8.余計なことしかしないんだ、こいつは
さぁ、海外旅行の準備だ。
(とは言ってもええっと、ミッシェル島に行くことしか決まっていないから)
みんなでBBQをしたり、海で泳ぐことはもう決まっている。そんな訳で早いけど、チェストから水着や服を引っ張り出して、トランクの前で広げてみる。
「おい、それ、ノースリーブだけど。寒いんじゃないのか?」
「……アレン」
「ノックしたけど、返事が無かったからそれで」
慌てて見られて困るような服を隠していると、アイスを食べたまま、片足ですねを掻いて立っているアレンが眉を顰めた。もう暑いのか、黒いTシャツに短パンを履いている。そんなアレンが、きちんと口からスプーンを放して見下ろしてきた。
「カーディガン持って行けよ? ちゃんと」
「あっ、うん。あの、今、何持って行こうかな~って、楽しく広げてるだけだから……」
だめだ、ここにお母さんがいるとちょっぴり大胆な服も持っていけない。せっかくのビーチなのに!
(それにみんなもいるし、ちょっとぐらい、羽目を外して遊びたいんだけどなぁ)
でも、アレンがそんなことを聞いちゃうと「おい、危ないだろ!? やめておけよ、一夏のアバンチュールだなんて!」って言って怒り出すから。そんな気は無いんだけど、言ってもきっと信じてもらえない。私がきゅっと、ノースリーブのワンピースを握り締めて黙り込んでいると、厳しいお母さんみたいな顔つきで、片方の眉をちょっとだけ上げた。
「お前な……弟が以前、姉さんが夏だからって言ってノースリーブのシャツやらニットやらを着て行って、腹を壊したって、」
「えっ? アレン、その、ウィルから一体いつも何を聞いてるの……!?」
「色々と? まぁ、全部。そんなことより今日、風呂は? ヘンリーやハリーが、メイベル入ってこいってうるさくてな」
「あっ、うん。ごめんね……じゃあ、入ってこようかな!」
「片付けとくから、ここ。俺」
「う、うーん……」
でも、ここで断ると悲しそうな顔をして「そっか……」って呟くからなぁ。よし。気持ちを切り替えて立ち上がり、アレンの顔を見てにっこりと微笑む。
「じゃあ、お願いしようかな! ありがとう」
「いや、別に。ああ、そうだ。お前のシャンプー詰め替えておいたから」
「あっ、ありがとう……」
どうしよう? どんどん駄目人間になってゆく。最近ではアレンが歯磨き粉も買ってきてくれるし、歯ブラシの消毒もしてくれるし。胸がぎゅうっと狭くなった。いずれ、アレンがここから、急に引っ越す可能性だってあるんだし。
「あの……有難いんだけど私、いずれアレンがいなくなっちゃった時に何も出来なくなって、」
「あ? 別にいなくなったりしないけど?」
「で、でもさ……」
私の服を一枚一枚、丁寧に拾い上げながら「んー?」と言って聞き返してくれる。アレンは最近、本当に雰囲気が柔らかくなってきた。ハリーも「今日は六回しか怒鳴らなかったな!」って昨日言ってたし。
「アレンだって、いつかはその、結婚して出て行くかもしれないんだし……」
「当分その予定は無い。よって気にするな。甘やかされとけ、俺に」
「あっ、う、うん……?」
何故か神妙な顔で、私の頭をぽんぽんと撫でてきた。一気に頬が熱くなる。きっと、バニラちゃんと同じ感覚でしているんだろうに。
「えっ、えーっと、ありがとう! じゃ、私、入ってくるね……!!」
「おう、行ってら。転ぶなよ」
「こ、転んだりしないよ……」
「先月転んでたから。それで」
「そうだったっけ? 行ってきまーす」
「んー」
アレンは記憶力が良いなぁ、本当に。海外旅行に思いを馳せ、うきうきしながら浴場へと向かう。
(何しようっかな~、どこに行こうかな?)
目指すは花とフルーツの島国。新婚旅行先としても人気で、風光明媚な街並みと長閑に広がる花畑が有名だ。
(あとでみんなと相談しよっと! 楽しみ、楽しみ~)
「なぁ、みんな。そろそろ、あの二人をどうにかしなくちゃいけないと思うんだ……」
「どうしたんだ? ヘンリー。そんな深刻そうな顔をして」
俺が口いっぱいにポップコーンを頬張っていると、横に座ったフレデリックが不思議そうな顔をして問いかけた。ソファーに座っているヘンリーが重々しい顔つきで、ゆったりとフレデリックを見つめる。暑けりゃ脱げばいいのに、丁寧に白いシャツの袖を捲り上げて、きっちりボタンで留めていた。
「なぁ? ハリー、フレデリックさん。時間も無いから手短に話すけどさ?」
「うにゅうん?」
「お~、よちよち。ちょっと待っててくだちゃいね~? バニラた~んっ」
「にゅうっ」
「時間も無いんだろ? 早く話せば?」
「もふ、もふっ」
今はメイベルちゃんもお風呂に入ってていないし。何かと鋭い目つきで睨んでくる女子連中もいないし。アレンは知らない。多分、お祈りでもしてる。ヘンリーが渋々、バニラたんを抱えながらこちらを見てきた。
「あの二人をさ? そろそろくっつけなくちゃなぁって」
「ええ~? そもそもの話、俺達でメイベルちゃんの誤解を固めまくってきてるし、」
「いいね! それ!! ひゃっふう!!」
俺がばっと両手を上げて賛成すると、何故か二人とも、心底ぞっとした顔をして見てきた。何でだよ? 喜ぶべきところなのに、ここはさ。
「俺はもう、生まれ変わったんだよ……改心して、これからは二人が幸せなカップルになるよう尽力して、」
「怖い、怖い……」
「あー、ハリー? いや、もう、俺は別にそれでもいいんだけどさ」
俺がさっき食べていたひよこ豆のチップスを摘み上げ、フレデリックが難しい顔でぱくりと食べる。ヘンリーが白けたような表情を浮かべ、「フレデリックさんは賛成なんでしょう? 以前から、余計なことばっかり言って……」と呟いた。確かにこの人、余計なことしか言わないよなぁ。駄目だと思う、ああいうの。
「今さら、んぐ、俺達が頑張ってさ? くっくつかな、あの二人」
「それをどうにかするんですよ……旅行ですよ!? 二人とも、いつもとは違う気分になって」
「なる? なるかな?」
「いや、ならないだろ。ならない、ならない。絶対ならない」
ヘンリーを見てみると、ものすごく嫌そうな顔で動きを止めた。分かってるじゃん、ヘンリーもさ。俺も腹が減ってきたので(とは言っても、さっき食ったばかり)、キャラメルポップコーンとアーモンドと胡桃を一気に取って、がっと口の中に入れる。途端に、バターの香ばしい匂いとキャラメルの甘さが広がった。うん、うまい。がりごり食べていると、二人がまたぞっとした顔で見てくる。みんな、喜んでくれないんだなぁ……。俺が元気になっても。
「ま、まぁ、とにかくもですよ! ダニエルさんからもそろそろって、そうせっつかれてるし、この海外旅行で何としてでも、」
「何でそこでダニエルが出てくるんだ? さては裏切り者だな、裏切り者」
「もふっ、もふっ!」
「ぶれっぶれじゃないですか、主張が……どっちかにしてくださいよ」
「ごっめん、嫌がらせ」
「叩き出しますよ、ここから」
「ふぅー!!」
ふざけて肩にしがみついてみると、フレデリックが平然とした顔で、俺の手をばしっと叩き落とした。えっ、酷い。アレンなら、何だかんだ言って叩き落としたりなんかしないのに! そんなことを主張すると、ヘンリーが哀れっぽい顔つきで「そうだな? でも、お前は覚えていないのかもしれないけど、さっきも蹴られていたんだよ」と言ってきた。そうだっけ? 頭を撫でて貰ったような気がするんだが。
「とにかくもです!! 計画を練りましょう! 計画を! あの二人をカップルにしましょう!」
「なるほど。途中であの二人だけ、ホテルで同じ部屋に泊まるんだな?」
「うわ、いきなり生々しくなった……」
嫌ならそんなことをしなきゃいいのに、ヘンリーが青ざめて口元を押さえる。気の毒になってしまったのか、フレデリックがぽんとその肩を叩いた。
「それじゃあ、よし! やってみるか! あの二人が死ぬほどすれ違ってるのも、見ていて腹が立ってきたしな」
「アレン、引っ越したら俺、一人で寝るのか……嫌だなぁ、もう」
「自立しろ、自立」
「あっ、じゃあ、俺が一緒に寝てあげようか?」
「いや、いいかな! それは! 気持ちだけ受け取っておくよ。ありがとう、ハリー。親切にしてくれて!」
やたらと爽やかな微笑みを浮かべ、拒絶してきた。くそっ! いいもん、ダニエルさんがいるから! 昨日も枕を並べて一緒に寝た。でも、他人がいるとよく眠れないのか、目の下にクマを作ってた。今はもうぐっすり寝てるはずだ。
「よしよしよし、よし……俺も新しくなったし、張り切って恋のお手伝いをしちゃおうかな!? いやぁ~、善行がはかどるなぁ~!!」
「怖いから……怖いからやめてくれよ、ハリー」
「いいじゃん、好きにさせておこうぜ? その方が滅茶苦茶になって面白そうだし!」
「フレデリックさん……あーあ、どうしよう? なんでアレンも、あんなに変になっちゃったんだろうなぁ……」
ひっそりと嘆息して、ヘンリーが真っ赤なハーブ酒を煽る。でも、貴族っぽい。言うと頭がおかしくなるから、絶対に言わないけど!
「俺っ、もっと楽しみになってきた~! 向こうで何しようっかな~!」
「頼む、余計なことをせず、じっと同じくしてくれたら、それだけでもういいからさ……!?」
ヘンリーが縋るような目つきで頼んできたけど、無視をした。俺だってやれば出来る子、いい子だもん!
(よし。今月の目標、海外旅行先で奮闘して二人をくっつける! よっしゃ!!)




