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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第三章 春を楽しみ、夏に思いを馳せ
70/134

16.誰かあの社畜を駆逐しろ!

 




 朝、人の物音と陽射しが射し込んでくる。眩しくて、思わず腕で顔を覆ってしまった。


「おい、メイベル? 朝だぞ、起きろ。おい。……約束通り、起こしに来てやったぞ? おはよう」


 アレンは律儀な人だから。寝ぼけている頭でぼんやりと、そんなことを考えたあと、うっすら目を開けて見てみると、アレンの顔が何十にも重なって揺れ動いた。どこかほっとしたような顔をしたあと、もう一度「おはよう」と言ってくれる。


「ん、おはよう……」

「じゃあ、俺はこれで。ノア? 朝食は七時半からだから。間違えんなよ、お前。朝から塗りたくってるけど」

「うるさい。出て行って、さっさと」

「へいへい。思春期の反抗期かよ、お前は」

「アレンが口うるさいだけっしょ」

「あ? 俺が一体いつうるさくなったんだよ? それじゃあな、またあとで」

「んー、またあとで」


 私が眠たくて眠たくて、起き上がれない間にも、アレンはさっさとどこかへ行ってしまった。「くあぁ」と大きく欠伸をして、腕を伸ばしていると、それまで、別の部屋でメイクをしていたノアがひょっこりと顔を覗かせる。



「あれだね? アレン、いつも通りだったねー」

「んん……優しいから、約束を守ってくれたみたい」

「まぁ、俺の前でわざとらしい態度は取らないか。朝食の時が楽しみだな、ほんと」

「ん~……歯を、歯を、歯を磨かなくちゃ……」

「意外とメイベルちゃんってさ? 朝に弱いよねー。いつも早起きだから、全然気付かなかった」

「ん~、いつもはもうちょっとちゃんと、頑張って早起きしてるから……お仕事あるし、ゆっくり朝ご飯食べたいし」

「なるほどね」



 さぁ、何を着て会いに行こうか。反応を見るのが楽しみだけど、ちょっと怖くもあって。アレンの顔を思い浮かべれば、不思議と胸が高鳴った。そわそわしていて落ち着かない感じ。祝祭の日の夜に、何度も起き上がって窓辺の月を見上げていた時のことを思い出す。



「どっ、どれにしよう? 迷っちゃうな~」

「まぁ、朝だしねぇ。今日帰るし」

「ん~、動きやすい格好の方がいいよね? どうしようかなぁ」



 結局、ノアと散々悩んで選んだのは、鮮やかなオレンジ色のノースリーブニットに、パイナップルやオレンジのフルーツタルト、しゅわしゅわと美味しそうなメロンソーダが描かれた可愛いスカート。それに軽く白いカーディガンを羽織って、部屋の前で集合。でも、アレンは頑なに私と目を合わせようとしなかった。態度がちょっとだけよそよそしい。


(あれ? どうしよう? でも、みんなもいるしなぁ……)


 向かった先は、星屑をまき散らしたクジラや、虹色のイルカがゆうゆうと泳ぎ回っている、白い吹き抜け天井のレストラン。床には綺麗なコバルトブルーの絨毯が敷かれ、織り込まれた珊瑚と熱帯魚の柄が美しい。天井まである、大きなガラス窓の向こうには芝生が広がって、透明な朝の陽射しが射し込んできている。そのまた向こうには、青と白のタイルで出来た噴水と、白い女神像が置いてあった。そんな素敵なレストランには南国らしい、フルーツゼリーやハーブウォーター、トマトと魚介類の煮込みや鶏肉とレモンのハーブ蒸し、定番のオムレツやソーセージ、ベーコンとパンといった料理がずらりと並べられていて、ちょっと辺りを見回しただけでも、心が踊ってしまう。デザートやスープも充実している。


(でも、アレン。一体どうしてなんだろう……?)


 ほかほかと温かそうな、黄色いとろとろのスクランブルエッグの前で途方に暮れてしまった。半袖のストライプシャツを着たアレンが銀色のスプーンを手に持って、黒いジャージ姿のハリーのお皿へと、スクランブルエッグをこんもりと盛ってあげている。そう、私が持っているお皿にじゃなくて、ハリーのお皿に……。


「おい、これでいいか? 足りるか? ハリー」

「もっと! もっと欲しい!!」

「お前な? スクランブルエッグばっか、そんなに食ってどうするんだよ……他のもよそってやるから、それを食え。それを」

「分かった! じゃあ、アレン? 俺、あのパエリアが食いたい! パエリアの海老とー、イカとー」

「全部まんべんなく取るけどな。他の客の分も考えろ、お前」

「やだ、考えたくない」

「おい、やめろ。考えろ!」


 アレンが呆然と途方に暮れている私を無視して、はしゃぐハリーと一緒に、パエリアや魚のトマト煮込みが並べられているコーナーへと移動した。そ、そんな……。盛って貰えると思っていたのに、スクランブルエッグを。期待して待っていたのに。がっかりしていると、薄いベージュ色のジャケットを羽織ったヘンリーが、トレイを持ってやって来た。


「あっ、あ~……俺が盛ってあげようか? メイベルちゃん」

「ううん、いいの。大丈夫……アレンに盛って欲しかっただけだから」

「ええっと、何かあった……? 昨日。あいつ、今朝からずっとあんな感じだしさ」


 ヘンリーがこそっと、声を潜めて話しかけてくる。メイベルが眉をへんにょりと困ったように下げたあと、トレイをカウンターの上に置いて、体をヘンリーの方へと寄せる。


「あのね? じ、実はね?」

「う、うん? なになに? どうしたの? 一体何があったの?」

「ほっ、ほっぺたにキスして。アレンの」

「えっ!? なっ、えっ!?」

「だから、その、迷惑だったのかもしれない……嫌だったのかもしれない、アレンは」


 溜め息を吐きながらスプーンを掴み、丁寧に掬い取ってお皿の上へと乗せる。先程取った、ハーブとレタスのサラダと、スクランブルエッグの黄色が合わさって美しい。ヘンリーが「ん~、それはないと思うけどなぁ」と言って否定してくれた。やっぱりヘンリーは優しい。



「でも、さっきからアレンはその、ハリーの面倒ばっかり見ていて」

「あ~……引き離してこようか? 俺」

「うん、お願い」

「即答なんだね……ええっと、じゃあ、行ってこようかな?」

「よろしくお願いします……」



 とぼとぼと、優雅に歩いてゆくヘンリーの後ろに付き従って、バジルがまぶされた小海老と帆立、イカのフリットを大量に盛っているハリーとアレンの方へと行く。どうもハリーは「スクランブルエッグと揚げ物しか食べない!」と主張しているみたいで、アレンがその手から、銀色のトングを取り上げようとしているところだった。ハリーの、ハリーの栄養面に気遣うなんて、今までそんなこと無かったのに……。アレンは私の栄養面だけ、気にしてくれていたのに。



「おーい、ハリー? それにアレンも。二人で何をしているんだよ、珍しいな」

「あれだよ! アレンがようやく、ちゃんと俺のことが好きになってくれたんだよ!」

「いや、ハリー? お前とアレンの仲が進展しても、誰も喜ばないから……」


 ヘンリーがぐったりとした表情で、ぽんと、不思議そうな顔のハリーの肩に手を置く。こ、この隙に! 二人の間に割って入らなくちゃ! ぐいぐいと、申し訳なかったけど、それまでぴったりと密着していたハリーとアレンの間に割って入る。すかさず、ヘンリーが指を差して「あっち、あっち。お前の好きそうなミートグラタンとフォッカッチャが置いてあったぞー」と言い、さりげなく引き離してくれた。アレンはどことなく、呆気に取られた顔をしている。そんなアレンを、横からにっこりと笑って見上げ、話しかけてみた。


「ねぇ、どれも美味しそうだね? そうだ、昨夜、アレンがおすすめしてくれた……」

「ああ、だな。ハリーが呼んでるから俺、ちょっと行って来る」

「えっ!? あの、ちょっと、アレン!?」


 いつもならぴたりと立ち止まってくれるのに、振り返りもせずに「おーい、アレン! ちょっと来て来てー!」と騒いでいるハリーの方へ行っちゃった。どうしよう? すごく悲しい……。


(こういうブッフェレストランではまず最初に、飲み物とおしぼりを持ってくるな、俺。何がいい? いつもみたいにオレンジジュースか? それともレモネードか? って言ってくれて、ずっとずっと傍にいてくれて、全部何もかもこれぐらいか? あともう少しぐらい食べれるか? って聞いて、代わりによそってくれるのに、今日はそれが一切無いなぁ……どうしてだろ? 落ち込んじゃうなぁ、もう)


 やっぱり、昨夜のキスは迷惑だった? そんなことも聞けなくてうつむく。悲しくなって、いつもより多めにどさどさっと、小海老とフライドポテトを盛ったあと、急いでアレンとハリーの下へと向かった。「どうして離れないんだ?」とでも言いたげに、ヘンリーが途方に暮れた顔で二人のことを見つめていた。目の前にはあっさりと、タコと帆立、玉ねぎ、それからオリーブオイルと檸檬をあえたパスタが並んでいる。



「ハリー、あともうちょっとか? それともこれぐらいか?」

「ん~、もうちょい! そうそう、それぐらい、それぐらい!」

「あ、あの、私も欲しいなぁ、それ……」

「ああ、はい」

「「えっ!?」」



 後ろに立っていたヘンリーも同時に驚く。アレンが「ん?」と言って、銀色のトングを私に()()()()()()()()()。えっ? も、盛ってくれないの……? パスタ。ショックを受けて佇んでいると、すでにこんもりと、アレンにパスタを盛って貰ったハリーが、ふふんと誇らしげな顔で鼻の穴を膨らませる。



「あれだね! 俺は盛って貰ったんだけどねえええええっ!? 残念だったねえ!! メイベルちゃあん!?」

「……」

「あっ、あれか? アレン。熱でもあるのか? 一体どうした? メイベルちゃんにいつもみたいに盛ってやらないのか? なぁ?」

「いや、メイベルももう、いい年こいた大人だしな……あんまり、あれこれ先回りしてやるのも鬱陶しいがられるかと、そう思ってだな……」

「どうしちゃったの、お前……? いきなりまともなこと言っちゃって」

「俺は普段からまともなことしか言わないだろうが! ああ!? トングでその鼻先、つまんでやろうか!?」

「やめてくれよ……どうどう、俺が悪かったからさ?」


 そんな……アレンが私に何もしてくれないだなんて。ぎゅっと、トレイの両端を握り締める。


(今日、今日は私一人で、スプーンとフォークを取りに行かなきゃだめだったし……飲み物も自分で持ってきたし。どれもこれも当たり前のことなんだけど、ああ)


 私って、ものすごくアレンに甘やかされていたみたい。嬉しそうにふんがふんがと鼻息を荒くさせて、「ほらっ! これ、これもアレンに盛って貰ったんだよ!? 俺っ!」といきなり自慢し始めるハリーの頭を、ヘンリーが無言ですぱんと叩いた。かなりいい音がした。


「じゃあ、俺。ハリーと一緒に回ってくるから。よろしく」

「ヘンリー!? ちょっ、ガチギレヘンリー怖いんだけど!? ちょっ、ぐえっ、ヘンリー!?」


 怒ったヘンリーにずるずると連行されてゆくハリーを見て、アレンが心配そうな顔をする。


「おいおい、なんであいつ、あんなに怒ってんだよ。ヘンリー……。貴族のきの字も出してないぞ? てか、首が締まってんじゃん。大丈夫かよ、ハリー」

「あ、あれだね? 今日はその、随分とハリーのことを気にするんだね……?」

「あー、うん」


 あー、うん。それだけで終わっちゃった。私が戸惑って見上げていると、何でもないような顔をして「ほい、トング。盛るんだろ? これ」と言って手渡してきた。思わずじわりと、涙が滲みそうになってしまう。


「あ、あの、アレン?」

「ん? ほい。じゃあ俺、まだまだ気になる料理が沢山あるから……じゃっ」

「あっ」


 私の手のひらに、トングを押し付けてどこかへ行ってしまった。もう、盛ってくれないのかな? 私がいい年した大人だからと言って? 浮かんできた涙を無視して、ぼやける視界の中、せっせとタコのパスタをお皿に盛りつける。あとは何にしよう? せっかくの旅行なんだから、少しは楽しまなくちゃ。



「えーっと……いや、まぁ、別に好きにしたらいいんだけどさ?」

「あ? 何だよ、フレデリック? はっきり言え、はっきりと」

「なんでお前、急にハリーの親鳥になってんの……? おかしくない? さっきから不気味なんだけど、俺」


 アレンが強烈な舌打ちをした。隣に座っているハリーが「お腹空いた! さっきと同じ量、おかわり!!」と言うと、無言でお皿を受け取ってよそおいに行く。それを一同は呆然と見送っていた。少ししてから、みんながこちらを振り返る。


「えっ? 何があったんだ!? メイベルちゃんとアレン。本当にガチで!」

「えっ、あの、ええっと」

「まぁ、アレンが俺の可愛さに、ようやく目覚めたってところかな……!!」

「え、気持ち悪。ハリー、まだ寝ぼけてんの?」

「泣くぞ、大声で! 泣いちゃうぞ!?」

「まっ、まあまあ、落ち着いて……」


 疲れ果てたヘンリーがなだめると、ふんがふんがと息を吐いて、フライドポテトを口に詰め込み出した。でも、私はなかなか食欲が出なくて、スクランブルエッグですら全部食べれてない。スプーンを握り締め、何となく掬い上げる。


「……私。実はその、アレンのほっぺたにキスをして」

「「えっ!?」」

「あの、メイベルちゃん? アレンのやつ、動揺しているんだよ。きっと……」


 ヘンリーが気遣わしげな顔でそう励ましてくれたけど、顔を上げる気になれなくてうつむく。どうしよう? 怖いな、迷惑だったのかもしれない。


「あれですかね? キス、したの……嫌だったんですかね? フレデリックさんはどう思いますか? いきなりキスされたらその、やっぱり嫌ですか?」

「いや、俺は全然。ちっとも嫌じゃないけど? なぁ、ヘンリー?」

「そうですね。嫌ではないですね……戸惑いはするかもだけど」

「ほ、本当に? 迷惑じゃない……?」

「んぐ、俺も迷惑じゃない! 大歓迎だよ、メイベルちゃん!! あいたっ!? ちょっ、ヘンリーさん? さっきから俺に対して、当たりが強いんじゃ……」


 抗議しようとしたものの、かつてないぐらい、ヘンリーの濃いブラウンの瞳がおそろしく冷たかったので、むぐむぐとポテトを噛み締めながら、気まずそうな顔で前を向く。スクランブルエッグを飲み込んだあと、もう一度、その黄色い液体のようなものを掬い上げる。


「私……どうしよう? どうしたらいいと思う? みんな」

「えっ? う、うーん……難しいなぁ、それは。いっそのこと、告白してみるとか……?」

「俺だったら、もう一度キスしてみるなぁ」

「むっ、むむむむ無理です!! それは……!! 夕べ、一生分の勇気を使い果たしちゃいました、私」

「この俺、ハリーが応援してあげようか……?」

「えっ? 本当!?」

「やめときなって、メイベルちゃん。バカ正直に目を輝かせてるけどさ? ハリー、余計なことしかしないって。アホらし」

「俺への信頼度、地を這うゴキブリ以下なの……!?」

「以下」

「どうしよう? 泣きたいかもしれない、大声でわんわんと」

「やめような、ハリー……」


 戸惑ってハリーを見つめていると、ふとこちらの視線に気が付いて、「任せとけ!」とでも言うかのように、輝かんばかりの笑顔を浮かべてくれた。た、頼もしい! さっきはアレンとばかり、一緒にいたけど今度は協力してくれるみたい? 


(良かったー! これでちょっとは、アレンとの距離が縮まるかも……?)



 旅行最終日の空は快晴。かっと、熱い陽射しが牧場の原っぱを照り付けている。そう。今日はこの牧場で遊んでから、また海中列車に乗って帰る予定なんだけど。


「おー、よく食うなぁ。可愛いな。お前もあげるか? ほい」

「あっ、うん! ありがとう、アレン」

(どうして、ハリーばっかり、アレンと楽しく遊んでるんだろう……)


 酷く落ち込む私の肩にぽんと、手を置いたノアが「ね? だから期待しちゃだめだって言ったでしょ?」と言ってきた。こくりと頷いて、柵ごしに楽しく、わらわらと寄ってきた羊にエサをあげている、二人の後ろ姿をじっと恨めしく見つめる。ああ、いいなぁ。爽やかな風が吹きぬけ、白い帽子のリボンを揺らしてゆく。風景画の青空のような空だった。穏やかな青空に白い雲が浮かび、ゆったりと流れてゆく。


「ねぇ、アレン? あっちにちょっと変わった馬がいるみたいで」

「……へー」

「あっ、ごめん。メイベルちゃん。俺、あっちでアレンとソフトクリーム食べてくるから。じゃっ」

「えっ」

「ああ、じゃあ」


 アレンもアレンで断ればいいのに、せがまれるがままにハリーと手を繋いで、売店の方へ行ってしまった。そんな……。ショックを受けていると、隣に立ったノアが「なんでハリーが、当て馬女みたいなことしてんの? あいつ」と言って不思議そうに首を傾げている。こんなの、こんなのって……。じっと、穴が開くぐらい、楽しそうに手を繋いで歩く二人の後ろ姿を見つめてしまった。


「ねぇ、ノア? 私……その、初めてちょっとだけ、ハリーのことが嫌だなって、邪魔だなって、そう思っちゃったかもしれない……!!」

「えっ? 初めてなんだ? むしろ、そのことに俺は驚きが隠せないんだけど?」

「だっ、だってハリー、せっかく激務から解放されて、今もあんなにアレンと、一緒に楽しそうに遊んでるのに……私ったら、すごく性格が悪いなぁ。ああ、もう、嫌になっちゃう。自分で自分のことが」


 ノアが数秒間、黙ったあとで「……いや、何かちょっと違う気がするなぁ。メイベルちゃんの視点、一体どうなってんの?」と言って首を傾げる。ああ、アレンと話がしたいのに。


「シェアハウスへ引っ越してきてから、初めてかも……こんなにアレンと喋らない日なんて」

「何だろう? ぞっとしたよ、今のを聞いてさ」

「うっ、私もぞっとしちゃった……今までは沢山お喋りしてたのに、今日は、今日は全然喋れなくて淋しいっ」

「そっか……そっか」


 喉に何かがつかえて飲み込めないと言った風に、ノアが気難しい顔をする。結局、そのあとも全然喋れなかった。つるりと滑らかな皮膚を持った馬に乗ったり、乳搾り体験をしたり、お土産屋さんで可愛い牛さんのマグカップや、この牧場でしか手に入らない苺ミルクキャラメルの試食だとか、全部全部、アレンとハリーがうきうきわくわくとした様子で楽しんでた……。



「はーっ! 楽しかったなぁ! 海外旅行、最高っ!」

「ハリーは、ハリーはそうだよね……?」

「め、メイベルちゃんがいつになく暗いだと……!?」

「お前のせいだろ、お前の」


 フレデリックが呆れた顔で、船へと乗り込む。応援してくれるって言ったのに、ハリー。そんな恨みがましい言葉を飲み干して、何とか笑みを作る。アレンが船室へと向かう途中で、そんな私をじっと見つめているような気がした。


「で、でも、まぁ、確かに楽しかったね……」

「え、えええええっと、じゃあ、アレン、アレン!? 俺達は全員でゆっくりお昼寝がしたいから、アレンはメイベルちゃんと一緒にお散歩にでも」

「いや、俺も昼寝するから。ハリーと一緒に」


 すたすたと、横を通り過ぎながら言い放ったアレンを見つめ、ハリーが申し訳なさそうな顔をする。そして、ひそっと私の耳元に囁いてきた。


「ごめんね? なんか俺ばっかり、アレンに好かれちゃってさ!」

「……」


 その一言で心が砕け散りそうになってしまった。じわりと目に熱い涙が浮かぶ。でも、落ち込む私を見てヘンリーとノアがほぼ同時に、ハリーのことをげしげしと蹴り飛ばし、当のハリーは片手でお尻を押さえながら、飛び上がり「俺は何も悪くなんかないもん!! 邪悪なカップルの誕生を阻止しているだけだもんっ!」と叫んでいた。わあわあとみんなで騒ぎながら、船室へと向かう。


(……よし、決めた。今日、今日の夜。晩ご飯を食べ終わったあと! アレンの部屋に行って話をする! 会って、会って謝ろう……)


 きっと、妹としてしか見ていなかったんだ。私のこと。それなのに、ほっぺにキスをされたから、私のことが嫌になっちゃったんだ。ぐすんと鼻を鳴らして、決意をする。どうしよう? 恋しているのかどうか、よく分からないけど。今はただ、誇らしげな顔をして、鼻の穴を膨らませているハリーを見ると、胸がもやもやしてしまう。


(でっ、でも、もしも万が一、ハリーとアレンがお付き合いするような事態になっちゃっても、お祝いしてあげるんだ……そこはちゃんとしよう、お友達の一人として!)




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