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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
31/134

27.「それはこっちの台詞」と言いたい彼らと、スフレパンケーキ

 



 だめだ、どうしよう? この間からずっと、にやにやが止まらない。口元が緩んでしまう。弾む胸元を押さえて寝台から起き上がり、そっと、ひんやりとした無垢床に足を置く。さらりとしていて、滑らかだ。素足に心地良い。



 そのまま歩いて、壁際のチェストヘ向かった。これもアレンが作ってくれたもの。私のために、アレンが引き出しに流れ星を入れて、閉じ込めてくれたもの。



 ちょっと伸び上がって見てみると、ぴきりと足首に痛みが走った。でも、気にせず、そこにある絵とフォトフレームを眺める。



「うっ……みんながいる。うれ、嬉しい……!! どうしよう? ヘンリーにまた、作ってってお願いしてみようかな……」



 チェストの上に、沢山の宝物が集めて飾ってみた。これがあれば、どんなにくたくたにくたびれても、また息を吹き返して生きてゆける。アレンが作ってくれたチェストの上に、フレデリックがくれた綺麗な紅茶缶を置いて、その近くにはオルゴールの人形を、その奥にはアレンが描いてくれた絵を飾って、その左の方には、ダニエルがくれたネックレスを飾る。



 でも、後ろを振り返れば、ノアとマリエルがくれたコートとドレスが、壁にかけられて、静かに佇んでいた。暗闇に浸された部屋の中でも、ほのかに淡い光沢を放って輝いている。



「は~……綺麗。幸せ……どうしよう? 早く着たいな、あれ」



 アレンに相談してみると、「あ? 好きに着ればいいじゃん。庭にでも出てれば? いや、寒いから家の中だけで」と言ってくれた。だから、何でもない日にあの綺麗な薔薇色のドレスを着て、ケープコートを羽織りたいんだけど。胸のわくわくが押さえきれなくなって、そのドレスとコートに駆け寄る。



 そっと手を伸ばして触れてみると、ざらりとした感触が伝わってきた。私の大事な宝物。みんなが私のことを考えて選んでくれた、大切な宝物。



「わ~……早く着たい! でも、どうしよう? もったいないなぁ~……ずっとずっと、このまま、一生飾って眺めていようかな……?」



 ああ、でも、それこそもったいない。マリエルさんにも失礼だし。それに、せっかく誰かが「誰かのために」と思って、作ってくれたものなのに。ああ、でも、本当にこのままずっとずっと、部屋に飾っておきたい。外の空気に触れさせず、このままずっとずっと、綺麗なものだけを集めた部屋の中に飾っておきたい。



 ぎゅっと、愛しいコートの裾を握り締め、幸福を噛み締める。うん、着よう。ヘンリーがくれた、コンサートのチケットもあるし。アレンと一緒にお洒落して、出かけよう……。



「あっ、そうだ。イヤリング……これと合うやつ、あるかな?」



 途端に不安になってしまった。どうしよう? 可愛い感じのものはあるけど、これに合うような、綺麗なものって持ってたっけ? 私。夜も遅いので、ぺたぺたと裸足で歩き、また寝台に潜り込んでから、ほうっと息を吐く。落ち着かない気持ちで足先を擦り合わせると、冷えていた。寒い。



(どうしよう……アイシャドウとかも買い足そうかな。口紅、もう二本ぐらい欲しいかも……うーん、でもなぁ)



 アレンはきっと、私がどんな格好をしていても、気にしないんだろうけど。でも。ゆるゆると重たくなってきた目蓋を閉じて、息を吸い込む。



(クラシックコンサートだし……年明けの豪華なやつだし。もうちょっと、ちゃんとしよ……)



 その日の夜はただ、みんなで美味しいココアを飲む夢を見た。マリエルさんとアレンが喧嘩していて、ハリーがダニエルさんに甘えていたりして。朝起きた時に、幸せな気持ちになったのは多分、ドアを開けると夢の続きが待ってくれているから。みんなが私を待っていて、「おはよう」と「おやすみ」を言ってくれるから。



 それに笑顔で「おはよう」と返すのが、本当に嬉しくて幸せで。ああ、良かった。自分の醜悪さに、胸がずきりと痛んじゃう時もあるけど。ここに来て良かった、私。




「おはよう、ハリー! って、あれ? 一体どうしちゃったの……?」

「会社に行きたくない、社畜のがっかりポーズ……ありがとうね、メイベルちゃん。君が毎日掃除機をかけてくれてるおかげで、鼻の穴とかにホコリが入り込まないよ……」

「あ、あのね? 毎日掃除機をかけているのはね? ダニエルさんで、その、私が入居する前から、毎日掃除機をかけてくれているから……」



 ドアを開けたまま、目の前でお尻を突き出して寝転がっているハリーを見下ろしていると、すぐさま奥の方からアレンが飛んできた。



「っおい! てめぇ、今日は休みだろ!? 言ってたじゃん、昨日! 休みだって!」

「ああああああっ!? そうだった、そうだった! 万歳! やったあああああ! 世界が薔薇色に見えるぅ! やっふぅー!」

「ほわっ!?」

「だからやめろって!! てめぇみたいな自由人が、メイベルみたいなくっそ雑魚善人どもの負担になるんだよ! 分かったなら離れろ! 鬱陶しいな、もう!」

「はー、何? 朝から本当、うるさいよね……」

「ノア! おはよう~。あの、あのね? ドレスが本当に綺麗で、朝日に透けて綺麗で!」



 私を見てちょっと驚いたあと、紺色パジャマ姿のノアがくすりと笑って、口元を押さえる。



「それ、昨日も言ってたよ? 良かった、そんなに気に入って貰えて」

「離れろって、だから!! いつもみたいにダニエルかヘンリーを犠牲にしろよ、お前!!」

「嫌だあああああっ! 女の子がいい、女の子が! ごつごつしてないもん、嫌だああああああっ!!」

「うるせぇよ、朝から叫ぶなよ!? 耳が痛い!」

「いや、もう、アレンの声が一番大きくてうるさいから……はーあ」



 夢の続きがそこにあることが嬉しくて、押さえ切れなくて笑いつつ「楽しいね、ノア」と言ってみると、すごく嫌そうな顔をされた。でも、私はここが好き。みんながいるここが好き。ああ、だから。



「朝ご飯食べに行こうよ、ハリー。今日はね? マリエルさんとフレデリックさんが作ってくれるんだって!」

「えっ? それ、昨日も聞いたけど……? 俺」

「てめえがぽんぽん、ぽんぽん、日常生活に必要な情報を耳から垂れ流して、忘れるからだろうが! 謝れ、今すぐ! メイベルにちゃんと!」

「ごめんっ! もう一回教えてくれてありがとう!」

「あ、そうだ。メイベルちゃん、俺が持っているイヤリングで、いらなくなったやつがあるんだけど……」

「へっ? もしかしてくれるの? 嬉しい、見てみたーい」



 だからもう少しだけ、この賑やかで楽しい生活が続きますように。誰も引っ越したりしませんように……!!


















 とろりんと、卵色の液体がホットプレートに流される。ちょっとだけ気泡が出来た。美味しそう。それに蓋をして五分ほど待つ。



 その間に、アレンが買ってくれた栗鼠とラズベリー柄のお皿と、木のフォークとナイフをテーブルに並べた。まだかな、楽しみだな。待ちきれなくて、どうしてもそわそわとしてしまう……。紺色のカチューシャを付けて、白いニットワンピ―スを着たメイベルが、目の前に立ったアレンをじっと見つめる。



 一方のアレンは白と黒のアーガイル柄ニットを着て、真剣な表情で、ホットプレートの蓋を見つめていた。



「まだだぞ……待てよ、メイベル。あ、それでいいのか? ブルーベリージャムとサワークリームもあるけど。冷蔵庫から出してこようか? 俺」

「うっ、あじ、味変して楽しみたいけど……とり、とりあえずメープルとバターで食べてみようかな……!!」

「まぁ、お前の好きにすればいいけど。じゃあ一応、冷蔵庫から取って出しておくか。お前、こういう時に遠慮して、あとでそうすれば良かったかもって、落ち込むタイプだろ? 取ってくるな、俺」

「そうなの……ごめんね? いつもいつもありがとう……」

「毎日、確実に悪化しているな……」



 私の向かいに座ったヘンリーが、ちょっとだけやつれた顔をして、ダークブラウンの髪を掻き上げる。今日は白くて柔らかそうなニットを着ていた。育ちの良さと、品の良さが前面に出ている。



「悪化って?」

「いや、うーん……説明しても、よく分かんないだろうから……」



 ヘンリーが言いにくそうにもにょもにょと呟いて、腕を組む。不思議に思って見つめていると、隣に座ったダニエルがとんとんと、遠慮がちに肩を叩いてきた。



「ダニエルさん?」

「き、気にしなくていいと思う……あと、人形は? どう? 気に入ってくれた?」

「あっ、オルゴール人形のことですか? 毎晩、寝る前にネジを巻いて、踊って貰ってますよ~。とんとんとんって、踊るのが本当に綺麗で……ありがとうございます、ダニエルさん!」



 嬉しそうに青い瞳を瞠って、「いや、こちらこそありがとう……」と言ってくれた。良かった。最近はちゃんと、毎日温泉にも入ってるし。散髪だけは嫌がってるけど、服もちゃんと毎日着替えているし。今日はこっくりとした、深い青色のニットを着ていた。それがまた、伸びてきた黒髪とよく合っている。



「おーい、持ってきたぞー。あ、ヘンリーにはチョコソース。好きだろ? これ」

「あっ、うん。良かった、俺の好物を()()()()思い出してくれたみたいで」

「何だよ、棘があるな。その言い方……ダニエル、お前は?」

「いや、俺はメープルシロップとバターだけでいい……ありがとう」

「アレン、ごめんね? 散々こき使っちゃって……」

「いや、別に。ブルーベリージャムも、早く食わないと痛むからな……あ、そうだ。ケーキに合わせて作ったやつだから、それ。甘さ控えめだからメープルを足して食えよ?」

「はーい、ありがとう」



 アレンがことことと、鍋で煮詰めてくれたブルーベリージャムの瓶を持ち上げて、返事をしていると、何故かヘンリーとダニエルがぞっとした顔をする。



「つ、作ったの? それ。何か、可愛い赤と白の、ドット柄リボンまで付いてるけど……?」

「ああ、それな。メイベルと一緒に出かけた時に買ったやつでさ……いやさ? こいつがジャムの瓶とかに付けたら可愛くなりそう! って言って衝動買いしたくせに、ジャムの作り方が分からないって言うからさ……本人はバレッタにしてみるねとか何とか言ってたけど、どーせ活用しないんだろうなと思って、瓶を買ってきてジャムを作ってみた。でも、リボンにジャムが付いて汚れてもあれだし、防汚の魔術をかけておいたから大丈夫、心配しなくても。ほら? こいつはさ、すぐお気に入りのものが汚れたって、ぴーぴー悲しむから……」

「ご、ごめんね……ありがとう」

「いいや、別に。あ、引っくり返すか。スフレパンケーキ」



 私があまりにもアレンに甘やかして貰っているからか、ヘンリーとダニエルが、物言いたげな顔でじっと見つめてくる。だ、だよね? もう二十五歳なんだし、私もこうやって甘えてないで、もう少ししっかりしなきゃ……。



「ごめんね? アレン、いつもいつも本当に……」

「いいって、だから別に。落ち込むなよ、メイベル……パンケーキ、もう少しで焼けるからな? あ、お前らはあとでだぞ。メイベルのあとでな」

「うん、知ってる。悟ってた」

「……アレンはその、ちょっとメイベルを優先させ過ぎだと思う……」

「うるせぇよ。あのな? 俺がちゃんとしないと、また弟が来て騒ぎ出すだろうが……!! だめだ、本当はこんなんじゃ、まだまだ全然足りないんだ。でも、メイベルが遠慮するしな……」

「う、うん。絵も描いて貰ったし、ほら? こうやってパンケーキも焼いて貰ってるし……」




 ヘンリーの隣に立ったアレンが、気難しい表情で二の腕を組む。そっか、アレンは愛情深くて、元々妹が欲しくて仕方なかった人だから。もしかして、私を甘やかすことがアレンの幸せに繫がるんじゃ……!?



「じゃ、じゃあ、あのね? ちょっとだけいい?」

「おう。何だ? パンケーキ、三枚食うか? あ、それかお前の好きなへーゼルナッツアイスでも買ってきて、パンケーキに乗せるか? 大丈夫だ、この前、あそこにアイス屋が出来たし……魔術を使って飛べば、パンケーキが冷める前に買って帰ってこれるぞ?」

「何でそんなに嬉しそうなの? アレン。あと、どういった感情からの行動なんだよ、それ」

「どっ、どういった感情……?」

「それは俺も知りたいかな……」



 それまで黙って見ていたダニエルが、じっとりとした目で、アレンのことを見つめる。アレンが動揺して、青い瞳を揺らした。どういう感情って、それは妹を甘やかしてあげるような感情で……。それとも違うのかな?



 何だかお腹の底がもぞもぞふわふわして、胸の奥が詰まってきた。何でだろう。どうしちゃったんだろう、私。



「えーっとな……」

「いや! もういいから! ごめん、俺が悪かったよ! アレンはさ、メイベルちゃんのことが心配なんだよな!? 過保護だもんな!? お前!」

「あっ、うん。でも……うーん……」

「いいから! もういいから、考えなくて! ほら、パンケーキ焼けてるぞ!? 引っくり返すんだろ!?」

「あ、そうだった。こっちの二枚も、良い感じに焼けてきているな……」



 アレンが蓋を取って、器用にくるりと引っくり返す。ヘンリーは聞きたくないみたいだけど、私は聞いてみたい。



「あの、アレン?」

「ん~? 待てよ、あともうちょっとで出来るからな……あ、そうだ。アイスはいらないのか? 本当に」

「……うん、大丈夫。いらないかな……」

「あれ、アレン……俺は聞きたいんだけど……?」

「えっ、ダニエルさん、ちょっ、同盟が、同盟が……」

「同盟? 何の話だよ、お前ら」

「同盟……?」



 アレンと二人で戸惑うヘンリーを見てみると、ふいにダニエルがもぞもぞと動いて、話し出した。



「あ、あの……それはもういいから。アレンがその、どういう感情でしてるのかなって、思ってさ、俺……」

「あ~、弟の笑顔と重なるからなのと。そうだなぁ~」

「え? 弟いたの、お前」

「ん。そんでなぁ~……えーっと」

「えーっと? 何?」

「……スフレパンケーキ出来たぞ、メイベル。皿寄こせ、早く」

「あっ、うん……ありがとう」

「あからさま~。誤魔化すの下手くそだよな、お前。本当に」

「まぁ、色々あって親切にしてるだけ。以上」




 色々あって親切にしてるだけ……何だろう、すごく気になるな。でも、きっと、私が聞いても答えてくれないような気がする。落ち込みつつ、そのきつね色に焼けた、美味しそうなスフレパンケーキにさっくりとナイフを入れて、切り分ける。



「あっ、ブルーベリージャム。付けるの忘れた……あっ、バターも塗ってない! どうしよう!?」

「塗ればいいじゃん、今から。あっ、それとも魔術でパンケーキをくっつけようか……?」

「アレン、焦げそうだから。パンケーキ」

「へいへい……何だよ、お前ら。祝祭終わってから、妙に当たりが強い……」

「メイベル……これ、バターナイフとバター……」

「あっ、ありがとうございます。ダニエルさん」



 ぼんやりしつつ受け取って、バターナイフを滑らせて、こっくりとしたバターを塗ってゆく。だめだ、あんまり気にしてちゃ。しつこく聞くと、嫌がっちゃうかもしれないから、アレンが。ふわふわのパンケーキにバターを塗って、メープルシロップをじゅんわりと染み込ませてから食べると、口の中いっぱいに、バターの香りと幸せな甘さが広がる。おい、美味しい……!!



「むわ、むわ~……おいひい、ありやほう、アレン……」

「どういたしまして。ほら、もう一枚やるぞ。食え、食って太れ。お前はな、細いからな! 雪山で遭難した時に困るぞ。太っておけ、いざという時に備えて」

「いや、だから、親でも恋人でも、兄弟でも友人でもない気がするんだけど……?」

「いやぁ~、まぁ、ほら……メイベルはその、放っておいたら、転びそうな顔してるからさ……」

「ころ、転ばないよ!? あっ、でも、一度、階段から落ちたことがあったね、私……」

「えっ? そうなの? 初耳。俺、その話」

「俺が滑り込んで……間に合ったんだ」

「あー、なるほど。まぁ、良かったよ。滑りやすいから気を付けて、あの階段」

「うん、ありがとう。ヘンリー」



 美味しくて幸せなんだけど、何でだろう。ちょっとだけモヤモヤする。あれかな? 何でも話し合えると思ってたのは、私だけなのかな……? もしかして。もぐもぐごっくんと、よく噛み締めてから飲み込む。バターとメープルシロップって、本当に美味しくて、幸せになれる組み合わせだ。



「あの、アレン? 私、よく考えたらアレンのこと、あんまり知らなくって……」

「あー、まぁ、俺ばっかりいつも話してるもんな……お前、話さないもんな? 何も。ごめん、悪かった。次からはもうちょい気を付ける」

「アレン、一体どうしちゃったの? お前……最近、ちょっと性格良くなってきたよな? 何で? メイベルちゃんの善人パワー、移っちゃった?」

「ヘンリー……嫌なことを言うなよ、お前」



 アレンがぞっとした顔で、自分の両腕を擦る。でも、アレンは最初から良い人で。そんなことを考えつつ、二枚目のスフレパンケーキに、ブルーベリージャムとサワークリームを塗って美味しく食べる。しゅわふわ、幸せの味が広がってゆく……!!



「んぐ、おいひい……でも、私が来る前から、アレンは良い人だよ……」

「いやぁ~……違うんだよね、それが。メイベルちゃんには申し訳ないけどさ……」

「でも、俺を踏む回数、減った……」

「あ? お前がぐじぐじ言わなくなってきたからだよ。……そう考えると、すごいな。お前。ちゃんと毎日風呂に入るようになって」

「えっ? アレンが褒めてる、人のこと……」

「うるせぇよ、ほい。食って黙っとけ、お前は」

「おっ、ありがとう。わ~、うまそう~」


 アレンが淹れてくれた紅茶もあるし、ふわしゅわ、焼き立てのスフレパンケーキもあるのに。何でだろう、ちょっとだけ悲しくて、虚ろになってしまった。気分が落ち込んでしまう。そんな私を見て、ふとアレンが心配そうな顔をする。



「あれか? お前、風邪でも引いたんじゃないだろうな……?」

「えっ? ち、違うよ? えーっと、ごめん。寝不足気味で、私」

「へー、そっか……」

「アレン、怖い。怖いって、お前。頭をフル回転させてるだろ、今」

「いや、元々、魔術仕掛けの絵本には、寝つきを良くするラベンダーの精油とか、魔術とかを組み合わせて仕込んでおいたんだけどな……ほら、こいつは寝る前に見てニヤニヤするタイプだからさ……あー、でも。お前、遠足の前日とか遊園地に行ったあと、眠れなくなったって言ってたよな? やっぱり、この間の祝祭ではしゃぎすぎたのか? ……ごめん、そのあとで俺が、ラベンダーティーでも淹れてやるべきだったのにな……今、淹れてやろうか? パンケーキ食べて、腹が落ち着いたあとにでもさ」



 ヘンリーとダニエルが、同時に肩を落として、深い溜め息を吐いた。でも、アレンは最初からこういう人だと思う……。落ち込んでしまった二人を見て、アレンが慌てて言い募る。



「いや、ほらさ? こいつ、その、あんまり水とかお茶とか、がぶがぶ飲めないんだよ……だから俺は、腹が落ち着いてからにするか? って聞いただけだし、別に過保護でも何でもないからな!?」

「だ、大丈夫だよ! アレン! 私は分かってるからね!? えーっと、それじゃあ、あとでお願いしようかな!」

「おう、任せろ。あっ、しまった。スフレパンケーキ、生クリームをのっけて、カフェ風にした方が良かったか……? 好きだもんな、お前。そういうの。お家カフェって単語も好きだよな……。しまった、ミントと生クリームを買ってくるべきだったのに。どうしよう。あっ、せっかくだからお前が好きなカプチーノも淹れるか……でも、俺。ラテアートとか、したことないしな……」

「だ、大丈夫! 流石に、そこまでして貰うのは申し訳ないから、」

「いや、だめだ。俺はもうだめだ。考えが甘すぎる、最初からそうしていれば良かったのに……だめだな、本当。ふとした思い付きで、焼くんじゃなかったな……最初からそうするべきだったのに、俺は」



 アレンが真剣な顔で、頭を抱えている。ど、どうしちゃったんだろう。一体……。戸惑ってヘンリーを見てみると、慈愛に満ちた微笑みで、そっと首を横に振った。ど、どういった感情なんだろう? それ……。



 困って隣のダニエルを見てみると、静かに両目を閉じていた。あ、あれ!? 二人とも、何か聖職者みたいな顔してる……!!



「悪いな、メイベル……。やり直すから、俺。明日」

「あし、明日……?」

「ああ、明日も休みだしな。ミントと生クリームと、ベリーミックスも買ってくる。大丈夫だ、それに合わせて皿も買ってくるから。ほら、この間通りかかった雑貨屋でさ? お前がわー! 可愛い! 欲しい! カフェのやつみたい! って言ってた皿があったじゃん? 買ってくるからな、あれ。俺、明日。でも、お前の好きなラベンダーカラーとオフホワイト、アプリコットカラーの三種類があったけど、どれがいい? メイベル」



 す、すごい。早口で喋ってる……。よく分からなくなったので、とりあえず頷いて「じゃあ、アプリコットカラーで」と伝えておく。それを聞いたアレンが満足そうに頷いてから、スフレパンケーキを引っくり返した。



「だめだな、俺……気を抜くと、すぐにそうやって色んなことを忘れる。ほい、三枚目。あと、本当にアイスはのっけなくていいのか? メイベル」

「うん、大丈夫~。ありがとう、アレン。すっごく美味しいよ、スフレパンケーキ!」

「なら、良かった……何でお前ら、両手で顔を覆ってんの? 腹でも痛いのか? いや、違うよな……? ヘンリー? ダニエル? 一体どうしちゃったんだよ、お前ら……」






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