9.違う、そうじゃないの……。
みんなが一旦、部屋に戻ってプレゼントを取りに行ってくれた。少し経ってから、今度は向かいに腰かけたアレンがわくわくと期待に満ちた、でも、どこか不安そうな笑みを浮かべる。その手には真っ赤なリボンがかけられた、可愛らしい花柄の箱が握り締められていた。だけどまだ他にもあるらしく、「あとで魔術で取り寄せるからな!」と言ってくれる。
「ふふ、楽しみ~」
「でも、気に入るといいんだが。これ、お前が」
「大丈夫! アレンがくれるものなら何だって嬉しいよ~」
「メイベル……!!」
「二人だけの世界だね、もう……」
「俺はもう慣れた。ヘンリーも早く慣れたら?」
「無理だろ、無理無理。ヘンリー、そういうの苦手じゃないか」
アレンと笑い合っていると、焦げ茶色の袋を手にしたヘンリーが苦笑し、大きな溜め息を吐く。隣に座ったアレンがそれを見て、不思議そうに「おい、どうしたんだよ?」と聞き、呆れ顔のフレデリックがすかさず「お前のせいだろ!」と言っていた。
「め、メイベル? 私ももう一つぐらい、プレゼントを用意しておけば良かったな……申し訳ない。これ、足りないかもしれないが」
「ライ叔父さん、お財布しまって……!? 大丈夫だから」
「えっ? い、いや、でも、ほんの少しだけだから!」
「ふふふ、大丈夫よ? ライさん。気になるんだったら今度、私とメイベルちゃんの三人で一緒にお買い物にでも行かない?」
マリエルさんが甘えて腕にもたれかかると、黒い本革財布を片手に、ほっとした顔をする。もう紙幣を何枚か出していた。
「じゃあ、そうしようか。確かに無骨だしなぁ。現金を渡すというのも……」
「はいっ! 俺! 俺は無骨じゃないでーす、無骨だって感じませーん! ください!」
「ハリー? ほら、残ってるケーキやるから……」
「いる! ちょうだい!」
「ら、ライさんにたからないで欲しいな……」
ヘンリーが疲れたように笑い、ハリーの口へとケーキを突っ込んであげていた。流石のダニエルさんも、ちょっとだけ不愉快そうな顔をしている。そんなダニエルを物言いたげな表情で見ていたアレンが、おもむろに切り出した。
「あ~、ダニエル? お前から渡せよ。指輪以外にも、他に用意してんだろ?」
「あっ、ああ、うん。じゃあ、そうしようかな……? 気に入って貰えるかどうか分からないけど」
「大丈夫ですよ! 楽しみ~。ほら、このネックレスもお気に入りでつけてるんです」
「えっ!?」
私が胸元で光る、ラズベリーに見立てた赤い宝石とリスのチャームを持ち上げると、何故かアレンが呆然として口を開ける。も、もしかして嫉妬!? 嬉しくなって、つけているイヤリングに触れてみる。
「ほ、ほら! アレン、これも貰ったの! 葡萄のイヤリング!!」
「な、なんで……?」
「えっ? なんでって、その、ダニエルさんが私にあげたかったから……!?」
「あっ、ま、まぁ、だよな? そうだよな」
「う、うん……」
あれ? 上手くいかなかった。どうしてだろう? 困った顔のアレンと見つめ合っていると、フレデリックがぱんぱんと手を叩いた。
「はいはーい! 進まないからやめような~、お二人さん。そういうのは! ほら、ダニエル。早く渡した方がいいって、それ」
「あっ、う、うん……」
「なんだなんだ? なんだと思う? ヘンリー」
「いや、想像つかないなぁ~。でも、お前が一昨年、俺に渡してきた洗剤じゃないってことは確かだな」
「ひどい! ねっ、根に持ってんの!?」
「持たない方がおかしいでしょ? いいからもう、ハリーはちょっと黙ってて?」
「あっ、はい。黙ります、女王様……」
「じょ、女王様? もしかして、お客さんだったとか……?」
「いいえ! ライさん、お願いだからこの子の言うことは無視してくれる? ただの道端に転がってるような変態だから」
「久々に見たなぁ、マリエルさんのガチギレ顔。美味しい」
「おいしっ……!?」
「そいつ、ほっといていいですよ。やめろよ? 社畜。困惑してるから」
端の方に座っているダニエルからシェヘラザードへと回され、私の手に綺麗なペールグリーンの箱がやってきた。なんだろう? ネックレスが入っている箱のようにも見えるし、ルームフレグランスが入っている箱にも見える。わくわくしながら、濃い青色のリボンをほどき、蓋を開けてみた。
「わっ! ……香水ですか?」
「そ、そう。ええっと、説明書が入ってるからそれ読んでみて……」
「あっ、もしかしてそれは」
ノアがひらめいたような顔をして、マリエルさんが「ノア? 知ってるの?」と聞く。中に入っていたのはシャンパンのように淡くて、美しい薔薇色の液体が揺らいでいる香水瓶。その液体の色よりも濃い、けぶるような薔薇色のサテンリボンまで巻かれていた。しかも、中には金銀の花弁と、深い薔薇色の花弁が入ってきらきらと揺れ動いている。説明書! 説明書、一体どこだろう……!?
「うん、もちろん。以前使ったことある。今のメイベルちゃんにぴったりのやつだよ」
「へ~。今のメイベルにぴったりのやつか。胃薬には見えないしなぁ」
「アレン? 情緒なさすぎ。だからすぐに振られるんだよ」
「あ!? 関係ないだろ!? 今の! 喧嘩売ってんのか、さっきから!」
「まっ、まあまあ、アレン君も落ち着いて……あっ、そうだ。アランが元気かどうか心配していたよ。また連絡して欲しいと、そう言っていた」
「えっ? あっ、はい……」
にこにことライ叔父さんに笑いかけられ、気まずいのかアレンが縮こまる。その様子を見て笑っていると、珍しくダニエルさんが「あの、メイベル。説明書……」と言って急かしてきた。
「あっ、す、すみません! えーっと、なになに? これは……」
“恋を叶えるための香水”。そんな文字が飛び込んできて、びしりと硬直してしまう。でも、胸の中に喜びが湧き上がる。思わずその瓶を乱暴に出して、両手でかかげてしまった。
「こっ、ここここっ、これは……!! ありがとうございます、ありがとうございます!!」
「よ、良かった。そんなに喜んで貰えて……」
「えっ? め、メイベル? お前、そんなに嬉しかったのか……!? ちょっと見せて、」
「だっ、だめ! これは私のだからだめ!!」
ついうっかり、アレンから隠すようにして抱き締めてしまった。アレンが青い瞳を見開いて、ショックを受けている。あっ、ああ……!!
「ええっと、あのね? これは、」
「……まぁ、見られたくないって言うのなら無理に見ないけどさ」
「アレンが傷付いてるな……お前、そんな顔も出来たのか」
「フレデリックさんはたいがい俺にアレンを押し付けて逃げてるから、見たことないんでしょうけど、俺はちょくちょく見てますよ? この顔」
「あっ、ごめんて……。ストレス溜まってるんだな、ヘンリー」
「少しは休もうぜ、ヘンリー」
普通の人モードのハリーがそう言い、ヘンリーの肩にぽんと手を置いた。でも、暗く沈んだ表情できゅっと、焦げ茶色の袋を握り締めている。
「あの、アレン? 私」
「もういいから。別に気にしなくて。次、誰が渡す?」
「じゃあ、次は俺からで~」
ノアが手を挙げながら、「はい」と言って私に手渡してくれた。どうしよう? アレンの誤解、解けなかった……。でも、せっかくの誕生日なんだし、気を取り直してその小さな箱を開けてみる。
「わっ! 可愛い! ブレスレット?」
「そうそう。メイベルちゃん、気になってたでしょ? これ。ホットケーキとフレンチトーストのブレスレット」
「ありがとう! ふふ、美味しそう~。可愛い」
「まぁ、可愛い。そんなのもあるのね? 最近は」
「これ、目玉焼きとベーコンのバージョンもありましたよ。あと、メロンソーダのイヤリングとか」
「いいわね~。見に行きたいわぁ」
大きく角切りにされたバターの上に、とろりんと琥珀色のメープルシロップがかかってる。美味しそう~。さっそくつけて、ちゃらちゃらと音を鳴らし、楽しんでいると向かいのフレデリックが手を挙げた。
「じゃ、次は俺で! とは言っても、ぜんぜん大したことないけど。はい」
「ありがとうございます! あっ、クッキーですか?」
「そうそう。可愛いイラストのクッキー缶があったから、それで」
「ああ、しまったなぁ。かぶったかもしれない、フレデリックさんのと」
「えっ? そうなの?」
可愛い女の子と白猫と、ひまわりが描かれたクッキー缶を見て笑っていると、ヘンリーが「しまったな」ともう一度言って、苦笑する。そのままこちらへと、その袋を手渡してきた。
「バニラたんと似た、白い子猫が刺繍されてる靴下とハンカチがあって……あと、カチューシャ。大きいリボン付きの」
「ありがとう! ふふ、でもいいの! 大丈夫~。バニラちゃんとよく似た猫ちゃんのアイテムなら、いくらでも欲しいから!」
「明るくなったな、メイベルも」
「えっ?」
ライ叔父さんがしみじみ笑って呟けば、それまで無言を貫いていたアレンがばっと身を乗り出す。
「前は暗かったんですか!? メイベル!」
「えっ? あ、うん? 暗いというよりこう、控えめで大人しい感じの……」
「なるほど。じゃあまた今度、その時の写真があったら見せて貰えませんか?」
「えっと、う、うん。分かった。それじゃあまた、兄さんの家に寄ってからここへ来るよ……」
「やめろよ、アレン。ライ叔父さんが困ってるだろ? あ、次は俺で。どうぞ、メイベルちゃん。誕生日おめでとう」
「あ、ありがとう、ハリー……」
「お前、そのモードやめろ。気持ち悪いから」
「やだ。アレンへの嫌がらせでそうする」
「おい! てめぇな!?」
まともなハリーから受け取った袋を開けて見てみると、レターセットだった。可愛い小鳥と花柄の。思ったより普通だった! 良かった!
「ありがとう、ハリー! ほっとした~」
「ほっとしただって……? えっ? 悲しいんだけど!?」
「日頃の行いが悪いせいだろ。諦めろ」
「次はあたしで……」
「あっ! ありがとう……お酒? かな?」
木箱をずるんと取り出してきたので、それを受け取る。揺らすと、中でちゃぷちゃぷと液体が揺らいだ。シェヘラザードが真顔でふるふると、首を横に振る。
「ううん。アレンに怒られるから、ベリーのサイダーとレモネード」
「ありがとう! わ~、美味しそう!」
「よしよし。お前らもちょっとは分かってきたな! それでよし!」
「どういう立場からものを言っているんだよ? アレン……」
「諦めようぜ、ヘンリー。お前の胃の負担も減る」
「俺はもうすっかり見慣れたよ! 割り切れたよ?」
「ハリーみたいに強くないんだよ、俺……」
ヘンリーが両手で顔を覆い、フレデリックがその肩を叩いた瞬間、マリエルさんが「じゃあ、次は私ね!」と笑顔で言い放った。
「メイベルちゃん、これどうぞ! 私が気に入っているブランドのシャンプーとトリートメントなの」
「やった! ありがとうございます!!」
「良かったな、メイベル」
微笑みかけてくれたライ叔父さんに微笑み返し、貰った白い箱をぎゅっと抱き締める。あまりにも嬉しくて、すりすりと頬擦りしていると、アレンがおそるおそる話しかけてきた。
「あ~、ええっと。これ、俺の。大したことないが」
「えっ!? 大きいね!?」
「うわっ!」
「「でっか……!!」」
「げっ。なに入ってんの? あれ」
「不気味な大きさね……なにかしら、中身は」
アレンがどんと、白い紙に包まれた長方形の物体をテーブルの上に置く。も、ものすごく大きい! 何が入ってるのか、まったく想像がつかない……。じゅ、絨毯とか? 大きく折りたたまれた絨毯かな?
「あと、これも。ほい」
「今度は随分と小さいな!?」
「これは腕時計。でも、俺も指輪にすれば良かったか……?」
「もっ、もしかしてアレン……!!」
「ついに!?」
フレデリックさんとヘンリーがそう呟き、ぱっと、口元に両手を添える。ハリーは何故か、目元で丸を作っていた。私も思わず、口元に両手を添える。アレン、しょんぼりしててすっごく可愛い……!!
「あ、ありがとう! じゃあ、次は指輪を貰おうかな? でも、腕時計も嬉しいよ~。ふふふふ」
「そうか? じゃあ、来年はそうするか。これは先月の昼間、駅前にあった店でこれ見て、お前がわ~、欲しい! って言って、可愛く笑ってたから買ってきたんだが。夏季限定のデザインで、オレンジと黄色が瑞々しくポップで、」
「いいからもう。そういう説明は……恋に目覚めたかと思えば、お前は」
「そっ、それよりも早く、その大きい物体の説明をしろよ!? 何が入ってるんだ!?」
「えっ? ヘンリー、一体どうしたんだ? 落ち着けって……」
困惑したアレンが激しく、ヘンリーに肩を揺さぶられていた。待ちきれず、腕時計を箱から出してつけたあと、その大きな包みに手をかける。現われたそれを見て、息を呑みこんでしまった。
「これは……シーツ!? かな!? 綺麗! あっ!」
「シーツと枕カバーの三点セット。あと、こっちは体圧分散マットレス」
「うわっ! またなんか、ずるっと出してきたよ……気持ち悪」
「とうとう寝具にまで手を出したのね? アレン……」
アレンが真剣な顔をして、足元から丸い筒状のマットレスを出してきた。それを見て、みんなが顔を引きつらせる。ライ叔父さんはどう言っていいのかよく分からないみたいで、ひたすら途方に暮れていた。
「わーっ……!! この柄、すっごく綺麗! 再現度高い! おっ、覚えててくれたの!? ありがとう!」
「もちろん。あの時見た月と海を切り取りたいぐらい綺麗だって、お前がそう言ってたからな……」
「う、嬉しい! 大事にするね? あの時見た、お月様とビーチだ~。綺麗! わぁ~」
「俺からしたらお前の方が綺麗なんだが。誕生日はいいな、シャッターチャンスが多くて」
アレンがカメラを構え、嬉しそうな顔でぱちりと撮る。以前、海外旅行に行った時、アレンと一緒に見た海だ~。今みたいに写真でも撮っていたのか、鮮やかにプリントされていた。そこからざざん、ざざんと、海の音が響いてくる。う、嬉しい……!! そう言えばあの日、思い切ってアレンにキスしたんだっけ? 恋を自覚した日の海だ~。訳が分からないという顔をしているみんなに、要点だけをかいつまんで説明したところ、ものすごく微妙な顔をされた。
「メイベルちゃん……すぐに分かったのね?」
「あっ、はい! あのビーチの砂が綺麗な銀色で……!! これもそうでしょう? だから! ふふふふ~」
「あの時のメイベルはまるで、ビーチに降り立った女神のように綺麗だったな……」
「も~、アレンったら! でも、嬉しいな~。あの時の思い出をこうして、贈ってくれるだなんて!」
「指輪よりも嬉しいよな……?」
「うん、もちろん! ありがとう~」
「なら、まぁ、良かった……」
アレンが照れ臭そうにそっぽを向き、頬を掻く。その指にはめられた指輪の石がゆっくりと、茶色から銀色に変わっていくのを見て、何だか嬉しくなってしまう。あの時の砂浜と同じ色だ。手を持ち上げ、見てみると、私のも眩しい銀色に染まっていた。アレンの指輪と同じ色。
「ねぇ、アレン? ほら、同じ色に変わってる~」
「ああ、だな」
「まるで、あの時見た砂浜の色みたいだね……」
「そうだな。また行こうな? 今度は二人で」
「アレン……!!」
アレンが嬉しそうに笑って、私と同じポーズをしてくれた。銀色の石がよく見えるよう、胸元まで上げている。それを見たフレデリックが落ち込み、呟いた。
「俺達、いる意味は……?」
「ないですね、きっとない……」
「この世の全てのカップルどもが滅びますように……」
それからしきりに「もう少し、ちゃんといいものを持ってくるべきだった」と言って、落ち込むライ叔父さんを慰めて見送る。マリエルさんはまだライ叔父さんといたいみたいで、笑顔でついて行った。何故か意気消沈した表情のヘンリーとハリー、ノア達がもそもそと、リビングの飾り付けを外し始める。
「メイベル? ここは俺らが片付けるから。お前はもう上がって寝てろ」
「えっ? でも、私、もうちょっとだけその、アレンと一緒にいたいんだけど……?」
「メイベル……」
アレンが驚き、青い瞳を瞠っていた。でも、次の瞬間、ふっと哀れみ深い微笑みを浮かべる。えっ、なに!? もしかして通じた!? 違う!? じゃあ、あの表情は一体なに……!? どぎまぎしながら佇んでいると、アレンがそっと両肩を掴んできた。
「あれだろ? マリエルとライ叔父さんがくっついて、へこんでるんだろ? 待ってろ。俺が話聞いてやるから。ここじゃ、話し辛いもんな……」
「アレン……」
「大丈夫だ。すぐに片付けて、お前の部屋に行ってやるから。ああ、でも、一応規則では夜の二十一時以降、女子の部屋に一人で入っちゃだめなんだよなぁ……よし、あとでシェラを連れて行くよ。ちょっと待っててくれ。きっとあいつなら口外しな、」
「アレン? もういいから、気にしないで……?」
「かっ、可哀相に、メイベル!! こんなに落ち込んで! また俺がうまいもんでも食わせてやるからな!? なっ?」
どういう気持ちであのシーツ、贈ってくれたんだろう……。遠い目になってしまった。アレンが焦って、「大丈夫だからな! きっとすぐに別れるだろうから!」と言って、私の肩を揺さぶってきた。
(でも、いいの。恋を叶える香水、使ってみるから……!! 明日!)




