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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第二章 新しい年を迎えて、春を待つ
38/134

4.メイベルVSヘンリー 仁義なき戦い

 





「あれ? メイベル。それ、猫耳もあったのか?」

「あっ、そうなの。ハリーからね、犬耳と猫耳、両方貰って……でも何かその、バニラちゃんが私を母猫だと勘違いしちゃったみたいで。さっきからすごく甘えてくる……」

「んにゅう、にゅっ」



 猫耳カチューシャと尻尾を付けてソファーに座ってみたら、バニラちゃんが飛んできちゃって。さっきから私のお膝の上に乗って、「うにゃあん、うにゃあん」と鳴いて甘えてくる。ちょっとだけ恥ずかしかったけど、バニラちゃんを見つめて「にゃあ、にゃあ」と鳴いてみると、それを見たアレンがさっとカメラを取り出した。隣に立ったヘンリーが、ぴくりと顔を引き攣らせる。



「おい、早いな。真顔で取り出すなよ……てか、買ったの? それ」

「ああ、子猫なんて一瞬で成長するんだし……今だけなんだぞ、ヘンリー。メイベルと子猫の可愛い組み合わせが見れるのは」

「だね……」

「どうしよう? アレンが順調におかしくなってるな……」

「あの、アレン!? 恥ずかしいからやめて欲しいんだけど……?」



 私が慌ててバニラちゃんを抱っこして、顔を隠すと、バシャバシャとシャッター音が響き渡る。えっ、怖い……沢山撮ってる。おそるおそる見てみると、動揺したヘンリーが「何枚撮った? 今。何かばらばらと写真も落ちてるし、メイベルちゃんも嫌がってるし、やめたら? なぁ?」と言って、アレンの肩を掴んでいた。アレンがふうと深く溜め息を吐いて、しゃがみ込み、落ちた写真を拾ってじっと眺める。



「今いち画質が悪い気もするが……」

「いや、綺麗に撮れてるって。あとこれ、最新式の魔術カメラなんじゃ、」

「あまりメイベルの可愛さが出ていないな……おかしいなぁ」

(お前が見てるメイベルちゃんが可愛いんだよ!! 気付けよ、本当。綺麗にちゃんと撮れてるし!)



 あっ、でも今の発言、メイベルちゃん聞いてたんじゃ……? 不安に思って振り返ってみると、ハリーが膝に飛び込んで「絶対阻止!」と叫んでいた。良かった。メイベルちゃんが、目を白黒させて困惑してる。でも、びっくりしたバニラたんが「ふにゃーっ!!」と言って怒って、ハリーの茶髪頭に飛びかかり、あぐあぐと噛んでいた。可愛い、あとでおやつでもあげよう……。



「ハリー。次それをしたら、ケツを百回叩いてやるからな? あと謝れ、メイベルにちゃんと」

「ごめんなた~い! 俺が悪かったでちゅ~、って!? いででっ!? バニラたん、ちょっと痛いんだけど!?」

「いい気味だ。今度からはマリエルにじゃなくて、バニラに踏んで貰え」

「肉球ふみふみは加虐に入らない……マゾ喜ばない」

「メイベルー、撮ってもいいか?」

「えっ? でも、バニラちゃんは今、ハリーが抱っこしてて」

「抱っこというか、よじ登られてる。早いのなんのって……前が見えない、誰か助けて!?」

「幸せそう、いいなぁ~。ハリー、あとで俺も抱っこさせて~」

「俺、ちょっと猫アレルギーかもしんない……くしゅん!!」

「真冬なのに半袖Tシャツ着てるからだろ。何で夏用パジャマを着ているんだよ、お前は」



 ああ、やっとそこに触れたな。アレン。今まで、メイベルちゃんと子猫ちゃんしか見てなかったもんな? いや、最近は常にメイベルちゃんを見てるけど。監視カメラだ、監視カメラ。メイベルちゃんが動くと、首だけぐるんって動いている。見てると怖い。



 そんなことを考えていると、ハリーが訝しげに自分の体を見下ろして、ヒトデと熱帯魚柄の青いパジャマを引っ張り「何で俺、こんなの着てるの……? 寒い」と呟く。いや、こっちが聞きたいんだが。それは。バニラたんを抱っこしたメイベルちゃんが「ハリー、毛布でもいる?」と聞くと、「いる!」と即答して、何故かもぞもぞとテーブルの下に潜っていった。



 まぁ、ハリーの奇行はいつものことなので無視をして、とりあえずは順調におかしくなってきている、アレンのことを見つめる。



「ほら、メイベル。撮りたいんだけど、俺」

「へっ!? いやいや、恥ずかしいから……」

「ほらほら、無理に撮るのも良くないって……」

「そっか、駄目か……」



 何故そこで落ち込むんだ。罪悪感に駆られたのか、メイベルちゃんが「じゃ、じゃあ、一枚だけなら……アレンと一緒にが条件だけど! はず、恥ずかしいから……」と言い出す。メイベルちゃーん、頼むからフラグ立てるのやめて? アレンがきゅんきゅんしちゃうやつだから、それ。



 どう阻止したらいいのか分からず、硬直していると、アレンが嬉しそうに笑って「仕方ないな! じゃあ、そうするか!」と言っていそいそとソファーへ向かう。嬉しそうだな、本当。何でここに、フレデリックさんがいないんだろう。あっ、駄目だった。あいつもあいつで最近、余計なことしかしないからなぁ。



 ソファーに座って、さり気なくメイベルちゃんの肩を抱き寄せたアレンが「これ、カメラ。一応自撮りも出来るらしくて……」と言って、カメラを自分達の方へと向ける。だ、駄目だ! メイベルちゃんの顔が赤い! 「ちょっともう、アレン? 近いんだけど……?」とか言って、イチャつき始める気だ! あいつら! くそったれ!



 混乱しつつ「俺! 撮ってあげるよ!?」と申し出ると、ハリーがばっとテーブルの下から飛び出てきて、「俺のことも撮って!?」と言い出す。いや、もう出てこないで欲しい。着替えてこい、お前は。



「ハリー? 風邪引いちゃうかもしれないからその、着替えてきた方がいいんじゃないかなぁって……」

「そっか……じゃあ、着替えてこようかな? 猫アレルギーじゃなかった、くしゃみが出るの……」

「着込んでから言え。半袖パジャマを着て猫アレルギーを疑うな」

「うん……行ってきます」

「ハリー? そっちはキッチンだから。ドアは向こうだって……」



 ふらふらと歩いてキッチンの方へと向かう、ハリーの背中をぐいぐいと押して、廊下に追いやる。ばたんとドアを閉めたあと、振り返ってみると、アレンが赤いハート形のクッションを持ち上げて「これ、二人で持ってみてもいいんじゃないか? なぁ?」だなんて言ってやがる。それを聞いて、赤くなったメイベルちゃんが「えっ!? でも、それじゃあカップル感が出ちゃうし……」と言い出した。



(やっべえ!! 油断も隙もねえ! 絶対阻止!!)



 慌ててカメラを持ち上げて、「ほらー!? 撮るよー!? あとクッションじゃなくて、バニラたんの方がいいんじゃないかなー!?」と叫んでみると、何も気が付いていないお間抜けアレンが「ああ、それもそうだな! その方がいいか」と言い出す。くっそ、無自覚かよ。メイベルちゃんの顔、赤いし。しかもお前、二人で真っ赤なハートクッションを持って「はい、チーズ!」とかする気だったのかよ? どんだけ頭沸いてんだよ、お花畑かよ。



 ぎりぎりと歯を食い縛りながら、カメラを構えていると、眠くなってきたバニラたんを抱えて、二人がこっちを見つめてにっこりと笑う。あれ? カップル感が増した。「俺達、子猫を飼いましたー!」ってやつじゃん、これ。



「おかしいな? 阻止しようと思ったのに……」

「いいから撮れよ、ヘンリー。早く。俺、このあとメイベルと一緒に散歩に行こうと思ってるのにさ……」

「クソ寒いのに一体どうして?」

「あっ、えーっと、私がお願いしたの! アレン、その、最近バニラちゃんにかかりきりだから……」

「はーい! 撮るよー!? 準備はいいかなー!?」

「テンション高いな、お前。そんな性格だったっけ……?」



 あっぶねえ、危ねえ。このイチャイチャオーラを掻き消すには、アトラクションのお兄さん的テンションでいかないと……。それから戸惑った顔をしてるけど、アレン。一番変わっちゃったのはお前だからな? 最近は真顔でしみじみと「やっぱいいよな、猫とメイベルって。可愛いよな」とか何とか言ってるし。俺が共感する前提で話すなよ、何て反応すればいいんだよ。



(ああ、友達が遠い……色々分かり合えてると思ってたんだが、俺達。根掘り葉掘り聞いてみても、そんなんじゃないの一点張りだしなぁ~)



 視線の先には、笑顔で子猫ちゃんを持ち上げている二人がいた。ああ、何で俺、こんなことをしているんだろう……? さり気にアレンが、メイベルちゃんの手に手を重ねているし。どこからどう見てもこの二人はカップル。はい、終了。つらい。死んだ魚の目でシャッターを押すと、アレンが「念のため、もう一枚!」と叫ぶ。



 信用無いなぁ、俺! フレデリックさんやハリーとは違って、目をつぶった時を狙って撮ったりなんてしないし、手を揺らして撮ったりもしないよ……。無言でもう一枚だけ撮る。俺がここにいる意味って、一体何……?



「うーん……やっぱり、綺麗に撮れていない気がするんだよなぁ。おかしいなぁ」

「えっ? そうかな? 綺麗に撮れてるけど……」

「よし、買い替えるか……」

「落ち着けよ、アレン。何度撮ったって一緒だって、絶対……あと高いのに、即決かよ」



 お前の目に映ったメイベルちゃん、どれだけ可愛いんだよ? 普通に綺麗に撮れてるじゃん。不満そうだったが、バニラたんが足をちょいちょいと引っ掻いて「にゃあ」と鳴くと、はっと我に返って「飯の時間か! ちょっと待ってろよ? ふやかしてくるからな!?」と言い含めて飛んでゆく。今日も元気に甘やかしてるね、アレン……。疲れ果てて、その背中を見つめていると、隣に立ったメイベルちゃんがふうと、切ない溜め息を吐く。



(あっ、これは駄目なやつ! 阻止しないと! えーっと、えーっと、メイベルちゃんの無自覚恋心を消す、魔法のワードは!?)



 必死に頭を回転させる。ここで、この二人をくっつける訳にはいかないんだ! アレンのことだから絶対絶対、この家を出て行って速攻で、メイベルちゃんにプロポーズをする! どーせ、毎日毎日甘やかすんだろ? 奥さんメイベルちゃんと一緒にほのぼの、キッチンで料理してる姿しか思い浮かばない! そんな幸せな未来は絶対阻止すべし!



 動揺しつつ、がっと、メイベルちゃんの両肩を掴んで振り向かせる。ぱちぱちと、栗色の瞳を瞬いていた。くっそ、可愛いな。ジャージ着て生きて行って欲しい。いや、ハリーの着ぐるみコレクションからニワトリでも拝借して、着せるべきか……? 



「えーっと、ヘ、ヘンリー? どうしたの?」

「わっ、分かるよ! メイベルちゃん! 淋しいよね!? ほらっ、今まで一人っ子だったのにさ、いきなり妹が増えた感じで! ママの関心が向かなくて淋しいよねーっ!?」

「あっ! そ、そっか! だから私は淋しかったんだ……」

(違うよ、違う! 違うけど、素直~! 良い子~!)



 メイベルちゃんがにこにこと笑って「そっかぁ、だからか~」と呟く。えっ、ちょろい……。壷とか買わないでね? まぁ、大丈夫か。アレンもいるし。最近、毎日一緒どころかずっと傍にいるし。ふーっと息を吐いて、額の汗を拭っていると、ご飯を持ったアレンが「メイベルー、ちょっと待ってろよ。このあと、すぐに散歩に行ってやるからなー」と声をかけてきた。ナイス、アレン! 彼氏感が無い一言でいいと思う、それ! 最高!



「うん! 待ってるね~。でも、ごめんね? 負担になってない? 私、アレンと一緒にその、お散歩するのが楽しくてつい……最近はほら、バニラちゃんにずっとかかりきりだし、アレン」

「いや、別に。負担になんかなってないし。でも、お前まさか、バニラに嫉妬してるのか……?」

(うぉい、うおいうおい……メイベルちゃあん!?)



 何でエサ皿持ってんのに、恋が始まりそうなんだよ!? 最近の俺の敵、メイベルちゃん! さらっとアレンを殺すような発言をしやがる! するとその時、足元で「にゃあにゃあ」と鳴き始めたので、甘酸っぱい空気が霧散した。良かった……。



 アレンが「ほいほい、待てって。飛びつくなって」と言って、ご飯をあげる。あーあ、疲れた……。メイベルちゃんが、ナチュラルにアレンの心を射止めようとするから……。疲れ切ってソファーに腰掛けていると、メイベルちゃんが隣に腰掛けてきた。今度は一体何?



「あの、ヘンリー? 大丈夫? その、最近疲れてるみたいだけど……?」

「あっ、うん。大丈夫大丈夫~。あっ、そうだ! 俺も散歩に行っていい? リフレッシュしたいなぁ、俺~」

「いいよー! 行こう、行こう~。この近くにね? カフェがオープンするみたいで。内装だけでも見に行きたいなぁって、アレンと二人でそう話してて」

「いいね、行こう」

「あー、そこ。お前が好きそうな紅茶専門店で、茶葉を使ったクッキーやパウンドケーキ、シフォンケーキを取り扱ってるみたいだぞ。好きだろ? そういうの。あと、冬季限定でホットワインもあって」

「ホットワイン!」

(相変わらず、しっかり把握してるなぁ……)



 ともかく、今夜の戦いは俺の勝ちだ。最近、本当に手が抜けなくてつらい……。ハリーもフレデリックさんもあてにならないし。ノアやマリエルさんは「そんなくだんないこと、やめたらいいのに」としか言わないし。ああ、求む。味方……。何としてでも二人がくっつくのは阻止したい!















 くつくつと、煮えてゆく鍋を見つめる。分厚く切ったベーコンに玉葱、カボチャにじゃがいも、セロリと人参。カレー粉も入れたトマトスープは味わい深くて、しみじみ美味しい。これにポーチドエッグを入れたら、最高に美味しいんだけどな。ちょっとだけ難しいので、半熟玉子で我慢する。紺色のエプロンを着たメイベルが、キッチンに立って鍋を見つめていると、「にゃあ」と鳴いてバニラがやって来た。青い瞳を丸くさせて、ひくひくとひげを動かしている。



「バニラちゃん。おはよう、早いね? 眠たくないの?」

「うにゅうん」

「ちょっと待っててね? お腹空いたよね?」

「メイベル、おはよう。飯なら俺がやっとくから……」

「アレン! おはよう~」

「にゃっ」



 ご飯をくれて、甲斐甲斐しくお世話をしてくれる人だと思っているのか、バニラがたたっと、足元に駆け寄る。黒いパジャマの上から白いニットカーディガンを着たアレンが、ふんわりと優しい顔をして抱き上げた。



「はいはい。食べような~?」

「うにゅう」

「あっ、私、今からスープを食べようと思ってるんだけど……アレンも食べる?」

「ん、食べる。ああ、そうだ。冷蔵庫を開けて左のポケット。見てみて」

「へっ? うん」

「お菓子への扉って呟いたらいいから。出る、それで」



 えっと、何がだろう? とりあえず冷蔵庫のドアを開けて、「お菓子への扉」と呟いてみると、白いポケットにぼんやりと、アンティーク調の木扉が浮かんだ。小さなそれには、植物と小鳥の柄が彫られていて。こくりと息を飲み込み、そっと触れて開けてみると、そこには小さな苺のカスタードタルトが入っていた。



 きらきらとした苺に、ピスタチオのダイスがかかってる。滑らかなミントブルーのお皿に乗っていた。それに、木のフォークまで付いている。思わず「タルト!」と叫ぶと、アレンが低く笑って「あいつらがうるさいしな。盗み食い防止で作ってみた」と言ってくれる。



「あっ、でも、これ、お皿も……?」

「ん。小さいサイズ買ってきた。お前、最近ミントブルーにはまってるだろ。知ってるぞ」

「わっ、わ~……覚えてくれていてありがとう! えっ、どうしよう……スープやめて、苺タルトを朝ご飯にしようかな?」

「やめろ。スープもパンもちゃんと食えよ? ああ、はいはい、バニラ。待てって、お前……」



 アレンがご飯をあげている間、嬉しくて苺タルトをじっと眺めていたら、呆れた顔をして「食えよ、何で見てんだ?」と言ってきた。嬉しいな、ちょっとだけ淋しかったから余計に。



「アレン、ありがとう……そうだ、朝ご飯。食べて仕事に行かなくちゃ」

「いいか? この前みたいに、勝手に一人で帰ろうとするなよ? 俺、絶対絶対店まで迎えに行くからな? あの辺りも暗いんだし、随分前にも盗撮されてたし、一人で歩いて変な男にでも目をつけられたら」

「うん、分かった~。待ってるね」



 このやり取り、何回目だろう? すごく心配させちゃったんだな、申し訳ない……。落ち込みつつ反省していると、スープ皿を持ったアレンが「たまにはソファーで食おうぜ」と言ってきたので、ソファーに移動する。



「あー、やっぱあの政治家、逮捕されたのか……」

「ああ、うん、だろうね……」

「にゅ、にゅっ」

「へいへい。お前は食っただろ、もう。てかやっぱり、メイベルに懐いてるな……俺への態度がちょっとあれだな、お前」

「そうかな? アレンにも懐いてると思うけど……」



 かさかさと音が鳴る新聞紙に惹かれたのか、ていていと前足を動かして、真剣な顔でアレンの邪魔をしている。アレンが苦笑して「ま、いいか」と呟きつつ、その新聞をバニラちゃんに渡した。すぐさまご満悦な顔で寝転がり、前足をぺろぺろと舐め始める。可愛い……。



「はーあ。でも、いいな。猫も」

「そうだね。ありがとう! その、許してくれて……」

「引っ掻き傷とかなぁ、心配だったんだけどなぁ~……まぁ、主にダニエルとハリーが集中攻撃されてるからいっか。別に」

「う、うーん……また言い含めておかなくちゃ、バニラちゃんに」

「言っても聞かないだろ、どうせ。あ、今日の昼どうする? 昨日、久々にカレーが食いたいとか言ってなかったっけ?」

「あっ、うん。食べに行こうよ。アレンも確か、カレー好きだったよね?」

「おう。シェラのは激マズだったけどな……だから、シェラにだけカレーが嫌いって伝えてある。だから言うなよ、あいつには絶対」

「えっ!? そうだったの!? 何だかんだ言ってアレンは優しいよね……そんなところが好きだなぁ、私」



 スープを掬い上げていたアレンが「げふっ!」と、少しだけ噎せる。心配になって見つめていると、何故か唐突に、わしゃわしゃと頭を撫でてくれた。



「えーっと、アレン……?」

「ん、ごめん。やる」

「べ、ベーコン! こんなに大きいの……」



 でも、もう少しだけ何かが欲しくて。思い切って腕にしがみついてみると、アレンが「ど、どうした!? 腹でも痛いのか!?」と言って心配してくれた。優しい。



「ごめん、私、その」

「職場へは俺が連絡しておこうか? 休むか?」

「……ううん、大丈夫。いつもありがとう、アレン」



 代わりにしているのかな、私も。あの人の優しい笑顔が、目蓋の裏に浮かぶ。お願い、どうか消えて無くなって。最初から叶わないと決まっているのなら、泡のように溶けてしまって。何年間も何年間もそうやって願って、胸の底に沈ませているけれど。中々溶けて消えて無くってくれない、どうしたらいいんだろう? 私。



「えーっと、メイベル……?」

「ごめんね、アレン。その、ちょっとだけ心細い気分になっちゃって……」

「バニラでも抱っこするか? 今日、ケーキでも買って帰るか?」

「ううん、アレンのケーキに勝るものは無いから! いらないよ~、アレンの手作りお菓子が世界で一番美味しい!」



 そう言ってみると、アレンが青い瞳を見開いて、そっと私の手を掴んだ。ゆっくりと腕から私の手を外すと、持っていたスプーンをかたんと置いて、ソファーへと倒れる。どうしたんだろう? 嬉しかったのかな……。その時、がちゃりとリビングのドアが開いた。ヘンリーだった、まだパジャマを着ている。



「あっ、とうとう、とうとう……?」

「へっ? 何が?」

「何を言ったの、メイベルちゃん!? アレンにさ!?」

「えーっと、心細いっていうのと、アレンの手作りお菓子が世界で一番美味しいってそう、」

「駄目じゃん!? そんなこと言っちゃ! 俺っ、俺の努力が一瞬で消え去ってしまった……!!」

「お、落ち着いて!? ヘンリー!? どうしたの? 最近、何だかちょっとだけ変だよ!?」









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