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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
25/134

21.魔術師 VS 弟 そして、ヘンリーの奮戦

 




「ウィル~! ごめんね、ばたばたしちゃって! いらっしゃい~、わぁ、お菓子?」

「うん、姉さんの好きそうなの買ってきた。あ、これ。どうぞ皆さんで食べてください」

「礼儀正しいな、十九歳……」

「ウィルフレッド・ロチェスターです。貴方がええっと、フレデリックさん?」

「おっ、よく分かったな。どうも初めまして」



 フレデリックが手を差し出すと、曖昧に笑ってその手を握り締める。どうしよう、大丈夫かな……緊張しているのかな。玄関先で話すのも何だし、ということでリビングに移動する。ダニエルは「やっぱり無理……」と呟いて、ソファーの片隅へ逃げてしまった。いつもの赤いハート形のクッションを抱え、黙り込む。



「あー、えーっと」

「気にするな。えーっと、ウィルだっけ? 俺はアレン・フォレスター。よろしく」

「……ああ、貴方が。いつも姉から話を聞いていますよ」

「へー、あっ。そうだ、コートコート」

「俺、ハンガー持ってくるよ!」

「おい、やめろ。ハリー、お前はじっとしてろ!!」

「はいはい、座ろ。座ろ。こっちに来てくれるかな? えーっと、ウィル君にメイベルちゃん」

「あっ、うん。あのね、ウィル? ヘンリーにあれは禁句だからね……?」

「ん、分かった。あ、何か良い匂いするな……」



 するりと重たそうな黒いロングコートを脱ぐウィルフレッドを見て、感動してしまった。すごく久しぶり……!! 灰色のニットと黒いズボンを履いていた。相変わらず格好良いし、背も高い。そのまま椅子に座ろうとしていたけど、久しぶりに会えた喜びが抑え切れなくなって、その腕を掴む。



「ウィル~! ちょっと背が伸びたんじゃない!?」

「そうかな。姉さんは相変わらずだよね、本当」

「やだ、冷たい! 可愛い~!」

「ちょっ、頭崩れる……一応セットしてきたんだけどな」

「そのままでも可愛いのに~、久しぶり~、この頭~!」



 わしゃわしゃと私と同じ栗色の髪を撫でていると、パジャマ姿のハリーが向かいに座りつつ笑う。



「何か本当、メイベルちゃん。お姉さんだよね……」

「あの、貴方は……何でパジャマなんですか?」

「あ、俺はハリー・ヒューズ。どうぞよろしく。あと、パジャマ以外の服が見当たらなくて……」

「気にしなくていいぞ、メイベル弟。そいつの頭はおかしいから。社畜だからな」

「うるせーぞ、アレン!! 社畜の頭がみんなおかしいと思うなよ!! まともな社畜だっていっぱいいるんだからな!?」

「はいはい、どうどう、落ち着いて……」

「お、アレン。俺も手伝う~」



 フレデリックが席を立って、盛り付けを手伝いに行く。そうだ、みんなで踊るよりもご飯の支度をした方が良かったかもしれない……。今更なことに気が付きつつ、二人で座って笑い合う。



「でも、良かった。元気そうで。あ……ありがとうございます。アレンさん」

「ん、ミントウォーター。これから飯だからな~、一応メイベルからアレルギーとか聞いて作ってみたんだけど。口に合うかな……どうかな」

「……ありがとうございます。きっと大丈夫ですよ」

「ウィル、お父さん元気? お母さんは? あっ、マリーちゃんは? 元気?」

「みんな元気だよ。姉さんがいなくてちょっと淋しそうだけど」

「確か、メイベルが高校生の時に拾ってきた猫だっけ? 写真見せて貰ったけど、美猫だったな。あとほい、お前には檸檬のやつな」

「ありがとう~。そうそう、美猫なの~」



 アレンから、檸檬の輪切りが浮かんだコップを受け取る。ウィルフレッドが不思議そうな顔で、じっと見てきた。



「あ、飲む? ウィルもこれ」

「悪いな、お前もこれにするか? メイベルはミントチョコなら食べれるんだが、ミントウォーターは苦手でな……」

「そうなの、ごめんね……」

「いや、別に」

「すごいですね、アレンさん。気配り上手ですね」

「あれだから!! 弟君、メイベルちゃんにだけだから!」

「そうそう、メイベルちゃんにだけ! アレンはメイベルちゃんにだけだから!」

「あ? お前ら、黙って凝視してたくせに何だよ……」

「「俺らの分は……?」」

「知らん。唾でも飲んどけ」

「えっ、ひど……」

「差別だ、差別! 社畜に対する差別だ!! 社畜は唾でも飲んで生きて行けってか!?」

「うん」

「おい、お前な……」

「アレン……」



 じっと見てみると、嫌な顔をして「ちょっとふざけただけだろ。持ってくる」と言って去って行った。うん、やっぱり優しい。ほのぼのとその後ろ姿を見送っていると、ふいにヘンリーが話しかけてくる。



「なぁ、ウィル君だっけ? アレンからシスコンっぽいって聞いたけど……」

「えー? やだなぁ、あの人、そんなこと言ってたんですか? 姉さんに?」

「あれ……? 笑顔なのに威圧感強くない? 本当にメイベルちゃんの弟……?」

「えっ、酷い! 可愛いでしょ!? あれじゃない? ハリー、寝起きで目が開いてないんじゃない?」

「うわ、珍し~。メイベルちゃんがそんなこと言うのって」

「ふふっ、私がブラコンだと思う……」

「ひっどい!! メイベルちゃんには優しくして欲しいのに!! 大丈夫? って小首を傾げながら俺の足をためらいがちに踏み潰して欲しいのに!!」

「足……?」

「うん、踏んでるの。ええっと、ハリーのストレス解消になるみたいで……ごめんね、冷たくしたつもりはなかったんだけど……」



 謝ると、べそべそと泣きながら「恨んでやる……恨んでやる」と言って、睨みつけてきた。どう、どうしよう……。ヘンリーが苦笑してなだめようとしたその時、キッチンの方からアレンが飛んでくる。



「おい! ハリー、お前っ、つまみ出してやろうか!?」

「うわあああああっ!? 出てきたぁ、びっくり箱だあああああ! 飛び出てくるアレンだぁ!」

「うるせーよ、商品みたいに言うんじゃない! 初対面の人間の前でくらい、しゃんとしろ! お前は!」

「無理! それが出来たら苦労しない!」

「うるせえ! 開き直んな!!」

「あーっと、ごめんね? ウィル君、いっつもこんな感じでうるさくて」

「おーい、配膳手伝ってくれよ。アレン……」

「あ、俺も、てつ、手伝う……」



 ダニエルが裸足でぺたぺたと歩きつつ、キッチンの方へ向かう。すかさずウィルフレッドが「どうも初めまして」と挨拶すると、ぎこちなく笑ってから「ダニエル・ウォントです……よろしく。一応家主です」と呟く。す、すごい! いつもはインターホンが鳴っただけで、テーブルの下に逃げ込むのに……!!



「ダニエルさん、すごいですね……!! でも、私の弟は優しいから大丈夫ですよ!」

「あっ、う、うん。いつも、褒めてくれてその、ありがとう……」

「へー、ここの……大家さんなんですか」

「そ、そうです……」

「家賃下げてくれたりとか、車出してくれたりとか、何かと親切で良い大家さんなんだよ~」

「車ぁ!? 初耳なんだけど!? 俺! ダニエルさん!?」

「へー、あれかな。空飛べたりするのかな……」

「悪い、ハリー。眠いのならちょっと眠っててくれないか……?」

「そうする! おやすみ!!」

「これから飯だってことを、誰一人理解していないんじゃないか……?」

「あっ、てつ、手伝わなきゃ……」



 ウィルフレッドが物言いたげな顔で見てきたけど、アレン達が運んできたすごく美味しそうな昼食の数々を見て吹っ飛んでしまった。



「わ~! 美味しそう! アレン、いつもありがとう……!!」

「ん、ほい」

()()()……?」

「ああ、最近はこの二人。ずっと一緒にいるんだよ。休みの日にでもな、二人で飯を作ったりしてる」

「へー……フレデリックさん、それ、後で詳しく聞かせてください」

「あっ、はい。分かりました……」

「何で堅くなってんの? お前」

「アレンにはこの、不穏なシスコンオーラが伝わってないんだな……?」



 テーブルの上にはそれぞれ、青い幾何学模様のランチョンマットと赤いランチョンマットが敷かれ、中央には白く柔らかそうな薔薇が飾られていた。出てきたのは鹿肉の赤ワイン煮込みと、オレンジソースがかけられた甘いホタテと海老のサラダ、私が好きなビシソワーズと胡桃とオレンジのパン、それに揚げたイカと小さな皮付きポテト。



 そんな料理を見て、何故か向かいに座ったヘンリーとハリーとダニエルが暗い顔をする。フレデリックは早速ミントウォーターを飲みつつ、「まぁ、アレンって感じだよな……」と呟いていた。



「えっ? 何? おい、わい……?」

「なぁ、アレン。メイベルちゃんの弟が来るって決まったの、ついさっきなんだけど……?」

「あー、元々晩飯にこれを出そうと思って作ってて」

「「朝から……?」」

「何なんだよ、さっきからお前らは本当に……」

「えっ? だって鹿肉の煮込みって。このサラダだってそうだし……」

「メイベルがな、ジビエ料理の店に行きたいって言ってて。でも遠いし、そこまでさせちゃうのも何だからって言ってて。ちょうど一昨日筋肉痛になって落ち込んでいたし、ついでだと思って買ってきて作った。何か文句でも?」

「えっ? 文句と言うか……えっ? 皿とチョコマフィンもあげたのに……?」

「筋肉痛って……? え? は?」

「鹿肉は栄養豊富だから……」

「「知ってるよ、それは!!」」

「すっ、すごいね。今日は息がぴったりだね、ヘンリーとハリー……」



 どうして、気まずい空気が流れているんだろう。ダニエルは綺麗に盛り付けられた料理の数々を見て、「うん、分かってた。うん……」と落ち込みながら呟いているし、フレデリックは遠い眼差しで「俺達の知るアレンはもういないんだな……」と言っていた。でも、すかさず隣に座ったウィルフレッドがにこやかな笑顔で、アレンに礼を言う。



「ありがとうございます、アレンさん。俺、煮込み系が大好きなんですよ」

「あー、そんな顔してるもんな」

「どんな顔だよ、アレン……」

「でも、上質なマフラーとかいっぱい持ってそう」

「メイベルちゃんの品の良さが受け継がれてるよなぁ~」

「美味しく頂きますね。それに何か、姉が普段からお世話になっているみたいで……貴方に」

「あっ、うん! そうなの! 昨日もね、実は……」

「おい、メイベル」

「あっ、ごめ、ごめんなさい……」

「実は!? 何!?」

「俺達に隠れて、こそこそと親切にしやがって!!」

「一体どういう怒り方なんだよ、ハリー……」



 フレデリックが爽やかな笑顔で「まぁまぁ、食べよう。かんぱーい」と言ってグラスを持ち上げたので、みんなで笑って乾杯をした。まずひんやりと濃厚で美味しいビシソワーズを掬って飲み、味わう。



「ありがとう、アレン。とっても美味しい……」

「ん。あとそっちのアボカドディップも、お前が好きそうな味にしてあるから。おい、ヘンリー……」

「アレン、俺のために作ったんじゃなくて……?」

「いや、まぁ、アボカドを潰したのはお前のためかな……?」



 いきなり肩をがっと掴まれ、アレンが目を彷徨わせて呟く。微笑ましくて可愛い……。木籠に盛られた胡桃とオレンジのパンを手に取ると、すかさず「あっ、これが発酵バターだから。あとお前が気に入ってたハーブバターな」と言って、バターが入ったお皿をくれる。



「ありがとう。あれ、バターナイフは……?」

「ほい。確かこれで良かったよな?」

「うん! ありがとう! この木の取っ手が付いたやつがお気に入りで……」

「姉さん、あれだね。電話で言っていた通り、本当に仲が良いんだね? 皆さん、いっつもこんな感じなんですか? この人は」

「あっ、はい……」

「そこの二人はあれだから、しょっちゅう自分達の世界に入ってるから……」

「アレンが口を挟む暇も無いくらい、怒涛の勢いで甘やかしてるから……」

「で、でも、メイベルにとってアレン、おか、お母さんみたいな存在だって……」

「へえ、お母さん」



 メイベルの弟、こわい。すかさずハリーと一緒に隣のアレンを見てみると、何も分かっていない様子で「ああ、そうなんだよな~。俺、何回もこいつにお母さんって呼ばれていて」と呟く。



(あれ? アレンって、ここまで鈍かったっけ……?)



 胡桃とオレンジのパンにバターを塗っているメイベルが、笑顔で「そうなの! 私のお母さんみたいな存在なの~!」と話している。ああ、うん。君はそうだよね……? そういう反応だよね。



 ごくりと唾を飲み込み、スープを掬い上げた。フレデリックさんは早々に戦線離脱するつもりなのか、「ちょっと頭が痛くなってきたかも……!?」と額に手を当てて呟いている。嘘だろ、お前。逃げる気なのか。わざとらしいぞ、その仕草。



「あー……ええっと、弟君ならではの、メイベルちゃんエピソードとか聞きたいなぁって」

「えっ? 何ですか? それ」

「えっ、やだ。恥ずかしい! 私、おっちょこちょいだから色んな人に沢山迷惑をかけてきて……」

「そう言えば、母さんが駄目だって言ったのにクッキー盗み食いしたりとか、」

「わーっ! やめてよ、ウィル!」

「ああ、そうそう。祝祭の日の朝に食べる予定だったジンジャークッキー、我慢できなくて夜の間に十六枚も食べたやつだっけ?」

「そうそう~、よく覚えてるね、アレン~」



 嘘だろ、お前。マジか。何でそんなに細かい数字まで覚えてんの? てか、俺がせっかく凍てついた空気を何とかしようと思って出した話題なのに……軽く銃をぶっ放した気分だ。つらい。おそるおそる振り返ってみると、帆立を口に運びながら「ああ、あと、雪の日にソリ滑りをして骨折した時の話とか聞きたいな、俺」とか言ってる。



 いや、絶対隅々まで知ってるじゃん……お前。今更聞く必要、ある? おののいていると、隣に座ったハリーがこほんと咳払いをした。これは絶対余計なことしか言わないやつ、今から余計なことを言いますよのサインじゃん。それ。



「アレンはさ、メイベルちゃんの辞書なんだよ! メイベルちゃんのことなら何でも知ってる! 下手するとスリーサイズなんかも、」

「知る訳ないだろ……足のサイズなら知ってるが」

「知ってるのかよ」

「あっ、この間一緒に出かけた時、靴底が外れちゃったから……」

「どうせ新しい靴も買ったんだろ、知ってる」

「えっ? 何で知ってんの? ヘンリー……ああ、レシートと靴箱を見たのか」



 見る訳ないだろ、そんなん。ただの予想だよ、予想。お前みたいに、メイベルちゃんの靴を毎日チェックしてる訳ないだろ。ひっそりと雪道用スパイクなんて付けやがって。その後も外れてないかこまめにチェックしやがって。



 そんなツッコミを飲み込み、胡桃とオレンジのパンを引き千切る。これもメイベルちゃんが好きなやつ。最近、メイベルちゃんの好きなパンしか出てこない。俺の好きなレーズンパンとか絶対出てこない。向かいに座ったウィルフレッドが口元を引き攣らせ、「本当に仲良しなんですね……」と呟く。げ、限界が来てらっしゃる……!!



(どうしよう、ダニエルさんは頼りにならないし……ハリーは言うまでもなく駄目。本当に駄目。唯一の頼みの綱と言えば、フレデリックさんか……?)



 首を伸ばしてアレンの向こうに座っているフレデリックを見ると、「ああ、任せろ!」と言わんばかりに頷いてくれた。流石は年長者、意外と頼りになる……。



「そうなんだよ、この二人は本当に仲が良いんだよ! 付き合う気ないの? 二人とも」

(嘘だろ、お前!? マジか!!)



 いきなり爆弾を投げやがった。俺には見える、メイベルちゃんの弟君の中でどーんとそれが爆発したのが見える! にこにこ笑顔だけど、あれは絶対にブチ切れてる! てか、一緒に二人の恋を妨害しよう作戦はどうなったんだ? お前、まさかこの期に及んで祝う気になったんじゃないだろうな!?



「は? 何言ってんの? フレデリック。ただの女友達だよ、ただの女友達」

「う、うん。私もアレンのこと、そういう目で見たことないから……」

「まぁ、姉さんはそうだよね。アレンさんはともかく。……アレンさんはともかく」



 何で二回言う必要があったの? ウィルフレッド君。そんなことすら言えずに、口の中のパンを飲み込んだ。ついさっき、パンを食べようとした自分が憎い。てか、味がしない。誰か助けて……。



 そこで一番左端に座ったダニエルさんがもぞもぞと動いて、「うん……アレンも、メイベルも。仲が良いけどそういうことじゃないから……」と呟く。ナイスアシスト、淀みなく言えてるし。そこで隣に座ったハリーが、またしてもこほんと咳払いをした。お前、またなのか。また余計なことを言うつもりなのか?



(いや、でもフレデリックさん以上に余計なことは言わないだろ……)



 俺が両目を閉じて、鹿肉の煮込みを切り分けていると、ハリーがとんでもないことを言い出しやがった。



「ただの女友達にしては距離が近いよね! この間もメイベルちゃんのヘアアレンジして可愛いって言ってたし! 写真も撮ってたし!」



 はい、アウト。アレン、どーせお前のことだからメイベルちゃんが雑誌を見て「これ可愛い~!」って言った髪型を「あ、じゃあ俺がやってやろうか?」って言って、したんだろ? 分かる、俺にはよく分かる。洗面所からヘアアイロンを持ち出してきて、「火傷するから絶対に動くなよ……?」とか言いつつ慎重に巻いてたんだろ? 目に浮かぶかのようだ、知ってる。



「ああ、あれは鏡だけだと、後ろの方が見えなかったから……」

「あのね、巻いてもくれたの! 丁寧に! アレンは本当に手先が器用で……」



 嘘だろ、何でそんなに鈍いの? あっ、俺達のせいか。日々「ママだよ~、アレンは君のママだよ~」って洗脳してるからか。てか、ハリーもフレデリックさんも何なの? 何でこんな時だけ裏切るのかな? ウィルフレッドが笑顔で、みしっとパンを引き千切った。こっわ、もっと普通に千切ればいいじゃん……。あれは完全にゴリラの威嚇だよ、ドラミングだよ。アレンに対する威嚇じゃん……。



「まぁ、ウィルフレッドもメイベルのことが心配なんだろうけど。大丈夫だ、俺がバカどもを止めているから……」

「そうそう! 何も心配はいらないから! 大丈夫だよ~」



 嗚呼、メイベルちゃん。少しは弟君のどす黒いオーラに気が付いてください……。てか、アレン。何で気が付かないの? そんなに鈍かったっけ? お前。あと心配なのはお前だから。弟君にとって、一番邪魔で脅威的なのはお前だから……。するとその時、メイベルちゃんの魔術手帳がちりんっと鳴った。お知らせのお姫様が出てきて、とっとテーブルの上に立つ。



「あっ、電話みたい。ごめんね? もしもし? フィオナちゃん?」

「大丈夫、気にしないで。姉さん」

「おう、冷めたら温め直してやるからな~」



 余計な一言だぞ、アレン。それ。と言うかとうとう、弟君と俺達だけになってしまった……。メイベルちゃんの後ろ姿を見送っていたウィルフレッドが座り直し、その栗色の瞳からすっと光を消す。こっわ……ゴング鳴った。メイベルちゃんによく似た顔立ちなんだけど、少しだけ冷たく整ってる。十九歳……。思春期だっけ、どうだっけ。



「単刀直入に言います。俺は姉を連れ戻しに来ました」

「えっ!? 何でだ!?」

「困る! 踏んで貰えないじゃないか!!」

「そ、それは、その、こま、困る……」

「ああ、まぁ、さっきから黒いオーラを漂わせてたしな……」

「フレデリックさん……それを知っていたのに、どうしてあんなこと言ったんですか?」

「俺は常に茨の道を歩みたい男! あと単純に、爆弾発言をしたかったから!」

「爆弾発言……? 何か言ってたっけ、お前」



 嘘だろ、アレン。きょとんとした顔をするんじゃない! メイベルちゃんの鈍さが移ったのか? なぁ? 



 厳しく眉を顰めているウィルフレッドが、それまで持っていたフォークとナイフをかちゃんと下ろした。あっ、ごめん。持ってて? ご飯食べよう、一緒にご飯……。どれもこれもアレンがメイベルちゃんのために用意したご飯だけど。記念日でもお祝いでも何でもないのに、ご馳走だけど。



 強いて言えば、メイベルちゃんが筋肉痛になっちゃったから? 慰めディナー的なあれ……。



「アレンさん。いや、アレン。お前は姉さんという美しい薔薇に巣食う悪い虫だ。毛虫でゴミ虫だ。そんな男が一つ屋根の下で、甲斐甲斐しく世話をしているのに置いておけるか!! 今すぐ連れて帰る!! 俺が今日中に荷造りをして姉さんを絶対に絶対に連れて帰る!!」

「わ、悪い虫だって……? 俺が?」

「まぁ、シスコンからしたらそうだよな……」

「えっ、こっわ。オンオフ激し……俺の社畜モードみたい」

「えっ? 普段、あれなんだ? ハリー……」

「うん……」

「うんって、おい」

「とにかくもだ!! 絶対に絶対に許さないからな!? 俺の目の前であてつけがましく姉さんとイチャイチャしやがって!! 銃があったらてめぇの頭をぶっ飛ばしてたところだよ!!」

「あっ、ナイフ……ナイフ持つのやめようか? ウィルフレッド君……」



 よく分からない。



(どうして、いきなり弟は怒り出したんだ……?)



 悪い虫? いや、俺がメイベルに優しくしているのはそれ相応の理由があって。ここで話す訳にはいかないが。いや、話す必要が無いことだが。どうして俺は今、弟にナイフを向けられているんだろう────……。



「おっ、落ち着けって。ナイフを置いて座れって……」

「落ち着けるかよ!! 許さん、絶っ対に許さん! 俺が、俺がせっかく全寮制と言う刑務所から帰ってきたというのに、せっかく姉さんと毎日一緒にご飯食べたり遊びに行ったりしようと思ったのに!! お前みたいな頭のおかしい男が姉さんにべたべたべたべたと、ナメクジのように纏わりついているだなんて……!!」

「纏わりついてないって、だから。おい、ヘンリー。ハリーもフレデリックもこいつに何か言って……」



 全員、すっと無言で目を逸らす。何故だ。そうこうしている内に、ふーっ、ふーっと息を荒げて立ち上がった。何でだ、何でこんなことになっているんだ……?



「とにかくもだ、姉さんは絶対に俺が連れて帰るからな! が、その前に」

「その前に……?」

「一人一人に聞きたいことがある……全て聞かせて貰おうか。姉さんという素晴らしく咲き誇る花によってたかってきたアブラムシどもが。くそったれ」



 その言葉にヘンリーが「いや、俺は何もしてないし……ハリーがしてるし、余計なことなら」と呟き、ハリーはハリーで「いや、俺は踏んで貰って頭乾かして貰って、膝枕してご飯作って貰ってるだけだから……余計なことならフレデリックさんの方が」と呟き、フレデリックが「いや、俺は……娘に関しての相談に乗って貰ってるだけだし。口説いたこともないし……余計なことならダニエルさんが」と呟き、ダニエルが「おれ、俺よりも……アレンの方が。しょっちゅう二人で出かけてるし……」と呟く。クソだな、全員。知ってたけど。



「そうか、アレンか……やっぱり貴様が一番の腫瘍でラスボスなんだな!?」

「お前の目に俺って、そんな風に映ってんの……? 初対面だよな……?」

「黙れよ、クソアレン。お前、何でそんなに甲斐甲斐しく姉さんの世話をしてるんだよ? 好きじゃないならどうしてそんなことをする? 言ってみろ」

「俺は……」



 語る必要が無いことだ。これは俺が勝手に、あいつに恩義を感じてやってるだけ。それに弟の笑顔と重なるから。意地張って、遠ざけて、拗ねて、あんなことしなきゃ良かったのに、最初から────……。







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