23.魔術師と彼女の頑張りはあらぬ方向へと向く
みんなが最近優しい。
(優しいというより、怖くなっちゃったのかも?)
どうしよう。どこでもういいよって言ったらいいんだろう。アレンが気難しい顔で、私のお皿の上に、小さなシュークリームを沢山盛っていた。何故か私の後ろに立ったヘンリーやハリー、フレデリックも「いいぞ! その調子だ!」と言っている。
嬉しいんだけど、ちょっとだけ恥ずかしいかも……。白いニットに赤いカチューシャを付け、デニムを履いたメイベルがもぞもぞと、居心地悪そうに手を組んで動かす。
「あ、あの……アレン? 私ね、帰らないから。だからだいじょうぶ、」
「いいや、俺は気が付いたんだ……そもそもの話、弟が不安になったのは俺が原因なんじゃないかって」
「それはその通りだけど、変な方向にいっているんだよな。アレンは……」
「ヘンリー、ヘンリー。俺、あとであのゼリー貰えるかな……?」
「ゼリーじゃなくてシュークリームだよ、ハリー。貰えるんじゃないか?」
「いや、でも、それ、俺が買ってきたやつなんだけど……?」
クマちゃん柄のワッペンが付いている、紺色セーターを着たアレンがかちかちと、銀色のトングを鳴らした。お母さんからの贈り物らしい。可愛くてよく似合っている。ほのぼのしちゃった。
「俺は……俺はきっと、お前への配慮が足りなかったんだよな? 何のけなしにデブとか言っちゃったし。俺はもうちょっとちゃんと、お前のことを気にかけるべきだったのに……だから弟も不安になってしまったんだ。きっとそうに違いない。だからあんな風に怒って、急に連れて帰るって言い出したんだ。あ、このシュークリームは全部お前のだから。好きなだけ食えよ。あと全部は食べ切れないだろうから、防腐魔術もかけておいた。一週間以内に食ったらいい。あとそれから、お前は全然太ってないから。むしろもうちょっとだけ太っていた方が、見ていて安心だからな? 大丈夫だからな? なっ?」
「俺はそんなお前を見ていると、ものすごく不安になってくるんだが……?」
「どうしよう、アレンが何かの菌に感染しちゃった。病院に連れて行かなきゃ」
「てか、俺のシュークリームなんだけど……?」
「ああ、駄目だ。全然、こんなんじゃ全然足りない……ああ、フレデリック。あとで金は払うから。何なら同じ物を買ってくるから。メイベル、大丈夫か? あと欲しい物は? 何かあるか? 俺にして欲しいことは?」
切羽詰まった顔のアレンを見て、硬直する。一体どうしちゃったんだろう……顔色も悪いし。そんなに私の弟が来たのが嫌だったのかな? 帰らないって言ってるんだけどな……。固まっている私を見て、すうと、ヘンリーが深く息を吸い込んだ。
「もうこれはマリエルさんを召喚すべきだ! 俺、呼んでくる! ついでにノアとシェラさんも呼んでくる!」
「……それで? アレン。何がどうなってそうなったのかしら?」
「いや、俺の気遣いが足りないんじゃないかって……」
部屋でゆっくりしていたマリエルを呼びつけたことが申し訳なくて、椅子に座って縮こまっていると、シェヘラザードとノアがやって来た。今日のノアは黒髪で、綺麗な淡いブルーと乳白色が混ざったニットを着ていた。私の背後に立ったシェヘラザードは、深いベリー色のニットを着ている。
「メイベル、気にしなくていいから……マリエル、降りようとしてたし」
「そうよ、メイベルちゃん。また女子会でもしようと思ってたんだけど……ねぇ?」
「いや、俺は今までの行動を振り返って、改めてメイベルにもっと色々すべきという考えに至っただけで……てか、何でお前らキッチンの方にいんの? 生贄の羊か? 俺」
「頑張れ~、アレン。マリエルさんに矯正して貰え~」
「もはもう、もふ、もっ、もっ」
「ちょ、ハリー。汚いな、お前……クリーム、ぼったぼった零れてるってもう!」
キッチンの方からこちらを見ているヘンリー達に笑いかけて、手を振ってみると、にっこり笑って振り返してくれた。楽しい……居心地も良いし、本当に帰る気は無いんだけどな。ほのぼのしつつ視線を前に戻すと、アレンが蒼白な顔で見てきた。
「俺……お前に全然何もしてやれなくて……だからウィルフレッドも不安になってしまったんだ。今まで何となく無意識でしてきたことを、もう少し意識的にすべきなんじゃないのかって。ごめんな、本当に今まで……」
「え? 今までの甘やかし、全部無意識でやってたの……? 頭おかしいんじゃない? アレン」
「うるせーよ、ノア。お前もあっち行ってろよ……」
「……アレンの頭がおかしくなっちゃった! マリエル、どうしよう……?」
「そうねぇ~、元々おかしかったけどねぇ~。今はさらにおかしくなってるわねぇ~」
柔らかな金髪を下ろしたマリエルが、綺麗なブルーの爪を見て溜め息を吐き、隣のアレンを白けた表情で見つめる。アレンは「あ? おかしくなってねーよ。別に。何か文句でもあるのか? クソババア」と返したあと、はっと我に返って私を見つめ、気まずそうに「……マリエル」と呟く。良かった、ちゃんと伝わってて! 笑っていると、ノアが深い溜め息を吐いて、私の髪を優しく梳かした。
「あのさぁ、アレン? 弟君はさ、超絶シスコンだから目の敵にしたんでしょ。きっとアレンが、メイベルちゃんのことが好きって、」
「そもそもの話、そこなんだよな……何でお前ら全員、そんな勘違いしてんの? 俺、別にメイベルに何もしてないけど?」
そこでしんと、みんなが静まり返る。い、一体どうしたんだろう……。アレンはものすごく妹が欲しかったんだけど、お母さんが嫌がって産まなかったから(ヘンリーとハリー談)、私を妹代わりにしているだけで。
「いや、でも。私を弟代わりにもしてるよね……?」
「もしもし? メイベルちゃん? 今のを聞いて、どうしてそんな言葉が出てきたのかな? 妹ならともかく、弟……?」
「あのね、ノア。実はアレンには、」
「いや、もういいから……とにかく、俺は今までメイベルにろくに何もしてやれなかったから。今度からはもう少し、色々と気を配って動こうかと……」
「メイベルちゃん、一緒に温泉にでも行かない? アレンはね、もう手遅れなの。好きに使うといいわ」
「は? 何が手遅れなんだよ? 俺はろくにメイベルのことを考えてないし、微塵も気なんか使ってなくて、」
「頼むうううううっ! アレンっ! 戻ってきてくれよ!?」
「おわっ!? ヘンリー!? 何だよ、お前!? どうしちゃったんだよ!?」
「俺の台詞なんだけど!? それ! お前、そんな性格じゃなかったじゃん!? 女子にも冷たかったじゃん!!」
「おっ、落ち着けって! 何でこうなるんだよ!? 理解不能なんだが!?」
温泉に浸かったマリエルが、零れた金髪を拾い上げ、溜め息を吐く。ちょっとした仕草でも色っぽくて優雅で素敵……。まるで、傾国の美女が宮廷の温泉に浸かっているみたい……。
「まったくもう……アレンもね、どうかしているんじゃないかしら。本当に。頭が」
「で、でも、すごく優しいんですよ……!!」
「それ、メイベルにだけ。あたしには大体、怒鳴ってくる……」
「俺にもかなぁ~。てか、誰にでも怒鳴ってるよね。キャンキャンと」
「でも、ああ見えて恥ずかしがり屋さんだし……」
「恥ずかしがり屋さん、ね。アレンが聞いたら、あーっ、もう! 叫んで背中掻き毟りそう」
「しそう……」
「するわね、絶対にね」
もくもくと白い湯気が上がる中で、マリエル達と笑い合う。寒いので、顎の下まで浸かって温まっていた。さっきまでひんやりとしていた手足が、温泉に包み込まれてじんわりと熱くなってくる。気持ちが良い。お家に温泉があるのって、本当に最高……。私が幸福な溜め息を吐いて、黄色いアヒルさんのお腹をぺこぺこと押していると、シェヘラザードが訝しげな顔で見てきた。
「それ、もしかして……」
「あっ、これもアレンからの贈り物なんです。私がね? 昔、黄色いアヒルさんを持っていて、うっかりお母さんに捨てられちゃったことを話すと買ってきてくれて」
「へー、もしかして魔術仕掛けのやつ?」
「そうなの! ほらっ、しゃぼん玉とかお花とかを吐き出してくれるんだけど……ええっと、ここのお腹を押したら? あっ、ほらほらっ、出てきた!」
「うわっ……本当に魔術仕掛けだった。どーせ、アレンがちまちまとかけたんだろうけど」
「私がね、オムレツ作ってくれたからだって。お礼」
「言い訳……」
「建前……」
「口実よね……」
「えっ!? あ、あの……?」
アヒルが動き出して、「クワッ、クワッ」と鳴いて、黄色いお花としゃぼん玉を吐き出してくれる。温泉の上にふわふわと漂うしゃぼん玉と、お湯に浮いた黄色い花を交互に見て、マリエルが深い溜め息を吐いた。
「それで? 前から聞こうと思ってたんだけど。メイベルちゃん?」
「はい? あっ、そうだ。アレンに貰ったシャンプーとリンス、持ってくれば良かったな……」
「……俺、アレンがメイベルちゃんのために店を買っても驚かないと思う」
「あたしは驚くかな……」
「私は別に驚かないわ。でも、不動産を買う前に指輪を買えって言って怒るけど」
「それは確かに……」
「指輪……?」
「メイベル、アレンのことどう思ってる? 好き?」
「好きは好きですけど、お母さんとしての好きです」
「「お母さんとしての好き……」」
どうしてそこで、みんな固まってしまうんだろう。アレンがものすごく妹が欲しくて、小さい頃に泣いていたことを話すと、何故かノアが嫌そうな顔になる。
「その話、誰から聞いた? メイベルちゃん」
「フレデリックさんとダニエルさんから……」
「なるほど……あのお馬鹿ちゃん達が、せせこましく頑張ってたのはよく分かったわ。なら、仕方が無いわね。それに、あの子もどうやら無自覚みたいだし?」
「怖いですよね、無自覚って……」
「ん、怖い。頭がおかしいと思う」
「えっ? ど、どうして……?」
アレンから貰ったアヒルを押していると、白くぴかっと光り輝いて、真っ赤な薔薇の花びらを生み出してくれた。ひらひらと天井から降り注ぐ薔薇の花びらを見上げ、マリエル達がもう一度、深い深い溜め息を吐く。
「……まぁ、考えたって仕方が無いわね。やめましょ、もう」
「そうですね、マリエルさん……メイベルちゃんもメイベルちゃんで、遠慮なくアレンに甘えるといいよ……」
「もっ、もう、かなり甘えているんだけど……?」
「アレンからしたら、物足りないみたい。もっと甘えてあげて、メイベル……」
「そ、そうなんですか!? じゃあ、そうしてみようかな……」
アレンが求めているもの。それはひょっとして、可愛い妹なんじゃ……。
(思う存分、可愛がれる可愛い妹……じゃあ、私がアレンにしてあげれることってそれよね? よし、頑張ろう! えーっと、でも、何をしたらいいのかな……)
ちゃぷちゃぷと、揺れているお湯の中で考え込んでいると、軽くのぼせてしまったみたいで。ノアからお水を貰って、シェヘラザードに髪を拭いて貰い、マリエルに扇いで貰っていると、ふと良い考えが浮かんできた。
「私! とりあえずアレンと一緒に日帰り旅行でも行ってみようかと……」
「「日帰り旅行……」」
「メイベルちゃん? 一体どうしてそうなったの? 私に教えてくれる?」
「えーっと、だって今、家具も作って貰ったしお菓子も貰ってるし……一緒にお出かけもしてるし、ご飯も作って貰っているし、この間はマフラーも貰ったし……」
「マフラーまで……」
「これ以上、どう甘えたらいいのかよく分からなくなっちゃって……だからです、マリエルさん。どうしたらいいんでしょう、私……」
「……じゃあ、メイベルちゃんがアレンと一緒にしたいことをすればいいんじゃない? 旅行以外でね?」
「一緒にしたいこと……?」
何だろう、それって。美術館にも博物館にも行ってるし、ご飯も一緒に食べに行ってるし、この間はハーブ園に行ってリース作りもしてきたし……。夜にブランコに乗りたいって言ったら、付いて来てくれたし。あっ、そうだ。
「祝祭も近いし……みんなへのプレゼントを一緒に買いに行きたいです……!!」
「可愛いわぁ、メイベルちゃーん……癒されるぅ! 好きっ!」
「ふわっ!? ほわっ」
「俺もメイベルちゃんへのプレゼント、買いに行こうっと。あ、そうだ。シェラ、せっかくだから一緒に行く?」
「行く。ノアはうるさくないから好き……一緒にいてて楽」
「分かる。俺もだよ……あいつら、全員うるさくて本当にやだ。間違っても、ハリーやフレデリック達と一緒に買い物なんて行きたくない……」
『まぁ、メイベル。大丈夫よ、そんなことで悩まなくっても……これからもっともっと成長して、社会に出て、素敵な男性と巡り会えたらきっと────……』
嘘吐きだと、そう思ってしまった私はきっと醜い。はっと白い息を吐き出して、夜明け前の庭を散策する。白い雪が積もっていた。深い紫紺色が塗り広げられた空には、小さな星々が煌き、ちかちかと揺れ動いていた。
辺りはぼんやりと薄暗く、月明かりよりも淡い、朝日が空の端を明るく染めている。もう少しで、空が真っ赤な色に染まる。あの、網膜を焼く色を見るのが好きだった。
(……馬鹿だな、私。早く大人にならないと、割り切らないと……)
アレンから貰った、優しいアイボリー色のマフラーに手を添え、俯いた。地面には雪が積もっていた。ピチピチと、頭上で野鳥が忙しなく囀っている。世界が始まる前の、この音が好き。みんなが寝静まっていて、起きたら学校や仕事に行くの。私は一足先に起きていて、今はまだ、静かに眠っている誰かに思いを馳せる。
今日もどこかで珈琲が沸いて、「行ってきます」の挨拶が交わされる。なんて平和なんだろう。ひっそりと、雪が積もった庭でどこかの誰かに思いを馳せる。悲しいのも、苦しいのも。まだこの胸に残っていて、その塊が苦くて苦くて、嫌になる時もあるけど。でも。
「私ね、アレン……こうやって一人で悲しく佇んでる時に。木の陰から見守ってくれるような友達がいて幸せ」
「……えっ!? ばれていたか……いつ、いつから気付いてた?」
「ちな、ちなみに俺もいるよ、メイベル……」
「ダニエルさん! 大丈夫ですか? 頭痛の方は……」
「だい、大丈夫……今、リビングで。アレンと話してて」
「トイレに起きたら、ダニエルが廊下で泣いてて……それで」
「やっぱり優し~、アレン。ちょっと待ってて。今、そっちに行くから」
ざくざくと、雪を踏みしめて近寄る。おずおずと木の後ろから、黒いコートを着たダニエルとアレンが出てきた。お揃いみたいだ、可愛い。くすりと笑ってまた一歩近付き、その手に手を重ねる。
「おはよう! アレン。遅くなっちゃったけど……」
「おはよう、メイベル。大丈夫か? お前。リビングの窓からその、見えたからうっかり来ちゃったけど。一人になりたいか?」
「あれ、アレン。俺もおはようがしたいのに、口が挟めない……!!」
「あ? お前がとろいからいけないんだろうが。俺はそんなに喋ってないぞ?」
「おはようございます、ダニエルさんも」
「うん、おはよう……メイベル」
伸びてきた黒髪を結び、黒縁眼鏡をかけたダニエルが、ほんのちょっぴりだけ笑う。最初の頃と比べて、笑顔が増えてきたみたい。良かった。両手を伸ばして、その手袋を嵌めた手を握り締めると、また嬉しそうに笑う。
「さっ! ご飯でも食べに行きましょうか? ダニエルさん」
「えっ? で、でも……」
「いいよ、別に俺らに気を使わなくても。せっかくだから、あー……雪でウサギでも作るか?」
「ウサギ! 作りたい! でも、寒くない? 大丈夫?」
「ほら……さん、三人でちょっとだけ遊びたいな、俺も……」
「そうしましょうか、ありがとうございます! ちょっとだけその、私、昔の夢を見て。だからそれで」
庭にいた説明をすると、アレンがこくりと頷く。ざくざくと、三人の足音が夜明け前の薄暗い庭に響き渡っていた。
「今度悪夢避けのサシェを買ってくるな、俺」
「だ、大丈夫だよ? あっ、でも」
「ん? どうした? お前がこの間、もう一度食べたいって言ってたラムレーズン入りのパウンドケーキの方がいいか? それとも、ベイクドチーズケーキ?」
「そっ、それも食べたいかな、私……!!」
「よし、分かった。じゃあ買ってくるな、俺」
「あ、アレン……今度、メイベルの好きな食べ物を教えて欲しい……」
「ん? 本人がいるんだから聞けばいいじゃん、直接」
そんなに色々と買って貰ったら申し訳ないし、断ろうかと思ったんだけど。
「私、アレンの可愛い妹になれるように頑張るね……!!」
「俺もそれは応援してるよ、メイベル。頑張れ!」
「すげぇ、いつになくハキハキ喋るじゃん、ダニエル……一瞬、誰かと思ったよ。俺」




