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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第三章 春を楽しみ、夏に思いを馳せ
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7.新しくなったハリーと周囲の困惑

 




 め、目玉焼きがくっついていて上手くよそえない。白い花柄エプロンを着たメイベルがフライパンを片手に苦戦していると、紺色スーツ姿のハリーがやってきた。



「俺、やろうか?」

「あ、じゃあ、お願いしようかな……ハリー?」

「ん? おはよう」



 こちらを不思議そうな顔で見下ろしてくるハリーが、どことなくさっぱりとしていた。ヘンリーの髪よりもぐっと明るい茶髪は整えられ、へーゼルナッツみたいな色合いの瞳は澄んでいる。まじまじと見上げていると、私の手からフライパンを取り上げて、目玉焼きをつるんとお皿によそい始めた。



「一、二、三、四と……あれ? これだけ? 他は?」

「えっと、今日はアレンとシェラと、ダニエルさんだけだから……」

「メイベルちゃんの分は? ある?」

「あっ、私の分はいいの。今日はオムレツの気分だったから……アレンが作ってくれて。ほらっ」



 横に置いてあった黄色いオムレツに、マッシュルームと牛挽肉が入ったトマトソースが添えられたものを持ち上げると、ハリーがちょっとだけ呆れたような顔をして「あー、はいはい」とだけ呟く。



「だよね? アレンだもんな~」

「う、うん。あの、ハリー? 今日はもしかしてお休みなの……?」

「いや? 今日も仕事。初出勤」

「初出勤」



 もしかして、今日のハリーは新社会人の気分でいるとか……? とりあえず色々と聞くのも申し訳ないので、「そうなんだね」と返しておく。



「おーい、メイベル。バニラがめちゃくちゃ拗ねてるから、あとで構ってやってくれ」

「にゅう」

「おっ? なんだよ? 来たのかよ?」



 このところお留守番続きで不機嫌そうなバニラちゃんが、「にゅう」と鳴いてアレンの足先にどんと、お尻を乗せて座る。すぐさま眉を顰めて、ひょいっと抱き上げていた。



「おはよう、アレン」

「あー、おはよう。メイベル、俺がやろうか? あとは何が残ってる?」

「スープをよそうだけかな?」

「じゃあ、俺がやっておくよ。メイベルちゃんはバニラたんを構ってあげて」

「にゅうっ」



 いつになく動きがきびきびとしているハリーが、後ろの食器棚から人数分のお皿を取り出して、お鍋の前へと移動する。不思議に思って眺めていると、アレンがじっとこちらを見てきた。今日は白いニットを着ていて、バニラちゃんをしっかり腕に抱えている。



「どうした? メイベル。昨夜はよく眠れたか?」

「うん。あの、アレン? ハリーがいつもと違うような気がするんだけど……」

「あ? 別に一緒だろ。頭にキノコも生えてない」

「頭にキノコ?」

「たまに生やしてる時があるからなぁ。公園で毒キノコ食ってきやがって、以前」

「変身キノコだよね? それって。だ、大丈夫だったの……?」

「病院連れてって胃洗浄。大丈夫だった。行くぞ」

「にゅう」



 そ、それって大丈夫って言うのかな? アレンがこちらを振り返りもせずに、不満そうなバニラちゃんを抱えてテーブルへと向かう。慌てて追いかけて行ってみると、ちょうど、白いシャツを着たダニエルがフォークやスプーンを並べているところだった。



「メイベルは……いつもの席だよね?」

「あっ、はい。今日はマリエルさんもノアもいないので」

「珍しく静かだな、今日は。シェラー? それは」

「大丈夫……炭酸水だから、これ」

「……ならいいが。ワインボトル以外で飲めよ、お前。紛らわしいな」



 お酒の香りを楽しむためなのか、椅子に座ったシェヘラザードがワインボトルに炭酸水を詰め込んで、直にぐびぐびと飲んでいる。その隣に腰かけると、アレンがすかさずバニラちゃんを手渡してくれた。まだまだふんにゃりと柔らかい、白い毛並みを持ったバニラちゃんを抱き締める。



「バニラちゃんも大きくなってきたね~? 淋しいっ!」

「にゅうん」

「もう一匹飼うか? 子猫」

「やめ、やめておいた方がいいよ……」



 ダニエルが青ざめてそう言うと、ハリーがやって来た。手際良く、目玉焼きと分厚いハムステーキとハーブサラダが乗ったお皿を並べ出したハリーを見て、ダニエルがちょっとだけ変な顔をする。



「ええっと、ハリー……?」

「ん? どうかした? あ、プチトマト苦手だっけ? ごめん」

「い、いや、大丈夫だから。そうじゃなくて」

「おい、ハリー? メイベルの分は?」

「オムレツがあるからって、そう言ってたから持って来なかったんだけど?」

「は? 気が利かねぇな。俺が持ってくる!!」

「行ってら~……」



 アレンの後ろ姿を見送ったあと、どこか物言いたげな一同を見回して「ん?」と不思議そうに首を傾げた。



「あれ? 俺、ネクタイでも緩んでた? おかしいな……」

「ハリーがええっと、きびきびしてるから、どうしたのかなぁって」

「ああ、今までの俺は随分と頼りなかったからね……」

「おい、一体どうした? 今度は森で変な肉でも食ってきたのか?」



 訝しげな顔をして、私の分を持ってきてくれたアレンを見つめ、ハリーが苦笑いを浮かべる。



「いやいや、拾い食いなんてしないよ? そんなおかしな真似はもうしないことにしたんだ」

「おいおいおいおい……突然、まともな人間みたいなことを言いやがって。分かった! お前、とうとうクソ上司を毒殺したんだな?」

「俺がそんな犯罪を犯す訳ないじゃないか。一体どうしたんだい? アレンは」

「うわ、背筋がぞっとした……えっ? 大丈夫か? 頭。お前」



 しんと辺りに沈黙が訪れる。ハリーは周囲を見回して、「あれ?」と呟いて不思議そうに首を傾げていた。



「ええっと、俺、とりあえずスープ皿を持って来るね?」

「あ、うん。お願いします……」

「お、おう……」



 ど、どうしちゃったんだろう? 本当に。膝の上でごろごろと、喉を鳴らして寛ぎ出したバニラちゃんを撫でて、シェヘラザードと顔を見合わせる。



「今日は叫ばないし、泣かないし、床も這いずり回ってないね……? 大丈夫かなぁ、ハリー」

「普段が死ぬほどおかしいんだよ、あいつは。何か見た目も普通の人間になってるし」

「ああ……スーツも綺麗だったね」

「分かんない。もしかしたら、一週回ってまともになったのかもよ」



 シェヘラザードが黒髪を揺らしながら、フォークでハムステーキを突き刺す。あっ、そうだ。私も食べなきゃ。慌てて食卓に置いてある木の籠から、いちじくと胡桃が練り込まれたパンを取って、まずはバターを塗り広げて食べてみる。ふわりと、硬くもっちりとしたパンにバターの香りが合わさって、甘酸っぱいいちじくがじゅんわりと広がった。美味しい……。



「だとしてもだ、シェラ。大丈夫か……? あいつ」

「あ、あれかな? 職場で誰かに酷い嫌がらせをされてるとか……?」

「お待たせー、スープ持って来たよー」

「お、おう。ありがとう、ハリー」

「えっ!? アレンが俺にお礼を言っただと!?」



 ハリーが焦ってじっとアレンの顔を見つめ、「もしかして、熱でもあるのか……?」と聞いたからか、「解せねぇな!!」と言ってアレンが()()()()、ハリーの足を蹴り飛ばす。



「あいたっ!? お前、アレン! その年にもなって人の足を蹴るなよ……痛いじゃないか」

「お、お前、まさか、自殺でも図る気なんじゃ……?」

「何で? ねぇ、メイベルちゃん。今日のアレン、おかしいんだけど?」

「えっ、ええっと、アレンはいつも通りだと思うよ……?」

「ハリー、悩みごとでもある?」



 もちゃもちゃと、ウサギのようにサラダを食べているシェヘラザードから聞かれ、苦く笑って首を横に振った。



「俺、実は転職したんだよね。だから」

「えっ!? そうだったの!?」

「だからって変わりすぎだろ、お前……怖いな、もう」



 私の隣に腰かけたアレンがふうと溜め息を吐いて、肘を突く。ちらりとこちらを見てきたので、何となく手に持っていたパンをあげたら、そのままもぐもぐと食べていた。同じく、向かいに腰かけたダニエルが微妙な顔をする。どうしたんだろう?



「イチャイチャしてるなぁ、相変わらず二人は。まぁ、いいか。チーズ工場に転職したし、これからはきちんと、みんなの役に立てるお利口さんのハリーになって、」

「良かった、良かった。流石にそこまで変わってないな。安心した。メイベル、今日の昼飯のことだけど」

「あっ、うん。どこに食べに行く?」

「お前が前、潰れて悲しんでた店があったじゃん? あれと似たような店があったからさ? どうかと思って。サンドイッチがうまかったところ」

「ああ、あそこ! えっ、行きたい!! 似てるの?」

「似てる。もう食ってきた」



 するとそこで突然、ハリーが後ろからがくがくとアレンの肩を揺さぶり出した。「何だよ!?」と怒られると、「他に何か感想は!? 俺への感想は!?」と叫び、怒ったアレンが「いつもと同じで鬱陶しいよ!!」と叫び返す。



「えっ、えーっと、二人とも落ち着いて!? 良かったね、ハリー! いいところが見つかって!」

「遅いよ、遅いよ! メイベルちゃん……!! メイベルちゃんは真っ先にそう言ってくれるかと思ったのに、俺を放ったらしにしてアレンと楽しく喋ったりなんかして!」

「はきはき喋るようになった分、鬱陶しさが増したな。お前」

「アレン? 俺はこれから、お前と仲良くしようと思っているのに? そうだ、今日からヘンリーとアレンと俺とで一緒に寝よ? 二段ベッドから三段ベッドにしよ?」

「まともになったかと思ったら違ったな! 良かった、良かった。あと、天井が破れるから無理」

「改装工事しよう、改装工事。ダニエルさん?」

「……淋しいのならその、俺がそっちの部屋で寝ようか……?」

「うえっ、マジかよ。お前。勇気あるなぁ~」



 嬉しかったのかハリーがにこにこと笑って、すぐさまダニエルの隣に腰かけた。良かった、ハリーが幸せそうで。ダニエルは何故か青ざめて、きゅっと自分の胸元を押さえている。そんなダニエルのお皿に、ハリーが甲斐甲斐しく胡桃パンをどこどこと積んでいた。仲良しの印かな……?



「俺、気付いたんだ。仕事やめたことも別に、親に言わなくてもいいんだって」

「あ? 当然だろ、それは」

「でも、ハリーにとっては当然じゃなかったんだよね……?」

「うん。毎晩父親と電話してたけど、それもやめた」

「うえっ……そんなことしてたのかよ、お前」

「いいんだ。今日からは毎晩、ダニエルさんとお喋りするから。ねっ?」

「えっ……あ、ええっと、まぁ、うん。別にいいよ……」



 ハリーが積み上げた胡桃パンを見て、途方に暮れていたダニエルがびくりと肩を揺らして、おどおどと返事をする。そんなダニエルを見てにっこりと嬉しそうに笑い、また胡桃パンをお皿の上に積んだ。隣のアレンが青ざめて、「おい。嫌がらせじゃないんだよな……? それ」と小さな声で聞く。



「もう、今日からは俺、好きなように生きて行くんだ……!!」

「それ以上?」

「いっ、いいと思う! 私はそれで!」

「あたしを巻き込まないで欲しい。パン、いらない」

「そっか。じゃあ、これはメイベルちゃんに……」

「俺が食うからよこせ、パン。あと、食いもん以外で感謝を示せよ?」

「金?」

「それはやめろ……もっと他にあるだろ、もっと他に」


 ダニエルが慌てて、ハリーのお皿に胡桃パンを乗せてあげると、「ありがとう! 信頼の証!」と叫んで食べ始めた。信頼の証……?



「まぁ、良かったな。ハリー、おめでとう」

「うん。またメイベルちゃん抜きで遊びに行こうな~」

「えっ……!?」

「は? メイベルがいないのに、出かける意味がよく分からない。メイベルのいないところに行く気はないからな、俺」

「……」

「何だよ? お前ら。その目は」

「まっ、またみんなで遊びに行こうね……!! ねっ? ねっ?」



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