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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
42/134

8.どいつもこいつもまともじゃないな

 




(どうかな? マリエルさん、楽しんでるかな……)



 あつあつの海老と帆立のグラタンを持ったまま、テーブルの上を眺める。彼女をイメージした、薔薇と金色の蔦が這っているランチョンマットに、金色のカトラリー。テーブルには白百合と黄色い薔薇をこんもりと飾り、細長い蝋燭が何本も立った燭台を置いた。



 それから、素朴な家庭料理が好きだと言っていたから、レンズ豆とアンチョビのサラダにトマトスープ、刻んだ栗とナッツのミートローフに、ニョッキにジェノベーゼソースを絡めたもの。それから、沢山のバジルパンと胡桃パン。ハーブ入りのクリームチーズにクラッカー、ラズベリージャムにブルベリージャム。



(もう少し、ちゃんとしたご馳走じゃなくても良かったのかな?)



 全部、私とアレンが作ったものだし。でも、これが食べたいと言っていたから。思ったよりも彼女は穏やかなものに飢えていて、お誕生日はゆっくりと素朴なご馳走を食べて、スーパーで買ってきたワインを開け、みんなで楽しく過ごしたいのかもしれない。そんなことを考えて、じっとテーブルの上を見ていると、向かいの席に座ったハリーが騒ぎ出した。



「飯ーっ! 腹減ったー!!」

「ちょ、うるさ……やっぱりマリエルさんの隣に座ろう、俺」

「うるせぇよ、このクソ社畜が! フォークで皿を叩くなと、何度言ったらお前は分かるんだよ!? あとそれ、メイベルが気に入ってる皿だからな!?」

「よっしゃあ! 割ってやろ!! 二人の愛を砕いとこ! せいっ!!」

「おい、嘘だろ!? どこまで頭が沸いてるんだよ、てめぇは!!」



 アレンが慌てて駆け寄って、お皿を両手で持ち上げたハリーを止める。フレデリックがそれを無視して、ぽんっとワインの栓を開け、それを見たヘンリーが無言でばしんと頭を叩いた。その隣でシェヘラザードは何故か、ダニエルにレンズ豆をあげている。ダニエルもダニエルで、それをもそもそと食べていた。




「これは……」

「ああ、すみません。フランツさん。はい、グラタンをどうぞ。私が作ったものなんですけど、お口に合うかどうか……」



 グラタンをサーブすると、青い瞳を揺らして、戸惑った顔で見上げてくる。やっぱりマリエルさんによく似ていた。バニラちゃんが「にゃあにゃあ」と鳴いて、真剣な顔でグラタンの匂いを嗅ぎ始める。



「いつも……娘はこんな感じで?」

「私に聞けばいいじゃないの。まったくもう。ねぇ? メイベルちゃんもそう思わない?」

「そうですね! 質問ならどうぞ、マリエルさんに」

「あ、ああ……」

「ふ、ふふふふふ……!!」

「マリエル……仕方が無いだろう。その、彼らは今まで遭遇したことがないタイプの人間で、」

「うわーっ!! アレンが俺のことをいじめるぅーっ!!」

「うるせぇよ、鼻を摘まんでやっただけだろうが! いちいち騒ぐんじゃねぇ!」

「あー、はいはい! アレン!? そこまでにしような!?」

「もっとやれー、もっとやれー!」

「殴り飛ばしますよ、フレデリックさん?」

「うるさ……あーあ、もう」



 ノアが両耳を塞いで、嫌そうな顔をする。でも、そろそろ止めた方がいいかな? 賑やかで楽しいんだけど。



「アレン? ハリー? そこまでにしてもう、」

「そうだ! ケーキが食べたい、ケーキが! 何だっけ!? メイベルちゃんと二人でラブラブ打ち合わせして作ってたよね?」

「ラブラブ打ち合わせって一体何なんだよ? ただ俺はメイベルが言う、マリエルさんが好きなケーキを忠実に再現すべくメモして、」

「はいはい! 食べましょうか! シェラさん、乾杯まだなんですけど……?」

「お酒を前にして手を出すなと? 無理、そんなの……」

「まぁ、シェラだもの。無理よね? 乾杯しまょ、ほら」

「はーい」

「かんぱーい、うぇーい」



 スーパーで買ってきたワインを注いで、グラスを持ち上げて乾杯する。向かいの席に座ったフランツが、居心地悪そうに身じろぎをしていた。それを見てまた、隣に座ったマリエルが笑う。



「ふふ、そんな顔見るの初めてかも。面白ーい」

「……来年は家で祝うか。その方がいいだろう」



 その言葉に、マリエルが青い瞳を瞠る。でも、すぐさま少女らしい表情を打ち消して、艶やかに微笑んだ。今日は主役らしく、デコルテが開いた薔薇色のワンピースとパールのネックレスを身に付けている。



「そうね。じゃあ、そうして貰おうかしら? 夜はゆっくりメイベルちゃんにお祝いして貰おうっと」

「任せてください! のんびりするのもいいですよね。楽しそう……」

「俺! 俺の時は豪華にして欲しい! 頑張って休みをもぎ取るからさ!?」

「うん、もちろん~。あっ、でも私、アレンの誕生日が楽しみだな……来月でしょ?」

「あー、そうだなぁ。俺はこんなクソうるさい連中に祝って貰わなくていいし、お前と二人だけで、」

「は? 二人でバースデーデートだと? は?」

「おっさんがいちいちうるせぇな……黙って飯食ってろ、黙って。……おい、ハリー。無言で皿を叩くな。睨むな、俺のことを」



 血走った目でかんかんと、ハリーがフォークでお皿を叩いている。いつもは止めに入るヘンリーが、優雅にミートローフを切り分けて、口の中へと運んでいた。マリエルがくすりと笑みを零して、フランツに話しかける。



「ねぇ? 楽しいでしょう? パパも一緒に住む?」

「勘弁してくれ……」

「うにゃうん」

「あっ、こらこら……」

「バニラちゃん、仲間外れ悲しい……これあげるといい」

「あっ、ど、どうも……」



 シェヘラザードが頬をぱんぱんにしながら、干し魚スティックを渡すと、困惑しつつ受け取っていた。周囲がにこやかに見守る中で、フランツがおずおずと、バニラちゃんにおやつを渡す。喜んで「うにゃあ」と飛びつき、真剣な顔ではがはがと食べていた。



「可愛いでしょう? 私が拾った猫ちゃんなんです」

「あ、ああ。そうだな……」

「あっ、そうだ。写真を撮っとかなきゃな……」

「写真? どうして」



 マリエルが不思議そうな顔でアレンに聞くと、アレンが誇らしげな顔をして、カメラをさっと取り出す。



「いや、メイベルがな? 俺にさっきこっそり、マリエルさんのお父さんとマリエルさん、写真撮ってあげて。欲しがってたからって言ってきてな……俺としてはメイベル専用のカメラだし、他の人間を写す必要性は特に感じないんだが」

「呆れた……メイベルちゃん専用カメラだったの?」

「あ? 当然だろ。他にどんな理由で買うと思ってんだよ」

「いや、景色とか……」

「料理とかいっぱいあるじゃん。アレン、本当に頭沸いてるよね」

「うるせぇな、いいじゃん。別にさ」

「なぁ、ヘンリー。もうアレンってさ、かなり手遅れだよな……?」

「えっ? あ、ああ、うん、俺、ダニエルだけど……?」

「そっか。そういえば、眼鏡をかけてるな……」

「う、うん……」



 ダニエルが困って目を逸らし、スープの中に浮いていたベーコンを掬う。それを見てフランツが戸惑っていたが、アレンがカメラを構えて「はーい、笑ってくださーい」と言うと、ぎこちない笑みを浮かべた。さっとマリエルが父親に寄り添い、極上の微笑みを浮かべる。



「あー、うん。撮れてる撮れてる」

「適当だな、アレン……」

「……ヘンリー、カメラを買う予定は?」

「えっ? そんなにメイベルちゃん以外の人、撮りたくなかったの……?」

「お前が買って撮ればいいじゃん。次からはそうしろ」

「……うん」

「ヘンリーの目が虚ろになってるな……大丈夫か?」

「ほら、アレンの病気が進行しちゃってるからさ……」



 アレンが見ていない隙にこっそりと、ワインを飲む。最近は飲んでいたら、「ちょっとにしろよ? ちょっとしろよ?」としつこく注意をしてくるから。甘くて渋みのあるワインを楽しみ、さくふわの、海老のフリッターを食べる。ぷりぷりしていて美味しい。



「むっ……おいひい。楽しい! マリエルさん、お誕生日おめでとうございます! また来年もこうしてお祝いさせてくださいね~」

「ええ、もちろん。ありがとう、メイベルちゃん。……良いお誕生日になったわ」

「あっ、そうだ。マリエルさん、死ぬほど遠慮してたんですけど。マリエルパパさんは一体どんなことをしてきて……?」

「ハリー、おいおい……」

「あっ、そうだじゃねぇよ。デリカシーゼロかよ……」

「まぁ、この人、自分が父親だっていう自覚がまるで無いから」

「……」




 あれ、どうしよう? 一気に空気が凍ってしまった。困ってヘンリーを見てみると、ちょうど喉に何かが詰まらせてしまったらしく、咳き込むダニエルの背中を擦っていた。隣のフレデリックを見てみると、死んだ魚の目をして「俺も娘に似たようなこと言われたな、そういえば……」と呟いてから、ワインを一気に飲み干す。



「っあー……分かりますよ、フランツさん。俺も俺で苦しいんですよ。娘なんて所詮、父親より彼氏優先ですよ……用済みになる存在なんですよ、父親なんてどうせ」

「……娘がいるのか、君も」

「はい。俺の性癖を中々理解してくれなくて……」

「そもそもの話、娘にその性癖を理解しろってふざけてないか? アホか?」

「うるせぇよ、アレン……俺、気の強い美女に恨まれて刺されたいんです。でも、最近気付いたことが一つ。今までモテてきた美女ほどしつこく恨んだりしないし、冷めた目で時間の無駄だったって言うだけなんですよね。俺だって刺してこないお前なんかに用はねぇよ、時間の無駄だったよってよく路上で喧嘩したりもするんですけど、」

「ストップストップ、ちょっとやめましょうか。フレデリックさん……」



 フレデリックの告白に眉を顰めていたフランツが、ヘンリーを見てほっとした顔をする。あれかな? 美味しくないのかな。さっきから全然食べてない……。



「君はあれだね? 常識人みたいだね……」

「あっ、これ、ヘンリーの世を忍ぶ仮の姿なんですよー!! 俺は踏まれたいだけの変態社畜なんですけど、こいつはたちが悪くて」

「おいおい……お前もお前で大概だろうが、口にナイフ突っ込んでやろうか?」

「まぁ、何だかんだ言って、俺が一番の常識人かな……」

「は? 刺されたいだの何だの言っておいて、よくそんなこと言えたね? きも。この中だと俺が絶対常識人でしょ」

「いや……ノアもノアでちょっと変だし、あたしが一番まともだと思う……」

「みなさん、常識的ですよ? 良い人ばっかりで……」



 フランツが辺りを見回して、嫌そうな顔をする。ヘンリーが誇らしげな笑顔で「まぁ、そうですね。何だかんだ言って、俺が一番の常識人かな……」と言っていた。その瞬間ぴたりと手を止め、フレデリックとアレンが同時に呟いた。



「「貴族」」」

「あー!! 最近聞かなくなっていたドブネズミ用語だったのに……!! いや、せっかくのマリエルさんの誕生日だから、いいや、無理だ! 無理だった!! そもそもの話、俺に問題があると思うか!? 歴史的にも見てみろ、貴族なんざプライドと脂肪と埃にまみれた、誰からも嫌われる醜い生物じゃないか!! 何故人はゴキブリを嫌悪する!? それと一緒だ、俺の魂があいつらを受け付けないんだ!! 俺は断じて何も悪くなんてない!」

「うおっ!? ミートローフが……!!」



 だんっとミートローフを突き刺して、ぎりぎりと歯を食い縛る。豹変したヘンリーを見て、フランツが青ざめていた。嬉しそうな笑顔のフレデリックが「ほら、こいつはこういうやつなんですよー。なっ? アレン。いつもこうだよな?」と話しかけ、アレンが笑顔で頷き、「そうそう。普段はまともで良いやつなんですけどねぇ~」と返す。あれ? 何だか楽しそう……?



「それなのにいまだ人々は貴族を崇め奉る……!! 一体どうしてだ? 洗脳でもされているのか? 大体、あんな広い屋敷に住む必要があるのか? それとも誰も彼もが無駄に広く、光熱費も跳ね上がるような屋敷に住んで、鼻持ちならない醜い顔をして路上を歩きたいと願っているのか!? っは、浅ましい!! だから俺は今一度、」

「はいはーい、バニラたんだよ~。ヘンリーの好きなバニラたんだよ~」

「うにゃうん」

「もわっ」



 ハリーが咄嗟にバニラちゃんを押し付け、ヘンリーがふうふうと息を荒げながらも、ふわふわのお腹に顔を埋める。バニラちゃんが使命感に満ちた声で「にゃあにゃあ」と鳴き、ヘンリーの頭を前足でぺしぺしと叩いていた。深く匂いを嗅いでから、ヘンリーがそっと、優雅にバニラちゃんを下ろす。



「いやぁ、申し訳ない……つい取り乱してしまいまして」

「あ、ああ……」

「禁句ですからね、あれはね。気をつけるといいですよ、マリエルパパさん」

「えっ? いや、私が言った訳では……」

「あいつのスイッチが入る単語、あれなんですよー。なっ? アレン」

「な、きがつく単語だよなぁ~。きで始まって、くで終わるやつ~」

「フレデリックさんもアレンも、何でこういう時ばっかり……」

「はーあ、くだらな」

「こういう時だけ一致団結するのよね、この子達」




 マリエルが溜め息を吐き、ミートローフを口に入れる。ふと私と目が合ってにっこり笑い、「美味しいわ、ありがとう。メイベルちゃん」と言ってくれた。でもすかさずアレンが「俺が作ったんだよ、それは。メイベルが作ったのはグラタンとスープとフリットだよ。間違えるなよ、メイベルに失礼だろうが」と言って怒り出す。



「あーあ、もう。姑が傍にいるみたいで何かやだ~」

「あ? うるせぇよ、クソババア。大体な? 俺はな?」

「あ、アレン!? 私はもう大丈夫だから……そんなことよりも、その、グラタン美味しかった?」

「ああ、美味しかった。流石はメイベルだな! この間食べに行ったグラタンがよく再現出来てる。楽しかったなぁ、あれ。また行こうな~」

「うん! でも私、アレンが言ってた博物館にも行きたいな~。どこだっけ? 場所」

「ああ、場所はここから車で……」

「いや、何でこの状況でイチャつけるんだよ? やめろよ、俺の娘とその彼氏の光景が目に浮かんじゃうじゃん!?」

「よし! 分かった、フレデリックさん! 適当な美女に金渡して、その彼氏にけしかけるんだ! 破滅させてやろうぜ、娘カップルをさ!」

「最悪かよ!! 何で俺とメイベルがただ話しているだけで、お前らごちゃごちゃ言ってくんの!?」

「「ナチュラルにイチャつくからだよ!!」」

「揃ったな……」



 アレンがふうと溜め息を吐いて、カメラを取り出す。あっ、これは多分撮る気だ。慌ててカチューシャの位置を直してにっこり笑うと、真顔で「無限に撮れるな、これ」と呟きつつ、シャッターを切る。辺りが静まり返る中で、何度も何度もシャッター音を切っていた。



「はー……ストレス解消に良いな、やっぱりこれ」

「趣味カメラと言うより、メイベルちゃんを撮るのが趣味……?」

「……いや、趣味じゃ」

「趣味じゃないなら一体何? ねぇ?」

「……習慣? 癖かもな」

「癖……」



 ノアが絶句してしまった。どうしよう? さっきとは違った空気だけど、みんな微妙な顔をしてる……。ナイフとフォークを持っていたフランツが溜め息を吐いて、よく通る声で告げた。



「そろそろケーキの時間だと思うが。それから、娘にプレゼントを一刻も早く渡したい」

「……一刻も早く渡して帰りたいって意味よね? それ」



 ぐっと息を飲み込み、フランツがマリエルを見つめる。また空気が凍った。膝の上に乗ったバニラちゃんが「にゃうっ」と小さく鳴く。



「いいや。……不安なんだよ、マリエル」

「不安? 何が」

「お前にその、プレゼントを気に入って貰えるかどうかが」

「……いいんじゃない、何でも」

「そうか。ならいいが」



 親子の会話だとは到底思えない。でも、どうしてだろう。二人の間にあった何かが溶け出して、変わっていっている気がする。私がくすりと笑って二人を見つめると、少しだけ顔を赤くして、気まずそうな顔をした。



「じゃあ、ケーキ! 切りましょうか!」






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