5.フレデリックの娘説得大作戦と乗り気じゃない彼らたち
「なぁ、みんな……聞いてくれ、俺の誕生日にどうしても娘を呼びたいんだよ。それなのに、頷いてくれなくってさ」
「あ? ここ最近、見かけないかと思ったら娘のところに行っていたのかよ? 気持ち悪いな、お前」
「父親が娘に会いに行ってただけだろ!? それの一体何が悪いんだよ!?」
「その変態性と中身。以上」
アレンが海外特集のページを見ながら、テーブルの上のポテトチップスを摘まむ。その隣に座って覗き込んでいると、「ん」と言ってポテトチップスを口に突っ込んでくれた。それを美味しく噛み砕いていると、フレデリックが呆れた顔をする。
「ナチュラルにイチャつきやがって……いや、前からか」
「俺、メイベルと海外旅行に行くから。二人で」
「あれっ!? みんなでって話じゃなかったっけ!?」
「うるさいじゃん、こいつら。面倒臭い」
「まぁまぁ、そう言わずに混ぜてよ」
「お、ノア」
温泉から上がってきたノアが黒髪を拭きながら、ポテトチップスを摘まむ。すかさずアレンが「食うなよ、お前」と言うと、「いいじゃん、別に。ケチ臭いな」と言いながら、もう一枚だけと摘まんだ。
「俺も海外旅行に行きたいなぁって。メイベルちゃんと一緒に」
「いいね! 行こう、行こう~」
「じゃあ、私も行こうかしら?」
「お前は……さっきまでちまちまと、何か書き込んでいたくせに」
ちょっと離れたところに腰かけているマリエルが笑って、ひょいっと肩を竦める。その膝の上には魔術手帳が乗せられていた。
「いいでしょ、別に。それになぁに? メイベルちゃんと二人きりで行くつもりだったの? 貴方」
「ああ。落ち着いて写真も撮れないしな。二人だけの時間が減る!」
「え、ええっと、あの……」
マリエルとノア、フレデリックが揃って微妙な顔をする。だ、だよね? ええっと……。
「まぁ、それはいいからとにかく。俺の誕生日のことなんだが」
「諦めろ。以上」
「だから、諦めたくないんだって! 娘を呼びたいんだって!!」
「娘さん、女子大生よね? 無理じゃない? まだまだ多感なお年頃だしねぇ」
「いや、年齢関係なく、フレデリックさんみたいな、変態の父親にはいつだって会いたくないでしょ」
「それは言えてるな。おい、ノア。あまり食うな! メイベルの分が減る!!」
「あっ、私は大丈夫だから……それ、元々アレンのだし。私には苺タルトもあるし」
アレンが作ってくれた美味しい苺タルトを持ち上げて笑うと、ノアがどこかげっそりとした顔をして「ああ、そう、良かったね……」と言ってくれる。するとその時、とうとう限界が来てしまったのか、フレデリックが勢い良く立ち上がった。
「という訳で! アレン、ノア! それにヘンリー!!」
「あれ、俺もですか?」
「俺の娘は面食いなんだよ……!! お前ら、顔だけは良いんだから何とか説得してくれ。俺は、俺はっ! パパ、お誕生日おめでとうって言って欲しいんだよ! 何年かぶりにさぁ!!」
「これまでも耐えてきたんだから、いけるって。大丈夫大丈夫。今年も耐えような、フレデリック」
「まぁねぇ、この子達、確かに顔は良いけどねぇ」
「なんでそんなこと、しなきゃいけないわけ? あっちもあっちでいい迷惑でしょ。うざ、鬱陶しい」
「っく、こうなれば……!!」
フレデリックがデニムのポケットから、さっと黒い本革の財布を取り出した。その瞬間、アレンがはっと顔を上げる。
「金の力で解決だ!! ノア、ヘンリー、アレン、行って俺の娘を説得してきてくれ! 頼む~!!」
「はーあ、仕方ねぇなぁ。もう。まったく」
「まぁ、そういうことなら……」
「い、一気に態度が軟化したね、二人とも……でも、私もフレデリックさんの娘さんに会いたいなぁ」
フレデリックが紙幣を取り出しながらも、こちらを見て笑う。ほ、本当にあげるつもりなんだ……? 隣のアレンが早速、立ち上がって貰いに行っていた。
「いいね! メイベルちゃんがいると、娘の警戒心も緩むだろうし」
「ああ、それは言えてるな。メイベルは可愛いしな!」
「……うん。ま、まぁ、これをあげるから付いて来てくれ。よろしく頼んだ」
「ま、会って話すだけな。会って話すだけ」
「説得はしないからね? 分かった?」
「俺から金を巻き上げておいて!? 二人ともぉ!!」
「なんだよ、お前が勝手に金を出してきたんだろうが……」
ヘンリーはお金に興味が無いのか、ダイニングテーブルに座ってちまちまと、真っ赤なラズベリージェラートを食べていた。でも、綺麗なノアとアレンがフレデリックさんから、お金を受け取っていると……。
(違法な感じがする……なんでだろ? まぁ、いっか)
楽しみだ、海外旅行。こつこつとお金も貯めてきたし! アレンが読んでいた雑誌を笑って眺めていると、マリエルが覗き込んできた。
「メイベルちゃん、一体いつそんな話をしていたの? アレンと」
「ええっと、去年の冬かな……? それぐらいですかね?」
「あら、そんなに早くから? いいわねぇ、私も行こうかしら。誰かを誘って」
「あれっ? あの、マリエルさんは来ないんですか……?」
「やっぱりやめた。あの子達、うるさいもの。また私達で行きましょ、メイベルちゃん。ねっ?」
「は、はい……」
至近距離のマリエルさん、心臓に悪い。蕩けるような金色の髪も青い瞳も、どれもこれも眩しくて、つい耳たぶが赤くなってしまう。照れ臭くなって雑誌を見下ろしていると、「やだ、ライさんそっくり! 可愛い~!」と言ってぎゅっと抱き締めてくれた。
「それじゃあ、次の休みはあー……なんだっけ? お前の娘の名前」
「メリンダちゃんだ。可愛いだろ?」
「知らねぇよ、会ったこと無いし。どうでもいい」
「どっち似? フレデリックさん似? 奥さん似?」
「俺に……うーん、似てるかなぁ? 目元は奥さんで、鼻とかはあー、俺似かなぁ? あと、笑った顔が俺に似てるってよく言われる」
「へー……」
「ふぅん」
「聞いたくせになんだよ、お前ら……」
紙幣を握り締めたノアとアレンが顔を見合わせ、揃って嫌そうな顔をした。
「まぁ、しかしだ。面倒臭いな……」
「同意」
「返せ、金!! 俺の金っ!」
「いやだ。まぁ、一応、説得するだけしてみるかぁ……」
当日、張り切ってオシャレをしたアレンとノア、ヘンリーとフレデリックで娘さんの下へと向かう。「もうちょっとちゃんとした服で! もうちょっとちゃんとした服で!!」とフレデリックが頼み込んだところ、アレンが嫌そうな顔をしながらも、服を一式新調していた。それで貰ったお金が無くなってしまったらしく、さっきから「意味ねぇじゃん、あーあ……」と言っては落ち込んでいる。ベレー帽を被って、花柄ワンピースを着たメイベルが慌てて、アレンを見上げた。
「で、でも、ほら! 格好良いよ? アレンもノアもヘンリーも!」
「俺、久しぶり。仕事以外でこんなに張り切ってオシャレしたの」
「俺もかなぁ。……久々に実家に帰る時はさ、」
「落ち着けよ、ヘンリー。ここで爆発するなよ?」
「バニラたんもいないからね。耐える、耐える……」
せっかくすごく綺麗にオシャレをしているのに、ヘンリーが暗い表情でぶつぶつと「耐える、耐える……」と呟き出した。そんなヘンリーはカンカン帽を被り、春らしいベージュ色のツイードジャケットを着ている。どこか避暑地に来ている貴族の子息みたい。
(本人には、口が裂けても言えないけどね……)
アレンはいつもの黒髪を掻き上げて整え、明るい紺色のジャケットと白いシャツを着ていた。上質なものだからシンプルな装いでも、品の良さが際立つ。一方の隣を歩いているノアは柔らかな生成りのシャツの上から、ピスタチオ色のニットベストを着て、トレンチコートを羽織っていた。肌も白く、顔も小さいから、いつもより美しさが際立っている。
「なぁ、ノア一人で良かったんじゃないか? 俺、メイベル以外のやつに上手く笑いかけれる自信、無いんだけど……?」
「ああ、そう? へー」
「聞き飽きた。アレンのその手の台詞」
「なんだよ、お前ら……」
ヘンリーとノアから冷たい視線を食らって、戸惑ったように青い瞳を揺らす。アレンの隣を歩いているフレデリックが、こほんと咳払いをした。
「いいか? 俺の娘は面食いだ。とりあえず来月の誕生日に来るよう、そう説得して」
「は? だる」
「俺、説得する気が無いって言ったよね?」
「ああ、まぁ、じゃあ、俺は言うだけ言ってみようかな……?」
「マジかよ。全員、やる気無しかよ……!?」
「何であると思った? ある訳ねぇだろ、アホかよ。お前」
「もうっ、アレン?」
「……悪い、メイベル」
「いや、謝るのは俺にだよな……?」
「何で?」
「こっちが何でだよ!? ああ、もう! お前と話しているとイライラするなぁ、まったくもう……」
言葉通り苛立って、フレデリックが腕時計を確認する。今日はよく晴れていた。名前も分からない、淡いピンク色の花を咲かせた街路樹がざぁっと、春の風に吹かれて揺らぐ。ひらひらとまた、ピンク色の花弁が目の前を横切っていった。そしてぽとりと、煉瓦道へと落ちる。
「ねぇ? あの、娘さんってどんな感じなんですか……?」
「んー、一言で言えばクール? 冷たそうな美女だって、よく言われているみたいだが」
「あー、なるほどな。帰ろうかな。俺、もう」
「おいおい、アレン? そう言わずにさ、少しはフレデリックさんの、」
「親がこれだろ? 面倒臭そう」
親指で指し示され、「やめろ! これとか言うんじゃない、俺は立派な社会人だ!!」と叫ぶ。すかさずノアが「まともそうに見えるから、たちが悪いんだよね。余計」と言う。ヘンリーはただひたすら苦笑して、取りなそうとしていた。
「ま、まあまあ、お金も貰ったんだしさ……?」
「服代に消えた。服はもう足りてんのにさ……」
「でも、よく似合ってるよ? それにほら! 私と一緒にお出かけする時、着てみてくれない?」
慌てて見上げると、嬉しそうな顔をしてふっと微笑んだ。そ、そうそう! こんな感じで笑いかければ……!!
「アレン! 今の顔、すごく良かったよ? もう一度そうやって笑ってみて?」
「あ? 急にそんなことを言われても、難しいんだが……?」
「でも、今の笑顔、すごく素敵だったのに……」
「まぁ、お前相手にならいつでもな? 今みたいに笑いかけることが出来るんだが」
「やめろよ、イチャつくの。しまったな、メイベルちゃんは置いてくるべきだったか……」
「気が付くのが遅いですよ、フレデリックさん。もう手遅れだ」
「まー、二人はいつもそんな感じでしょ。放っておけば?」
「「見ていてイライラするから、やだ」」
「うるっせぇな! 俺がイライラするんだが!?」
「ま、まぁまぁ、アレンも落ち着いて……?」
待ち合わせのカフェに行って、先に座って待つ。白い壁紙とナチュラルな無垢床のカフェで、開放的な雰囲気だった。アレンと二人でメニュー表を覗き込み、何にするかを話し合う。
「わ~! この春限定の苺パフェ、美味しそう! でも、昨日アレンが作ってくれたパフェの方が美味しそうだね……」
「そうか? まぁ、また作ってやるから……あっ、腹は空いてないか? メイベル。お前の好きそうな海老のクリームパスタもあるが」
「ううん、お腹は空いてないかな? 甘いものが食べたい気分。アレンは何にする?」
「俺はそうだなぁ……」
向かいの席に座ったフレデリックが、どこか虚ろな顔をしてがりがりと、冷たい氷を噛み砕いていた。その隣に座ったヘンリーはぐいっと、一気に氷水を飲み干しているし、ノアはノアで肘を突いて、白けたような顔をしている。う、うーん……だめだな、最近アレンと話してばかりで。
「あ、あの、アレン? やっぱり、その」
「ん? どうした? メイベル。こいつらのことなら、何も気にしなくていいぞ?」
「その……私達、距離を置いた方がいいんじゃないかって」
「何で……!?」
付き合ってすらいないのにこの二人、いきなり別れ話をし出したなぁ……。がりごりと、氷を噛み砕きながらヘンリーが天井を仰ぐ。くるくると、白いファンが回っていた。
(でも、俺は密命を帯びている……ダニエルさんから隙を突いて、二人をくっつけろと! カップルにしろと!)
いや、無理なんじゃないかな……? 大体俺、「裏切り者ぉーっ!!」って言ってハリーに胸倉を揺さぶられそうだし。この二人はイチャイチャしているくせに、一向に進展しないし。
(あーあ。でも、ああなったダニエルさんには、何を言っても無駄かぁ~……どうしようかな? さて、ひとまず)
今日は比較的大人しい、フレデリックさんとノアだ。良かった、ここにハリーがいなくて。あいつは全てをぶち壊していくからな……。メイベルちゃんを見守っていると、こちらを見て不安そうな顔をしていた。アレンは聞く耳持たず、メニュー表を見ながら「どれにする? メイベル」と言っている。最近、こいつは都合の悪いことを言われると、あっさり無視するようになった。
「ねぇねぇ、メイベルちゃん? 距離を置くなんて言わずにさ?」
「う、うん……」
「なんだよ、ヘンリー。気持ち悪い猫撫で声を出しやがって」
うるせぇよ! 大体な!? お前、下の段のベッドで夜寝る前、メイベルちゃんの写真を眺めて「明日も幸せでありますように」って祈ってるじゃん!? もう怖いんだよ! 小さな祭壇を置いて、毎晩毎晩「メイベルに怪我がありませんように、病気になりませんように、幸せでありますように」ってひたすら延々と祈ってるの、病気じゃん!? ああ、頼むからもう、素直に好きだと言ってくれ……!! その方が俺の心に優しい。好きじゃなきゃ病気だ、お前は。アレン!
が、しかしそんな叫びを全て飲み干して、にっこりと笑う。制御だ、制御。それに、言ったって無駄だったんだよなぁ……。何回も何回も試してみたんだけどなぁ、俺。思わず目が虚ろになってしまう。
「ほ、ほら? 二人だけの時間をもうちょっと作ったり、」
「だな。もう二人とも、お試しで付き合っちゃえば?」
さらりと投げ込んできたよ、このおじさん。アレンが渋い顔をして、首を横に振る。
「いや、メイベルには好きなやつがいるから……」
「えええええええっ!? なんでアレンじゃないの!?」
「驚きすぎだろ、ヘンリー。お前」
いやいや、いやいやいやいや、嘘だろ!? 今まで散々、イチャついてきたのに!?
「ああ、今さら他の男に奪われるだなんて……!!」
「あ? お前、まさかメイベルのことを」
「違うからな!? なんでアレンじゃないの!? メイベルちゃん!?」
「え、ええっと、アレンは私の保護者的な存在だし……」
だ、だよね……? 言葉が出てこない。すとんと、ソファー席へと座り直す。隣に座っているフレデリックさんが、肩を揺らして笑っていた。帰ろうかな? もう……。
「はー……でも、ショックだなぁ。そっか、他に好きな男が?」
「なんでお前がショックを受けているんだよ、ヘンリー」
「でも、俺もショックかも。誰? 相手」
ノアに問いかけられ、メイベルちゃんが気まずそうな顔をする。すかさずアレンが「やめろよ、個人的なことだろ?」と言って止めに入った。兄面をしやがって。ここから、一体どうやってくっつけろと……?
「あー、面倒臭くなってきたなぁ。俺、もう帰りたいんですけど……?」
「何で!? ヘンリーまで!?」
「待ち合わせ時間に現れなきゃ帰ろうよ。俺、ランチセットでも頼もうかな? メイベルちゃんとアレンは何にするか決めた?」
「あっ、じゃあ、私はスフレパンケーキにしようかな……?」
「こっちにお前の好きそうなレアチーズケーキもあるぞ?」
「あっ! 本当だ、見落としてた……」
肩を寄せ合って話す二人は、カップルにしか見えなくて。ヘンリーが虚ろな顔をして、最後の氷をがりごりと噛み砕く。
(誰? 相手……このままアレンとくっつかなかったら、俺のメンタルがマジでやられそう。はーあ……)




