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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
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8.秋のお花見と沈黙の末のステーキ

 



「そうだわ、お花見に行きましょう。お花見に。皆で」

「また気分でものを言いやがって……クソババアが」



 その言葉に笑顔で硬直して、マリエルがぐるりんとアレンの方を向く。



 それまでちびちびと酒を飲んでいた青いシャツパジャマ姿のアレンが嫌そうに顔を顰め、その顔を睨みつけた。淡いピンク色ニットの上から白いカーディガンを羽織ったマリエルは溜め息を吐き、手元にあったポテトチップスを握り潰す。それを見てハリーが「後で俺にそれをください、後で俺をそれに!!」と言って凝視している。



(うーん、ハリーさんはマリエルさんの足に癒しを求めるタイプの人だから……多分あれも、ええっと、食べたいのかな……?)



 黒いカチューシャに灰色のトレーナーを着たメイベルは首を傾げ、粉々に砕け散ったポテトチップスを眺める。すぐ横に座ったハリーは紺色のスーツを着ていて、さっきから私の肩にぺたっと張り付いてそれを見ている。これはそうか、きっとあげるべきなんだろうな……お皿ごと。



「はい、ハリーさん。マリエルさんがついさっき砕いたポテトチップスです。どうぞ」

「わぁ~! ありがとう! メイベルちゃんは俺にポテトチップスをくれる優しい女の子なんだね! よしっ、これで明日からも残業を乗り越えて、」

「っメイベル!? お前、一体何をしているんだよ!? そんな社畜にエサをやるな! 散れっ!! この変態め!!」



 アレンがごほごほと咳き込みつつ、真っ赤な顔で怒り始める。何で怒られちゃったんだろう? よく分からない。



(あっ、そうか。アレン。お酒が入ってるからか……)



 お水でも渡すべきかと思って眺めていると、ポテトチップスの欠片をはがはがと食べていたハリーが急に咳き込みだしたので慌てて渡す。確かにポテトチップスはむせやすい。



「だっ、大丈夫ですか? ハリーさん。マリエルさんのポテトチップスでも引っかかっちゃったんですか?」

「ありっ、ありがとう、メイベルちゃん……優しいなぁ、もう。癒し系、癒し系……俺は社会の卑し系なんだろうけど……」

「何を言ってるんだ、お前は。また訳の分からんことを言いやがって……」



 それまでにこにこと笑ってこちらの様子を見ていたマリエルが、私の頭を撫でてくれる。ついつい口元が緩んでしまった。綺麗なお姉さんが突然出来た感じで嬉しい……。



「いい子ね~、メイベルちゃん。でも、ハリー? さっきからちょっとべたべたし過ぎじゃない?」

「あっ、はい。女王様……でも今、充電中なので俺……メイベル、ちょっとだけいいかなぁ?」



 私の膝に頭を乗せたハリーがぐるんと血走った茶色い瞳をこちらに向け、またげほっと咳き込む。その様子が気の毒になって頷いた。



「はい、これで元気になるのならいくらでも……あっ、そうだ。お水持ってきましょうか? あっ、駄目ですよ!? お酒を飲んじゃ駄目です、ハリーさん!」

「えっ? 駄目なの? 生き返ると思うんだけど……ちょっとは俺の脳みそもマシになると思うんだけど……ああ、あとメイベルちゃん?」

「はい? 何か持ってきて欲しい物でも……?」



 乾いた手でこちらの手を握り締め、口を虚ろに開いた。



「呼び捨てでいいよ、俺のことは……もっと気さくにフレンドリーに話しかけて欲しい……淋しい!!」

「あっ! はい! ごめんなさい! ついうっかり……もうちょっと練習しますね!」

「それでね、アレン。私、お花見に行きたいから車を出してくれない? ハリーだと事故っちゃいそうだし、大家さんは連れて行きたくないし。折角のお花が枯れちゃいそう」

「やなこった。そんなお願いはどっかそこらへんの下僕でもするんだな。出直してこい、目障りだ」



 舌打ちをしてグラスを傾けたアレンをじっと見てみると、気まずそうな顔をして「だってこいつが命令してくるから……」ともごもごと言い訳を始める。その様子を見てハリーが「ひっ、ひひひひっ」と楽しそうに笑って体を揺らしていた。多分、ポテトチップスを食べて元気が出たんだろう。よかった。



「お花見に行きたいな、アレン。私も! マリエルさんと一緒に!」

「えええええ~? いいだろ、別に行かなくっても。お前のことだからどーせアホ面をさらして、マリエルさんがお花みたいだからそれでいいんですぅ~! って言いそうじゃんか。それでいいだろ、それで」

「えっ!? 何!? 今の裏声と変顔は!? あと私もアレンと一緒にお花見に行きたいんだけど、その……」



 私は車の免許も持ってないし、アレンと一緒にお花見に行きたかったんだけど……。しょんぼりと落ち込みつつじっと見てみると、物凄く嫌そうな顔をした。最近のアレンはじっと見てると、何かしてくれるので見てみる。何だかんだ言って優しい人だから、彼は。



 深い深い溜め息を吐いたアレンが、グラスをごんっとテーブルに置く。そして物凄く嫌そうに歯軋りをして、こちらを睨みつけてきた。



「ぐっ……!! ああ! 分かったよ!! 行けばいいんだろ!? 行けば!?」

「やったー! ありがとう、アレン! 私、ちょうどアレンとお花見に行きたいなって思ってたところだから本当に嬉しい……!! この前の美術館も楽しかったし。嫌なのにありがとう、アレン」



 にこにこと笑いながらお礼を言ってみると、舌打ちをしてそっぽを向いた。その耳はちょっとだけ赤い。アレンは照れ屋さんだし、今お酒にも酔ってるし。横に座ったマリエルが笑い、こちらの肩に頭を乗せてきた。



「ありがとう、メイベルちゃん。それにしても……ふっ、ふふふふふふっ」

「てめぇ、クソババア。余計なこと言ったら殺すからな……?」

「アレン……? 駄目じゃない、そんなこと言ったら……それにマリエルさんは優しいし綺麗だし……あんまりそういうことは言って欲しくないんだけどな……?」



 でも、言論の自由というのもあるし。困って見つめていると、アレンがまた強烈な舌打ちをして「悪かったな!」と叫びつつ酒を一気に飲み干す。大丈夫かな、急性アルコール中毒になったりしないのかな……心配だ。



「はっ、はははははは……明日がいいな、明日が。明日は奇跡的にお休みなんだよ、メイベル! 俺も行きたあああああい!! 可愛い女の子の膝の上に座ってよしよしってされたあああああいっ!!」

「うるせぇよ、ハリー。あとお前が言ってんのは膝枕だろ。お前が膝に座ってどうする」

「あっ、よしよしなら、ええっと、今一応しますけど……?」

「わぁ~、ありがとう。メイベルちゃん。後でヘッドスパもして欲しい……というか頭を洗って欲しい。シャワーを浴びる気力が無い……」



 べたついた茶髪頭を撫で、考え込む。確かにハリーは疲れているし、べたついていて痒そうだ。ここは洗ってあげた方がいいんだろうな……。



「じゃあ、後で私が洗ってあげますね……シャンプーを取りに部屋に、」

「おいおい、やめろよ。メイベル……念の為に聞いておくが、お前。どうやって頭を洗う気なんだ?」

「ええっと、水着があるからそれを着て温泉に入る。それで、私のシャンプーかハリーさんの、ハリーのシャンプーを使って洗おうかなって」

「……それでも、やめておいた方がいいだろ。頭がカビる訳じゃないし」

「メイベル。アレンのことは無視して俺の頭を洗って欲しい……痒くて限界だから、もう。死んじゃいそう、俺。辛いなぁ~、悲しいなぁ~!」



 その手を握り締め、茶色い瞳に笑いかける。そうだ、私に出来ることなら何だってしよう。醜いのかもしれないけど、これも。



「いいですよ、ハリー。えーっと、後で私が頭を洗ってあげるね?」

「ありがとう、メイベルちゃん……!! 流石はライさんの姪っ子だ! いや~、君が本当にこのシェアハウスに来てくれて良かったよ~」



 ほっとした顔で両目を閉じ、胸の前で両手を組む。顔色が悪いから死体に見えてしまった。ああ、ちょっとだけ自己嫌悪……。



「だと良いんですけど……あの、私」

「俺が洗う。ハリーの頭をごしごしとスポンジで洗ってやるよ。それでいいだろ? あとおい、クソババア。いや、マリエル……によによした顔でこっちを見んな、鬱陶しい」

「ふふふふふっ、アレンもアレンで随分と変わったわね~。面白い方向に! あと邪魔だから退きなさい、ハリー。メイベルちゃんの膝が汚れちゃうでしょう?」



 そこでがばっと起き上がって「申し訳ありませんでした、女王様! 後で俺の足を踏んでくれるのなら喜んで!!」と叫ぶ、す、凄いな。



「踏んで貰うとあれなのね? そんなに元気が出るのね……」

「ぐっ!! げふっ、ちょっ、水、水水……!!」



 お酒を飲んでいたアレンがむせて、慌てて水を飲み干す。マリエルはにっこりと慈愛に満ちた微笑みを浮かべ、私の頭を黙って撫でてくれた。よく分からないけど嬉しい……。



「メイベル、お前な……? 俺が酒を飲んでいる時にそんな、ボケボケ天然発言をするんじゃない! 思いっきり気官に入っただろうが、今。どうしてくれんだよ、もう」

「ごっ、ごめんなさい……でも、さっきまでやつれていたハリーが腹筋使って起きれたから、それで」

「……んあっ!? 寝てた、今一瞬。明日はお花見だな……それで何時集合だって? アレン」

「私はマリエルよ、ハリー。そしてまだ決めてないの、時間は。いいから黙って口を閉じて寝てなさいな、そこで」

「はい! 分かりました! 寝てます!!」



 今度は私の肩にもたれて眠り始めたので、怒ったアレンが引き剥がしにかかる。



「お前はちょっとさっきからべたべたし過ぎだ、ハリー! あと風呂に行くぞ。風呂! 明日は花見なんだし身綺麗にしてろ、お前!」

「え~? やだぁ~、メイベルちゃんかマリエルさんに洗って欲し~い!」

「別途五万ね。それならいいけど?」

「すみませんでした……メイベルに頼みます、俺」

「頼むな。俺に頼め。洗剤でごしごし洗ってやるから、丁寧にな!」

「うぐっ、首が絞まる、首が絞まる……!!」



 アレンがハリーの首根っこを掴み、ずるりんとソファーから引き摺り下ろす。心配だったがハリーは「わぁ~! これはこれで楽しいぞぉ~! パパーっ!」と楽しそうに叫んでいた。それを見てほっとする。



「明日が楽しみですね、マリエルさん……!! 私、色々と作って持っていこうかな……」

「私、ピクニックバスケットを持っているから。ちゃんとカトラリー付きの。そこに詰めてくれない? メイベルちゃん」

「あっ、はい! 勿論! 何が食べたいですか? 何でもマリエルさんが好きなの作りますよ?」



 隣に座ったマリエルを見上げると、切なそうに微笑んでいた。そしてメイベルの栗色の長髪を梳かし、穏やかな声で言葉を紡ぐ。



「……そうね、じゃあ。サンドイッチとかスコーンとか。ハンバーグとかかしらねぇ……」

「オムレツも付けましょうか、マリエルさん。あとグラタンも? 沢山詰めますね、私」



 ふっと両腕が伸びてきて、私を抱き締める。ふわりと柔らかな金髪が顔に当たって、薔薇の甘い香りが漂う。ゼラニウムのような、ミュゲのような甘い香りも漂ってきた。そっと華奢な背中に手を添えて、優しく抱き締め返す。



「どうかしましたか? マリエルさん……」

「何でもないの、メイベルちゃん。暫くこのまま抱き締めていてもいい?」

「はい、それは勿論……」



 喜んで貰える言葉を探し、見つける。きっと彼女も彼女で何かを抱えているだろうから。どうしてもお花見に行きたい理由があったんだろう。細い体をぎゅっと強く強く抱き締め、呟く。



「私、明日……マリエルさんの好きなものだけを詰め込みますね。楽しみです、お花見」

「そうね、ありがとう……きっともっと、昔にそれを聞きたかったんでしょうけど。私は」



 もしかして、家族で行きたかったんだろうか。やり残したことは胸にほろ苦く残り、いつまでもその残滓(ざんし)は消えて溶けてはくれない。溶けかけの石鹸のようにいつまでも残って、こちらの胸を狭める。だったら。



「これから沢山、楽しいことをしましょうね……私、マリエルさんと色んなところに行って美味しいものが食べたいです」

「ありがとう、メイベルちゃん。それじゃあ」



 こちらからぱっと離れて笑い、目元をさり気なく拭う。涙が滲んで光っていたが、気付かない振りをして明るく笑った。



「明日の計画を立てましょうか? どうせ後でハリーも来るんでしょうし? 詰めときましょ、ある程度」

「そうですね、マリエルさん。アレンもハリーもすぐ喧嘩しちゃうし……落ち着いて話せないだろうから」











「いや~! 楽しみだな~! お花見!」

「何でお前も来ることになったんだよ、ヘンリー……」

「いいじゃないか、別に! こんなこと初めてだし~」

「えっ? 初めてなの? 知らなかった」



 後部座席から顔を出し、メイベルが栗色の瞳を瞬く。二時間ほどかけて秋薔薇やコスモスが美しく咲き誇っているテーマパークに行くことになったので、黒いTシャツの上からマウンテンパーカーを羽織っていた。一方の運転席に座っているヘンリーは紺色のジャケットを羽織り、その隣に座っているアレンは白いシャツの上に黒いニットベストを着ている。



「いやぁ~、メイベルちゃんは信じられないかもしれないけど普段、一切交流とか無いからさ~。俺達! 次どっち? アレン」

「右。そのままずっと真っ直ぐ。と言うか俺は許せん。あのクソババアに団体行動っつー概念はあるのか……?」

「いやぁ、俺も後ろでハリーとダニエルさんに挟まれるのは嫌だな~。分かる~。メイベルちゃん、大丈夫? 嫌気差してない?」

「さっ、差してません。大丈夫です……」



 お花見に行くのなら頭を洗えと言われ、一生懸命洗ったダニエルがびくりと体を動かす。彼は今日もくたびれたチェック柄のシャツにぼろぼろのデニムを履いていた。黒縁眼鏡をかけ直し、怯えた青い瞳でこちらを見つめてくる。



「めい、メイベル……差した? 差した?」

「差してないですよ、大丈夫です。ダニエルさん、クッキーでも食べます? どうぞ」

「ありがとう……貰うよ、メイベル。酔わない程度に……」



 そのままもそもそとオレンジピールとチョコのクッキーを齧り取る。うん、今日の彼は調子が良い。いつもより明るい雰囲気を漂わせていて、微笑ましかった。



「お花見、楽しみなんですね? ダニエルさん。さっきからずっと嬉しそう……」

「はあああああっ!? 嬉しそうだって!? そいつがーっ!? いつもと同じくカビと茸をジメジメ大量生産中じゃねぇーか! 謝れ、お前! 俺に! あと家賃下げろ、家賃!」

「家賃は下げない……あと俺は今、とっても機嫌が良いんだよ……」

「見えないなぁ~、見えないなぁ~、ダニエルさん。何か、猛烈にあの高級車にクラクションを鳴らしてやりたい気分になっちゃったな……」

「やめろ。お前が嫌いなアレが乗ってるとは限らんだろ。そっと手を添えるな、やめろ!!」



 前に座ったアレンとヘンリーが仲良く言い争いをしていると、それまで膝の上で眠っていたハリーがぱちっと目を覚ます。彼はいつものくたびれたスーツを脱ぎ捨て、デニムジャケットと白黒ボーダーTシャツを着ていた。起き上がり、こちらをまじまじと見つめてくる。



「クッキー。俺にもくれない? メイベルちゃん」

「はい、どうぞ。あと他にもグミがありますけど……」

「グミ! 意外……えっ? 何味があんの?」

「相変わらず、休みの日はしゃっきりしてんなー。ハリー」



 ハリーの茶色い瞳には生気が満ちていた。そして目元にクマが出来ていない。足元に置いた鞄をがさごそと探って、グミの袋を手渡してみる。



「へー……オレンジと葡萄……葡萄味を貰おうっかな~。あと普段は生きることに全力を注いでいるから。今は普通に暮らしてる人間ですって感じ。楽しい」

「やっぱ今いちよく分かんねぇよ、ハリー……」

「アレン~、俺にもそのポテチ一枚ちょーだい。食わせて」

「やなこった。後で自分で買って食え」

「あっ、でも私も欲しいかも……交換しない? アレン。私のグミと!」



 グミの袋を差し出してみると、アレンが舌打ちをして袋ごとくれる。見なくても分かった。きっといつもの苦々しい顔をしている。



「わ~、ありがとう。でも、丸ごとは流石に食べきれないかな……」

「誰が全部やると言った? 一枚を半分にして食え、メイベル。一枚を半分にして」

「分かりました! 一枚を半分にして食べます!」

「素直~。でもメイベルもちょっとはしゃいでる? さっきからわりとアレンに甘えているような……?」



 そ、そんな。もしかして最近の私が、「アレンは何だかんだ言って良い人だな~、何でも言うことを聞いてくれる人だな~」と思って甘えているのがばれたのかもしれない……。



「ごっ、ごめんなさい。ポテチは一枚もいりません……最近アレンがじっと見てると何でもしてくれるから、ついつい甘えちゃって……ごめんね?」

「お前、意外と図太いっつーかずうずうしいところがあるよな……まぁ、別にいいけど。あと食うって言ったのなら食え。ポテチに失礼だろ、お前。三枚なら食ってよし!!」

「三枚なのかよ、アレン~」

「いいよ、後で俺が買ってあげようか? いつも迷惑かけてるし、そのお詫びに」

「いつものお詫びがポテチ一袋ってお前……やっすいな! もっと普通にお菓子とかあげたらいいじゃんか! アレン、次は?」

「左。看板あるだろ、見ろよ。自分で」



 ぱりぱりと美味しいポテトチップスを齧っていると、ダニエルが物欲しそうな顔で見てきたので分けてあげる。ただそれが気に食わなかったのか、前の座席に座ったアレンが「おい! 何でネガティブ人間にエサをやってんだよ!? ネガティブオーラが増すだろうが、栄養を与えたら!」と言って怒り始めた。



「大丈夫大丈夫……今日の俺は凄く気分が良いんだ……この世に生まれたことを感謝……」

「うっわ!! きっも! いいよ、もう。いつものように暗くって。お前が明るかったら落ち着かん!!」

「いや、明るいのとはまたちょっと違う感じじゃないか……?」

「まぁまぁ、アレン。折角、ダニエルさんも明るい気分になっているんだから……」

「ハリー、お前が常識人ぶっているのを見ると無性に腹が立つな……メイベル。踏んでやれ、そいつを」

「えーっと、でも。マリエルさんの足じゃないし、今は元気いっぱいみたいだし……」



 困ってハリーを見てみると、生真面目な顔で頷いた。そして足をそっと持ち上げ、こちらを見つめてくる。首を傾げつつ足先を踏むと、ハリーはいたく満足そうに頷いてグミをもちゃもちゃと食べ始めた。どうやら満足してくれたらしい。ほっと胸を撫で下ろす。



「グミは美味しいし、メイベルちゃんは踏んでくれるし! 今日! 中々楽しいかも! 残業のことも頭から抜け落ちてるし楽しいなぁ~! はっはっはっは」

「踏んだのかよ!? 何で踏んだんだよ!? メイベル!?」

「えっ!? だってアレンが踏めって言ったからさっき……」



 前の座席に座ったアレンが振り返って怒ってきたので、戸惑ってしまう。どうしよう? 踏んじゃ駄目だったのかもしれない。困惑していると、横に座ったハリーがばっと両手で自分の頭を抱えてしまった。



「うっわ!! よく考えたらアレンの命令で踏んできた……つまり俺はアレンに踏まれたも同然!! 一緒! 同じ意味!」

「違う! そんな訳ねーだろ、アホかお前らは!!」

「えっ? 私もアホの一員なのかな……」

「メイベルちゃん。出てる、出てる。本音が!」

「あっ、違ったんだけどごめんなさい……!! ごめんなさい! ついうっかり本音が出ちゃって……?」



 会話の流れでついうっかり言ってしまった。ハリーがお腹を抱えて笑い、あのダニエルでさえもくちびるを歪ませて、笑みらしきものを浮かべている。アレンも怒りが収まったのか苦笑していて、その横に座ったヘンリーも「え~? ついうっかりって何?」と言って笑っている。ああ、そっか。これでいいんだ、私は。



「私、今が一番楽しくて幸せかも……!!」

「おいおいおいおい、まだ着いてねーよ? 早くないか? はしゃぐの?」

「でもいるよな~、こういう奴! 目的地に着く前からずっとはしゃいでいて、途中で電池が切れるやつ!」

「そんな……子供じゃないんだから、でも」

「でも? あっ、そうだ。グミ食べる? グミ。さっき君に貰ったやつ!」

「俺も、俺も欲しい……何か持ってくれば良かったな、お菓子」



 深く息を吸い込むと、胸の中がわくわくと弾んでしまった。空は快晴で、窓の外には青空と田園風景がのんびりと広がっている。伝えなくては、この気持ちを言葉にして。



「ダニエルさんも泣かずに笑ってるし! アレンもヘンリーもハリー……さんも楽しそうだから。それで。だって今、みんな笑ってるでしょう? ようやくシェアハウスの一員になれたみたいで嬉しいの。だから私は今が一番幸せ! ありがとう、私と遊んでくれて……」



 何故かその言葉に全員が黙り込んでしまう。ダニエルがハリーから貰ったグミをそっと、私の手に押し付けて頭を撫でてくれた。わしゃわしゃと頭を撫でられつつ、困惑する。どうしよう、気持ち悪かったのかもしれない……。



「あー……メイベル。今日の晩ご飯はステーキにでもしような……帰りは運転を頼んだぞ、アレン」

「おう……じゃあまぁ、ステーキでも買って帰るか……」

「昨日踏んで欲しいって言って、しつこく付き纏ってごめんなさい……」

「昨日温泉に入りたくないよ~って、駄々をこねてごめんなさい……あと、俺が散らかしたカボチャの種を拾ってくれてありがとう……」

「えっ!? どうしたの、みんな!? やっぱり変だった!? 変だった!?」







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