19.彼女の秘密が明かされる時と意外な繫がり
「ライ叔父さんのことが好きなの」
「いや、知ってるけど。それは」
「そうじゃなくて、恋愛的な好きで……」
「ふぁいっ!?」
ああ、やっぱりそうだ。引かれてしまった。私がアレンの手を握り締めたまま、「ううぅー……」と言って泣き出すと、慌てて「大丈夫だから! 別に気持ち悪いとか思ってないから!」と言ってぎゅうっと、手を握り締めてくれた。温かい。温かくて柔らかい。
「ねぇ、ほら、醜いでしょう? よん、四歳の時にライ叔父さんのことが好きになって。結婚出来ないって分かってからも、ずっとずっと好きで、諦め切れなくて」
「醜くないだろ、別に。綺麗だよ、メイベルは」
私の手を握り締め、真剣な顔でそんなことを言ってくれる。じわりと涙が浮かんできた。
「嘘だぁ~……醜いよ、私。醜いよ。だって私、ライ叔父さんにちょっとでもいい姪っ子だって、そう思って貰うために、みんなに優しくしてたんだもん……」
「あー、それでか。可愛いな、理由が」
「可愛くないよ、醜いよ! みんな、私のこといい人だって言ってくれる……でも、違うの。ダニエルさんのことだって、その、ほんのちょっとだけ鬱陶しいなって思ったことだってあるし」
「あ? 俺は常にあいつのことを鬱陶しいと思っているが?」
「えっ!?」
「大体、踏んでるしな。鬱陶しいと思ったらすぐに」
「あ、アレン……」
そこで私の手をぎゅっと、握り締めて優しく微笑んでくれた。どうしてだろう? 私、こんな風に優しくして貰う価値なんて無いのに。
「メイベル。だから、あんな風に無茶をしていたんだな?」
「そうなの。ごめんね? 私、いい人じゃないの。アレンに褒めて貰う度、いっつも苦しかった……ごめんね? アレン。ごめんね。本当にごめんね……」
「あのな? 性格が悪いやつはそんな風に悩んだりしないっての! お前がいいやつだから、そうやって悩むんだろ?」
「そうかなぁ? でも、ライ叔父さんに好かれたいの……みに、醜いよね? 実の叔父さんなのに。馬鹿だ、私。馬鹿だ……」
えぐえぐと泣き出すと、アレンが深い溜め息を吐いた。ああ、迷惑をかけてしまっている。せっかく美味しいプリンまで、作って持ってきてくれたのに。
「っふ、う、だから、私……諦め切れなくて。ここまで来ちゃって。ちゅう、中学校の時の先生に相談してみたんだけど。しゃかい、社会に出て色んな人に会ったら消えていくって、そう言って貰ったのに消えないの。告白してきてくれた男の子のことも、っぐ、ちっとも好きになれなくて。優しい子だったのに……」
「まぁ、お前は可愛くて性格もいいからな。好かれて当然だろ」
「とう、当然……?」
「それに、いいやつのことはみんな好きになる。だから、何も間違っていない。お前がライ叔父さんのことを好きになるのも当然だよ、メイベル」
「うっ、うぅー……」
私が大きく泣くと、「気にしなくてもいいのに、別に。大丈夫だよ」といつもより優しい声で励ましてくれた。でも、違う。違うのに。
「わ、私……」
「おう」
「みんなに、みんなに申し訳ない。ここから出て行った方が、」
「はぁ!? 何でだよ!? 何でそうなったんだよ!? 俺、まだお前に色々とし足りないのに!? これから春だぞ? お前の好きな苺が出てくるんだぞ!?」
「うっ、うう、でも、私、みんなに優しくして貰う価値なんてない……」
「あのなぁ……俺はむしろ、ほっとしたんだけどなぁ。お前がアホのド変態じゃなくて」
「アホのド変態……!?」
アレンがものすごく嫌そうな顔で頷いた。でも、私にじゃない。何か嫌な出来事を思い出してる顔だ。
「人の笑顔を見るためだとか、まぁ、自分はもういいからって……自分のことを犠牲にして、楽しむやつじゃなくてよかったよ」
「自分のことを犠牲に……?」
「そう。……何でもかんでも自分のことは後回しで。いい子ちゃんぶってるだの何だの言われても、へらへら笑ってるような、そんなド変態じゃなくて本当に良かった」
「誰かいたの? その、そういう人が周りに」
「いたよ、俺の弟だ」
険しく眉を顰めて、ぎゅっと私の手を握り締めた。怒りなのか何なのか、さっきよりも手のひらが熱かった。
「あいつは……アランは俺とちっとも似ていなくて」
「う、うん。優しい人だったんだね?」
「ああ。だからその変態性が極まって、福祉系の職業を転々としたあと、今では魔術雑用課で働いてるわけだが」
「えっ、ええええええっ!? 生きてるの!? なんで!?」
「逆に聞くが、何でお前の中で俺の弟は死んでるんだよ?」
「だ、だって、わた、私、てっきり亡くなった弟さんの代わりにされてるのかと」
「あ? んなわけないだろ。あと、俺がそんな繊細そうな人間に見えるか?」
「み、見えない……」
「いい度胸だな、メイベル……」
「ご、ごごごごめんなさい……!!」
がっと、頭を掴まれてしまった。そのついでに額の温度を確かめて、ちょっとだけ眉を顰める。少し逡巡してから、「やめておくか」と呟いた。治癒魔術をかけたかったのかもしれない。
「まぁ、それで……俺の弟は俺と全然似てなくて。見た目もだけどさ? あいつは金髪だし」
「ああ、珍しいね。兄弟でそこまで髪の色違うの」
「まー、ばあちゃんが金髪だったし。俺の父さんも金髪だし。ま、それはともかく。お前とよく似た、ほわっほわ系の人間でさ」
「ほわっほわ系の人間……」
「そう。笑った顔がよく似てて。あーあ……自分でも、重ね合わせてんのはよく理解してたんだけどなぁ。悪いな、メイベル。でも、お前が弟に似てるから、別に優しくしてるってわけじゃねぇよ」
「あれ? そうなの?」
「おう」
話し辛いことなのか、そこで深く息を吸い込んだ。いいのに、どうしよう。止めようかどうしようか迷っていたら、「優しくする理由、話すから。辛くないから、別に」と言ってくれた。アレンはいつもいつも、エスパーみたいに先回りして色んなことを私に教えてくれる。
「お前の叔父さん……ライ叔父さんがさ? アランのことを救ってくれたんだよな」
「救って……?」
「おう。あいつ、精神病んじまってて。最初に働いてた福祉系の職場でさー……クソ上司がいて。まぁ、あとで俺がヤンキーに絡まれて、フルボッコにされる呪いをかけておいたんだけど」
「そ、そんな呪いが……」
「でも、そいつ以外でもいっぱい嫌なやつがいた。まぁ、犯罪すれすれのいじめを受けていて」
「そ、そっか。そんなことが……」
きっと、ものすごく傷付いたんだろう。アレンが一番、誰よりも。今も苦しそうな顔をしていた。その弟さんは多分、アレンのことを頼らなかったんだ。
「だから、俺。後悔していて。もっとちゃんと話を聞いてやれば良かったとかさ? もう少し気を回せばとか。でも、気付いた時にはもう、全部手遅れで……あいつはボロボロで。ある日、雨の日にいなくなったんだ」
「いなくなった……家出しちゃったの?」
「いいや、死に場所を探しに行ったんだ。遺書だけをテーブルの上に残して」
その時のことを思い出してしまったのか、僅かに涙ぐんでいた。私が手を握り返すと、気が付いてふっと困ったように笑う。
「ごめん。……こうなるから、話したくないってのもあった。重い話だしな、これ」
「ううん、聞きたい。アレンのこと、もっと知りたい。あっ、でも、辛い話を無理にさせちゃってごめんね!?」
慌てて謝ると、破顔した。今まで見たことがないくらい、嬉しそうな笑顔で私の頭をくしゃりと撫でてくれる。
「やっぱりいいやつだよ、お前は。アランにそっくりだ」
「で、でも……うん。いいや、今はとりあえず。私に続きを聞かせて?」
「おう。……それで、最悪の事態を想定して、探しまくって。結局、車飛ばして海に行ってさ。俺」
「海に……」
「おう。あいつ、痛いのとか嫌いだし。でも、人に迷惑かけたくないってタイプだし。電車乗り継いで、いつも行ってた海に行くんじゃないかって。毎年行ってたんだよなー、そこに」
「ああ、なるほど……覚えてて良かったね?」
また青い瞳を細めて、優しく笑う。何だか、そのマスクをずらして顔を見たくなってしまった。そんなこと、絶対にしないけど。
「まぁ、そんで。辿り着いた先で見たのが、ライさんがアランを助けてくれてるところで。男の子が海に飛び込んだって、近くにいた人が通報してくれたみたいで」
「えっ? 警察に……よね?」
「おう。でも、その通報してるところを目撃したみたいでさ。すぐにそのおばさんを問い詰めて、聞いて、海に飛び込んでくれて」
「ライ叔父さんが!?」
「うん。魔術を使っているとはいえども、溺死する可能性だってあった。俺が駆けつけた時は……アランが死ぬほど泣いてて。ライさんもライさんでほっとしてて」
「よ、良かった。生きてて……」
寝台の上でほっと息を吐くと、またちょっとだけ困ってるような笑顔を浮かべる。でも、多分、これは「早くメイベルを寝かしつけて、プリンを食わせないとな」の顔だ。こんな顔をしたあと、よくせっせと色んなものを持って来てくれるから。
「で、まぁ、俺がアランを殴り飛ばそうとした時」
「殴り飛ばそうとしたの!?」
「した。迷惑かけやがってって」
「あー、でも、その心配はちゃんと、弟さんに伝わってると思うよ……?」
「……ま、まぁ、俺はその」
(珍しい。動揺した……)
ごほんと咳払いをして、アレンが再び話を始める。
「で、結局。何やかんやと色々あって……その半年後に、アランは魔術雑用課で働くことにしたんだ」
「そ、そうだったんだね……」
「おう。ライさんが本当に色々と気を使ってくれて。休みの日も車を出して、アランの行きたいところに連れて行ってくれたりとか。まぁ、あいつが回復したのはライさんのお陰だって言っても、過言じゃない。命の恩人なんだ、ライさんは」
だから、姪っ子である私に優しくしてくれてたんだ。胸が深く、ずきりと鈍く痛み出す。泣き出しそうな私の顔を見て、「くそ! だから言いたくなかったんだよ!!」と叫ぶ。
「似てねぇなぁと思ったんだよ、あのライさんにな! 中身はそっくりだけど!」
「う、うん。あっ」
「ん?」
「だから初対面の時、まじまじ見てきたの……?」
「ああ、だな。似てなくて可愛いなって」
「可愛い……」
「おう。まぁ、今となっては違う理由で優しくしてるから」
「違う理由って何? どんなの?」
そこで何故か、アレンがふふんと誇らしげな顔をする。何だろう、ちょっと可愛い。
「お前の喜ぶ顔が見たいからだよ! 最近、バニラも加わってますます可愛くなってきたしな。撮りがいがある」
「う、うん……?」
「まぁ、だから気にすんな。プリンを作るのも何でも、お前のために何かしてる時が一番楽しいから。ほい、あーん」
「あ、あーん……」
こういう時、どういう顔をすればいいんだろう? とりあえず、寝転がったままプリンを食べさせて貰う。
「でも、太っちゃう! 起きる!」
「アホかよ!? お前は細いし、熱が上がるだろうが!」
「平気だよ、もう。あ、あと」
「ん?」
きょとんと、アレンが不思議そうな顔をしている。怖い怖い。でも、知りたい。
「わ、私がライ叔父さんが好きだって聞いて、その、どう思った……?」
「いや、別に。無理に迫ってるわけじゃないし。まぁ、別にいいと思うけど。迫っても」
「よ、よくない……」
「……お前のことだからどーせ、今までものすごく悩んでたんだろ? 辛かっただろ、メイベル」
アレンがぽんと、起き上がった私の頭に手を置く。じわりと涙が浮かんできた。どうしよう、ものすごく泣いちゃいそう。涙を堪えている私を見て、ふっと笑った。
「いいよ、気にしなくて。犯罪じゃないし。それに」
「そ、それに……?」
「お前が何をしたってきっと、俺はお前のことがずっと好きなままだから」
「ど、どういう意味……?」
「さぁ? 何でも許せる自信がある。あと、いじましくて可愛いから。気にすんな、プリン食え。プリン」
「うっ、う、う~……」
「よしよし。あーあ……どうでもいいことで悩みやがって。誰を好きになろうが、そいつの自由だろ? いいよ、何も気にしなくてさ」
アレンが泣く私を抱き締めて、暫くの間、綺麗な子守歌を歌ってくれた。アレンは歌が上手い。普段、話している時の声とはまた違う、まろやかで深い歌声だった。ひたすら、アレンの服にしがみついて泣く。
「っう、う、ぐ、わた、私、醜くない……? 大丈夫?」
「醜くないよ、大丈夫。綺麗だから、お前は。どこの誰よりも」
「うぐ、あり、ありがとう、アレン~……」
嫌そうな顔一つせず、何分間も私のことを慰めてくれた。そして、アレンが去ったあと眠りに落ちて、ふと目を開けてみると、何だか家の中が騒がしかった。来客を知らせるチャイムの音と、人の笑い声と足音が響き渡ってくる。
(ん……何?)
起き上がって目元を擦っていると、誰かが部屋のドアをきいと開けた。飛び込んできたのは見慣れた、厳つい顔立ち。それなのに、青い瞳には優しさが灯っている。
「ライ叔父さん!? うそっ、何で!?」
「アランを通じて、アレン君から連絡を受けて……大丈夫か? 風邪だと聞いたが」
「う、うん。もうすっかり良くなったよ……アレンがね、手作りプリンを食べさせてくれたから」
「手作りプリンか。じゃあ」
持って来た白い箱を持ち上げて、困ったように眉を下げる。あ、叔父さんも買ってきてくれたんだ。プリン。
「た、食べる! それも食べたい、食べる……」
「ああ、良かった。あっ、だめだぞ? ちゃんと寝ていなさい」
「だ、大丈夫だよ。熱はもう下がったから……」
あああああ、久々に会うのに何かぼろぼろだ。メイクもしてない、服もちゃんとしたのを着てない。恥ずかしくなって毛布に潜り込むと、近くの椅子に腰掛けながら、「そうそう。寝ていた方がいいからな」と言って、紺色のトレンチコートを脱ぐ。下は真っ白なタートルネックを着ていた。今日もかっこいい。
「あ、あの……聞いたよ、アレンから。その、弟のアラン? くんを助けたって」
「ああ……話を聞いたのか。でも、驚いたな。アランから兄がいるとは聞いていたが、まさかそれがアレン君だったとは」
「だ、だよね? 前に会ったことあるし」
「ああ、全然気が付かなかった。似ていないからなぁ、あの二人は」
苦笑して、私の額に手を当ててくれた。アレンとは違って、どこかひんやりとしている。思わず嬉しくなって笑うと、優しく微笑みかけてくれた。色褪せない想いが澱となって、心の底に降り積もってゆく。
「下がったみたいだな。良かった……アレン君がやけに心配していたから、てっきり酷いのかと思って」
「あ、ああ……過保護だから、アレンは」
「でも、良かった。シェアハウスでの暮らしが楽しいみたいで」
「うん……楽しいよ。ありがとう、ライ叔父さん」
「叔父さん」が付かなければいいのになぁ。私の叔父さんじゃなくて、身近な親戚だったら良かったのに。醜いけど、ついついそう思ってしまう。
「ねぇ、あの」
「ん?」
「その、眠るまでの間、手を繋いでてくれない……?」
「ああ、もちろん。でも、大丈夫か? お父さんとお母さんが恋しいんじゃないのか?」
「ふふ、呼ばなくても別に大丈夫。ただ、ちょっと、心細いだけだから。今……」
そうだ、これは叶えちゃいけない恋で。でも、ついついこうして手を伸ばしてしまう。何も知らずに、優しく微笑んで握ってくれた。でも、知っている。その深くて青い瞳がふとした瞬間に、私を見て翳ることを。途方に暮れたような色を滲ませているのを。
(きっと、気が付いてる……だから、彼氏が出来ないのか? って心配してくれる。紹介しようかと言われたこともある)
こう見えて、鋭い人だから。でも、私のお母さんも気が付いているような気がする。中学生の頃、頻繁にライ叔父さんの家に行く私を見て、静かに「もうそんなに甘えていい年じゃないんだから、やめなさい」と言ってたしなめてきた。後ろめたく思いながらも、もうちょっとだけ、もうちょっとだけと願って、甘えて腕を組んで歩いているところを、クラスメイトに写真を撮られて黒板に張られてしまった。
(あの時……気付いたはずなのに。自分が異常だって。もう、やめなきゃいけないんだって)
でも、手を繋いでしまう。少しでも触れたいって、そう思ってしまう。ライ叔父さんは何もかもを悟ったかのように、ただただ、哀れみ深く微笑んでいた。「ごめんね」と、そう言って無言で拒絶されているような気がする。思わず、涙が滲み出てきた。それを隠すため、眠たくなったふりをして目を閉じる。
「ありがとう……プリンもあとで食べるね?」
「ああ、そうしてくれ。お前の好きな苺プリンを買ってきたから。好きだろう?」
「うん、好き。大好き。きっと、これからも好きだと思うな……」
姪っ子として、その手を握り締める。でも、多分、優しいから私が泣いて縋れば、恋人らしいことをほんの少しだけしてくれるんだろう。そう考えると、自分の醜さに眉を顰めそうになった。ライ叔父さんがそっと、私の手を握り締めてくれている。
「眠るまで。傍にいてあげるから寝なさい、メイベル。ちゃんと」
「ありがとう……でも、時間、大丈夫?」
「大丈夫だ。元々、今日は外食しようかと思っていたし」
「ごめんね……ありがとう。でも、お父さんには言わないで? 心配かけちゃうから」
「ああ、兄さんはうるさいからなぁ……」
苦笑して、ぽんぽんと私のお腹の辺りを叩いてくれた。あ、小さい子扱いされてる。でも、いい。それでもいい。
(ごめんね。ありがとう、アレン……ライ叔父さんを呼んでくれて)
私のことを綺麗だって言ってくれたし。こんなに醜いのに。うつらうつらとまどろんでいたら、静かにドアが開いた。
「あの~……メイベルは?」
「今、ちょうど眠っている最中で……」
「良かった、良かった。熱はどうですかね? さっき、治癒魔術使ったんですけど」
「ああ、ありがとう。大丈夫そうだ。下がってる」
ひそひそと、小声でアレンとライ叔父さんが話している。何となく、両目を閉じて眠ったふりをしていた。
「こいつ……あの、姪っ子さんが先日、俺の誕生日を祝ってくれて」
「ああ、そうだったのか。おめでとう。いくつになったんだ?」
「いや、あの、二十八ですけど……それはいいんです。人のために働いて、無茶をしがちだからまた、たしなめておいてください。俺の言葉、聞きやしないんですよ。メイベル」
くすりと笑って、私の手を握り締めてくれた。あ、アレンが私を売り込んでる……?
「そうだな。この子は昔から……見ているこちらが不安になるぐらい、いい子で。もちろん、反抗期もあったが」
「昔の写真、あの、あったら見せて欲しいんですが……」
「ええっと、持ち歩いていたものがあったな。はい、どうぞ」
「あっ、ああああ、ありがとうございます。わっ、可愛い……やばい!」
な、何してるの!? アレン! そんなことも言えず、我慢して眠ったふりを続ける。
(それにしても、叔父さん。持ち歩いてくれてるの? 私の小さい頃の写真……)
どうしよう、嬉しいかもしれない。まぁ、私も罪悪感に駆られつつ、持ち歩いてるけど! 叔父さんが二十四歳の時の、すっごくかっこいい写真を。
「はー、可愛い。この頃から可愛かったんですね、メイベルは」
「うん……まぁ、その、アレン君は」
「はい? どうしました?」
「友達だと聞いたんだが、その様子を見るに……」
「俺はあいつの……そうですね。母親のような存在です」
「母親のような存在とは」
「たまにお母さんって呼ばれます。まー、そいつ、いや、メイベルは面食いだし」
「面食い……」
ち、違うけど!? どうしよう? 顔で人を選ぶような子だって、叔父さんに勘違いされちゃう……。
「今、ええっと、このシェアハウスにいる、とあるイケメンとかなり良い感じになっていまして」
「そうだったのか。君とではなく……?」
「俺とじゃないです。あー、ノアってやつでして」
(どうして、そこでノアを出してきたの? アレン……)
アレンは嘘が苦手だから、ぎこちない声になっちゃってる。でも、叔父さんは感慨深げに「そうか、面食いだったのか」と呟いてた。ち、違うよ……。
「ま、まぁ、今日は飯食っていってください。身内がいる方が、メイベルも安心するだろうし……何なら泊まっていってください、この部屋に」
「いや、寝台も一つしかないし、それはちょっと」
「あっ、俺、寝袋持って来ましょうか? ありますよ、部屋に」
「い、いやいや……明日も用事があるし、帰るよ。でも、ダニエル君とは食べたいからな。ご飯だけご馳走になって」
「確か……ライさんはお酒に弱いんですよね? 今、うちにいいのがあるんですよ」
「えっ」
よ、酔わせて泊まらせようとしてる!?
(アレン、まさか、私の恋の応援を……?)
どうしよう? 起き上がれない。ああ、誰か早く来てくれないかな……。その時、ドアが開いた。
「アレンー? メイベルちゃんはど、」
「うるっせぇな! クソババア!! メイベルが起きちまうだろうが!」
「貴方の声の方が絶対に大きいんだけど? って、あら、やだ! メイベルちゃんにそっくり!!」
「てめえ、どこに目が付いてんだよ!? 一回眼科に行って、眼球を交換してきた方がいいんじゃねぇのか?」
「あの、二人とも、メイベルが目を覚ましてしまうので……」
ライ叔父さんが立ち上がって、多分、マリエルさんの方へと行く。薄目を開けて見てみたら、きらきらとした青い瞳で口元を押さえ、ライ叔父さんのことを見上げていた。ちょっとだけ誇らしい気持ちになる。
「すごい……!! 目元がメイベルちゃんにそっくり! 優しい性格が滲んだお顔と、困った表情がすごくよく似てるっ……」
「ああ、それは言えてるな。メイベルの方が可愛いけどな!」
「それはそうでしょうとも、アレン。どっかに行ってくれない?」
「は? お前な、いきなりやって来て一体何を、」
「ふ、二人とも……メイベルが起きてしまうから。喋るのなら外で喋ろうか……」
慌ててライ叔父さんが二人を促して、部屋の電気をかちんと消してから、ドアを閉める。ぱたぱたと、足音が遠ざかっていった。誰もいなくなった真っ暗闇の部屋の中で、むくりと起き上がる。
「アレン……ごめんね、ありがとう」
でも、もうちょっとだけ傍にいて欲しかった。あともう少しだけ、その手に触れていたかった。サイドテーブルに置かれた、苺プリンを手に取って、一匙掬って食べてみる。
「甘酸っぱい……美味しい。あーあ、ちゃんと諦めなきゃなぁ。っふ、う……」




