24.誰からのプレゼントを一番喜ぶのか対決
「そうだ、対決しよう。対決」
「は? ヘンリー、お前。急に何を言って……」
夜、飯を食い終わって寛いでいると、黒いカーディガンを羽織ったヘンリーが唐突にそんな宣言をした。大丈夫か、こいつ。アイスの食いすぎで頭でもおかしくなったんじゃないか? ソファーで訝しげな顔をする俺を見て、重々しく頷き、芝居がかった所作で、隣に腰を下ろす。そのまま銀色のスプーンを振って、バニラビーンズが散ったアイスを掬い上げた。
「ほら、祝祭のプレゼント。対決しようぜ、対決」
「話がまったく見えないんだが……?」
「だよね? アレンはいっつもいっつもメイベルちゃんにプレゼントをあげてるんだし、不利だよね!?」
「おい、社畜。てめぇ、一体どこから顔を出してんだよ……てか、いたの? 気付かなかったよ、俺」
ふと下を見てみると、テーブルの下にハリーがいた。ソファーの座面に顎を乗せ、にやりと笑う。
「誰からのプレゼントを一番喜ぶのか。対決しないか? メイベルちゃんの喜びっぷりを見て、優勝者を決めようぜ!」
「その話、乗ったわ!」
「マリエルさん!! あとで踏んでください、俺のこと! 邪険にして欲しい!!」
「おい、マリエル……ノリノリだな」
リビングのドアを開けて登場したマリエルが、偉そうな顔で両腕を組んだ。相変わらず腹が立つな、こいつ。
「まさか自信が無いの? そうよねぇ~? 毎日毎日、メイベルちゃんにせっせと贈り物をしているし? 今更貴方からのプレゼントなんてよろこばな、」
「は? 俺が優勝に決まってんだろうが、ぶっちぎりで。舐めんなよ、クソババア!!」
「よーし! それじゃあ、みんなで買いに行こうぜ!」
「えっ!? 敵情視察込み!? えっ、どうしよう。俺、アレンに付いて回ろうかな……?」
「鬱陶しいからやめろ! 相変わらず何を言ってるのか、今いちよく分かんねぇな!!」
「わあああああっ!? アレンが俺のことを蹴ったああああっ! 足を噛んでやるううううっ! がぶがぶぅーっ!」
「いった!! やめろ、血が出るじゃん! やめろっ!!」
足に噛み付いてくるハリーを引き剥がして、ソファーから飛び降りて、取っ組み合いの喧嘩をしていると、いつの間にかやって来たフレデリックとノア、シェヘラザートとマリエルが、顔を寄せて何かを話し合っていた。その結果、何故かメイベルに内緒で、買い物に行くことになって。
「おい……あいつに何て言うんだよ。一人で留守番をさせるのか……?」
「落ち着けよ、アレン。メイベルちゃんはもう立派な大人なんだぜ?」
「いや、ヘンリー……お前。冷たくないか? それでも人間なのか?」
「何が!? 順調におかしくなってない!? お前!」
「おかしくなってないって、別に。ああ、どうしよう。何て言えばいいんだろう……」
気を揉んでいたが、風呂から上がってきたメイベルに予定を聞いてみると、明後日は家族で出かけるそうだ。夜、一緒に飯を食いに行くらしい。
「あのね、ウィルがその前に色々と見て回りたいって言ってて。だからブティック通りに行ってお昼ご飯を食べて、実家に帰って、そのあとまたご飯かな~」
「そうか。なら良かった。あ、そうだ。ちゃんと着込んでいけよ? あとまた雪が降るみたいだから、あのモコモコブーツ履いてけ。あれなら滑らないだろ?」
「うん! ちゃんと買って貰ったマフラーも巻いていくね~」
「おう。あとその日はなるべく早く帰ってくるから、」
「お母さん……?」
「過保護……何あれ?」
「彼氏通り越して、保護者気取りで笑う」
「うるせーな、散れっ! 全員!!」
あいつらは知らないから、あんなことが言えるんだ。メイベルは昔から何かと体も弱くて寝込みがちだし、不審者やストーカーにも付き纏われがちだし。ああ、そうだ。俺がちゃんと見てやらなきゃ。だから弟も不安になったんだ。俺がもっとちゃんと気を回さないと……。
「メイベル。マカダミアナッツチョコをやろう。好きだろ、お前」
「好きーっ! わぁ、美味しそう! ありがとう、お母さ、アレン~」
「あとホワイトチョコと苺のやつな。好きだろ、これも」
「好き! ありがとう~、またあとで食べるね~」
「おう。まぁ、寝る前だから程々にしろよ……あともう少し着込んだ方がいいんじゃないか? 寒くないか? パジャマってお前」
「大丈夫だよ、暖房も効いてるし」
「いや、首の辺りとかも寒そうだし……そうだ」
ソファーの毛布を魔術で取り寄せて、不思議そうな顔のメイベルを丁寧に包んでいると、背後で誰かが溜め息を吐いた。
「呆れた、もう……」
「俺ら空気扱いだぞ、空気扱い」
「神聖な共有空間でイチャつきやがって……!!」
「滅べ、滅びよ。カップルども……!!」
腹立つ、こいつら。あとで全員のケツでも蹴り飛ばしてやろうか。だが、まぁいい。優勝するのはこの俺だ。舐めやがって。俺は祝祭を見越して、せっせとプレゼントを用意しているんだからな。
分かっちゃいねぇ、あいつら。メイベルがいかに底抜けのお人良しで、人の喜ぶ顔が好きとか言っちゃう、頭の隅から隅まで善人の変態だってことを微塵も分かっちゃいねぇ────……。
(しかし、ケーキはどうしよう。先週はチーズケーキが好き、毎日食べれるって言ってたし。でも、仕事で嫌なことがあったり、疲れた時はチョコケーキだし。どっしり重ためな感じの。でも、おやつに食べたいのはシナモン味のドーナッツや林檎マフィン、フィナンシェ、バタークッキーだし。いや、年に一回しか無いんだから、王道のバタークリームケーキとか? いや、でもあいつ、脂っこいものはそんなに好きじゃないしな……かと言って、檸檬系は確かちょっと苦手だったはず。美味しく感じるものと、感じないものがあるって言ってたな……迷う)
檸檬は収穫時期によって、微妙に味と香りが変わるからそのためか。しまったな、グリーン檸檬と普通の檸檬、どちらが好きかを確かめておけば良かった。今度、檸檬ケーキでも買ってきて確かめるか? いや、でも、今の時期手に入るかどうか分からないし、好みが分かれる檸檬ケーキを買ってきて食わせるのもな……。
「おやすみ、メイベル。また明日な」
「おやすみ~、また明日~」
「ねえ、アレン。俺の話聞いてる? 明後日、何時集合か覚えてる?」
「お前っ! メイベルに聞こえるだろうが、今すぐ黙れっ!!」
「あっ、だ、大丈夫! 聞こえてないよ! 全然!!」
アレンの様子がおかしい。赤茶色のマフラーを巻いて、紺色のロングコートを着たアレンが、余裕たっぷりの表情でフレデリックさんとハリーを見守っている。澄ました顔から漂う、この王者感。「所詮、メイベルのことは俺が一番よく分かっている」とでも言いたげな雰囲気で、隣に佇んでいた。
本当、一体どうしちゃったの? お前……。黒いダブルコートを着たヘンリーが、ぞっとした顔でアレンを見つめる。アレンは意に介した様子も無く、あっさりと口にした。
「おい、見ろよ。あれ……必死に選んでるぜ、可哀想にな」
「えっ……? どこ目線からの台詞? それ。兄でも恋人でも無いよな……?」
「優勝者目線からの台詞。あーあ、メイベルはちんけなお城のスノードームより、その隣にある、淡いペールグリーンのペンギンと女の子が並んだ、スノードームの方が好みなんだけどな……」
「こ、こっわ……!! 視力良いし、辞書感がやばいな。お前……てか、選びに行かないの?」
俺がそう聞くと、アレンは「やれやれ。何も分かっちゃいないな、こいつは」みたいな感じで溜め息を吐く。え? 何? 俺が悪いの……?
「あのな、ヘンリー。俺の優勝はもう決まったも同然なんだよ……一ヶ月も前から用意してたんだ。当然の結果だけどな」
「い、一ヶ月も前から……? メイベルちゃん来て、まだそんなに経ってないよな!?」
「あ? うん。三ヶ月? かそこらだよな」
「ああ、良かった。具体的な数字が出てこなくて……」
「出る訳ないだろ、そんなの。変態かよ、俺は」
「……」
「黙る要素あった? 今の」
いや、具体的な数字を出しかねない。どうしよう。何だかんだ言って気が合って、お互いにある程度、色んなことを把握している男友達だと思っていたんだが……。いつの間にか宇宙人になってしまった。いや、頭にお花でも咲かせているのか? 恋愛と言うか、メイベルちゃんのことになると、頭のネジが数十本ぐらい弾け飛ぶの何で?
いや、落ち着け。俺。アレンのおかしさは今に始まった話じゃないだろ……? 自分を落ち着かせるために深呼吸を一つしてから、アレンに優しく話しかけてみる。
「あー、えーっと。アレンは一体何にするんだ……?」
「内緒。上手く出来るかどうか分からないし、最終調整中とだけ言っておこう」
「えっ? なに、なに用意してんの……!? 一ヶ月も前から何を用意しているんだよ、お前は!?」
「何で怯えてんの? ヘンリー」
がくがくと肩を揺さぶっていると、困惑した顔で見つめてくる。俺だよ、そんな顔をしたいのは! おかしい、アレンがおかしい! ハリーの言う通り、何かの菌に感染しちゃったんだ! どうしよう、治療法が無い! 未知のウイルスだ!
「だってホラーじゃん、そんなの……!! 恋人ですらないのに!? いや、恋人でもそこまでしないだろ!? 普通! 義理の両親への贈り物かよ!?」
「あ? まぁ、メイベルなら何を渡しても喜ぶんだろうけど……胸焼けするぐらい、優しくて良いやつだからな。あいつ」
「じゃあ、もう適当でいいじゃん……対決が始まってから用意するならまだしも、一ヶ月前から……?」
「……」
黙りやがったぞ、こいつ。対決が無くても、メイベルちゃんに豪華なプレゼントを渡す気だったんだな? 正気か? 頭沸いてない? それで好きじゃないって嘘だろ、お前。
「あー……ほら。メイベルはさ、何をあげても喜ぶからさ……」
「言い訳、下手くそか? いや、言い訳にすらなってないぞ、それ……」
「つい工夫してしまうというか……これをしたら喜ぶんだろうなーって思うと、ついつい、手が止まらなくなってだな……」
「えっ? 何その、遅くに出来た姪っ子を可愛がる叔父さん的考えは……?」
「ああ、姪っ子……そうだな、まだそんな年じゃないけど。そんな感じだなぁ~、俺」
いや、絶対違うだろ。嘘だろ、お前。最近ずっと上の空だし。立てばメイベルちゃんのためにお茶とお菓子を用意し、座れば雑誌を読んでメイベルちゃんの行きたい場所をリサーチし、歩けばメイベルちゃんのことを心配する。常にずっと一人の女の子を気にかけているのは、好きだからなのでは……?
(しかし、引き裂いておきたい! 永遠に拗れろ、すれ違え!! メイベルちゃんとアレン!)
一組でも幸せなカップルを減らすために、アレンの肩にぽんと手を置いて、洗脳しておいた。
「そうだな! 俺もメイベルちゃんを見てると、何かと手助けしたくなるしな!」
「だろ? だと思った。転ばないか風邪を引かないか、見ているとヒヤヒヤするんだよなぁ……でも今日、弟と会うって言ってたよな? 確か」
「あっ、うん。最凶シスコンの弟と一緒に買い物に行くって、」
「迎えに行った方がいいかな……駅まで」
真顔で言い出した。何言ってんの、こいつ。
「いや、それはちょっと。別に一人で帰ってこれる、」
「あの弟がしがみついて帰さないかもしれないしな……連絡しとこ。あっ、そうだ。断られないようにケーキでも買って行くか。あいつ、みんなでってキーワードに弱いしな……ケーキ買って、みんなで食おうぜって言ったら、駅で待ち合わせしてくれるかな? どう思う? ヘンリー」
「あっ、うん。してくれるんじゃないの……?」
「だよな~。じゃ、入れとくか。連絡」
何故、そこでケーキを買う必要があるのか。答え、アレンがメイベルちゃんを甘やかしたいから。いや、でも、メイベルちゃんは優しいから「一緒に帰ろうぜ! 駅で待ち合わせしような!」って伝えたら、ほいほい来ると思うんだけど……?
アレンが早速、コートのポケットから魔術手帳を取り出して開く。やばいな、もう。そうだ、アレンがますますおかしくなったのって、弟が来てからなんじゃ……?
「お前、アレン。もしかして」
「あ? 何だ?」
「……いや、何でもない! ケーキ買って帰るか!」
「おう。自分の分は自分で出せよ。奢るつもりは無いから、俺」
「おい……まさか、メイベルちゃんの分だけ買って帰ろうと……?」
「各自、一つずつ好きなケーキを選んで買って帰ったらいいだろ。俺はメイベルの好きなケーキと、自分の分のケーキだけ買って帰るから」
メイベルちゃんがいなくなるのが怖くて、ちょっとパニック状態に陥っているんじゃ? しかし俺は、少しでも幸せなカップルを減らすため、口をつぐんで黙っていた。自分で気が付くんだな、アレン。今のところ、気付く気配は全然無いけど。
「ううーん、どうしようかしら……こっちのケープコートと、こっちのプリンセスコート。どっちが良いと思う? ノア」
「うーん、品が良くて似合いそうなのはプリンセスコート。喜びそうなのはケープコート」
「そうよね? どうしよう~、悩んじゃう~。こっちのプリンセスコートはメイベルちゃんの肌に映えそうな、綺麗なピンク色だし……でも、こっちのケープコートも喜びそう~。ちょっとクラシカルな感じで」
「ですね……」
疲れた。いや、買い物自体は楽しいから別にいいんだけど。今日はモカピンクのウィッグを被ってメイクして、白いコートを着て、女装してきたから浮かないし、別にいいんだけど。ただ、いつもあっさりと決めてしまうマリエルさんが、悩みに悩んでいる。アレンのことをライバル視してるし、優勝したいんだろうな。
「マリエルさん、そこまで悩む必要ある? メイベルちゃん、貴女のことをその、神聖視しているようなところもあるし……」
「そうなんだけどね~。でも、ほら。いっつもアレンが何かあげてるじゃない? 普段、私が何かあげようと思っても被っちゃうのよね~……遠慮もされちゃうし?」
「あ~、なるほど。そういうことですか……」
「マリエル、メイベルのことになると必死だね……」
飽きて、ピスタチオとラズベリーのジェラートを食べているシェヘラザードがやって来た。アパレル店でそんなものを食べるのはやめて欲しいと言おうとしたが、彼女なりに気を付けているらしく、服から出来る限り離れて、ぴたりと立ち止まった。
「そうよ~、優勝したいんだから! 私! それにね? 今回、アレンは不利でしょう? 余裕しゃくしゃくの顔をしてたけど。もうね、鼻を摘まんでやろうかと思ったわ。生意気~」
「ん~……頑張れ」
「シェラは? 何にするの?」
「もう、買ってきた……メイベルのね、飼ってる猫にそっくりなアニマルバッグがあったから。それにした……」
「へー、喜びそう。いいね」
「ん、あとヘアオイル……綺麗なのがあったから。ノアは? 何にするの?」
「あ~……俺は」
ついうっかり、俺と言ってしまった。どうしよう。辺りを見回してみると、誰もいなかった。店の店員は厄介そうなおばさんに捕まって、あれやこれやと質問責めにされているし。良かった、ほっとした。駄目だ、今の俺はどこからどう見ても可愛い女の子なんだから。声を変えるネックレスも付けてるんだし、気を付けなくちゃな……。
「まだ迷ってる。アレンやマリエルさんみたいに、別に優勝したいとか思ってないし……」
「そっか、難しいね。被らないようにしなくちゃ駄目だし……」
「そ、そうだね……お菓子とかも、ヘンリーやアレン辺りが贈りそうだしなぁ~。どうしよ、本当に」
「見てくる? マリエルとあたし、この店にずっといるから……」
「あっ、じゃあ、そうさせて貰おうかな? 見てくるよ、俺。マリエルさんによろしく、何か忙しそうだし」
「ん、行ってらっしゃい……」
「行ってきまーす」
眠たそうなシェヘラザードに手を振って、店を後にする。さて、どうしようか。何にしよう? 当日は彼氏とデートだし、渡せるかどうか。
(いや、調整してみるか……昼間のデートにして。忙しそうだし、最近)
目の下にクマを作って笑い、「当日は絶対に時間を作るから」と言われても困るだけだ。そうしよう、あいつも夜は家に帰ってゆっくり休めばいい。いや、ワーカーホリック気味だから、そのまま仕事しそうだけど。もんもんと考え事をしつつ歩いていると、ふと、ショーウィンドウに飾られたドレスに目が吸い寄せられる。
スポットライトに眩しく照らされたそれは、薔薇色のオーガンジードレスだった。
腰には深い緑色のリボンが巻かれ、身頃部分は、あえやかな薔薇色の生地で出来ている。幻想的にふんわりと重ねられたオーガンジーのスカートは、金と銀の煌きを放ちながらも、朝露の中で咲き誇る薔薇のような色合いを含んでいた。
(うわっ……高そう。でも、絶対に似合うな。これ)
滑らかな栗色の髪を持った彼女が着ると、それこそ、妖精のお姫様みたいに可愛くなるんだろう。足元に置かれた、淡い薔薇色のパンプスも気になる。絶対に絶対に似合う。
これを着せて、緑色のベロアリボンチョーカーを付けたい。いや、メイベルちゃんの素朴な可憐さを引き出すのなら、小粒のぺリドットが付いたネックレスか。イヤリングはどうしよう、パールとか?
食い入るように見つめていたら、中の店員と目が合った。にっこりと微笑みかけられたので、渋々入る。
「いらっしゃいませ~。これ、この間入荷したばかりのものなんですけど、人気なんですよ~」
「あの、これ……えーっと、値札は」
「こちらになります~」
(うわ、高……)
本当に人気なのか、これ? 本当にこんな価格のドレスを「きゃ~! 可愛い!」だなんて言って買うのか? みんな。いや、でも、祝祭も近いし売れてそうだ。だけど、どうしよう? 流石に気を使わせてしまうか……この価格帯のドレスだと。それに、ただの女友達なんだし。彼氏に変な疑いをかけられても嫌だぞ、俺。
「ん~……悩みます。あ、他の色ってあります? このドレス」
「ありますよ~。こちら、奥の方にミントグリーンと紺色がございまして……」
「紺色とミントグリーン……」
紺色はシックで大人な雰囲気だった。三十代から四十代ぐらいの女性が着て、似合いそうなやつ。ミントグリーンは今いちだった。顔色が悪く映りそう。色褪せて見える。さっきの薔薇色の方がいいな、これ。
じゅわりと滲むピンク色のティントや、青みピンクのアイシャドウと合わせると、本当に可愛いんだろうな。メイベルちゃんは色も白いし、よく似合いそうだ。髪の毛は編み込み。いや、巻くか? そう言えばアレンが巻いてたな、この間。巻いてって頼もうっと。
(駄目だ、つい……いつもの癖が。しまった。どうしようかな……買うか? でもなぁ~)
別に、貯金もあるしいいんだけど。でもなぁ……。悩んでいると、店員がにこにこと笑って「試着なさいますか?」と聞いてくる。いや、俺が着るやつじゃないし。これ。
「あー……友達へのプレゼントにしようかと。そう思いまして」
「ああ、なるほど……」
(反応が薄い。まぁ、そりゃそうか。こんな価格のドレスをぽんと買って女友達に贈るとか、金持ちしかしないよな……そんなこと)
少しだけ迷ってから、購入を決めた。何だかんだ言って、俺もメイベルちゃんに相当甘い。いや、それに何よりも、この綺麗なドレスを見せたら心の底から「わぁ~! 綺麗! すごい!」って言って、目を輝かせるんだろうなと思うと。
その瞬間の笑顔を、見たくなってしまった。彼女の無垢な部分や、屈託の無い笑顔は妹によく似ている。ぎゅっと拳を握り締め、俯きながら言われたことを思い出す。
『私、普通のお兄ちゃんが欲しかったのに……』
深く傷付いた。もう、この家にはいられないと思った。可愛い妹。気にしなくて良かったのに、何も。
(あ、駄目だ……泣けてきたな。でも、絶対にこれ。あの子の方がよく似合うんだろうな……)
無理か、受け取って貰えない。どうしているんだろう、今頃。もう、このまま一生会えないんだろうか? ずきりと胸が痛んだが、白い紙袋を提げて歩く。きっと喜んでくれる。アレンの気持ちが少しだけ分かった。あ、でも、俺が優勝を狙ってるって勘違いされるな。
(あっ、やばい。マリエルさんも服にしそうな感じだったじゃん……うわ~、どうしよ。被ったな、完全に)
さっきの店に戻ってみると、クラシカルなケープマントと編み上げブーツと、ふわふわの白いマフを買っていた。すげえ、散財が俺の比じゃない。高級店だったから、全部で家賃のような金額が表示されている。
それを、あっさりとブラックカードで支払っていた。聞くと、客から貰っているクレジットカードらしい。
「いいのよ、好きに買い物していいって言ってたから」
「そうですか……」
「それでジェラートを三個ぐらい頼もう、マリエル……」
「っふふ、シェラの贅沢はそれなのね? いいわよ、頼みましょう。ノアもありがとう、付き合ってくれて。疲れたでしょう? 奢るわ。って、あら? それ……」
マリエルさんが俺の持っている紙袋を見て、不思議そうな顔をする。だよな、気になるよな。だってどこからどう見ても、高級店のやつだし、これ…。
「あっ、ああ。これ? 凄まじくメイベルちゃんに似合いそうなドレスがあって。それで」
「え~、あとで見せて欲しい~。どんなの? ねぇ?」
「淡い薔薇色のオーガンジードレス……」
「いいわね、似合いそう。あっ、それに合わせてパンプスでも買いに行っちゃう? アレンが知ってるでしょ、靴のサイズ」
「ん……怖いぐらい、よく知ってるから。アレンは……」
三人でジェラートをゆっくり食べてから、合流する。何故か、ヘンリーが一番疲れた顔をしていた。そんなに真剣に選んでいたのか?
「それで? アレン。お前は一体何にしたの?」
「うるせぇな、クソババア。お前には関係無いだろ?」
「メイベルちゃんがいないからってお前、強気だな……」
「マリエルさん、靴のサイズを聞くんでしょ……?」
二人が喧嘩しそうだったので、止めに入ると、アレンが訝しげな顔をする。
「あ? 靴のサイズ? 二十二.五。あと選ぶのならスエード調か本革だな。エナメルはぴかぴかしてて苦手って言ってた。あと色は淡いパステルグリーン、ピンク、明るいイエロー、爽やかなブルー。ヒールは低めのやつで。五センチ以上のものを履くと、腰が痛くなるって言ってたな、そういや。でも、あいつ、学生の頃にヒールが高いパンプスを履いてさ、エスカレーターですっ転びそうになってから怖いんだとよ。駅のホームに落としたこともあるみたいだし。だから選ぶのなら足に優しいタイプ、なおかつベルトがあってヒールが低いものな? あと、リボンが好きだって言ってた。無条件で欲しくなるらしいぞ。ただ、爪先が隠れているシンプルかつ上品なものが一番使いやすくて、好きだって言ってた。あと、他に何か聞きたいことは? あ、どうだ? 参考になったか?」
しんと、痛いほどの沈黙が落ちる。がやがやと賑やかに人が行き交うショッピングモールにて、ハリーがぼそっと「わぁ、手遅れなんだ……」と呟く。マリエルがにっこりと笑い、両腕を組んだ。
「いいえ、特に無いわ。最高によく分かったもの、ありがとう。さ、じゃあ帰りましょうか。よく考えたら、メイベルちゃんの負担になっちゃいそうだし。パンプスまで買ったらね」




