10.頑張った彼女へのご褒美とハーブ園
白いパーカーを着たメイベルが、猫じゃらしをぶんぶん振っていると、青い目を輝かせたバニラが、お尻をもにもにと振って飛びついた。そのまま笑って、ソファーの上で遊んでいると、アレンがことんと、チョコドーナッツと珈琲をテーブルの上に置いてくれる。今日は白と黒のボーダー柄ニットを着ていた。
「あっ、ありがとう……美味しそう」
「にゅっ」
「お前はこっちな。ほい」
そう言って渡したお皿の中には、ほぐした白身魚が入っていた。あぐあぐと嬉しそうな顔で、私の横で食べ始める。白い紙に包まれたドーナッツを持ち上げると、かさりと音がした。今日は天気が良くて、大きな窓から、燦々と陽の光が射し込んでくる。
「あの……ごめんね? 何かいつも」
「いや、趣味だしいいよ。大丈夫か? お前、体調は」
「えっ、体調? 別にどこも悪くないけど……」
「ほら? マリエルの時も張り切ってたじゃん? 最近、喉が腫れてるって言ってたし」
「ああ……でも、大丈夫。アレンが作ってくれたニワトコのシロップを飲んだら治ったよ~。ありがとう」
笑ってピースサインを作ると、立っているアレンが微笑み、満足そうに青い瞳を細める。良かった良かった。最近、何だかずっと過保護だし。
(っは! アレンの……アレンの可愛い妹作戦忘れてた。大丈夫かな?)
すっかり忘れてた。戸惑って見上げていると、不思議そうな顔で「ドーナッツ、食べないのか?」と聞いてくる。そうだった、食べよう。まずは。慌てて頬張ると、しっとりと崩れ落ちていった。甘いココア生地に、ぎっしりと胡桃と苺の粒々が入っていて、ラム酒の風味が堪らない。
「むぐ、おいひい……ありやほう、アレン」
「いや……良かった良かった。職場の近くにあったドーナッツ屋なんだが、ばあさんが一人で運営していてな」
「へー……行ってみたい。素朴な味がして美味しいよ、これ。あっ、良かったら一口食べてみる?」
「ごめん。今、カメラを取り出したところだからさ……」
「あっ、えっ? また撮るの……?」
「ああ。奇跡的にうるさいあいつらもいないからな……」
今は午後二時で、多分みんな、お昼寝していたり出かけたりしている。いつもはリビングにいる、ヘンリーでさえもいない。緊張してピースサインを作っていると、アレンがふっと笑って、カメラを構えたまま「ここ、ついてる」と教えてくれた。
「えっ? ドーナッツの欠片、ついてる? ここかな?」
「あー、そこじゃなくて。ここ」
「ありがとう」
「にゅうん」
「バニラちゃん、もう食べ終わったの?」
「にゃあ」
カメラを向けられたら、自分もポーズをとるべきだと思っているらしく、ぴんと尻尾を立てつつお座りをして、ふすんと息を吐く。アレンが苦笑して、「俺が撮りたいのはお前じゃないんだけどなー」と言いつつ、シャッターを切った。
「あー……よしよし。だいぶ上手く撮れるようになってきたな」
「アレン、本当に腕が上がってきたよね……? いつも可愛く撮ってくれてありがとう」
「いや……まだだ。まだこんなもんじゃないんだ……くそ! やっぱり実物通りに撮るのって難しいなぁ」
「そうかなぁ~……かなりその、綺麗に撮れてると思うけどなぁ」
「いいや! 撮れてない。違う!」
「そ、そっか! 頑張れ……」
「おう、頑張る。どっかに通って学ぼうかな……」
薄々思ってたことだけど、アレンって凝り性だ。出てきた写真を受け取って見てみると、やっぱりそこには、いつもより綺麗な私が映っていた。首を傾げていると、バニラちゃんが「うにゃあん」と鳴いて、手元を覗き込んでくる。
「あっ、そうだ。体調が良いのなら、前言ってた博物館に行ってみるか? いや、でも、天気が良いしな……」
「ハーブ園行きたい、ハーブ園に!」
「じゃあ、そうするか。あっ、ピクニックセットでも作って持って行くか……?」
「つ、作るの!? 一体どうして!? 私、アレンとただのんびり歩いているだけでも楽しいんだけど……?」
「いや、物足りないなと思って。ちょっと俺……って、わぁ!? ダニエル!?」
そこにはぼたぼたと、黒髪から水を滴り落としているダニエルが佇んでいた。黒縁眼鏡を直して、慄くアレンを見つめている。
「雨……一瞬だけ、降ってきて」
「は? こんなに晴れてんのに……?」
「だ、大丈夫ですか?」
「それよりも」
ダニエルが黒いポケットを探って、魔術手帳を出して開いた。だ、大丈夫なのかな? 本当に……。
「ヘンリー……に、ハリーも帰ってくる。早く出かけた方がいい……」
「えっ? マジかよ。でも、俺は色々と用意があって」
「鞄……鞄持って、コート着て行けばいいから。それで」
「いや、でも寒くなるかもしれないしメイベルに、」
「メイベル、用意して」
「あっ、はい……」
「だ、ダニエル? どうしたんだよ? お前……」
ダニエルが無言で、がっとアレンの胸倉を掴む。でも、すぐにぱっと手を放した。それから「いや、用意が」と言って聞かないアレンの背中を押して、「切りが無いから……早く行って」と呟き、リビングから締め出した。
「えっ、えーっと……出かける準備をしたらいいんですかね?」
「うにゅうん……」
「あっ、淋しいの? ごめんね? ちょっと待っててね……」
「俺、みてるから……」
「ダニエルさん、あの」
濡れた黒いコートをハンガーラックにかけて、緑色のセーター一枚になったダニエルがこちらを見て、ちょっとだけ淋しそうな微笑みを浮かべる。それと同時に、お出かけを察して、頑固な顔で膝に登ってきたバニラちゃんが、ふちゅんと伏せをする。
「うにゅっ」
「ご、ごめんね? バニラちゃん……」
「メイベル……鞄はこれかな? 今朝、出かけてた時の」
「あっ、はい。お財布も手帳も全部入っているので……」
「今から、フレデリックも帰ってくるだろうから……出来たら、アレンと二人で晩ご飯を食べてきて」
「あの、でも、バニラちゃんも淋しがるだろうし」
「大丈夫……ノアも今日、撮影から帰ってくるから。それに、その、ヘンリーもマリエルもいるし……ゆっくりしてきて、アレンと二人で」
「あ、ありがとうございます……」
何だろう? やたらと、アレンと二人でって強調しているような……? ふわふわと、不満そうな雰囲気を漂わせているバニラちゃんの頭を撫でて、首を傾げていると、アレンが急いでやって来た。
「済んだぞ! これで満足か!? ダニエル!」
「うん……メイベルのコート、これ」
「おう、ありがとう。メイベル、行くぞ。あいつらが来たらうるさいからなぁ」
「あっ、じゃあ」
「うにゃあん」
悲しげな声で鳴くバニラちゃんを見て躊躇していると、よろよろとダニエルがやって来て、さり気なく私をアレンの方へと押しやる。そして、びゃっといつものように飛びつかれて、慌てながらも捕まえ、両手に持った。
「ほら……待ってるから。いただだだ……!!」
「にゃぐぅ」
「だっ、大丈夫ですか!?」
「相変わらず舐められてるなぁ……まぁ、行こうか。メイベル、ほい」
「ありがとう……でもね? コートぐらい、ちゃんと一人で着れるからね……?」
アレンが私の言葉を無視して、黙々とアイボリーのコートを着せたあと、丁寧にマフラーを首に巻いてくれる。祝祭の時にくれた、手編みの真っ赤なマフラーだった。
「よし! これでいいな。忘れ物は無いか? メイベル」
「無いよ~、大丈夫!」
「にゅっ、にゅう」
「おやつ、おやつあげるよ、ば、バニラちゃん……」
ダニエルが怖々とおやつを渡すと、即座に飛びかかって、何故か肩によじ登り、黒髪頭をあぐあぐと噛み出す。戸惑っていると、アレンが私の手首を引っ張った。
「ほら? 切りが無いだろ、行くぞ」
「えっ? あっ、うん……ダニエルさん、行ってきます!」
「行ってらっしゃい……」
「うにゃあ」
新しいおもちゃを見つけたからいいよと、まるでそう言うみたいに、バニラちゃんがお返事をする。苦笑して手を振ると、ダニエルが少しだけ嬉しそうに笑って、よれよれと手を振り返してくれた。玄関のドアを開けて、外に出ると、眩しい陽射しがかっと当たる。
「わ~……本当に今日、お天気が良い」
「だな。ああ、悪い。手、掴んだままだった」
「あっ、うん」
ぱっと手を放してから、紺色のポケットに手を突っ込んで歩く。その後ろ姿を見つめながら、庭の小道を歩いていた。宝石のようにきらきらと光っている、エメラルドグリーンに青、あえやかな薔薇色に乳白色の宝石団栗。それを木の枝と一緒に踏みしめると、ばきりと砕けて、また輝いてゆく。頭上では、鳥がピチピチと、騒がしくお喋りをしていた。
「ねぇ! アレン、もうちょっとだけゆっくり歩いてくれない……?」
「あっ、ごめん……悪いな。あいつらが来る前に早く出かけようと思ってさ」
「ううん、大丈夫……」
息を荒げて立ち止まると、アレンが眉を下げる。その申し訳なさそうな顔にぷっと吹き出すと、耳を赤くして「何がおかしいんだよ?」と言ってきた。
「ごめんね? 行こっか、ハーブ園に!」
「おう。あっ、でも、今日はお前のリフレッシュな? 最近、誰かのために頑張りすぎなんだよ。お前……」
「そうかなぁ……でも、アレンがこうして気遣ってくれるし、全然無理はしてないからね?」
「嘘くさ……」
「えっ!? 酷い……」
笑いながら歩いていると、アレンもちょっとだけ笑う。上を見上げると、樹木の天蓋が広がっていた。枝葉が陽の光を落として、木漏れ日を地面に作り出す。ちょっとずつ、ちょっとずつ、春の気配が滲み出てきてる。
「まぁ、何もしなくていいから。……お前はいつも、焦ってるけど」
「あっ、焦ってなんか……」
「うーん? 強迫観念っていうか? 誰かに優しくしないといけないって、そう思い込んでるだろ、お前」
その言葉にひゅっと息を飲み込んで、立ち止まる。どうして分かっているんだろう、アレンは。もちろん、一緒にいる時間も長いし。アレンは気配り上手だし、よく気が付くし。気が付いて当たり前なのかもしれないけど。でも。鳥が囀っている中で、アレンが「どうした?」と呟いて立ち止まる。その青い瞳は澄んでいて、陽の光を反射していた。
「私……その」
「うん? 別に無理に説明しなくてもいいけど? お前は何もせず、そのままで」
「で、でも、あの」
「いるだけでいいよ、そこに。ほら? あいつらだってさ? お前がいるとちょっとは言動を改めようって思うみたいでさ……メイベル」
さくさくと、枯葉と地面を踏みしめて、アレンが近寄ってくる。何も言えずにただ、俯いていると、私の冷たい指先をぎゅっと握り締めてくれた。
「大丈夫。無理しなくても。行くか、気分転換しに」
「うん……ありがとう、アレン」
「うおっ!? あいつら早いなー……あーあ、からかわれんの嫌だな。また」
それでも、温かい手のひらで私の手を握ってくれている。突き放されないと感じてほっとすれば、心の奥の氷塊が、ゆるりと溶けていくような気がした。そうだ、きっとあともうすぐで春も来るだろうし。
「楽しいこと、沢山したいな……アレンと一緒に」
「おう、しようぜ。苺もそうだし、ああ、お前の好きな花柄グッズもいっぱい出てくるしなぁ」
「うん! おーい、ハリー! フレデリックさーん、ヘンリー!」
「えっ!? 何でまた手を繋いで歩いてんの!?」
「アレンのーっ! 浮気者おおおおおっ!!」
「ここに愛人二号がいるぞー! ハリーだぞ!」
「あいつら、言ってることが滅茶苦茶だな……あーあ、うるせ」
がたんごとんと、トラムが揺れ動く。膝に鞄を抱えたまま、わくわくしてレトロな赤と青の街並みを眺めていると、隣に座っているアレンが笑った。
「楽しいか? メイベル」
「たっ、楽しい……!! お父さんとね? お母さんと出かける時は大体、車移動だったから」
「こういうのもいいよな、楽しくて」
「だ、だよね……わ~、お花屋さんがある。可愛い」
「おっ、あっちで風船売ってるぞ。何で風船?」
「ん~? 何だっけ? この街に確かそういう祝祭があって……」
アレンと二人で喋って、時々キャラメルやミント色の飴玉を貰ったりして、ハーブ園へと向かう。あまりにも暖かい陽射しにうつらうつらしていると、ぐいっと肩を抱き寄せてくれた。
「アレン…? ごめん」
「いや、首が痛むだろ? 寄りかかってていいから、別に」
「ん……じゃあ、着いたら起こしてくれる?」
「おう。それまで寝てろ、ゆっくりしてろ」
「ありがとう……」
がたんごとんと、つり革がぶら下がったトラムが揺れ動く。ああ、温かい。陽射しが顔を照らしてる。コロンをつけているのか、ふわりと、アレンからライムのような香りが漂ってきた。瑞々しい香り。肩に頭を乗せたまま、その香りを深く吸い込む。
「私……」
「ん? どうした? 膝にするか?」
「ううん……この香り、好きだなぁと思って」
「ああ、去年の誕生日プレゼントで……ヘンリーがくれて。お揃い」
「おそ、お揃いなの……?」
「おう。何かくれた。ヘンリーからもきっと、同じ匂いがしてくるぞ」
「へ、へー……でも、ちょっと違うような気がするなぁ」
「そうだなぁ。体臭によって変わるしなぁ」
「うん……ふふ」
楽しいな、何だか。でも、確かにここ最近ずっと、誰かのことばかりを考えて動いていたような気がする。でも、本当に優しい人はこんなこと考えたりしない。本当に優しい人は、自然と誰かを気にかけて、周囲をほっこりさせるような人で────……。
「……さん」
「何だって? どうした?」
「あっ、ごめんなさい……何でもないの。寝言? 独り言……?」
「そっか。ならまぁ、いいんだけど」
「うん、ごめんなさい……ああ、でも、私さっき」
「おう。どうした?」
「アレンがそのままでいいよって……いるだけでいいよって言ってくれて嬉しかった。何か、丸ごと肯定されたみたいで。だからありがとう、おやすみ」
アレンが少しだけ息を飲み込んでから、「ああ」と言ってくれた。良かった。
(ねむ、眠たい……今日はもう、早く寝よう。そうしよう)
メイベルがぐっすりと、深い眠りに落ちたあと。アレンがぼそりと呟いた。
「……ライさんへの恩返しになるのかねぇ、これが」
これはただの自己満足。でも、しないよりやる方がマシだろ。そう自分に言い聞かせて、膝に置いてあった、読みかけの本を開く。がたんごとんと、穏やかな音だけが響き渡っていた。
「ふぁ~! よく寝た!」
「良かった良かった。ここからちょっと歩くけど大丈夫か?」
「うん、大丈夫~。あっ、ジュース売ってる……」
「買いに行くか」
は、早い。即決だ……。トラムから降りてすぐに、アレンが白と黄色の看板を掲げたジューススタンドへと向かう。この辺り一帯は観光地になっていて、冬でもあちこち黄色や赤の花が咲いている。人々の間を通り抜けて、アレンの後ろに立つと、すぐにこっちを振り返ってくれた。
「どうする? ジェラートもあるけど。あとチョコスモアもある」
「チョコスモア……!!」
一緒にメニューを覗き込んでみると、ほろ苦い珈琲の上に白いマシュマロが乗せられ、カラフルなチョコスプレーとチョコソースがトッピングものが載っていた。私の目が輝いたのを見て、アレンが「すみません、これ一つください」と頼む。
「あとは? 何にする?」
「だっ、大丈夫……」
「じゃあ、ラズベリーとチョコのジェラートをください」
ラズベリーとチョコ……美味しそう。頼み終えて、少しずれて待っていると、アレンが「食えばいいから、お前が」と言ってくれた。
「えっ? でも、アレンが頼んだやつ……」
「俺はお前が残ったのを食うつもりだから」
「もっ、申し訳ないよ……そんな、お母さんにするみたいなことできな、」
「いいだろ、別に。俺がしたくてしてるだけだし」
アレンがぷーんと、澄ました顔で遠くを見つめる。ああ、こうなっちゃうとアレンは本当に聞いてくれないから……。でも、これがアレンなりの親切だから。傍から離れて、店に行き、スプーン二本とちょうど出来上がった商品を受け取る。
「はい! じゃあ、分け合いっこして食べない?」
「……だな」
「楽しみだねぇ、ハーブ園」
「草と土しかないけどなぁ」
「けっ、景色も良いし……」
「普段住んでるところからも、十分綺麗な景色が見えるだろ。あそこ高台だし」
あれ? じゃあ、どうして付いてきてくれたんだろう。真っ赤なジェラートをつつきながら歩いて、見上げてみると、代わりにチョコスモアを持ってくれているアレンが呟く。
「俺、お前の顔見てるから。関係ない、景色とか」
「へっ、へー……」
「カメラ、持ってきたし。好きにはしゃげよ、メイベル」
「うっ、うん……? ありがとう、アレン。そ、その」
「あ? どうした」
がやがやと、人がごった返す中で、アレンが不思議そうな顔をする。何故か心臓がばくんと鳴り響いて、落ち着かない気持ちになってしまった。
「わっ、私が今まで行きたい! って言ってたところはその、草と土ばっかりなんだけど!?」
「ああ、だな。でも、好きだろ? そういうところ」
「す、好きだよ? でも、興味が無いのに付き合わせちゃって……」
「あれっ? 噛み合ってないな……俺は楽しそうなお前の顔を見てたら、楽しいからそれでいい」
「う、うーん……いや、でも、申し訳ないし……」
アレンが少しだけ考え込んでから、ジェラートを見つめる。そして、スプーンでチョコとラズベリーが混ざり合って、どろりと溶けた部分を掬い上げて食べた。
「……じゃあ今度、服屋にでも行くか」
「服屋さん? うん、いいよ! 行こう行こう~」
「で、そこでメイベルの服を俺が買う」
「どっ、どうして!? アレンのしたいことは!?」
「俺……俺のしたいことなぁ。でも、クラシックコンサートにも行ったじゃん? 祝祭の時、ヘンリーに貰ったチケットで」
「あっ、うん……楽しかったね」
戸惑いつつそう返してみると、ふはっと、白い息を吐いて穏やかに笑う。すっきりと、綺麗に晴れ渡っていた。先程の雲が消え失せて、眩しい青空が広がっている。人で活気づいているからか、そこまで寒くなかった。
「あの時のメイベル、可愛かったなぁ……俺も俺でしたいことしてるし。それに、嬉しいだろ? 自然とかさ、そういう系に行くと」
「うん……でも、いいのかな? 無理させちゃってない?」
「いやぁ~……俺のリフレッシュにもなってる。普段くっそ我が儘なガキどもを相手に仕事してるとなぁ~……それに、家に帰ってもああだろ? お前とのんびり草見てる方がいい。落ち着く」
「そ、そっか。ならいいんだけど……」
リース作り体験とかもあるから、そういうのしたかったんだけどな……。もそもそとジェラートを食べていると、アレンが素早く気が付いて、「どうした?」と聞いてくれる。
「あの……リース作り体験とか」
「死ぬほど興味無い。でも、したいんだろ? しようぜ」
「う、うーん……じゃあ私、」
「お前の楽しそうな顔を見ていたいから、それを見ていると幸せな気持ちになるから! それでいい! 分かったか? 返事は!?」
「あっ、ごめん、ごめんなさい……ありがとう」
ちょっと食い気味にそう言ってきたので、とりあえず頷いておく。そっか、私が楽しいとアレンも楽しいんだな。アレンがどこか満足そうに頷いて、前を向いて歩く。ハーブ園へと続くロープウェイは、もうすぐそこだった。
「ほわっ、ほわぁ~……」
「良かったな、貸し切り状態で」
「ひっ、広い……綺麗! 楽しい!」
粉砂糖をまぶしたかのような白銀の樹木に、のそのそと歩いている、魔生物のアルパカもどき。ふと遠くの街並みを見てみると、その上をゆったりと翼を広げた、青い小型のドラゴンが飛んでいった。
「わっ、わ~! ドラゴンだよ、アレン! ドラゴン!」
「へぇ、珍しいな。ラッキーだったな」
「ねっ! たの、楽しい……!!」
「良かった良かった。はしゃぎすぎて転ぶなよ?」
「だ、大丈夫……でも、気をつけるね?」
「おう。あ、そろそろだな。意外と早かった」
ロープウェイから降りたあと、不思議な良い香りがするハーブが沢山植わっている、ぐねぐねと入り組んだ小道を歩いて、彫像や噴水を見て楽しんだ。中にはカップル向けの記念撮影コーナーもあって。それをほれぼれと見つめていると、近くにいたカップルに声をかけられる。
「あの、良かったら撮りましょうか?」
「へっ? あの……」
「じゃあ、せっかくだからお願いします」
どうしよう? 絶対カップルに間違われてる……。困惑していると、アレンが何も気にせずに私の手を引いて、ハート形モニュメントの前に立った。傍らには赤い薔薇が這って咲き誇り、白い風船と赤い風船が浮いている。
「ほら、笑って?」
「アレン? あの」
「ちょうど良かった……二人で撮った写真が欲しかったんだよ。あいつ……ヘンリーがさ? 撮りたがらなくってさ」
「そ、そうなんだ……?」
「ハリーは論外だろ。あっ、すみません。ちょっと待っていてください、彼女が緊張しているみたいで」
金髪に青い瞳を持った、気の強そうな美女がにっこりと微笑んで、愛想良く「大丈夫ですよ~」と言ってくれる。その後ろでは、恋人らしき黒いスーツを着た男性が苺ミルクを飲んで、こちらをぼんやり見ていた。でも、違和感を感じる。さえざえと輝く、冬の月のような美貌とその瞳。多分、人外者だ。あの人。少しだけ見つめ合っていると、アレンがこちらの肩をそっと抱き寄せてきた。
「えっ? あの」
「いや、せっかくだからと思って」
「せっかくだから……?」
「向こうも勘違いしてるみたいだし。あとでヘンリー達にこの写真見せて、からかってやろうと思ってな」
「なる、なるほど?」
近い距離に、思わず頬が赤くなる。ぎこちなく笑ってピースを作っていると、「初々しい、可愛い」と言って、カメラを持った女性が苦笑する。あっ、多分、私、まずい顔をしてるんだ。どうしよう……。困っていると、アレンがすぐ隣で囁いた。
「大丈夫大丈夫、どんなカメラもお前の可愛さは表現出来ないから」
「……アレンってたまに、すごいこと言うね?」
「そうか? 事実だけど。悲しいことに、これが現実なんだよな……」
「う、うん……?」
よく分からないけど、可愛いと言われて嬉しかった。それを抑えずに笑うと、どこかほっとした顔で写真を撮ってくれる。
「わ~……ありがとうございます!」
「いえ、私達も撮って貰っても?」
「あっ、もちろんです」
ふとアレンを見てみると、貰った写真をまじまじと眺め回していた。うーん……チェック中だなぁ。眉間にどんどん皺が寄っていく。仕方ないので、そんなアレンはそっとしておき、二人の写真をぱちりと撮る。まだ撮られ慣れていないのか、人外者の男性は真顔で、苺ミルクのパックを持ったまま、彼女の隣に佇んでいた。
「ありがとうございまーす。それじゃあ」
「あっ、はい! それじゃあ。ありがとうございまーす」
ひらひらと、可愛らしい笑顔で手を振ってくれる。きゅんとしてしまった。怖そうで、仕事が出来る系の美女だったけど、全然そんなことなかった。優しい……。
「ねぇ? アレン、今の人って……」
「ああ、腕前が悪いよな……」
「いや、そういう話じゃなくて……それに、綺麗に撮れてると思うんだけどなぁ」
「そうかー? 心なしか、お前の顔色が悪いような気がする……!!」
「うん……あの、さっきの人が」
「へ? うん、どうした? 何か嫌なことでも言われたのか?」
きょとんとした顔のアレンがそう聞いてくる。ああ、駄目だ……私の写真しか見ていないみたい。でも、念のため聞いてみる。
「顔……覚えてる? 女の人の。ちょっと怖そうな感じの人だったけど」
「んー、覚えてない。でも、お前、すっごく緊張してたなぁ」
「うん……そうだね。近かったし、アレン」
「トラムの時の方が距離は近かっただろ。さっ、リース作りにでも行くか!」
「うん……行こっか」
アレンは本当に最近、私の話しかしないな……。嬉しいんだけどね、ちょっとなぁ。どんな顔をしたらいいのかよく分からずに、てくてくと歩いていると、白と青の爽やかな建物が見えてきた。あそこには確か、カフェも併設されている。わくわくしながら入ってみると、すぐに“リース作り体験はこちら”と書かれた看板が飛び込んできた。
「あーっ……疲れた! リース、部屋に帰って飾るかぁ~」
「うん! ごめんね? その、作らせちゃって……」
「いや、別に。あっ、お前が好きそうなリース作っておいたから。そっちのお前が作ったリースと交換しないか?」
「別にいいけど、一体どうして?」
「俺の部屋に飾る。それはまぁ、好きにしたらいい。どこにでも飾れ」
テーブル席の向かいに座ったアレンが、私の作った、赤い木の実付きのリースを丁寧にしまって、満足げにお水を飲む。まぁ、欲しいのならいいんだけど……。こくりと冷たいお水を飲んでから、外に目を向けると、空が赤く霞んでいた。綺麗な夕焼けだった。冬らしく、空が赤々と燃えている。
「綺麗~……楽しかったよ、ありがとう。アレン」
「ん、気分転換になったか?」
「なった、なった! そうだ、今日はね? 二人でご飯食べてきてってダニエルさんが言ってて」
「じゃあ、ここで頼んで食うか。鶏肉のハーブカレーとか、鴨とバジルソースとか。うまそうなもん、いっぱい載ってるぞ?」
「わぁ、本当だ! 見せて見せて~」




