6.隠された恋心の色と凶暴な彼女
あのあと、不思議がる私にみんなが「嫉妬してるんだよ、あれは」と教えてくれた。そっか~、嫉妬か~! 気付かなかった~。木陰に設置されたアイアン製の椅子に座って、笑いながら指輪を見つめる。きらきらと、葉の隙間からこぼれ落ちてくる陽射しに照らされ、青く光り輝いていた。アレンの瞳の色。そう言ってみたら、なんて言うんだろう? どんな顔をするんだろう? 足を揺らして、アレンを待っていると、小道の向こうからトレイを持ってやって来た。私が指輪に見惚れていることに気が付き、眉をひそめる。
「……そんなに気に入ったのか、その指輪」
「あっ、うん。ほら、綺麗な青色でしょう? あのね、これはね、」
「ほい、飯。あと、オレンジ絞ってジュースにしたけど、これで良かったか?」
「あっ、うん……」
聞く気が無いみたい。そ、そんなに嫉妬してるんだ!? どうしよう、嬉しいかもしれない……。じーんと感動して、オレンジジュースを飲んでいると、頑なにこっちを見ようとしないアレンが、フォークの先にベーコンをひっかけながら、口を開く。
「でも、ダニエルのやつ、なんでお前に指輪を贈ったんだろうな」
「へっ? だから、お礼にってそう言って」
「いや、他にもあるだろ? 俺に言ってくれれば、メイベルの好きなもんとか教えたし……あ~、器でも良かった訳だし。普通、そこで指輪とか贈るかぁ?」
「確かに……私も初めて貰ったなぁ、指輪。男の人から」
しげしげと見下ろしながら言ってみると、珍しくアレンが一気にベーコンを口へ突っ込み、不満そうな表情でもちゃもちゃと食べ始める。嫉妬してるんだ! 思わず、満面の笑みを浮かべてしまった。そんな私を見て、ますます眉間にシワを寄せる。
「……俺ももっと、違うのにすれば良かったか」
「何にしてくれたの? プレゼント!」
「それは夜、開けてからのお楽しみ。つまらねぇだろ、今言うと」
「うん! じゃあ、楽しみにしてるね……」
今年は最高のお誕生日になりそう。お母さんとお父さんが祝ってくれるって、そう言ってたけど、断って良かった~。少しだけあった罪悪感が吹き飛ぶ楽しさ! にこにこと笑いながら、塩胡椒がかけられた目玉焼きをフォークで割る。中から、あっという間にとろりとした、濃厚な黄身があふれ出てきた。そこによく焼けたベーコンを絡めて食べても美味しいけど、アレンが焼いてくれた、バジルの丸パンに浸して食べてみる。
そんな朝食を楽しんでいると、爽やかな風が通り過ぎていった。ゆらめく木陰と陽に照らされたテーブルが美しい。角切りにされたトマトとアボカドのサラダが、つやつやと光り輝いている。そんなのどかで、優しい初夏の影が落ちている朝食の席にて、アレンだけが不機嫌そうな顔でベーコンを頬張っていた。
「ふふ、楽しい~。私、アレンといる時が一番楽しいよ」
「ろくに何も喋ってないんだが……」
「でも、楽しいの。ありがとう、わがまま聞いてくれて」
ふわふわとした、甘酸っぱいレモンクリームパンを頬張りながら言ってみると、ようやく「仕方ないな」とでも言いたげに笑ってくれた。風が吹いて、ふんわりと、ハーブのほろ苦い香りが漂う。
「そういや、まだ言ってなかったな。誕生日おめでとう、メイベル」
「うん! ありがとう~。私、この日のお昼に生まれたんだって。お母さんが暑かったって、そう言ってた」
「へ~。まぁ、俺は冬生まれだからなぁ」
「ふふ、でもそんな感じ! アレンは。アラン君は春生まれって感じなんだけど」
「あいつはえーっと、何月生まれだったっけな……?」
「お兄ちゃんなのにだめじゃない! 忘れたりしたら~」
「ウィルの誕生日は覚えてるんだけどなぁ」
「どうして、ウィルの誕生日は覚えてるの……?」
なんか、私の知らない間にすごく仲良くなってる……? もそもそとパンを食べながらじっと見つめていると、物言いたげな顔で指輪を見下ろしてきた。そ、そうだ! 嫉妬大作戦、忘れてた……。
「ええっと、あの、アレン? この指輪が気になるの?」
「いや、別に? 全然気にならないけど?」
「あの、これ実は……手を、出してくれない? アレン。手を」
「手を? ほい」
「えっと、左手。右手じゃなくて左手が欲しいの!」
「あっ、うん……」
ちゃっかり、左手を出して欲しいってお願いしちゃった……。恥ずかしくなって顔を伏せながらも、ゆっくり、自分の手から指輪を引き抜いて、アレンの左手の薬指にはめてみる。アレンが不思議そうな顔をして、「おい? メイベル?」と言ってきた。でも、アレンの指に通された指輪の石が、じんわりと違う色に染まってゆく。その綺麗に染まった指輪の色を見て、息を呑みこんでしまった。秋の豊穣を思わせるような、まろやかな茶色に変わっていたから。
「おお、変わったな~。なんで茶色に変わったんだ? これ」
「えっとね? その、触れた人が見たい色に変わるんだって……」
「へえ」
アレンが左手の薬指で輝くそれを、陽にかざして、興味深そうにしげしげと見つめていた。息が止まる。それはどう見ても、私の髪と目の色だったから。柔らかな茶色。木の枝の色でも、落ち葉の色でもない。少し透明感があって、明るめの茶色。本当はそこまで綺麗な色じゃないけど、アレンにはそう見えているのかもしれない。────まだ、私の色だってそう決まった訳じゃないけど! 膝の上で手を握り締め、うつむいていると、おもむろに呟いた。
「メイベルの色だな、これ」
「えっ」
「俺の中で茶色と言えば、メイベルだからなぁ……」
顔を上げた先で、アレンが少し照れ臭そうにはにかんでいる。そんな笑顔を見て硬直していると、恥ずかしくなってしまったのか、慌てて目を逸らした。
「なぁ! これって他の色にも変わるんだろ? ほら、見てみろよ、これ! 黄色、青、赤ってどんどん変わってく! すごいな~、ライトみたいだなぁ、これ! すごい、すごい!」
「アレン……」
今、ちょっといい雰囲気になったと思ったのに!! アレンが指輪を見下ろして、「お~、面白い。ハチの色に出来たぞ、メイベル。ほら~」と言って見せてきた。
「そうやって遊ぶものじゃないから、それ……」
「えっ? あ、うん。ごめんな……?」
「返してくれる? その指輪。あの、私の手に戻してくれると嬉しいんだけど……」
「分かった。手ぇ出せ、メイベル」
すかさず、さっと左手を出してみる。アレンが何気なく人差し指に通そうとしたから、「そこは違う! 薬指にして!!」と言ってみると、戸惑いながら「わ、分かった。まぁ、こっちの方が落ちなくていいしな……」と呟きながら、指輪をはめてくれた。あれ? 何かちょっと思ってたのと違う感じになっちゃった……。
「私……」
「ん? どうした? 食欲が出ないのか?」
「……うん! だから、あーんして貰えると嬉しいな~。食欲ない!」
「よしきた、口を開けろ。メイベル。ほら」
「うん……」
アレンがものすごく真剣な顔をして、パンを小さくちぎり取り、そっと優しく口の中へ運んでくれた。でも、これ、動物園で食欲が無い赤ちゃんに、飼育員さんが食べさせているみたいな光景になっちゃってる……。おかしいなと思って首を傾げながら食べていると、アレンが「ど、どうだ? うまいか? 大丈夫か? よく噛んで食えよ?」って言ってきた。
「あのね? アレン……。私、喉に詰まらせたりしないから。大丈夫だから」
「わ、悪い。ヘンリーからもそう言われてるんだが、つい心配になってな」
「……今日はもう、ヘンリーの話もウィルの話も禁止」
「えっ!? ご、ごめん……」
すごすごと家に戻って、マリエルさんに落ち込みながら話してみたところ、「メイベルちゃん、可哀相に~!」と言って強く抱き締めてくれた。
「も~、アレンってば! メイベルちゃんはこんなに可愛いのに、鈍感すぎない? それとも、わざとなのかしら?」
「わっ、分かりません……でも、わざとだとしたら、脈がないのかも?」
「いやぁ~、それはないない。ない。絶対ない!」
「俺もそーおもふっ」
ソファーに座って、ドーナッツを頬張っていたフレデリックが首を横に振り、近くに座っていたヘンリーとハリーも同時に頷く。朝ご飯、食べたばかりなのにおやつかな……!? 苺チョコやホワイトチョコでコーティングされた、小さなドーナッツが山盛りにされている。それをつまみながら、紅茶入りのマグカップ片手に、フレデリックが口を開いた。
「いひゃ~、あれへ脈が無いっふうの、おかしいだろ。んぐ」
「フレデリックさん、はしたないですよ……」
「流石は貴族の生まれ。行儀には厳しいなって、あっ」
「ちょっ! やばい!! 久々に爆発する!! フレデリックさんのバカーッ!!」
それまでの穏やかな表情をすうと打ち消し、ヘンリーがドーナッツのお皿を持って、無言で立ち上がった。焦ったハリーとフレデリックが両手を上げ、「ごめん! ごめんって!! ドーナッツに罪は無いから許してくれ!」と懇願し始めた。ヘンリーが歯を食い縛り、歯の隙間から細く息を吐き出しながら、どんっとお皿をテーブルに叩きつけて座る。
「やっぱり一度死んで、組織から何から何まで作り替えるしかないのか……!? それとも俺はあの、腐った蛆虫が服を着て歩いているような貴族どもをこの世から滅ぼすまで、」
「落ち着こう、ちょっと落ち着こうぜ。ヘンリー……どうどう。ダニエルも明るくなってきたんだしさ? お前もそろそろやめよう、その貴族アレルギー」
「うわあああああ!! 無理だ、やめてくれ!! 耐えられないっ!」
「うわああっ!? ドーナッツが、ドーナッツが!! フレデリックさんのせいだ、フレデリックさんの! 俺、まだ一個も食べてないのに!」
「嘘吐け、五個ぐらいむしゃむしゃ食ってただろ!? 俺はまだ二個ぐらいしか食ってない! 二個ぐらいしか!!」
どうでもよくなってしまったのか、テーブル一面に転がったドーナッツとお皿を前にして、ぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。ヘンリーは顔を覆って、「貴族なんて存在、この世から滅びてしまえばいいのに……」としきりにぶつぶつと呟いている。そんな騒ぎを目にして、マリエルさんが溜め息を吐いた。
「嫌だわ、もう。あれ……ダニエルさん、あとで掃除してくれる?」
「あっ、うん。それはもちろん……」
「うるさいね、本当。あいつら」
ダイニングテーブルで珈琲を飲んでいたノアと、ダニエルが呆れた顔をして騒ぎを見ていた。マリエルさんに抱き締められながらも、ひっそりと溜め息を吐く。
「この指輪……青と赤と、黄色と緑に変えてたし。アレンってば」
「あら、そんなくだらないことしてたの? あの子」
「残念だったね、メイベルちゃん。まぁ、まだまだチャンスはあるって。一緒に住んでるんだしさ」
でも、不満……。もう少しいい雰囲気になるかと思ったのに。不貞腐れていると、私を抱き締めていたマリエルさんが「あ、そうだわ」と言い出す。
「今日の夜、ライさんが来てくれるんですって」
「えっ!? ライ叔父さんが!?」
「そうなの。だから元気を出して? メイベルちゃん。それにアレン、とびっきりのプレゼントを用意してるんですって」
「とびっきりのプレゼント……」
その言葉を聞いて、うつ伏せとなったハリーの上に座り、全力で後ろから両手を引っ張って、強制ストレッチをさせていたフレデリックが、心底ぞっとした顔をする。
「やばいな、あいつのとびっきりのプレゼントって一体何だよ……?」
「いででで! ギブ! ギブ!! これっ、メイベルちゃんにやって欲しい!!」
「あっ、やってあげるよ? ちょうど今、アレンにイライラしてるから出来ると思う」
「「えっ」」
そこで何故か、みんなが固まってしまった。しょんぼりと落ち込みながらも、青ざめているフレデリックさんと交代すると、ハリーがものすごく嬉しそうな顔をして振り返ってきた。
「あれじゃないかな!? メイベルちゃんはもう一生、アレンとくっつかなくてもいいんじゃないかな!? そしたら俺もこうやって永遠にいじめてもらえっ、ぐえっ!?」
「はっ、ハリーが、ハリーが……!! フレデリックさん、ハリーが!」
「いや、だめだ。怖い。もう無理だ、救えない……ハリーのことは諦めようぜ、ヘンリー。本当にいい奴だった」
ソファーの上でヘンリーが青ざめ、両手で口元を押さえる。ついうっかり、ハリーの後頭部を踏んづけちゃった。どうしよう? そのまま誰も何も言えずにいると、おもむろにがちゃんと、リビングのドアが開く。アレンだった。私がハリーの頭に足を置いているのを見て、青い瞳を限界まで瞠る。
「メイベル……?」
「あっ、アレン!? ちっ、違うの、これは! ええっと、そう! 誤解なの!!」
「メイベルちゃん……ハリーの頭、思いっきり踏んづけておいてそれ? まぁ、踏みたくなる気持ちは分かるけどさ」
「の、ノア、し、静かに、そっと見守っておいた方がいいから……」
ダニエルがそっと、ノアの肩に手を置いてなだめてくれた。ど、どうしよう? マリエルさんは嬉しそうに「ふへへへへ……」と笑うハリーを見て、二の腕を擦り、「本当に気持ち悪い男ね」と呟いている。
「あ、アレン? そのっ、これは、これはハリーを喜ばせるためだから……!!」
「ああ、まぁ、お前はいい奴だもんな……」
「マジで!? 納得するのか、今の理由で!?」
「フレデリックさん、静かに、静かに……」
ど、どどどっどうしよう? 背筋に冷や汗を掻いていると、アレンがいきなり、エプロンのポケットからカメラを取り出した。
「今日、まだ写真撮ってないんだよな~。ハリーを踏みつけているお前も可愛いし、激レアだし、写真撮ってもいいか?」
「へっ!? やっ、やだ! 恥ずかしいから……!!」
「大丈夫大丈夫、可愛いから笑って。ほら! メイベル~?」
「も~、アレンってば! 恥ずかしいって、そう言ってるのに~」
「俺、まだ足の下にいるんだけど!? 俺、なんでイチャつきアイテムにされてんの!? もう付き合ってしまえよ、二人とも! 呪われろ!!」
「いや、違うから。そういうんじゃねぇから、俺とメイベルは……」
「「じゃあ、一体何!?」」
「何だよ、お前らまで。いちいちうるせぇな、もう」




