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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
44/134

10.頑張った彼女へのご褒美とハーブ園

 






 白いパーカーを着たメイベルが、猫じゃらしをぶんぶん振っていると、青い目を輝かせたバニラが、お尻をもにもにと振って飛びついた。そのまま笑って、ソファーの上で遊んでいると、アレンがことんと、チョコドーナッツと珈琲をテーブルの上に置いてくれる。今日は白と黒のボーダー柄ニットを着ていた。



「あっ、ありがとう……美味しそう」

「にゅっ」

「お前はこっちな。ほい」



 そう言って渡したお皿の中には、ほぐした白身魚が入っていた。あぐあぐと嬉しそうな顔で、私の横で食べ始める。白い紙に包まれたドーナッツを持ち上げると、かさりと音がした。今日は天気が良くて、大きな窓から、燦々と陽の光が射し込んでくる。



「あの……ごめんね? 何かいつも」

「いや、趣味だしいいよ。大丈夫か? お前、体調は」

「えっ、体調? 別にどこも悪くないけど……」

「ほら? マリエルの時も張り切ってたじゃん? 最近、喉が腫れてるって言ってたし」

「ああ……でも、大丈夫。アレンが作ってくれたニワトコのシロップを飲んだら治ったよ~。ありがとう」



 笑ってピースサインを作ると、立っているアレンが微笑み、満足そうに青い瞳を細める。良かった良かった。最近、何だかずっと過保護だし。



(っは! アレンの……アレンの可愛い妹作戦忘れてた。大丈夫かな?)



 すっかり忘れてた。戸惑って見上げていると、不思議そうな顔で「ドーナッツ、食べないのか?」と聞いてくる。そうだった、食べよう。まずは。慌てて頬張ると、しっとりと崩れ落ちていった。甘いココア生地に、ぎっしりと胡桃と苺の粒々が入っていて、ラム酒の風味が堪らない。



「むぐ、おいひい……ありやほう、アレン」

「いや……良かった良かった。職場の近くにあったドーナッツ屋なんだが、ばあさんが一人で運営していてな」

「へー……行ってみたい。素朴な味がして美味しいよ、これ。あっ、良かったら一口食べてみる?」

「ごめん。今、カメラを取り出したところだからさ……」

「あっ、えっ? また撮るの……?」

「ああ。奇跡的にうるさいあいつらもいないからな……」



 今は午後二時で、多分みんな、お昼寝していたり出かけたりしている。いつもはリビングにいる、ヘンリーでさえもいない。緊張してピースサインを作っていると、アレンがふっと笑って、カメラを構えたまま「ここ、ついてる」と教えてくれた。



「えっ? ドーナッツの欠片、ついてる? ここかな?」

「あー、そこじゃなくて。ここ」

「ありがとう」

「にゅうん」

「バニラちゃん、もう食べ終わったの?」

「にゃあ」



 カメラを向けられたら、自分もポーズをとるべきだと思っているらしく、ぴんと尻尾を立てつつお座りをして、ふすんと息を吐く。アレンが苦笑して、「俺が撮りたいのはお前じゃないんだけどなー」と言いつつ、シャッターを切った。



「あー……よしよし。だいぶ上手く撮れるようになってきたな」

「アレン、本当に腕が上がってきたよね……? いつも可愛く撮ってくれてありがとう」

「いや……まだだ。まだこんなもんじゃないんだ……くそ! やっぱり実物通りに撮るのって難しいなぁ」

「そうかなぁ~……かなりその、綺麗に撮れてると思うけどなぁ」

「いいや! 撮れてない。違う!」

「そ、そっか! 頑張れ……」

「おう、頑張る。どっかに通って学ぼうかな……」



 薄々思ってたことだけど、アレンって凝り性だ。出てきた写真を受け取って見てみると、やっぱりそこには、いつもより綺麗な私が映っていた。首を傾げていると、バニラちゃんが「うにゃあん」と鳴いて、手元を覗き込んでくる。



「あっ、そうだ。体調が良いのなら、前言ってた博物館に行ってみるか? いや、でも、天気が良いしな……」

「ハーブ園行きたい、ハーブ園に!」

「じゃあ、そうするか。あっ、ピクニックセットでも作って持って行くか……?」

「つ、作るの!? 一体どうして!? 私、アレンとただのんびり歩いているだけでも楽しいんだけど……?」

「いや、物足りないなと思って。ちょっと俺……って、わぁ!? ダニエル!?」



 そこにはぼたぼたと、黒髪から水を滴り落としているダニエルが佇んでいた。黒縁眼鏡を直して、慄くアレンを見つめている。



「雨……一瞬だけ、降ってきて」

「は? こんなに晴れてんのに……?」

「だ、大丈夫ですか?」

「それよりも」



 ダニエルが黒いポケットを探って、魔術手帳を出して開いた。だ、大丈夫なのかな? 本当に……。



「ヘンリー……に、ハリーも帰ってくる。早く出かけた方がいい……」

「えっ? マジかよ。でも、俺は色々と用意があって」

「鞄……鞄持って、コート着て行けばいいから。それで」

「いや、でも寒くなるかもしれないしメイベルに、」

「メイベル、用意して」

「あっ、はい……」

「だ、ダニエル? どうしたんだよ? お前……」



 ダニエルが無言で、がっとアレンの胸倉を掴む。でも、すぐにぱっと手を放した。それから「いや、用意が」と言って聞かないアレンの背中を押して、「切りが無いから……早く行って」と呟き、リビングから締め出した。



「えっ、えーっと……出かける準備をしたらいいんですかね?」

「うにゅうん……」

「あっ、淋しいの? ごめんね? ちょっと待っててね……」

「俺、みてるから……」

「ダニエルさん、あの」



 濡れた黒いコートをハンガーラックにかけて、緑色のセーター一枚になったダニエルがこちらを見て、ちょっとだけ淋しそうな微笑みを浮かべる。それと同時に、お出かけを察して、頑固な顔で膝に登ってきたバニラちゃんが、ふちゅんと伏せをする。



「うにゅっ」

「ご、ごめんね? バニラちゃん……」

「メイベル……鞄はこれかな? 今朝、出かけてた時の」

「あっ、はい。お財布も手帳も全部入っているので……」

「今から、フレデリックも帰ってくるだろうから……出来たら、アレンと二人で晩ご飯を食べてきて」

「あの、でも、バニラちゃんも淋しがるだろうし」

「大丈夫……ノアも今日、撮影から帰ってくるから。それに、その、ヘンリーもマリエルもいるし……ゆっくりしてきて、アレンと二人で」

「あ、ありがとうございます……」



 何だろう? やたらと、アレンと二人でって強調しているような……? ふわふわと、不満そうな雰囲気を漂わせているバニラちゃんの頭を撫でて、首を傾げていると、アレンが急いでやって来た。



「済んだぞ! これで満足か!? ダニエル!」

「うん……メイベルのコート、これ」

「おう、ありがとう。メイベル、行くぞ。あいつらが来たらうるさいからなぁ」

「あっ、じゃあ」

「うにゃあん」



 悲しげな声で鳴くバニラちゃんを見て躊躇していると、よろよろとダニエルがやって来て、さり気なく私をアレンの方へと押しやる。そして、びゃっといつものように飛びつかれて、慌てながらも捕まえ、両手に持った。



「ほら……待ってるから。いただだだ……!!」

「にゃぐぅ」

「だっ、大丈夫ですか!?」

「相変わらず舐められてるなぁ……まぁ、行こうか。メイベル、ほい」

「ありがとう……でもね? コートぐらい、ちゃんと一人で着れるからね……?」



 アレンが私の言葉を無視して、黙々とアイボリーのコートを着せたあと、丁寧にマフラーを首に巻いてくれる。祝祭の時にくれた、手編みの真っ赤なマフラーだった。



「よし! これでいいな。忘れ物は無いか? メイベル」

「無いよ~、大丈夫!」

「にゅっ、にゅう」

「おやつ、おやつあげるよ、ば、バニラちゃん……」



 ダニエルが怖々とおやつを渡すと、即座に飛びかかって、何故か肩によじ登り、黒髪頭をあぐあぐと噛み出す。戸惑っていると、アレンが私の手首を引っ張った。



「ほら? 切りが無いだろ、行くぞ」

「えっ? あっ、うん……ダニエルさん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい……」

「うにゃあ」



 新しいおもちゃを見つけたからいいよと、まるでそう言うみたいに、バニラちゃんがお返事をする。苦笑して手を振ると、ダニエルが少しだけ嬉しそうに笑って、よれよれと手を振り返してくれた。玄関のドアを開けて、外に出ると、眩しい陽射しがかっと当たる。



「わ~……本当に今日、お天気が良い」

「だな。ああ、悪い。手、掴んだままだった」

「あっ、うん」



 ぱっと手を放してから、紺色のポケットに手を突っ込んで歩く。その後ろ姿を見つめながら、庭の小道を歩いていた。宝石のようにきらきらと光っている、エメラルドグリーンに青、あえやかな薔薇色に乳白色の宝石団栗。それを木の枝と一緒に踏みしめると、ばきりと砕けて、また輝いてゆく。頭上では、鳥がピチピチと、騒がしくお喋りをしていた。



「ねぇ! アレン、もうちょっとだけゆっくり歩いてくれない……?」

「あっ、ごめん……悪いな。あいつらが来る前に早く出かけようと思ってさ」

「ううん、大丈夫……」



 息を荒げて立ち止まると、アレンが眉を下げる。その申し訳なさそうな顔にぷっと吹き出すと、耳を赤くして「何がおかしいんだよ?」と言ってきた。



「ごめんね? 行こっか、ハーブ園に!」

「おう。あっ、でも、今日はお前のリフレッシュな? 最近、誰かのために頑張りすぎなんだよ。お前……」

「そうかなぁ……でも、アレンがこうして気遣ってくれるし、全然無理はしてないからね?」

「嘘くさ……」

「えっ!? 酷い……」



 笑いながら歩いていると、アレンもちょっとだけ笑う。上を見上げると、樹木の天蓋が広がっていた。枝葉が陽の光を落として、木漏れ日を地面に作り出す。ちょっとずつ、ちょっとずつ、春の気配が滲み出てきてる。



「まぁ、何もしなくていいから。……お前はいつも、焦ってるけど」

「あっ、焦ってなんか……」

「うーん? 強迫観念っていうか? 誰かに優しくしないといけないって、そう思い込んでるだろ、お前」



 その言葉にひゅっと息を飲み込んで、立ち止まる。どうして分かっているんだろう、アレンは。もちろん、一緒にいる時間も長いし。アレンは気配り上手だし、よく気が付くし。気が付いて当たり前なのかもしれないけど。でも。鳥が囀っている中で、アレンが「どうした?」と呟いて立ち止まる。その青い瞳は澄んでいて、陽の光を反射していた。



「私……その」

「うん? 別に無理に説明しなくてもいいけど? お前は何もせず、そのままで」

「で、でも、あの」

「いるだけでいいよ、そこに。ほら? あいつらだってさ? お前がいるとちょっとは言動を改めようって思うみたいでさ……メイベル」



 さくさくと、枯葉と地面を踏みしめて、アレンが近寄ってくる。何も言えずにただ、俯いていると、私の冷たい指先をぎゅっと握り締めてくれた。



「大丈夫。無理しなくても。行くか、気分転換しに」

「うん……ありがとう、アレン」

「うおっ!? あいつら早いなー……あーあ、からかわれんの嫌だな。また」



 それでも、温かい手のひらで私の手を握ってくれている。突き放されないと感じてほっとすれば、心の奥の氷塊が、ゆるりと溶けていくような気がした。そうだ、きっとあともうすぐで春も来るだろうし。



「楽しいこと、沢山したいな……アレンと一緒に」

「おう、しようぜ。苺もそうだし、ああ、お前の好きな花柄グッズもいっぱい出てくるしなぁ」

「うん! おーい、ハリー! フレデリックさーん、ヘンリー!」

「えっ!? 何でまた手を繋いで歩いてんの!?」

「アレンのーっ! 浮気者おおおおおっ!!」

「ここに愛人二号がいるぞー! ハリーだぞ!」

「あいつら、言ってることが滅茶苦茶だな……あーあ、うるせ」














 がたんごとんと、トラムが揺れ動く。膝に鞄を抱えたまま、わくわくしてレトロな赤と青の街並みを眺めていると、隣に座っているアレンが笑った。



「楽しいか? メイベル」

「たっ、楽しい……!! お父さんとね? お母さんと出かける時は大体、車移動だったから」

「こういうのもいいよな、楽しくて」

「だ、だよね……わ~、お花屋さんがある。可愛い」

「おっ、あっちで風船売ってるぞ。何で風船?」

「ん~? 何だっけ? この街に確かそういう祝祭があって……」



 アレンと二人で喋って、時々キャラメルやミント色の飴玉を貰ったりして、ハーブ園へと向かう。あまりにも暖かい陽射しにうつらうつらしていると、ぐいっと肩を抱き寄せてくれた。



「アレン…? ごめん」

「いや、首が痛むだろ? 寄りかかってていいから、別に」

「ん……じゃあ、着いたら起こしてくれる?」

「おう。それまで寝てろ、ゆっくりしてろ」

「ありがとう……」



 がたんごとんと、つり革がぶら下がったトラムが揺れ動く。ああ、温かい。陽射しが顔を照らしてる。コロンをつけているのか、ふわりと、アレンからライムのような香りが漂ってきた。瑞々しい香り。肩に頭を乗せたまま、その香りを深く吸い込む。



「私……」

「ん? どうした? 膝にするか?」

「ううん……この香り、好きだなぁと思って」

「ああ、去年の誕生日プレゼントで……ヘンリーがくれて。お揃い」

「おそ、お揃いなの……?」

「おう。何かくれた。ヘンリーからもきっと、同じ匂いがしてくるぞ」

「へ、へー……でも、ちょっと違うような気がするなぁ」

「そうだなぁ。体臭によって変わるしなぁ」

「うん……ふふ」



 楽しいな、何だか。でも、確かにここ最近ずっと、誰かのことばかりを考えて動いていたような気がする。でも、本当に優しい人はこんなこと考えたりしない。本当に優しい人は、自然と誰かを気にかけて、周囲をほっこりさせるような人で────……。



「……さん」

「何だって? どうした?」

「あっ、ごめんなさい……何でもないの。寝言? 独り言……?」

「そっか。ならまぁ、いいんだけど」

「うん、ごめんなさい……ああ、でも、私さっき」

「おう。どうした?」

「アレンがそのままでいいよって……いるだけでいいよって言ってくれて嬉しかった。何か、丸ごと肯定されたみたいで。だからありがとう、おやすみ」



 アレンが少しだけ息を飲み込んでから、「ああ」と言ってくれた。良かった。



(ねむ、眠たい……今日はもう、早く寝よう。そうしよう)



 メイベルがぐっすりと、深い眠りに落ちたあと。アレンがぼそりと呟いた。



「……ライさんへの恩返しになるのかねぇ、これが」



 これはただの自己満足。でも、しないよりやる方がマシだろ。そう自分に言い聞かせて、膝に置いてあった、読みかけの本を開く。がたんごとんと、穏やかな音だけが響き渡っていた。











「ふぁ~! よく寝た!」

「良かった良かった。ここからちょっと歩くけど大丈夫か?」

「うん、大丈夫~。あっ、ジュース売ってる……」

「買いに行くか」



 は、早い。即決だ……。トラムから降りてすぐに、アレンが白と黄色の看板を掲げたジューススタンドへと向かう。この辺り一帯は観光地になっていて、冬でもあちこち黄色や赤の花が咲いている。人々の間を通り抜けて、アレンの後ろに立つと、すぐにこっちを振り返ってくれた。



「どうする? ジェラートもあるけど。あとチョコスモアもある」

「チョコスモア……!!」



 一緒にメニューを覗き込んでみると、ほろ苦い珈琲の上に白いマシュマロが乗せられ、カラフルなチョコスプレーとチョコソースがトッピングものが載っていた。私の目が輝いたのを見て、アレンが「すみません、これ一つください」と頼む。



「あとは? 何にする?」

「だっ、大丈夫……」

「じゃあ、ラズベリーとチョコのジェラートをください」



 ラズベリーとチョコ……美味しそう。頼み終えて、少しずれて待っていると、アレンが「食えばいいから、お前が」と言ってくれた。



「えっ? でも、アレンが頼んだやつ……」

「俺はお前が残ったのを食うつもりだから」

「もっ、申し訳ないよ……そんな、お母さんにするみたいなことできな、」

「いいだろ、別に。俺がしたくてしてるだけだし」



 アレンがぷーんと、澄ました顔で遠くを見つめる。ああ、こうなっちゃうとアレンは本当に聞いてくれないから……。でも、これがアレンなりの親切だから。傍から離れて、店に行き、スプーン二本とちょうど出来上がった商品を受け取る。



「はい! じゃあ、分け合いっこして食べない?」

「……だな」

「楽しみだねぇ、ハーブ園」

「草と土しかないけどなぁ」

「けっ、景色も良いし……」

「普段住んでるところからも、十分綺麗な景色が見えるだろ。あそこ高台だし」



 あれ? じゃあ、どうして付いてきてくれたんだろう。真っ赤なジェラートをつつきながら歩いて、見上げてみると、代わりにチョコスモアを持ってくれているアレンが呟く。



「俺、お前の顔見てるから。関係ない、景色とか」

「へっ、へー……」

「カメラ、持ってきたし。好きにはしゃげよ、メイベル」

「うっ、うん……? ありがとう、アレン。そ、その」

「あ? どうした」



 がやがやと、人がごった返す中で、アレンが不思議そうな顔をする。何故か心臓がばくんと鳴り響いて、落ち着かない気持ちになってしまった。



「わっ、私が今まで行きたい! って言ってたところはその、草と土ばっかりなんだけど!?」

「ああ、だな。でも、好きだろ? そういうところ」

「す、好きだよ? でも、興味が無いのに付き合わせちゃって……」

「あれっ? 噛み合ってないな……俺は楽しそうなお前の顔を見てたら、楽しいからそれでいい」

「う、うーん……いや、でも、申し訳ないし……」



 アレンが少しだけ考え込んでから、ジェラートを見つめる。そして、スプーンでチョコとラズベリーが混ざり合って、どろりと溶けた部分を掬い上げて食べた。



「……じゃあ今度、服屋にでも行くか」

「服屋さん? うん、いいよ! 行こう行こう~」

「で、そこでメイベルの服を俺が買う」

「どっ、どうして!? アレンのしたいことは!?」

「俺……俺のしたいことなぁ。でも、クラシックコンサートにも行ったじゃん? 祝祭の時、ヘンリーに貰ったチケットで」

「あっ、うん……楽しかったね」



 戸惑いつつそう返してみると、ふはっと、白い息を吐いて穏やかに笑う。すっきりと、綺麗に晴れ渡っていた。先程の雲が消え失せて、眩しい青空が広がっている。人で活気づいているからか、そこまで寒くなかった。



「あの時のメイベル、可愛かったなぁ……俺も俺でしたいことしてるし。それに、嬉しいだろ? 自然とかさ、そういう系に行くと」

「うん……でも、いいのかな? 無理させちゃってない?」

「いやぁ~……俺のリフレッシュにもなってる。普段くっそ我が儘なガキどもを相手に仕事してるとなぁ~……それに、家に帰ってもああだろ? お前とのんびり草見てる方がいい。落ち着く」

「そ、そっか。ならいいんだけど……」



 リース作り体験とかもあるから、そういうのしたかったんだけどな……。もそもそとジェラートを食べていると、アレンが素早く気が付いて、「どうした?」と聞いてくれる。



「あの……リース作り体験とか」

「死ぬほど興味無い。でも、したいんだろ? しようぜ」

「う、うーん……じゃあ私、」

「お前の楽しそうな顔を見ていたいから、それを見ていると幸せな気持ちになるから! それでいい! 分かったか? 返事は!?」

「あっ、ごめん、ごめんなさい……ありがとう」



 ちょっと食い気味にそう言ってきたので、とりあえず頷いておく。そっか、私が楽しいとアレンも楽しいんだな。アレンがどこか満足そうに頷いて、前を向いて歩く。ハーブ園へと続くロープウェイは、もうすぐそこだった。



「ほわっ、ほわぁ~……」

「良かったな、貸し切り状態で」

「ひっ、広い……綺麗! 楽しい!」



 粉砂糖をまぶしたかのような白銀の樹木に、のそのそと歩いている、魔生物のアルパカもどき。ふと遠くの街並みを見てみると、その上をゆったりと翼を広げた、青い小型のドラゴンが飛んでいった。



「わっ、わ~! ドラゴンだよ、アレン! ドラゴン!」

「へぇ、珍しいな。ラッキーだったな」

「ねっ! たの、楽しい……!!」

「良かった良かった。はしゃぎすぎて転ぶなよ?」

「だ、大丈夫……でも、気をつけるね?」

「おう。あ、そろそろだな。意外と早かった」



 ロープウェイから降りたあと、不思議な良い香りがするハーブが沢山植わっている、ぐねぐねと入り組んだ小道を歩いて、彫像や噴水を見て楽しんだ。中にはカップル向けの記念撮影コーナーもあって。それをほれぼれと見つめていると、近くにいたカップルに声をかけられる。



「あの、良かったら撮りましょうか?」

「へっ? あの……」

「じゃあ、せっかくだからお願いします」



 どうしよう? 絶対カップルに間違われてる……。困惑していると、アレンが何も気にせずに私の手を引いて、ハート形モニュメントの前に立った。傍らには赤い薔薇が這って咲き誇り、白い風船と赤い風船が浮いている。



「ほら、笑って?」

「アレン? あの」

「ちょうど良かった……二人で撮った写真が欲しかったんだよ。あいつ……ヘンリーがさ? 撮りたがらなくってさ」

「そ、そうなんだ……?」

「ハリーは論外だろ。あっ、すみません。ちょっと待っていてください、彼女が緊張しているみたいで」



 金髪に青い瞳を持った、気の強そうな美女がにっこりと微笑んで、愛想良く「大丈夫ですよ~」と言ってくれる。その後ろでは、恋人らしき黒いスーツを着た男性が苺ミルクを飲んで、こちらをぼんやり見ていた。でも、違和感を感じる。さえざえと輝く、冬の月のような美貌とその瞳。多分、人外者だ。あの人。少しだけ見つめ合っていると、アレンがこちらの肩をそっと抱き寄せてきた。



「えっ? あの」

「いや、せっかくだからと思って」

「せっかくだから……?」

「向こうも勘違いしてるみたいだし。あとでヘンリー達にこの写真見せて、からかってやろうと思ってな」

「なる、なるほど?」



 近い距離に、思わず頬が赤くなる。ぎこちなく笑ってピースを作っていると、「初々しい、可愛い」と言って、カメラを持った女性が苦笑する。あっ、多分、私、まずい顔をしてるんだ。どうしよう……。困っていると、アレンがすぐ隣で囁いた。



「大丈夫大丈夫、どんなカメラもお前の可愛さは表現出来ないから」

「……アレンってたまに、すごいこと言うね?」

「そうか? 事実だけど。悲しいことに、これが現実なんだよな……」

「う、うん……?」



 よく分からないけど、可愛いと言われて嬉しかった。それを抑えずに笑うと、どこかほっとした顔で写真を撮ってくれる。



「わ~……ありがとうございます!」

「いえ、私達も撮って貰っても?」

「あっ、もちろんです」



 ふとアレンを見てみると、貰った写真をまじまじと眺め回していた。うーん……チェック中だなぁ。眉間にどんどん皺が寄っていく。仕方ないので、そんなアレンはそっとしておき、二人の写真をぱちりと撮る。まだ撮られ慣れていないのか、人外者の男性は真顔で、苺ミルクのパックを持ったまま、彼女の隣に佇んでいた。



「ありがとうございまーす。それじゃあ」

「あっ、はい! それじゃあ。ありがとうございまーす」



 ひらひらと、可愛らしい笑顔で手を振ってくれる。きゅんとしてしまった。怖そうで、仕事が出来る系の美女だったけど、全然そんなことなかった。優しい……。



「ねぇ? アレン、今の人って……」

「ああ、腕前が悪いよな……」

「いや、そういう話じゃなくて……それに、綺麗に撮れてると思うんだけどなぁ」

「そうかー? 心なしか、お前の顔色が悪いような気がする……!!」

「うん……あの、さっきの人が」

「へ? うん、どうした? 何か嫌なことでも言われたのか?」



 きょとんとした顔のアレンがそう聞いてくる。ああ、駄目だ……私の写真しか見ていないみたい。でも、念のため聞いてみる。



「顔……覚えてる? 女の人の。ちょっと怖そうな感じの人だったけど」

「んー、覚えてない。でも、お前、すっごく緊張してたなぁ」

「うん……そうだね。近かったし、アレン」

「トラムの時の方が距離は近かっただろ。さっ、リース作りにでも行くか!」

「うん……行こっか」



 アレンは本当に最近、私の話しかしないな……。嬉しいんだけどね、ちょっとなぁ。どんな顔をしたらいいのかよく分からずに、てくてくと歩いていると、白と青の爽やかな建物が見えてきた。あそこには確か、カフェも併設されている。わくわくしながら入ってみると、すぐに“リース作り体験はこちら”と書かれた看板が飛び込んできた。



「あーっ……疲れた! リース、部屋に帰って飾るかぁ~」

「うん! ごめんね? その、作らせちゃって……」

「いや、別に。あっ、お前が好きそうなリース作っておいたから。そっちのお前が作ったリースと交換しないか?」

「別にいいけど、一体どうして?」

「俺の部屋に飾る。それはまぁ、好きにしたらいい。どこにでも飾れ」



 テーブル席の向かいに座ったアレンが、私の作った、赤い木の実付きのリースを丁寧にしまって、満足げにお水を飲む。まぁ、欲しいのならいいんだけど……。こくりと冷たいお水を飲んでから、外に目を向けると、空が赤く霞んでいた。綺麗な夕焼けだった。冬らしく、空が赤々と燃えている。



「綺麗~……楽しかったよ、ありがとう。アレン」

「ん、気分転換になったか?」

「なった、なった! そうだ、今日はね? 二人でご飯食べてきてってダニエルさんが言ってて」

「じゃあ、ここで頼んで食うか。鶏肉のハーブカレーとか、鴨とバジルソースとか。うまそうなもん、いっぱい載ってるぞ?」

「わぁ、本当だ! 見せて見せて~」









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