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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
47/134

13.過去の苦さとシャインマスカットの甘さ

 





 どうしよう? あれから、どんな顔をすればいいのかよく分からない。瑞々しいシャインマスカットと林檎が乗せられた皿を持ち、白いニットワンピースを着たメイベルが、後ろからキッチンに立つアレンを眺める。アレンは黒いシャツの袖をたくし上げて、紺色のエプロンを身に付け、私のためにカスタードクリームを作っていた。かこかこと、木ベらで鍋をかき回す音が響いてくる。



「ねぇ、アレン?」

「ん? どうした、メイベル? ちょっと待ってろよ、もうすぐで出来そうだから。出来上がったらこし器でこして、冷まして、それからお前が好きなへーゼルナッツアイスとチョコソースと、バナナとスライスアーモンドをクレープにトッピングしてやるからな。ちょっと待ってろよ?」

「う、うん……ありがとう、アレン。待ってるね」

「ああ、それも種除いたんだけど。入ってたらごめん」

「あっ、そうなの? ありがとう……でも、自分で出来るからね?」



 丸い、ころんとしたシャインマスカットを持ち上げて見てみる。種を取り除いたと言っているわりには、丸い。不思議に思って首を傾げていると、アレンが誇らしげな顔で振り返り、「魔術で復元しておいたんだ!」と言ってくれる。そ、そっか。魔術で復元したんだ……。



「ああ、そうだ。フォーク。忘れてた、ほい」

「あ、ありがとう……でも今、取ろうと思ったんだけどな。作っているところを邪魔するのも悪いし」

「いや、何言ってんだ? そんなことしなくていいから、別に。俺が取るし」

「そ、そっか。ありがとう……」



 どうしよう? アレンが変だ。お皿を持ったまま、ふんふんと鼻歌を歌っているアレンを見つめる。



(前から優しいとは思ってたけど、でも)



 ちょっと何かがおかしい。最近では、私がくしゃみをしただけでさっと、額に手を当てて熱が無いかどうかを確かめてくるし。ふと視線を感じて振り返れば、大体アレンが立っている。真剣な青い瞳で、私のことを見つめてる。



(お母さん……でも、無いみたい。どちらかと言うと、母猫が子猫を見守っているような?)



 私が困惑して立ち尽くしていると、「うにゃあん」と鳴いて、バニラちゃんが足元に擦り寄ってきた。



「バニラちゃん! あっちでおやつでも食べる?」

「にゅう」

「じゃあ、そうしよっか。私はフルーツで、バニラちゃんはお魚スティックにしようね~」

「場所、分かるか? いつもコートをかけている近くの、」

「だ、大丈夫だよ! 分かるよ!」

「あ、エプロンのポケットに入ってた。ほい、バニラ」

「うにゃうん」



 ぺいっと、魚スティックを床に放り投げる。白いタイル床に落ちたそれを、バニラちゃんが必死に拾って、あぐあぐと食べ始める。



「あ、アレンは……ちゃんと手であげないんだね?」

「あ? する必要あるか?」

「私にはしないよね……?」

「へっ!? し、しないけど!?」



 私と他の人との扱いに差がある。バニラちゃんだけにじゃなくて、ヘンリーやハリー、フレデリックさんにも冷たい。昨日は「一口くれない?」とフレデリックに聞かれて、「やだ」と言っていた。私には半分、チーズケーキを分けてくれたのに。



「もしかしてアレン、私にだけ優しい……!?」

「えっ? 今さら!?」

「だ、だって優しい人だから、私にも優しくしてくれているのかと、てっきりそう思ってて……」



 アレンがかちりと、コンロの火を止める。カスタードクリームが出来上がったんだろう。ふんわりと甘い、ラム酒とバニラの香りが漂った。



「お前はいいやつだからな。それで」

「……いいやつじゃないよ、私」

「いいやつの常套句だな、それ」



 でも、本当に違う。私のこの醜くて、どろどろした部分を見たら、アレンは一体なんて言うんだろう。失望されて、背を向けられるかもしれない。冷たい瞳で「そんなやつだとは思わなかった」と言ってくるのかもしれない。胸の奥がずきりと、鈍く痛んだ。捨てたいのに、捨てられない。薄めたいのに、薄められない。



 まだ、この気持ちは鮮やかなままで。私のために、綺麗に切られた林檎とシャインマスカットを見下ろしながら、ぎゅっとお皿を握り締める。どれもこれも綺麗、アレンが私にくれるものは全部。



「……どうした? メイベル。誰かにまた、何か嫌なことを言われたのか?」

「嫌いにならないで、お願い」



 そんなこと、言うつもりはなかったのに言ってしまった。慌てて顔を上げてみると、アレンが青い瞳を丸くしていた。気まずくなって、へらりと笑う。



「ご、ごめん……急に、変なことを言ってしまって。ああ、林檎。食べなきゃ、変色しちゃう」

「檸檬、かけてあるから。それ。変色しにくいはずだけど?」

「え!? そんなことまで!?」

「そんなことまでって……当然だろうが。お前が悲しむ」

「う、うん……?」



 あ、甘すぎる。でも、すごく真剣な顔をしてるし「当たり前だろ?」って言ってるみたいだ。戸惑って首を傾げていると、柔らかく笑う。



「まぁ、気にするなよ。お前は大事にされて当然の存在だし」

「へっ……? あの、うん。ありがとう」



 恥ずかしくないのかな? 本当に。思わず耳が熱くなってしまった。アレンが手を持ち上げて、私の頭をわしゃわしゃと撫でてゆく。



「可愛い。まぁ、それ食って忘れろ。きっと、そこまで思い詰めなくてもいいようなことだから、」

「悪い。どいてくれないか? アレン。俺、冷蔵庫から牛乳を取りたいんだよね……」

「フレデリックさん、おは、おはようございます……」



 ぎこちなく挨拶をすると、黒い瞳を虚ろにさせて「朝から今日も、元気にイチャついてるね……」と言ってきた。戸惑っているとアレンが「もう十時半だろ。朝って言うほど朝じゃない」と返す。ぺたぺたと、スリッパを鳴らしながら、青いパジャマ姿のフレデリックが冷蔵庫の方へ行く。



「まぁ、何でもいいけどな~。二人は付き合わないの?」

「あ? 違うし。しつこいな」

「ごめんごめん……俺、うっかりイチャイチャカップルの家にまぎれこんだのかな? って。一瞬、幻覚を見ちゃってさ」

「うにゅう、にゅう」

「どうちまちたか~? バニラたん。バニラたんもにゅうにゅうが欲しいでしゅか~?」

「うにゃあん」



 牛乳を持ったフレデリックがしゃがみ込み、ちゅんと、バニラちゃんとキスをする。それから、でれっとした顔で柔らかな背を撫で始めた。尻尾をぴんと立てて、「にゃあ」とまた鳴く。



「あーあ、アホらし。メイベルの方が可愛いのにな……」

「えっ? 今、なんて言った? 俺の聞き間違い?」

「メイベルの方が可愛いのにな。おかしいなって」

「おかしいのはお前の頭だよ……どうしちゃったの、本当に」

「メイベル、それ食えよ。早く。俺、クレープ焼くから」

「それもメイベルちゃんのために……?」

「ああ。今、生地を冷蔵庫で寝かしてあるんだ」

「聞いてないんだけど……?」

「今、言ったからな」

「そうじゃなくて……」



 恥ずかしくなって、慌ててお皿を持って逃げる。バニラちゃんが「うにゃあん」と鳴いて、ついてきた。ばくばくする胸元を押さえて、リビングのソファーに座り、フォークでぷすりと林檎を突き刺す。



「んぐ、美味しい……」

「大丈夫だったか? メイベル。葡萄の種~」

「いいから焼けよ、早く。クレープ」

「お前のために作ってるんじゃねぇよ、黙れ」

「俺だって急かしてる訳じゃねぇよ!? 黙れ!」

「何だよ、じゃあ!?」

「メイベルちゃんばっか見るなって話だよ!」

「そこまで見てねぇよ、今話しかけたばっかだろ!?」



 キッチンでアレンとフレデリックさんが言い争いをしている。でも、全然耳に入ってこなかった。ぷちりと、シャインマスカットが口の中で弾ける。じゅんわりとした、上品な甘さが口の中に広がった。横でバニラちゃんが「うにゃあん」と鳴いて、物欲しそうにしている。



「……きっと、アレンは全部を知れば。私を避けるんだろうけど」

「にゅっ?」



 それまでは、こうやって切って貰ったフルーツを食べていよう。そうしよう。胸の苦しみに両目を閉じて、甘いシャインマスカットを噛み締める。ふと、脳裏にあの人の顔が浮かんだ。思い出す度、顔を覆いたくなってしまう。自分の醜さと、消すべき感情に挟まれて苦しい。










 最近、メイベルの元気がない。



(何故だ……これだけ色々してるのに。いや、足りないんだな? 薄々思っていたが)



 浴場でハリーの頭を洗いながら、考え込む。もこもこと白い泡が立って、ハリーの茶髪頭を覆っていた。ぼーっとしながら、適当に洗っていると「耳の上がかゆい!」なんぞ贅沢なことを抜かしてやがる。



「あ? わざわざ洗ってやってるんだ。感謝しろよ?」

「どーせ、あれだろ!? 俺のことじゃなくて、メイベルちゃんのことを考えてたんだろ!?」

「正解。いや、あいつの元気が無くてなぁ」

「へっ? いつも通りだったじゃん、メイベルちゃん」

「どこに目が付いてんだ、お前は」

「ここぉーっ!!」

「へいへい。うるさいな……」



 ハリーが自分の目玉に指を突っ込んで、「痛い!」と叫び、顔を覆った。面倒臭くなってシャワーを浴びせ、洗い流してやる。



「いでででで……まだ目に泡が入ってる気がする」

「こっち向け。シャワー当ててやるから」

「痛いやつじゃん。いいよ、もう……」



 どうせ騒ぐくせに生意気な。苛立って無理矢理振り向かせ、ざっとシャワーを顔に当てる。「いてぇ!」と叫んでいたが無視をする。



「それでさ、メイベルがさ……」

「聞き飽きた。社畜もうむり」

「いいから聞け。それでさ、メイベルがさ」

「ひえん……無限ループ!」



 次はリンスを手に取って、その茶髪に揉み込む。こうしないとメイベルが「ハリー、ちゃんと洗ってる……?」と言って心配し出す。こいつの髪の艶を保つのも、俺の仕事だ。でないとメイベルが心配するからな……。



「それでさ? メイベル、元気が無くて。俺としては風邪を引いて欲しくないから、今の内にゆっくり休んで欲しいんだが」

「でも、来週だっけ? アレンの誕生日だよね」

「俺の誕生日がどうした? というかお前、覚えてんのかよ……」

「もちろん、覚えてる! 二月九日だよね!」

「あー、はいはい。お利口、お利口。それで、無理をして欲しくないから休んで欲しいんだが。避けられてる気がする」

「ついにあれ? 引かれてんの?」

「メイベルはそんなことしねぇよ!!」

「いでででっ!? ごめんなさい、ごめんなさい!!」



 拳でぐりぐりと、こめかみを攻撃してやる。まったく、何を訳の分からんことを。



「メイベルが俺を避ける訳ないだろ? あんなに優しくて常識的なのに、」

「はいはい……もう、分かったから。洗い流して」

「クソ生意気な。メイベルが気にかけなかったら、てめぇの頭なんて、洗剤ぶっかけて終わりにしてやったのにな!!」

「ぶっ!?」



 苛立って乱暴に洗い流してやると、「そうか……メイベルちゃんのおかげか、これも!」と当たり前のことを言い出す。



「全員、感謝が足りない。何故みんな、メイベルにもっとよくしないんだ……」

「してるよ、これでも」

「してない! 足りねぇよ……ああ、またあのクソババアが余計なこと言ってなきゃいいが。メイベルがマリエルにしたい相談って、何だと思う? なぁ?」

「避けられてる、避けられてる」

「だから、メイベルはそんなことしないっての! 一体何だと思ってんだよ!?」

「あだだだ!? 逆に聞くけどさ!? アレンはなんて思ってんの!?」

「天使。心が清らかな女の子」



 事実を述べると、ぴたりとハリーの動きが止まる。湯気で曇った鏡を見てみると、嫌そうな顔をしていた。



「真顔じゃん、お前……」

「事実だからな。この前も言われたけど、メイベルに」

「この前っていつ? 一体何があったの?」

「迷路の時な。恥ずかしくないのかって聞かれた」

「やばいやばい、進展してるじゃん……!!」

「それで、お前が可愛いのは事実だから。天から雨が降るごとく、同じことだからと言ったら黙り込んでた」

「良かった、奇跡的に後退してた……」



 ハリーがほっと息を吐いて、自分の胸元を押さえる。ボディタオルに泡を乗せ、がっと背中に擦りつけてやった。「いでっ」と少しだけ叫ぶ。



「それでさ? そこから何か、態度がおかしいんだよなぁ~。あいつの」

「えええええっ……? また進展してる感じ?」

「何だよ、その進展ってのは。俺がカメラを向けると、ちょっと嫌そうにするし。前まで可愛いポーズを取ってくれていたんだが」

「可愛い、ポーズ……?」

「ああ。俺が指定したやつ。まぁ、それはいいから。笑顔もぎこちなくなったし……昨日も溜め息を吐いてたし。四回だぞ、四回。四回も溜め息吐いてた」

「へ、へー……」

「前まで、せいぜい二回ぐらいだったのにな……ああ、くそ! 苛立つ! 一体どこのどいつが悩ませているんだか、あいつのことを!!」

「痛いって、だから……」



 がしがしと首の裏を擦り、二の腕も洗っていく。舌打ちしながら、ハリーの足を洗ってやっていると、温泉に浸かっていたヘンリーが声をかけてくる。



「アレンさぁ」

「あ? 何だよ。お前も手伝え。こいつ、放置してたらずっと股間も洗わねぇぞ」

「メイベルちゃんとちょっと、距離取ったら? 気にしているんだよ、メイベルちゃんも」

「ヘンリー……余計なこと言わなくていいから」



 最近、小綺麗になってきたダニエルがぼそぼそと話しかける。ヘンリーが「だって」と言って、不機嫌そうにしていた。拗ねた子供みたいだな、あいつ。



「メイベルは……戸惑っているんじゃないかな。でも、まぁ、嬉しそうだから……」

「そうかぁ? そう見えるか?」

「言ってる……嬉しいって」

「ま、まぁ、そこは心配してなかったけどな! 別に!」

「アレン、嬉しそうだな……」

「ヘンリー、あとで俺と一緒に二人の妨害をしような! なっ?」

「家賃上げる……」

「酷い! 脅してくる! 俺、安月給なのに!」

「嘘を吐くなよ、ハリー。給料だけはいいクソ会社だって、そう言ってただろう?」



 誰の言葉も入ってこなかった。俺が出来ること、それは。



「よし。今度、魔生物のお昼寝カフェにでも連れて行くか……」

「やめろよ!? カップルが行くやつじゃん、それぇ!!」

「は? カップル以外も行くだろ。あとメイベルも勘違いしてるが、俺はこうやって色々するのが楽しいんだよなぁ……」

「「知ってる」」

「多分、メイベル以外が理解してると思うよ。それ……」









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