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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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7.情緒不安定になる彼らたち

 



「お誕生日おめでとうございます、メイベルさん。はい、これ。プレゼント」

「わぁ、ありが、」

「貸せ、俺が確認する!」

「信用無いですね、俺」

「お前がメイベルにキスしようとした時のこと、忘れてないからな!? 俺! 信用なんて出来るか!」


 夜、カイルがわざわざやって来てプレゼントをくれた。紺色エプロンを着たアレンが難しい顔をして、紙袋から小箱を取り出し、開けて中身を確認する。


「って、おい!? また指輪かよ! しかもダニエルと同じやつ!!」

「あれ、そうなんですか? 気が合いそう、ダニエルさんと俺」

「没収だ! こんなもん、俺がつけて色変えてやる!!」

「あっ」


 アレンが指輪をつけたあと、肩をいからせ、ぷりぷりと怒りながら去って行った。つけた指輪の石が赤、青、黄色と目まぐるしく変わっていくのを見て、カイルが深い溜め息を吐く。


「俺、アレンさんにあげた訳じゃないんですけど……」

「でも、私、アレンと指輪がお揃いになっちゃった! ありがとうございます! ふふふふ、何だかカップルみたいで嬉しい~」

「……そうですか」


 私が胸の上まで手を持ち上げ、指輪を見せると、ものすごく嫌そうな顔をして口元をひん曲げた。シェラにそっくりだった、今の嫌そうな顔。その後、「では」と言って踵を返す。


「あのっ! 上がっていかないんですか……?」

「いやぁ、メイベルさんとアレンさんのイチャイチャを見に来た訳じゃないし、帰ります」

「も~! やだ~! イチャイチャだなんてそんな! 何も出来てないんですよ? ただ私が食欲無いって言ったら、あーんってしてくれるし、今日もメイベルは可愛いなって毎日言ってくれるんですけど! あっ」


 無言でくるりと背を向け、ドアを開けて去って行った。こういう時、ヘンリーだったら聞いてくれるんだけどなぁ……。


「残念。あとでヘンリーに聞いて貰おうっと」


 足元で「うにゃあん」と鳴き、擦り寄ってきたバニラちゃんの頭を撫でて笑う。今はライ叔父さんを待っている最中で、私がいるとアレンの気が散るからと言って、ヘンリーやノアに追い出されてしまった。仕方ないので、玄関ホールにて、寝転がったバニラちゃんのお腹をもふもふして楽しむ。白くてふわふわで、シルキーだった。可愛い。


(ライ叔父さん、まだかなぁ……アレンのおかげで、心穏やかに待てるようになった)


 前まで、週に一回ぐらい電話して、喋らないと落ち着かなかったけど。その度、胸が痛んだけどもう大丈夫。にこにこと笑って、バニラちゃんの鼻先をくすぐってあげると、両目を閉じて「ふにゅん」と鳴いた。今日はお客さんが来るムードを感じ取っているのか、それともみんなが忙しくて淋しいのか、やたらと「にゃあん、にゃあん」と鳴いては甘えてくる。


「まるで子猫ちゃんに戻ったみたい~。可愛い~」

「にゅう」


 しばらくして、ドラマチックで夏らしい、オレンジと赤の花柄ワンピースを着たマリエルさんが、魔術手帳片手に玄関へやって来た。いつもの金髪はすっきりとあげて、まとめている。


「もうそろそろ来るんですって、ライさん」

「あっ、そうなんですね? 楽しみ~、プレゼントは何かな~」

「メイベルちゃんのご両親と弟くんが淋しがってるって、ライさんがそう言ってたけど……?」

「うっ、あの、アレンと一緒にいたいんです。せっかくのお誕生日だから」

「ふふふ、そうよね? そう言うと思った! 可愛い~」


 そんなことを話していると、インターホンの音が鳴り響いた。とたんに「俺が開けるっ!!」とか、「おい、来たみたいだぞ! メイベル!」という騒がしい声が、リビングの方から響いてくる。慌てて駆け寄って、ドアを開いた。


「ライ叔父さん、いらっしゃい! わぁ! 綺麗! これっ、くれるの!?」

「メイベル、お誕生日おめでとう」


 玄関ドアを肩で支え、入ってきたライ叔父さんはその両手に、ピンク色の可愛らしい薔薇とコスモスの花束を持っていた。私が感激しながら受け取ると、白髪混じりの灰髪を後ろへ撫でつけ、チャコールグレーのスリーピースを着たライ叔父さんが、青い瞳を細めて優しく笑う。


「誕生日プレゼントの一つだよ。……ああ。マリエルさんにはどうぞ、これを」

「まぁ! 私の分まであるの? ありがとう」

「しまったな。せっかくだから、そのワンピースに合わせた南国の花にでもすれば良かったかもしれない」

「ふふっ、これで十分素敵だから大丈夫! ありがとう~」


 ライ叔父さんが優雅な所作で、胸ポケットに挿してあった真っ赤な薔薇を抜き取り、マリエルさんに手渡していた。それをマリエルさんが受け取って、幸せそうに微笑む。い、いいなー! 私もこれ、アレンにやって欲しい!!


「いっ、いいなぁ、マリエルさん……私もそれ、アレンにやって欲しいなぁ」

「アレン君に?」

「無理じゃないかしら? あの子にはこんなスマートなこと」

「おい、ババア。俺の悪口言ってんのか?」

「やだ、姑みた~い」

「おい、こら! せっかくの誕生日なのに、いちいち絡んでくるんじゃない!」

「あーら、そっちが先に絡んできたんでしょう? すぐキレるんだから」


 そこで、静かな睨み合いが発生した。慌てて、ライ叔父さんと二人でなだめて、リビングへと向かう。リビングに入った途端、シェヘラザードとダニエルがぽんっと、魔術仕掛けのクラッカーを鳴らしてくれた。幻覚のハトやカラフルな紙吹雪が舞って、リビングにひらひらと落ちてゆく。


「い、いらっしゃい、ライさん……久しぶり」

「ああ、久しぶり! ダニエル。良かった、元気そうで」

「メイベル、それ貰ったの? 綺麗!」

「でしょう? マリエルさんからも貰ったのに……ふふっ、部屋が花でいっぱいになりそう。嬉し~」

「じゃあ、メイベルちゃんにはさっき踏んで貰ったし、お礼にそれは俺が預かるよ! 任せて!!」

「待て待て、ハリー……。俺がやるから。なっ?」

「えええ~? そんなに信用無い? 俺」

「色んな意味でな」


 品良く淡い青色のスリーピースを着こなしたヘンリーが苦笑して、花束を預かってくれた。昼間、マリエルさんが活けてくれた花の横に、飾ってくれるみたい。リビングにはグリーン、ピンクといったパステルカラーの風船が浮かび、まださっきの紙吹雪が舞っていた。ハトも賑やかに、天井付近を飛び回っている。


「じゃあ、ほら! メイベル」

「アレン! えっ、何これ!? 可愛い!」

「俺が作ったティアラ。プレゼントの一部」

「おいおい、おいおい、怖いな……」

「うるせーよ、いちいち。別に怖くないだろ」


 シンプルな黒いシャツを着たフレデリックが、怯えて二の腕を擦ると、アレンが嫌そうな顔をした。さっきまでのエプロンを脱いで、黒髪を掻きあげ、白いシャツの上から濃い青のベストを着ている。かっ、かっこいい……!!


「アレン、それすごくかっこいいね? よく似合ってる……」

「俺の格好はいいから。ティアラは? どうだ、気に入ったか?」

「あっ、うん! ありがとう~、すごく可愛い! 作ってくれたの?」

「近くに教室があったから。ティアラが出来上がるまで通った」

「ああ、だから、週末いなかったんだね……?」

「ごめんな、淋しい思いをさせて」

「ううん、大丈夫! 嬉しい」

「メイベルといえば、ティアラだからな。よく似合ってる」


 頭から外して見てみると、金色の台座に青とピンクの石がついた、華奢で可愛らしいティアラだった。感動して、色んな角度から眺めていると、ほっとしたように笑う。


「良かった、気に入ったみたいで。お前、何色が好きか聞いたら、青って、前そう言ってきたからさ。だから、その色にした」

「うん! アレンの目と同じ色だから好きなの」

「えっ……!?」

「ちょっと待って、ちょっと待って!? こんなリビングの真ん中でラブロマンス繰り広げられたら困るんだけど!? 俺の鼻が曲がって、目玉が押しつぶされる!!」

「うおっ!? ちょっ、やめろよ!? 鬱陶しいな!」


 泣きべそをかいたハリーがアレンの足にしがみついて、「やめろよ~、やめろよ~」と言って騒ぎ出した。すっと真顔になった私を見て、ヘンリーが慌てる。


「ごっ、ご飯! ご飯出来てるからさ!? 食べようよ……ライさんも待ってるし、ほら」

「だな、用意するか。おら、離れろよ」

「やだやだ!! アレンが俺に優しくしてくれない! イチャつく!!」

「ライさんがいなかったら、庭の木に吊るしてたからな? お前」

「今からでも吊るせば?」

「ノアまで俺に冷たくすんの!? なんで!?」

「俺、ハリーに優しくしたことなんて、一度たりともないけど?」


 艶やかな黒髪をおろして、真っ赤な口紅を塗り、黒い総レースワンピースを着たノアが椅子を引いて、不満そうに言う。振り返ってみると、ライ叔父さんとマリエルさん、シェラとダニエルはもうすでに座っていた。


「ほら、メイベル。あとはもう、俺とヘンリーとおっさんでやるから座れ」

「はいはい、俺も働きますよっと」

「メイベルちゃん、座って待ってて~」

「あっ、うん! ありがとう。じゃあ、そうしようかな……」

「俺も手伝うけど?」

「お前は座っとけ!! それが手伝うことになる」

「そっか! じゃあ、大人しく座っとく!」


 ハリーと一緒に座って、食事が運ばれてくるのを待つ。その間、ダニエルさんが嬉しそうにライ叔父さんと話していた。久々に会うからか、嬉しいみたい。ライ叔父さんも優しい顔をして、うんうんと頷き、近況報告を聞いていた。


「あ? 何だって? 結婚前提だと……?」

「そうよ? 言ってなかったかしら?」

「お互いにいい年だし、そういう話になったんだ」


 私の好きなサーモンとクリームチーズを巻きこんで、薔薇のような形にしたタルトと、グリッシー二を運んできたアレンが呆然として、「そんな……」と呟く。向かいに座ったライ叔父さんが困惑して、アレンとマリエルさんを交互に見つめていた。マリエルさんがにっこりと微笑み、「この子とは仲が悪いの、私」と告げる。


「ま、まぁ、良かったな? どうせお前のことだ、金目当てなんだろうけど」

「アレン……貴方、メイベルちゃんの前でなきゃ殴ってたわよ? 感謝しなさいね?」

「あの、殴るのなら俺にしてください……」

「えっ!?」

「黙って、ハリー。ライさんが困惑しちゃうでしょ?」

「あのね? ライ叔父さん。ハリーはええっと、女性に踏んで貰ったり、罵って貰うのが好きなんだって」

「そ、そうか……そういうことが好きなのか」

「もうつまみだすべきか? こいつは」

「そんなことしたら、ガムのようにべったり張り付く」

「やめろ!」


 でも、そっか~……。アレンはまだ、私がライ叔父さんのことが好きだって、そう思ってるんだ? こんなに頑張ってアピールしてるのに。指輪を見てみると、黒く染まってた。そう、今の私は黒色が見たいの……。


「め、メイベル? ほっ、ほら! このあとプレゼントも用意してるし……それに、持ってきてやったぞ!? お前の好きなスモークサーモンのタルトだぞ!?」

「必死だな、お前」

「うるせえ! パン屋は黙ってろ!!」

「転職しようかな? もう俺」

「それでも一緒じゃないですか? アレンのことだから」

「次はあれだぞ。きっと、歯科衛生士は黙ってろって言ってくるぞ?」

「俺が社畜やめても、元社畜って言ってくるんだもん。きっと、元パン屋って言ってくる」

「嫌だな~、それ。嫌だな~」


 焦っているアレンをじっと見上げ、それからタルトを見下ろしてみると、ピンときた顔をして「よし! 食わせてやるからな、俺が!」と言って、食べさせてくれた。良かった~! 流石にライ叔父さんの前で、「食べさせて?」って言うのは恥ずかしいからちゃんと伝わって! アレンが私の隣に座って、かいがいしく「うまいか? 黒胡椒かけてやろうか?」と言いながら、食べさせているのを見て、ライ叔父さんが呆然とした顔をする。


「メイベル……そうか、なるほどなぁ。いつかはそうなると思ってたんだ。良かった、良かった」

「でっ、ですよね!? 初めて見るライさんでさえ、一瞬で理解するのにアレンはどうして気付かないんだ!? ああ、もう、つらい。どうしよう……」

「ヘ、ヘンリー? おち、落ち着いて……」

「なんで俺みたいになってんの? ヘンリーは」

「あれだってよ。毎晩アレンの呪文聞いてると、頭がおかしくなってくるんだってよ」

「へー、気の毒。というか、寝る部屋変えたら?」

「どうしてだろうな? ハリーにそれを言われると、ものすごく複雑な気持ちになるんだ……」

「へ、ヘンリーまでもが俺を差別してくる!!」

「いや、差別じゃないでしょ……」


 本当にもう、どうして気付いてくれないんだろう? 恨みがましくアレンを見つめていると、ちょっとだけ頬を赤く染めて、がっと口の中にグリッシー二を突っ込んできた。よく噛んで食べていると、頬杖を突き、そっぽを向いて「あ~」と低く唸る。


「俺からのプレゼント、指輪以上に喜ぶかな……」

「えっ? なに? なんて言ったの? 今」

「何でもねぇよ。ほら、口元にチーズがついてる」

「ありがとう~」


 アレンが困ったように笑って、口元を拭ってくれた。そのまま笑い合っていると、ハリーが呆然と呟く。


「えっ? 嘘。俺達、ずっとこれ見せられ続けるの……? 食べてる間中ずっと? 拷問かな?」

「早くアレンとメイベルちゃんが付き合ってくれますように、早くアレンとメイベルちゃんが付き合ってくれますように……。じゃないと、俺の胃に穴が開く」

「ヘンリー。お前、疲れてるんだよ。ちょっとは休め」

「最近、夢でもこの二人が出てくるんです。また変なすれ違いをしているんですよ、フレデリックさん」

「病気だな、もう。お前」


 向かいの席ではライ叔父さんが難しい顔をして、両腕を組んでいた。私にティアラを乗せ直して、「可愛いな~」と褒めていたアレンがはっと、焦って振り返る。


「これはえーっと、違うので!! そりゃ俺にとってメイベルは大事な存在で、可愛いとは思っていますが、メイベルが可愛いのは、空から雨が降ってくるのと同じことなので!」

「落ち着いてくれ、アレン君。よく分からない……」

「えーっと、つまりは何の下心も無いので!! 俺にとってメイベルはそう、妹みたいな存在なんです!」


 アレンがそう言い放った瞬間、ヘンリーとハリー、フレデリックが同時に青ざめた。にっこりと微笑めば、離れた席にいるダニエルが震え、ノアが「あ~あ……」と呟く。


「だから安心してください! 俺はメイベルの結婚式の時、傍で水を渡したり、胃薬を渡したり、そんな母的な存在になろうと日々努力をして、」

「アレン? 前菜はもう食べ終わったし、次のが食べたいな~?」

「よし、待ってろ。持ってくる」


 アレンが遠ざかっていったのを確認し、頭からティアラをおろす。何故かみんな、静まり返って私を見つめていた。ティアラは照らされ、きらきらと光り輝いていた。でも、そんな輝きが虚しく見えた。


「あーあ……そっかぁ。アレンって、ただの妹にこんなことするんだ~。ふぅん」

「こっ、怖い怖い怖い!! メイベルちゃんがマジで怖い!!」

「泣くなよ、ハリー! 俺だって泣きたい気持ちでいっぱいなんだよ!!」

「ど、どうどう。落ち着けって……」

「恋をすると、女の子は変わるって聞いたけどなぁ。そっか……」

「そうなのよ、ライさん~。メイベルちゃん、どんどん可愛い女の子になっていくの!」

「マリエルさんにも、アレンと同じフィルターかかってそうだよね」

「ん。きっと同族嫌悪」






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