11.新しい人生と庭でのBBQ
「ああ、だめだ……終わった! あれだけ弟から言われてたのに俺はつい、つい、ついうっかり耐え切れずに……ああ、だめだ。もう終わった。怖がらせた。メイベル……」
「アレン……」
片手にビールジョッキを持ち、突っ伏している。分かりやすい。戸惑いながらも一旦、手にしていたトングで串焼きを引っくり返す。じゅわっと、網目に脂が落ちて火が大きく燃え上がった。今日はひたすら青ざめ、ぶつぶつと「終わった、終わった」としか言わないアレンを庭に連れ出し、ハリーとフレデリックさん、俺とでBBQをしている。
「あれだね! メイベルちゃんにアレン、トラウマを植え付けちゃったね!? 今まで信頼出来る男性だと思ってたのに~って、そう言って泣いてたよ!? 可哀相に~、可哀相~!」
「……」
「ハリー、やめような? ええっと、アレン? 気に病まなくても大丈夫だって。別にメイベルちゃんはそんなこと、一言も言ってないし……」
アレンが突っ伏したまま、ぴくりとも動かない。おいおい、嘘だろ……。あの鬱陶しいハリーに揺さぶられて、「メイベルちゃんが可哀相! 可哀相!!」と耳元で叫ばれていても、身動き一つしないだと……? 重傷だ。アレンが怒鳴らないだなんて重傷だ! アレンの隣に座っていたフレデリックさんが、慈愛に満ちた微笑みで肩に手を置く。
「まあまあ、大丈夫だよ……ただな? お前も女がいないから、ついうっかりメイベルちゃんに抱き付いちゃったんだよ。俺が誰か紹介してやろうか?」
「はっ!? フレデリックさん、それはちょっと!!」
「ああ、それもいいかもな……少しメイベルと離れた方が、あいつのためになるかもしれない」
悪意たっぷりの微笑みなのに、見抜けず、アレンがそんなことを言い出しやがった。今さら!? ここまで堂々とイチャイチャしておいて、今さら他の女とくっつくのか!? それは許せん!
「だめだって、アレン! それはちょっと! 俺、お前が今さら他の女の子と付き合うとか耐えられないんだけど!?」
声を張り上げた瞬間、後ろに誰かの気配を感じた。おそるおそる振り返ってみると、そこには青ざめたメイベルちゃんが突っ立っていた。横の木に手を添えて、口元を押さえる。
「ヘンリー……!! まさか、そんな! 私、今までずっと味方だと思ってたのに! 相談に乗ってくれてたのに、実はアレンのことが好きだったの!?」
「ちょっとやめよう!? 俺をライバル認定するのやめようか!?」
「そうなんだよ、メイベルちゃん。こう見えてヘンリー、アレンのことが大好きでさ……」
「フレデリックさん!?」
「だよだよ!! だからヘンリーは俺とは一緒に寝たがらずに、アレンと頑なに寝たがるんだよ! 絶対に絶対に部屋を分けたりしないんだよ!」
「ちょっ、ハリー!? 悪質な嘘はやめて、」
「そんな……!!」
「メイベルちゃんもメイベルちゃんで素直すぎるよ!! この流れで一体、どうして信じちゃうのかな!?」
俺が困っているというのに、アレンは涙ぐみ、「メイベル……!!」と言っていた。もうこの二人だけでどっか食べに行って欲しい。そのあと綺麗な夜景が見える展望台にでも行って、告白し合って欲しい。それで、帰ってきたら「付き合うことになりましたー!」って言ってくるのが理想なんだが。まぁ、そう上手くは行かないよなぁ……。うんざりしていると、「メイベル!」と言いながら即座に立ち上がり、駆け寄った。
「ごめん。俺、本当に本当にあの時、お前にあんなことをして……!!」
「うっ、ううん! あの、驚いただけだから! 別に嫌じゃなかったから」
「でも、あの香水、もうつけてねぇじゃん……俺のせいだよな? ごめん」
「ち、違うの! えっと、またあんなことになったら恥ずかしいから、その……」
二人で何かし出したので、黙々と肉を焼いて引っくり返してゆく。豚肉のスペアリブを引っくり返している最中、ハリーが「ちょうだい! それちょうだい!」と言って騒ぎ出したので、よく焼けているステーキをそっと、皿の上に置いてやる。まだスペアリブは焼けていない。美味しそうだなと思い、買ってきたものの、ぜんぜん火が通らない……。余計なことしか言わないフレデリックさんがビールを飲みつつ、背後の二人を眺めていた。
「いやぁ、痴話喧嘩したカップルにしか見えないなぁ。ありゃあ、一ヶ月以内にくっつくかなぁ」
「もふもふっ! 俺らふんなの反対れふよ! ばふっ! ばふっ!」
「ハリー……頼むから余計なことを言わないでくれ。ダニエルさん、こいつら何とかしないといつまで経ってもこのままですよ。あっ、はい。どうぞ」
「あ、うん……ありがとう」
隣に座るダニエルさんのお皿へ串焼きを乗せると、ハリーとは違って、律儀にお礼を言ってくれる。が、ビールジョッキを片手に持ち、不安そうな顔をしていた。多分、あのことを考えている。ダニエルさんの性格上、即答すると思っていたが……。まだ女性への苦手意識があるのか、思い悩んでいた。
「にしてもメイベルちゃん、ちゃっかりしてんなぁ」
「へっ? 何がです?」
「ヘンリー、うひろ! うひろ見へみなっへ!」
口いっぱいに肉を頬張るハリーが、ふがふが言いながら後ろを指差していたので、疑問に思って振り返る。すると、メイベルちゃんが恥ずかしそうな顔でうつむいていた。
「アレン、ありがとう……。そこまで私のこと、気にかけてくれて。でも、このままだと、その、紹介して貰っても、上手く付き合えないだろうから、慣れるためにもええっと、もう一度抱き締めて貰ってもいい……?」
「分かった! 俺でよければ!!」
(ちょっろ!! なんだあれ、激ちょろかよ……)
会話の内容から察するに、トラウマを植え付けてしまったと誤解したアレンがメイベルちゃんの将来を危ぶみ、「いいやつ紹介しようか!?」と申し出(意味が分からない)、メイベルちゃんがそれに乗っかり、ハグを要求……? もう告白してしまえばいいのに。こっちで肉焼いてるけどさ……。釈然としない気持ちで黙々と、網の上の肉を引っくり返していると、またイチャイチャし出した。
「本当にごめんな? メイベル……俺、怖がらせちゃって。あの時」
「ううん! その、ちょっと驚いただけだから……」
「ごめん。本当にごめん。二度としないから、あんなこと」
付き合ってもいないくせに、あんなことを言って抱き締め合ってやがる……。メイベルちゃんもメイベルちゃんでなんだかなぁ。あのあと、五回ぐらい、いいや、六回ぐらいか? 俺の下にわざわざやって来て、「アレンにねーっ!? ハグして貰ったの! すごくドキドキしちゃったー! 嬉しかったー!」ってそう言ってきたなぁ。自分の中で彼女という存在が、姪っ子のような、妹のようなものになりつつある。
(アレンに言うと、怒らないから言わないけどさ? メイベルちゃん、怖がるどころか喜んでたよ……。お前が青ざめているのに、血色も良くなっていきいきしてたよ)
俺に「ちょっと恥ずかしくなっちゃって……。アレンのこと、今は避けてるの!」と嬉しそうな笑顔で報告してきた時のことを思い出し、溜め息を吐く。そんな俺を見て、何故かハリーがスペアリブの骨を差し出してきた。気分転換に齧れと? 一方のフレデリックさんはどうでもよさそうな笑みを浮かべ、「大丈夫か?」と聞いてきた。
「あの二人……早くどうにかなるといいんですけどねぇ」
「おい、ダニエル。大家権限で同じ部屋に住まわせろ。一週間、いや、三日もすれば、いくらあの二人でも進展してるだろ。実験してみようぜ! 来年には子供が産まれるかもしれない」
「そっ、それは、流石にちょっと……」
「そうですよ!! いくら何でも情緒が無さすぎる!」
「情緒の問題か?」
「もふぁっ?」
そんな、動物じゃあるまいし。この人に何かを期待した俺がバカだった。気になって背後を振り返ってみると、メイベルちゃんがまた大嘘を吐いていた。
「付き合うんだったら、手繋ぎにも慣れておかないとだめだよね……? そう思わない? アレンも」
「たっ、確かに! 俺の手でよければいくらでも!」
「……」
「ヘンリー、ヘンリー? 肉が焦げそうだから。俺が代わりに焼いてやろうか?」
「じゃあ、お願いします……」
額に手を当てながら、トングを渡す。俺もそろそろ食べるべきか。食欲、湧かないなぁ……。というか、あの二人どっか行って欲しい。今、俺達が肉焼いて食べてる後ろでイチャイチャしなくても……。溜め息を何度か吐きつつ、串焼き肉を食べていると、何故かメイベルちゃんとアレンが隣に腰かけてきた。思わず「ぶっ!」と吹き出しそうになる。向かいではハリーが肉をくわえながら、目を見開いていた。
「……メイベルちゃん、アレン? なんで!?」
「いや、メイベルが俺と食べたいって、そう言うから」
「じゃあ、ここじゃなくてどっかへ食べに行けばよくないか!? 庭だぞ、ここ! うちの庭!!」
「いや、それは最初から知ってるけど……」
「ごっ、ごめんね? ヘンリー。私、邪魔だったかな……?」
メイベルちゃんが傷付いた様子で、弱々しい笑みを浮かべると、メイベルちゃんの向こうからアレンがぎりぎりと、歯を食い縛る勢いで睨みつけてきた。い、言えないじゃん。これじゃあ……。
「べ、別に邪魔ではないんだよ? でも、ほら! えーっと、アレンと二人でデートの練習でもしてきたらどうかな!?」
「それは今度、することになってさぁ。なっ? メイベル。次の休みは美術館にでも行こうな」
「うん! 涼しいし、いいね~。楽しみ!」
「俺もっ! 俺も行く! はいはい、はいはぁーいっ!!」
「静かに出来ねぇだろ。却下だ、却下」
「ええっ? じゃあ、フレデリックさんと俺とで行く……?」
「俺と二人だけで行って楽しいか? どうしても行きたいなら行くけど」
誤解が解けたようで何より……。うつむく俺のお皿にそっと、ダニエルさんが玉ねぎの串焼きを乗せてくれた。すかさずお礼を言い、食べる。少し瑞々しい食感が残っていて、口に含むと甘い。香ばしい、肉の脂も一緒に溶けていった。昼下がりの庭は暑くて、からっとしていて、どことなく気怠い。青空を見上げながら、もそもそと食べていると、アレンが息を吹き返し、せっせと嬉しそうにメイベルちゃんの世話を焼き始める。
「おい、おっさん! メイベルは最初にキャベツを食べるって、そう決まってるんだよ。あーっ! 違うって! そのキャベツはまだぜんぜん火が通ってないだろ? ……うん。やっぱり通ってない。やり直し」
「お前ら出て行けよ、もう。硬いキャベツも食えないやつはここへ来るな!!」
「フレデリックさん、ずれてる! それ、ちょっとずれてますから!」
「俺は骨も食べれますけど!? ほらっ!」
「お前は……ハリー、この間歯折ったばかりだろ? 大人しく肉でも食っとけよ。見せんな、鬱陶しい」
「お肉美味しい~! ありがとう、アレン」
「ん。ほら、これもやるからな? 怖くないぞ? 怖くないぞ?」
「ふふ、大丈夫だって。も~」
必死だなぁ……。まぁ、昨日の夜、二段ベッドの下でずーっと「俺はなんていうことを、俺はなんていうことをしてしまったんだ……」って呆然とした顔で呟いてたもんなぁ。メイベルちゃんはメイベルちゃんでずっとご機嫌だし、俺にずっとのろけてくるし……。もすもすと、端の方が焦げたカボチャを食べながらうつむく。つ、疲れた……。
「あっ、そうだ。アレン。生き返ったから言うんだけどさ」
「んあ? なんだよ、おっさん。何か用か?」
「おじさん、思春期の息子でも育ててる気分だよ……。そうじゃなくてだ、えーっと、知り合いに可愛い女の子がいるんだけど、紹介してあげようか?」
「えっ!?」
「お前が手を出そうとした子。もしくは手を出したあと。だな?」
「正解!」
「正解じゃねぇよ!! 紹介すんな、そんなやつ!!」
「いやぁ、アレンも彼女作った方がいいんじゃないかなーって。そう思ってさ~」
この場をとにかくかき乱したい中年親父、それがフレデリックさん。睨みつけてみると、へらへらと笑いながら片手を振った。多分、メイベルちゃんも横で睨みつけてる。こっそり陰で、ハリーを睨みつけたりしてるからなぁ……。
「だから今回みたいなことが起きたんだよ。ほら、ダニエルも身を固めるみたいだし、ちょうどいいんじゃないか?」
「えっ!?」
「なんだ、お前。結婚すんのか?」
「えっと、いや、見合い話がきてるだけで……」
ダニエルさんは変わった。いいや、元のダニエルさんに戻ったと言うべきかもしれない。実家に行って母親と和解し、コネだけど就職して、結婚する約束までしてきた。今回、実家から見合い話がきたのはそのせいだ。そのうえ、健気なことに、メイベルちゃんに指輪を渡したあと、それまで伸ばしていた黒髪も切ってしまった。
暑くなって、耐えれなくなってきたからと言ってたけど、本当はメイベルちゃんのために伸ばしていたことを知っている俺は、何だか複雑な気持ちにさせられる。こんな鈍いアレンよりも、ダニエルさんの方がよくないか……? でも、二人の相性はぴったりだし、何よりもメイベルちゃんはアレンのことが好きだし。複雑な気持ちで頭を抱えていると、ダニエルさんがおそるおそるといった様子で、話し始めた。
「さ、さっきも言ったけど……ええっと、アレンが聞いてなかったみたいだから。あと、メイベルにも報告という形で……」
「あっ、はい!」
「ガチできたのか、見合い話が。おっさんの嘘じゃねぇのか」
「そんな嘘吐いて、俺に一体何の得が!?」
「で、えっ、ええっと、その、元々、いつかは働く気でいたんだけど……来週から、親戚のおじさんの会社で働くことになって」
「えっ!? そうなんですか? 大丈夫ですか?」
メイベルちゃんが、今のダニエルさんにとって毒になりそうな、甘い声を出して心配する。案の定、少し青い瞳を揺らがせ、かろうじて笑みらしきものを浮かべた。
「うん。ありがとう、もう大丈夫……。で、そのおじさんの娘さんとお見合いすることになって。もしも、結婚すればこの家を出て行くことになるから」
「は!? じゃあ、この家はどうなるんだよ!? 急に出てけとは言わないよな!?」
「もっ、もちろん……婚約してもすぐに結婚する訳じゃないし、そのあとの管理はヘンリーに譲るつもりだから」
「そうそう。だから、次は俺が大家さんになる。まぁ、元々、一人で掃除とか買出しをしてたからね……」
「ご、ごめん……押し付けてて」
「いやいや。大丈夫ですよ」
ダニエルさんは俺の恩人でもある訳だし。結婚すれば淋しくなるけど、お見合い相手はなんと昔、親戚のクソガキどもにいじめられていた、気弱そうな女の子。彼女はその病弱さと、異様なまでの人見知りからぜんぜん結婚出来ていないらしく、今回、ダニエルさんにこのお見合い話が持ち込まれた。でも、受けるかどうかまだ迷ってる。────メイベルちゃんのことが諦めきれないからか、それとも。
「ただ、その……あっ、相手に拒絶されたらどうしようとか。まぁ、俺なんてどうせ選んでは貰えないし、こんなの悩むだけ無駄なんだろうけど」
「久々にぐずぐず言い出したなぁ、お前。まぁ、大丈夫じゃね?」
「そうそう! 向こうも向こうで気弱なんだろ? 合うって、絶対」
「アレンとメイベルちゃん同様、すれ違えばいいと思う!」
「ハリー?」
俺がたしなめると、首を竦め、串焼き肉を食べながら「俺は悪くなんてないもん、俺は悪くなんてないもん」とぐずぐず言い出した。まともになれる日もあるというのに、こいつときたら……。
「でも、そっか。淋しくなっちゃいますね。ダニエルさんがいなくなると」
「め、メイベル。ありがとう……」
「まぁ、このメンバーでずっと一緒にいると思ってたからなぁ。ここでさ」
アレンが感慨深げな声を出して、ぼんやりと頭上の青空を見上げる。つられて見上げてみると、穏やかな青空に白い雲が浮かんでいた。エオストール王国の夏は短い。秋の気配がもう、やってくる風に含まれている。また、あの雪深い冬が今年もやってくるんだ。
「俺もそろそろ、考えないとな~……」
「あ、アレン? えっと、かっ、かかかか彼女とか……!?」
「ああ、まぁ、うん。なんか最近、やたらと母さんがうるさいんだよ……。最近どう? って。前は放置だったのにな、それ系は」
(それ絶対、メイベルちゃんを嫁にしたいっていうアピールだろ!! おい!)
アレンのお母様、メイベルちゃんのこと気に入ってたしなぁ。飛び散ったソースをティッシュで拭き取っていると、アレンが「俺にも一枚くれ、それ」と言ってきたので渡す。案の定、メイベルちゃんの口元を拭き取りにかかりやがった。
(ああ、早くどっか行ってくれないかな……。いや、結婚してシェアハウス出て行ってくれないかなぁ)
ダニエルさんがいなくなったら、フレデリックさんとハリーを俺一人でひたすら止めなきゃいけないのか……。考えただけでぞっとした。どうかどうか早く、この二人が結ばれますように。




