28.優しい彼女とチョコレート博物館
今日はなんて良い休日なんだろう。とろりんと滑らかなアプリコット色のお皿に、アレンが焼いてくれたふわふわのスフレパンケーキを乗せて、横にリコッタチーズを添える。そして最後に、上からアレンがとろとろと、赤紫色のラズベリーソースを回しかけてくれた。まろやかな赤紫色のラズベリーソースを見て、嬉しくて嬉しくて小刻みに震えていると、更にミントまで、そっと乗せてくれる。
「わ~! ミントまで! ありがとう、アレン。美味しそう~」
「ああ、良かった。お前、よく考えてみると、生クリームとかあんまり好きじゃないもんな……良かった、こっちにして。それに、あとで捨てるミントとは言えど、あると喜ぶんだろうなって」
「す、捨てたりしないよ!? ちゃんと食べるよ!?」
「えっ? でも、ミントウォーターとかは苦手だし……ああ、そっか。お前のことだからソースとパンケーキに絡めて、なるべく早く飲み込むんだろうな。そんで、ミントの風味だけ楽しむやつ。ミントの香りは苦手だけど、甘いものやチーズと一緒になると美味しいし、無かったら無かったで物足りない~とか、言いそう」
「うわっ、気持ち悪……」
「おい、てめえ。ノア。朝から俺に喧嘩でも売ってんのか? あ?」
「ノア、おはよう~。とは言っても、もう十時半だけど……」
ラメ入りの青と銀色のニットを着たノアが、私を見てにっと笑う。ドアを開けてそのまま、ダイニングテーブルへとやって来た。赤紫色のリボンカチューシャに、黒いニットカーディガンと、チェックスカートを履いたメイベルが腰を上げようとすると、それに気が付き、青い瞳を瞠って制止する。
「大丈夫。そのまま座ってて。別に、ご飯を食べに来た訳じゃないし?」
「じゃあ、何しに来たんだよ。ここへ一体」
「別に? 共有空間じゃん。それに、また何してんの? メイベルちゃんにさ」
「何もしてない。スフレパンケーキを焼いてやっただけだ」
「あっ、ノアも一口いる? すっごく美味しくて……あっ、まだ食べてないけど絶対に美味しいよ!? そうだ、口をつける前のナイフとフォークがあるから」
ノアにも分けてあげようと思って、慌ててナイフとフォークを持ち上げ、ふわふわと切り分けていると、向かいに座ったノアがくすりと笑う。
「いいよ、気にしなくて。俺、生クリームの方が好きだし」
「で、でも、アレンの手作り、すっごく美味しいよ……!?」
「食べてないだろ、まだ。ああ、今回はリコッタチーズを添えたから。その分、ちょっとだけ甘めにしてあるんだ、パンケーキをな。そんで、ソースにはお前の好きなシナモンを入れておいたから」
「シナモン! 美味しそう!」
「一応、味見はしたんだけどな……」
「何? その不安そうな顔……」
「そりゃそうだろ、不安にもなる」
黒いニットの上から、白熊柄の可愛いエプロンを着たアレンが、ちょっとだけ青ざめて腕を組む。どうしよう? 私が早く食べて「美味しいよ!」って、言ってないからだ。でも、絶対に美味しいと思う……。どうしても弾んでしまう胸をなだめつつ、ふわふわと、パンケーキを切り分ける。まろやかな酸味のリコッタチーズを乗せて、フォークを持ち上げ、ラズベリーソースを絡めてみた。
「ふぁ~……食べたくない!」
「何で!?」
「も、もったいないから! 綺麗~……飾っておきたい」
「ああ、そういうことか……なら、また今度、俺がパンケーキを作ってやるから。魔術で。食べれないやつをな。いや、それとも絵の方がいいか? それともスケッチブックに色鉛筆で、色んなケーキを描いていく方がうれし、」
「落ち着こっか、アレン。どんどんおかしな方向にいっちゃってるから、それ」
「いや……これぐらいしないとな。最近、何か買ったら嫌がるし」
「嫌って訳じゃなくて……申し訳ないなと思って。ごめんね?」
ああ、でも、あまりにも綺麗で。リコッタチーズの白とソースの赤と、ふわふわパンケーキの色合いが。胸が詰まってしまい、フォークを掲げて、じっと見つめる。ああ、どうしよう。食べたいのに食べたくない……!!
「食べたら、もう二度と会えないような気がする……!!」
「いや、また作ってやるかな? あっ、何なら明日もまた作ろうか? 店に持って行ってやろうか?」
「嬉しそうだよね、本当……」
「ノア……最初からあの光景を見ていないから、お前はそんなことが言えるんだ……」
「……フレデリック、おはよう」
「おはよう」
「フレデリックさんも、その……」
「無理に勧めなくていいって、早く食え。大体、お前のために作ったんだから、いいんだって、別に……」
ソファーに座ったフレデリックが、顎の下で手を組み、こちらを厳しい表情で見てくる。ノアが溜め息を吐いて、肘を突いた。
そっちも気になるんだけど、私の隣に立ったアレンが心配そうにそわそわと、こちらを見てくるので、思い切って食べてみる。目を開けていると、もったいなくて食べれないから、目を閉じて、食べるしかなかったんだけど……。そのせいか、じゅわっと、口の中で甘酸っぱいベリーソースが弾ける。そこへ、シナモンの甘い香りがふわりと漂った。
「おいっ、美味しい~……!! アレン、美味しいよ! 天才!」
「まぁな! お前好みの味になるよう、メープルシロップの量も油の量も、一グラム単位で調整したからな! 良かった、良かった……メモっておこう。あと、バターも砂糖も使ってないし、低カロリーだから気にせず食え。あー、良かった良かった」
「……」
エプロンのポケットからメモ帳を出して、メモをし始めたアレンを見つめ、何故かノアが、薄い笑みを貼り付けたまま、言葉も出ないといった様子で黙り込む。不思議に思って、フレデリックを見てみると、似たような顔をして黙り込んでいた。
ちょっとだけ、しんと沈黙が落ちる。
「あ、あの……?」
「どうした? メイベル。あっ、そうだ。春には苺とリコッタチーズのサラダも作ってやるからな。以前、雑誌で見かけて……」
「苺とリコッタチーズのサラダ! わ~、美味しそう~!」
「そういやお前、春生まれだったな……用意しないとな、そろそろ」
「うん、そうだよ~。でも、冬の方が好き! 寒いの好き~」
「うーん……アレンの顔が怖いな。誕生日に一体、何をする気なんだろ……。まだ年も明けてないんだけどな?」
「あ? 俺が爆弾を仕掛けるとでも言いたげだな、お前は」
「ある意味では爆弾だよ。祝祭の時、あんなことまでしたのに……?」
「だから何で、お前らはみんなぞっとした顔をすんの……?」
そっか! 春になると、瑞々しい葉物野菜やフルーツが市場に並ぶから、その分だけ何か作って貰えるのか。ついつい嬉しくなってしまったけど、はっと我に返る。だ、だめだ。私、アレンに何もしてないや……。
「あ、アレンは!? アレンのお誕生日は!?」
「あ? 二月九日。言っておくが、別に何もしなくていいからな? あれは一昨年だったか……マリエルとノアが俺への嫌がらせで、ド派手な誕生日パーティーを開きやがって……」
「風船飛ばして、バースデーソングを歌って、ロウソクに火を点けた時のあの顔! あれ、本当に傑作だったよなぁ~」
「うるせぇな! そんな気持ちで人の誕生日を祝うなよ!? 気持ち悪ぃんだよ」
「あれはなー! 本当に笑えたよなー!! またお歌を歌って、お誕生日パーティーしまちゅかー!? アレン君ー!?」
「うるせぇな、黙ってろ!! このクソどもが!!」
いっ、いいな。私もそれをしてみたい……!!
アレンのお誕生日をめいいっぱい、お祝いしてみたい! 思わずフォークを握り締めて、アレンを見上げてみると「うっ」と低く呻いて、「や、やめろよ……やめろよ、そんなキラキラとした目で見てくるなよ……」と言って腕で顔を隠す。いつも思ってることだけど、照れ隠しが可愛い~。
「いっ、いいな~。帽子とかあるでしょ? あれを被せて……」
「やめろ……罰ゲームか? 何が悲しくて二十八歳になった当日に、くっそチンケなバースデー帽子を被って、こいつらにお祝いされなきゃいけないんだよ……」
「いいね、買ってこよう。楽しみだ」
「よし、セッティングは俺に任せてくれ!! ノアとヘンリーと協力して風船飛ばしたり、アレン君お誕生日おめでとうプレート乗っけて、誕生日ケーキを作ろうぜ! なっ!?」
「いいね、やろう。ナイスアイディア」
「だろ!? だと思った! 俺、天才!」
「わ~、素敵!」
「やめろよ!? 普段は仲が悪いくせに、なんっでこんな時に限って、仲良くし出すんだよ!? お前らは!」
でも、そっか。アレンが喜ぶやつじゃないと、意味が無いから、しない方がいいかも……? でも、それを言っちゃうと負担になっちゃうから。落ち込んで、パンケーキに向き直って食べていると、アレンが咳払いを一つする。
「いや、まぁ……お前が中心になってするのなら、まぁ、まだマシかなぁって」
「あっまいな~。そのスフレパンケーキより甘いじゃん、アレン」
「うるせぇよ。食ってないだろ、お前は」
「あっ! そうだ、忘れてた!!」
そこで勢い良く、フレデリックがソファーから立ち上がる。不思議に思って見てみると、びしっとアレンを指差した。
「聞いてくれよ、ノア!? アレンがさ、メイベルちゃんが太りそうで嫌だって言うから、自分で考えたレシピでパンケーキを作った挙句、朝の五時からラズベリーソースだのソーセージだの、手がかかるものをいっぱい作ってたんだぞ!? おかしくないか!? そろそろ、ちゃんとした病院に連れて行くべきだと思う!」
「てめぇ!! 言うなって言ったじゃん!? もういい、ドロップキックをしてやる!」
「あ!? 来いよ、こっちは普段から立ち仕事で鍛えてんだぞ!? 腰痛持ちだけどな、俺!」
「弱いじゃん! 弱ってんじゃん!! アホかよ、お前!」
「あ!? アホって言った方がアホなんだよ!」
「いーや、違うね!! アホだからアホだって言われるんだよ! このクソクソパン屋め!」
どうしよう、また喧嘩が始まっちゃった。でも、楽しそう。ソファーの方へすっ飛んでいったアレンを見ていると、ノアが「ねぇ、メイベルちゃん」と話しかけてくる。
「ん? どうしたの? あ、一口いる?」
「ううん、大丈夫。あー、でも。そこのラズベリーソースだけ、ちょっと貰おうかな……」
「待ってて。スプーン、持ってくるね~」
「あ、いいよ。やっぱあとで貰うよ。あれでしょ? どーせ、冷蔵庫にもまだいっぱいあるんでしょ?」
「あっ、そうなの。すごいね、よく分かったね、ノア……」
「二日分ぐらい作ってそう、あいつのことだから。あっ、そうじゃなくて」
「うん、何? 何か言いかけてたよね……?」
「一緒にチョコレート博物館に行かない? 今、冬季限定で王室御用達のチョコの試食とかやってて、」
「「行く!!」」
「いや、俺はメイベルちゃんを誘ったんだって……そこで喧嘩してなよ、二人とも」
「ふふっ、じゃあ、みんなで一緒に行かない?」
赤と黒のチェック柄マフラーを巻いて、黒いロングコートを着たノアがほうっと、白い息を吐く。さっきからちょっとだけ、ご機嫌ななめだ。アレンとフレデリックが付いてきたのが、嫌だったのかも。白いコートを着たメイベルがちらりと、歩道を歩くノアを見つめる。
「えーっと、ノア? 良かったの? 彼氏さんと一緒に行かなくて……」
「ああ、大丈夫。いやさ、この間一緒に行ったんだよ。そんで、メイベルちゃんが好きそうだなぁって思って誘ったんだ、今日」
「まぁ、俺が既にチェック済みだったんだけどな……パンケーキ焼いて食わせたあと、連れて行こうと思っていたんだ」
紺色のチェスターコートを着たアレンを見て、ノアが嫌そうな顔をする。あ、あれだな、この二人もちょっとだけ仲が悪いな……。
「張り合うのやめてくれない? 大体さ、俺。アレンみたいにおかしくないし、変態じゃないから……」
「何だよ、変態って。別にどこもおかしくないから」
「いや、おかしいだろ。順調に狂っていってるだろ、頭」
「あ? おかしくないし、別に」
薄茶色のトレンチコートを着たフレデリックを見て、アレンが眉を顰める。ぴりりと、険悪な雰囲気が漂った。でも、みんなで一緒にお出かけは楽しい……。葉が落ちて、淋しくなってしまった街路樹を見上げてみると、薄く青空が広がっていた。
「ねぇ! どんなところかな~。チョコレート博物館!」
「ああ、お前が好きなチョコも沢山売っていて、試食出来るし……世界各国のチョコが量り売りされてる。そんで、チョコにまつわる資料や絵画も見れるし、チョコ系のお菓子も豊富だったぞ」
「「だったぞ……?」」
「何だよ、お前ら。下見は必要だろうが。そんで、お前の好きそうなチョコの雑貨もあった。ノートとかペンとか」
「えっ!? ペン!? どんな感じのペン?」
驚いて振り返ったら、アレンが笑って白いマフラーを持ち上げる。
「苺柄のチョコボールペンは、金色とシックな赤色で出来ていて、お前が喜びそうな感じだった。あと、板チョコそっくりの本革鞄もあったぞ。あっ、そうそう、お前。手帳カバー、そろそろ替えなきゃって言ってただろ? ラズベリーチョコやホワイトチョコをイメージしたのが、こう、ずらーって並んでたぞ。一面にな」
「わ~! 楽しみ~! 教えてくれてありがとう、お母さん!」
「くっそ! また復活しやがったな!! ナチュラルに俺をお母さんと呼ぶんじゃない!」
「ご、ごめんなさい! つい……」
慌てていると、足元の小石に躓いてしまった。咄嗟にアレンが私を支えてくれて、「誰だ、こんなところにクソでかい石を置いたやつは……」と低く唸る。すると何故か、フレデリックとノアが同時に、深い溜め息を吐いた。
「あ~あ……もうね、何かね」
「どうしたらいいのかよく分からなくなってきたぞ、俺……何て反応すればいいんだよ」
「だから、一体何が!?」
「あっ! 見えてきたよ~。あれじゃない? チョコレート博物館!」
板チョコが張り付けられたような外壁に、金色の風見鶏と赤いカーペット。すごい、お洒落な博物館だ……!! 入り口前の石畳はホワイトチョコにそっくりで、両開きの扉は、板チョコと金色の取っ手で出来ている。わくわくしながら、その重厚な扉をぎいと開けると、ふわりとチョコの甘い香りが漂ってきた。
一歩足を踏み入れると、まるで宝飾店のような空間が広がる。光り輝くシャンデリアの下には、ガラスのショーケースがずらりと並び、そこには美しいチョコの数々が宝石のように収められていた。足元は高級感溢れる、黒い大理石造りの床で、壁は染み一つ無い真っ白なもの。上を見上げると、ドーム型になっていた。レトロな雰囲気でありながらも、上質な空間でうっとりしてしまう。
「わっ、わ~……す、すごい! 甘い匂いが沢山する……!!」
私がはしゃいでいると、目の前の女性二人組が「可愛い……」と言ってくすりと笑い、通り過ぎていった。思わず、耳に血が集まる。どうしよう、はしゃぎすぎてしまったかもしれない……。固まっていると、アレンとノアが同時に、ぽんと肩を叩いてくれた。
「大丈夫だって。別に、馬鹿にしてなかったし。あの二人」
「そうそう。お前の反応が子供みたいで可愛いんだって」
「いいな、メイベルちゃん。反応がフレッシュで。おじさんには眩しすぎるよ……」
「うっ……あり、ありがとう。チョコの試食、チョコの試食……!!」
黒いジャケットに金色のスカーフを巻いたお姉さんが、「ご試食いかがですか~? ミュカ王室御用達のチョコです」と勧めてくれる。その眩しいショーケースを覗いてみると、金箔がまぶされた四角いチョコに、真っ赤な丸いチョコ、白にリーフ柄が描かれているチョコと、王冠を象ったチョコが並べられていた。
「わっ、わ~……美味しそう! えっ? どれが試食出来るんですか……?」
「こちらのフランボワーズのチョコと、即位五十周年を記念して、作られたミュカの王冠チョコがご試食出来ますよ~」
「あっ、じゃ、じゃあ、フランボワーズチョコをください……!! え、えーっと、アレンは? 食べる?」
「ああ、じゃあ、俺もフランボワーズチョコを……」
「俺もそれで」
「えーっとじゃあ、フランボワーズのチョコを四個ください。あと、それから」
「はい」
すっと、フレデリックが笑顔で、ショーケースの上に腕を置く。チョコレートを取り出していた、金髪のお姉さんが青い瞳を瞠った。
「今日、何時までですか? お仕事」
「お前な、いきなりナンパするなよ……」
「いや、流石にこんな美人を見かけたらね。あ、これ。俺の連絡先なので、気が向いたらいつでも連絡してください」
「うわっ……出てくんの、早っ」
いつもポケットに忍ばせてあるのか、名刺のような紙をスマートに渡す。す、すごい……私、絶対にあんなこと出来ない! と言うか多分、ナンパ自体、絶対に出来ない……!! 感動していると、フランボワーズチョコを出し終えたお姉さんが嬉しそうに微笑み、「ああ、じゃあ……」と言って受け取る。
(ほわっ、ほわ~……すごい!)
感動して見つめていると、フレデリックが愛想良く笑って「ありがとうございます」と返し、紙に包まれたフランボワーズチョコを持ち上げ、私の手にぽんと押し付けてくれる。
「わっ、ありがとうございます!」
「じゃ、行こっか。それじゃあ、俺達はこれで」
「あーあ、これだから女好きは……」
「きっも……性癖知ってるから、余計に気持ち悪い」
小声でぼそぼそと呟くアレンとノアの腕を引っ張り、「おい! 聞こえるだろ、やめろ!」と言って怒る。慌てて包み紙を丸めてポケットに入れて、後を追う。
「んぐ、まっへ……!!」
「あれ? もう食べてるんだ、早いね」
「おい、フレデリック……何でそんな所業が出来るんだよ、お前は」
「はい!? 何の話!? あ、ナンパの話?」
「違ぇよ、何でメイベルを置いていくんだよ!? あっ、メイベル。カチューシャ落ちてきそうだぞ、お前。落下防止魔術かけておくな」
「あっ、ありがとう~。助かる~」
アレンが真剣な顔でカチューシャを直して、魔術をかけてくれた。ついでに、それとなく髪も整えてくれる。そんなアレンを見て、ノアが呆れた顔をした。
「何か……彼氏? お兄さん?」
「いや、違うだろ。子育て中のパパだろ、あれは」
「うるせーよ、黙ってろ。メイベルはこう見えて不器用なんだよ……くそっ」
「ご、ごめんね!? いつもありがとう、お母さん」
「ん……」
「っぶふ、すっかり諦めてる」
「目が、目が……死んでる。ぶふふっ」
ああ、どうしよう? ついうっかり、お母さんって呼んじゃった……。慌てて謝ろうとすると、アレンがさっと包み紙を破いて、フランボワーズチョコを口の中に押し込んでくれる。甘酸っぱくて、でも、ダークチョコの味がして美味しい……。あと中にこれ、絶対ミルクっぽいものが入ってる……!!
「むぐ、ありやほ……」
「ん、行くぞ」
「えっ? 俺達、空気……?」
「しまったな……アレンがおかしいから油断してたけど、すーぐこの二人、カップル感を出してくるんだよね……」
「分かる。付き合って半年の大学生カップルみたいな、それなりに色々分かり合ってます、俺ら。的なオーラを出して、すぐにイチャつくんだよなぁ~」
「うるせぇよ、上唇を上げて馬鹿にすんなよ。ニンジン突っ込むぞ、フレデリック」
「何でニンジンなの……?」
「何か仕草が馬っぽかったから。以上」
それから、世界各国のチョコを見て回る。黒い大理石のシックな内装と打って変わって、賑やかだった。まるで遊園地の中にあるお店みたいで、カラフルで甘い匂いもぷんと漂ってくるし、入り口では赤い帽子を被ったピエロが、スティックチョコを持って、前後に揺れ動いていた。おそるおそる踏みしめた床には、可愛い板チョコ柄の絨毯まで敷いてある。
「わっ、わ~。すごいね、人もいっぱいだ……」
「ああ、ほら。メイベル、はぐれんなよ? いいか? はぐれたらさっきの入り口の所にあった、チョコレートタワーの前で待ち合わせな? いいか? お前の姿が見えなくなったら、速攻で探しに行ってから、そこに俺は行くからな。覚えておけよ?」
「は、はい……」
「メイベルちゃん、引いてんじゃん。やめてあげなよ……」
「大げさパパ、大げさパパ」
「うるっせぇな! ハバネロチョコ詰め込むぞ、お前ら」
「ご、ごめん! 大丈夫! その、ちょっと驚いちゃっただけだから……」
いきり立つアレンの袖を引っ張って、「チョコが食べたいな! 出してくれる?」と頼んでみると、すんと落ち着いて「ああ、そうだな。トングだもんな、ここ」と呟いて、怒りを納めてくれた。よ、良かった……。ほっとした。
でも、ノアが変な顔で「トングだから何……?」と言い、フレデリックが嫌な顔をして「メイベルちゃんが不器用だから……?」と呟く。
で、でも、聞いてたら切りが無いし、いつまで経ってもチョコが食べれないから、すっごく申し訳ないけどスルーする……。気を取り直して、ずらりと並ぶチョコレートを見つめる。美しいチョコレート色の台の上には、ガラスケースが乗せられていて、その中に沢山、割れたチョコが詰まってる。
そこを人々が覗いて試食をしたり、蓋を開けてトングでチョコを摘まんで、ビニール袋に入れていた。
「ふぁっ、ふぁ~……どれからにしよう!?」
「メイベルちゃん、パッションフルーツは好き? あっ、間違えた。アレン、メイベルちゃんってさ、どんなチョコが好きなの?」
「辞書だもんな、こういう時の。アレンは」
「あ? お前ら、そんなことも知らないのかよ? いいか? メイベルはホワイトチョコと苺チョコ、あ、マンゴーチョコは苦手みたいだぞ。まぁ、好きなチョコの話だから、それは置いといて……」
す、すごい! アレンが本当に、色々よく分かってくれている……!! 感動して「すごい! すごい!」と言って手を叩いていると、アレンがふっと自慢げに笑い、黒髪を搔き上げ「まぁな! 俺が一番、誰よりもお前のことをよく分かっているからな!」と言ってくれた。
それを聞いたノアとフレデリックがぼそっと、「だから、何目線……? 誰目線……?」と呟く。
「でっ、それでっ、私の好きなチョコは……!?」
「ああ、お前の好きなチョコはな? オランジェットに塩チョコ、スパイス入りのチョコに、ブランデーが効いた甘辛いチョコ。これは大人な気分になれるから好き! って言って食べてるだけで、特に味は重視していない。いや、ちょっと鼻の奥がつんとしても、お酒の香りがいいからって言って、我慢して食べてたな、そういや」
「わっ、わ~! 恥ずかしい……そこまで言わなくてもいいのに、もうっ、アレンってば!」
「斬新なイチャつき方だなぁ~」
「何を見せられてんだろ、俺達……」
の、ノアには申し訳ないけど、もうちょっとだけ聞きたい! 期待を込めて見上げてみると、アレンが「任せろ」と言わんばかりに、頼もしく頷いてくれた。
「それからな? へーゼルナッツチョコにアーモンドチョコ。これは一粒がごろりんと入ってるやつな! あとそれから、キャラメルナッツチョコにミルク珈琲、フランボワーズとピスタチオのチョコ。団栗の形をしたチョコに、猫の形をしたチョコ。まぁ、とりあえずデコレーションされたものよりも、素朴でシンプルかつ、可愛い形のチョコが好きだし、中身よりもパッケージを重視する。でも、毎日食べたいのは塩チョコだって言ってたよな!」
「わ~、すごーい! 記憶力が良い~!」
「「えっ? そういう問題……?」」
「まぁ、語れば切りが無いから置いといて。ほい、メイベル。これ、お前が好きな苺チョコ」
「ありがとう~」
「何で誇らしげなの……」
「な……」
アレンがさっと、私にチョコレートをくれる。甘酸っぱい、苺ミルクチョコだった。美味しい……。幸せな気持ちでもぐもぐと食べていると、ノアとフレデリックが同時に溜め息を吐いて、「俺達のメンタルを鍛えるしかないか……」と呟く。め、メンタル……?
「ほら。あと、この中で食べたいチョコはあるか? あ、ちなみに砂糖不使用のチョコは、あっちの赤い旗のコーナーにある。お前がこの前食べて気に入っていた、ヴィーガンチョコは青い国旗の下な。シーディニアの」
「あっ、うん! でも、とりあえず色々と見て回りたいかな……!!」
私がアレンの腕に手を添えて、うきうきと絨毯を踏みしめて歩いていると、横に立ったノアがふっと笑う。
「ごめんね? 二人のデートの邪魔しちゃって」
「えっ……!?」
「おっ、赤い。可愛い。あれじゃないの? ひょっとしてメイベルちゃんの方はもう、いだ!?」
「あっ、ごめん。フレデリック。そこにあったのか、お前の足」
「いってぇな!? わざとだろ、今の絶対! てめぇ!」
「いや、わざとじゃないって。ごめんって。やたらとさ、距離が近いからさ……」
何を言おうとしていたんだろう、今。アレンの腕に手を添えたまま、隣のノアを見上げてみると、苦笑してから、頭をぽんぽんと撫でてくれる。
「ん? ノア?」
「いや、もういいんじゃない? 暫くはそのままで。フレデリック、ヘンリーとハリーに殺されちゃうよ?」
「ああ、ごめんごめん。たまにこう、ぐわぁっと、爆弾発言をしたくなる時があってだな……」
「やめろよ。何だよ、その悪癖は……」
四人で楽しく喋りつつ、店内を見て回る。パッションフルーツとマンゴーピューレをふんだんに使ったという、ルートルードのチョコレートに、ミエレ島の蜂蜜と胡桃を使った生チョコ。
エーデルワイス王国の薔薇とオレンジの三日月チョコ。ミントが色鮮やかな板チョコに、シーディニアの海塩とハーブのトリュフ。どれもこれも、ほんのちょっとずつ試食が出来た。良かった、試食無制限のチケットにしておいて!
「むわっ、美味しい……楽しい!」
「良かったな。でも、虫歯になるから、そろそろやめておこうな……?」
「お母さん……」
「お母さんだ……」
「うるせぇよ、お前ら。メイベルはいくら心配したって、し足りねぇんだよ。大体な? こいつはな、今までストーカー被害やら、ネチネチ陰湿女にべったり執着されて嫌がらせされたりしてきたんだから、いいだろ。これぐらいしても」
「いや、いいんだけどさ? 別に……」
「もうお腹いっぱいです。ありがとうございますって感じ……」
「だから何が? あっ、メイベル。今日はどうだった? 楽しかったか?」
アレンが、ほっとするような優しい笑顔で話しかけてくれる。あっ、良かった。私、迷惑がられていないみたいで……。
「うん! 楽しかった! ありがとう~……ってあ、私、アレンの好きなチョコレート、一つも知らない……」
「えっ? 一つも知らないの……?」
「塩チョコだよ。メイベルちゃんと一緒」
「何でお前が知ってんだよ、フレデリック……」
「いや、二年以上一緒に住んでたらそりゃ、覚えるよ……」
「そう言えば、メイベルちゃんが来てからまだ、一年も経ってないんだよね……」
「だから、何でそこで俺を見るの? 覚えれるだろ、これぐらい。お前らもお前らでちゃんと覚えて、メイベルに気を使ってやれよ」
「「えっ」」
「だ、大丈夫だよ! そんなことしなくっても! アレンもほ、ほら? 不機嫌そうな顔をしないで……? 帰ろう? 一緒に」




