2.俺は多分、社畜になるために生まれてきたんだろうけど
がらりんと、入店を告げるベルの音が鳴り響いて顔を上げる。お客さんかと思ったのだが、そこに立っていたのは叔父のライ・ロチェスターだった。
短く刈り込んだ灰髪に青い瞳を持った叔父は厳つく、濃いキャラメルブラウンのトレンチコートを格好良く着こなしている。しかし申し訳ないが、少しだけマフィアに見えてしまう。
「メイベル。……もう休憩時間だと思ったのだが。おかしいな、間違えたかな?」
「あらあらお久しぶり、ライさん。メイベルちゃん、ここはもういいから休んできたら?」
「あっ、すみません。ヘレンさん。それじゃあ私はこれで。お昼ご飯食べてきまーす」
白黒ボーダーのニットに生成りのエプロンを着たメイベルは頭を下げ、嬉しそうな表情で駆け寄った。叔父のライは青い瞳を細めて、抱えていた紙袋を持ち上げる。
「お昼ご飯。一緒に食べようかと思って。お前が好きなパンをいくつか買ってきた。ああ、勿論。食べ切れないのなら私が持って帰って食べて、」
「食べる! 大丈夫よ、ライ叔父さん。行こう、行こう。わぁ~、嬉しいなぁ」
「メイベルちゃんは本当に叔父さんのことが好きなのねぇ、微笑ましいわ」
にこにこ笑顔で話しかけてきた、この魔術雑貨屋の店主であるヘレンの言葉に曖昧な笑みを浮かべた。この白い壁紙と焦げ茶色のフローリングが素敵なお店を経営している彼女は、薄い金髪に緑の瞳を持った優しい人である。
(うーん……私も私でもう少しちゃんとしなきゃな。来年でもう二十六歳になるのに。これじゃあねぇ)
ライが低く笑って、軽く会釈をする。彼は口数も少なく、あまり多くを語らない人だ。その分、とても優しい。
「独身の私にとっては有難い話です。娘のように可愛い姪なんですよ。行こうか、メイベル。……そのエプロンは? どうする?」
「あっ、ちょっと待っててね。ライ叔父さん、バックヤードで脱いでくるから。ごめんね!」
「大丈夫だから。ゆっくり着替えておいで。ついでに羽織るものも何か持ってきた方がいい。今日はよく冷えるから、なっ?」
こちらの頭をぽんぽんと撫でて、優しげな微笑みを浮かべる。私はこの優しい叔父が好きだった。黙って微笑み返して、店の奥のバックヤードへと向かう。
「……あれ? メッセージかな、光ってる」
バックヤードに入ってみると、茶色の本革鞄にきらきらと光っている金髪のお姫様が腰掛けていた。これは魔術手帳のお知らせの光で、私は淡い薔薇色のドレスを着たお姫様に設定している。
「ありがとう。誰からかな~、ええっと」
そのお姫様に触れて何となくお礼を言い、鞄から魔術手帳を取り出す。小さな白い花々とふっくらとした緑色の鳥が描かれたカバー付きの手帳を開き、目を見開く。
“おい、メイベル……冷蔵庫の中身がすっからかんだ。こいつらは買い物もする気もない屑だ。アホどもの塊だ。お前も手伝え、買いに行くぞ。迎えに行くから店の場所を教えろ。あと今教えている糞ガキが糞ガキだ。今なら世界も滅ぼせそうな勢いで苛立ってる……”
アレンの字だった。お怒りんぼうな彼だがその字は美しく、読みやすい。家庭教師をしているからだろうか。白い紙に映し出された文字を見て、メイベルは微笑んだ。そして付属の魔術羽根ペンを取り出し、書こうと思ったところ。
“それはいいな、アレン。是非とも世界を滅ぼしてくれ。そして俺の糞上司を真っ先に殺してくれ。勿論自宅も破壊して欲しい。十七連勤で泣きそう”
い、いきなり物騒なメッセージが浮かび上がってきた。見ると横には金貨と蛇のアイコンが描かれており、文字の下には「ヒューズ」とだけ記されている。
(ヒューズ? そうだ、昨日アレンが。ハリー・ヒューズっていう名前の社畜さんがいるって言ってたなぁ……)
乱れた文字を眺めていると、また新たなメッセージが浮かび上がってきた。これはシェアハウスに住んでいる人達と連絡を取るためのページで、グループトークが出来るのだが。
“は? 十二歳の糞ガキより四十七歳のおっさんの方がマシだろうが! 少なくともウンコは投げてこない。ここの糞ガキどもはクレイジーでどうもジャングルの奥地で育ったらしい。まずは人間の常識と仕草を教えてやる必要がある”
薄々予想していたことだけれど。
「アレン……あなた、まったく寄り添う気が無いのね? ええっと、でも私もライ叔父さんが待っているから」
するとまたメッセージが浮かび上がる。今度は違う人だった。
“メイベルちゃん、むししてもいいよ。こいつらかまってると時間がとけてっちゃう”
子供のような丸っこい字を見て、名前を見ずともすぐに分かった。シェヘラザード・シャンディだ。黒髪にダークブルーの瞳の彼女は優しく、こうして助け船を出してくれる。口元が自然と綻び、慌てて返事を書く。
“私のお仕事が十八時で終わるから、その後だと大丈夫です。お店の場所はクローバー通りのカヌレ屋さんの隣。黄色い雌鶏の看板があるからすぐに分かると思う。取り急ぎ。また後で”
ああ、ちょっと色々変だったかもしれない。申し訳なく思いつつ、魔術手帳のホルダーに羽根ペンをしまって後にする。
(ライ叔父さんとごっはっん! ごっはっん、嬉しいなぁ~。私の好きなパンって何だろう? クロックムッシュかなぁ、それとも蜂蜜バターパンかなぁ。それともレーズンたっぷりのシナモンパンとか?)
「それで? メイベル。その、どうだった? シェアハウスは。楽しいか?」
「うんっ、それなりに! でもね、ライ叔父さん。みんな良い人なの。だからきっとちゃんと馴染める。まだ三日も経ってないけど……」
レーズンと胡桃がぎっしり入ったパンを頬張りつつ、隣のライを見上げる。するとその厳つい顔立ちをふっと綻ばせ、口元に付いていたらしいパン屑を取ってくれた。ここは肌寒い公園のベンチで、並んで座って食べている最中だ。
「それは良かった。兄さんも安心するだろう、それを聞くと」
「……お父さん、まだ怒っているかなぁ~。どう思う? ライ叔父さん」
「うっ、うう~ん。どうだろうなぁ。ただ、兄さんは過保護だからなぁ……そろそろ子離れしないとな」
苦く微笑んで、発酵バターと蜂蜜のパンを齧り取る。これはもっちりとした食感で、中にオレンジピールも入っている美味しいパンだ。叔父は意外と甘いものが好きで、そんなところも可愛らしい。
「だねぇ~。でも、私のことを心配してくれているから……」
「そうだな、それは間違いないと思う。今日の夜にでも連絡しておくよ。メイベルから連絡が来ないって。落ち込んでいたから、相当」
「だってまるでその、シェアハウスの人達が性犯罪者みたいなことを言うんだもん……お父さんはいちいち大袈裟なのよ、言うことが」
深い溜め息を吐くと、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。その大きな優しい手に笑みが浮かび上がり、シナモンとジンジャーが香る甘いパンを飲み干す。
「ありがとう、ライ叔父さん。……じゃあ私もちょっとへそを曲げてないで。連絡してみるね、今日の夜にでも」
「ああ、是非ともそうしてくれ。すまないな、メイベル。突然押しかけてしまって」
「大丈夫、久しぶりにライ叔父さんに会えて嬉しかったから。それに私の好きなパンを買ってきてくれてありがとう! ごちそうさま」
なるべく可愛い笑顔を作ってお礼を言ってみると、嬉しそうに笑っていた。良かった。
「どういたしまして、メイベル。でも、あれだぞ? 困ったことがあったらいつでも言うんだぞ? お義姉さんや兄さんには言いにくいこともあるだろうし……」
「うん、ありがとう。ライ叔父さん。でも大丈夫、きっと上手くいくだろうから。ねっ?」
父ほどではないにせよ、心配性な叔父を安心させるために明るくにっこりと笑う。でもきっと大丈夫だ。
(アレンは変わり者が多い多いって、そう言って嘆いてたけど。アレンもヘンリーも良い人だったし。きっとハリー・ヒューズさんも良い人だと思う……楽しみだな、会うのが。一体どんな人なんだろう? ちょっとだけ緊張するなぁ)
「ああ、君がメイベルかぁ……おはよう、とは言っても夕暮れ時だけど。疲れたぁ~……」
「申し訳ないけど、ヒューズさん。何もかもが間違っているわ……今はね、夜の十時半なの。あとスーツ。皺になっちゃうんじゃ……?」
ぎょろりと、ダークブラウンの瞳がこちらを向く。顔色は蒼白で口が半開きとなっている。彼のために残しておいた夕食があるのだが。もしかしたら食べれないかな、どうしよう? 何て言って勧めよう?
白いニットとチェック柄のスカートを着たメイベルがそう考え込んでいると、紺色のソファーに寝転がっていたハリーが起き上がって黒いスーツを整える。
「申し訳ないな、こんななりで。初めまして、メイベル。俺は社畜のハリー・ヒューズ。皆からは社畜のハリーって呼ばれているんだ。どうぞよろしく」
「ええっと、ヒューズさん。とても言いにくいけどこのやり取りは三回目です……」
差し出された手を握って、握手しつつ答える。ぼさぼさの茶髪頭を傾け、彼はじっとこちらを見上げていた。他の人達はどうも忙しいらしく、先程からダイニングテーブルでカードゲームをしている。
「……二回目? おかしいな、三回目だと思ったんだけど。俺の思い違いか……」
「つ、疲れているんでしょう。ご飯、食べますか? 持ってきましょうか? 紅茶か珈琲か何か飲みたいものがあったら淹れますけど」
「ミネラルウォーター一択で……喉が渇いた。からからだ。最後に水を飲んだのはいつだっけ? 午前三時頃だったかな……分かんないや」
ハリーが虚ろな瞳で呟き、ぼんやりと自分の両手を見つめている。いけない、早くこの人にご飯を食べさせて寝かしつけなくては。どこからどう見ても疲れきっている人だ。安心させるように笑いかけてから、キッチンの方へと向かう。
(ええっと、どうしようかな? 今日の夕食はポトフとグラタンにしたんだけど。脂っこいよね? ポトフはいいとしてグラタンはやめておいた方がいいかも。他に何かパンとかあったかな……)
鍋の蓋を開けて、ジャガイモとベーコンが入ったポトフを眺めてメニューを組み立てていると、それまでヘンリーと真剣にカードゲームをしていたアレンが話しかけてくる。
「いいぞ、メイベル。適当に牛乳でもパンでも何でも流し込んでおけ。こいつの感覚麻痺してるし。この間は消しゴムとティッシュを食ってたし」
「あ~、そういやそんなこともあったなぁ~。ははっ」
「えっ、そっ、それ! 止めたの!? 二人は!」
「止めてない、面倒臭かった。食っても死にはしないだろ、死には」
「分かる~、それな。いいよ、放っておいて。メイベルちゃん」
二人とも呑気な人だ。それにそんなことを言われたらますます放っておけない。二人に苦笑を返してまたメニューを組み立てる。なるべくお腹に負担がかからないもので美味しいものを食べさせてあげたい。
(ジャガイモを茹でてベーコンと一緒に添えて出そうかな? よし、そうしよう。後は胡桃とオレンジピールのパンがあったな。昼間、ライ叔父さんに貰ったやつ。よし、それにしよう。後は? 後は他に何があるかな……)
ひとまず鍋を火にかけて、軽く混ぜて放置しておく。冷蔵庫を見てみると玉子があったのでスクランブルエッグを作ることにする。
(スクランブルエッグとポトフ。ジャガイモを茹でて潰したものにベーコン。それにパンもあるから……大丈夫、多分足りる。ええっと、ミネラルウォーター。ミネラルウォーターを先に持っていってあげよう)
喉が渇いていると言っていたから氷は無しで。なみなみとミネラルウォーターをグラスに注いでいると、待ちきれなかったのかふらふらとした足取りでハリーがやって来る。
「ヒューズさん? ごめんなさい、遅くなってしまって。これ、お水……」
「ああ、ありがとう。貰うよ、それじゃあ」
「わっ、わあああっ……大丈夫ですか? そんなに一気に飲み干して。お腹壊しませんか?」
見ていて心配になるくらい、ごくごくと飲み干してゆく。そして案の定お腹を壊してしまったのか、低く呻いてお腹を押さえた。
「うっ……痛い。一気に飲みすぎた、何これ。死にそう、痛い……!!」
「だっ、大丈夫ですか!? 吐きますか!?」
「だいっ、大丈夫……痛い痛い、死にそう。辛い、助けてほしい……!!」
ああ、大変だ。どうしよう?
(背中を擦っていても何の意味もないかもしれない……あ、そうだ。アレンが魔術師だから。何とかしてくれるかも)
彼は子供に魔術を教えているような魔術師さんだから。きっと色々技術も凄いのだろう。期待に満ちた瞳でアレンを見つめてみると、両手にカードを持って向かいに座るヘンリーを睨みつけていた。
「おい……貴族の糞ボンボンが。お前は一回ぐらい負けてやろうだとか。そんな気は起こさないのか?」
「起こさないね、アレン。悪いが俺はいつだって全力で遊ぶタイプなんだよ」
「おい、お前。糞かよ、覚えてろよ明日……」
す、凄い。真剣勝負をしている。
「ご、ごめんなさい。どうしよう? ヒューズさん……」
「っぐ、大丈夫だ。何とか痛みも治まってきた……辛かった」
「よ、良かった。あ、ああ。そうだ、スクランブルエッグを作ろうかと思うんですけど。目玉焼きの方がいいですか? それともオムレツがいいですか?」
ほっとして笑いかけると、奇妙な動物に遭遇した人のような顔をして見上げてくる。どうしよう? 何か私は変なことを言ってしまったのだろうか。それとも彼は夜に玉子を食べたくない人なのだろうか。
「メイベルちゃん……だっけ? 凄いね、初対面なのに……ありがとう。スクランブルエッグがいいかな。ケチャップをかけて食べたい!」
「ああ、良かった。少しでも元気が出て。じゃあ私、ここで作っているのでその間、あっちのソファーで休んで待ってて、わあああっ!?」
「うっ、ううう、もう無理だああああ~……泣いちゃう、泣いちゃうよ、俺。二十八歳なのにおいおいと泣いちゃうよぅ~……うっ、ううっ」
がばっと床に座り込んで、膝を抱えて泣いてしまった。もしゃもしゃに絡まった茶髪頭を撫でて励ましてみる。
「大丈夫ですよ、ヒューズさん。ほら、手を貸しますから。ここは寒くて冷たいでしょう? 温かいソファーの方へ移動して、」
「凄いや、メイベルちゃん。君はきっと、誰かに優しくするために生まれてきたんだね……俺は多分、社畜になるために生まれてきたんだろうけど。上司のサンドバッグになるためにね……!!」
「そっ、そんな悲しいことを言わないで下さい、ヒューズさん。悲しいことも嬉しいこともひっくるめて経験するために生まれてきたんですよ、私達は。きっとね? ほら、立ちましょうか!」
白いタイル床が敷き詰められたキッチンは冷え冷えとしていて、疲れきった体には酷だろうから。彼の頭を撫でてその手を取って、ゆっくりと立ち上がらせる。
「ねぇ、大丈夫ですよ? ヒューズさん。ご飯を食べましょうか! 今ちょうどポトフを温め終わったところですから先にこれを食べて、」
「凄いね、メイベルちゃん……凄いね。でも君みたいな女の子は俺の会社にいるお局様にちくちくと嫌味を言われて、休憩時間に涙ぐんでいるよね……そんでハンカチがわんこ柄だったりする。パイル地の」
「えっ? ええっと、でも。私が持っているハンカチはラズベリーと栗鼠なんです。可愛いでしょう? また今度お見せしますね」
彼の両手を放して、食器棚へと向かう。彼もふらふらと亡霊のように付いてきて、こちらの作業をじっと見守っていた。
(あ、可愛い。何だか小さい男の子を持ったお母さんの気分。後追いってこんな感じかなぁ)
嬉しくなって微笑みつつ、丁寧にポトフのスープを掬う。
「これに追加でジャガイモも茹でますねー、ベーコンと一緒に添えて出して、」
「いや、このスープだけでいいかな……食欲が無い。パンとスクランブルエッグがあればそれで。足りるだろう、ありがとう」
「じゃあそうしますね! 何だか粗末なご飯で申し訳ない……」
謝りつつスープ皿を渡すと、彼が変な顔をして受け取っていた。あれ? またおかしなことを言っただろうか、私は。
「ありがとう。でも無理だけはしないようにね? 助かるんだけどね……はははははは」
「はっ、はは……まぁ、食べてきて下さい。ヒューズさんもあんまり無理しないようにね……」
彼は何が面白かったのか狂ったように笑い出して「ああ、今日も世の中が最高だなぁ! 素晴らしい! ひゃっほう!」と言って、スープ皿からスープをぼたぼたと落として歩いてゆく。
慌ててキッチンクロスを持ってきてそれを拭き取っていると、ぬっと青いチェック柄のパジャマを着た足が現れる。アレンだった。
「おい、メイベル。貴様……」
「はっ、はい。何でしょう? アレンさん……」
「さん付けはいい。いらんと言っただろうが! 背筋がむず痒くなる!! あと皿洗いは任せろ。床を拭くな! お前は自分の歯だけを磨いていろ!! いいな!?」
「えっ、ええっと、早く寝ろってこと? ありがとう、アレンさん。いや、アレン」
彼が苦虫を噛み潰したような顔をしてばっと、私の手から濡れたクロスを奪い取る。そしていまだにふらふらと歩いてスープを零して回っているハリーを怒鳴りつけた。
「おいっ! てめぇも新人にこんなことをさせるんじゃない! あと座れっ! 座って飲めよ、お前っ! 床が汚れるしスープが勿体無いだろうが! この非常識な社畜めっ!!」
「アレン、魔術師。俺のことを気にかけてくれてありがとう。しかしあれじゃないのか? そんなにきゃんきゃんと怒鳴り散らしているから彼女にネックレスも付き返されるんだ。ざまーみろ!! はははははは!!」
「ってめぇ! 殺す! いちいちしつこいんだよ、お前らは!!」
「待って! 待ってよ、アレン! 落ち着いてよ!?」
その「バーカ!」とでも言いたげなハリーの顔に、濡れたクロスを投げつけようとしたアレンの腕を掴んで押さえているとこちらを振り向いた。
「何故止める!? あいつの顔を見てみろよ!? 社畜の分際で!! 人を馬鹿にしたリャマみたいな顔をしやがって!! 即刻この濡れたキッチンクロスで顔をごしごし拭いてやるべきだよ!!」
「おっ、落ち着いて、アレン……後でプリンをあげるから。あなたが欲しがってたやつ!」
駄目元で言ってみると、アレンが途端にふすんと落ち着きを取り戻す。よ、良かった。意外と素直な人で。
「ならいい。寄こせ。だが三口ほどでいい。いや、半分よりやや少なめの、」
「全部あげるわ、アレン。プリンはまた買ってきたらいいし。私、そこまでプリン好きじゃないし」
「嘘だろ、お前……なら何で買ってきたんだよ? あと全人類はプリンを愛するべきだろ、お前」
「ふふっ、私の叔父さんに貰ったやつだから。そうね、プリンは美味しいよね。分かるわ、その気持ち」
冷蔵庫へ向かって自分のために買ってきたプリンを取り出して、それを手渡す。でもいいや、これで。アレンが喜んで食べてくれるのならそれが一番だ。
(でもちょっとだけがっかり……いいや、もう。我慢しようっと)
少しだけしょんぼりしていると、こちらも青いチェック柄パジャマを着たヘンリーがやって来る。二人でお揃いのパジャマを着て眠っているんだろうか。
「へっ? プリン? これから食べんの? 俺も食べようっかな~、メイベルちゃんも食べる?」
「おい、お前……自分の分があるのかよ? 寄こせ、俺に全てのプリンを寄こせ!」
「相変わらず強欲だなぁ~。ま、いいや。ほら、メイベルちゃん。おいでおいで~」
「えっ? でっ、でもいいの? プリン」
冷蔵庫から白い箱を取り出して持ってきてくれる。中を覗き込むと、栗と生クリームが乗ったプリンに苺とチョコクッキーが乗ったプリンなど多種多様なプリンが並んでいた。
「わっ、わあぁ~。いいの!? いいの!? これっ!」
「勿論。好きなのどうぞ~。アレンは?」
「俺も一個だけ貰う……二個食う!」
「へいへい、も~。あ~、社畜は……無理か。あれ。ぐったり眠って死んでるな」
三人でダイニングテーブルに座って、ほくほくとした栗と生クリームのプリンを食べつつ頬を緩める。美味しい。上品な甘さのプリン生地が口の中で蕩けて、栗のほろっとした食感がやってくる。生クリームもうっとりするような甘さでほろ苦いカラメルとよく合っていた。
「おっ、美味しい……!! ありがとう、ヘンリー。嬉しい、美味しい……」
「いいえー、どういたしまして。メイベルちゃん。そんなに嬉しい? あげた甲斐があるなぁ~」
「うっま、流石は金持ちの貴族のボンボン……うっま」
「さっきはそう言って俺のことを罵ってたくせにな……はーあ、うまい。でも貴族という赤ワインに巣食っている貴族どもは滅ぶべし! 全て羊の餌にしてしまえ!!」
「やめろ、プリンが不味くなるから。お代わり!!」
「美味しい、嬉しい……!! ありがとう、ヘンリー……!! はー、良かった。ここに来て。美味しい」