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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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5.彼女の楽しいお誕生日の始まり

 




 人の気配を感じてふっと、目を覚ますとアレンが私の顔を覗き込んでいた。


「なぁ、メイベル? この指輪って……」

(き、気付くのが早い……!!)


 今日はお誕生日だから、起こしに来てくれたのかもしれない。アレンの瞳の色を映し出した綺麗な石を、独り占めしたくてつけずに一日中飾ってたけど、昨夜、思い切って寝る前につけてみた。その指輪を触りながら、体を起こすと、黒と白のギンガムチェックエプロンを着ているアレンが慌てて、ざっと飛びのいた。


「ごっ、ごめん! あの、誕生日ぐらい、起こしに来てもいいかと思ったんだが……えーっと、その、入らない方が良かったか?」

「あっ、ううん。大丈夫。ごめんね? いつでも入っていいから!」

「それもそれでどうかと思うが……あと、その指輪」

「ん?」


 かなり離れたところに立っているアレンが、不満そうな顔で指を差してきた。パンでも焼いていたのか、ほんのりとイーストのような香りが部屋に漂っている。天気も良いらしく、バルコニーから爽やかな陽の光が射し込んでいた。


「つけたまま寝ると、髪や枕に指輪がひっかかるだろ? もし、それで怪我でもしたらどうする? 外して寝ろよ?」

「大丈夫だって……」

「今の言い方、ヘンリーにそっくりだったな。あとそれ、昨日までつけてなかっただろ? 何か、あ~、珍しい石だな。それ。どこで買ってきたんだ?」

「あっ、ううん。貰ったの、ダニエルさんに。一昨日」

「は!? なんで!? ……誕生日プレゼントか?」

「ん~? どうだろ。そうは言ってなかったけど、そうかもしれないね……」


 まぶたが重たくて、小さく欠伸をしながら体を伸ばしていると、アレンが「そうか」と呟いた。浮かんできた涙を拭い、眠たい目元を擦る。アレンがそんな私を見て、おそるおそる近寄ってきた。


「で、一昨日って? 一体いつの話だ?」

「あ~、夜。ノアと一緒に来て。お礼だって、そう言って渡してきて」

「お礼? 何の? お前、何かしたのか?」

「ううん。信じてくれたお礼だって、そう言ってたけど」

「は? 何だそりゃ? くだらな」

「も~、アレンってば」


 苦笑しながら見上げてみれば、きゅっと眉間にシワを寄せて、面白く無さそうな表情をする。アレンにそういう、心の細かい機微は分からないのかもしれない。


「ふふ、でも、アレンもアレンで繊細なところがあるよね? たまーに!」

「急に何の話だ? ……まぁ、貰って嬉しいからって、つけたまま眠らない方がいいぞ? じゃあな」

「うん! あの、今日の朝ご飯ってなに?」

「……誕生日限定、スペシャルメニュー。俺が焼いた発酵バターとバジルの丸パンと、レモンクリームパン。それから、かりっかりに焼いたベーコンと目玉焼きと、お前が好きだって言ってたアボカドサラダ。悩みに悩み抜いたんだが」


 ドアの前で立ち止まって低く唸り、次の瞬間、勢い良く振り返った。


「昼も豪華だし、お前、朝飯はオーソドックスなもんが好きだろ? いつもとは違う日でも定番で、しみじみとうまいやつを喜ぶやつだから、地味めなメニューにしてみたんだが、大丈夫だったか?」

「あっ、うん! ありがとう! お昼も作ってくれるの?」

「ああ、もちろん。……指輪、大事なんだろ? 外してこいよ?」

「へっ? うん。でも、落としたり、傷付けたりしないから大丈夫だよ~。それにほらほらっ、サイズもぴったりなの! 見て見て~」

「あー、うん。ぴったり、ぴったり。じゃあな。俺は他に用意があるから」


 ぜ、ぜんぜん見てくれなかった……。アレンが振り返りもせずに、ドアを閉めて去っていった。陽に煌く、青い石を見つめながら苦笑する。


「アレンの瞳の色なんだよって、そう伝えたかったんだけどなぁ~……」


 ひとまず、誕生日だからちょっとだけオシャレすることにした。この間アレンに買って貰った、淡い薔薇色のフリルブラウスに、白いフリル付きのジャンパースカートを着て、濃い薔薇色のサテンカチューシャをつける。鏡に映った自分はいつもより甘めの服装をしていて、幼い雰囲気が漂っているような気がした。


(ちょっと可愛すぎたかも? でも、アレンはこの組み合わせ、好きだってそう言ってたしなぁ……)


 薄い上半身を彩るように、白いフリルが沢山ついていてすごく可愛い。レトロでお嬢様っぽい雰囲気も漂ってる。でも、少しだけ恥ずかしかった。これ、本当に大丈夫かな? 


(でも、アレンは可愛いって言ってくれたし大丈夫!)


 他の人にどう思われても構わない。アレンさえ、可愛いって言ってくれたらそれでいいの。自分に言い聞かせるようにして、心の中で何度もそう呟き、リビングのドアを開ける。その途端、ぽんっとクラッカーが鳴り響き、目の前にオレンジ色や青い薔薇が入った、大きな花束が現われた。見てみると、満面の笑みを浮かべたマリエルが佇んでいて、花束をこちらへ渡してくれる。


「お誕生日おめでとう、メイベルちゃん! 二十六歳? よね?」

「まっ、マリエルさん……!! ありがとうございます! そうです! わ~、綺麗、嬉しいっ!」


 喜んで受け取ると、今日は白いノースリーブニットとデニムを着こなしたマリエルが優しく微笑み、額にそっとキスをしてくれた。ライ叔父さんとの交際も順調みたいで、嬉しそうにはにかみながら、いつも惚気話をしてくれる。でも、胸は痛まなかった。むしろ、アレンとそうなりたいなと思って羨ましくなった。


「その服もよく似合ってて可愛いわ! どうせ、アレンからのプレゼントなんでしょう?」

「うるっせぇな、そこ! お前もこっち来て手伝え!!」

「ま、まあまあ、俺が手伝うからさ……」


 キッチンではヘンリーとアレン、ダニエルが忙しなく動いている。あまりにも綺麗な花束にうっとりして見惚れていると、ハリーがやってきた。今日は珍しく、ちゃんと黒いシャツとデニムを着ている。


「お誕生日おめでとう~、メイベルちゃん。それ、俺が活け直そうか?」

「えっ? いや、でも」

「私がするわ。いいからハリーは下がってて」

「えっ? あっ、はい……」


 マリエルさんが冷たい笑みを浮かべながら、花束を持って、あらかじめ用意してあった白い花瓶の下へ向かう。そのままダイニングテーブルでリボンを解き始めたマリエルさんを見て、ハリーががっくりと肩を落とした。


「俺……もう踏んで貰えないし、罵って貰えないんだよね。ライ叔父さんが羨ましいなぁ」

「ら、ライ叔父さんはマリエルさんにそんなこと、頼んだりしないから……」

「いや、陰でこっそり頼んで踏んで貰っているかもしれない。妬ましい!!」

「う、うーん……でも、してないと思うけどなぁ」

「メイベルちゃん、そんなやつに構うことないって。おはよう」

「ノア! おはよう」

「あと、誕生日おめでとう~。あとでプレゼント渡すね?」

「ありがとう!」


 ノアがアレンと同じ青い瞳を細め、嬉しそうに笑う。今日は白い半袖シャツに紺色ベストを重ね、黒いスラックスを履いていた。どこかレストランのボーイを彷彿とさせる。そんなノアを見て何を思ったのか、ハリーがいきなり足元にひれ伏した。


「もうこの際、ノアでもいいっ!! 俺のこと踏んでください!!」

「うわっ、気持ち悪!」

「いでっ!?」

「の、ノア! もうちょっと優しく踏んであげた方がいいと思う……!!」


 ノアが容赦なく、ひれ伏したハリーの後頭部をげしっと踏んづけた。でも、嬉しかったのか「ふへへへへっ」と笑いながら、両腕をかさかさ動かし始めたので、ノアがぞっとした顔ですぐに足を上げる。


「あれ!? なんで!? ストレス解消にならないんだけど!?」

「なったら困るんんだけど……マリエルさーん、どうにかしてー。こいつ」

「私、今、お花を活けるので忙しいから無理~」

「ええっ? どうしよ、これ」

「これ扱いは流石にやめて欲しいんだけどなぁ……」


 困った表情でお互いに見つめ合っていると、おもむろにリビングのドアが開いた。青いシャツパジャマ姿のフレデリックだった。


「俺に任せろ! 代わりにハリーを踏んでやる!!」

「やだああああっ!! おっさんの臭い足では踏まれたくないよおおおおっ!!」

「ほれほれほれほれっ!!」

「やかましい! メイベルの誕生日だってのに、お前らは一体何を騒いでるんだよ!?」

「アレン!」


 私の朝ご飯かな? さっき言っていたメニューを乗せたトレイを持って、アレンが怒りながらやって来る。すかさず駆け寄ってみると、それまで不機嫌そうな顔をしていたのに、一転してぱっと笑ってくれた。


「ほら、持って来たぞ。メイベル。さぁ、座って食べて、」

「あっ、うん。私、アレンと二人で食べたいなぁ。それとも、アレンはもう朝ご飯食べちゃった?」

「いや、食ってないけど。せっかくだから、庭で食うか?」

「うん! そうする~」

「「えっ」」


 何故か、その場にいた全員が固まってしまった。不思議に思って首を傾げていると、ノアが呆れたような、疲れたような顔で説明してくれる。


「俺達さ……メイベルちゃんがここで朝ご飯食べると思って、一生懸命飾りつけしてたんだよね。それも早起きして。アレンの指示に従って!」

「えっ!? そ、そうだったの!? ごめんね、それなのにいきなり……」

「でも、メイベルちゃんはアレンと二人きりで朝ご飯が食べたいんでしょう? 行ってくるといいわ。気にしないで~」

「マリエルさん……」


 ど、どうしよう? お花やアレンに気を取られてて、気付かなかったけど、確かにお誕生日用のガーランドが飾られ、テーブルクロスも見たことがない、綺麗な黄色と白のマーガレット柄のものに替えられていた。パステルカラーの風船も浮かんでいるし、私の椅子には星型のクッションが置いてある。気まずい沈黙が落ちる中で、こちらへやって来たダニエルが、黒いエプロンの紐を解きながら口を開く。


「ひ、昼も夜もまだあるし……あっ」

「は、はい?」

「いや、指輪……ありがとう、つけてくれて」

「ああ、はい。これ、気に入って! ありがとうございます!」

「あら、ダニエルさん。そんなものを贈ってたの? へ~」

「意外とちゃっかりしてんなぁ」


 にやにやと笑うマリエルとフレデリックに見つめられ、戸惑った顔をしながらも、ダニエルがこくりと頷いた。改めて、その青い宝石を見下ろして笑っていると、おもむろに手首を掴まれる。


「へっ? あ、アレン?」

「あ~、食いに行くか。じゃあ。この前庭に設置した、テーブルと椅子でいいよな?」

「あっ、うん。そうだ、せっかくだからバニラちゃんも呼んできて、」

「いや、俺とお前の二人でいいだろ。別に」

(!? ……!?)


 驚きすぎて声にならなかった。アレンがふいっとそっぽを向いて、「じゃ、俺、用意してくる」と言いながらも、キッチンへと向かう。こっ、これはまさか……!!


「だっ、ダニエルさん、ありがとうございます!! この指輪、この指輪ってもしかして、恋愛運アップアイテムなんですか……!?」

「えっ? いや、うん?」

「メイベルちゃん……」


 そこでどうしてか、ヘンリーが魂の抜けるような音を立てて、深く深く溜め息を吐く。ダニエルが焦って、その肩に手を添えていた。見てみると、あのハリーでさえも微妙な顔をしている。


「ちっ、違うんですか? あれっ!?」

「いいのよ、メイベルちゃん! メイベルちゃんはそのままでいいの~。何かを深く考える必要なんて無いのよ? ねっ?」

「出たよ、マリエルさんの甘やかしが……まぁ、メイベルちゃんはメイベルちゃんのままかぁ」

「の、ノア? どういうこと? えっ?」








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