8.まだまだ続くよ、恐怖の誕生日
小さなタルトの次は、柔らかく煮たイカと有頭海老、ムール貝のブイヤベースが運ばれてきた。それから、帆立のバジルソースをバケットに載せ、さらにとろけるチーズを載せて焼いたもの。むにぃっと、よく伸びるチーズと帆立のジューシーさがたまらない。バジルソースも香りが良くて、黒胡椒とガーリックが効いていた。
「おいっ、美味しい~……アレン、ありがとう! 美味しいよ!」
「あっ、そっちのバケットはダニエル達が作ってたぞ。ブイヤベースは俺だけど」
「えっ? そうなんだね……ありがとうございます、美味しいです」
「あっ、うん……」
「あからさまにテンション下がるなぁ! メイベルちゃん」
「フレデリックさん、余計なこと言うと、ほら……」
何故かヘンリーがちらちらとこっちを見て、フレデリックさんを肘でつついてる。「気にしなくてもいいよ!」と伝えるために、にっこり優しく微笑みかけてみると、青ざめ、がっと、フレデリックさんを肘で殴った。海老の頭を外していたフレデリックさんが、「うおっ!?」と言って前のめりになる。
「メイベル。どうだ? うまいか?」
「あっ、うん! スープも美味しいし、最高! ごちそう感あって食べ応えあるね! 作ってくれて本当にありがとう~、アレン」
「いやいや……まぁ、良かったよ。お前の可愛い笑顔が見れて」
「アレン君……本当に付き合ってないのか?」
「えっ? いや、ただの女友達ですけど?」
アレンがきょとんとした顔で、海老の頭をもぎながら、顔色の悪いライ叔父さんを見つめる。そのあとすぐに、私に頭のない海老をくれた。優しい、アレン。
(でも、そっか~……ただの女友達かぁ)
辺りには気まずい空気が漂っていた。向かいで黙々と、ヘンリーやハリーが青ざめながら食べている。私の隣に座っているシェヘラザードでさえ、気まずそうな顔をしていた。
「ねえ、アレン? 私……」
「ん? どうした? あ、次の持ってくるか? 腹減ったよな?」
「ううん、大丈夫。でも、朝から色々して貰ってるし、今度は私がメインを運んできて、」
「転んで火傷でもしたら大変だから、俺が持ってくる」
「うわ、過保護。転ばないでしょ、絶対に」
「うるせえ! ノア! 転んだらお前、責任取れんのか!? 取れないだろ!?」
「性質の悪いモンペア……」
「凶暴なお母さん」
「お前らの分だけ、泥でもぶっ込んでやろうか? なぁ」
シェヘラザードとノアにじっとりとした目で見られ、「まったく! どいつもこいつも分かってない!」と言って怒りながら、席を立ってしまった。やっぱり、アレンにとって私は手のかかる妹的存在なのかも? 告白しても、振られるかもしれない……。
「ねぇ、ライ叔父さん?」
「ん? どうした? ええっと、頑張っていたらそのうちアレン君も気付いて、」
「惚れ薬、作れない? 魔術師でしょう?」
「メイベル。似たようなものは作れるが、違法だから……」
「めっ、目がマジできょわわだよ、メイベルちゃん……!!」
「ヘンリー、お前、金積んで裏ルートで入手しろよ」
「罪に問われなければ、そうしたいところですよ。フレデリックさん」
そこで、ヘンリーとハリー、フレデリックさん達が顔を寄せ合い、どうすれば私の恋が実るのかを相談し始める。でも、面白がってない……? みんな。
「やっぱあれだろ? いいムードをこう、一生懸命みんなで作ってさ~」
「でも、それは以前したじゃないですか! 海外旅行の時に!」
「問題はアレンに自覚が無いってところじゃないかな? 様子を見ていると、メイベルちゃんをそういう恋愛対象として、見ちゃいけないっていう思い込みに囚われているような気がするな」
「きゅっ、急にまともになるなよ、ハリー……。怖いな」
「帆立でも食べるか……?」
「ちょっと、いつものモードで喋ってみただけじゃん!? あと、俺、職場では大体こんな感じだからね!? まぁ、帆立は貰うけど! ありがとう!!」
「まぁ、誰もハリーにまともさは求めていないから、帆立でも食べて落ち着いてくれ。なっ?」
「ヘンリーが毒舌なんだけど!? メイベルちゃん、ちょっとどうにかして!!」
「えっ? 私が?」
首を傾げながらイカを食べていると、ハリーが大真面目な顔で「うん。だって、最近のボスはメイベルちゃんだから」と言ってきた。よく分からない。ライ叔父さんもよく分からなかったらしく、品良くバケットを齧り取りながら、首を傾げた。
「メイベルは気が弱いし、どちらかと言うと、ボスというイメージは無いんだが……」
「でも、最近のメイベルちゃん、ボスなんですよ! すごいんですよ!! 目線一つでヘンリーを従えるんですよ!?」
「そ、そうなのか。従える……?」
「も~。ライさんにそういう、変なこと言うのやめて欲しいわ」
「ハリー……やめてくれ。次はムール貝でも食べるか?」
「食べる!」
ヘンリーがそっと、スプーンとフォークでムール貝を掬い上げ、ハリーのお皿に入れる。それを見ていた時、アレンが大皿を持ってやって来た。
「さぁ、メイベル! 喜べ!! お前はこいつらとわいわい食うのが好きだからな! 誕生日パーティーらしく、山盛りにして持って来たぞ!?」
「お前、本当に一人だけ状況が読めてないな!?」
「アレンはもう少し、メイベルちゃんのことをちゃんと気にかけるべきよ」
「むごむごっ!!」
「俺の胃が痛いの、全部お前のせいだからな……!!」
「乙女心が分かってないから、すーぐ彼女にも振られる」
「アレン、もう少しどうにかした方がいい。主に頭と態度」
「シェラまで!? おい、一体どうしたんだ!? 俺が席外してる間に、一体何があったんだよ!?」
こんがりと、美味しそうな焼き色がついたとうもろこしや、黄色と赤のパプリカ、皮付きポテトに玉ねぎ、甘辛いタレが絡んだスペアリブとフライドチキンが山盛りにされていた。その重たそうな大皿をテーブルの中央へと置き、アレンが解せないといった顔で首を傾げる。それは、みんなが手を伸ばして、わいわい食べるためのメイン料理だった。────そこに、私への気持ちはこもっていない。
落ち込んで、深い溜め息を吐いていると、椅子を引いて座ったアレンが驚き、振り返ってきた。
「めっ、メイベル? あの、嬉しくなかったか!? これじゃだめだったか!?」
「あっ、ううん! 嬉しいよ、ありがとう……」
「くそっ! 牛肉の赤ワイン煮込みにするか、ロティサリーチキンにするか、鶏肉のハニーマスタード焼きにするか散々迷ってこれにしたのに!! 外した、外しただと……!? この俺が!? 誰よりもメイベルのことを知り尽くしているこの俺が!?」
「死にそうな顔してんなぁ、アレン」
アレンがばっと頭を抱えた瞬間、フレデリックが呆れた表情となる。でも、私、わがままだよね? せっかくここまでしてくれたのに、喜ばないだなんて……。でも、ちょっとだけ、アレンが私の好きな食べ物を持って来てくれるかもって、そう期待してた。両手で顔を覆い、がっくりとうなだれているアレンの肩に手を添え、顔を覗きこむ。
「あの、アレン? 私はみんなとじゃなくても別にいいの! その、アレンと二人きりで食べるのが一番楽しいから……」
「俺達がいる意味は!?」
「ないっ! ないっ!」
「どっ、どうどう……。落ち着いてくださいよ、フレデリックさんもハリーも」
向かいでカンカンカン! と、ハリーがフォークとスプーンを両手に持って、叩きつけていた。ライ叔父さんが戸惑い、マリエルさんがこめかみを押さえ、「は~……」と深い溜め息を吐く。でも、そんなみんなが全然目に入ってこなかった。アレンが驚いて、青い瞳を見開いている。黙って見上げていると、両手を伸ばして、ぎゅっと私の手を握ってくれた。
「ごめん、メイベル。俺が全部間違っていたよ……」
「ううん。私がずっとずっと、みんなと一緒がいいって、そう言ってきたから」
「でも、ごめんな? 来年は二人だけで祝おうな。それでちゃんと、今度はお前の好きな料理を用意するから。それで許してくれ」
「大丈夫! アレンが私のために作ってくれた料理、どれもこれも美味しいから! でも、来年は私のためだけに作ってくれると嬉しいな……」
「ああ、もちろん! ごめんな、メイベル。聞けば良かったんだ、ちゃんと。お前に聞けば良かったんだ……!!」
「よし、食おうぜ。みんな」
「そうね、そうしましょうか」
そのあと、アレンがしきりに私の頭を撫で、「ごめんな? 来年はちゃんと用意するからな?」と謝ってくれたので、ものすごく幸せな気持ちになった。みんなでわいわい、色んなことを喋りながら、手づかみで食べるフライドチキンは本当に美味しくて、さっきまでの憂鬱な気分も吹き飛んでゆく。
(ああ、もう少し。もう少し、このままでもいいかもしれない……)
しゅわしゅわと泡立つ、林檎サイダーを飲みながらそんなことを考える。アレンは私のことを妹みたいな存在だって、そう思っているから。────今、告白しても上手くいかないかもしれない。ぎくしゃくしてしまうかもしれない。落ち込みながらも、甘いとうもろこしをあぐあぐ食べていると、アレンが心配そうな顔で覗き込んできた。
「メイベル? 次はケーキだぞ? 大丈夫か?」
「らいじょうぶ……楽しみ!」
「申し訳ない、アレン君。ケーキまでご馳走になってしまって」
「いやいや、どうぞお気になさらず。こいつらも食うし、一人増えたところで何ともないんで」
「ケーキ! ケーキ!!」
「ハリー、待てって。社畜、待て!!」
「いや、今はホワイト企業で働いている会社員だから。俺」
「急に冷静になるなよ、お前。戸惑うだろ」
アレンが持ってきてくれたケーキは、しっとりふわふわに焼き上げたスポンジを重ね、苺シロップを染み込ませて、爽やかな檸檬風味のクリームを塗り広げたものだった。一番上には大粒の苺と、瑞々しいラズベリーやブルーベリーが盛られ、“お誕生日おめでとう”と描かれたホワイトチョコのプレートと、ハート型のクッキーまで飾られている。それを見て、思わず微笑んでしまった。その瞬間、アレンが「可愛い! 可愛い!! 最高の笑顔だな、メイベル!」と叫び、猛烈な勢いで写真を撮り始めた。流石のライ叔父さんも呆然とした顔をしていたし、みんなも引いてる。
「うわぁ、ドン引きなんだけど……?」
「アレン……ねぇ、ちょっとやめてくれない? せっかくの可愛いケーキなのに、色々と台無しじゃない」
「あ? 何がだよ? この瞬間のメイベルをカメラに収めるまで、俺は死ねない! 一生後悔する!!」
「フレデリックさーん、ナイフ取ってください」
「おう。切るか」
「あたし、お皿持ってくる……」
「ケーキ、ケーキ!」
「こっ、このプレートとクッキーはメイベルにかな……?」
はっ、恥ずかしいからやめて欲しいのに、アレンが私にケーキのお皿を持たせ、ティアラの位置を直し、「そう! それでいい! 可愛い、最高だ!!」と言って、また写真を撮り始めた。みんなが黙々とケーキを食べ進めている中、シャッター音が響き渡る。わ、私も早く食べたい……!! すがるようにマリエルさんを見てみれば、にこにこと嬉しそうに微笑んだ。諦めて、ライ叔父さんを見つめてみる。すると、フォークを動かしていた手を止め、すぐ止めに入ってくれた。
「あーっと、その、アレン君? メイベルもメイベルで、早くケーキを食べたいだろうから……」
「あっ、悪いな。メイベル。……そうだ、忘れてた!! 俺としたことが!」
「へっ?」
アレンがいきなり走り出して、リビングから出て行ってしまった。みんなで「どうしたんだろうな、あいつ」と話しながらも、ケーキを食べる。お、美味しい……!! ようやく食べれたケーキは甘さ控えめで、ベリーの甘酸っぱさがよく生かされてる。ふわふわ食感のスポンジケーキがたまらなく美味しい。嬉しく噛み締めていると、じゅわっと、甘い苺シロップが滲み出てきた。そうやって、和やかにケーキを楽しんでいると、アレンが「間に合ったか!?」と叫び、飛び込んでくる。
「ごめんな? メイベル。俺、すっかり忘れててさ……」
「それ何? ヴァイオリン!?」
「「ヴァイオリン!?」」
「も~。とうとうメイベルちゃんのために、ヴァイオリンにまで手を出したのね?」
「め、メイベルのためにそんな……?」
「この日のために通って練習したからな。俺」
「素敵、アレン。ありがとう……!!」
周囲が騒然とする中で、アレンが凛々しく、真剣な面持ちでヴァイオリンを弾き出した。私好みのまろやかな音色と曲調で、目を閉じて聴いていると、春の花畑が浮かんでくるような演奏だった。うっとりして聴いていると、向かいのフレデリックが青ざめて呟く。
「なぁ……ケーキの味、しないんだけど。俺」
「ハリー。俺達がここにいるのって、一体何のためなんだろうな……?」
「んぐ? んぐ、んんんんっ!!」
「もういい、ありがとう」
「ま、まぁ、め、メイベルがいいのなら、それでいいんだけど……」
「もはやぞっとしてきたよ、俺。アレン、頭がおかしいんじゃない?」
「ケーキの味がしない……」
何故かみんな、青ざめていた。アレンの演奏が終わったあと、満面の笑みで拍手を送っていると、それに合わせてみんなも拍手をしてくれる。でも、まばらだった。
「どっ、どうだった!? メイベル! 練習したんだが!」
「ものすごく素敵だった! ありがとう~、もう一度聴きたーい!」
「よし! それじゃあもう一曲、」
「待て待て、ちょっと待て!! アレン、プレゼント、プレゼント!!」
「アレン!? ほら、ライ叔父さんだって時間があまり無いだろうから! 正気に戻ろうな!? なっ!?」
「あ? じゃあ、まぁ、また今度メイベルの前でだけ弾くよ」
「「ぜひそうしてくれ」」
必死なヘンリーとフレデリックに説得され、アレンが渋々ヴァイオリンを戻しに行く。その時、クリームで口のまわりをべたべたに汚したハリーが、「俺、もう一度聴きたいけどなぁ~。良い曲だった!」と言ったので、怒ったヘンリーとフレデリックが足をげしげしと蹴り飛ばしていた。
「黙ってろ! もうお前は!!」
「なんで!? フレデリックさんはとにかくも、ヘンリーまで俺に冷たいのなんで!?」
「俺はもう、アレンの奇行を見たくないんだよ! ケーキの味もしなかったんだよ!!」
みんながそうやって騒いでるけど、胸を占めているのは、アレンが私に贈ってくれた音色だけで。うっとりと両目を閉じ、反芻していると、ケーキを食べ終えたノアとシェラ、マリエルさんがやって来た。
「ねぇ、メイベルちゃん? 私からのプレゼントも楽しみよね!?」
「マリエルさん、そこなんだ?」
「メイベル、大丈夫。あれ、絶対脈あるから……」
「えっ!? そっ、そうかな!? でも、アレン、このあと何くれるんだろ~? 楽しみ~」
「えっ!?」
「あれで終わりじゃないの?」
私の肩に手を添えていたノアが驚く。そう、アレンは「これで終わりじゃないからな? まだあるからな?」ってさっき言ってくれたの! 口元のにやけが止まらない。お酒なんて一滴も飲んでないのに、頭がふわふわする。
「ふふふ、そうなの~。もっとすごいプレゼントを用意してるからって、それで~」
「えっ……」
「お、おい。聞いたか? 今の。何が来るのか賭けようぜ、ヘンリー」
「いやぁ、無理でしょう。予想すら出来ませんよ……」
「金塊とか!? 金の延べ棒とか!?」
「そうあからさまなものじゃないでしょ、絶対。ドレスとか……?」
「ドレスかぁ。怖いなぁ。ティアラと合わせて?」
「は、ははは……まさかそんな。いや、まさかそんな」
「動揺してるじゃん、ヘンリー。俺の予想、当たってたらどうしよ……」
何だろう? わくわくするな~。私がご機嫌でケーキの残りを食べていると、ライ叔父さんが顎に手を当て、呟いた。
「しまったな。叔父である私があんな、あんな花束だけで済ませてしまって……」
「あら? 大丈夫よ。だって、あの子の頭がおかしいだけだもの! どうか気にしないで? ライさん」




