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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
80/134

1.心待ちにしていた夏とクラシカルな洋館

 


 かっと、強い陽射しが道路のアスファルトを照らす。じわじわと、登っている坂道から熱気が漂ってきた。木々の濃い匂いが、鼻の奥をつんと突き刺す。昨夜は雨が降ったからか、いつもより土と緑の匂いが濃い。出来る限りそんな、濃い匂いが漂う木陰を選んで歩き、ふと疲れて、後ろを振り向けば、遠くの方に街並みが広がっていた。見上げた空は青く、白い入道雲がもくもくと湧いている。


(ああ、綺麗……登ったかいがあるなぁ)


 色の濃い青空と白い入道雲が、美術館に飾られている絵のようで美しかった。保冷バッグの持ち手を握り締め、滴り落ちてきた汗を手の甲で拭う。こんなことなら、ちゃんと日傘を持ってきたら良かったかもしれない。


 ふらつく頭でそんなことを考えながらも、坂道の向こうに広がっている、雄大な景色を眺めていた。でも、一応、つばの広い帽子をかぶってきてはいる。黒いリボンの麦わら帽子に、白黒ギンガムチェックワンピース。この涼しい組み合わせにしてきて良かったと心底思いながら、また木陰を選んで歩き、その清涼感にほっと息を吐く。


(まだ初夏だからかな? からっとしてるし、木陰に入れば涼しい……)


 早く、早く帰ってこのアイスを一緒に食べよう。保冷材も沢山入ってるし、溶けはしない! はず! 


「アレンとアイス、アレンとアイス、アレンと一緒にアイスを食べるんだ~……ふん、ふふん、ふ~ん」


 自分をそう励まして、鼻歌を歌い、坂道の上にそびえ立っている、古いけど丁寧に修繕された洋館を目指す。屋根は深みのあるテラコッタ色。雨で汚れた白い壁には無数のツタが這っていて、黄みがかったクリーム色の薔薇がぽぽんと咲いている。


 角を曲がって坂道を下っていると、黒いアイアン製の門が見えてきたので、自然と口元に笑みが浮かんだ。両側には木々が生い茂っていて、ここだけ気温が二度ほど低い。ほっとしつつも、そんな小道を歩き、黒い門の前に辿りつく。開けようと思って、手を伸ばした瞬間、ぎっと音を立てて開いた。そこには「にゃあ」と鳴く、バニラちゃんを抱えたアレンが突っ立っていた。さっきはジャージを着ていたけど、着替えたのか、行きと同じ、紺色のポロシャツとデニムを着ている。


「アレン! ごめん、気付かなかった……」

「おいおい、大丈夫か? 顔、真っ赤じゃねぇか」

「うにゅうん」

「バニラが知らないところだからか、不安がっててよー……お前の姿が見えなくなった途端、うるさいのなんの」

「あれ? そうだったの? ただいま、バニラちゃん~」

「ふにゅうん」


 ひときわ悲しそうに鳴いて、私にちゅんと鼻でキスしてくれた。ひんやりしてる、可愛い。笑ってお返しにキスしていると、アレンが物言いたげな顔で見下ろしてきた。そんなアレンに笑いかけ、肩に手を添え、頬にキスをしてみる。すると、ぱっと離れてから、照れ臭そうに笑った。


「ありがとう、メイベル。……って、おい!? 一体どうした!?」

「うっ、ううん、何でもないの。ごめん……」

「足か!? さては足が痛くなったんだな!? 靴擦れか!? ここ、坂が多いのにサンダルなんて履いてくるから!」

「にゃあん」






「それで……アレン、メイベルちゃんを抱っこしてきたの?」

「抱っこというか、おんぶな。母さん、何か冷やすものくれ。保冷材、保冷材! メイベル、熱中症になったっぽいから!」

「あらあら、大変。ちょっと待っててね、メイベルちゃん。あら、バニラちゃんもおかえり~」

「うにゅうん」


 奥の出窓には花模様が浮いた、白いレースのカーテンがかけられ、明るい午後の陽が射し込んできている。床は年季の入った飴色で、壁紙はモスグリーンの地にピンク色の野薔薇が散ったもの。天井には海外で見つけてきたという、すずらんの形のシャンデリアが吊り下げられていた。腰かければ、ゆったりと体が沈みこんでゆく、モスグリーンの大きなソファーにテーブル、今は使われていない暖炉。それから、趣味の図鑑や小説、レシピ本がぎっしり詰め込まれた本棚が並べられ、あちらこちらに、花や雑貨が飾られていた。私を背中からおろし、丁寧にソファーへと寝かせてくれたアレンが、心配そうな顔で覗き込んでくる。


「メイベル……大丈夫か? お前。だから俺が行くって言ったのに」

「う、ううん。いいの、大丈夫……手を握っててくれる? そしたらきっと、元気になるはずだから」

「ああ、いくらでも。ほら」


 アレンが両手を伸ばして、ぎゅっと握り締めてくれた。嬉しくなって笑みがこぼれ落ちる。その時、ずるっと、額に乗せられた保冷材がずり落ちてきた。慌てて元の位置に戻してから、眉をひそめ、アレンが心配そうな顔で「メイベル」と囁く。熱中症じゃないけど、そういうことにしておこう……。幸せ!


「ごめんな……やっぱり、止めておけば良かったな? あの時」

「ううん、私が行きたいって言ったから……でも、アレンがこうやって私の傍にいて、手を握っててくれたら、元気になるから大丈夫……」

「メイベル……!!」

「いや、二人とも? 自分の世界に入ってるところ申し訳ないが、どのアイスにする? さっきからハリーが、うるさくてうるさくてもう」


 沢山アイスが入った保冷バッグを片手に、スプーンを持ったヘンリーが話しかけてきた。洋館にしっくりと溶け込んだヘンリーは、暑いからかデニムシャツの第二ボタンまで外して、袖も上げている。樫の木のダイニングテーブルに座っていたハリーが、ヘンリーを見ていつものように騒ぎ出した。


「何だよ!? 当然の権利だろ!? 俺はバニラアイスでいいって言ってるのに、ヘンリーがメイベルちゃんとアレンが食べたいアイスを聞いてからって言うから! 良い子ちゃんぶりやがって! 放っておきゃーいいのに!! その間に俺らでアイスを食い尽くそうぜ! なっ? なっ?」

「ハリー……頼むから黙っててくれ。あと、もう少し大人しくしてくれ。人様の家だぞ?」

「アイス! アイス!!」

「アレン~、メイベルちゃんはオレンジとバニラだった~? さっき、言ってたわよね? メイベルちゃんの好物だって~」

「……メイベルはオレンジとバニラ! 俺は適当でいい!!」


 おっとりとした母親からそう聞かれ、恥ずかしくなってしまったのか、アレンが猫でも追い払うかのような仕草で「ったくもう! しっ、しっ! 分かったならあっちに行っててくれ、メイベルが休めないだろ!?」と言う。二人の子供を産んだにしては若く見える、アレンの母親、エレノアが「も~、可愛くないんだから」と言って苦笑し、ダイニングテーブルへと戻っていった。あっ、そうだ! 私。


「あっ、あの! お母様の分もアイス、買ってきたので……!!」

「あら、そうなの? でも、良かったのに~。ありがとう、どれかしら?」

「ら、ラムレーズンのやつで、」

「ああ、多分これかと。どうぞ、エレノアさん」

「ありがとう、ヘンリー君。いいわねえ、素敵だわ~。うちの息子と違って品が良くて」

「悪かったな! 俺に品が無くて!!」

「で、でも、アレン?」


 私の手を握ったまま、怒り出したアレンに声をかける。すぐさま振り向き、心配そうな顔で「どうした? 水か? 水だな!?」と言ってきた。


「う、ううん。お水はさっき貰ったから大丈夫……そ、そうじゃなくてええっと、かがんでくれる? ちょっとだけ」

「おう。どうした?」


 不思議そうな顔で近付いてきた。恥ずかしいので誰にも聞こえないよう、こっそり耳元で囁く。


「わっ、私にとってはその、アレンの方が素敵だなと思うし、ぜんぜん下品なんかじゃないよ……アレンはかっこいいよ!」

「…………そうか」


 ぐしゃっと、自分の黒髪を巻き込みながら顔を覆ってしまった。そのまま突っ伏して静かになったのを見て、頬がかっと熱くなる。


(おっ、追い討ちをかけようとしたけど、無理みたい……!! 私もすっごく恥ずかしい!!)


 私もソファーへと寝転がって、顔を覆い、ごろごろと寝転がっていると呆れ顔のノアがやって来た。今日は短い黒髪にしていて、白いTシャツの上から、淡いブルーのシャツを羽織ってる。


「何してんの、二人とも……学生じゃないんだからさぁ」

「の、ノア! あ、アイス持ってきてくれたの!? ありがとう!!」

「んー。買ってきてくれてありがとう、うまいよ。これ。あと、エレノアさんが晩ご飯食べてく? ってそう聞いてるけど?」

「あの、でも、いいのかな? お言葉に甘えちゃって……」

「いいんじゃない? 別に。庭の草むしりもしたし、物置小屋も片付けたし。俺ら」


 スプーンをくわえたノアから、オレンジとバニラのアイスを受け取る。そう、今日はエレノアさんが持っている洋館の草むしりを頼まれ、ノアとヘンリー、ハリーとアレンの四人で遊びに来た。ゆくゆくはアレンに継いで、管理して欲しいって、そう思ってるみたいだけど。


「あ? こんなオンボロ洋館、いらねーよ! 固定資産税もかかるし、庭の手入れも大変だし、大体趣味じゃねぇよ。アランにでもやっとけ」

「でも、そのアランがいらないって言ってるんだから、あなたしかいないじゃないの!」

「売り払う。以上。母さんと父さんが死んだらこんな家、売り払って金にしてやる!!」

「えっ!? そうなの!? もったいない……」


 アレンに手を握って貰ったし、かかってないけど熱中症も治ったから椅子に座って、みんなと一緒にアイスを食べる。隣に座ったアレンを見てみると、バニラアイスを掬い上げながら、「うっ」と言って固まった。


「こんなに素敵なお家なのに? 家具も全部売り払っちゃうの……?」

「あ、ああ、まぁ、メイベルが気に入ったのなら、売り払わないけどさ……」

「「アレン……」」

「うるせえ、こっち見んな。お前ら。……母さんも母さんで、それでいいだろ? なっ?」


 それまできょとんとした顔をしていたエレノアが一転、息子の言葉を聞いて微笑む。彼女はさっきまで着ていた作業着を脱いで、冷房対策なのか薄手のストールを羽織り、シンプルな白いシャツワンピースを着ていた。


「そうね! あなたとメイベルちゃんが結婚したら、ここに住んでもいいし」

「っぐ、げふっ、げふっ!!」

「アレン、大丈夫!? むせちゃった!? お水、お水……!!」

「まぁ、大丈夫? よく噛んで食べないからよ~、もう」

「アレンのお母さんもお母さんで、アレンのお母さんって感じがするなぁ……」

「だね。優しくて、ふんわりとした感じの人なんだけどね」

「俺の母親と交換して欲しい、ガチで。切実に」

「ま、まぁまぁ、ハリー……アイス、一口分けてやろうか?」

「いる!!」


 私が渡したお水を一気に飲み干し、アレンがごんっと、グラスをテーブルへ叩きつけた。


「むせたのは、お前の発言のせいに決まってるだろ!? このクソババア! あのな!? 何度も言うけどな!? メイベルはただの女友達で、ルームメイトだって!!」

「あら、同じ部屋に住んで、お世話してあげてるの?」

「いや、あの、ただ、同じ家に住んでるだけの女友達だから……頼むから変なこと言わないでくれよ。それに死んだあとの話だろ? まだまだ先の話じゃん。それを今からさ、別にぐちぐち言わなくてもさ……」


 お母さんにきょとんとした顔で見つめられ、気まずくなったのかそっぽを向いて、ごにょごにょと言い出す。か、可愛い~! 何だか新鮮! こんなアレンは! それなのにノアとヘンリーは「思春期かよ……」と言って、呆れた顔をしていた。ハリーは必死に、カチコチに固まったアイスをほぐすべく、歯を食い縛りながらスプーンを突き立てている。


「でも、私、男の子じゃなくてメイベルちゃんみたいな、優しくて可愛い女の子が欲しかったのよ~。だめ?」

「いや、だめも何も俺に聞くなよ……こういうことはメイベルに、」

「あ、あの、私なら!」

「待って待って待って! 展開が早すぎる!! 俺の心が追いつかない!!」

「ハリー……」

「連れて来ちゃだめだって、やっぱり。ヘンリーは甘すぎるよ、ハリーに」

「……連れて行かないと真夜中、部屋に忍び込んで、生きたミミズを撒き散らすって言うから仕方なく……」


 疲れ果てた顔のヘンリーが「どうどう」と言ってハリーをなだめ、ちらっ、ちらっと私の方を見てくる。「仕方ないし、大丈夫だよ!」の意味をこめ、優しく微笑みかけてみると、何故か一気に青ざめてしまった。


「あっ、あああああの、すみません。この通り、友人がうるさいので……俺とノアはハリーを引きずって帰ります! どうぞ、エレノアさんは息子さんとメイベルちゃんと、ゆっくりご飯でも食べていてください……」

「だね。それが賢明か~」

「俺、大人しく出来るけど!? 座ってご飯食べれるけど!? ねえ!?」


 困惑するエレノアに「それでは!」と言って、爽やかな笑顔を向け、ノアとヘンリーが力づくで、ハリーを引きずって帰っていった。途中まで「やだやだやだ!! 俺も! 俺もここでご飯食べる!!」と言ってぐずっていたものの、ノアに絶対零度の目で睨まれ、ヘンリーに「ステーキでも奢ってやるから!」と言われ、すんと鼻を鳴らし、大人しくなっていた。庭の向こうに消えていくヘンリー達を見つめ、アレンが「あ~、せいせいした」と言いながら、バニラちゃんを抱え直す。


「お前と二人きりの方がな。ゆっくり出来るからな……」

「へっ!? あの、うん、だね……?」

「……私、お邪魔かしら? 出て行った方がいいかしら?」

「そっ、そそそそんな! めっそうもない、いてください!!」

「あ、母さんもいたのか。忘れてた」

「……しばらく見ない内に、変わっちゃったのね? アレン」

「え? 何が?」


 それから三人で夕食の支度をするべく、キッチンに立つ。エレノアが冷蔵庫を開けて、「トマトと挽肉があるわよ~、アレン」と言ったため、アレンが「じゃあ、ミートソースにでもするか」と返して今日の献立が決まった。


 パスタを茹でて、ミートソースを煮詰め、パンにチーズとスライスしたトマトを乗せて焼く。それから新鮮なきゅうりがたっぷり入った、レタスのサラダとコーンポタージュ。デザートはアレンが片手間に作ってくれた、ぶどうゼリー。全て作り終え、テーブルへと座り、ワインで乾杯する。ただ、私の分だけアレンがスパイスと煮詰めて、アルコールを飛ばしたワインだった。


「ん~! 美味しい! アレン、ありがとう! これ美味しいよ~」

「なら良かった。お前の好きなシナモンを多めに入れておいたぞ。あと、ほんのちょっとだけアルコール臭さを残しておいた。酔わなきゃいいが、それで」

「大丈夫、大丈夫~! これぐらいじゃ流石に酔わないよ! パスタも美味し~」


 日が落ちて、すっかり暗くなった洋館で食べる、ミートソースパスタとスープは最高だった。くつくつと煮込んだミートソースに、粉チーズと粒胡椒をかけて食べ、その美味しさに頬を緩める。吊り下がっているシャンデリアは、ぼんやりと温かみのあるオレンジ色を放っていて、まるで古きよき時代にタイムスリップしたかのよう。


「お前が作ってくれたパスタもうまいぞ、ありがとう」

「あの、私、タイマーをセットして、茹でただけなんだけど……?」

「茹でなきゃパスタは食えないからな。お前の手作りパスタだ、これは」

「でも、ソースはアレンとお母様が作ったんだし……」

「うまいだろ? 母さん。メイベルが作ったパスタ」


 ま、真顔で捏造しようとしてる……!! 向かいに座ったエレノアがくすくすと、愉快そうに笑いながら「そうね、美味しいわね」と返す。


「ふふっ、なるほどねえ。どうりで、アレンがメイベルちゃんの話を聞かせてくれないはずだわ~」

「言ったじゃん、この間」

「足りないわよ、あれだけの情報じゃ!」

「あの、アレンから私の話、まるで聞いてないんですか……?」


 セロリが刻んで混ぜられた、風味豊かなパスタをくるりと、フォークで巻きながら聞いてみると、焼けたパンの端っこをもぎとりながら、穏やかな表情で頷く。隣に座ったアレンは、不満そうな顔でもぐもぐと頬張っていた。


「ええ、本当にまったく、メイベルちゃんのことを何も教えてくれなくて! ほら、あの時、ショッピングモールでヘンリー君とは会ったんだけど。アレンったら、どんなに聞いても教えてくれなくって!」

「……」

「そうだったんですね。知りませんでした……」

「この子、秘密主義でしょう? 昔からそうで、自分のことはなーんにも言いやしないの! 下の子のアランは聞かなくても、何でも、べらべらと喋って教えてくれる子だったんだけどねえ……アレンはお父さんに似ちゃったのか、恥ずかしがりやさんで何も言ってくれないのよ~」

「へえ、アレンはお父さん似なんですね!」


 会ってみたい! ヘンリーは「どこにでもいそうな、普通のおじさんだったよ」って、そう言ってたけど。アレンが不機嫌オーラを撒き散らしつつ、パンをもごもご頬張っているのを見て、くすりと笑いながら続ける。


「そうなの。あの人もシャイでね~……ただまぁ、あの人と違って怒りっぽいわね、アレンは。大丈夫? うちの息子、迷惑かけてない?」

「迷惑なんてそんな! とんでもない……どちらかと言うと、私の方が迷惑かけちゃってて」

「別に。全然迷惑なんかじゃないし」

「アレン、ありがとう……」


 照れ臭くなったのか、ぷいっと横を向いてコーンポタージュを掬い上げ、せっせと飲み始めた。それを見て笑っていると、エレノアも「あらあら、まったくもう」と言って微笑む。


「根は優しくて、いい子なんだけどねえ~……あらやだ、私、親バカかしら?」

「いいえ、そんなことないです! アレン、すっごく優しくて素敵な人で!」

「ふふふ、良かった。昔から誤解されがちでねぇ、この子。いきなりよそのクラスの子を殴ったって言うから、慌てて駆けつけてみると、なーんにも言わないの! なだめてもすかしても、うんともすんとも言わなくてね~」

「そ、そんなことがあったんですね……」


 でも、きっと理由があったはず。アレンは理由もなく、人を殴ったりなんかしないもの。アレンを見てみると、気まずそうな顔でワインを飲んでいた。恥ずかしいのか、耳まで真っ赤になっている。そんな息子を気にせず、困った表情で頬に手を当てた。


「でもね~……結局はその子、アレンのお友達を殴っていたのよ。軽くだけどね」

「えっ」

「そこまで酷いいじめはしてなかったみたいなんだけど、ちょくちょく、嫌なことをしている男の子でね……アレンったら、何も言わずに、その子を馬乗りになって殴り出して!」

「そっ、そうだったんですね……」


 ちらりとアレンの方を見てみるも、一向にこっちを向いてくれない。その代わりにそっと、チーズがこんがりとよく焼けた、美味しい焦げ目部分をくれた。


「そうそう。で、結局アレンと喧嘩別れしてたその子が、先生と私に言ってくれたのよ! アレンったら、自分の都合でその子と仲違いしたくせに、クラスでいじめられてると知ったら、急にその教室に行って殴り出すんだから! まったくもう、殴る以外に何か、もうちょっといい方法があったでしょうに~……」

「一体、いつの話をしてるんだよ……もういいだろ、その話は」

「ふふふ、アレン? そのお友達とはそのままなの? 仲直り出来た?」

「今でも連絡取ってたわよね? 確か。なんて子だっけ?」

「……エドウィン。まぁ、いいだろ? その話は。あんまり、メイベルに刺激が強い話をしないで欲しい」

「刺激、ねぇ……」


 よく分からないといった顔で私を見つめてきたので、苦笑だけ返しておく。アレンは真顔で「刺激が強い! メイベルが傷付く!!」と言っていた。


「だから、メイベルちゃんみたいに、分かってくれる子が傍にいてくれて良かったわ。この子は不器用でねえ……誤解されがちで、勘違いされてもそれを訂正しようとしないの。おかしな話でしょう?」

「おい、クソババア……てめえ、人を一日中こき使っておいてなんだよ!! その言い草は!」

「っふふ、照れてるアレン、可愛い~! 耳が真っ赤だねえ~」


 にこにこと笑いながらそう言ってみると、ぐっと押し黙ってまた、パスタの皿へと向き直る。そして、猛然とワインを飲み始めた。ゆったりと、穏やかな夜が更けていく。


「本当にいいの? 泊まっていかなくて」

「こいつが、猫がいるから。それに、酔いもだいぶ醒めてきたし大丈夫……」

「ならいいけど……私が運転しましょうか?」

「やめてくれよ。これ、ヘンリーの車なんだよ。ぶつけたら俺が怒られるから」

「にゃあん」


 バニラちゃんが入っているケージを、車の後部座席に乗せて笑う。「ぶつけないわよ、別に! アレンの方こそ、一体何年前の話をしてるの?」と言って、エレノアがむくれていた。そんな顔をすると、親子だからかちょっとだけ似ている。アレンにドアを開けて貰い、車に乗り込んだあと、窓を限界まで下げて顔を出す。


「ありがとうございました! すっかりご馳走になっちゃって……」

「いいのよ、メイベルちゃん! 色々とお片づけ、手伝ってくれてありがとう! また今度ね~、会えるのを楽しみにしてるわ!」

「はい! こちらこそ~。さようなら! ありがとうございました~!」


 その姿が見えなくなるまで手を振り、淋しい気持ちを抱え、座席に座り直す。急な坂道が多いからか、いつもより慎重にハンドルを握って、車を運転していた。流れてゆく車のライトが綺麗。坂道を下っていると、遠くの方にきらきらと光り輝く、宝石箱を引っくり返したみたいな夜景が現れる。夜空にもちらほらと、小さな星が瞬いていた。


「わ~、綺麗! ねぇ、アレン? ほらほら、綺麗だよ~」

「だな。……おい、メイベル?」

「ん? なぁに? どうしたの?」


 アレンが静かな顔でハンドルを握り締めたまま、ぽつりと呟いた。


「ありがとう、俺のこと理解してくれて。あ~、あと」

「う、うん? ど、どういたしまして……」

「一応、鍵。貰ってるから言えよ? あの家に行きたくなったらいつでも。母さんいない時にでもまた、二人で来ようぜ。気に入ってたみたいだし」

「うん! 行く! もう次が楽しみだな~、ふふっ」

「やっぱ酔ってんなぁ。きっちりアルコール、飛ばしておけば良かったか……」







<帰宅後のヘンリーとノア>


「あっ、あああああの時、心配になって見てみたらさ!? メイベルちゃんが俺を見て微笑んでいたんだよ……!! あれは絶対、さっさとそのうるさいやつを連れて帰れ! っていう微笑みだった!!」

「いや、ごめん。分かんない。俺見てないし……」

「最近のメイベルちゃん、かなり怖くなっててさ……二人の関係が進展してますように、進展してますように!!」

「いい加減、アレンと部屋分けたら? きっと、毎晩お祈りを聞いてるせいだよ……メイベルちゃん、そんなこと言う子じゃないって」

「ノアは、ノアはあのすっと、表情が消える真顔を見てないから言えるんだよ……!! 怖いんだからな!? 本当に! 普段優しい分!!」

「へ~……」

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