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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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13.不思議で美しい植物園と押しに弱い彼女

 


 固く閉じられていた、陶器のような乳白色に、淡い薔薇色が滲んだつぼみが徐々に開いて、私の目の前で咲き綻んだ。花弁は薄く、宝石のように透き通っていて、きらきらと光り輝いている。


 まるで職人が手作業で一つずつ、真っ赤なルビーを薔薇の花弁にするべく削って、繋ぎ合わせ、大輪の薔薇にしたかのようだった。ほうと、感嘆の息を吐いて眺めていると、後ろからアレンがやってきた。今日は黄みがかったシャツの上から、麻の灰色ジャケットを羽織って、チノパンツを履いている。頭には珍しく、灰色の地に黒いリボンが巻かれた、品のある中折れ帽をかぶっていた。


「メイベル、お待たせ。ここにいたのか」

「あっ、ごめんね? その、つい……綺麗で見惚れちゃって。今、花が咲いたところなの! ほらほらっ」


 目の前で咲き誇っている薔薇を指し示すと、ふっと笑い、「そうか。ラッキーだったな」と言いながら私の隣に立つ。上から、眩しいほどの陽射しがさんさんと降り注いでいた。ドーム型のクラシカルなガラス張り天井には、深いグリーンの蔦と薔薇が絡み合った、アンティークの鉱石シャンデリアが吊り下げられている。床は白いタイル張りで、展示されている貴重な植物鉱石に配慮をしてか、よく冷房が効いていて涼しかった。


「じゃあ、一通り見て回ったし移動する? あっ、でも、ノア達はどこに、」

「あ? あいつらはまだトイレ。あと、メイベル?」

「ん? どうしたの?」

「そのTシャツの柄、変えてもいいか……?」

「なんで!? これ、お気に入りなのに!?」

「お気に入り、ねえ……」


 淡いブルーの地に、美味しそうなミントチョコアイスと赤ちゃんアザラシがプリントされたTシャツを引っ張りつつ、アレンを見上げてみると、何故かすごく嫌そうな顔をした。あれかな? もしかして似合ってなかった?


「なんっで、ハリーとお揃いのTシャツなんだよ……おかしいだろ!? お前もお前で、そんなTシャツを受け取ってわざわざ着るなよ……」

「えっ? でも、美味しそうだしこれ。あれかな? 似合ってないかな?」

「お前に似合わない服なんてこの世に存在しない。似合わなかったとしたら、それは服が悪いんだ」

「そ、そっか。ありがとう……でも、せっかくプレゼントして貰ったんだし。柄は変えたくないかなぁ」


 笑ってTシャツを見下ろしていると、またさらに嫌そうな顔をする。そうやって異国情緒漂う、クラシカルな植物園に佇んでいると、服装とあいあまって昔の人に見えた。まじまじとアレンを見上げていると、渋い顔つきのまま、帽子をかぶり直す。


「とにかくもそれ、捨てる気はないんだな?」

「な、ないけど、ええっと、どうしてこのTシャツが嫌いなの? あっ、それともいっそのこと、アレンも一緒にこれを着て、お揃いにしちゃう!?」

「しちゃわねぇよ! 無理だ!! それにほら、お前とハリー、カップル感が出てるし……」


 アレンが言いにくそうに、もごもごと呟いてからそっぽを向く。えっ!? でも、これは迷惑行為をするハリーの恋人に間違われたら、私まで警察に捕まるんじゃないかっていう、心配をしているだけかもしれない……。だめよ、私。また下手に期待なんかしたら! 以前だって、フレデリックさんとお芝居を見に行く約束をした時、やたらとそわそわしてたから、嫉妬してくれたかと思ったのに、「寒いだろ、向こう。ブランケット持って行けよ?」って言って、かばんへ丁寧に突っ込んできたし……。冷静になるために一旦、胸元に手を当てて、両目を閉じる。


「うん……。あのね? ハリーも今日は普通の人モードになってるから、警察に捕まったりしないよ?」

「えっ!? 一体、何の話だ……?」

「おーい、お待たせー!」

「ハリー、ノア!」

「ごめんごめん。お待たせ」


 私とお揃いのTシャツを着たハリーと、今日は長い黒髪ウィッグをつけて、麦わら帽子をかぶり、白いノースリーブのシャツワンピースを着たノアがやって来た。


「じゃ、行こうか。次は宝石蝶の展示を見に行きたいんだ! 俺」

「お前、ハリー……気持ち悪いんだけどなぁ、それ」

「同感。トイレ出たところで、ハンカチで手を拭いてるの見てぞっとした。いつもは手を振って水気を飛ばしてるだけなのに」

「二人とも、酷いな~……メイベルちゃん、行こっか! 十五時までの展示だって」

「分かった。行こっか」


 パンフレットを片手に持ち、ハリーが先頭に立って、“宝石蝶の展示はこちら”と書かれた看板の方へと足を向ける。振り返ってみると、アレンとノアがぞっとした顔をしていた。でも、確かに私もちょっと慣れないかも……。


「あれだね? ハリーは普通になると、みんなから嫌がられちゃうんだね……」

「ねえ、待って!? 悪口!? ねぇ、悪口!? 俺、どっちで生きていけばいいの!?」

「うーん、重要な場面では普通になるとか……?」

「そうか。トイレでうんこしてる時とか?」

「おい。個室で一人、まともになって一体どうするんだよ? お前はアホか」

「公共の場では、そのまともモードを発動してればいいんじゃない?」

「なるほど。じゃあ、ノアの意見を採用してそうしてみるとするか~……」


 重たいガラス扉を開けて、入ってみると、すぐにふわりと宝石蝶が飛んできた。中は熱帯の植物で埋め尽くされていて、蒸し暑い。平日の午後だからか、人は少なかった。白と黒のひし形タイルが敷かれた床の上を歩いて、その幻想的な光景を見上げる。


 きらきらと、色鮮やかな宝石蝶が眩しいほどの陽射しの中で、その薄く引き伸ばした、宝石のような羽を煌かせながら、木と木の間を舞っている。深いエメラルドグリーンと、ピンクの宝石を繋ぎ合わせたような可愛い蝶に、鮮血に浸したかのような真っ赤な蝶々。世界の影を切り取って、蝶にして飛ばしたみたいな、漆黒の蝶まで飛んでいた。しばらくの間、声も出せずに見惚れていると、ひらりふわりと、近くまで降りてきて、肩や頭のあちこちに止まってくれる。


「わっ、わ~……可愛い! あっ、指に止まってくれた! 人懐こいって噂、本当だったんだね!?」

「食いたい。腹減った!」

「食ってどうする? 絶対に味しないぞ、これ」

「なんかシャリシャリしてそうだよね……あ、本当だ。指に止まってくれた」

「可愛いよね~! ほらほらっ」


 ノアの白くて長い指先に止まった蝶は、ダイヤモンドのように眩く輝く銀色の蝶だった。二人で微笑みあい、指先に止まった美しい蝶を眺める。アレンは帽子にたかられて鬱陶しかったのか、帽子を脱ぎ、溜め息を吐いていた。


「あ~……これだけ綺麗なら、そうだ、カメラ!!」

「またメイベルちゃん、撮る気なんだ?」

「そりゃそうだろ。あ~、お前らもついでに撮ってやろうか? ついでに」

「じゃあ、俺がメイベルちゃんとアレンを撮ってあげようか!?」

「「えっ!?」」


 どうしてか、何十匹もの眩く輝く蝶にたかられたハリーが慈愛の微笑みを浮かべ、胸元に手を添えた。どこから出したのか、すでにもうカメラを構えていたアレンが怯え、じりじりと後ろへ下がる。ハリーがにっこりと優しい微笑みを浮かべたまま、宝石蝶と共に同じく、じりじりと近付いていた。


「い、いや、別にいいって……!! あとお前、頭に蜂蜜でも塗りたくってんのか!?」

「まぁまぁ、そう言わずにさ!! 俺がメイベルちゃんとアレンの写真を撮ってあげるよ! 任せて!?」

「いや、いいって! 壊されても嫌だし」

「大丈夫だって! 今の俺、メイベルちゃんとアレンの恋応援モードだから!! ねっ!?」


 ひゅっと、息が止まりそうになった。すかさずハリーのところへ行って、その肩をがっと掴む。


「ねぇ、ハリー!? 私、そんなこと一言も言ってないよね!? 頼んでないよね!?」

「えっ? いや、でも、二人の仲がぜんぜん進展しないからさぁ~……。昨日、代わりに俺が伝えておいてあげたよ? だけど、アレンはさ? 俺がメイベルちゃんに好かれてるよって言ってあげても、悪質な嘘だと思ったみたいで、ぜんぜん信じてくれなかった! 酷くない!?」

「ハリー……」

「あっ、これ、殺されてそこらへんの土に埋められるやつ!? どうしよう!? 植物園の肥料になっちゃう! おうち帰れない、僕!!」


 動揺して振り返ってみると、アレンが困った顔をしていた。あっ、どっ、どっどうしよう!? これ、私のことが好きなら喜ぶんじゃ!? でも、好きじゃないから困らせてるんじゃ!?


「あっ、あああああのっ、アレン!? ハリーの嘘、信じてないよね!? 大丈夫!? 勘違いしてないよね!?」

「へっ? あっ、うん。大丈夫だから落ち着けって」

「嘘だから絶対絶対、信じないでね!? 私、アレンのことはお母さんのような存在だって、そう思ってるからね!?」

「お母さん……」

「せめてお父さんにしてあげなよ、メイベルちゃん」


 ノアが溜め息を吐いて、呆然とした様子のアレンの肩をぽんと叩く。あっ、あ~……!! この間から気まずくて避けてるのに、もっともっと、距離が開いちゃったような気がする……。落ち込んでいると、ハリーが私の肩を叩いてきた。


「まぁまぁ! せっかく綺麗な宝石蝶もいることだしさ! 気を取り直して、アレンと二人で写真でも撮れば?」

「ハリー……。あーあ、カイルさんの方が使えるのになぁ」

「つっ、使えるのになぁっ!?」

「ううん、何でもない。アレン、せっかくだから一緒に撮ってみない?」

「だな。撮るか」


 ちょうど真っ赤な花が咲いている、大きな葉をつけた樹木があったのでそこで撮って貰うことにした。二人で並んで、ぎこちなく笑っていると、カメラを構えたハリーが「もっと近寄って!!」と叫ぶ。恋の応援モード、ありがた迷惑だなぁ……。


「ほら、アレン! メイベルちゃんの肩ぐらい、ささっと抱けよ!? ほらほらっ!」

「えっ? ああ、うん。だけど、メイベルが嫌がるだろうし……」

「い、嫌じゃないけど……だめ?」

「えっ? あ、うん。ほい」


 思い切って言ってみると、困惑した顔をしながら、肩を抱き寄せてくれた。これ以上、どうやって距離を縮めたらいいのかよく分からない。カメラに向かって笑いながら、ちょっぴりだけ泣きそうになってしまった。


(でも、一つ言えることは、なるべくハリーから離れるのが正解だってこと!! も~、マリエルさんに言いつけた方がいいかなぁ……)


 写真を撮り終え、アレンから離れる。ああ、言っても仕方ないけど「メイベルと二人だけで出かけたい」って、アレンからそう言われた時に、頷いていれば良かったかも……。溜め息を吐き、うつむいていると、心配した顔で覗き込んできた。


「どうした? メイベル。……大丈夫か?」

「あっ、うん! でも、アレンの言う通り、二人だけで出かけてれば良かったかもって、ちょっとそう思っちゃって……」


 無理矢理笑顔を作って、見上げてみると、きゅっと眉間に深いシワを寄せる。それからそっぽを向き、手で帽子を押さえつけた。


「だから言ったじゃん、俺。二人で出かけようって」

「あ、ご、ごめん……」

「……いや、今のはあ~、八つ当たりだった。ごめん。忘れろ」


 私の頭をぽんぽんと撫でてから、ノアとハリーの方へと向かう。嫉妬かな? それとも。


(ああっ、今すぐ、アレンの心の中が覗けたらな~……!! でも、どうしよう? 私が園内で迷子にならないようにとか、途中で疲れたら休憩できるスポットのことを考えでもしてたら!)


 今までの出来事を思い出して、憂鬱な気持ちになってしまう。そのあと、ノアとハリーと一緒に植物園の中を見て回った。今まで王族を含む人を何十人か飲み込んできた食人植物や、妙なる調べを奏でる巨大なすずらん、ひょこひょこと園内を歩いて、移動している向日葵や、水晶で出来た小さな花の群生……中でも、一番素敵だったのは木の中が家になっている、ドールハウスみたいな樹木だった。


 中がくり抜かれたようになっていて、いくつもの部屋が並んでいる。そこへ植物園のスタッフさんが作ったバスタブ、洗面所やランプ、ソファーとテーブルセットが飾られていた。キッチン近くのダイニングテーブルにはちゃんと、小さな花柄のテーブルクロスが敷かれているし、昼食なのか、ミニチュアのようなバターロールとミートスパゲッティ、紅茶が乗せられている。それを、この木に住み着いているリスが椅子に座り、せっせと食べていた。それについこの間、赤ちゃんが生まれたみたいで、二階の子供部屋でリスの赤ちゃんが集まってすうすうと眠っている。


「わーっ! 可愛い~……!! 住んでる! ねぇ、アレン、普通に住んでるみたいだよ!? 可愛いよ、ほらほらっ」

「だな」


 感激して袖をぐいぐい引っ張ってみると、甘さを含んだ、優しい微笑みを浮かべて見下ろしてきた。心臓がどくんと跳ね上がる。いつもより、ううん、最近のアレン、やたらと笑顔が甘いような気がするんだけど……!?


(どうしよう? 私の勘違いだったら……。全部全部)


 そう不安になりながらも、くるくると動き回るリスのお母さん(ちゃんとエプロンをつけていた)を熱心に見つめ、動悸をまぎらわせる。ふと、隣で同じく熱心に見ていたハリーが呟いた。


「そうか。これが裸エプロンってやつか……!! さては、リスの旦那さんの趣味だな? いいご趣味で!」

「……」

「あ? 何言ってんだよ、ハリー。悪いが、ノア? こいつ、連れてどっか行ってくんねぇ?」


 話しかけられたノアがにいと、小悪魔めいた微笑みを浮かべる。嫌な予感がしたのか、「うげっ」と小さく呟いていた。


「あれ? アレン、もしかしてメイベルちゃんと二人きりになりたいとか?」

「あー、なりたいなりたい。てことで、じゃあ、連れて行ってくれよ。こいつ。頼んだ」

「え~? いやぁ、どうしようかな。俺だって、うるさいハリーのお守りは嫌なんだけど?」

「もっ、もしかして俺の奪い合い……!?」

「ううん。違うから。反対だよ?」

「めっ、メイベルちゃん!? 目がガチだ!! 酷い、怖い!」


 ショックだったのか、「俺とのことは遊びだったんだ!? ねぇ、遊びだったんだ!?」と叫びながら、肩を激しく揺さぶってきた。すかさず、アレンとノアが同時にハリーの頭を叩く。


「じゃ、俺。回って来るから。ハリーと一緒に」

「やだやだやだ!! 頭のおかしい俺の方が好きなんだよね!? アレンは!」

「生憎とどっちも好きじゃない。それじゃあな」

「ずっ、ずるいずるいずるい!! あれか!? そんなにメイベルちゃんと二人きりであまあまイチャイチャデートがしたいのか!? このっ、このっ、裏切り者めぇっ!!」


 その時、にっとアレンが不敵に笑った。


「だったら悪いか? じゃ、メイベル。行こうぜ」

「へっ!? あっ、うん!?」


 アレンが私の手をぎゅっと握り締めたところで、意識が吹っ飛びそうになる。どっ、どどどどうしよう……!!


(今すぐ! 今すぐ逃げ出したい! かもしれない!!)





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