12.燻製ベーコンとキノコのピザに、手が届かない距離
ダニエルさんがお見合いかぁ。玉ねぎの皮や人参のへたを食べてくれる、魔術仕掛けのハリネズミちゃんを包む。これは陶器製で汚れにくく、生ゴミをあぐあぐと噛んで、細かくしてくれる生ゴミ入れ。ぽんぽこお腹のふたを開けて、そのまま捨てられるからすごく便利だった。中にはお腹だけ取り外せるやつもあって、そのままぽんと、冷凍庫に入れて凍らせちゃう人もいるみたい。
正午の雑貨店には穏やかな光が射し込んでおり、それを見ているだけで幸福な気持ちになれる。手を動かしながら、微笑み、レジ台の向こうにいるカイルを見てみると、口の端を持ち上げ、ちょっとだけ笑ってくれた。晩夏らしい、まろやかなベージュ色のジャケットに淡い青色のシャツを合わせている。
「これ、使い方分かりますか? カイルさん」
「ああ、分かりますけど。俺が前まで使ってたのって、腹がタオルのやつなんですよね。一緒ですか? それと」
「ええっと、少しだけ違います。タオル付きもタオル付きで便利ですよね! ただ、そのタイプの子はゴミ箱のふちに乗せると、おえって、自分でちゃんと吐き出してくれるんですが……。この子は違うんですよ」
喋りながら、薄い布に包まれたハリネズミちゃんを引っくり返して、お腹の部分を見せる。突起がついていた。
「ここ。ここに突起があるの、見えますか?」
「あっ、はい。見えます」
「ここがふたになっているんですけど、ゴミ箱の上でふたを開けて、ぺっ、ぺって振ればゴミが落ちます。気をつけてくださいね? 容量がいっぱいになったら、青ざめたり、えづいたりし出すので。そうなる前にゴミをまめに捨ててあげてください。可哀相なので」
「分かりました。そうします。……それで、メイベルさん?」
「はい?」
首を傾げていると、腕時計を確認していたカイルが顔を上げる。シェラそっくりのダークブルーの瞳がこちらを射抜いていた。ふふ、こうして見てみるとシェラにそっくり。
「このあと、時間はありますか? 流石にお昼休憩ぐらい、ありますよね?」
「ええ、もちろん。あの、シェラのことで何か相談でも……?」
「いや、一緒にお昼ご飯でもどうかなって。それだけです」
「アレンもいるんですけど、それでも良ければ!」
一瞬黙り込んだのち、眉間にシワを寄せる。あれ? 仲、悪かったっけ……?
「なんでいるんですか?」
「えっと、毎日お昼ご飯を食べる約束をしているから……?」
「毎日」
「はい、そうなんです。ええっと、自慢じゃないんですけど、ここのお店、なかなか人気があって繁盛しているんです。でも、変なお客さんも多くて……。おじさんに絡まれた時からアレン、私の彼氏として一緒にお昼ご飯を食べてくれているんです~。ふふふ、優しいから。アレンは」
「そうですか……」
何故かげっそりとした顔で呟いた瞬間、ころんころんと、柔らかなドアベルの音が響いた。店主のヘレンさんの意向で、季節によってドアベルを変えている。ぱっと顔を上げて振り返ってみると、そこにアレンが立っていた。濃い青のポロシャツにデニムを着たアレンが、私を目に入れた途端、嬉しそうに手を上げて笑う。
「メイベル。よっ」
「アレン! ちょっと待っててね~。あっ、そうだ。カイルさん! ほら、カイルさんが来てくれたの! アレン。お昼ご飯、一緒にどうですか? って今誘ってくれて」
「ああ? なんでわざわざ来てんだよ、この店に。さてはストーカーか?」
「アレンさんに言われたくないです、俺」
「なんで俺がストーカーなんだよ!? 四六時中、メイベルと一緒にいるだけだっての! まったく」
「それをストーカーと言うのでは……?」
アレンがぷりぷりと怒りながら、店の中へと入ってきた。嬉しくて見つめていると、「はぁ」とカイルがやけに大きな溜め息を吐く。
「まぁ、邪魔者は生ゴミ入れ持って退散しますね……?」
「メイベルの包み方、いいだろ」
「えっ、うん? いや、うん。まぁ、そうですね……」
「もっ、も~、アレンったら! ただ包んだだけなのに~」
「いや、丁寧さが滲み出てるから……」
「じゃ、お邪魔しましたー」
「あっ、はい! また来てくださいね! 秋は特に素敵なものが揃うんですよ。シェラへの贈り物にどうですか?」
レジ台から離れ、慌ててカイルの横を通りすぎ、重たいガラス扉を開けて振り返ってみると、ちょっとだけ驚いた顔をしていた。でも、すぐにふっと微笑む。
「そうですね。あと、日々の潤いのためにまた、メイベルさんに会いに来ますね?」
「潤いだなんてそんな! ありがとうございます、カイルさん」
「まぁ、メイベルは全人類にとっての潤いだからな……」
「手遅れ」
「あ? なんだって? 喧嘩売ってんのか、弟。あと、お前にメイベルは絶対やらねぇからな!?」
「いいえ、別に。でも」
私が支えているガラス扉に手を添え、アレンの方を振り返った。アレンはどこかいぶかしげな、でも、不機嫌そうな顔をしている。
「じゃあ、誰にならやれるんですか? メイベルさんのことを」
「は? いや、それは……」
「アレンさんのお眼鏡にかなう男なんてきっと、地上のどこを探してもいない。いい加減、気付いたらどうですか? 自分の気持ちに」
す、すごい! ハリーよりもヘンリーよりも、誰よりも役に立ってる……!! 当て馬にはならないと思ってたけど、きっ、きちんと役目を果たしてくれている……!! 感動して見上げていると、ふとこちらを見下ろして、薄く微笑んだ。
「ありがとうございました。じゃあ、また。いつかアレンさん抜きでご飯でも」
「はい! シェラと一緒に行きましょうね~」
「いや、姉さんも抜きで……ああ、もう、不毛になってきた。やめよう。じゃ」
「はい? あの、お気をつけて~……」
まだまだ強い陽射しが照りつけている外へと、一歩踏み出して去って行った。なんとなくぼんやりと、その後ろ姿を眺めていると、ふとアレンが腕を伸ばして肩を掴んできた。
「おい、メイベル。暑いから早く閉めた方が……って、ああ。香水。つけたんだな? 良かった」
「えっ? う、うん。ほんのりとなんだけどね……」
顎の辺りに少しだけつけた。でも、それに気付いてくれるだなんて嬉しい。やっぱり、香りがちょっと強いのかな? 今日の私はアレンにとって、一体どんな香りを漂わせているんだろう。ガラス扉をゆっくりと閉めて、見つめ合う。今日はヘレンさんがいなくて、私一人だけだから、“お昼休憩中です”と書かれているプレートを下げなきゃいけないんだけど。しばらくの間、お互いに動けず、じっと見つめ合っていた。アレンの青い瞳がいつもより真剣で、どうしても期待してしまう。
さっきの「誰にならやれるんですか?」という台詞が、頭の隅で踊ってる。
「メイベル……俺」
「とっ、ととととっ! えっと、どっ、どんな香りがする!? 今日! 私から!!」
「へっ? ああ、そうだなぁ」
だっ、だめだ! 良い雰囲気になったんだけど、ついつい、こうして怖気づいて逃げてしまう……。ものすごく後悔して、バックヤードにあるプレートを取りに行くため、アレンに背を向ける。顔が見れない……。
「ん~、そうだなぁ。今日はオレンジとバニラの香りだな」
「バニラ……好きなの? 甘い香りだけど。意外」
「まぁな。でも、それつけてなくても、メイベルからは良い香りがするけどな。たまーに、バターと蜂蜜みたいな香りがする」
「そっ、そうなんだ……石鹸はラベンダー使ってるけど。あと、なんだろう? 甘いもの食べてるから?」
「かもな。今朝もノアから貰った、ナッツの蜂蜜浸けをトーストにのせて食べてたし」
「うん! あれ、美味しくて……クッキーに入れてもいいかもしれない。楽しみ。じゃあ、私、取ってくるね? プレート」
「おう。待ってる」
ああ、でも、いつも通りだなぁ。アレン。逃げても逃げなくても、結果は一緒だったかもしれない。複雑な気持ちを抱えて、バックヤードに引っ込んだ。
(せっかく、カイルさんに手伝って貰ったのに……ダニエルさんにも、協力して貰ったのに)
香水もチャンスも生かせていない。けど、「女友達」という台詞がまだこびりついているから。なかなか、一歩を踏み出す勇気が出てこない。かたんと、プレートを下げて外に出て、アレンといつものカフェへと向かう。春や秋なら公園で食べたいんだけど、暑いから最近はお店で食べてる。他愛もない会話をしながら、ふと、ダニエルさんのことを思い出して口にした。
「ねえ、お見合いって……。上手くいくのかなぁ。どう思う? アレン」
「あ~、いけるんじゃねぇかなぁ。でも、結局受けることにしたんだな。あいつ」
「聞いてなかったの? 今朝、受けるってそう言ってたけど」
「メイベルの話しか聞いてねぇからな、俺」
「もっ、も~。アレンってば、もう~!」
最近通い詰めているカフェへと着いて、窓際のソファー席に座る。ここはアンティークのソファーやテーブルセットが素敵な個人店で、全体的に柔らかい雰囲気だった。床は白いタイル張りで、壁は深いモスグリーンと赤茶色。どことなくホテルのロビーをほうふつとさせる。あちらこちらに置かれた、観葉植物もオシャレで素敵。ご飯も美味しいし、通うしかない。
「ああ、こんにちは。いらっしゃい。また来てくれたんですね?」
「ハロルドさん、こんにちは! だ、だって、先取りで秋メニューが始まるんでしょう!? ついつい来ちゃいました~」
にこやかな笑顔を浮かべて、レモングラスと氷がからころと舞う、ガラスピッチャーを持ってきてくれたのは、ここの店主のハロルドさん。焦げ茶色の柔らかそうな髪に、琥珀色の瞳を持った男性で、彼目当てに通うお客さんも少なくない。グラス二つに水を注ぎながら、はにかんだ。
「ありがとうございます。メイベルさんの好きそうなメニューにしましたよ。秋といえば、やっぱりキノコとチーズですよね」
「ですよね! わ~、美味しそう~。どれにしようかなぁ」
テーブルの上に置いてあった、メニュー表を持ち上げて笑う。定番の鶏肉とキノコのグラタンに、燻製ベーコンとキノコとモッツァレラチーズのピザ。それに真っ赤なラデッシュとハーブのサラダに、トマト煮込みのチーズハンバーグプレート。
「わ~! どうしよう!? 悩むなぁ~……」
「じゃあ、俺はピザにするから、お前はチーズハンバーグにしろよ。分けようぜ、二人で」
「えっ!? よく分かったね? アレン。私が頼みたいメニューを……」
「まぁ、見てりゃ分かる。ずっと一緒にいるしなぁ」
向かいのソファーに腰かけたアレンが、頬杖をついてメニュー表を見下ろしつつ、そんなことを言う。照れて、「じゃあ、チーズハンバーグにします……」と言ってみると、にこやかに返事してくれた。
「分かりました。じゃあ、アレンさんはピザで?」
「はい。あと、サラダとスープもお願いします」
「分かりました。ああ、メイベルさんのにはスープがついていますよ。あと、よければまた、デザートメニューも見てくださいね?」
「あっ、はーい! あとで頼みまーす」
「ぜひぜひ。力作を揃えましたから」
彼が奥の方にあるオープンキッチンへ去っていくと、アレンが溜め息を吐いた。ど、どうしたんだろう? もしかしてピザ、食べたくなかったとか……!?
「最近、モテるなぁ。メイベル。あの人といい、カイルといい……」
「えっ? そうかな? カイルさんは生ゴミ入れがだめになっちゃったから、買いに来てくれただけなんだけど」
それに、ハロルドさんは店主さんだから、にこやかに話しかけてくれるだけで。そんなことを説明すると、きゅっと眉間にシワを寄せ、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ハロルドさん、笑顔が引き攣ってただろ? ぎこちないというか」
「えっ? そうだった? いつも通りに見えたけど」
「俺がメイベルに……あ~、もういい。その香水、捨てた方がいいんじゃねぇの? 最近、やたらと可愛い格好してるしさ」
「う、うーん……もったいないから、それは」
「でもなぁ」
アレンがテーブルに手をついて、ハーブウォーターを飲みつつ、不機嫌そうな顔をする。ぜ、ぜんぜんモテてないけど、嫉妬なのかな……!?
「私、誰かに誘われてもついて行かないよ!?」
「えっ? うん。それはそうして欲しいけど……まず、服を変えるべきなんじゃないのか?」
「えっ!?」
今日は青のストライプ柄フリルシャツとデニムにした。それに茶髪を編み込んで、上へとまとめ、青いリボンバレッタをつけている。アレンの色だし、毎日デートするし、ちょっと可愛くしてみただけなんだけど……。首を傾げてみると、また苦々しい顔をする。
「まぁ、俺が色々と口出すべきじゃないってのは、分かってんだけどさ……ああ、もう。やめだ。やめ! 変なやつに付きまとわれたらすぐに言うんだぞ? 分かったな?」
「うん! ありがとう、アレン~」
ほくほくとした気持ちで何気ない会話を楽しんでいると、すぐに運ばれてきた。飴色のテーブルの上に並べられたのは、大きな燻製ベーコンとキノコのピザ。チーズがたっぷりとのっていて、アクセントに振りかけられた黒胡椒がすごく美味しそう! それにクルトンとトマトのサラダに、コーンクリームスープ。私の頼んだチーズ入りのトマト煮込みハンバーグは、熱した鉄板の上にのせられていて、じゅわじゅわっと、食欲のそそる音を立てている。
「わ~、美味しそう! ふふふ、幸せ! 嬉しい~」
「まぁ、なら良かった。食うか」
「うん!」
アレンが早速、ピザカッターを手にして切り分けてくれた。小さいのを二枚だけ貰って、食べてみる。表面はぱりっと、中はもっちりとしたピザ生地がたまらない。チーズも濃厚で、口の中でとろけていった。分厚く切られたベーコンも食べ応えあるし、燻製の香りがふわっと鼻を抜けてゆく。
「おっ、美味しい~……!! これ、定番メニューにならないかなぁ?」
「うまいな。ま~、あのハロルドさんにお前から言えばなるんじゃね?」
「むおっ? ならないふぉ、思うけろ……?」
もぐもぐとピザを頬張ったまま、聞いてみれば、アレンがふっと困ったように笑う。
「まぁ、どの男が来ても俺は納得しないんだろうな。きっと」
「う、うん……」
いつもの過保護発言かな? それとも。照れ臭くなって、窓の外を見てみれば、夏が終わりかけの青空に、白い雲がぽっかりと浮かんでいた。秋。ううん、来年の春にはもっともっと進んで、付き合えているといいんだけど。
あと一歩の勇気が欲しいんだけど、それが出てこない。ピザを頬張りながら、盗み見てみると、アレンはそっぽを向いて窓の外を見つめていた。この距離が酷くもどかしくて、たまらなかった。




