7.俺が大家なのに地位が一番低い気がする
「……何だ? メイベル。お前がそんな顔してんの珍しいな……んで、ノア。お前」
休みの日なのに朝早くから起きてきたアレンが、紺色のシャツパジャマ姿でじっとこちらを見てきた。そしてにこにこと上機嫌で笑っているノアを見て、首を傾げる。
「どっかデートにでも行くのか? 何でそんなふりふりの格好を……?」
「ん~? これはね~、メイベルちゃんのご機嫌取り! かな?」
「はぁ……? ご機嫌取り? 何だそりゃ?」
さらさらの黒髪ウィッグを被って、赤いリボンがいくつも付いた黒いフリルニットとチェック柄スカートを着たノアがにやりと笑う。スカートと同じチェック柄のカチューシャがよく似合っていた。メイベルは白いシャツワンピースの上から青いエプロンを着てリボンを結び、不満そうな表情でアレンを見つめる。
「アレン、私……ノアさんとは仲良く出来ないと思う……」
「いや、別に無理して仲良くならなくても……お前、一体何をしたんだよ? ノア。この変態善人メイベルがここまで言うってよっぽどのことだぞ? ちくちくと嫌味でも言ったのか? なぁ?」
「別に~? ただ、からかってて面白いんだよね~。メイベルちゃん!」
「やめっ、やめてください、もう……」
こちらの頭をぐりぐりと撫で、にこにこと嬉しそうな笑顔を浮かべる。ああ、普段だったら嬉しく思ったところなのに。
(今はちっとも嬉しくない……ちょっと苦手かも、この人)
そんな風に思うのはよくないことなんだけど。どうにも割り切れなくて落ち込んでしまう。コンロの上に置いた鍋の中には、たぷたぷと黄色いカボチャのクリームスープが入っていた。
「まぁ、そんな風に落ち込む必要は無いんじゃないか? ノアもノアでやめろよ、その笑顔。普段はむっつりと真顔のくせに」
「ん~? アレンも食べるでしょ、朝ご飯。メイベルちゃんと俺で作るから待ってて?」
「お、おう。いつになく機嫌が良くて気持ち悪いな、お前……いでっ!?」
ぎゅっと無言でアレンの爪先を踏み、長い黒髪を揺らす。ウィッグだけど綺麗だ。彼女の神秘的な雰囲気によく合っている。
「いいからあっちのソファーで待ってて。あそこで社畜とパン屋が眠ってるから」
「うわっ……最悪の組み合わせだな、おい。変態コンビかよ……ヘンリー起こしてこよっ! 俺の手にあの変態二人は余るっ!!」
「行ってら~」
ひらひらと白い手を振って笑う。もしかして、私は大人気ないかもしれない……。
(そっ、そうだよね……ノアさんはちゃんと私と仲良くしようとしてくれてるんだし)
よしと決意して、とりあえずその黒いニットの裾を引っ張った。不思議そうな顔のノアが振り返って、こちらをじっと見下ろしてくる。冬の闇のようなダークブルーの瞳が美しい。
「あのっ、もう、その。私のことお子様だとか幼児体型だとか言いません……?」
「幼児体型と言うか、ぺらいなと思って。彼氏とかいないでしょ、メイベルちゃん」
「いないっ、いないけど……」
やっぱり苦手かも、この人……。頑張ろうと思った矢先にくじけてしまった。ノアが悪戯っぽく笑って、またこちらの頭をぐりぐりと撫でてくる。栗色の髪がわしゃわしゃっとなってしまった。
「アレンとはどうなの? マリエルさんから聞いたけど?」
「この間、一緒に美術館に行きました。そこでポストカードを買ったんですけど私、」
「めい、メイベル……!!」
「わっ、わあああっ!? おっ、おはようございます。ダニエルさん。そこにいたんですね……?」
がしっといきなり足首を掴まれ、驚いて見下ろしてみると吸血鬼のような顔をしたダニエルがいた。ぐるんと血走った青い瞳がこちらを向き、黒縁眼鏡がずれる。
「そうだ、君はそれに俺を誘ってくれなかったんだ……!! そして何故か誰も俺のことを誘ってくれない……誰も一緒に俺と出かけたいだなんて言ってくれないし、みんなみんな、俺のことを置いて勝手にレストランとかに行くんだあああああっ!! 去年と一昨年の誕生日もそうだった!! 誰もっ、誰も俺のことなんか気にかけてくれないんだぁ~…………」
「うっわ、鬱陶しい。てかいつからいたの、ダニエルさん?」
「ノア、駄目よ? そんなこと言っちゃ……」
油が染み込んだティッシュとカボチャの皮を握り締めながら、ダニエルがしくしくと泣き始める。可哀想に、お誕生日も一人だったのか。座り込み、そのべたついた黒髪頭を撫でる。
「大丈夫ですよ、ダニエルさん。今年は祝いましょうね、ケーキでも焼きましょうか?」
「君が来る三日前に俺の誕生日は終わってしまった……!! その日のディナーはシェヘラザードが大量に作ったカレーだった……とうもろこしの芯と魚の骨が浮いていた。そして誰もおめでとうだなんて言ってくれない、それどころか家に俺がいることすら気付かなかった……!!」
「らっ、来年祝いましょう? ねっ?」
ぐすんと鼻を鳴らし、綺麗な青い瞳でこちらを見上げてくる。彼が口を開きかけた瞬間、何故かぐいっとノアに腕を引っ張られてしまった。つられて立ち上がる。
「あっ、あの……?」
「アレンが心配する理由がちょっと分かったよ、俺。いいからあっちに行ってて、ダニエルさん。あんまりメイベルちゃんを困らせないの! 俺は困らせても別にいいんだけど!」
「よくない……」
「いいな、メイベル。君はそうやって誰とでも仲良くなれるんだな……羨ましいよ、本当に」
きゅっと両肩を掴まれてしまい、ぞっとした。ダニエルが虚ろな表情で何かを言いかけた瞬間、すぱーんっとスリッパが飛んでくる。マリエルだった。どうやら彼の頭にスリッパを投げ付けたらしい。
「ダニエルさん? 朝から一体何をしているの? メイベルちゃんが困っちゃうでしょう? ねっ?」
「あっ、はい。すみませんでした……!! ごめんよ、メイベル。俺は誰からも優しくして貰える君が羨ましくて羨ましくて妬ましくて、」
「ヘンリー? さっさと来てくれない? 任せるわ、この子。貴方に」
「はいはい、女王様。遅れて申し訳ありませんっと」
「ヘンリー! おはよう」
にっこりと魅力的に微笑み、ヘンリーがダニエルの首根っこを掴む。今日はベージュ色のシャツとデニムを着ていた。
「メイベルちゃん、何も気にしないで? ダニエルさんの面倒は俺が見るから。あとおはよう、ノアとも無事に仲良くなったんだね?」
「なって、なってない……だってノアがお子ちゃまとか色々言ってくるんだもん……」
「ノア? 貴女、そんなこと言ったの? 私の可愛いメイベルちゃんに?」
そこでノアがふいっと顔を背け、こちらの腕を掴んでキッチンの奥の方へと歩いてゆく。怒られて気まずいんだろうか? そう思って笑っていると、おもむろに立ち止まってこちらを見下ろしてきた。
「ごめんね? メイベルちゃん。俺が調子に乗って色々言っちゃって。だから後でマリエルさんに……」
「謝ってくれたのならそれでいいわ、ノア。ありがとう、謝ってくれて」
謝ってくれたことが嬉しくてにこにこ笑っていると、何故かノアが面食らった顔をする。そしてふっと淋しそうに微笑み、こちらの額にキスをしてくれた。でもそれはどこか祝福のような労わりのような、優しさが滲んだキスだった。
「……生きにくそうだね、メイベルちゃん。あまり無理はしないように。それに」
「それに……? なぁに? ノア」
「昨日はごめんね? さっ、行こうか。メイベルちゃんが作ってくれたご飯が食べたいかも、俺」
初めて見せてくれた無邪気な笑顔に嬉しくなって、笑い返す。よし、頑張って作ろう。
「昨日のニョッキにミートソースとチーズでものせて焼く? まだ残ってたから、ミートソース」
「いいね、俺。トマト大好き。あとチーズも。酒のつまみになりそうなやつ」
「美味しいよね。私はあんまりお酒飲めないけど……」
二人で楽しく喋って笑って、朝食の支度をする。ああ、いいなぁ。こうして誰かと一緒に朝ご飯の支度をして、それをわいわい囲んで食べるのって。スプーンでミートソースを塗り広げつつ、隣に立ったノアに話しかける。
「楽しいね、ノア。私、本当にこのシェアハウスに来て良かったかも……まだ一ヶ月も経ってないけど」
「そうかなぁ~、今は楽しいけどね? ここってさ、皆ぐだぐだ言ってきて面倒臭いし、やたらとダニエルさんも絡んでくるし。最低最悪もいいところだけど?」
「えっ……そんな風に考えたことなかったんだけど、私」
「まぁ、メイベルちゃんはそうだろうね~。俺は家賃目当てで住んでるって感じ。豪邸だし、便利だし、駅から近いし」
ノアがレタスをちぎってボウルに落としつつ、不満そうに唸った。まぁ、人それぞれだし。ノアはそう思うのかもしれないけど。ふと、リビングにいたアレンと目が合う。心配そうな顔をしていたので、ひらひらと手を振ると困ったように笑っていた。何故か、ぐったりとしたハリーがアレンの肩にしがみついている。
「そう言えば……アレンが言ってくれたのよね? ノアに。仲良くしてじゃないけどそんなことを……」
「あー、あれね。メイベルちゃんが俺に会えなくてがっかりしてるってのを聞いた。アレンもアレンでさぁ、ちょっと過保護なところがあるよね。今も心配そうにちらちら見てくるし」
はっと鼻で笑い、「何見てんだよー、大丈夫大丈夫! いじめてないから!」と声をかけると苦々しい顔をしていた。一体どうしてだろう……。
「アレン。いつもああやって苦々しい顔をするの何でだろう……」
「好きなんじゃない? メイベルちゃんのこと。適当な考えだけど」
「それは絶対に違うと思う……嫌いな人によく似てるみたいだし」
「へー、あいつの嫌いなやつって。この世の全人類かと思ってた。誰にでもきゃんきゃん喧嘩売ってるし。鬱陶しいよね、あれって」
「ん~、私はそうは思わないかな……」
曖昧に言葉を濁していると、ノアが低く笑って「ごめんごめん、メイベルちゃんには無理だよね。こういうの」と言う。だから「あんなところも可愛いと思ってるの、私」と返してみると、激しくむせていた。慌ててその背中を擦る。
「ごっ、ごめん。メイベルちゃん。ありがとう……どこがいいの? あんなやつ」
「どろどろとした悪意が無いところ、かな……そう思わない? ノアも」
「うーん、そんな風ににこにこと笑って聞かれたら頷くしかないやつだよね……ま、早く作って食べよっか! お腹空いたな~」
「お腹空いたね~」
「ありがとう、メイベルにノア。作ってくれて……」
「全然嬉しそうじゃないな、ダニエルさん……」
「こいつはいっつもこんなもんだろ。気にするだけ無駄だ、気にするだけ無駄」
絶望的な表情で料理を眺め、こちらを見てくる。どうもダニエルは頬杖を突いて虚ろな目をしているハリーと不機嫌そうな表情のフレデリックに挟まれているから落ち着かないらしく、両手を膝に置いて縮こまっていた。
「俺……そっちに行きたいな。メイベルちゃんとマリエルさんに挟まれてご飯が食べたい」
「あっ、いいよ。ハリー? ええっと、こっちに来る?」
「ごめん、俺。今度からメイベルちゃんの隣に座って食べることにしたんだよね……ここは俺の指定席だから。分かった?」
その言葉にハリーが落ち込んで「ああ、嫌だ。ああ、嫌だ。何でこんな変態パン屋とじめじめ野郎に挟まれて食わなきゃいけないんだ?」と呟き、グラタンを掬い上げて食べて「あっつ!!」と叫んでスプーンを落としていた。だ、大丈夫かな……。
「俺は少なくとも。ハリーよりは明るいと思うんだ……」
「髪色の話か? 髪色の話なら勝ってる!! 俺は茶髪!!」
「うるせえ、知ってるよ!! そういうことじゃねーよ、クソが! このアホアホ社畜め!」
「アレン!? フォークを投げるなよ!? 男が投げたって何も生み出さないんだぞ!?」
「女が投げたって何も生み出さねーよ! そこに何かあると思ってんのは変態だけだ! この変態どもめ!!」
わぁ、凄い。
「マリエルさん、私……この面子でご飯食べるの初めてで。いっつもこんな感じで賑やかなんですか……?」
「ふふっ、そうねぇ~。どいつもこいつも黙って食べれないような馬鹿どもばっかりなのよ。あら、美味しい~。ありがとう、メイベルちゃん。グラタン好きだから嬉しいわ」
「ねっ、美味しいでしょ。メイベルちゃんが作ってくれたグラタン。昨日ミートソースとニョッキを作ってくれたみたいで」
そこでマリエルが白い指で口元を押さえ、「馬鹿ねぇ~、ノアも。早く仲良くなってたら、もっともっと美味しい物も食べれたのに~」と笑う。隣に座ったノアが焦って「えっ!? 何!? 他にも何を作って貰ったの、マリエルさん!?」と食い気味で問い返す。ああ、いいなぁ。楽しいなぁ。
(うん、グラタンも美味しい……よく出来てる)
今日の朝食は昨日の残りのカボチャスープとニョッキとミートソースのグラタン、ノアが作ってくれたスクランブルエッグと胡桃のサラダ。これにケチャップとオリーブオイルをかけて頂くと、ふんわりと卵の甘い匂いとオリーブオイルの苦味が合わさって美味しい。ふわふわの甘い蜂蜜と胡桃のパンによく合う。
「大体な? アレン、お前。何でそこに座ってるんだよ? ちゃっかりノアの横に座りやがって」
「ここが一番落ち着くんだよ! お前ら全員、ぐだぐだとうるさいからな……」
「アレンだけには言われたくない、アレンだけには言われたくない、アレンだけには、」
「うるせーよ! ダニエル! 家賃下げるぞ、お前! 滞納してやろうか!? なぁ!?」
がたんとアレンが椅子から立ち上がるのと同時に、向かいの席に座ったハリーが首を傾げる。そう言えば彼はずっと灰色のスーツ姿だ。窮屈じゃないのかなと思い、じっと見つめてみる。
「何でこれ、蜂蜜なんだろう……俺、ケチャップを持ってこようかと思ったのに」
「それはマヨネーズだ、ハリー。少しは寝たらどうだ……?」
「いい。昨日、道路で寝たから……」
「寝たのかよ……美女がうっかり通りかかったら、踏んでくれたのにな……」
「踏まないと思う、美女。あと俺はそう、踏まれたくないタイプの人間だから……」
「えっ!? ハリー。確か貴方って、マリエルさんに踏まれるのがストレス解消になる人よね……?」
胡桃パンにバターを塗り広げつつ聞くと、ノアがぼたたっとカボチャスープを零していた。スプーンで掬い損ねたらしい。
「だっ、大丈夫? ノア? お洋服、汚れなかった……?」
「メイベルちゃん、変態って言葉知ってる? それとも君の手にかかると、この世の変態全員がストレス解消の場を求めて彷徨う人間になってしまうのかな……」
「えっ、ええっとでも。踏まれることで元気になる人もいるから……?」
「可愛いわ、メイベルちゃん。可愛い~。何も気にしなくっていいのよ? ねっ?」
頭が混乱したところで、マリエルが笑ってこてんと肩に頭を預けてくる。嬉しくなって微笑んでいると、向かいに座ったハリーが真剣な顔で語り始めた。
「いいか? メイベル。確かに俺のストレス発散はマリエルさんに踏んで貰うことだ……しかし! だからと言って誰彼構わず踏んで欲しい訳じゃない。もちろん、メイベルが踏みたいのならまた別の話だが!」
「うるせーよ、何大真面目な顔して語ってんだか……」
「とにかくもだ! 俺は残業でくたくたに疲れて帰ってきた土曜日に、マリエルさんが邪魔よ、社畜風情がって言って俺の頭を踏んづけてきた時に天国を見たんだ!! あっ! 思い出したらよだれが出てきちゃったかもしれない……!!」
そこで限界が来てしまったのか、アレンが立ち上がって魔術を発動してぼんっとハリーの茶髪頭に黄色いヒヨコを生み出す。そのヒヨコがハンマーを振り回してハリーの頭を叩き、「ヘンタイ! コノヘンタイメ! チッタァダマレヨーッ!?」と罵倒し出したので呆気に取られてしまった。す、凄い。
「アレン、凄い……!! 今度私の部屋のネームプレートも作ってくれる!? 中々いいのが見つからなくて困ってるの!」
「いいか、メイベル? お前もお前で相当な変人だからな……? まぁ、作ってやるけど。別に」
「へ~、作るんだ~? へ~?」
「うるせーよ、ヘンリー……これだから貴族のボンボンは……」
貴族という言葉を聞いてしまったのか、ぴくりと動きを止めてばりっと胡桃パンを引き裂いた。そしてフレデリックが食べていたスクランブルエッグをどっと突き刺し、「あっ!? おい!?」という言葉を無視して口に運ぶ。
「いいか~? メイベルちゃん? 俺は決して何も悪くないんだ。大体どうしてエオストール王国は今でも貴族という古ぼけた虫けらどもを許しているんだ!? これこそ政治家の怠慢だ! いいや! 民衆の怠慢だ!! 産業革命と合わせてあいつら全員のシルクシャツを剥ぎ取って、広場にでも引っ立てておまるの中身でも頭にぶちまけて罵声を浴びせてやるべきだったんだよ!!」
「あっ、俺の。俺のスクランブルエッグちゃんが……!! あと先に変態語りをしようと思ったのに悔しい! 先を越されてしまった!」
そのまま嘆き悲しむフレデリックの胡桃パンをフォークでどんっと突き刺し、歯を食い縛る。こうなったらどうしようも無いので、みんな諦めていた。スイッチを入れたアレンは両目を閉じ、カボチャスープを掬い上げている。
「あいつらは豚だ!! 虫けらどもだ!! 全員先祖代々からの土地とやらを没収されて、街中で布一枚で募金箱を持って腹を空かせた子供達のために彷徨うべきなんだっ!! はーっ、はーっ……」
そこでフレデリックの珈琲カップを持ち上げ、一気にごくごくと飲み干す。フレデリックはすっかり諦めて、レタスの端っこをもそもそと噛み締めていた。一同が静まり返る中で、そんなフレデリックがレタスを飲み干して口を開く。
「という訳で、ハリーはマリエルさんの足に癒しを求めるタイプ。俺は気の強そうな美女に貢いで尽くして、愛して貰って他の女と浮気して刺されて、コンクリートを鼻と口に流し込まれて冬の海に投げ飛ばされたいタイプの人間だ。分かったかな? メイベルちゃん?」
「わっ、分かりました……覚えておきますね!」
「覚えんでよろしい、そんなこと……三秒で記憶から消せ。あとお前ら全員、どっかに行って欲しい……マジで」
「俺は、うっ、うう……何も言わずに黙って大人しく朝ご飯を食べていただけなのに……!! というか俺が大家なのに!! 一番地位が低い気がするっ!!」
わぁっとダニエルが泣いて、ハリーがそっと先程の黄色いヒヨコを黒髪頭に乗せた。すると黄色いヒヨコは「ヘンタイ! コノヘンタイメ!」と騒いで、ぴこぴことハンマーで彼の頭を殴り始める。
それを見て、マリエルが深く息を吸って告げた。
「さっ、食べましょ? みんな。さっきのアレンの言葉を借りる訳じゃないけど、気にするだけ無駄だわ。気にするだけね」