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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
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6.今のでクロワッサンは完璧に消滅しました

 




 夜、夕食を食べ終わって二階に上がろうとしたところ。黒いシャツとデニム姿のヘンリーに袖を引っ張られ、振り向いた。ダークブラウンの瞳を細め、にっこりと笑う。



「メイベルちゃん。今ね、あいつ。ノアが帰ってきてるんだよ。ノア・スミスが」

「ああ、まだお会いしたことがない……ええっと、モデルさんでしたっけ?」

「そうそう。モデルで女装が趣味の。そんであいつ、男だけど女だから。そこんとこよろしくね?」



 こちらの白い長袖Tシャツから手を放し、ヘンリーが笑って二の腕を組む。その優雅な仕草に見惚れつつも、首を傾げた。



「ええっと、それは。中身が女性ということでしょうか……?」

「そうそう。好きになるのも男だし。見た目は絶世の美男子なんだけど。あちこち綺麗で」

「へっ、へぇ~……絶世の美男子さん……」



 それはちょっと緊張してしまいそうだ。ぎゅっと、両手の指を組んで握り締める。



「ノアさんはその、私とは会いたくないのかなって……」

「ん~、まぁ仕事が忙しかったみたいだね~。……会いたくないってのも、勿論あるとは思うんだけどね?」

「です、ですよね……淋しいな」



 苦く笑って、自分の足元を見つめる。もうここに来て十日以上が経つのに会えないままで。



 少しだけ寝坊して起きてきたらアレンに「ちょっと遅かったな、今ここでノアが飯食ってたのに」とか、なら頑張って早起きをして会ってみよう! と思ったらダニエルに「残念だったな……昨日夜遅くに帰ってきて一緒に酒を飲んでいたのに」とか言われてしまって。ああ、私ってば。何てタイミングの悪い…。



「まぁ、もうそろそろ会えるんじゃないのか? アレンが昨夜話していたみたいだし? ノアに」

「アレンが? わぁ、嬉しいな……またお礼を言っておかなくちゃ」



 やっぱり彼は優しい人だ。嫌いな人と重なるはずなのにこうして何かと気を遣ってくれる。何だか胸が嬉しさで弾んでもぞもぞとして、そのままにっこりとヘンリーに笑いかけてみる。



「ありがとう、ヘンリー……教えてくれて。アレンからそんな話、聞いたことがなかったから」

「まぁねぇ~、何かとデリケートな問題だからねぇ~。あいつ、不向きだろ? こういう話。伝えんの」

「そっ、それは確かに……!!」



 はっとして口元を押さえる。



「あっ、危ない、危ない。アレンに聞かれたら怒られちゃうね……」

「っふ、だね! あいつのことだから俺だってそういう気遣いぐらい出来る! って怒鳴り散らしそうだけどね~」



 悪意のある顔真似をして手をぷらぷらとさせているヘンリーを見て、ついふふっと笑ってしまう。木の香りが漂う階段の上で別れを告げ、自分の部屋へと向かった。



(あっ、そうだ。ネームプレート……何付けようかな? そう言えば新しく入荷するものがあるって言ってたっけ……)



 どこにでも売っているように見えて、どこにも無いな。無垢の木に可愛い栗鼠ちゃんがラズべリーを持っているネームプレートとか、そんなのがあるといいんだけど。



(まっ、無いか。自分で作ってみようかな……あ、良い香り)



 バルコニーへと続く扉を開けておいたので、どこからかふんわりと濃厚な甘い花の香りが漂ってくる。星の賢者が生まれた頃に咲いたとされる、“スター・アニス”だろうか? こっくりとした深い緑色の枝葉に燃えるようなオレンジ色の花房が垂れ下がり、甘くて濃厚な香りを漂わせる。



「ふふっ、確かライ叔父さんも好きな香りだったな……」



 今年の誕生日は何を贈ろうかと考えつつ、そっと扉を閉める。以前にヘンリーが不法侵入をして、この扉をハンマーで壊そうとしていたことを思い出した。彼のトラウマは根深く、そのことを考えると胸がきゅっと狭くなる。



(まぁ、みんな。色々あるよね……さてと、寝る用意をしようっかな?)



 振り返ってみると、そこには薄闇に浸された天蓋付きのベットが佇んでいた。猫足チェストにペールグリーンの肘掛け椅子と低いテーブル。床には滑らかな草花柄の絨毯を敷いた。天井から吊り下がった、星型のライトを見て笑う。



「もっともっと、色んな家具を揃えたいな……もう少し可愛いカーテンにすれば良かったかも。でもなぁ~」



 今日は部屋にある小さなバスルームでシャワーを浴びることにして、飴色のキャビネットから下着とパジャマを取り出す。ふんわりと甘い花の香りが漂う部屋を後にして、バスルームへと向かった。















 それでも、眠れぬ夜というものがあって。シャワーも歯磨きも済ませたメイベルは難しい顔をして、何度も何度も寝台の上で寝返りを打っていた。手を伸ばし、ぎゅっと握り締めてそれを見つめる。



(うーん。別に明日はお休みだからいいんだけど……でも健康に悪いし、寝たい)



 こんな淋しい一人ぼっちの夜には、様々な光景が目蓋の裏に蘇ってきて胸を揺さぶってくる。あの時ああすれば良かったのかも、とか密かな後悔に苛まれて寝返りを打つ。



(やめよう、考えたって眠れなくなるだけだから……)



 夜は安らかで、辺りは暗闇に包まれている。夜空には瞬く星が光っているのだろうか。ふと凍えるような夜風が恋しくなって、寝台から抜け出す。



(あ、そうだ……裸足で出てみよう、裸足で)



 そんなことでこの胸はわくわくと弾んでしまう。硝子張りの美しい扉を開け、ひんやりとした冷たいタイル床に足をつける。息をはっと吐いて、バルコニーの向こうに広がっている夜景を見つめた。光り輝く街並みに王宮、遠くの方には時計台も見える。パパーッと、車のクラクションが鳴った。



 頭上にはいくつもの小さな星が瞬いていて、こちらの目を楽しませてくれる。優しい月明かりがバルコニーを照らし、冷たい夜風がさらりと首筋を撫でていった。



「ううっ、さむ……もう少しで今年も終わりかぁ……あっという間だ」



 青いパジャマの上から両腕を擦って、寒々しい夜空を見上げて笑う。今夜は眠れそうにない。なら熱い温泉にでも入って夜更かしをしよう。たまにはそんな贅沢をしてみたい。
















 こんな真夜中だし、誰もいないだろうしと思ってパジャマ姿で向かってみると。



(えっ、ええっと、多分誰かいる……誰だろう?)



 脱衣所の棚に綺麗なサテン地の黒いパジャマが置いてある。でも、私だって最近は綺麗なパジャマを新調したんだから。



(恥ずかしくない……良かった! でも、あれ? これって)



 もしかしたら会ったことが無い、ノア・スミスが入っているのかもしれない。アレンは「あ? 別にパジャマにしたって死なんだろ。適当でいいんだよ、こういうのは」と言って、毛玉だらけの灰色のトレーナーとズボンを履いて眠ってるし。ヘンリーは「フランネル素材だと眠れない……!! 最近、寒いから!」と言って、くったりとした柔らかいパジャマを着て眠ってるし。



(ええっとダニエルさんは雑巾よりマシだって言って、ジャージを着て寝てるし……ハリーさんはスーツで寝てるって言ってたな。出社しやすいようにって)



 マリエルはいつも可愛らしいネグリジェを着て眠ってるし、シェヘラザードはタンクトップと短パンを着て眠っているそうだ。パン屋のフレデリックの可能性もあるが、彼はパンを作るために早くから眠っているし多分違うだろう。



(じゃあ。ええっと、やめておこうかな……でも)



 そこで、先程のヘンリーの言葉が蘇る。



『そうそう。モデルで女装が趣味の。そんであいつ、男だけど女だから。そこんとこよろしくね?』



 つまり、今ここで退出してしまうと男性扱いしていることになってしまう……。



(私だったら嫌だな、そんなの……じゃっ、じゃあ勇気を出して入ってみよう!)



 でも、いきなり初対面の人間が裸で入ってきて引かないだろうか……。抵抗があるんじゃないだろうか、それにお仕事も忙しくて束の間の休息をしていたら申し訳ない……。



(だっ、駄目だ。頭がパンクしそう。でも、これを逃すともう二度と会えないかもしれない……!!)



 疲れ切ったハリーが足元で寝そべりつつ、「まぁ、ノアは人見知りだし女嫌いだからな~。会えないんじゃないの? メイベルちゃん。一生」って言ってたし。



(それに、それに、やたらとダニエルさんが嬉しそうに俺は会えるんだけどな~! 残念だな~! って言ってくるし悲しい……)



 その後怒ったマリエルがハンドクリームを投げ付けて、ダニエルは慌ててクッションを抱えてぷるぷると震えてたけど。



(あえっ、会えないかもしれない! だいっ、大丈夫! マリエルさんも温泉で会っても嫌じゃなかったって言ってたから! ちょっとだけ頑張ってみよう、よし!)



 ぱっぱっとシャツやズボンを脱いで畳んで、木籠へとしまっておく。白いタオルで体を隠し、思い切って引き戸を開けた。



「しつ、失礼しまーす……?」



 あっ、どうしよう。こんな小さい声じゃきっと聞こえない。でも言わないよりまし、言わないよりましだから。そんな呪文を唱えつつ、お湯で濡れたタイルの上を歩いてゆく。



 頭上ではぼんやりと淡い光が灯っていて、むわっとした白い湯気が辺りを包んでいる。シャワーで体を洗っていると、ぱしゃんと音が聞こえたような気がした。きゅっと蛇口を閉めて、湯気の向こうを見つめる。



「こん、こんばんはー? メイベルです。メイベル・ロチェスター……入ってもいいですか?」



 返答は無い。でも確かにそこにいる筈だ。彼、いいや彼女が。



(怖い怖い、どうしようかな? 余計な気遣いかもしれない。でも)



 優しさは過ぎると迷惑になってしまう。相手の負担になってしまう。



 だから常に考えて、なるべく相手の立場に立って行動しないといけない。勇気と自覚がいる。一歩踏み出す勇気と、これは自分の我が儘だっていう自覚が。自分がしたくてしていることだ、これは。



(でも。……やめよう、考えるのを。誠意を持って話しかけよう。大丈夫大丈夫、きちんと説明すればいいだけの話だから)



 怖い。今まさに相手に迷惑をかけているんじゃないかなって思うと、足が一気に竦んでしまう。



(でも、私が彼女だったら悲しい。男扱いして欲しくないのになって思う!!)



 頑張れ、頑張れ。私。声を出すんだ、お腹から。



「あのっ! ヘンリーさんから聞いてます……ええっと、迷惑なら今すぐやめます! でも私、今日眠れなくて熱い温泉に浸かってぐっすり眠りたくって……だめ、駄目なら今すぐ」

「うるさい。……入るのなら入って。響くから」

「ふぁっ、ふぁい……すみませんでした」



 恥ずかしさで顔がぼんっと熱くなってしまった。そうだよね、真夜中だしご近所迷惑になるだけだよね……。しょんぼりと落ち込みつつ歩いて、熱いお湯に足の先をつける。そのままゆっくりと、しかし一気に浸かってふはっと息を吐く。



「わっ、わ~。やっぱり秋は温泉ですよね……あっ、でも夏も夏でまたたのし、」

「静かに入ってくれる? それが出来ないなら、黙って出てって欲しいんだけど」

「ふぁっ、ふぁい。ごめんなさい……黙ります」



 棘がある。一体どうしてだろう? 初対面なのに。



(でも、モデルさんだって言ってたし……騒がれるのが嫌なのかもしれない。あるよね、一人でのんびりしたいって時)



 あっ、そうだ。私が入ってきたから、ゆっくり温泉を楽しめなかったのでは……。



「もっ、申し訳ないです。私が入ってきたせいで、のんびり温泉を楽しめなかった……えっ、ええっと。黙ります。黙って上がります……!!」

「ちょっと待って、後でマリエルさんに怒られそうだから」



 そんな低い声と共に、腕を掴まれる。確かに綺麗な手だった。爪も丸くて指も長い。まるでマネキンのような白い手。



「ふぁ~……綺麗な手ですね、本当にネイルが映えそうな……あっ、そうだ。ヘンリーさんがあちこち綺麗な人だって言ってました」

「だから何? 何が言いたいの?」

「いえ、凄いなって。マリエルさんもたおやかな手をしていて、美しくって……」



 ぱちゃんとお湯の中で座って、掴まれている腕をじっと見つめる。白い湯気の向こうで彼女が溜め息を吐いて、私の手を放す。赤い跡が出来ていた。



「マリエルさんの、お気に入りって聞いてたから。アレンから」

「お気に入り……私にとってええっと、優しいお姉さんみたいな存在で」

「ふぅん、珍しい。ま、あの人が確かに。好きそうな女の子だけど」



 自分の体にお湯をかけているのか、そんな音が響き渡ってくる。でも嫌われてるみたいだし、早々に上がった方がいいかもしれない。



「すみません、私。上がりますね……ノアさんにもお会いしたし。ええっと、それじゃあもう。なるべく今後話しかけないようにしますね……!!」

「……別に、一切話しかけるなとは言ってないけど? やめて欲しいんだけど、そうやって被害者面すんの。まぁ、俺も上がろうかな? じゃあ」

「えっ、あっ、はい。すみませんでした……」



 言葉に棘はあるが、どちらかと言うと物凄く警戒しているような。そんな感じがする。



(もしかして人見知りさんなのかも……ありうる!)



 そして少しだけアレンに似ているような気がする。ぼんやりと考え込んでいると、ざばんと背後で音が上がった。振り返ってみると、そこには一人の美しい男性が立っていた。短く切り揃えられた黒髪から水が滴り落ち、黒に青が滲んだ瞳がこちらを見つめている。



「ふぅん。……裸なんだ? もしかして痴女?」

「なんでっ!? ヘンリーさんから女性だって聞いたから! だから!!」



 泣き出しそうな気持ちで声を張り上げると、青い瞳を瞠った。そして居心地悪そうな顔をして、ぼりぼりと黒髪頭を掻く。




「……アレンが言ってただけあるか。優しくて虫唾が走るような善人だって」

「むっ、虫唾が走るような善人……でも、私はそんな良い人じゃありません。とんでもなく醜い部分だってあるし……もちろん、そんな風に褒めて貰えるのは嬉しいんですけど」



 誰も知らない、私の醜さを。私がひっそりと心の内で飼っている怪物を知らない。誰もそれと目を合わせたことがない。



「でもきっと、私は貴女が思っているような良い人じゃない……今日もこうやって、その、人に迷惑をかけてばっかだし……」

「先、使うから。脱衣所。後で来たら?」

「そうして欲しいのならそうしますけど……」



 すいっと私の横を通り過ぎて、ぼそりと「変な女」とだけ呟く。ひっ、酷い……。



「あっ、アレンもそう言いますけど……私、別に変じゃないし!」

「ふーん、ま。変人ほどそう言うよね。ここのやつら全員、自分の頭がまともだと思ってるし?」

「でも素敵な人ばかりです、皆さん。アレンもこう、私のことを過大評価して良く言ってくれてたみたいだし……」



 そのまま黙って歩き、引き戸を引いてタオルで自分の体を拭く。私もその横に立って体を拭いていると、嫌そうな溜め息をこれみよがしに吐く。ああ、分かっていたけど嫌われているなぁ。胸が鈍く、ずきりと痛む。



「過大評価じゃないと思うけどね。そこまでいくと馬鹿に見えるけど」

「えっ……でもこう見えても、数学とか得意ですよ!?」

「そんなことを言ってる時点で馬鹿じゃない? くだらな」

「ですっ、ですよね……ごめんなさい」



 しょんぼりと落ち込んでいると、くるりと振り返ってじっと眺めてくる。不思議に思って見つめ返していると、おもむろに顎を持ち上げられた。流石に頬がかっと熱くなってしまう。



「えっ、ええっと。何ですか……?」

「別に。ちょっとからかってみたくなっただけ。俺、あんたと違って性格悪いし」

「そう悪くないと思いますけどね……人見知りさんなだけで」

「人見知りさん、ね……」



 何故かがっくりと肩を落とし、洗面台へと向かって濡れたタオルを絞る。じゃばっと水の音が響いた。



「そんで? いつまでぼーっと突っ立ってんの? 裸で」

「あっ! 冷えちゃう! すみません、ありがとうございます!」



 慌てて隣の洗面台でタオルを絞っていると、こちらを訝しげな顔で見ていた。条件反射でへらりと笑いかけ、寒いので棚へと向かって白いタオルを取り出す。



「明日……アレンとヘンリーと一緒にご飯を作るんです。マリエルさんの分も作る予定なんですけど……ええっと、ノアさんも食べますか?」

「内容による、かな。何を作る予定?」

「ノアさんの好きなものを。昨日、お買い物に行って食材を沢山買ってきたんです。一通り作れるので、パスタでも何でも」

「じゃあローストビーフが食べたい。ローストビーフとポーチドエッグが乗ったサラダ」

「じっ、時間がかかりますけどそれでも良ければ……」



 どうしよう、赤身肉がない。スーパーに行って買ってこなくては。



「ソースは赤ワインのソースでいいですかね……? ああ、でもヘンリーのトラウマがまた刺激されて、」

「っふ、ジョークだから今の。別に作らなくていいし、ローストビーフ。皆と同じでいいや」

「ひっ、酷い。またからかったんですね、私のこと……」



 変だって言われるし、変だって。拗ねた気持ちでくちびるを尖らせていると、また低く笑う。



「何歳? 子供っぽいって言われない? お子ちゃま」

「おこっ、お子ちゃま……でもよく言われます、二十五歳です……」

「ふーん、そ。俺の二つ上かぁ~」

「えっ? じゃあ二十三歳ですか……?」



 パジャマのボタンを閉めつつ振り返ってみると、にっと悪戯っぽい笑みを浮かべた。白い肌は透き通っていて、睫が長い。あと顔が物凄く小さくて全体的にほっそりとしている。



「子供っぽいよね、メイベルちゃん。俺の年下に見える」

「さっきから酷いな、もう……いいよ、もう。敬語もやめちゃうから……」



 仲良くなろうと思ったけどやめる。やっぱりやめる。私はそんなに良い人じゃない。眉を顰めて脱衣所のドアを開けると、背後に立って笑う。



「まぁまぁ、ごめんね? 悪気は無かったからさ。ただ思ったことを口にしただけで」

「いいよ、もう……気にしてることなのに。あと明日の朝ご飯、作りません。一気に仲良くしようという気が失せてしまったので、もういいです……私のことは放っておいてください」

「う~ん、俺も素直じゃないからさ? そんなことを言われると余計に構いたくなっちゃうかも」



 とんとんとんと、階段を降りながら「性格が悪いな」と呟く。それなのにまた笑って言うのだ。



「やっぱりお子様じゃん、メイベルちゃん。まぁ、これからよろしくね? あとやっぱりクロワッサンが食べたいんだけどある?」

「私が一人で五つ食べる予定なのでありません……!!」

「え~? 太るよ、それ。ってかそれ、明らかに俺への嫌がらせだよね……? ごめんね? お子様だって言って。お子様だって」

「二回も言った、二回も……!! ありません! クロワッサンは今ので完璧に消滅しました!」







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