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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
46/134

12.迷路の進み方と魔術師の暴走

 







「おーい、メイベルー。こっちこっち、こっちにいるから」

「アレン! ごめんね? 迷路に入る前から迷っちゃって……」



 白いボアコートを着て、黒いリボンカチューシャを付けたメイベルが慌てて、アレンの下に駆け寄る。先程売店で購入したガイドブックを手にしながら、アレンがこちらを見下ろした。今日は黒いコートを着て、親指に金色の指輪を嵌めている。



「悪いな、ハリーが騒いで飛び込もうとしたから、押さえていたところなんだ」

「あれ? じゃあ、みんなは? どこに?」

「あっちでハリーにポップコーンを買ってる。お前もいるか? キャラメルポップコーン」

「いる! 欲しい!」

「そう言うと思って、買っておいた。ほい」

「は、早い! ありがとう……」



 最近、欲しいって言う前に買ってるなぁ……。アレンが腕に下げていたポップコーンバスケットをくれる。この魔女の館の公式キャラクターである、赤いリボンでおめかしをしたテディベアがプリントされていた。蓋を開けてもそもそ食べていると、ガイドブックと睨めっこをしていたアレンが低く唸る。ここは迷路の入り口前で、売店やベンチ、自動販売機などが並んでいた。この館の中は薄暗く、ひんやりとしている。



「ん~……中では、魔術を使っちゃいけないからなぁ。使ってるのがばれたら罰金だとよ。ケチ臭いな」

「で、でも、せっかくの迷路なんだし……ミッションは?」

「ポイントに置いてある金色の玉子を三つ、揃えたら扉が開く。まぁ、それまで永遠に彷徨えってことか」

「な、難易度は何にする予定なの……?」

「一番難しいやつ。ただ、シェラとダニエルは簡単なやつがいいって言ってて。ヘンリーとノア、フレデリックは中級がいいって言ってたな」

「じゃあ、二人で上級にしてみる?」

「いや……お前はダニエルとシェラと、三人で初級にしてみたらどうだ? どうせ四人ずつしか入れないし。あいつらなら、お前に余計なことしないしな。俺はヘンリーとノアを誘って、上級に行ってみるよ」



 そ、そっか。私と二人で入るのは嫌なのかな……。何も言えずにもそもそと、キャラメルポップコーンを食べる。かりかりとした、香ばしいアーモンドと胡桃が入っていた。塩もかかっていて、甘じょっぱくて美味しい。そんな私を見て、アレンが困った顔をする。



「あー……じゃあ、二人で上級に行くか?」

「えっ? でも……いいよ、アレンはヘンリー達と行きたいんでしょう?」

「いや、お前にそんな顔させるなら行かなくていいし。ほら、上級乗り気じゃなかったみたいだからさ。迷うグループは五時間ぐらい迷うって、ガイドブックにもそう書いてあるし」

「ごじ、五時間……」

「ああ、先帰ってもいいからな。俺達が出てこなかったら。いつもみたいに現地集合、現地解散で」



 アレンの中ではもう、全部決まっていることなのかもしれない。そのことにもやぁっとして、少し悲しくなってしまった。何だか冬の霧を掻き集めて、喉の奥に押し込んだみたい。



「あの……私、アレンと迷路に入りたいなって」

「じゃあ、中級にして二人で入るか。あいつらはまぁ、適当に遊ぶだろ」

「えっ!? そんなあっさりと!? いいの!?」

「別に。よく考えたら、シェラとダニエルだしなぁ。人生迷いまくりのあいつらだし、頼りにはならないだろ。メイベルが気疲れしそうだ」

「じ、人生に迷ってるかどうかはよく分からないけど……でも、アレンがいてくれると頼もしいし、それで!」

「おう。あっ、きたきた。結局、綿あめにしたんだな」



 不機嫌そうなハリーがもそもそと、綿あめを食べながらやってくる。その隣には苦笑しているヘンリーと、虚ろな顔をしたダニエルとノア、フレデリックとシェヘラザードがいた。みんな、迷路でトラップに巻き込まれることを想定して、汚れてもいい格好をしている。



「わ、私……白いボアコート、着てこない方が良かったかな?」

「大丈夫だ。汚れても俺がクリーニングに出してやるし。それに、お前をそんな目に遭わせたりしないから」

「アレン……」

「はいはい! やめような!? もうっ!」

「いでっ、何だよ? ヘンリー」

「何だよはこっちの台詞だよ、もう! いちいちメイベルちゃんの手を握りやがって、お前は」



 おろおろしていると何故か、ノアとフレデリックが同時に私の肩を叩いた。



「メイベルちゃん、俺達と回ろっか。クソアレンとじゃなくてな」

「えっ? あの、フレデリックさん。私」

「そうそう、みんなで入った方が楽しいよ。俺達二人と……あとはシェラ? 一緒に回る?」

「回る。あたし、強い。制覇者」

「そういや、ここの年間パス持ってたよね、シェラは」

「へー、知らなかった。それは。普段、ろくに喋らないしなぁ」

「フレデリック、苦手だから……」

「ふ、普段無表情なのに、すごく嫌そうな顔をしてる……!!」



 慌てたフレデリックが「お小遣いをあげようか! おじさんが!」と言い出して財布を取り出し、ノアが苦笑してその手首を押さえる。



「やめなって。酒の方が有効でしょ、シェラの場合は」

「それもそうか……今度、二人で飲み放題の店にでも行くか?」

「行く。沢山飲む」

「おーい、フレデリックさーん? 俺とダニエルさん、アレンとハリーで回るんで。一応、上級者コースにする予定でーす」

「んー、分かった」

「いや、ちょっ、俺はメイベルと二人で回る予定で……」



 少し離れたところで、アレンがヘンリーに羽交い絞めにされている。ハリーはご機嫌ななめなのか、暗い表情で綿あめをちぎり、アレンの口の中に突っ込んでいた。



「俺……その、シェラとアレンと、メイベルの四人で回りたい。中級に行きたい」

「えっ? でも、ダニエルさん? それは」

「ええええええっ!? やだやだ! シェラさんは大体、何も妨害してくれなさそうだし! 俺とアレンとメイベルちゃんと、ヘンリーでどうかな!?」

「家賃上げるよ、ハリー」

「ひ、酷い! 値上げ!? 恐怖政治!?」



 ダニエルがちょっとだけ笑ってから振り返ると、ヘンリーが微妙な顔をしていた。でも、じっと静かに見つめられると、深い溜め息を吐き、渋々とアレンを解放する。やっぱりヘンリーにとって、ダニエルは親戚のお兄さんなんだろうな。こういう時、ふとそんなことをしみじみ思う。ぼんやりしていると、ダニエルがこちらにやってきた。今日は紺色の上品なロングコートを着ている。



「メイベル、行こうか。シェラ、大丈夫? それでも」

「ん、また来ればいいし。いいよ、別に」

「ありがとう。じゃあ俺は、メイベルとシェラ、アレンで中級コースに行ってくるから。それでいい?」

「っあー……よくないけど、いいよ。もう。そうなったら聞かないもんな、ダニエルは」



 フレデリックが腕を組んで、悔しそうに唸る。その隣でノアが苦笑を浮かべていた。動くからか、今日はシンプルに黒いコートだけを着ている。



「何だ、普通に喋れるじゃん。初めて見たかも、そんなダニエルさん」

「……」

「じゃあ、それでいいよ。フレデリックさんと俺と、ヘンリーとハリーで回ってくるよ」



 ノアの真っ直ぐな青い瞳に射抜かれ、ダニエルがちょっと困惑しながらも「ありがとう」と呟く。よ、よかった。一応、アレンと一緒に回れるんだ、私。



「それじゃあ……その、行こうか? メイベル」

「はい! ダニエルさん、ありがとうございます!」

「何が何だかよく分からねぇけど……まぁ、ありがとう。ダニエル」

「ああ……別に」

「メイベル、任せて。あたし強いから。覇者だから!」

「頼りにしてますね、シェラ!」










「おい……覇者はどこ行ったんだよ、覇者ぁ! くっそ、先に進みやがって……こんなのぽんぽん、ぽんぽん、乗り越えられるのあいつしかいないだろ!?」

「あ、アレン……落ちちゃうかもしれないから」



 ぎいぎいと、揺れている木のつり橋の上でアレンが叫ぶ。橋の真ん中に大きな穴がぽっかりと開いていた。おそるおそる、その穴の中を覗き込んでみると、甘ったるいチョコレートの匂いを漂わせた、泥のような液体がぐつぐつと煮えている。アレンがぐっと、私の腰を抱き寄せた。



「ここ……どう飛べばいいんだ? お前から先に飛ぶか?」

「うっ、うーん……勇気が出ないなぁ。……ダニエルさん? どうします?」

「じゃ、じゃあ、俺、その、先に行ってみるよ……あそこに金の玉子もあるし」

「えっ!? どこだ!?」

「み、見えない。分からない……」

「あの……橋を渡りきったところにある、郵便ポスト。その右下に箱があって。多分、あの中にあると思う」



 よくよく目を凝らしてみると、ベージュ色の小さな箱が置いてあった。でも、郵便ポストの上にフクロウが乗っているから、近くまで行っても、そのフクロウに気を取られて見つけられなかったかもしれない。



「あー……確かにあるなぁ」

「すごいですね、ダニエルさん。こんな遠くから分かるなんて」

「ま、前に……その、友達と来たことがあるし。あっ、ライさんもいたよ。その時」

「ライ叔父さんも? ここに?」

「じゃあ、ダニエル。先行ってみてくれ。落ちるなよ? 落ちたらあー……自力で這い上がってねって書いてある」



 アレンがガイドブックを見下ろしながら、そう告げると、ダニエルが青くなりながらもこくんと頷く。そして意外と怖がらずに、だっと一気に飛んだ。



「わー! すごい、すごい! ダニエルさん、すごい!」

「えっ? あ、ありがとう……じゃあ俺、先に行ってるから」

「シェラと同じこと言うなよ!? 協調性ゼロかよ、お前ら!」

「あ、あの! 出来れば金色の玉子、何個あるか確認して欲しいんですけど……!?」



 橋を渡る前に見つけた玉子は二個だけで。あと一つあれば、出口に到達した時に出れる。ダニエルが頷いて、しゃがんで箱を開け、そこから玉子を二つ取り出す。



「わーっ! 良かった! ちょっと待っててください!」

「何だ、意外とあっさりクリアしそうだな。一時間も経ってないんじゃないか?」



 喜んでいると、ダニエルが二個玉子を持ったまま、すうと深く息を吸い込む。



「俺! しぇ、シェラを探してくるから……じゃ!」

「ええっ!? た、玉子! そうだ、シェラが持って!」

「あーっ! くそ! あいつに玉子を持たせるんじゃなかった! おい、ダニエル!? お前、待てよ!? 何で裏切るんだよ!?」



 ダニエルがだっと駆け出して、さっきシェラが曲がった角を曲がる。あっという間にいなくなってしまった。ぽかんと口を開けていると、アレンが舌打ちをする。



「どいつもこいつも……!! 大体、この迷路は中途半端な友達と行くと友情が壊れるんだよ! カップルも別れるんだよ!!」

「し、知らなかった……そうなの?」

「ああ。玉子さえ揃えれば、ここから出れるからな……俺の友達にさ? 迷路にいる最中に浮気相手から電話がかかってきて、浮気がばれたやつがいるんだけどさ」

「う、うん」

「そいつ、彼女の代わりに玉子を持っていたから……殴り倒されて、奪われたって。それで別れたって」

(それは迷路のせいじゃないんじゃ……?)



 でも、アレンが青ざめていたので黙っておく。「怖いね」とだけ返しておいた。



「さて……飛ぶか。メイベル、俺の背中に乗れ」

「えっ!? でも、一人でも飛べて」

「アホか、お前は! 落ちたらどうするんだよ!? ここから落ちて死んだりしたら、バニラも悲しむだろうが!」

(し、死なないと思うけどなぁ……)



 そう思ったけど、黙っておく。アレンは言い出したら聞かないし、何よりももう、すでにしゃがみ込んで、私に「ほら、早く乗れ」って言ってるし。おそるおそる近寄って、そっとアレンの肩に手を添える。



「よしよし、それじゃあ。ほい」

「わっ……大丈夫? 重たくない?」

「こんなこともあろうかと、マッスルインナーを着てきた。これを着ていれば、いついかなる時もメイベルを抱えて、逃げ出せるからな……」

「そ、そうなんだね。でも、それって救助の人が着るようなやつなんじゃ、」

「メイベルが災害に巻き込まれた時のことを想定して、買ったんだ。飛ぶぞ、いいな?」

「あ、う、うん……」



 アレンは本当に心配症だなぁ……。でも、そこまで気にかけて貰えて嬉しいかも。きっと、亡くなった弟さんの代わりにしているんだろうから。私のことを。



(きっと……アレンの弟さんは災害に巻き込まれて死んじゃったんだ。だから、アレンはこうして準備しているのかも?)



 ちょっと悲しくなって、背負われながらもぎゅっと、アレンのことを強く抱き締める。すると勘違いしたのか、「だ、大丈夫か!? 怖くないからな!?」と言ってくれた。



「大丈夫だよ、アレンは私を落としたりなんかしないもん」

「それはそう。落としたりしねぇよ」

「ありがとう! じゃ、お願いします!」

「おう。やっぱお前を抱えてると、不安とか一瞬で消えてなくなったな。あのダニエルも飛べたんだから、大丈夫だろ。行くぞ」

「うん!」



 少しだけ怖かったけど、大丈夫。しがみついていると、アレンが軽やかに駆け出してとんっと、向こうの橋に着地した。その途端、ぐわんぐわんと揺れる。



「あっ、そっか! 二人だからこれ、こんなに揺れるんだな!?」

「こっ、怖い怖い……!!」

「悪い! ちょっと走るか!」



 揺れる橋の上を走って、やっと郵便ポストに到着した。アレンが私をおろしたあと、箱の中にまだ玉子が残ってないか確認したけど、無かった。



「あ~あ……何だよ、ダニエルもシェラも。俺達への嫌がらせかよ?」

「う、うーん……どうなんだろ?」

「……まぁ、行くか。ほい」

「へっ?」

「どうした? メイベル」



 アレンがきょとんとした顔をして、手を差し出していた。一瞬、繋ぐかどうか迷った。でも。



「あ、ありがとう……」

「ん、気をつけろよ。ここ、通路によってはいきなり水が降ってきたりだとか、壁からボールが飛び出してくるみたいだからな」

「うん、ありがとう。まだ寒いし、濡れたくはないかな……」












「なぁ? ヘンリー。そろそろ、裏切り者は粛清すべきだと思うんだが」

「どうしたんだ? ハリー……いつになく機嫌が悪いな」

「あれでしょ。最近、マリエルさんが実家に泊まってるからでしょ」

「踏んで貰えなくて悲しいってか? というかさ、俺」



 ざわざわとうごめいて、襲いかかってくる植物の蔦を蹴り飛ばしながら、フレデリックがひょいっと首を傾げる。すると、前方から赤いボールが飛んできた。てんてんと、背後に落ちて弾み出す。



「ダニエルさんがあんな風に、アレンとメイベルちゃんの肩を持つとは思わなかったよ。迫力がすごかったじゃん。有無を言わせない感じがあった」

「あったね、それは確かに。俺もそう思った」

「んんんんん……!! この世で最も出たくない結婚式、アレンとメイベルちゃんのだなー! イチャついて欲しくねえ、破局しろ! 今頃、いがみ合っていればいいのに!!」

「いや、それは絶対無いでしょ。ありえない、ありえない」

「俺もノアと同意見だなぁ……それにどーせアレンのことだから、メイベルちゃんとイチャついてるよ」

「今頃、キスとかしていたら楽しいのにな」



 フレデリックの言葉に、その場にいた全員がぴたりと足を止める。フレデリックだけが呑気に「ん?」と呟いていた。ノアがそれを見て、切り出す。



「……俺さ、前から疑問に思ってたんだけどさ?」

「おっ? おっ? 先に粛清すべきは、フレデリックさんだったのかなぁ?」

「どうしたんだよ、ハリー。その動きは」

「これ? この前、ヘンリーと一緒に見に行っただろ? オットセイの真似」

「そうか……似ていたよ、動きがよくね」

「だろ? ありがとう!」



 淡い笑みを浮かべたヘンリーに褒められ、ハリーがくるくると回って踊り出す。真剣にピルエットをし出したハリーを無視して、ノアがじっとフレデリックのことを見つめた。



「あの二人の仲を裂きたいのか、くっつけたいのか。どっちなんですか?」

「あのノアが俺に敬語だと……!?」

「そう言えば、最近仲が良いですよね。二人とも」

「おえっ、おええええ……!! 酔った。ヘンリー、慰めて? 俺、プロのバレリーナにはなれなかったみたい……」



 べたっと抱きついてきたハリーの頭を撫でながら、ヘンリーが苦笑して二人のことを見つめる。



「俺としては……ダニエルさんの目が無いところで、散々邪魔したいなって。徹底的にすれ違って、とことん拗れてしまえばいいのに」

「へ、ヘンリー……そんな穏やかな顔で言うことか? お前」

「俺も賛成ー。まだまだメイベルちゃんと遊びたいし、つまらないでしょ。簡単にくっついたら」

「俺は……俺はそうだなぁ~」

「俺はダニエルさんがいても、いなくても! 散々邪魔したいでぇっす!!」

「「知ってる」」



 フレデリックが顎に手を添え、真剣な顔をする。そんな顔をしていると、まともなイケメンに見えた。



「俺は色んな人に嫌がられる存在でありたいなぁって……そうしみじみ思っているんだ」

「そんな……フレデリックさんこそ、慈愛に満ちた顔で言うことじゃないでしょう? それ」

「ひえっ……怖い。本物だ、本物」

「ちょっと、俺の後ろに隠れないで欲しいんだけど……?」



 揉め出した二人を無視して、フレデリックが遠くの方を見つめる。



「みんながメイベルちゃんとアレンの邪魔をしたい時、俺は二人を応援する。それで、アレンが嬉しそうにイチャついてる時は邪魔して、って、いたたたっ!? 何でみんな怒ってるんだよ!?」

「このドマゾめ、このドマゾめ!!」

「二人だけじゃなくて、俺達の邪魔までしやがって!」

「本当に気持ち悪いんだけど!? 反省しなよ、ちょっとはさ!」

「いででで!? あれっ!? 俺、何かそんなにまずいこと言った!?」












「わーっ!? 何でいきなり網の中に!?」

「そういう仕組みになってんだろ、待て。今助けるから」

「う、うん……ごめん」



 フェイクの木々の中を歩いていると、いきなり木の上から紐が下りてきて、不思議に思って眺めていたら次の瞬間、網の中にいた。怖い、空中だ。アレンが真下で私のことを見上げ、「よっ」と呟きながら、木によじ登る。



「色々と凝ってるなぁ~……あ、ここ押せば下がるのか」

「へっ? あ……本当だ。下がっていくね」



 木の枝に乗ったアレンがボタンを押して、網ごと私を地面に下ろしてくれた。もぞもぞと四つん這いになって出ようとすると、素早く飛び降りてきたアレンが「ちょっと待て、メイベル」と言って網を上げてくれる。



「良かった。ボタンを押せば、網からも出れる仕組みになってたみたいだな。ほい」

「ありがとう……」



 その手を取って抜け出すと、真剣な顔で見つめてきた。それから、いつものように私の茶髪を整え出す。



「よし、カチューシャを付けて完成っと」

「あ、ありがとう……でも、自分で出来るよ?」

「まぁ、うん。心配だからな。行くか。玉子がこの森にあるといいんだけどなぁ~」



 手を繋いで歩く。辺りはひっそりと静まり返っていて、どこか不気味な雰囲気だった。本物の木から色も匂いも剥ぎ取った木が並んで、こちらを眺めている。ぎゅっと、アレンの手を握ると、すぐさま「どうした?」と声をかけてくれた。



「あ、ううん。ただ、ちょっとだけ怖いなって。他のお客さんもいないね?」

「ああ、まぁ、時間が決まってるからなぁ……」

「時間?」

「向こうで調整してるみたいだな。何でも、六時間越えるとスタッフがやって来るんだってよ。まぁ、いつでもこのボタンを押せば帰れるが」

「つ、つまんないからしない……」



 参加者に一個ずつ、配られているボタンを持ち上げて、アレンがちょっとだけ笑う。それに笑い返していると、“鏡の間”と書かれた看板が目の前に現れる。



「鏡の間……?」

「……入ってみるか。ぱっと見、洞窟にしか見えないけどなぁ」

「だね。暗いし……入ってみようか」

「ん。足痛くないか? 大丈夫か?」

「大丈夫、大丈夫~。アレンが買ってくれた中敷のおかげで、全然痛くならないよ~」

「悪いな、気付くのが遅くなって。あと他に、見落としてることはないか……?」



 アレンが私に出来ることは何か無いかと、ぶつぶつ呟きながら歩いて、洞窟の中に入っていく。最初は真っ暗闇だったのに、いきなりばちんと明るくなった。



「わっ!? ……すごい、一面鏡だ!」

「あっ! あれじゃないか!? 玉子が入ってるの!」

「本当だ! 宝箱みたいなのがある!!」



 床も天井も鏡張りで、きらきらと輝いている鏡の間の奥に、小さな宝箱が置いてあった。そちらへ向おうとすると、ぼうっと赤い炎が踊り出てくる。それは見る間に真っ赤な炎の虎となって、鋭い牙を剝き出しにした。



「しばし待たれよ、我の問いかけに答えて貰おうか」

「おお……本格的だな! どんな魔術を使ってんだ? これ」

「すごい、すごいね……!!」

「そなたの大切な者の名を唱えよ」

「へっ!?」

「メイベル・ロチェスター」

「即答!?」

「よろしい、嘘が無い。その者が開けれるだろう」



 ぶしゅんと、赤い炎が消えてゆく。い、今のは一体……? アレンがほくほくとした顔でしゃがみ込み、箱に触れた。



「いやぁ~、陰湿な仕掛けも多くあるみたいだからなぁ。簡単な仕掛けで良かった、母親の名前とか言わなくて良かった!」

「あっ、今のはそれ!? だって、ここにお母さんはいないもんね!? 引っかけ問題的なやつで、アレンはそれが分かってたの? すごいね!」

「いや? 俺が大切に思ってるのはメイベルだから」



 思わず顔が赤くなってしまう。アレンが箱を開けた瞬間、ふわりともう一人の私が現れた。何故か繊細なレースとフリルが重なった、幻想的な淡いグリーンのドレスを纏っていて、妖精の羽まで生えている。背中までの茶髪は滑らかに光り輝いていて、肌も白く、透き通るかのよう。栗色の瞳は潤んでいて、すごく優しそうだった。そんな私が、金の玉子を持ってにっこりと微笑む。



「た、玉子をくれるの!? で、でも、すごく綺麗になってる……!?」

「え? こんなもんだろ、いつも。お前は」

「へっ!?」

「まぁ、魔術仕掛けで……問いかけに答えた本人のイメージがそのまま、具現化されているんだろうが。甘いな、こっちの方が可愛い」

「えっ……」



 驚きすぎてそれしか言えない。アレンがまじまじと私を見てから、にっこりと微笑んでいる綺麗な私を見て、ふんと鼻でせせら笑った。



「流石に、メイベルの純真無垢な笑顔は表現出来なかったか……!! これが魔術の限界ってやつだな。本体の方が神がかってる」

「かみが……?」

「ああ。今日も可愛いな、メイベルは。さて、玉子を貰うか。ちょうど三つ揃った。これでようやく外に出れる」



 アレンの頭の中は一体、どうなってるんだろう……? 恥ずかしいのと嬉しいのと、困惑がごっちゃになっていてよく分からない。私が顔を赤くさせたまま、立ち尽くしていると、アレンが振り返って焦り出す。



「お、俺はこんなドレスをお前に着せたいとは、微塵も思ってないからな!?」

「えっ、そこ!? ……でも、綺麗だよね?」

「これから春になるし、俺としてはこの間見たレースの白い襟付きのワンピースと、デニムジャケットとスニーカーの組み合わせが良いと思うんだが」

「詳しいね……そういうの、見てきたの?」

「えっ、いや、まぁ、偶然通りかかっただけだし……あと、ドレスを着ていても可愛いんだろうけど、普段リラックスしているメイベルが一番可愛いと思うんだ、俺」



 多分、背中まで赤くなってるんじゃないかな。私、今。とうとう我慢出来なくなって、しゃがみ込み、両手で顔を覆う。



「えっ!? どうした!?」

「は、恥ずかしい……アレンは恥ずかしくないの!?」

「えっ? おこ、怒ってる!? 何で!?」

「わ、私、どう反応していいのか、よく分からなくって……!!」

「メイベル」



 アレンが静かな声で私の名前を呟き、しゃがみ込む。そっと見上げてみると、真剣な顔をしていた。いつになく、その青い瞳が真剣に私のことを射抜いている。何故か、心臓の鼓動がばくんばくんと速くなった。アレンの青い瞳に見つめられながらも、息を止める。



 どうしよう? 今すぐ逃げ出したいぐらい、恥ずかしいのに。距離も近くて、コロンの匂いも漂ってくるのに。ずっとずっと、このままでいたいと思ってしまっている。ぽんと、おもむろにアレンが私の肩に手を置いた。



「雨が降ってくるのと同じぐらい、お前が可愛いのは当たり前だろ? お前が可愛くないと言う人間は人間じゃない。ダニ以下の存在だ」

「ダニ以下の存在……?」

「まぁ、普通に考えて頭がおかしいんだろうな。でも、メイベルが可愛いのは事実だ。雨が降ってきたことを話して、照れる人間がどこにいる? お前は可愛い。可愛いから、可愛いと言っている。そんなことを口にして、恥ずかしいという気持ちが湧いてくるとでも? いいや、微塵も湧いてこない。何故なら俺は今、事実を言っているからだ。分かったか? これで」



 何も言えなくなってしまった。一体、どう返せばいいんだろう……。硬直していると、満足そうに立ち上がって「さ、帰るか。今日の夕飯、何が食いたい?」と聞いてくる。



「私……」

「ん? どうした?」

「アレンのこと、理解しているはずだったのにな……」

「は!? 何が!?」

「私、アレンの友達以下の存在かもしれない……」

「どうした!? メイベル、一体どうした!?」

「飲み込めない……」

「メイベル!? だから、一体どうしたんだよ!? あれか!? やっぱ足でも痛いのか!?」





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