表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第三章 春を楽しみ、夏に思いを馳せ
79/134

25.いつも通りの日常と変えたい関係性

 


「やぁ、おはよう。メイベルちゃん。昨日のデート、どうだった?」

「……ハリー、おはよう」


 どうしたんだろう? また仕事が辛くなっちゃったのかな? 朝、アレンが送ってくれた小鳥に起こされ、ベージュ色のシャツワンピースに着替えてからドアを開けてみると、スーツ姿のハリーがあおむけで廊下に寝そべっていた。両手を胸元で組み、虚ろなへーゼルナッツ色の瞳で見上げてくる。


「俺は今、メイベルちゃんとアレンがカップルになるのかと思うと、ものすごく辛くて辛くて、どうしようもなくて……」

「ど、どうして? 迷惑はかけないつもりだけど」

「イチャイチャカップルだなんて、いるだけで迷惑に決まってるだろ!? メイベルちゃんのバカ、メイベルちゃんのバカーッ!!」


 ハリーが必死の形相で起き上がり、足首をがっと掴んできた。戸惑っていると、誰かがどんどんと階段を駆け上がる音と、「ハリー……!!」という地の底から響いてくるような、アレンの低い声が聞こえてきた。


「うわーっ!? 出たああああああっ!!」

「うるっせぇよ! メイベルにからむな! さっさと仕事に行け!!」

「嫌だぁ、嫌だぁ!! 邪魔をするんだああああっ!」

「誰の邪魔をだよ!? 俺か!? メイベルのか!?」

「両方!」

「よし、気絶させてやる! 今日は休むって会社に連絡しろ、てめぇ!!」

「アレンが俺に優しくしてくれないぃ~……うわああああんっ!」


 青チェック柄のエプロンを身につけて、お玉を持ったアレンがげしげしと、ハリーのお腹を蹴り出したので、その隙に階段を降りて、リビングへと向かう。あの二人はああ見えて仲が良いし、見てるともやもやしてきちゃうから。ドアを開けると、すぐにマリエルさんが「あら、おはよう。メイベルちゃん」と言ってくれた。今朝は紺色の綺麗なスーツに身を包んでいて、自然と目が大きくなる。


「おはようございます、マリエルさん。あの、その格好は……?」

「ああ、これ? 今から面接に行こうと思って」

「面接!? あの、お仕事変えるんですか?」


 だ、だめだったかも。踏み込みすぎちゃったかな……? でも、金髪をまとめたマリエルさんは何も気にせず、ころころと笑って白魚のような手を振った。


「そう。貴方の叔父様がなかなか私の愛を信じてくれないから、転職しようかと思って。……まぁ、父親のコネなんだけどね?」

「でも、スーツ姿も素敵です! よく似合ってます……!! マリエルさんと一緒に働ける人が羨ましいなぁ」


 そう言って笑ってみると、ちょっとだけ驚いた顔をしたあと、ふわりと花が綻ぶような笑顔を見せた。そして両腕を広げ、私のことをぎゅっと抱き締めてくれる。いつもとは違って、洗い立てのタオルのような香りが漂ってきた。


「……ありがとう、メイベルちゃん。無事にライさんのことを射止めたら、親戚になるわね? 私達!」

「そうですね! 頑張って射止めてください、マリエルさん!」


 どうだろう? ちゃんと笑えているかな、私。今。笑顔を取り繕ってマリエルさんと喋っていると、アレンとよぼよぼしたハリーが現われた。アレンは今の会話を聞いていたのか、お玉を片手にものすごく心配そうな顔をしている。そんな顔を見て、ついつい、にんまりと笑ってしまった。


(いいの、もう! 私が好きなのはアレンだもん)


 まだちょっと胸が痛むけど、もう大丈夫。アレンに新しい恋人が出来たって聞いた時の方が、絶対に胸がじくじくと、膿んだように痛み出すだろうから。


(でも、ここでしょんぼりしておいた方が、アレンはきっといっぱい甘やかしてくれる……!!)


 なので、私が胃を押さえて、「ああ、食欲が無い~……アレンがあーんしてくれたら、全部食べれるかもしれない~」と言ってみたところ、慌てて駆け寄って、頭を優しく撫でてくれた。


「可哀相に、メイベル! 食わせてやるからな、俺が全部!」

「うん! ありがとう、アレン~。頭痛がするから、ハグもして欲しいな~?」

「いや、全然そんな風には見えないんだけど……?」

「フレデリックさん。おはようございます」


 呆れた表情のフレデリックが入ってきて、横を通り過ぎながら、あくび混じりの「おはよう」を返してきた。今日は休みだからか、着替えるつもりはないらしく、青と白のストライプパジャマを着ている。その時、私を抱き締めて、頭を撫でていたアレンがけたたましく怒り出した。


「おいコラ、聞き捨てならねぇな、おっさん!!」

「何がぁ?」

「メイベルが嘘なんて吐くわけないだろ!? 頭が痛いって言ってるんだからさ、それをそんな風に見えないとか何とか、ぐちぐちぐちぐちと変ないちゃもんをつけるなよ!? 鬱陶しいな!」

(むっ、胸が痛い……!!)


 ご、ごめん。アレン、私、抱き締めて欲しいがために嘘を吐くような女の子で……。辛くなってぎゅっと、さらに抱きついていると、「可哀相に!」と言ってまた抱き締めてくれる。


「いや、朝から一体何してんの……?」

「の、ノア! おはよう」


 流石にノアの前では恥ずかしくて、こんなお芝居は出来ない。慌てて離れて、ダニエルさんがもそもそと食パンを食べている隣へ腰かけると、背後でアレンが「いや、頭痛がするって言ってたから、慰めてた」と几帳面に説明している。ノアがまた呆れた声を出して、「いや、薬飲ませたらいいじゃん。抱き締める必要ある?」と言っていたので、恥ずかしくなって両手で顔を覆ってしまった。


「ノア……お願い、やめて……?」

「あっ、ごめんごめん。アレンがおかしいから、その認識を正したくてつい」

「無理らろ~、無理無理」

「だね~」


 キッチンで牛乳を片手に、食パンを頬張っているフレデリックさんまで参加してきた。ど、どうしよう? 恥ずかしくて顔が上げられない……。沈んでいると、ダニエルさんがそっと、ぎこちなく頭を撫でてくれた。驚いて顔を上げて、振り返ってみれば、食パンを頬張っているダニエルさんと目が合う。青い瞳を揺らがせ、食べていたパンをごくりと飲み込んだ。


「まぁ、え、ええっと、大丈夫だよ、メイベル……」

「あっ、ありがとうございます……!!」

「うわっ!? ハリー、一体どうしたんだよ!?」

「ほっとけ。ヘンリー、おはよう」

「ああ、おはよう。アレン。メイベルちゃんは……いるな」

「いるけど、どうしたの?」


 椅子に座ったまま振り返ってみると、薄手のグレーのカーディガンを羽織ったヘンリーが疲れたように笑って、「いや、いいんだ。何も無いんだ……」と言ってやって来た。不思議に思っているとその時、リビングのドアが開いて、スーツ姿のマリエルさんが「行ってきまーす!」と笑いながら言ってきた。全員で同時に「行ってらっしゃい」と返したあと、ついつい笑ってしまう。


「いやぁ、明るくなってきたなぁ~。マリエルさんも」

「だね。フレデリックさん、邪魔。どいて」

「ここ、シェアハウスなのになんで、前と同じような扱いを受けて……?」

「座って食べなよ。あと俺も牛乳欲しい」

「……はいはい。まぁ、仕方ないかぁ~。みんなのパパになったつもりでいないとなぁ」

「え、きも」

「……」

「メイベル~、お待たせ」

「ありがとう、アレン」


 ノアがフレデリックさんに冷たいのはいつものことなので、スルーしてアレンにお礼を言う。運ばれてきたトレイの上には、クロワッサンとオレンジピールと胡桃の丸パン、目玉焼きとこんがり焼けたベーコンが数枚と、瑞々しい玉ねぎとハーブのサラダ、搾りたてのオレンジジュースが並べられていた。それを見たヘンリーが、「ここだけレストランか? すごいな」とおののきながらも呟く。


「何だよ? いつものことだろうが」

「毎朝毎朝、見てびっくりするんだよ……昨日はクロックムッシュで、今日は目玉焼きとベーコンかぁ」

「お前の分は無いからな」

「知ってる……」


 好きな人が用意してくれたからか、きらきらと輝いて見える。でも、甘えすぎかもしれない。朝ご飯ぐらい、自分で立って取りに行くべきなのに……。磨き抜かれた銀製のフォーク(アレンが毎晩磨いてる)を手に取って、後ろを振り返る。


「ご、ごめんね? あの、いつも甘えちゃって」

「いや、別に……あっ、食欲が無いんだったな! そういえば!!」

「でも、アレンもご飯が、」

「俺はあとで食うから別にいい」


 みんながじーっと見てくる中でこれは、かなり恥ずかしいかも……!! 上手く断れないでいると、アレンがいそいそと座って丸パンをちぎり、「ほら? メイベル? あーん」と言って、優しく突っ込んでくれた。いつの間にか、向かいに座ったハリーとフレデリック、ノアがじっと凝視してくる。わ、わ、これはもうちょっと……!!


「ご、ごめん! もっ、もう大丈夫! 別に自分で食べれるから……」

「いや、でも、調子悪そうだし……大丈夫か? メイベル」

「あっ、うん。あの、フォークちょうだい?」


 アレンが早速もう、私にプチトマトを食べさせるべく、フォークに突き刺して待機していた。慌てて手を伸ばしてみると、ちょんと、アレンの手に触れてしまう。驚いて硬直している隙に、さっと口の中へ突っ込まれてしまった。


「……どうだ? うまいか? お前が三日前、食って気に入っていたフルーツトマトなんだが」

「うっ、うん! おいひいよ、ありがとう……」


 焦ってみんなを見てみると、やさぐれた顔つきで全員、食パンをもそもそと頬張っていた。ああっ! 鬱陶しいって、絶対みんなからそう思われてる……!!


「あっ、あの、もう! もう大丈夫だから、自分で食べれるから……!!」

「そうか……」

「いいからさっさと自分の分を食えよ、アレン……」

「俺、今日、本屋に寄ってカップルを呪える本を買うんだ……」

「売ってなさそうだけど? あとそれ、俺の牛乳だって」

「水かと思ったら違った!!」

「ま、まぁ、その、別に、今に始まった話じゃないし……」


 ダニエルさんが戸惑い、牛乳をちびちびと飲みながらそう言う。そっ、そっか~……私、いつもこんなことしてたっけ? よく分からない。


「みんなの気のせいじゃないかな……?」

「「えっ」」

「メイベル、悪い! スープ忘れてた、スープ!! 持ってくる!」

「あっ、うん。ありがとう」

「まるで聞いちゃいねぇなぁ、あいつ……」

「言うだけ無駄でしょ」

「確かにそれはそう」


 アレンが嬉しそうな笑顔で、温かいオニオンスープを持ってきてくれた。それを見て、胸の奥が詰まる。


(一向に距離が縮まらないの、なんでだろ……?)


 閉店後、モップがけをしながら思わず溜め息を吐いてしまった。日を重ねるにつれ、夕方の空は明るく、仄暗くなってゆく。燃えるような夕焼けの色と、じわじわと侵食してきた夜の紺碧色が混ざって、小さな星が光っている空を見上げるのが好きだった。風が柔らかくて暖かい、春の夜道をアレンと一緒に歩くのが楽しみで、手を繋いで歩けない距離感がもどかしくて、嬉しいような、悲しいような、そんな気持ちに包まれる。


(ああ……辛いけど嬉しい。今度また、アレンを誘ってバニラちゃんと一緒にドライブデートにでも行こうかなぁ)


 毛がまだちょっとほにゃほにゃしてるけど、バニラちゃん的にはもう子猫ちゃんじゃないらしく、触ろうとすると、小さく「シャーッ!」と鳴いて逃げ出すようになってしまった。最近ではすっかりもう、マリエルさんの部屋に入り浸っていて、夜しかリビングに降りてこない。


(さ、淋しい……ええっと、これで終わりかな? あ、イヤリング。お客さんが落として行ったのかも)


 レジの前に落ちていたイヤリングを拾い上げ、バックヤードへと向かう。エプロンを脱いで、いくつか世間話を交わしてから、重たいガラス扉を開けると、すでにアレンが立っていた。「よっ」と言って、片手を上げたあと、開けるのを手伝ってくれる。


「ごめんね? お待たせ~」

「いや、別に今来たところだし……ああ、スーパーに寄ってくれないか? さっき、ヘンリーから連絡がきてさ。小麦粉と牛乳と、それから玉子買ってこいって」

「分かった。そうだ、バニラちゃんのご飯は?」

「あ~、減ってたか。まぁ、もつだろうけど念のため買って帰るかぁ」


 同じく仕事帰りのサラリーマンや主婦にまぎれて、夜道を歩いてゆく。街路樹の枝葉が夜風に吹かれて、ざざん、ざざんと波のような音を立てていた。空はまだ薄暗く、冬のこの時間帯はあんなにも暗かったのに、隣を歩くアレンの横顔が、はっきりと浮かんで見える。


「メイベル、お前の好きそうなチョコがあるけど? ほらほら」

「えっ? あっ、うん……でも、太りそうだし大丈夫だよ? いらないよ?」

「オランジェットは? どっちがいい?」

「あの、大丈夫なんだけど……」


 ついつい、鮮やかなオレンジの花が描かれた、オランジェットのパッケージに目を惹かれ、見つめていると、アレンが問答無用で三つほど、カゴへと突っ込んでしまった。慌てて後を追えば、「さっ! あとは玉子を買って帰るか~」と言って、さっきよりも速いスピードでがらがらと、カートを押して、玉子のパックを素早く掴み取ってからレジへと向かう。列に並ぶと、ピッ、ピッと機械音が響いてきた。


「あ、あの、アレン? 本当に三つもいらなかったんだけど?」

「……三日間ぐらい、かけて食えばいいだろ。それで」

「ふふ、ありがとう。も~、アレンってば」


 カートを持つ手に寄り添えば、びくりと体を揺らして溜め息を吐く。ちょっぴりだけ怖くなってしまった。


(みんなは脈があるって言うけど、そうは思えないな~……怖いなぁ)


 レジ台で買った玉子や小麦粉をエコバッグへと詰め込み、みんなが待っているシェアハウスへと向かう。貴重な二人きりの時間だったから、ゆっくりお喋りとかしたかったんだけど。


「お、重いでしょ? アレン……私も持つよ? 持てるよ!?」

「いや、筋肉痛になったら嫌だから。俺が」

「ん!? えっと、私が筋肉痛になったら嫌ってこと?」

「おう。胸が痛むからな……」

「そ、そっか」

「うん」


 触れると嫌がるくせに、真顔でそんなことを言う。重たい荷物を持って、よろよろと歩いているアレンを見て、ふと思いついた。辺りは静かな高級住宅街で、誰もいない。辺りはようやく暗くなってきていて、小さく光り輝く一番星と、黄色いお月様がぽっかりと夜空に浮かんでいた。


「ねぇねぇ、アレン?」

「ん~?」

「えーっと、疲れたからちょっとだけ腕を組ませてね!」

「んっ!? えっ」


 空いている方の片腕に抱きついて、ふんふふんと鼻歌を歌いながら歩いていると、アレンがちょっとだけ首を傾げる。


「メイベル……お前、誰にでもこういうことをしているのか?」

(しっ、尻軽だって思われちゃう!!)


 それだけは絶対に避けたい! ええっと、えっと、えーっと! 離れがたくて、ぴったり密着したまま考え込む。


「あっ、アレンにだけだから大丈夫! 他の人にはしてないよ、私!」

「そうか……そういや、バニラのうんこの状態が悪かったんだが」

(一体どうして、急にうんちの話を……?)


 アレンが意識してくれたかと思ったのに、ぜんぜん違ったみたい。落ち込みながらも、シェアハウスへ帰ると、笑顔のマリエルさんが出迎えてくれた。今日の面接が上手くいったみたいで、即採用して貰えたらしい。


「んで、娼婦の次はなんだ? 薬の運び屋か?」

「殺すわよ、アレン。口の利き方には気をつけなさいね?」

「まっ、まぁまぁ、まぁまぁ……」


 ヘンリーが慌てて、静かに睨み合っている二人の間に割って入った。そこへハリーやフレデリックさんも加わって、またいっそう賑やかになる。


(……うん。とりあえず、夏になったら恋も進展しやすいって、フレデリックさんがそう言ってたし! プールに行ったり、BBQしたりしようっと!)


 今日みたいに、上手くいかなくて落ち込んじゃう日もあるけど。でも。隣に座って、カレーを頬張っているアレンを見つめる。


「ねぇ、アレン? 私、食べすぎちゃって胃が気持ち悪いから、あとで一緒にお散歩にでも行かない?」

「おう、いいぞ。バニラも行くか? お前」

「うにゃう」

「……」

「あ、アレン? ほら、メイベルちゃんも嫌そうな顔してるし、二人だけで行って来れば」

「俺も! 俺も行くーっ! カレー食べすぎちゃった!」

「ハリー……黙っててくれよ、もう。あーあ……」

「お前は留守番な? 俺とメイベルの二人だけで行ってくる」

「アレンが俺に優しくしてくれない。なんで?」

「そもそもの話、優しくした覚えなんかねぇよ。こっち見んな、カレーでも食っとけ」





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ