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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
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6. 奇跡の一枚と彼女が考える「お母さん」

 





 そこには綺麗な文字でこう書かれていた。開けると僅かに焦げ臭い香りが漂ったのに、思わず読み進めてしまったのはきっと、何十年も前に亡くした妻の筆跡とよく似ていたから。



 マリエルさんのお父様へ



 こんにちは。貴方はよく覚えていないかもしれませんが、エルダーフラワーパークでお会いしましたね。マリエルさんと同じ家に住む、メイベル・ロチェスターです。今回お手紙を差し上げたのは、マリエルさんのお誕生日が十日後にあるからです。どうか来て頂けませんか?


 マリエルさんは小さい頃、お父さんに祝って貰えなくて淋しかったそうです。もちろん、彼女はそんなこと絶対に言わないんでしょうけど。どうか来てください。美味しいご飯を作って、拾ったばかりの子猫ちゃんと一緒に、首を長くして待っていますね。


 追伸 もちろん、お誕生日プレゼントも持ってきてくださいね。出来れば、小さい頃のマリエルさんに渡したら、喜びそうなものを。    



                        メイベル・ロチェスターより



 それを夜も更けた自室で読み終え、深い溜め息を吐く。何となく窓の外にある木を見てみると、ガラスの向こうでざわざわと揺れ動いていた。暖炉に火を入れていても、どうしても服の隙間から、凍えるような冷たさが忍び込んでくる。両目を閉じれば、亡き妻の笑顔が浮かんだ。ぼんやりとシェードランプが灯る中で、老眼鏡を外す。私が行って喜ぶだろうか? いいや、喜ぶ筈が無い。



「メイベル……ロチェスターか」



 遠目からでも分かる、その性格の良さ。こちらを見て栗色の瞳を瞠って、次の瞬間、控えめに笑って会釈をしてきた。おそらくあの時、会釈をしてきたお嬢さんがメイベル・ロチェスターだろう。優しさが滲んだ文字を見つめ、眉を顰める。上質な手触りの紙には、瑞々しい花が描かれていた。それを捨てようと思ったがやめ、念の為に封筒に手を突っ込み、他に手紙があるかどうかを確認する。



「アレン・フォレスター? ……一体誰だ」



 そのお嬢さんに負けず劣らず、美しい文字だった。が、物騒なことが書き連ねられている。



 フランツ・フォーグナーさんへ


 アレン・フォレスターです。娘さんと一緒に住んでいる者です。早速ですが、メイベルに頼まれて、この招待状に呪いをかけておきました。が、しかし誤解しないで頂きたい。メイベルは心優しく、マリエルさんが誕生日を祝って貰えなかったことに胸を痛め、今回のことを計画しました。あなたの娘さんいわく、「どうせ来ないだろう」とのことでしたが。メイベルは優しいので、随分と思い悩んだ末に呪いをかけることにしたんです。



「……優しいのならそもそもの話、呪いなんぞかけないと思うが。いや、待て。呪い……?」



 まぁ、メイベルの優しさについては会えばよく分かると思います。とにかくも彼女の提案で、シェアハウスに来なければ、足の小指が猛烈に痒くなる呪いと、痔になる呪い、十日間下痢と発熱に苦しめられる呪いをかけておきました。誤解しないで欲しいんですが、彼女はもっともっと軽い呪いを希望していました。が、俺の独断で二つほど追加しておきました。



 そこまでを読んでから、両目を閉じる。「なるほど、君は私に発熱と下痢で苦しんで欲しかったと?」と、思わずそんな呟きが零れ落ちた。



 メイベルはその日を本当に楽しみにしていて。明日も俺と一緒に、誕生日に出すご馳走のメニューを考えて、いくつか試作をする予定です。それから、マリエルさんへの誕生日プレゼントも一緒に買いに行きます。俺はそこまでしなくていいと言ったんですけど、彼女は風船を飛ばすといって聞かなくて。俺は魔術師なんですが、その日はこうして欲しい、ああして欲しいと、メイベルは目をきらきらと輝かせてリクエストしてきます。それなので、フランツさんには是非とも来て頂きたい。彼女は本人以上に楽しみにしていて、張り切って、十日も前からあれこれ用意しているんです。俺としては、彼女の体調が不安なんですが……。



「長い……二枚もあるのか、これ」



 娘のことについて何か書かれているに違いないと、そう思って最後まで読んでみたのだが。見事に何もなかった。ただひたすら、メイベルというお嬢さんとあれをする、これをする、こんなにも優しいといった、そんな賞賛が書き綴られているだけで。酷い疲れを感じて、眉間を揉み解す。恋人を自慢したくなる気持ちも分かるが、何もこんな爺さんへの手紙に、つらつらと書かなくてもいいだろう。



 もう一度深い溜め息を吐くと、どこからかフクロウの鳴き声が聞こえてきた。渋々と椅子から立ち上がって、アレン・フォレスターからの手紙だけを暖炉にぶち込む。ぼうっと、黒い煙が上がった。ふと指先を見てみると、腹に赤い髑髏が刻まれていた。ああ、呪われている。今日は何かとアンラッキーな日だ。



「……マリエル。喜ぶ筈が無いのに」



 随分とややこしく、拗れてしまった。させたいようにさせていればいいと、そう思って子育てをしてきたが。冷たいキッチンに立って湯を沸かし、健康に良くないと分かりつつ、スーパーで買ってきた甘いチョコを齧り取る。何か甘いものを食べねば、眠れないような気がしたから。亡き妻の笑顔と、幼い娘の淋しそうな顔。ほら、やっぱり。



「私は良い父親になれなかったよ、マグダレン……」



 彼女が聞けば、ころころと笑うような気がした。妻とよく似た娘の眼差しを、面と向かって受け取れる気がしない。そんなことを聞けば、マリエルも妻のように笑うのだろうか。結局、良き夫にも父にもなれやしなかった。苦い失敗を思い出して、歯を食い縛る。コンロの上に置いた薬缶が、しゅうしゅうと不思議な音を立てていた。残るはただ、ほろ苦い珈琲の匂いだけで。









「どっ、どうかな~……ちゃんと受け取ったかなぁ? 大丈夫かなぁ」

「大丈夫だろ。心配すんなって。それよりもほら、前を向いて歩けよ?」

「あっ、うん。ありがとう」



 ドロップ・ドロップ駅の改札を通って、外に出る。今日はアレンと一緒に、誕生日プレゼントを買いに来たんだけど。ふと後ろを振り返って見てみると、フレデリックとハリー、ダニエルが佇んでいた。寒いからか、みんなしっかりコートとマフラーを着込んでいる。かくいう私も、マリエルさんから貰った白いケープコートを着て、アレンが編んでくれたマフラーを巻いてるけど。



「あ、あの。私、別に、アレンと二人で買いに行くから良かったのに……」

「えっ? 邪魔? 邪魔なんだ!? 泣くよ!? ねぇ、泣いちゃうぞ!?」

「うるせぇぞ、ハリー。騒ぐなよ、外で」

「ご、ごめん、メイベル……その、付いてきたりして……」

「昼飯も俺達と一緒に食べような! 晩飯もな! ずぅーっとみんなで一緒にいような! なっ!?」

「フレデリックさん、肩を掴まないで欲しいんですが……」


 迷惑そうなヘンリーを抱き寄せたフレリックが、鼻息荒く「絶対阻止! 絶対阻止!!」と唱えている。ちょっと残念だったな。みんなと一緒に選びに行くのももちろん、楽しいんだけど。隣を歩くアレンを見てみると、視線に気がついたのか、こちらを見つめてくる。



「どうした? 腹でも減ったのか?」

「えっ? ううん……でも、ありがとう。キャラメルとクッキー」

「ん。クッキーは苺ジャムが挟まってるやつ」

「苺ジャム……!!」

「俺らには……?」

「無い」

「だろうな! だろうな!!」

「差別だ、差別。偏見だ、偏見」

「というかアレン? いつもコートのポケットに入れてるんだ……?」



 ヘンリーからの問いかけを無視して、アレンが前方のショッピングモールを指差した。風は冷たく、新しい年を迎えたばかりの街はどこか浮き足立っている。



「見えてきたぞ、メイベル。あいつが気に入るようなもん、見つかるといいな」

「うん! 楽しみ~」

「俺ら、魚の糞みたいになってきたな……」

「どこまでも付いて行くぞ、アレン……社畜の命にかけても阻止してみせる」

「あっと、ダニエルさん。大丈夫ですか?」

「何故か、何故か林檎の皮がそこにあって……」












「うーん……どうしようかな? マリエルさんお洒落だから、余計に悩んじゃうなぁ~」

「まぁ、客からも友達からも、いっぱい貰ってそうだもんな……」

「よし。決めた、俺。さっきの店に行ってくる」

「ハリー……さっきの店ってもしかして」



 フレデリックが遠い目で聞くと、ハリーが勇ましく頷いて「貢ぐのならやっぱり宝石だろ」と言って、ずんずんと歩いて去って行った。ヘンリーが苦笑して、「毎年毎年ああだよな、ハリーは」と呟く。そ、そっか。貢いでるんだ……。



「趣味なんだろ、貢ぐのがさ。俺はあー……適当にハンカチにでもしておくか。無いよりマシだろ、無いより」

「アレン……もうちょっと考えて決めろよ、お前はな」

「ダニエルさんは何にしますか?」

「あ、あー……悩んでる。金券以外にしようかな……」

「ですね……」

「祝祭の時、微妙な顔してたもんなぁ……」


 アレンが腕を伸ばして、綺麗なレースハンカチをカゴに入れる。私が手前のスノードームをじっと見ていたら、不思議そうな顔で「これもいるか?」と聞いてきたので、慌てて首を振る。ちょっと残念そうな顔で、そっとアザラシのスノードームを元に戻した。そんなアレンを見て、ヘンリーが嫌な顔をする。



「今日はさ、メイベルちゃんへのプレゼントじゃなくてさ? マリエルさんへの誕生日プレゼントを買いに来たんだよな……?」

「ほら、妹だもんな。メイベルちゃん、妹だもんな!?」

「あー、悪い。メイベルが見ていると、つい買いたくなっちゃって」

「もはや、隠しもしないのかよ……」



 どうしてか微妙な空気が漂ってしまった。慌ててダニエルの腕を引っ張り、「決まっていないのなら、一緒に選びに行きませんか?」と言って、連れ出してみる。意外にも、アレンは追いかけてこなかった。自暴自棄になったフレデリックがどっさりと、小さなぬいぐるみをカゴの中に突っ込んで、アレンにけたたましく怒られている。



(自分で離れておいて何だけど。ちょっと淋しいかも……?)


 溜め息を吐いて、きらきらと光っているアクセサリーを見ていたら、ダニエルが心配そうな顔をする。いつもの黒縁眼鏡は綺麗で、黒髪も丁寧に結んでいた。



「あの、ごめん……今日、その、付いてきたりして」

「いいえ。どうして? 楽しいですよ?」

「いや……メイベルは、アレンと一緒にその、ゆっくり回りたかったんじゃないかって……」



 その言葉に目を瞠る。気が付いてたんだ、ダニエルさん。弱り果てた顔をしているけど、その青い瞳は真剣だった。少しだけ居心地悪くなって、目を逸らす。店の照明に照らされ、薔薇の花びらの形をしたイヤリング、パールが付いたネックレス、リボンバレッタが華やかに煌いていた。ショッピングモールならではの、賑やかな音楽が耳に心地良い。



「……でも、最近ずっと一緒だったし。そろそろ、迷惑がられちゃうかなぁって」

「そ、そんなことはないと思うけどな……」

「そうですかね? でも、いつもいつも甘えてばかりだし。たまにはアレンだって、私以外の人と一緒に出かけたいんだろうし……」




 華奢な指輪を持ち上げて、光に照らしてみる。こういうの、重ね付けしても楽しいんだろうな。今度してみてもいいかもしれない。ダニエルが戸惑っていた。それから、自分も手を伸ばして、パールのイヤリングを手に取る。マリエルさんに似合いそうな、小粒のジルコニアとパールの上品なイヤリング。


「……俺、あとで」

「はい。どうかしましたか? 疲れちゃいましたか?」

「ハリーとフレデリックと、ヘンリー連れて一緒に帰る……」

「えっ」

「ほ、ほら。お留守番、させちゃってるのも可哀想だし……バニラちゃん」

「……ですが、朝遊び疲れて、ぐっすり眠ってるだろうし」

「メイベルはいや? アレンとその、二人きりになるのは……」

「い、嫌じゃないです……嬉しいです」

「じゃあ、えーっと、そうしよう。気にしなくてもいいよ、あの三人のことは……」



 嬉しいけど、いいのかな? 困って見上げると、淋しそうな微笑みを浮かべて見つめてきた。少しだけ息が止まる。どうして今、あの子のことを思い出しているんだろう。結局は好きになれなかった男の子。自分はどこか、人としておかしいんじゃないかなと思って、家に帰って泣いていた時のことを思い出した。



「俺、これ」

「あっ、はい」

「マリエルへの誕生日プレゼントにする……これと、お菓子でも贈ろうかと思う」

「あっ、いいと思います。それ……」

「メイベルはこれ?」

「えっ? いいえ、大丈夫ですよ、自分で買いますから……」

「いいよ、気にしないで。似合うと、ええっと、思うし。男の俺なんかよりも」

「……ダニエルさんには、この石が似合うと思います」



 深いブルーの石がついたイヤリングを持ち上げ、耳にかざしてみると、ぼっと火が点いたように赤くなった。でも、嬉しそうに笑ってる。



「そうかな。似合うかな?」

「あっ、はい。これは女性が付けるやつですけど、ユニセックスなデザインだし。似合いますよ。ダニエルさん、色も白いし。黒髪だし」

「じゃあ、これにしようかな……」

「こっちの指輪も似合いそうですけどね。金色の」

「……イヤリングだけにしておこうかな。こんなの、持っていても仕方が無い……」



 持っていても仕方が無い。あれかな、お皿洗いもしょっちゅうしてるし。イヤリングと違って、指輪は躊躇してしまうのかもしれない。「メイベルは本当にいいの?」と聞いてきた。



「実は今、ダニエルさんから貰ったネックレスを付けているんですよね……これ以上、頂くのも申し訳無いし。それにこれが素敵すぎて、他のアクセサリーに目がいかないんですよ。欲しい! 買おう! ってならないんです。どうしても」

「……また買ってくるね、俺」

「えっ!? いや、申し訳無いから大丈夫ですよ!?」

「おーい、二人ともー! あれっ? ヘンリーとフレデリックさんは?」

「ハリー、おかえり。あっちにいるよ~」

「おっ、色々あるね。これ、アレンとかが好きそう!」

「えっ……?」

「ええっと、その、ハリー? アレンは多分、ネックレスとか付けないと思う……」

「それもそうだね! 最近、バニラちゃんをぶら下げてるしね!」



 疲れていてちぐはぐなハリーを引っ張って、ソファーに座らせてから、ダニエルと一緒にアレン達を探しに行く。フレデリックは飽きたのか、ラズベリーアイスを食べながら、商品棚を眺めていた。ヘンリーは真剣に探していたらしく、ちょっとだけくたびれた顔をしている。



「あっ、メイベル。ちょうど良かった。これ、お前が好きそうなやつで……」

「あれ!? その、マリエルさんへの誕生日プレゼントは……?」

「……一昨日、ハンドクリームが欲しいって言ってたよな? 買ってくるから、待ってて」

「えっ!? アレン!?」

「ごめん、メイベルちゃん。止めても聞かなくってさ、あいつ……これでも量は減らしたんだけど。メイベルちゃんが好きそうな花柄とバンビのブックカバーと、ハンドクリームと、リボンバレッタを買うって言って聞かなくて……」

「えっ、ええええ……? でも、私、そういうの好きかも……」

「だろうね……はーあ。疲れた」

「おふかれ、ヘンリー。俺のをひょっひょやろうか?」

「いらない……あとで自分で買います」




 結局、本当にダニエルが強引に三人を引っ張って、帰って行った。ハリーは最後まで「裏切りだぁ! 裏切り者だぁ!!」と叫んでいたし、ヘンリーもヘンリーで動揺していた。フレデリックはというと、爽やかな笑顔で敬礼をし、「じゃあ、お二人さん。仲良くデートでもしてきな!」と言って、ヘンリーに後ろからげしっと蹴られていた。



「……じゃあ、行こっか。何か疲れちゃったね」

「あ? そうか? ごめん、気が付かなくって。あっ、そうだ、お前が好きそうなカフェがあったんだが……そこで飯食って、デザートに苺パフェでも食べるか? それとも窯出しチーズケーキの店に行くか?」

「え、ええっと、お昼ご飯を先に食べに行こうかな!」

「悪いな、メイベル。随分前にお前がお昼ご飯の前でも甘いものが食べたくなっちゃって、食べたことがあるんだって言ってたから、今日もそんな気分かと思って提案してみたんだ」

「ありがとう、アレン……」



 最近のアレンはちょっとだけ早口だ。私が目を白黒させていると、不思議そうな顔をして覗き込んできた。距離が近い。



「どうした? メイベル。ごめん、疲れたよな?」

「えーっと、その、喋るスピードをもう少しだけ、遅くして欲しいなぁって……」

「……ごめん、つい。誤解されたくないなと思って」

「誤解……?」

「ああ、何でもない。こっちの話だ。えーっと、昼飯食いに行くか」

「行く! アレンと一緒に食べに行くの、久々~。楽しみ~!」



 るんたったと歩いていると、アレンが白い息を吐き出して笑う。やっぱり外に出ると、かなり寒い。前方には、ショッピングモールへと続く通路が広がっている。



「可愛いな、はしゃいでる。あー……可愛いと言えば。バニラも大丈夫かな?」

「だ、大丈夫じゃない? 今朝、その、疲れてねんねしてたし……」

「だな。まぁ、ヘンリー達が今から帰るから大丈夫か。今日はグラタンか? スープの気分か?」

「グラタンの気分……!! 海老と帆立のシーフードグラタンが食べたいな、私」

「いいな、それも。俺は今日、トマトの気分かな……」




 アレンと喋って歩いて、白が基調の開放的な店内に入る。窓際のソファー席が空いていた。やった! うきうきと胸を弾ませながら、窓際の席に腰掛けると、「これ。荷物入れな。お前の入れとくから」と言って、横に置いた荷物を丁寧に入れてくれる。



「あっ、ありがとう……」

「ここ、水はセルフサービスだから。取ってくる、俺。お前の分も」

「あ、ありがとう。じゃあ、お願いしようかな?」

「ん、これメニュー表な。選んで待っとけ」



 差し出されたメニュー表を受け取って、「ありがとう」と呟いて顔を上げてみると、もういなかった。早い。ぽつんと取り残された気持ちになっちゃうのは、一体どうしてだろう? ふんわりと柔らかなソファー席に座り直すと、陽が射し込んできた。ぽかぽかと暖かい、陽の光がテーブルの上を照らしてゆく。



(良い天気になってきたな……春が待ち遠しい)


 白い雲の隙間から、青い空が顔を出している。それをのんびり見上げたあと、メニュー表を開く。何にしようかな、今日は。シーフードグラタンの気分だったけど、こうして他のものも見てみると、それが食べたくなってしまう。




(うーん……アレンはトマト味のにするって言ってたし。これかな、ミートソースとペンネのグラタン。私は……)



 本日のおすすめランチメニューは、鶏肉とほうれん草のグラタン、三種類のキノコとチーズハンバーグ。それにシュニッツェルと皮付きポテト。頭を悩ませていると、アレンが帰ってきた。「ほい、お前の分。氷は無し」と言って、目の前に置いてくれる。



「で? どうせ悩んでるんだろ? お前のことだから」

「えっ? よく分かったね……」

「いつものことだろ。ここ、ピザもあるけど。どうする? 俺とシェアして食べてみるか?」

「みる……!! あとで運動する!」

「しなくてもいいだろ、別に太ってないし。それとサラダと……あー、小さめサイズのグラタンもあるぞ。ほら」

「わっ、便利……じゃあ、シーフードグラタンにしようかな?」

「ん。俺もそれにするかな……ピザはどれがいい? ただし、甘い系以外でな」

「分かってるよ、も~。アレン苦手だよね、甘いピザ」

「んー……お前がどうしても頼みたいって言うのなら、別にいいけど?」

「ふふ、大丈夫。ありがとう! アレンの作ってくれた、マシュマロピザの方が絶対に美味しいだろうから……」

「……じゃあ、また今度作ってやるよ」



 向かいの席で肘をついて、ちょっとだけ不機嫌そうな顔になる。でも、知ってる。これがアレンの照れ隠しなんだって。思わず笑みが込み上げて、押さえ切れなくなる。



「ふ、ふふふふ……!! アレンも分かりやすいよね、照れ屋さん」

「……それはいいから。ピザどうする?」

「私もトマト味が……あー、でも、アレンもグラタンで頼むしな……」

「いや、別に。トマト好きだし、これで」

「ほわっ……よく分かったね、私が頼みたいの」

「だって、目が釘付けだったろ? 分かりやすい」

「えっ、恥ずかしい……ごめんね、ありがとう」

「ん。ここ、デザートも充実してて」

「どれどれ? 見せて~、わ~」

「ほら、お前が好きそうなモンブランとか、苺カフェとか。ホットケーキもあるぞ?」

「ホットケーキ……!! 定番のやつだ~、美味しそう!」



 本当に久しぶりだな、こうやって楽しくメニューを選ぶのも。運ばれてきたトマトとバジルのミートピザ、生ハムとモッツァレラのサラダ、小さなシーフードグラタンを眺めていると、アレンがおもむろにカメラを取り出して、私をぱしゃりと撮る。



「えっ!? ……えっ!? 撮る要素あった? 今の。お料理は……?」

「あ? いいだろ、別に。料理の写真なんか撮らなくて」

「えっ、ええええ……?」

「おっ、可愛く撮れてた。やっと俺が満足いく写真が撮れた……」

「み、見せて……?」

「ほい」



 見せて貰った写真の私は、分かりやすく目をきらきらと輝かせていた。沢山の美味しそうな料理を前にして、嬉しそうに笑ってる。恥ずかしくなっておそるおそる、アレンを見てみると、写真の私に負けないぐらい、嬉しそうな笑顔を浮かべていた。



「どうだ? ほら、綺麗に撮れてただろう?」

「……でも、ちょっと恥ずかしいかも……!!」

「いいじゃんか、別に。どこに飾ろうかな?」

「えっ? 飾る……?」

「冷めるから食おうぜ、早く。あっ、ちゃんと二つ皿がある。助かった」



 アレンが小さなトングで、サラダを取り分けてくれた。その写真をまじまじと眺める。でも、これ、奇跡の一枚なんじゃ……?



(陽もちょうどよく翳ってたし……映りがいいな、これ。何だか自分じゃないみたい。綺麗に盛れてる……)



 そっか、アレンの目にはこう見えているんだな。私。そこまでを考えてから、慌てる。ちょっと自惚れてた、今の。



「えっ、えーっと、アレン? 綺麗に撮ってくれてありがとう……その、詐欺写真だけど」

「えっ? どこが? いつものお前じゃん、それ」

「そ、そう? いつもの私かな……?」

「うん。食おうぜ、腹減った」

「あっ、うん……」



 心臓がおかしな音を立てた。そっか、良かった。自惚れじゃなかったみたい。慌てて食べていると、アレンが眉を顰めて「ゆっくり噛んで食えよ、メイベル」と言ってくる。



「あっ、はい。お母さん……」

「……お母さん」

「ご、ごめん! いっぱい褒めてくれるし、お水も持ってきてくれるし、ずっと一緒にいたいなって思うから……!! またちょっとだけその、ホームシックになってるし!」

「よし、いいぞ。今日から俺がお前のお母さんで」

「えっ? いいの……!? じゃあちょっと、明日からそう呼んでみようかな!」

「別に今からでもいいけどな。おっ、うまい。これ。意外と」








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