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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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12.燻製ベーコンとキノコのピザに、手が届かない距離

 




 ダニエルさんがお見合いかぁ。玉ねぎの皮や人参のへたを食べてくれる、魔術仕掛けのハリネズミちゃんを包む。これは陶器製で汚れにくく、生ゴミをあぐあぐと噛んで、細かくしてくれる生ゴミ入れ。ぽんぽこお腹のふたを開けて、そのまま捨てられるからすごく便利だった。中にはお腹だけ取り外せるやつもあって、そのままぽんと、冷凍庫に入れて凍らせちゃう人もいるみたい。


 正午の雑貨店には穏やかな光が射し込んでおり、それを見ているだけで幸福な気持ちになれる。手を動かしながら、微笑み、レジ台の向こうにいるカイルを見てみると、口の端を持ち上げ、ちょっとだけ笑ってくれた。晩夏らしい、まろやかなベージュ色のジャケットに淡い青色のシャツを合わせている。


「これ、使い方分かりますか? カイルさん」

「ああ、分かりますけど。俺が前まで使ってたのって、腹がタオルのやつなんですよね。一緒ですか? それと」

「ええっと、少しだけ違います。タオル付きもタオル付きで便利ですよね! ただ、そのタイプの子はゴミ箱のふちに乗せると、おえって、自分でちゃんと吐き出してくれるんですが……。この子は違うんですよ」


 喋りながら、薄い布に包まれたハリネズミちゃんを引っくり返して、お腹の部分を見せる。突起がついていた。


「ここ。ここに突起があるの、見えますか?」

「あっ、はい。見えます」

「ここがふたになっているんですけど、ゴミ箱の上でふたを開けて、ぺっ、ぺって振ればゴミが落ちます。気をつけてくださいね? 容量がいっぱいになったら、青ざめたり、えづいたりし出すので。そうなる前にゴミをまめに捨ててあげてください。可哀相なので」

「分かりました。そうします。……それで、メイベルさん?」

「はい?」


 首を傾げていると、腕時計を確認していたカイルが顔を上げる。シェラそっくりのダークブルーの瞳がこちらを射抜いていた。ふふ、こうして見てみるとシェラにそっくり。


「このあと、時間はありますか? 流石にお昼休憩ぐらい、ありますよね?」

「ええ、もちろん。あの、シェラのことで何か相談でも……?」

「いや、一緒にお昼ご飯でもどうかなって。それだけです」

「アレンもいるんですけど、それでも良ければ!」


 一瞬黙り込んだのち、眉間にシワを寄せる。あれ? 仲、悪かったっけ……?


「なんでいるんですか?」

「えっと、毎日お昼ご飯を食べる約束をしているから……?」

「毎日」

「はい、そうなんです。ええっと、自慢じゃないんですけど、ここのお店、なかなか人気があって繁盛しているんです。でも、変なお客さんも多くて……。おじさんに絡まれた時からアレン、私の彼氏として一緒にお昼ご飯を食べてくれているんです~。ふふふ、優しいから。アレンは」

「そうですか……」


 何故かげっそりとした顔で呟いた瞬間、ころんころんと、柔らかなドアベルの音が響いた。店主のヘレンさんの意向で、季節によってドアベルを変えている。ぱっと顔を上げて振り返ってみると、そこにアレンが立っていた。濃い青のポロシャツにデニムを着たアレンが、私を目に入れた途端、嬉しそうに手を上げて笑う。


「メイベル。よっ」

「アレン! ちょっと待っててね~。あっ、そうだ。カイルさん! ほら、カイルさんが来てくれたの! アレン。お昼ご飯、一緒にどうですか? って今誘ってくれて」

「ああ? なんでわざわざ来てんだよ、この店に。さてはストーカーか?」

「アレンさんに言われたくないです、俺」

「なんで俺がストーカーなんだよ!? 四六時中、メイベルと一緒にいるだけだっての! まったく」

「それをストーカーと言うのでは……?」


 アレンがぷりぷりと怒りながら、店の中へと入ってきた。嬉しくて見つめていると、「はぁ」とカイルがやけに大きな溜め息を吐く。


「まぁ、邪魔者は生ゴミ入れ持って退散しますね……?」

「メイベルの包み方、いいだろ」

「えっ、うん? いや、うん。まぁ、そうですね……」

「もっ、も~、アレンったら! ただ包んだだけなのに~」

「いや、丁寧さが滲み出てるから……」

「じゃ、お邪魔しましたー」

「あっ、はい! また来てくださいね! 秋は特に素敵なものが揃うんですよ。シェラへの贈り物にどうですか?」


 レジ台から離れ、慌ててカイルの横を通りすぎ、重たいガラス扉を開けて振り返ってみると、ちょっとだけ驚いた顔をしていた。でも、すぐにふっと微笑む。


「そうですね。あと、日々の潤いのためにまた、メイベルさんに会いに来ますね?」

「潤いだなんてそんな! ありがとうございます、カイルさん」

「まぁ、メイベルは全人類にとっての潤いだからな……」

「手遅れ」

「あ? なんだって? 喧嘩売ってんのか、弟。あと、お前にメイベルは絶対やらねぇからな!?」

「いいえ、別に。でも」


 私が支えているガラス扉に手を添え、アレンの方を振り返った。アレンはどこかいぶかしげな、でも、不機嫌そうな顔をしている。


「じゃあ、誰にならやれるんですか? メイベルさんのことを」

「は? いや、それは……」

「アレンさんのお眼鏡にかなう男なんてきっと、地上のどこを探してもいない。いい加減、気付いたらどうですか? 自分の気持ちに」


 す、すごい! ハリーよりもヘンリーよりも、誰よりも役に立ってる……!! 当て馬にはならないと思ってたけど、きっ、きちんと役目を果たしてくれている……!! 感動して見上げていると、ふとこちらを見下ろして、薄く微笑んだ。


「ありがとうございました。じゃあ、また。いつかアレンさん抜きでご飯でも」

「はい! シェラと一緒に行きましょうね~」

「いや、姉さんも抜きで……ああ、もう、不毛になってきた。やめよう。じゃ」

「はい? あの、お気をつけて~……」


 まだまだ強い陽射しが照りつけている外へと、一歩踏み出して去って行った。なんとなくぼんやりと、その後ろ姿を眺めていると、ふとアレンが腕を伸ばして肩を掴んできた。


「おい、メイベル。暑いから早く閉めた方が……って、ああ。香水。つけたんだな? 良かった」

「えっ? う、うん。ほんのりとなんだけどね……」


 顎の辺りに少しだけつけた。でも、それに気付いてくれるだなんて嬉しい。やっぱり、香りがちょっと強いのかな? 今日の私はアレンにとって、一体どんな香りを漂わせているんだろう。ガラス扉をゆっくりと閉めて、見つめ合う。今日はヘレンさんがいなくて、私一人だけだから、“お昼休憩中です”と書かれているプレートを下げなきゃいけないんだけど。しばらくの間、お互いに動けず、じっと見つめ合っていた。アレンの青い瞳がいつもより真剣で、どうしても期待してしまう。


 さっきの「誰にならやれるんですか?」という台詞が、頭の隅で踊ってる。


「メイベル……俺」

「とっ、ととととっ! えっと、どっ、どんな香りがする!? 今日! 私から!!」

「へっ? ああ、そうだなぁ」


 だっ、だめだ! 良い雰囲気になったんだけど、ついつい、こうして怖気づいて逃げてしまう……。ものすごく後悔して、バックヤードにあるプレートを取りに行くため、アレンに背を向ける。顔が見れない……。


「ん~、そうだなぁ。今日はオレンジとバニラの香りだな」

「バニラ……好きなの? 甘い香りだけど。意外」

「まぁな。でも、それつけてなくても、メイベルからは良い香りがするけどな。たまーに、バターと蜂蜜みたいな香りがする」

「そっ、そうなんだ……石鹸はラベンダー使ってるけど。あと、なんだろう? 甘いもの食べてるから?」

「かもな。今朝もノアから貰った、ナッツの蜂蜜浸けをトーストにのせて食べてたし」

「うん! あれ、美味しくて……クッキーに入れてもいいかもしれない。楽しみ。じゃあ、私、取ってくるね? プレート」

「おう。待ってる」


 ああ、でも、いつも通りだなぁ。アレン。逃げても逃げなくても、結果は一緒だったかもしれない。複雑な気持ちを抱えて、バックヤードに引っ込んだ。


(せっかく、カイルさんに手伝って貰ったのに……ダニエルさんにも、協力して貰ったのに)


 香水もチャンスも生かせていない。けど、「女友達」という台詞がまだこびりついているから。なかなか、一歩を踏み出す勇気が出てこない。かたんと、プレートを下げて外に出て、アレンといつものカフェへと向かう。春や秋なら公園で食べたいんだけど、暑いから最近はお店で食べてる。他愛もない会話をしながら、ふと、ダニエルさんのことを思い出して口にした。


「ねえ、お見合いって……。上手くいくのかなぁ。どう思う? アレン」

「あ~、いけるんじゃねぇかなぁ。でも、結局受けることにしたんだな。あいつ」

「聞いてなかったの? 今朝、受けるってそう言ってたけど」

「メイベルの話しか聞いてねぇからな、俺」

「もっ、も~。アレンってば、もう~!」


 最近通い詰めているカフェへと着いて、窓際のソファー席に座る。ここはアンティークのソファーやテーブルセットが素敵な個人店で、全体的に柔らかい雰囲気だった。床は白いタイル張りで、壁は深いモスグリーンと赤茶色。どことなくホテルのロビーをほうふつとさせる。あちらこちらに置かれた、観葉植物もオシャレで素敵。ご飯も美味しいし、通うしかない。


「ああ、こんにちは。いらっしゃい。また来てくれたんですね?」

「ハロルドさん、こんにちは! だ、だって、先取りで秋メニューが始まるんでしょう!? ついつい来ちゃいました~」


 にこやかな笑顔を浮かべて、レモングラスと氷がからころと舞う、ガラスピッチャーを持ってきてくれたのは、ここの店主のハロルドさん。焦げ茶色の柔らかそうな髪に、琥珀色の瞳を持った男性で、彼目当てに通うお客さんも少なくない。グラス二つに水を注ぎながら、はにかんだ。


「ありがとうございます。メイベルさんの好きそうなメニューにしましたよ。秋といえば、やっぱりキノコとチーズですよね」

「ですよね! わ~、美味しそう~。どれにしようかなぁ」


 テーブルの上に置いてあった、メニュー表を持ち上げて笑う。定番の鶏肉とキノコのグラタンに、燻製ベーコンとキノコとモッツァレラチーズのピザ。それに真っ赤なラデッシュとハーブのサラダに、トマト煮込みのチーズハンバーグプレート。


「わ~! どうしよう!? 悩むなぁ~……」

「じゃあ、俺はピザにするから、お前はチーズハンバーグにしろよ。分けようぜ、二人で」

「えっ!? よく分かったね? アレン。私が頼みたいメニューを……」

「まぁ、見てりゃ分かる。ずっと一緒にいるしなぁ」


 向かいのソファーに腰かけたアレンが、頬杖をついてメニュー表を見下ろしつつ、そんなことを言う。照れて、「じゃあ、チーズハンバーグにします……」と言ってみると、にこやかに返事してくれた。


「分かりました。じゃあ、アレンさんはピザで?」

「はい。あと、サラダとスープもお願いします」

「分かりました。ああ、メイベルさんのにはスープがついていますよ。あと、よければまた、デザートメニューも見てくださいね?」

「あっ、はーい! あとで頼みまーす」

「ぜひぜひ。力作を揃えましたから」


 彼が奥の方にあるオープンキッチンへ去っていくと、アレンが溜め息を吐いた。ど、どうしたんだろう? もしかしてピザ、食べたくなかったとか……!?


「最近、モテるなぁ。メイベル。あの人といい、カイルといい……」

「えっ? そうかな? カイルさんは生ゴミ入れがだめになっちゃったから、買いに来てくれただけなんだけど」


 それに、ハロルドさんは店主さんだから、にこやかに話しかけてくれるだけで。そんなことを説明すると、きゅっと眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「ハロルドさん、笑顔が引き攣ってただろ? ぎこちないというか」

「えっ? そうだった? いつも通りに見えたけど」

「俺がメイベルに……あ~、もういい。その香水、捨てた方がいいんじゃねぇの? 最近、やたらと可愛い格好してるしさ」

「う、うーん……もったいないから、それは」

「でもなぁ」


 アレンがテーブルに手をついて、ハーブウォーターを飲みつつ、不機嫌そうな顔をする。ぜ、ぜんぜんモテてないけど、嫉妬なのかな……!?


「私、誰かに誘われてもついて行かないよ!?」

「えっ? うん。それはそうして欲しいけど……まず、服を変えるべきなんじゃないのか?」

「えっ!?」


 今日は青のストライプ柄フリルシャツとデニムにした。それに茶髪を編み込んで、上へとまとめ、青いリボンバレッタをつけている。アレンの色だし、毎日デートするし、ちょっと可愛くしてみただけなんだけど……。首を傾げてみると、また苦々しい顔をする。


「まぁ、俺が色々と口出すべきじゃないってのは、分かってんだけどさ……ああ、もう。やめだ。やめ! 変なやつに付きまとわれたらすぐに言うんだぞ? 分かったな?」

「うん! ありがとう、アレン~」


 ほくほくとした気持ちで何気ない会話を楽しんでいると、すぐに運ばれてきた。飴色のテーブルの上に並べられたのは、大きな燻製ベーコンとキノコのピザ。チーズがたっぷりとのっていて、アクセントに振りかけられた黒胡椒がすごく美味しそう! それにクルトンとトマトのサラダに、コーンクリームスープ。私の頼んだチーズ入りのトマト煮込みハンバーグは、熱した鉄板の上にのせられていて、じゅわじゅわっと、食欲のそそる音を立てている。


「わ~、美味しそう! ふふふ、幸せ! 嬉しい~」

「まぁ、なら良かった。食うか」

「うん!」


 アレンが早速、ピザカッターを手にして切り分けてくれた。小さいのを二枚だけ貰って、食べてみる。表面はぱりっと、中はもっちりとしたピザ生地がたまらない。チーズも濃厚で、口の中でとろけていった。分厚く切られたベーコンも食べ応えあるし、燻製の香りがふわっと鼻を抜けてゆく。


「おっ、美味しい~……!! これ、定番メニューにならないかなぁ?」

「うまいな。ま~、あのハロルドさんにお前から言えばなるんじゃね?」

「むおっ? ならないふぉ、思うけろ……?」


 もぐもぐとピザを頬張ったまま、聞いてみれば、アレンがふっと困ったように笑う。


「まぁ、どの男が来ても俺は納得しないんだろうな。きっと」

「う、うん……」


 いつもの過保護発言かな? それとも。照れ臭くなって、窓の外を見てみれば、夏が終わりかけの青空に、白い雲がぽっかりと浮かんでいた。秋。ううん、来年の春にはもっともっと進んで、付き合えているといいんだけど。


 あと一歩の勇気が欲しいんだけど、それが出てこない。ピザを頬張りながら、盗み見てみると、アレンはそっぽを向いて窓の外を見つめていた。この距離が酷くもどかしくて、たまらなかった。




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