5.呪い付きの招待状を親愛なる貴方へ
「マリエルさんのお誕生日……!!」
「にゅうっ」
「そう。だからメイベルちゃんに祝って貰いたくて。大丈夫? たまにはアレンが作った、メイベルちゃんスペシャル料理以外が食べたくって」
「わ、分かりました! 作りますね……」
最近、私が何か言うとバニラちゃんも「うにゃん」とお返事するようになった。洗い立てで石鹸の香りがするバニラちゃんを抱えていると、それを撮っていたアレンがふと顔を上げる。
「おい、クソババア。スペシャルって一体何なんだよ? メイベルの好物を並べているだけだろうが」
「もしもし、アレン? このシェアハウスには俺を含め、七人もいるんだけど? それなのに、メイベルちゃんの好物しか出てこないよな……?」
「メイベルが好きなものは、お前らも好きだろ? 喜んで食ってるじゃん、みんな」
「そうか。これからもアレンは、メイベルちゃんの好物しか出さない気なんだな……」
「……ヘンリー、明日はお前の好きな料理でも作ってやろうか?」
「じゃあ、そうして貰おうかな! 最近、メイベルちゃんの好物しか出てこないしな!!」
「悪かったって……」
アレンが出てきた写真を見つめ、そう呟く。映りはどうだったかなと気にしていると、ふとこちらを向いて笑った。
「まぁ、実物の方がどう足掻いたって可愛いからな。気にするなよ、メイベル」
「は? よし、ヘンリー! ハリー! 集合だ! こいつを袋叩きにするぞ!!」
「ですね! そうするしかない! とうっ!」
「イチャつきやがって、イチャつきやがって!!」
「は!? いや、俺は思ったことをそのまま言っただけで、」
「なお悪いだろ!? 出ていけ、この神聖な共有空間から!」
「ナチュラルにイチャつくんじゃねぇ、泣くぞ!? ギャン泣きしちゃうぞ!?」
何故か怒ってしまったヘンリーとハリー、フレデリックが困惑するアレンをげしげしと蹴っている。「うにゃん」と鳴いてお腹を向けているバニラちゃんを撫でつつ、隣に座ったマリエルを見てみると、にっこり笑った。
「いいのよ、メイベルちゃん。アレンの言うことは正しいもの。気にしなくて」
「えっ? えーっとその、」
「そんなことよりも! お誕生日当日、パーティーしてくれない? メイベルちゃんに祝って欲しいの、私」
「も、もちろん喜んで……!! 食べたいのとかありますか? 私、頑張って作りますよ?」
「そうね。じゃあ、素朴なものを作って貰おうかしら。グラタンとかパスタとか」
「はい……!! マリエルさんの好きなオムレツでもします?」
「いいかも、それも。楽しみ~」
マリエルがにこにこと笑って、バニラちゃんのお腹を撫でる。でも最近、元気が無いような気がする。心配だな、でも、余計なおせっかいかもしれない。ちょっとだけ悩んだあと、疲れた顔のマリエルに話しかけてみる。
「あの、マリエルさん? その」
「ん? どうしたの、メイベルちゃん」
「私の気のせいかもしれませんがその、元気が無いなって……」
「……ああ、そうね。実は」
「痛いー!! アレンが俺の頬をつねったああああああ!!」
「うるっせぇよ、つねられたぐらいで済んで感謝しろ!! 俺に感謝しろ!!」
「いふぁい、いふぁい! はっへおまへらメイベルひゃんとばっかりひひゃひひゃひへ、」
「……ここじゃ、静かに話せないわね。温泉にでも行かない? メイベルちゃん」
「あっ、はい! シェラも誘っても……?」
「ええ、もちろん。行きましょ、楽しみだわ」
ふわりとオレンジとバニラが香る、シャンプーを手で泡立てて、シェヘラザードの黒髪を洗ってゆく。細くて柔らかくて、指の間を滑らかに通り抜けていった。丁寧に頭皮をマッサージしていると、「ぶふん」と動物のように息を吐く。
「シェラ? 痒いところ無いですかー?」
「無い……メイベル天才。美容師さんになればいいのに」
「わ~、ありがとう! そう言って貰えるの、すごく嬉しい~」
「いいわね、シェラ。私も誕生日当日、メイベルちゃんに頭を洗って貰おうかしら?」
「いつでも洗いますよ~。ハリーにも好評なんです!」
「アレンじゃないけど、ハリーの頭、別に洗わなくてもいいと思う……」
「でも、本人洗えないって言ってるし。水着も着てるから大丈夫ですよ?」
「そうかもしれないけどね? 私も不安だわ、メイベルちゃん」
でも、ハリーはたまに私のこと、頭を洗ってくれるおばさんだと勘違いしてるし……。別に大丈夫じゃないかなと思ったけど、黙っておく。わしゃわしゃとシェヘラザードの頭を洗っていると、温泉に浸かっていたマリエルが話しかけてきた。
「あのね? メイベルちゃん」
「あっ、はい。どうかしましたか? マリエルさん」
「この年にもなって恥ずかしいんだけどね、私……」
「ん、大丈夫。フレデリックとハリー見て安心するといいよ、マリエル」
「っふふ、そうよね。いつまで経っても子供なんだから、あの子達は」
「そうですね……見ていて微笑ましい」
「メイベルだけ違う世界、見てる。ごめん、遮って。マリエル」
「いいのよ、大丈夫。私だって、何からどう言ったらいいのか、よく分かってないもの……」
「そういう時ってありますよね……」
とだけ返して、黙ってシェヘラザードの黒髪を洗い流してゆく。ざあっと、白い泡が溶けて流れていった。タイル床の上に淡く残る。次はこっくり濃厚なコンディショナーを出して、指に絡めて、丹念に塗ってゆく。私が綺麗に洗っているからか、シェヘラザードの黒髪が艶々してきた。前は面倒臭くて、お湯だけで済ませていたみたいだけど。
ほんのりと甘いバニラとシナモンの香りがするそれを、せっせと塗り込んでいると、考えが整理できたのか話しかけてくる。
「パパにね、誕生日を祝って欲しいなって。それだけ」
「へっ? そうなんですか? 呼びますか!?」
「駄目よ。あの人はそんなのに来ないから。……昔からいっつもそう」
「じゃ、じゃあ、招待状を作成して送りますか……?」
「家まで行って、浚ってくるとかは」
「っぶふ、そうね? いいかもしれないわね、そんなのも」
「私、ええっと、お会いして説得とか……?」
「ん、それが一番な気がする」
「私も何だかそう思えてきちゃったわ、シェラ」
でも、そっか。随分前に、秋のお花見に行った時に会ったあの人か。マリエルそっくりの美しい人で、どこかちょっと身構えてしまう男の人。「うーん」と唸って首を傾げていると、シェヘラザードが「もう洗い流した方がいいんじゃない? メイベル……」と悲しげな声を出す。
「駄目ですよ。これ、ちょっと置いた方が艶々になるから……」
「ならなくてもいい……べたべた嫌い」
「えー……そんな! もったいない。あともうちょっとだけ我慢、その、してみませんか……?」
「……分かった、してみる」
「ふふ、それがいいわ。シェラ」
「マリエルさん、あの」
「ん? どうしたの、メイベルちゃん。諦めるからもういいわ……どーせ、仕事で忙しいって言うんでしょうし?」
でも、来て欲しいんじゃないかな? 気にかかったけど、一旦口をつぐむ。そうだ、アレンに相談してみよう。何かいい案を思いついてくれるかもしれないし。シェヘラザードがもぞもぞと動き出したので、苦笑しつつ、洗い流す。早く温泉に入って、ワニさん泳ぎがしたいみたい。
「は? 何で俺がクソババアのために、せっせとそんなことを考えなきゃいけないんだよ? 本人もいいって言ってたのなら、それで別にいいだろ。終わり」
「……そっか」
「あっ、落ち込んだ。すっげえ落ち込んだ。可哀想、メイベルちゃん。可哀想~」
「可哀想だよね、本当。もうちょっと何か言い方あるでしょ、絶対」
「うるせぇよ、社畜にノア。仲悪いくせに、こんな時だけ……」
もしゃもしゃと、レタスと粗挽きソーセージのサンドイッチを食べていたハリーがこちらを見てくる。黒いニットを着たノアが溜め息を吐いて、サンドイッチを齧り取った。今日はソファーに座って、四人でお昼ご飯を食べているんだけど。もうちょっと違う言い方が良かったかな? 分からない。
しょんぼりしつつ、アレンが作ってくれたふわふわ卵と海老のサンドイッチを食べていると、隣に座ったアレンが嫌な顔をする。今日はアーガイル柄のニットを着ていた。それから、美味しそうなベーコンと半熟玉子のサンドイッチを食べている。
「あー……まぁ、それじゃあ呼びつけたらいいんじゃねぇの。無理矢理にでもさ」
「でも、どうやって? 連絡先知らないでしょ、アレン」
「俺も知らない! そもそもの話、マリエルさんの連絡先も知らない!」
「知らねぇのかよ。俺でさえ知ってんのに」
「あれでしょ、鬱陶しいからでしょ。俺だってお断りだな、ハリーとは」
「いっ、いいもん、メイベルちゃんとヘンリーのは知ってるからいいもん……!!」
「あっ、あの、連絡先なんだけどね? その」
「うん」
「家を知っているのならね。まだ望みはあるのかもしれないけど……」
ノアがもぐもぐと咀嚼しながら、フォークでポテトを突き刺す。私も何となく、黒胡椒とハーブソルトがかかった皮付きポテトを突き刺して、ぱくりと食べてみる。
「んぐ、確かにそれが一番かも……わらひが考えたの、会社に連絡することだったから」
「会社……」
「あー……風俗店経営……」
「よし、分かった! マリエルさんパパを指名したらいいんだよ!!」
「アホかよ、お前。社長はそんなサービスしてないっての」
「ハリーは黙っててくれないかな、もう」
「メイベルちゃーん、二人がいじめてくるんだけど!?」
「え、ええっと、でも、そうだね! 社長さんを指名出来たら一番良かったね!」
「落ち着け、メイベル。ほら、俺のベーコンやるから」
「あり、ありがとう……!!」
「ん~、でも。本当難しいな、この問題」
アレンから貰ったベーコンを半分だけ齧って、大事に食べていると、もう一枚くれた。優しい。それを見たハリーがぐるんとノアを振り返って、「俺のソーセージもいる?」と聞いている。ノアが戸惑って「ま、まぁ、食べて欲しいのなら食べるけど……?」と言って皿を差し出すと、真剣な顔をしてソーセージを乗せていた。
「家が分かれば……招待状が送れるんだけど」
「俺が魔術で何とかしてやろうか? メイベル」
「えっ!? そんなことが出来るの!?」
「あっ、でも、俺、マリエルさんの実家知ってるよ?」
「早く言えよ、それを! このアホアホ社畜が!!」
「ハリー? 本当に知ってんの? 分かる? 家の外観じゃなくて、俺達は住所が知りたいんだけど?」
「しっ、知ってるもん。代わりに荷物送ったことあるもん……!!」
ハリーがポテトを持ったまま震え出すと、アレンとノアが同時に白けた顔をする。でも、良かった。これで招待状が送れるかもしれない。
「あー、パシられてるもんな。お前」
「納得した、今ので」
「ひぇん……メイベルちゃん、助けて? 二人がいじめてくるんだ。もうそろそろいい加減にしないと、二人の罵りで興奮するようになっちゃうからな!?」
「「ごめん、悪かった」」
「はっや……そんなに俺に興奮されたくないの? ねぇ」
黙々と、アレンとノアがサンドイッチを頬張る。目が死んじゃってるな……。何て言ったらいいかよく分からず、うろたえているとハリーが「はい、メイベルちゃん。どうぞ」と言って、レタスの切れ端をくれた。
「ありがとう、ハリー。それであの、住所ってちゃんと覚えてる……?」
「覚えてるよー、大丈夫。ここ二年間ぐらい、代わりに荷物送ってるからさ」
「ひっそりと、そんなことをさせられていたのかよ。お前……」
「喜んでしてそうだけどね、ハリーの場合」
ノアが眉を顰めて、また皮付きポテトを取る。気に入ったみたい。分かる……。
「まぁ、いいや! とりあえず送れば? 招待状。メイベルちゃん」
「あっ、うん。でも、来てくれるかな……?」
「呪いでも添付しておくか?」
「それ犯罪、アレン」
「えーっとね、法律に引っかからない程度の呪いを添付して欲しいの! 見た目はお上品で可愛いやつにするから」
「笑顔でさらっと怖いことを言ったな。今、お前……」
「意外な一面を発見しちゃったね、俺達……」
「どうしよう? 今度、メイベルちゃんに罵って貰おうかな……?」
だ、駄目だったかな? この家に来ないとお腹を壊しちゃう呪いとか、足の小指が痒くて歩けなくなっちゃうとか。そんな優しい呪いだったら、いいかと思ったんだけど……。サンドイッチ片手に説明すると、アレンが真顔で頷いてくれた。何故かノアがそっと、私から目を逸らす。ハリーを見てみると、頬をぱんぱんに膨らませつつ、ぐっと親指を立ててくれた。
「まぁ、いいんじゃないか? 別に。全部メイベルの言う通りにするよ、俺」
「そうだった、アレンもアレンでメイベルちゃんの奴隷だったね……」
「あ? クソババアと違って、メイベルはいつもにこにこ笑顔でお礼を言ってくれるし、性格も良いし、俺のことなんてパシってないんだが? 改めろよ、認識。謝れ、俺とメイベルに」
「めんどくさ……」
「メイベルちゃんオタクだったんだね、アレン……」
「うるせーよ、違うし。メイベル、紅茶のお代わりいるか?」
「あっ、じゃあ、注いで貰おうかな……」
「ん」
とぽとぽと、丁寧にアレンがマグカップに注いでくれる。それから、シュガーポットから角砂糖を二つ。ミルクを少々。真剣な顔で入れてくれた。嬉しい、覚えてくれているの。
「ありがとう、アレン~」
「いや、別に。じゃあ、呪いを添付するから作っとけ。招待状」
「そうするね~。今はええっと、お誕生日の十日前だからきっと、予定も空けれるよね? でも、来ない可能性が高いみたいだから、ちょっとだけ厄介な呪いを三つほど添付して貰おうかな……?」
「いいアイデアだな、それ。そうするか」
「アレン。メイベルちゃんを何でも肯定するの、やめた方がいいよ……」
「でも、メイベルはマリエルのためを思って言ってるんだし。メイベルのやることで間違っていることなんて一つも無いからな」
「……」
「こっわ、真顔こっわ……宗教かな?」
「で、でもマリエルさん、悩んでたし……」
小さい頃、お父さんが全然構ってくれなかったみたいで。お誕生日も祝祭も一人ぼっち。お母さんは小さいマリエルさんを置いて、家を出て行っちゃったみたいだし。そんな話を聞くと、きゅっと胸が締め付けられる。
「だから、命に別状が無い程度の呪いを三つぐらい、かけてもいいんじゃないかなぁって……」
「……メイベルちゃんの怒り方って、そんな感じなんだね。俺、初めて知ったよ。怖いな、もう」
「俺もそろそろ、甘えるのやめた方がいいかも……!?」
「こいつ、本気で怒ると黙り込むみたいだけどな」
「何で知ってんの、そんなこと」
「こいつの弟から聞いた。連絡先交換してるから」
「えっ!? そ、そうなの!? 私、ウィルから何も聞いてないんだけど!?」
「えっ? メイベルちゃんも知らなかったんだ……?」
驚いてマグカップを置くと、アレンが自慢げな顔で「この間、偶然会ってだな……子猫とお前の写真を見せたら喜んでたよ」と言う。あ、あれ? 仲が良いのなら良かったんだけど……?
「何で持ち歩いてんの、写真」
「い、いや、こんなこともあろうかと持ち歩いててな……」
「嘘だろ、絶対。サンドイッチの具材、ぼろぼろ零れ落ちてるし」
「ま、まぁ、それはいいからとにかくも。最初、俺への当たりが強かったが……可愛いメイベルの猫耳カチューシャ姿を見せたら押し黙ったよ」
「えっ? 怒り由来の無言じゃない? それ」
「自慢げに言うことなのかな、それって。聞いているこっちが恥ずかしくなってくるんだけど……?」
思わず頬が熱くなってしまう。サンドイッチを握り締めてアレンを見てみると、さっとテーブルを見て、零れ落ちちゃった具材を拾い集め始めた。
「あ、アレン? その、恥ずかしいから持ち歩くのはやめて、」
「持ち歩いてないし、別に」
「嘘くさ……」
「と、とりあえずだ。これで解決だな! 良かったな! じゃあ、今日にでも送るってことでいいか? メイベル」
「あっ、うん。それでいいよ~。楽しみ~!」
「楽しみなんだ……?」
「よし。今度、メイベルちゃんに罵って貰おうっと。楽しみだな……」




