え」
「も、もちろん、あなたが嫌でなければですが……。すみません。久々に会ったばかりなのに、唐突にこんな話をしたりして」
彼女となら、この先も上手くやっていけるような気がする。顔を上げて見てみると、また涙ぐんでいた。感動しているように見える。それから、こぼれ落ちた涙を指先で拭い、ふんわりと嬉しそうに微笑んだ。夏の向日葵が咲き綻んだような微笑みだった。
「は、はい。私で良ければ、あの、喜んで……。わ、私、だっ、ダニエルさんが初恋の相手なので嬉しいです」
「えっ!? そうなんですか……?」
「は、はい。あの、ご負担になっちゃうかもしれないんですけど、とっ、とととと途中で嫌になったらぜひ、お断りして頂けるといいので!!」
「落ち着いてください。ええっと、そんなことにはならないと思うので……」
「うっ、や、優しいですね、ほんと……昔とぜんぜん変わってない」
記憶がおぼろげで、あまり覚えていない。確か、泣きべそをかいていた女の子を慰めたような気がする……。顔が思い出せない。どうしよう、申し訳ない。困って沈黙していると、涙を拭いながら、また微笑んだ。
「わ、私、こうしてまた、ダニエルさんとお会い出来て嬉しいです……どうぞ、これからもよろしくお願いします。が、頑張りますので……」
「別に頑張らなくていいですよ、大丈夫ですよ」
はたと、顔を上げて見つめてきた。限界まで、綺麗なグリーンの瞳が見開かれている。何故かそれを見て、笑えてきた。
「俺にも足りないところが沢山あるし……二人でゆっくりやっていきましょうか。あ、パフェが来ましたよ。大きいな」
「は、はひ……」
ふんだんに生クリームとマンゴーが盛り付けられている、豪華なパフェを見て青ざめていた。どうやら、食べ切れないサイズだったらしい。でも、確かにこれは大きすぎるな……。
「かなり大きいですね……。詐欺だな、これは。あの、良かったら残った分、俺が食べましょうか?」
「えっ!? いっ、いいんですか!?」
「はい。好きなだけ食べてください。残りは俺が食べるので」
「すっ、すみません、すみません!! 勝手に頼んだくせに、半分以上食べれなさそうで!」
半分以上、食べれなさそうなのか……。じっと、運ばれてきたコーヒーと胡桃のケーキを見つめる。高級ホテルらしく、お上品なサイズで良かった。それに、緊張して朝食もろくに食べていないし。喋っていたら、腹が減ってきた。
「俺、ちょうど腹が減っているので……。大丈夫ですよ。マンゴーだけ食べても」
「う、ウエハースもなんとか……!!」
「気にせず、食べたい部分だけ食べてくださいね?」
「は、はい。ありがとうございます……優しい」
感動しながら目を潤ませたあと、すぐにパフェスプーンを手に取って、嬉しそうにマンゴーを頬張り始めた。が、半分も食べられなかった。どうも、太るために頼んだらしい。青ざめ、小刻みに震えている。
「すっ、すすすすすみません……。マンゴー自体は好きなんですけど、生クリームはその、ちょっと苦手で」
「別に大丈夫ですよ。俺は生クリーム、好きなので」
本当はそう好きでもなかった。でも、彼女に青い顔をさせたくなかった。虚勢を張って、美味しそうに生クリームを頬張っていると、ほっとしたような顔をする。
「良かった……。生クリーム、お好きなんですね? 覚えておきます!」
「……」
うっと思ったが、口に出さないでおく。笑顔を保てているだろうか……。不安だ。彼女がふんわりと、さっきまでの怯えを取り払った、可愛らしい笑顔を浮かべる。
「あと、ダニエルさんの好きな食べ物は? そ、その、また、こうして、一緒に食べたいので……」
「ええっと、そうですね……。お恥ずかしながら、好き嫌いは多い方で。肉より魚が、揚げ物より野菜が好きです」
「あっ、わ、私と一緒ですね……!! ピザとかも苦手で」
他愛も無い話をしながら、何とか食べ切ることが出来た。でも、さすがは高級ホテルといったところか。マンゴーはどれも瑞々しくて甘かった。中に入っていたスポンジ生地もオレンジ風味で美味しく、酒が効いていた。それに、ぱりっとしたコーンフレークとアーモンドスライスまで入っていたし、量さえ、少なければ完壁だった……。レジで財布を手に持ちながら、ひっそりと胃の辺りを擦る。
(レモン風味のムースにかなり助けられたな……誤解を早く解かなければ。生クリームたっぷりのケーキを勧められてしまう)
外で待っている彼女の下へ向かうと、嬉しそうに微笑みかけてくれた。それを見るだけで、胃の重たさが吹っ飛ぶような気がする。
「あの、ご馳走様でした……。ありがとうございます」
「いえ。それじゃあ、ええっと、あなたの叔母様は」
「あら、もう終わったの? 早かったわね」
どこかで買い物でもしてきたのか、両手に大きな紙袋を持っていた。がさがさといわせながら、にこやかに微笑んで近付いてくる。思わず、後退ってしまいそうになった。
「もうごめんなさいね、本当! この子のことだから、沢山迷惑をかけたでしょう? ダニエルさんはお世話になっている手前、言いにくいでしょうから、エレンのお父様には、私の方からお断りの連絡を、」
「いいえ、それには及びません」
青ざめてうつむいていた彼女の背中に、そっと手を添え、隣に立つ。気持ち悪がられないだろうかと、一瞬、そう思ったが怒りが勝った。……勝手に決めようとしやがって。
「エレンさんとは今日、少し喋っただけですが、意気投合しまして……。彼女以外の女性は考えられません。ご紹介して頂き、本当にありがとうございます」
「あ、ああ、そうなの?」
「はい。それでは、これで。行きましょうか、エレンさん」
「はっ、はい……!!」
優しく微笑みかけ、ロビーの出入り口へ向かって歩くよう、無言で促してみると、真っ赤になってこくこくと頷いてくれた。良かった、ほっとした。一刻も早くあの女性から離れたい。ホテルを出て、樹木が茂る並木道へと行き、木陰の中に入る。からっとした暑さではあるものの、なにせ陽射しが強い。早くタクシーを捕まえて、彼女を乗せなくては。
「す、すみません。勝手に触れてしまい……」
「いっ、いえいえっ!! すっ、す、素敵でした! ありがとうございます!!」
「なら良かった。ええっと、俺、タクシーを捕まえてくるので、ここで待っていてください」
「あっ、あの!」
「はい?」
彼女がぎゅっと、スーツの袖口を握り締めてきた。でも、すぐに手を放す。不思議に思って見下ろしていると、両目を固く閉じ、真っ赤な顔で言ってきた。
「もっ、もう少しだけその、ダニエルさんと一緒にいたいです。私……」
「……」
「だっ、だめですか!? あのっ、わっ、わがまま言っちゃってごめんなさい……!!」
「あ、ああ、いえ、大丈夫ですよ。それじゃあ、ええっと」
メイベルが先日、行っていた植物園が近くにある。あそこなら涼しいし、休むところも沢山あるし、彼女にぴったりなんじゃないか。初デートとしては、まずまずの場所のような気がするし……。
顔が熱くなってきた。どうかどうか、ばれませんように。夏の強い陽射しのせいにできますように。そう思って笑い、彼女に手を差し伸べる。風に吹かれ、ゆらゆらと揺らめいている木陰が、エレンの金茶色の髪を彩っていた。夏の木陰の中で、彼女が照れ臭そうに微笑み、そっと俺の手に手を重ねる。
「行きましょうか。近くに素敵な植物園があるんです。案内しますよ」
「はっ、はい!」
「でも、パンプス履いていますよね? 大丈夫かな……。ここから数分なんですけど」
「だっ、大丈夫です! ちょっとぐらいなら歩けます……!!」
<その後 靴擦れした>
「すっ、すすすすすみません……!! わ、わだし、よっ、余計なことばっかして、迷惑をかけて!」
「いや、靴擦れは仕方ないことかと……サイズ、合うといいんですが」
「あっ、合ってます!!」
「合ってないですよね? ぶかぶかなので買い直してきます。すみません」
「ふぁっ、ふぐっ、ダニエルさん、優しい……!! すみません、本当にすみません!!」
「いえ、プレゼントなので。どうぞお気になさらず」
「ふぁっ、お、王子様みたい……!!」
「王子様みたい……。そんなこと言ってくれるの、エレンさんだけでしょうね。待っててください、すぐに戻りますから」
「はい!」




