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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第三章 春を楽しみ、夏に思いを馳せ
67/134

13.膨らんでゆく想いと人魚のショー

 





「ふぁ~……朝焼けの海、見たかったー!」

「悪いな、メイベル。俺がお前を抱え込んで、寝たばっかりに……」



 赤と白が可愛い窓枠(窓とは言っても、ガラスは嵌め込まれてないけど)にしがみついて、そう叫べば、隣に座るアレンが落ち込んだ表情で黒髪を掻き、大きく「は~あ」と溜め息を吐いた。窓の無い、二階建て観光バスから見えるのは、赤と白のレトロな街並みで、至るところに黄色い薔薇や白百合、マーガレットが咲き誇って、行き交う人々の目を楽しませていた。風も爽やかで気持ちがいいし、今日は絶好の観光日和!



 白地にひまわり柄のワンピースを着たメイベルが、白い帽子のつばを押さえ、隣のアレンを振り返る。今日のアレンは珍しく、紺色Tシャツの上から、白と青のストライプジャケットを羽織っていた。爽やかで、リゾート地にぴったりの服装だった。



「ううん、その、私もごめんね? 何か、あんまり記憶が無くて……」

「寝ぼけているお前も可愛かったぞ、ほい」

「写真!? いつの間に撮ったの!?」

「俺が先に目を覚ましたからなぁ。いや~、お前の寝顔写真は四枚しか持ってなかったから、ちょうど良かった。ウィルにも送ってやらなきゃだな。この旅行から帰ってきたら、会う約束してるし」

「えっ? そ、そうなの? じゃあ、シェアハウスに呼んで」



 ちょっと気恥ずかしい思いで帽子のつばを押さえ、手元の写真を眺めていると、アレンがふっと手を伸ばして、私の帽子を上から押さえ、何らかの魔術をかけてくれた。ふわりと空気が揺れ動いて、熱波のような魔力が立ち昇る。



「飛ばないようにしておいたから、それ。あと、折らないように気をつけてくれよ? ウィルにやる予定だから、その写真」

「ウィル、喜ぶかなぁ~……?」

「喜ぶ、喜ぶ。俺だったら貰って嬉しいし。あっ、ヘンリーもいるか?」

「いや、いらないかな……」



 前の座席に座っているヘンリーが腕を組んで、少し青ざめた顔で断った。今日のヘンリーは暑いのか、カンカン帽を被って、ベージュ色シャツの上から白いリネンジャケットを羽織っていた。何か避暑地の貴族みたい……。うっかりそう褒めそうになって、口をつぐみながら前の座席にしがみついていると、アレンが「何だよ、何でいらないんだよ?」とぼやき出す。



「あのさぁ? メイベルちゃんの写真が欲しいの、そもそもの話、そのシスコン弟とアレンだけだからね? 分かってる?」

「いや、だが、ノア? マリエルは欲しいって言ってたぞ? 撮ってきてくれる? って俺に頼んできたぞ!?」

「……いや、頼むまでもないと思うんだけどなぁ」

「ははは、だね……マリエルさんのことだから、からかい半分で口に出した可能性があるなぁ」



 美しい、白のレース襟付きの紺色ワンピースを着たノアを見つめ、ヘンリーが苦笑を浮かべる。すごく綺麗なのに、ノアが乱暴に舌打ちをして、麦わら帽子を被り直した。本当に、夏のバカンスを楽しんでいる美女にしか見えない。ほれぼれと、前の座席に座ったノアに見惚れていると、少し離れた横の座席に座っている、フレデリックとハリーが声をかけてきた。フレデリックはシンプルに黒いシャツを着て、ハリーはでかでかと灰色のネズミがプリントされた、奇妙なグリーンのTシャツを着て、カンカン帽を被っている。



「おーい、お前らー。次のバス亭で降りるからなー?」

「ソフトクリーム、ソフトクリーム体験!!」

「いや、それを言うのなら乳搾り体験だろ……。牧場はまだだし、今日はこれから人魚を見に行くんだって」

「おい、おっさん。お前も間違ってるぞ。正確に言うと、人魚もいる水族館だっての!」

「うるさいなー。いちいち揚げ足を取るなよ、アレン。お前なぁ」

「あ?」

「ほ、ほら? アレン。景色もいいし、見ようよ……」



 私が焦ってアレンの肩を叩くと、すっと苛立った表情が剥がれ落ちて、柔らかい微笑みを向けてくれた。一瞬だけ、どきりとしてしまう。硬直していると身を乗り出して、「いいな。こういうところも。たまには」と呟いた。



「こういうところもなぁ、住んでみたいな。一生に一度ぐらいは」

「だ、だね……リオルネも綺麗だけど、海は無いし。郊外には森もあるけど」

「今いち水辺が無くてつまらないんだよな、リオルネは。……そうだ、夏になったら二人で海にでも行くか?」

「い、いいね! 行ってみようか。でも、またバニラちゃんが悲しんじゃうね……」

「じゃー、あいつも連れて行くか。面倒だけど」



 あれ、バニラちゃんも連れて行くんだ。もやもやしていると、すかさずヘンリーがばっと振り返って、「俺達が見てるから、二人だけで行ってこい!!」と言ってくれる。ノアもそうだそうだと言わんばかりに、美しい眉を寄せて頷いていた。



「それじゃあ、まぁ、二人で行くか。どうする? 泳ぐか?」

「あー、えーっと、でも、ちょっと恥ずかしいし、体型にも気を使わなきゃいけないし……」



 と言ったところでヘンリーが青ざめ、ぶんぶんと首を横に振った。アレンがいぶかしんで「あ? 何だよ、ヘンリー。喋れよ? 顔芸すんなって」と声をかける。ど、どうしよう? これは、これは、もしかしてビキニを着なくちゃいけない感じなのかな……!? で、でも、恥ずかしいし、えーっと、えーっと。



「およ、泳ぎたいかな!!」

「……ヘンリーに言わされてるだろ、それ」

「でも、メイベルちゃん。海で泳ぐの好きだって、そう言ってたよね? アレン、付いてってあげれば?」



 ノアが手に持った、パッションフルーツジュースをストローでかき混ぜながらそう言うと、アレンが真剣な顔で頷き、「それはそのつもりだよ。今日も付いて行くつもりだよ」と返した。ヘンリーがどうしてか、白けた顔ではんと鼻を鳴らす。



「はーい、到着ー。降りるぞー、アレン。メイベルちゃんに手を貸してあげてくれ」

「言われなくても。あと、ヘンリー? 何だよ、この間から。変だぞ、ずっと。お前」

「それは、アレンだけには言われたくないかなぁ~……」

「あ? 俺が一体、いつ変になったんだよ?」

「現在進行形で変だし、メイベルちゃんが来てからずっと変でしょ」

「どこが?」

「……そこが?」

「分かるように話せ、お前ら。省かないで」

「……」

「おい」





 向かった先で現れた水族館は、世界最大級のスケールらしく、まるで白い宮殿のようにそびえ立っていた。「わぁ」と感嘆の息をもらしながら眺め、青と白のタイルが敷き詰められた広場を歩いていると、ハリーが「あっ!」と声を上げる。見てみると雨で汚れた、人魚と人魚の王の銅像が佇んでいた。



「撮ろうぜ!? なぁっ、なぁ!?」

「やかましい! 社畜が!! いや、元か。お前のあだ名、今日から元社畜で決定な!」

「どうしよう? アレンのシャツで涙を拭い取りたくなってきたんだけど? 俺」

「そんなことをしてみろ、お前。俺が魔術でこてんぱんに────」

「はいはい! こんなところに来てまで揉めるなよ、アレン!? ハリーもハリーで、シャツの裾を引っ張っていないで、」

「じゃあ、ヘンリーが撮ってくれないか? 俺のことを」

「……みんなで記念撮影しような、ハリー?」

「うん、分かった!!」



 フレデリックが「そういうことなら、俺が撮るよ」と名乗り出てくれたので、お任せして、みんなで銅像の前に並ぶ。その時、ヘンリーがさり気なく私の肩をとんと押して、アレンの方へと追いやった。びっくりしてつんのめっていると、アレンがすかさず肩を支えてくれて、「大丈夫か?」と至近距離で聞いてくる。まつ、睫がすごく見える!! 触れてしまいそう。



「だっ、だだだだだ大丈夫だから……ありがとう!!」

「おう。……何で撮ってるんだよ、おい。おっさん」

「いや、これはシャッターチャンスだろ……」

「やばい。俺、今、目ぇつむってたかも。ヘンリー」

「また撮って貰えればいいだろ。フレデリックさーん、次代わるので……」



 何枚か写真を撮ったあと、券売機に行ってチケットを買いに行く。入ってすぐに、幻想的な青い光に包まれた。見上げてみると、青い海が天井に薄く広がっており、陽に煌いて揺れ動いている。その中を人魚が泳いで、細い腰をくねらせ、シャンデリアの間を縫うようにして泳いでいった。よく見てみると、小魚の群れや、エイやマンタもゆったりと泳いでいる。すごい! ここがまるで、海底みたい……!! 綺麗。「ほわ~」と息を吐いて、見惚れていると、アレンがおもむろに私の手を握り締めてきた。



「見惚れてはぐれるなよ、おい」

「あっ、うん。ねぇ、アレン? あの人魚さんは本物なの? 何か透き通っているんだけど……」

「まぁ、魔術だろうなぁ。ここの売りは人魚だからな。パフォーマンスの一種だ、パフォーマンスの一種」

「この幻想的な光景見て、それって。そんなこと言うから、彼女に振られるんでしょ」

「あ? てめぇ、女の姿形をしてなかったら、後ろから蹴りを食らわせてたぞ!? おい、こら! 聞いてるか!? ノア!」



 ジュースの空き容器を握り締めているノアが眉を顰めて、こっちを振り返った。



「俺、ヘンリーとフレデリックさん達と回ってくるから。アレンはメイベルちゃん、よろしく」

「「よろしく~」」

「あ? いや、別に、それはいいんだが。お前ら……!?」



 アレンが動揺して手を伸ばすと、すかさずお利口さんな顔をしたハリーが手をぎゅっと握り締め、「大丈夫。俺はもう、お前の幸せを祈れるようになったから。存分に楽しんでおいで?」と言い、アレンがさらに動揺して、「あ、ああ。ありがとう……」と返す。遠ざかっていく四人の後ろ姿を見て、首を傾げた。



「何なんだ? あいつら……この間から本当に一体」

「えーっと、私と二人きりじゃ嫌? その、アレンは」

「いや、別に。ただお前、アホみたいに集団行動が大好きだろ? よく頭が沸いた顔で、みんなと一緒の方が楽しいよねー!! って言ってるじゃん?」

「ん、んん……あの、今はアレンと一緒の方が楽しいかな!」

「まぁ、あいつらもうるさいしなぁ。写真撮影に熱中出来ないしなぁ」

「ばっちり持ってきてるんだね? その、いつものカメラ……」



 アレンがどことなくうきうきとした様子を漂わせ、カメラをしっかり両手で持って、すたすたと歩いてゆく。ど、どういうつもりで私のこと、撮ってるんだろう? 毎日毎日、いつもいつも。でも、そんな些細なことが怖くて聞けなかった。どうしてだろう? 別に大したことないのに。



「お~。そうか、ここ、魔生物も展示されてるんだな」

「不思議だね、これ……レースのひれが生えてる」

「幻想的っちゃあ、幻想的か。ちなみにこれ、サメに食い千切られるらしい」

「えっ? サメに……?」



 繊細に透き通っている、レースのひれを持った大きな青い魚に、宝石で出来た宝石魚の群れ。どれもこれも目に眩しくて、色とりどりの光を放ちながら、目の前を通り過ぎていった。



「クラゲー。大量にいるな……よし、写真でも撮るか。ここで!」

「も、もう早速? 別にいいんだけど……」

「笑えよ、メイベル。ほら。いつもみたいに可愛くさ?」



 ぷよぷよと浮かんで上下している、クラゲの水槽の前に立って、小さく笑みを作る。アレンが青い瞳を細めて「大丈夫、大丈夫。可愛いから」と言ってくれたけど、どうしたらいいのかよく分からない。このままでいいんだろうか。でも、何が? よく分からない感情が胸の内で渦巻いていって、私の心臓に巻きつき、脈を乱してゆく。アレン、本当はどう思ってる? 私のこと、ライ叔父さんが好きだって、そう言ったことも。



(あの醜さを、アレンは一体どう思っているんだろう……?)



 青い水槽と白い大理石で彩られた、宮殿のような水族館は薄暗く、私が転ぶと危ないからと言って、手を繋いでくれた。途中で売られていた、熱々の苺チョコドーナッツに、ラズベリーとチョコジェラートが乗せられたものを頼んで、スプーンで掬い上げ、口へと運ぶ。うん、美味しい。緊張して、喉がからからだったけど、ちょっとだけ潤ったかも。アレンが横から、小さいドーナッツをひょいと持ち上げて、口へと放り込んだ。さっき、私も食べてみたけど、さくさくふわふわですごく美味しかった。卵の味がする生地と、苺チョコの甘酸っぱさが綺麗に溶け合っていて。



「人魚、この先か? あっ、あいつらが俺らを見て……おいおいおいおい、なんで逃げて行くんだよ!? あいつら! あっ、ハリーのやつ! 舌を出して、俺のこと馬鹿にしやがって!!」

「だっ、だめだよ。こんなに混んでるのに、走って追いかけちゃ……」

「あとでぶん殴ろう、あいつ。くそっ!! 会社をやめて変わったかと思えば、一緒なのかよ」

「でも、淋しいんだよね? アレンは。前のハリーの方が好きだったんでしょう?」



 不思議に思って聞いてみれば、ものすごく嫌そうな顔で口元をひん曲げた。だ、だめだったみたい。聞いちゃ……。



「いいから行くぞ、人魚見に。十二体いるらしいぞ、この先に」

「十二体も……!?」



 足場も天井も水槽になっている、巨大ホールで行われた人魚ショーは圧巻で、息をするのも忘れるほどだった。カラフルなライトが当てられ、すぐ目の前を美しい人魚が通り過ぎていき、こちらにウインクをしてくる。鮮やかな赤やエメラルドグリーンの鱗と長い髪に、豊満な肢体。ついうっかり「いいなぁ~」と呟けば、すぐさまアレンが「そうか? 俺はお前の方がいいと思うけどな」と言ってくれた。た、確かにノアの言う通り、貧乳好きなの……!? 


 少し複雑な気持ちになって、自分のぺったんこな胸を見下ろす。で、でも、コンプレックスを感じている場合じゃない! せっかくの人魚ショーだし、楽しまなきゃ! 慌てて顔を上げて見てみると、すぐ目の前で人魚が金髪をなびかせて踊り、腰をくねらせていた。その激しいダンスに見惚れていると、中央にいた何人かがすうと息を吸い込み、胸に手を当てる。



 その途端、響いてくるのは甘く、美しい歌声。目を見開いて、その透き通った歌声に耳を澄ませる。甘く、柔らかく、あちらとこちらを隔てている壁なんて無いかのように、私達を愛おしく見つめ、高らかに甘美な歌を歌い上げる。



「綺麗、すごい。響いてくるね……歌声が」

「船乗りを惑わせたとか、何とか言われてるけどなぁ……分かる気がするな、これは」

「えっ」



 人魚の歌声は艶かしく、嫌でも耳の奥に入り込んでくる。鼓膜に纏わりつくような甘い歌声は、どこか頬を熱くさせた。古来から男性の心を惑わせる、とそう言われている人魚の歌声。言いようの無い不安が雨雲のように、もくもくと湧き出して、胸の奥底に溜まっていった。二の腕を組んで、一心に美しい人魚を眺めているアレンの横顔を見て、喉が詰まる。



「あ、あの……」

「ん? まぁ、お前の方が綺麗だけどな!」

「えっ!? それは言い過ぎじゃない!? 私、あんなに綺麗な顔と体じゃないし!」

「そうか? あれよりも、綺麗な体と顔だと思うけどなぁ。俺は」



 頭がぐらりと揺れる。首筋が火照ってゆく。ああ、どうしよう? もう少しだけ、もう少しだけそんな甘い言葉に酔い痴れていたい。勇気を出して、アレンの腕にそっと手を添えてみる。



「あ、あの……!!」

「どうした? 気分でも悪くなったか?」

「え、ええっと、その、むか、昔に不細工だって、そう言われたことを思い出しちゃったから、もっと褒めて欲しいなぁって、」

「そいつの住所と氏名は? 俺が直々に眼球を交換してやろう。頭も目もおかしいな、そいつは」

「えっ? あ、あの、だ、だからその、褒めて欲しいんだけど!?」

「綺麗だよ、メイベルは。どこの誰よりも」



 嘘を吐いちゃった。どうしよう? アレンに褒めて欲しくて、嘘を吐いちゃった。でも、罪悪感よりも胸を占めるのは、甘い喜びで酷く戸惑ってしまう。揺れている、何かが大きく。



「あり、ありがとう。アレン……私、アレンのそんなところが好きだなぁ。いつもいつも褒めてくれるところが」

「まぁ、思ってることを口に出してるだけだし、別に……」

「こっ、このあとの牧場も、海もその、楽しみだね……!!」

「黒のラッシュガード。ちゃんと着ていけよ? 分かったな?」

「は、はい。お母さん……」

「お母さん」

「ご、ごめん! つ、つい言い間違えちゃって!!」

「別にいいんだけどな、別に……はーあ」






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