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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
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7.誕生日パ-ティーの始まりと紳士の疲弊

 






(今日はマリエルさんのお誕生日なんだけど。来るかなぁ、どうかな~?)



 アレンとバニラちゃんが喜ぶので、猫耳カチューシャを付けて、白いふわふわのコートを着て庭先に立つ。さっきから私の髪にじゃれてくる、バニラちゃんをあやしていると、アレンが声をかけてきた。今日は黒髪を上げて、額を出している。それに青いジャケットとデニムを身につけて、蝶ネクタイをしていた。



「寒くないか? メイベル。バニラも」

「にゅっ」

「大丈夫。ありがとう。アレンも寒くない? コートは?」

「あー、俺、陽だまりカイロ持ってるから。お前もいるか?」

「ううん、大丈夫。暖かいから。それに、バニラちゃんもいるし。ねー?」

「んにゅうん」



 甘えた声を出して、私を見上げてくる。透き通るような青い目に、木陰と陽射しが映り込んでいた。愛おしくなって、ふわふわの額にキスをすると、隣のアレンが笑う。



「幸せそうだな、メイベル。良かった、子猫を飼って」

「えっ? そう、そうかな……」

「写真、一枚だけ撮るか。こっち向いて」

「あっ、はい。え、ええっと」



 アレンが苦笑して、「そのままで十分可愛いから」と言ってくれる。良かった。バニラちゃんを抱えて笑うと、ぱしゃりとシャッター音が響いた。ど、どうかな? 綺麗に撮れたかな。



「ねぇ、アレン? どう? 綺麗に撮れた?」

「ん。俺、だいぶコツが掴めてきたな……」

「わぁ、本当だ。私じゃないみたい」

「いや、実物の方がもっと可愛いぞ。メイベルの可愛さを一ミクロンも表せてない。やっぱ駄目だな、カメラは」

「う、うん……?」



 アレンが真顔だ。どう反応したらいいんだろう……。もちろん、褒めてくれるのは嬉しいんだけど。戸惑って佇んでいると、庭の木々に止まった小鳥がピチピチと鳴いて、飛び去っていった。陽射しが綺麗だ。深い木々の間から抜け落ちて、芝生と小道を眩く照らしていく。



「晴れて良かったね……綺麗」

「だな。マリエルは……」

「まだ疑ってたよ。来る筈が無いって」

「まさかあいつがなぁ~、たかだかこんなことで落ち込むだなんてな~。俺、朝から一回も会ってないや。ま、どうでもいいけど」

「アレンってば、もう……」

「にゅっ」

「ん? 何だ? これ、カメラだぞ? お前の猫じゃらしじゃないって」



 ちょいちょいと、ピンクのリボンでおめかしをしたバニラちゃんが、アレンの持っているカメラにいたずらをする。アレンが苦笑して、小さな頭をふわふわと撫でた。不思議、何だかいつものアレンじゃないみたい。



「アレンのその、お洒落な格好って……祝祭以来かも。よく似合ってるね、かっこいい」

「ん、ありがとう。お前のそれもよく似合ってるな、メイベル」

「あっ、ごめん。何だか言わせちゃったみたいで……行こっか。門のところまで」

「だな。昼までには来るって、そう言ってたんだけどな~」



 手紙には短く「十二時までには行く」と、それだけ。あとは何も無かった。そのことを悲しく思って歩いていると、アレンが憤慨して「ちょっと文句言ってやらなきゃな、メイベルがこれだけ気にしてるのに」と言い出した。



「あの、大丈夫だよ? お母さん……」

「……やっぱ慣れないな、いまいちそれ」

「ご、ごめんなさい……」



 家に帰ってから私が「お母さん、お母さん」と付いて回ったら、みんなが驚いて「進展するどころか、後退してる!!」と叫んでいた。昨日、夜寝る前までは「お母さん」と呼んでいたんだけど。夢見が悪かったのか、アレンが青ざめて「ごめん、やっぱりやめて……? その呼び方」と言ってきたので、元の呼び方に戻っちゃった。ちょっとだけ淋しい。



「まぁ、いいんだけどな。でも、俺さ? ヘンリーとお前とハリーとダニエルが俺の子供で、順番に離乳食を与えていく夢を見ちゃって……」

「た、大変そう……ごめんね?」

「……いや。何かへこんでるし。いいよ、別に。呼んでも」

「へっ、へこんでる……?」

「うん。気付いて無かったのか?」

「にゅう、にゅう」

「ほいほい、撫でる撫でる」



 アレンが苦笑して、甘えたなバニラちゃんを撫でる。そっか。何だか特別な存在になった気がしたから。誰も呼ばない呼び方で呼んでみたかった、アレンのことを。



「ごめんね? その、アレンは私だけのものじゃないし……」

「えっ? 何の話だ?」

「私、もしかしたらその、私だけのお母さんになって欲しかったのかもしれない……!!」

「私だけのお母さん……?」

「で、でも、いいよ! ハリーやヘンリー、それにバニラちゃんにもお母さんを取られて悲しいなって思ってるけど!」

「思ってるのかよ、そんなこと」

「う、うん……でも、いいよ。我慢する。たまにはヘンリーに譲るね……」

「ごめん、ちょっと頭が追いついてない……」

「えっ? どうして?」

「うにゅうん」



 アレンともっともっと、一緒にいたいなと思うけど。アレンはみんなのお母さんだし、独り占めしたら駄目だよね……。しみじみとそんなことを言って歩いていると、アレンがしきりに首を傾げていた。二人で歩いて、門の外へと向かう。



「あっ、もしかして……」

「いたいた、良かった。おーい、こんにちはー、フランツさーん」



 赤と黒のチェック柄マフラーを巻いた男性が、こちらを振り向く。マリエルそっくりだった。黒いウールの上質なコートを着こなしたフランツ・ワーグナーが、青い瞳を細めて苦笑する。



「こんにちは。ええっと、君達は……」

「俺がアレン・フォレスターです。それで、こっちがメイベル・ロチェスター」

「えーっと、こうしてちゃんとお会いするのは初めてですね。初めまして!」

「……初めまして。実に刺激的な招待状だったよ、驚いた」

「いや、手紙でも説明したと思うんですが。メイベルが考えた訳じゃなくて、」

「ああ、もういい。惚気話はうんざりだ……」

「「惚気話?」」



 黒い門を開きながら問いかけてみると、変な顔をした。ど、どうしたんだろう? それに、門を開けても入ってこない。帰っちゃう気なのかな、このまま。



「惚気話って一体何ですか? あと、どーぞ。メイベルも困ってるし」

「私はそのお嬢さんがてっきり、君の恋人なのかと……」

「えっ? そんなこと、一言も書いてませんよね? 一体どうしてそんな誤解を?」

「アレンはただの男友達ですよ、フランツさん」

「……すまない。可愛いだの何だの、賞賛がずらずらと並んでいたからつい」

「えっ? だってメイベルは可愛いでしょう? バニラを抱っこしたメイベルは最高に可愛いでしょう? ほら」

「お、お母さん!? いや、アレン。恥ずかしいから……!!」



 何故か、光を失った青い瞳で黙り込んでしまった。その場から一歩も動かない。来て欲しいんだけどな、どうかな?



(持っているのもきっと、マリエルさんへの誕生日プレゼントなんだろうし)



 真っ赤なリボンがかかった袋を、その手に抱えていた。だから、このまま来てマリエルさんに渡してくれたらいいのに。困ってバニラちゃんを抱えて、見上げていると、深い溜め息を吐く。



「あの子は喜ばないと思うが。……私が来ても」

「いや、あいつのことはどうでもいいんですよ。メイベルがこれだけ頭を悩ませて、今日という日を楽しみにしていたのに、このまま帰る気なんですか? それでも人間なんですか?」

「あ、アレン……!? ごめんなさい、彼、私のことになると色々過激で!」



 慌ててアレンの腕に手を添えると、渋い顔つきになる。ああ、どうしよう……?



「……人間以外の何かになった覚えは無いが?」

「俺としては、猫耳カチューシャを付けたメイベルを褒めない時点で人間じゃないです。こんなにも可愛いのに」

「あ、アレン……!? 可愛いってそんな」

「可愛いよ、メイベルは。それだけ猫耳カチューシャが似合うのも、世界でお前だけじゃないか?」

「えっ、えええ……? 顔が、顔が赤くなっちゃうからやめて欲しい……!!」

「お、シャッターチャンスだ。これ」

「な、何で!? も~、恥ずかしいからやめてよ、アレン!」



 アレンがカメラを構えた瞬間、フランツがくるりと背を向けて、帰ろうとする。ど、どうしてだろう……?



「あっ!? まっ、待ってください、フランツさん! 呪いはマリエルさんに会わないと、解けないんですよ!?」

「あーっ……シャッターチャンスが!! くっそ、せっかく可愛かったのに!」

「何だかもう、酷く疲れたんだ……帰ってゆっくり休みたい」

「あっ、あの、お願いです! マリエルさんに会ってあげてください……会ってそのプレゼントを渡してあげてください!」

「……君が代わりに渡せばいいだろう。きっと、その方が喜ぶ」



 腕にしがみついて止めると、こちらを振り向かないまま、そんなことを言う。分かってない、この人はちっとも。



「確かに貴方は、マリエルさんにとって良い父親じゃなかったのかもしれない。でも、マリエルさんが来て欲しいって言ってるんです。だから、どんなに苦しくても逃げないでください。親が子供から逃げてどうするんですか? ちゃんと向き合わないと駄目でしょう?」

「……私は」



 そこでそのまま、黙り込んでしまう。どうしよう? 困っていると、腕の中のバニラちゃんが「にゃうにゃう」と鳴いて、もにもにと体を動かし、ぴょこんと抜け出してしまった。



「あっ!? 駄目だよ、バニラちゃん! 戻ってきて!?」

「にゃうん」

「わっ!? とと……」

「大丈夫か!? メイベル! 怪我は無いか!?」

「えっ!? 無い、無いよ……!?」



 アレンが何故か、慌てて私のところにやってくる。そして神妙な顔つきで、私の指先を隅々までチェックし始めた。アレンがほっと息を吐いて、「よし!」と言い終えたあとで振り返ってみると、バニラちゃんを抱っこしたフランツが、渋い顔つきで佇んでいた。



「えーっと、あのう……?」

「それで付き合ってないのか、君達は」

「にゅう、にゅっ」

「付き合ってませんけど? メイベルは……そうですね。我が子的な存在ですね」

「お母さんなんです、アレン。私の」

「そうか……疲れた」

「にゅっ?」

「バニラちゃん、可愛い……心配してる」

「帰しませんからね、絶対。本格的に気分が悪くなったら、救急車を呼ぶんで上がってください。メイベルががっかりするでしょう? 落ち込んで寝込みでもしたらどうするんですか?」

「あ、アレン……!?」

「分かった、行こうか……」

「にゅ、にゅっ」











 父親を見た瞬間、マリエルが青い瞳を見開く。それから、気まずそうな顔で子猫を抱っこしているのを見て、ぷっと笑った。



「っふ、ふふふふふ……!!」

「マリエル……」

「ほ、ほら、喜んでいるでしょう!?」

「いや、あれはちょっと種類が違うだろ。何か」



 アレンが私のコートをハンガーラックにかけつつ、ぼやく。先にクッキーやチョコを摘まんで食べていたフレデリック、ハリー、ヘンリーがそんな二人を見て、賑やかに話し出した。



「あれがマリエル様のお父様……!! 似てるね、目が青い!」

「まぁなぁ~、そりゃあな~」

「マリエルさん、ツボに入ったのかずっと笑ってるな……」

「おい、そこ! きちんと挨拶しにこい、挨拶を! ソファーの陰に隠れている、ダニエルもこい!」

「うぇ~、へ~い」

「うっ、うう……」



 のそのそとみんながやって来たのを見て、フランツが面食らう。バニラちゃんはそこがすっかり気に入ったのか、すやすやと眠っていた。



「どうも、初めまして。ヘンリー・ヒューバート・カーターです。こちらは家主のダニエルさん」

「はじ、初めまして……」

「あ、ああ、どうも初めまして……」



 面食らいつつも、バニラちゃんを抱えて、にこやかなヘンリーと握手をする。すると待ち切れなくなったのか、青と緑のボーダーニットを着たハリーが目を輝かせて、ヘンリーの手ごとぎゅっと握り締める。



「いつも娘さんにはお世話になってます! 毎日常に踏んで貰っている、幸せな社畜のハリーと申します!」

「何だって? 踏んで……?」

「あーっと、こいつの趣味なんですよ! 俺はフレデリック。どうぞよろしく」

「ああ、どうも……フランツ・ワーグナーです」

「あたしはシェヘラザード。よろしく」

「シェラ、それだけ? あ、俺はノア・スミス。よろしく」

「お前もお前で似たような挨拶じゃん……」

「黙って、社畜。うるさい」



 一通り挨拶が済んだところで、ハリーが「はい! お誕生日を祝う人は~!? みんなこれを付けなきゃ駄目!」と言って、ポンポン付きの紙帽子を被せる。どう反応していいのかよく分からず、固まっていた。深い薔薇色のワンピースを着たマリエルが、それを見て指を指し、お腹を抱えて笑っている。



「よしっ! お誕生日はまだまだこれからだー! アレンも被れ、この帽子!」

「嫌だよ。何でお前らとお揃いにしなきゃ駄目なんだよ?」

「えっ……被らないの? アレン」

「まぁ、メイベルがそう言うのなら被るか……」

「コントローラーだ、コントローラー」

「アレンってさ、本当にさ? メイベルちゃんの言うことなら何でも聞くよね~」

「うるせぇな、ノア! って、お前も被ってんのかよ!?」

「もちろん。この中で一番似合ってる自信がある」

「似合ってるよ~、ノア! 私も猫耳カチューシャ外して、それにしようかな?」

「えっ!? 付けてろよ、もったいない」

「へっ? そ、そう? じゃあ、付けていようかな……」



 照れつつ猫耳を触っていると、ハリーが「けっ! 胸糞悪いや」と悪態を吐いた。お客さんの前だから抑えているのか、アレンが笑顔で「やめようなー? そういうこと言うのは」と返す。そして、ようやく笑いの発作が収まったのか、マリエルが涙を拭いつつ、父親に話しかけた。



「ありがとう、パパ。来てくれて。まさか来るとは思わなかったわ。そんな大きいプレゼントを抱えて」

「……お誕生日おめでとう、マリエル。これは」

「あーっと! ちょっと待ってください、順番があるんですよ!?」

「順番……」



 ヘンリーに止められたフランツが、困り果てて呟く。そんな父親を見て、マリエルが愉快そうに笑っていた。アレンがすうと息を吸い込んで、宣言する。



「まずはメイベルと俺が作った料理を食べて、乾杯しましょう! ほら!」

「おっ」

「すげえ、流石はメイベルちゃん奴隷のアレン」

「ん、すごい……」



 アレンがぱちんと指を鳴らすと、天井から「お誕生日おめでとう、マリエル」と書かれたプレートが下がり、ラッパや音楽が鳴り響く。既に風船や花で飾り立てられていたリビングが、一気に賑やかになった。そして真っ赤な薔薇の花びらもひらひらと舞って、辺りを埋め尽くしては、しゅわりと解けて消えてゆく。



「ようこそ、フランツ・ワーグナーさん。歓迎しますよ。呪いも解けたことですし、どうぞゆっくりしていってください」

「……どうもありがとう、アレン君。嬉しいよ」





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