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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
34/134

30.どうしても捨てられない気持ちと年の越え方

 




「えっ? メイベル、出かけんの? 一体どこに?」

「あっ、今日はね~。実家で年を越そうと思って、それで」

「何で!? 聞いてないぞ、俺! 色々準備してんのに!?」

「してるの? やばいな……」

「準備って何の準備? 意味分からな……」

「うるせーぞ、そこ! いいから黙ってろ!!」



 アレンが振り返って怒鳴ると、ソファーで寛いでいたノアとフレデリックが嫌そうな顔になる。あれから少しだけ仲良くなったのか、珈琲を飲みつつチェスをしていた。長い黒髪ウィッグを被ったノアが、駒を持ち上げながらも、アレンに話しかける。



「あのさぁ~。年末年始だよ? 別にここで過ごさなくてもいいじゃん。いいじゃん、別に。実家に帰ってもさ」

「いや、でもな!?」

「そうそう、ノアの言う通りだよ。なー、ヘンリーもそう思うだろ?」

「ん~、そうですね。ちょっと淋しくはなるけど……」

「ね、なるね……」



 黄緑色のニットを着たダニエルと一緒に、ヘンリーがクッキーを立って食べつつ、返事をする。アレンが嫌そうな顔して「座って食えよ、お前ら……」と呟いた。でも、そっか。もしかしたら、アレンは私がいなくなったら淋しいのかも……?



(うーん……考えすぎなのかもしれないけど、でも」



 白いコートの袖を捲って、腕時計を確認する。時計の針はちょうど、十四時三十五分を示していた。暗くなる前に実家に帰って、ライ叔父さんにプレゼントを渡してから、シェアハウスに帰ってこようかと思ったんだけど。



「じゃあ、アレン。一緒に来る? あっ、でも、嫌か……ごめんね? 今ちょっと自意識過剰だったかも、」

「いや、それは別に全然構わないんだけど……ほら? 弟やお前の父さんがさ、帰ってこいって言うんじゃないかなと思って。それで……」

「言うは言うと思うけど。でも、大丈夫~。ここにいるのが楽しいから、無視して帰ってくるよ!」

「無視して、帰ってくるんだ……?」

「メイベルちゃん、意外と冷たいところがあるよね……」

「そ、そうかなぁ……でも、楽しいからここにいたいなって、思って」



 困って首を傾げると、目の前に立ったアレンが「俺はそれでいいと思う! 全然いいと思う!」と、拳を握って力説し始めた。良かった、ちょっとだけほっとした……。



「じゃあ、ウィルにはもう行くって言ってあるから……ちゃんと、行けなくなったことを伝えておかないと」

「あっ、じゃあ俺から伝えておこうか? うるさそう、あいつ」

「いやいや、アレン……ちょっと落ち着けよ。何でお前から連絡するんだよ?」

「お前だって困るだろ、ヘンリー。メイベルがいなくなったら」

「そりゃ、困るけどさ……」

「あー、駄目だな。あれ。全然話が通じてない……ほい、チェックメイト」

「えー、つよ。もう一回チャレンジしたい、もう一回だけ」

「いいけど、これで最後な~。アレンをからかって遊びたい、俺」

「分かる! よし、やめるか!」

「やめるな、続けてろ! くだらねぇところで意気投合しやがって、お前ら!!」



 とりあえずバックから魔術手帳を取り出して、開く。ウィルに連絡しておかないと。でも、淋しがるんだろうなぁ……。それに、ライ叔父さんにもプレゼントを渡したかったし……。ちらりとアレンを見てみると、途端に不安そうな顔になった。どうしたんだろう、そんなに私がいなくなるのが怖いのかな。



「えーっと、メイベル? じゃあ、俺が行こうか……?」

「えっ? 代行里帰り?」

「いや、違うだろ。今のは多分、メイベルちゃんに付いて行くって意味合いで……」

「いやいや、フレデリックさん。アレンのことだから、真顔でそんなことを言っちゃうかも」

「有り得るね……アレンは最近本当に、頭がおかしいからね……」

「うるせーよ!! 黙れって、全員! さっきから邪魔にも程があるんだけど!?」



 アレンがまた怒って振り返ると、ノア達が嫌そうな顔になる。



「うわ~、惚気出た。やば」

「ここは神聖な共有空間だぞ? それなのに、二人でイチャコラしたいから俺達に出て行けってか? ふざけんなよ、お前。階段から突き落としてやろうか? なぁ?」

「あーあ、もう……あーあ」

「うるっせぇよ!! もういい! メイベル、ちょっと待ってろ!! 里帰りしたいのなら、俺も一緒に行く!!」

「ええっ!? それは別に構わないんだけど、負担にならない!? 大丈夫!?」

「大丈夫! それに、お前が迷子になるかもしれないしな……」

「ならねぇよ、うるっさ」

「たかだか行って帰ってくるだけじゃん、大げさ」

「過保護、過保護……」

「くっそ!! コート取ってくる、俺! いいか!? 待っとけよ、ここで!」

「あっ、うん。分かった……待ってるね、じゃあ!」









 ど、どうしよう。黒いコートを着たアレンと歩きつつ、考える。



(アレンを連れて行ったら、変な勘違いをされるんじゃ……?)



 ここはライ叔父さんだけ、駅に呼んで待ち合わせをして、プレゼント渡して帰るとか……? その方がいいかも。よし、そうしよう。振り返った瞬間、アレンが私の腕を掴んで「自転車。来るから」と言って、ぐいっと引き寄せてくれる。



「わっ、ごめん。ありがとう……あのね? ライ叔父さんにだけ連絡して駅で待ち合わせ、」

「ああ、確かにその方がいいな。じゃ、俺。ここで待ってるから」

「えっ……ここで!?」

「うん。ほら、言ってたじゃん? ここ、お前がパフェ食いたいって言ってたところだぞ」

「あ、ああ……そうだね。本当だ」



 白と檸檬クリーム色の店内はがら空きで、店員さんも暇そうにしていた。でも、ここで? 一人で? アレンが何も気にせずに「じゃ、ここでゆっくりパフェ食って待ってるから、俺」と言って、ドアを開け、その拍子にからんからんとベルが鳴る。考えるよりも先に、コートの袖を掴んでしまった。



「ちょ、ちょっと待ってくれる!? やっぱり私、アレンと一緒に行きたいなぁって! 駅までの道もうろ覚えだし、」

「よし、じゃあ一緒に行くか。迷ったら大変だもんな!」

「あっ、うん。ありがとう……」



 よ、良かった。アレンが私のことを手のかかる、妹的存在だと思ってくれているから、すんなり我が儘を聞いてくれた……。でも、ちょっとだけ不安になってしまう。



「あの、アレン?」

「ん?」

「もしかしてその、迷惑だった……?」

「いや、別に。あの店のさ、パフェを食ったやつがいて。俺はもうちょい甘さ控えめの方が良かったとか言っててさ~……。だから一度、生クリームの量の確認をしようと思って」

「あ、ああ。なるほど……そっか。アレンも甘すぎるのは苦手だもんね……」

「ん、まぁな」



 二人で何気ない会話をしつつ、歩く。ライ叔父さんに連絡してみると、「分かった。じゃあ、駅まで行くよ」と言ってくれたのでほっとした。良かった。



「あ~、でも。久しぶりかも……プレゼントも喜んでくれるかな? あっ、変なところ無い? 大丈夫? 私、もしかしたら髪がぐちゃってなってるかも」

「大丈夫。いつも通りで可愛いから。あっ、ほら。いたぞ。目立つな……」

「背が高いからねぇ。おーい、ライ叔父さーん」

「メイベル、お前、転ばないか? それ、マリエルが買ったやつだろ? もうちょい踵低いやつにすれば良かったのに、あいつ……デザイン重視で選びやがって、今度は付いて行こう。そうしよう……」












「……で? それでアレンは、メイベルちゃんとパフェを食べに行って、こんなに遅くなったって?」

「いや、その途中で本屋とかパン屋とか、服屋に寄ったから、それで遅くなっただけで……というか、別に遅くは無いだろ。まだ十八時前だろ。いいじゃん、別に」

「あのね? 私は今日、メイベルちゃんとのんびり過ごそうと思ってたの! それなのに仕事から帰ってきたら、ヘンリー達が、アレンとメイベルちゃんは実家に帰ったって言うから!」

「あっ、ま、マリエルさん! 落ち着いてください……あの、私が悪いんです。私が全部!」



 どうしよう。ついついマリエルさんに「年末は一緒に温泉に入って、のんびりケーキでも食べて過ごそうね」って言われて、約束したことを忘れちゃってた……。白いニットの袖を掴むと、にっこりと笑ってこちらを振り返り、ぎゅっと抱き締めてくれた。ど、どうしよう? ものすごく嬉しい……!!



(でも、心なしか元気が無いような……?)



 戸惑いつつも、抱き締められていると、アレンが「おい、ハリー。退けって、邪魔」と言いつつダイニングテーブルの方へ移動する。あっ、そうだ。忘れてた。



「あ、あの、マリエルさん? 美味しそうなバジルとチーズのパンがあったので、一応全員分買ってきたのですが……」

「食べる~! その後で一緒に温泉に入りましょ。あーあ、疲れた。メイベルちゃんで浄化されたーい」

「分かる、俺もされたい……」

「ハリー、お前な……温泉に付いて行く気じゃねぇだろうな?」

「着ぐるみ、着てたらいける?」

「いや、無理だろ。アウトだろ……」

「こう、着ぐるみの中で目隠しでもして入れば?」

「何の意味も無いやつじゃん、それ……」

「意味があったら駄目なんだって、だから……」






 シェヘラザードとマリエルと一緒に温泉に入って、寛ぐ。金髪を纏めたマリエルがほうと息を吐いて、天井を見上げた。今年最後の日だから特別に、と言ってアレンが魔術をかけてくれたので、綺麗な星空が広がっている。漆黒の夜空に小さな星々が瞬き、それらの美しい星空を背負って、純白のペガサスが翼を広げて飛んでゆく。



 ばさばさと、浴場に音が鳴り響いた。



「今年もあっという間だった、本当に~……それに、メイベルちゃんが来てから、ぐっとシェアハウスの雰囲気も良くなったし。アレンも口うるさくなくなったし、だいぶね」

「ん、それはあたしもそう思う……」

「えっ? そうなんですか?」

「グァッ、グァッ」



 アレンが改良してくれた、黄色いアヒルがお返事をしてくれる。笑ってぺこぺこと、お腹の辺りを押していると、嬉しそうに笑って「グァッ、グァ」と鳴いてくれた。口元まで浸かっているシェヘラザードが、そのアヒルを見て、何故か眉を顰める。何だか最近、みんな、こういう顔をするようになったみたい……?



「メイベルはアレン、過保護だと思ってないの……?」

「思ってますよ~。でもね? アレンは可愛い妹さんが欲しかったみたいで。だから、うーん……ちょっと難しいけど、代わりになれたらなと。そう思って、沢山甘えちゃってます……」

「そう言えばあいつ、メイベルちゃんに服を買っていたわね……私への宣戦布告かしら? 気に食わないわね……」

「え? えーっとその、私、前にミントカラーの、素敵なレーヨン混のブラウスが欲しくて……でもちょうどその時、時間が無くて買えなかったんですよね。それを残念だって話してたら、今日あれじゃないか? って言って見つけてくれて。だからですよ~……って、あれ?」



 何故か二人とも、渋い顔をする。そう言えばダニエルさんも、よくこんな顔をするな……。首を傾げつつ、黄色いアヒルを押すと、ぽんっと淡いブルーの花々を生み出してくれた。綺麗だ。天井に広がっている夜空も何もかも、全部全部。



「……さ! 気にしたってしょうがないから、上がりましょうか。のぼせちゃいそう、私」

「ん、あたしも……あっ、そうだ。上がってお酒でも飲も……」

「いいですね~。みんなでカードゲームでもしながら、お酒飲みます?」



 また今年が終わる。あのことを考えると、もやもやしちゃったけど、なるべく考えないようにする。今の私には、シェアハウスのみんなもいるんだし。アレンも美味しいご飯を作って、私達が上がるのを待ってくれているんだし。三人で階段を降りると、馬の着ぐるみ姿のハリーが、腹ばいになって待ち構えていた。



「あっ! ようやく来た!! 今年の最後にもう一回だけ踏んで貰えません!? ぐえ!?」

「あっ、ごめん。あんまりにも鬱陶しいからつい、俺が踏んじゃった」

「ノアーっ! せめてっ、せめて女装してからにしてくれないか!? 俺への気遣いは!?」

「無い。てか、何でわざわざそのためにメイクして、ウィッグ被んなきゃいけないの? 死ぬほど訳が分からない、うっざ」

「ひっ……悲しい! いいもん、あとでメイベルちゃんに踏んで貰うんだもん!! 俺!」

「やめなさいよ、まったくもう……はい」

「何だかんだいって、マリエルさんのおみ足が一番かな! やったああああああ!! やっふうううううっ」

「よ、良かったね。ハリー……踏んで貰って」



 腹ばいになったまま、手足をばたばたさせて喜んでいるハリーを促して、リビングに入る。ドアを開けるとすぐに、ふわりと香ばしいチキンの匂いが漂ってきた。その匂いを胸いっぱいに吸い込むと、胸が弾んでしまう。夕食が気になって気になって、仕方がなくなったので、駆け足でキッチンへ向かうと、ちょうどフレデリックが、スープの味見をしているところだった。



「おっ、メイベルちゃん。スープの味見、するか? 今日はクラムチャウダーだよ~」

「あっ、する! しま、します! ください、スプーン!」

「ヘンリー! 俺、手が放せないからメイベルにスプーンを渡してくれないか!? 頼む!」

「あのな? そんなに悲痛な声を上げなくてもいいから……はい、メイベルちゃん。どうぞ」

「ごっ、ごめんなさい。その、ありがとう……」

「メイベル。それが終わったら、こっちのフライドポテトも味見するか?」

「するーっ! やった! ありがとう、アレン!」

「今、キッチンに立ってることが死ぬほど虚しくなってきた……スープ、かけてやろうかな。アレンの頭に」

「まぁまぁ、落ち着いてくださいよ。フレデリックさん……」



 お気に入りのナイフとフォークを並べて、ちょっとだけ豪華な食事にするために、とっておきのランチョンマットとグラスを出す。青い薔薇に、金色の刺繍が入ったもの。ついつい嬉しくなって笑って、それを見下ろしていると、夕食が運ばれてきた。



「おーい、手伝ってくれ。マリエル、ノア」

「はいはい……去年とは違って豪華ね? ひょっとして、メイベルちゃんがいるからかしら?」

「あ? んなもん当然だろ。そりゃ、豪華にするに決まってる」

「決まってるんだ……?」

「決まってるのね……」

「あっ、えーっと、アレン!? 私も手伝うよ!?」



 恥ずかしくなって、慌てて駆け寄ってみると、嫌そうな顔をした。あれかな、私が転んでこぼすとでも思ってるのかな……。結局、手伝わせて貰えなかった。少しだけ落ち込んでしまう。落ち込んでいると、隣に座ったダニエルがそっと、私の好きな苺ミルクキャンディーをくれた。遠慮がちに、テーブルの上に乗せられたそれを見て、思わず口元が緩んでしまう。



「あっ、ありがとうございます……!!」

「いいえ、どういたしまして……俺みたいな根暗でジメジメキノコ男に貰ったって、何も嬉しくないんだろうけど……」

「うれ、嬉しいですよ!? あっ、じゃあ、今すぐ食べて……」

「おい、何してんだ。そこ! これから夕食だって言ってるだろうが!」

「ご、ごめん! せっかく作ってくれたのに……」

「えっ? いや、別に食べてもいいんだけどさ……」

「いいんだ……」

「じゃあ、最初から言わなきゃいいのに」

「ん。アレン、情緒不安定……」

「何で今朝からお前ら、そんなにうるさいの? 俺に何か恨みでもあんの? なぁ?」



 今日の夕食はチキンのオーブン焼きと、クリームチーズとスモークサーモンのサラダ、それに、さっき買ってきたバジルとチーズの丸パンにクラムチャウダーと、私の好きなタルタルソースが添えられた、帆立のフリットにフライドポテト。それから毎年、ヘンリーが買ってきてくれるという、苺のシャンパンがテーブルの上に並べられる。



「わ~! ありがとう、アレン! 何だかもう、胸がいっぱいで……私」

「えっ? たったこれだけの飯で?」

「お前な……今まで、カップラーメンとかで済ませていたくせに。全然自炊とかしなかったじゃん。それがメイベルちゃんが来るようになってから、おい!? 俺の帆立が!!」

「うるせぇよ、お前がぐちぐち言うからだろ。メイベルのために、飯を作って一体何が悪いんだよ……」



 華麗なフォーク捌きで、さっとヘンリーの帆立を取る。ヘンリーが舌打ちをして、アレンの好きなスモークサーモンを奪い取った。あっ、駄目かも。この展開は……。



「良い度胸してるな、てめえ!? 大体な!? お前らと違って、メイベルはちゃんと感謝してくれるんだよ!! 喜ぶ顔が見たくて作って何が悪いんだよ!?」

「嘘だ! 絶対に嘘だ! 嘘吐きがここにいる!! 俺だって感謝してんのに、俺のためにガトーショコラ作ったりとか、絶対にしてくれないじゃん!? それなのに、メイベルちゃんばっか甘やかして!」

「うるせぇよ! いいじゃん、別にさぁ!? 返せ、俺のスモークサーモン!!」

「吐いてやろうか!? お望みなら吐いてやろうか!?」

「だぁーっ!! 開き直りやがって! 朝からうるせぇし本当、」

「ま、待って!? アレン、私のスモークサーモンあげるよ!?」

「いや、いい。いらない……それにお前、くたくたになった甘い玉葱と檸檬と、スモークサーモンの組み合わせが好きだって言ってたじゃん……」

「その情報、必要だった?」



 隣に座ったノアが、チキンのオーブン焼きを切り分けながらもぼやく。でも私は、色々と覚えてくれていて嬉しいんだけどな……。つるつると滑ってしまう、スモークサーモンを必死に掬い上げていると、アレンが慌てて、「いや! いいから! 別に! それはお前が食えよ、メイベル!」と言ってくれたので、一旦やめる。



「でも、いいの? 本当に……」

「ああ、別に。大丈夫だから、俺! ほら、何ならヘンリーにもう一枚やるから! なっ? なっ?」

「えっ、こわ……」

「何でそこで青ざめるんだよ? せっかく親切にしてやったのに……」

「俺の求めている親切とは、ちょっと違うんだよね……」

「おい、面倒臭い彼女みたいなこと言いやがって……」

「まっ、まぁまぁ……」



 しゅわしゅわと弾ける、甘い苺のシャンパンが口の中に広がる。どれもこれも美味しくて、本当に幸せだった。皮付きのポテトフライもほっくりとしてて美味しかったし、スープも濃厚で、帆立も甘くて肉厚。そして食後のデザートには、マリエルが買ってきてくれた、檸檬チーズタルトをみんなで食べる。



「おい、美味しい~。さっぱりしてるのに、濃厚でまろやか……!! タルトもさくさくしてる~」

「でしょう? 私のお気に入りなの~。気に入って貰えて良かった!」

「まぁ、これは所詮、買ってきたものだしな……俺はこの間、メイベルのためにパンケーキとシュークリームを作ったしな……」

「いつの間にシュークリームまで……」

「俺達の知らないところできっと、もっともっと甘やかしているんだろうな……」

「何で張り合ってんの? アレン。頭おかしくない? 病院行った方がいいんじゃない?」

「てめぇが先に行けよ、社畜。どっかの内臓でも悪くしてるんじゃないか、お前」

「えっ? 親切? どっち? でも俺、毎年健康診断で褒められるよ?」

「「何で?」」



 馬の着ぐるみ姿のハリーがこくりと頷いて、口元を汚しつつ、チーズタルトを貪ってゆく。



「俺、昔から体だけは丈夫なんだよね……だからどんなに過酷労働しても風邪一つ引かないし、多分激務の末に、頭の血管がやられて、ある日突然死ぬタイプだと思う……四十代前半とかにね。誰にも気にかけて貰えず、翌朝、冷たくなっているのを会社で発見される。んで、俺の両親はこういう時だけ怒って裁判とか起こすんだよね……普段は冷たいくせにさ。問題が起こった時だけ、ストレス発散とばかりに、相手にキレて怒ってってするんだ……俺のことなんかどうでもいいくせに」

「お、落ち着けよ。ハリー……俺が悪かったからさ……」

「チーズタルト食えよ、うまいぞ……」

「あれじゃない? 健康診断行ってるのなら大丈夫じゃない……?」

「わ、私の分のチーズタルトをあげようか!? あとで踏む!?」

「うん。踏んでもらおうかな……そのあとで膝枕して貰おうっと。本当、俺の人生って、クソ上司とクソ両親に磨り減らされていくためにあるんだよな……」

「ま、まぁまぁ、チーズタルトやるから……」

「もうすぐ年も明けるし、そうだ! みんなでボードゲームでもしようぜ! なっ? なっ?」

「うっ、ありがとう。みんな……そうだ、あとでメイベルちゃんに頭も洗ってもらお。何か疲れてきた……ははははは……」



 落ち込んでしまったハリーを慰めて、みんなでボードゲームをして遊ぶ。甘いチョコとクラッカーを食べて、しゅわしゅわと弾けるお酒を飲んでいると、また淋しくなってきちゃって……。迷惑なのにやめれなくて、ぐすぐすと泣きながら、アレンの黒い袖を引っ張ると、慌ててお水を持ち上げる。



「ほらっ、メイベル? 水! 水飲めよ、お前! 別に気にしなくてもいいからな? 酔ってるから悲しい気持ちになるだけであって、」

「っう、ぐ、淋しい……悲しい。お母さんとお父さんに会いたい……」

「えっ!?」

「今、ニワトリが絞め殺されたみたいな声が聞こえてきたけど、ひょっとしてアレンか……?」

「うわっ、死にそうな顔してるじゃん……一体どうしたの」

「何だ? どうした? アレン。今の……振り絞るような声は?」

「いや、ヘンリー……俺が、俺が帰って欲しくないって言ったから……メイベルが落ち込んで」

「だからどうして、そこまで絶望的な顔になるんだよ……? 落ち着けよ、一旦。もしかして、お前も酔ってるとか……?」

「いや、酔ってない。一滴も飲んでない」

「「それはそれで大問題だな……」」

「揃えるなよ、そこで。何で揃ったの?」



 構って欲しくてたしたしと、膝を叩いていると、アレンが「分かった、分かった。チョコやるから落ち着けって、ごめんな……」と言って、私の手にチョコを押し付けてくれる。でも、違う。それじゃなくて、そうじゃなくて。



「メイベルちゃん、大丈夫? ちょっとお水でも飲んだら……?」

「まり、マリエルさん……違うんです、私、アレンにぎゅっとハグをして貰いたくって……!!」

「「えっ」」

「じゃあ、俺がしてあげようっかなー!! さっき足も踏んで貰ったし!!」

「じゃあ、俺もしてあげようっかなー! ほらさ!? メイベルちゃんは何もさ!? アレンに、ハグをして貰いたい訳じゃないと思うんだよね!?」

「フレデリックさんの言う通りだと思う、本当!! ほら、マリエルさん!? シェラさんもさ、みんなでメイベルちゃんをハグしましょうよ!? ねっ!? ねっ!?」

「貴方達……必死ね、本当」

「ん、本当醜い……」

「まぁ、この二人が引っ付いたら、面白くないってのは分かるけどさ……」



 こうして、みんなにぎゅうぎゅうと抱き締められつつ、今年を終えた。年が明けたあと、みんなと別れて眠りに行くのが淋しくて、とぼとぼと廊下を歩いていると、アレンが気まずそうな顔をして、ちょいちょいと手招きをする。



「アレン? 一体どうしたの……? 何かくれるの?」

「いや、あの、ほい」

「わっ!?」

「ごめんな、今日は本当に。帰って欲しくないとか言っちゃって……」



 ぎゅうっと、抱き締めてくれた。良かった。また、胸がずきりと痛む。でも、きっと大丈夫。大丈夫。アレンの背中に手を回して、ぐすんと鼻を鳴らすと、離れようとする。離れようとするから、引き止めた。両手にぐっと力を込める。



「ごめんなさい、私……大人になったら、もうちょっと何かが変わるかと思ってた。一体どうしたらいいんだろう……ごめんなさい」

「メイベル? どうしたんだ……?」

「醜いな、私。だからああやって、学校でもいじめられて……」



 ずるりと、体が崩れ落ちる。あれ、どうしてだろう。涙が止まらない。アレンが戸惑っているのが分かる。でも、ごめんね。涙も止まらないし、体にも力が入らない。お酒のせいか、変なことを口走っていると分かっているのに、全然止まらなかった。



「ごめんなさい、ライ叔父さん。ごめんなさい……」

「何でそこで、叔父さんの名前が出てくる……? メイベル。メイベル?」



 アレンが心配そうに「おい? おい!?」と声をかけてくれたが、目が開かなかった。結局、アレンが私を抱えて、部屋まで運んでくれた。パジャマに着替えていて良かった。きちんと私に毛布をかけたあと、真っ暗闇の中で呟く。



「まぁ、きっと。お前は何も悪くないよ、メイベル。でも、お前はいい奴だから気にしちゃうんだよな……? でも大丈夫、お前は何も悪くなんてないよ。醜くもない、おやすみ」



 本当かなと、声を出さずに口だけを動かす。でも、アレンは分かってくれたみたいで、眠る私の頭をさらりと撫でくれた。そして、笑みを含んだ声で優しく呟いてくれる。



「ああ、本当だよ。おやすみ、メイベル。また明日……」





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