21.誕生日パーティーの締めくくりは泡と共に
「まさか本当に、メリンダちゃんが来てくれるとは……!!」
「お金ちょうだい。もう帰ってもいい?」
「いや、せっかくだから食べていってくれないかな!? ガチで金だけの関係は嫌なんだけど!?」
「うるっせぇな、お前は! 黙って食えないのかよ!?」
「だってメリンダちゃんが、だってメリンダちゃんが……!!」
向かいでめそめそと泣く父親を見て、ちょっとだけ嫌そうな顔をしたあと、テーブルへと目を落とす。テーブルには淡い、薔薇色のクロスがかけられ、中央には庭から摘んできた、素朴な白い花々とハーブが活けられていた。
並んでいるご馳走はフレデリックが好きだという、アンチョビとポテトのサラダに、卵黄がぽってりと中央に乗せられた、アスパラガスと海老のクリームパスタ。揚げた皮付きポテトにオニオンリング、それから骨付きソーセージが数本と、まろやかな人参のポタージュ。これらのお供は、フレデリックが自らの手で焼いた、クロワッサンとさくらんぼのデニッシュ、ベーコンエピとバターが練りこまれたロールパン。
そんなご馳走の数々を、彼女は真顔でじっと見下ろしていた。一応父親の誕生日だからか黒髪を下ろして、ベージュ色のワンピースとカチューシャを付けている。みんなはどう反応していいのかよく分からず、先に食べながらも、ちらちらと、黙り込むメリンダを見つめていた。
「……こんなに沢山作って貰ったんだね? へー、愛されてるじゃん。パパ」
「メリンダちゃん……!!」
「いや、メイベルが言うから作っただけで、誰もこいつのこと愛してはいないだろ……」
「俺の、俺の誕生日は誰も何もしてくれなかった……ヘンリーも風邪で寝込んでたし、誰からもこうやって忘れ去られる運命なのかもしれない、俺は、俺は、」
「だっ、ダニエルさん! 来年は盛大にお祝いしましょうね!? ねっ?」
「うん……ありがとう、メイベル」
隣に座るダニエルの腕に手を添え、慰めていると、アレンが「なぁ、おい」と言って肩を叩いてきた。振り返ってみると、バターロールを口に含みながら、不機嫌そうな顔をしている。
「距離がちょっと近い、お前は」
「えっ!? 普通だと思うんだけど……」
「……アレン。それって嫉妬、」
「だめだめだめだめ!! ダニエルさん、だめだって!! そんなこと言ったらあれじゃん!? お互いに意識しちゃうじゃん!? あだっ!?」
「ハリー? もういいから、黙っててくれる?」
「はい、マリエルさん! 仰せのままにっ!」
テーブルの下で足でも蹴り飛ばされたのか、馬の着ぐるみ姿のハリーが嬉しそうな顔で返事をする。そんなハリーを黙って見つめていると、ハリーの隣に座っていたヘンリーがびくっと肩を揺らして、ハリーを肘でつつき、「おっ、おい! 謝れって! メイベルちゃん、すごく怒ってるじゃん……」と話しかける。ハリーがこっちを見て、さっと青ざめた。
「あー、まぁ、あれだ。おめでとう、フレデリック」
「何だよ? アレン、その取ってつけたような祝いの言葉は……」
「いや、誕生日プレゼント何も用意してないからさー。俺」
「あら、そう言えば私も用意するの忘れてたわ。ごめんなさい」
「あたしはちゃんと用意してきたよ!?」
「おっ、シェラ!? お前っ、そんなに目が開くのか!?」
「驚くとこ、そこかよ。おい」
それまでクロワッサンを熱心に頬張っていたシェヘラザードが、懸命に頬をもぐもぐと動かしながらも、白い包み紙を取り出す。やたらと細長かった。軽いものを包んでいるみたい?
「犬の骨!」
「犬の骨!? えっ!? いっ、一体どこの!?」
「鹿の大腿骨……美味しいんだって」
「鹿かよ! 紛らわしいな。おい」
「シェラ、正確に言うとあれじゃない? わんちゃんが食べる骨でしょう?」
「ん。犬、実家で飼ってるって言ってたから」
「ありがとう……絶縁されてるから、メリンダちゃん? これ、代わりにあげてきてくれない?」
「いいよ。シェラさん、センス良い~」
メリンダに褒められ、シェヘラザードが照れ臭そうな顔をしてもぐもぐと、栗鼠のようにクロワッサンを頬張り始める。ハリーが「せん……す?」と呟き、ヘンリーとダニエルも困惑した顔で「センスが良い……?」と呟いていた。でも、それも褒め言葉だと思ったようで、誇らしげな顔でフォークをかかげている。
「メイベルちゃん!? ちょっと俺、常識人成分を摂取したいんだけど!?」
「あ? 俺も常識人だろーが、目が腐ってんのか? ああ?」
「私も常識人なんだけど? フレデリック?」
「いや、マリエルはちょっと違うだろ……」
すっと冷たい眼差しとなったマリエルを見て、フレデリックが居心地悪そうに、ぼそぼそ「すみませんでした、貴女様は常識人です……」と呟く。それを見て、綺麗に骨付きソーセージを解体していたヘンリーが、穏やかに苦笑する。
「ははっ、まぁ、この中だと俺とメイベルちゃんが常識人かな……」
「お前な……唱えてやろうか、呪文を」
「きっぞっく! きっぞっく! へいっ!」
聞き取れるか聞き取れないぐらいの小声でも、よく聞き取れたらしく、ハリーの手の甲にがっと、フォークを突き刺してからその後、何事も無かったかのようにソーセージを口へと運ぶ。当のハリーは、赤くなった手の甲を押さえながら、「ひぃんっ……これ、マリエルさんかメイベルちゃんにやって欲しかったやつ!」と呟いたあと、ちらちらと熱い視線を送ってきたので、アレンにぎっと睨みつけられていた。
「えっと、私、ちゃんとフレデリックさんへのお祝い、用意してますよ? あとでお渡ししますね~」
「……いいのに、こんなやつに渡さなくても。犬の骨で十分でしょ? これでも齧っておけば?」
「め、メリンダちゃん……」
不満そうに呟く彼女はどこか幼くて、父親が嫌いだとは言いながらも、こうしてお祝いには駆けつけてくれる。
「すごいな……私だったら、浮気したお父さんなんて一生無視するだけなんだけど」
「えっ、こっわ……!! メイベルちゃん、怖くない!?」
フレデリックが口元を押さえて青ざめ、フォークをからんと落とす。隣では誇らしげな顔をしたアレンが「まぁ、こいつ。こう見えて怒らせると怖いからなぁ~!」と言い、ハリーとヘンリーが同時に「なんで嬉しそうなんだよ、アレン」と突っ込んでいた。
「……まぁ、普通の浮気じゃないから? ママに刺して欲しくてって言うのがイミフなんだけど」
「ごめん。もうそれは、健全な家庭環境の中で育って、培われてきたものだからさ……」
「うるっせぇよ、このドマゾパン屋が!! 小麦粉に謝れ! お前の手に練られる小麦粉が気の毒で仕方ねぇよ、俺は」
「謝ってもいいけどパン、聞く耳持ってないと思う……」
「ほら、耳たぶ程度の柔らかさって言うんだからさ? 生えてるんじゃない? 人の耳とか」
「ハリー? ちょっとややこしくなるから、黙ってくれる?」
「はい、黙ってます!!」
ぎゅむっと足を踏んづけて貰ったらしく、「俺はお利口さんのハリーです!」という顔をして、凛々しくパスタを食べ始める。一同が静かになったところで、マリエルが蕩けるような甘い微笑みを浮かべた。
「でも、良かったわ。メリンダちゃんが来てくれて……でないと、ずっとずーっとうるさいままだったもの」
「それは確かに言えてる。あ、フレデリックさん。一応俺も用意してるから。プレゼント」
「えっ……!? 今まで数年間一緒に住んできて、俺にデラウェアの一粒すら渡さなかったノアが!?」
「何気に根に持ってるね? それ……」
ノアはデラウェアが大好物で、以前、リビングで寛ぎながら食べていた時、笑顔で「一個だけちょーだい」と言われ、嫌そうな顔をして断ったことがあるらしい。嬉しそうに顔を輝かせるフレデリックを見て、ノアが「まぁ、中身。高級なガムと消臭スプレーだけどね」と言う。その途端、周囲からひそひそと「加齢臭対策か……?」や「加齢臭対策だな」と言った囁きが聞こえてきて、意気消沈していた。
「あっ、あの、私は平凡なものなんですけど……ちゃんと選んできましたからね?」
「あっ、ありがとう。メイベルちゃん。もう犬用の骨と消臭スプレーのあとでは、どんなプレゼントも輝いて見えるよ……!!」
「えっと、俺も用意して来ましたけど。フレデリックさん」
「おっ! ヘンリーのも安心感があっていいな~! ようやく誕生日プレゼントのわくわくが、」
「俺もっ! 俺も張り切って用意してきたよ!?」
「ハリー……一気に地獄に叩き落とされた気分だよ、俺は」
「一体どうして!?」
「日頃の行いが悪いからだろ。うるせぇな」
横を見てみると、アレンが口の端にパンの欠片を付けながら、パスタをもぐもぐと不機嫌そうに食べていた。くすりと笑い、勇気を出してその欠片を取ってみる。
「は、はい! あのっ、付いてたよ……? 口元に!」
「おー、ありがと」
(はっ、反応が薄い……!? なんでっ!?)
そっ、それにどうしよう!? みっ、みみみんなの前でこんなイチャイチャみたいなことをしてしまって……!! 慌てて周囲を見渡してみると、ハリーが用意したプレゼントについて話し合っていた。あれっ?
「でさー、その中身が怖すぎるんだけど。ヘンリー、俺の代わりに開けてくれない?」
「えっ、嫌ですよ……一昨年は虫が入ってたじゃないですか」
「あたし、あたしが代わりに開けてあげようか?」
「おっ、シェラ。頼んだ。虫平気だもんなー、シェラは」
「そうねぇ。ゴキブリが出た時も、真っ先に叩き潰してくれるものねえ。スリッパで」
あ、あれ!? おかしい! アレンもなんだけど、みんなも綺麗にスルーしてる……!?
「わ、私が気付いてないだけで、今のは別に、親密な行為じゃないのかな……!?」
「あっ、め、メイベル?」
「あっ、すみません。ダニエルさん。ついうっかり、口に出しちゃってました……」
振り返ってみると、黒いジャケットを羽織ったダニエルが気まずそうな顔をしている。不思議に思っていると、そっと手を添え、耳打ちをしてくれた。
「……メイベルが気付いてないだけで、前からこんな感じのことしてたから、アレンとメイベルは。だか、だからみんな、今さら驚かないだけで……」
「えっ!? 嘘!? してましたか、そんなこと!」
「ん? なんだなんだ?」
「どうした?」
「あっ、なっ、何でもないよ……。ごめんね?」
不思議そうな顔のアレンとハリーに手を上げて謝ってから、貰った言葉を反芻する。
(そ、そっか! 違ったのか! じゃ、じゃあ、もっとイチャイチャが出来る……!?)
どうも、私が気付いてなかっただけで、最近の女性と男性の距離は近いみたい! ほっとして、さらに色々としてみようと思い、振り返ってみると、アレンがきょとんとした顔で「食わないのか? メイベル。食欲無いのか?」と聞いてきた。
「あの、アレン!?」
「お、おう。一体どうした……?」
「私にあーんして、食べさせてくれる? 食欲が無いのっ!!」
「いや、めちゃくちゃありそうなんだけど……? 血色も良いし」
「ふふっ、メイベルちゃんってば可愛い~」
フレデリックさんが半ば呆れたような顔をしている。へ、変だったかな!? 欲張りすぎちゃったかな!?
「うるっせぇよ! 今日が誕生日の主役は黙ってパンの耳でもしがんどけ! メイベルが夜って言ったら、昼間でも夜なんだよ! 真っ暗闇なんだよ!!」
「それは無いだろ……どこまで甘やかす気なんだよ。お前。いや、甘やかし……?」
「信者だ、信者だ。アレンはね? メリンダちゃん? メイベルちゃんの母であり、信者であり、辞書を兼ねている下僕なんだよ?」
「よく分からないけど、何かやばそうなのは伝わってきた。すご~い」
「どっ、どうでもよさそうだね……ヘンリー、仲良く出来なさそうなんだけど? この子と俺」
「仲良くなったらそれはそれで怖いから、別にそのままでいいよ……」
「なんで?」
アレンがぷりぷりと怒って、「まったく! どいつもこいつもおかしなことを言いやがって!」とぼやきつつ、私の口へと一口大に切ったソーセージを突っ込んでくれる。し、幸せ! 嬉しい!
「可哀想に、メイベル……季節の変わり目だし、食欲が無いんだな? 俺がまた、食欲が出るような飯を作ってやるからな?」
「うん! ありがとう~。あとパスタも食べたいな、私!」
「あの、二人とも? 今日は俺の誕生日で、これからケーキもあるんだけど……?」
「あっ、そうだ。ハリーがスキップしてぐちゃぐちゃにしてたぞ、そのケーキ」
「えっ」
「ごめん! 反省はしてない!!」
「しような、ハリー……あとでちゃんと謝ろうな? フレデリックさんに」
「いやだっ!」
「イヤイヤ期かよ、お前は」
「嫌だわぁ、二十九歳のイヤイヤ期だなんて……」
それから、私が「頭を撫でてくれたら、食欲が出るかもしれない……!!」と言ってみたところ、アレンが生真面目な顔で頷き、「そうか。なら、俺の手のひらが擦り切れるまで頭を撫でてやるからな!」と言って、優しく頭を撫でてくれた。やった!
「は~……今日、楽しかった! 私のお誕生日みたいだった~!」
「そ、そう……良かったね、メイベルちゃん。シルクの靴下とシャンパンをどうもありがとう……安心感と喜びがすごい」
メリンダちゃんが早々に帰ったあと、ケーキを食べつつ、みんなからのプレゼントを開けてしみじみと喜んでいた。ノアは本当に消臭スプレーとオーガニックのガムで、ヘンリーは以前、フレデリックが気にしていたという、本革の黒いバッグ。ダニエルからは缶ジュースの詰め合わせで、目に良いというブルーベリージュースを見つめ、フレデリックが困惑して「老眼対策……? あ、ありがとう」と返す。
「さぁ、じゃあ、いよいよ恐怖の始まりだぞ……!! シェラっ! ハリーからのプレゼントを開けてくれ、頼んだ!!」
「てめえで開けねぇのかよ、おい」
「うん。任せたぞ!」
「任された……!! あっ、これは逃げた方がいいやつかも……?」
「マジかよ!? メイベル!!」
「わっ!?」
開けた瞬間、ぼんっと中から白い泡としゃぼん玉、何故か小さなユニコーンが飛び出してきた。抱き締めてくれたアレンの腕に手を添えながら、ずるりと、鼻の頭から滑り落ちた泡を見つめる。怒っているのか、アレンはぷるぷると小刻みに震えていた。
「てっめえぇ……!! ハリー……」
「ごっ、ごごごごごめんっ……!! 泡爆弾、楽しいかと思ってさ」
「せっかくの、メイベルの可愛い服が濡れたじゃねーか! 今日こそはその面、ぶん殴ってやる!!」
「待って、待って!? 落ち着こう、アレン!? 私なら、私なら大丈夫だから……!!」
私が慌ててアレンにしがみついていると、フレデリックが力なく笑って、顔に付いた泡を拭っていた。
「あー……酷い誕生日になったな、何か。まぁ、これはこれで楽しかったからいっか!」




