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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
21/134

18.夜の女子会にはお酒と暴露話を添えて

 





「わっ、シェラ。珍しいですね……そんなところで何をしているんですか?」

「ん~……たまには。みんなと喋ろうかなって」

「ぜひぜひ~、わ~、嬉し~」



 黒いタートルネックのニットと赤いキュロットパンツを着たシェヘラザードが階段に座って、ワインをぐびぐびと飲んでいた。豊かに波打つ黒髪をポニーテールにしていて、それが本当に可愛い。



「ん、よし。飲んだし、喋りに行く……」

「はい! ぜひ来てください~」

「メイベルちゃん? そこで何してんの? ってうわ、シェラ。またボトルを掴んで一気飲みしてる……」

「ノア。大丈夫、一気飲みはしてなかったよ~」

「いやいや、階段で飲む理由もよく分からないし。ボトル抱え込んでいてやばいし。まっ、いいや。早く来なよ、シェラも」

「ん、ありがとう……行く」



 気怠げにとんとんとんと、階段を降りているシェラを見て不安になる。大丈夫かな、落ちないかなと思って両手を広げていると、ノアが私を見てふっと笑う。今日は黒の短髪で、サーモンピンクのニットとデニムを着ていた。



「大丈夫。落ちてきたら俺が受け止めるから」

「あっ、そ、そう……?」

「ありがとう、メイベル。でもあたし、お酒に酔ったことがないから大丈夫……」

「そんな筈は無いんだけど。シェラが言うと、本当に聞こえるから凄いよね……」

「つよ、強いですよね。シェラ……」

「ん、あたし強い」









 一緒にリビングに入ると、マリエルが顔を上げた。今日の彼女は金髪をシニョンにして、淡い水色とピンクが混じったレインボーカラーのニットを着ている。さっき触らせて貰ったけど、ふわふわで本当に気持ちが良かった。急に甘えたい気分になって、「マリエルさーん、隣に座ってもいいですかー?」と言ってソファーによじ登ると、にっこりと嬉しそうに微笑んで「メイベルちゃーん」と言いつつ両腕を広げてくれる。



「ふわふわ~! 最近、マリエルさん忙しかったから嬉しいです!」

「ごめんね~、メイベルちゃん。ようやく落ち着いたから、また一緒にお買い物でも行きましょうね~」

「マリエルさん、貢いでそう。メイベルちゃんに」

「あら。でも、遠慮ばっかりしててちっとも買わせてくれないのよ~。結局、この間もお洋服が五着しか買えなかったの。物足りないわぁ~」

「で、でも五着ですよ? どれもこれも素敵で高いのに……!!」

「確かに五着も買えば十分でしょ、マリエルさん……」

「足りな~い、つまんな~い。あらシェラ、いらっしゃい」

「ん、マリエル。久しぶり……」



 そのままの流れで何故か、笑顔のマリエルとシェヘラザードが握手をする。羨ましくなって隣に座っているノアをじっと見てみると、ふっと笑って「俺とも握手する? いいよ、はい」と言って握手してくれた。



「わ~、嬉しい! ありがとう、ノア! いっつもね、こうやってね、アレンをじっと見てると何でもしてくれるの……」

「うん。ふふっ、何かもう。アレンの気持ちが分かったような気がするよ、俺」

「メイベルちゃんが困った顔で見てきたら、誰だってそうなっちゃうわよね~」

「マリエル。お酒飲んでたの……?」

「そうそう、女子会気分で。ノアとメイベルちゃんと一緒に飲んでたのよ」

「そういう時はあたしも呼ばないと駄目……!!」

「うわ、目がカッてなった。目力すご」

「すごい、シェラ! そんなに目が開くんですね……!!」



 マリエルがころころと笑って、テーブルの上に置いてあったグラスを持ち上げる。



「ねぇ、ハリー。持ってくれない? 新しいグラスを。あとおつまみも追加で~」

「はい! かしこまりました、女王様!! しばしお待ち下さい!」

「あっ、私が持ってきて……」

「いいって、メイベルちゃん。これ、あいつのストレス解消だからさ~。分かる? ストレス解消」

「分かる……!! メモっておくね、私……!!」

「酔っているからか、ますます暴走気味だよね。メイベルちゃんは……」

「可愛いでしょ、顔も真っ赤で」

「ん、可愛い。いつもより天然」



 必死にメモしてると、ノアが溜め息を吐いて「ほら、膝の上じゃなくて。テーブルの上で書いた方がいいんじゃない?」と言ってひょいっと手帳を持ち上げ、テーブルの上に置いてくれる。



「わ~、賢い! ありがとう、ノア~」

「そろそろ水飲ませないとこれ、アレンがやって来てキレるやつだな……」

「そう思ってはい。持ってきた、水も」

「うん、ありがとう。ハリー……と言いたいところだけど。これ、トマトジュースだから。水じゃないからね?」

「あれ? おかしいな、ちゃんとお代わりと新しいグラスは持ってこれたのにな……」

「そうね、奇跡的に合っていたわね。もう寝たら? ハリー。女子会の邪魔だし」

「散々コキ使っておいて、するどっ……」

「マリエルさんが俺に冷たくしてくれている……!! 嬉しい、泣いてしまいそう!!」

「嬉しいんだ……?」



 そっか、冷たくされるのも嬉しいのか。ハリーのページに追加で書き込んでいると、それを見てノアが眉を顰め、「ねぇ、ハリー。メイベルちゃんに本当、色んなこと吹き込んでいるんだね……気持ち悪」と呟く。するとよれっとした紺色のスーツを着たハリーが胸元に手を当て、恍惚とした表情で語り始めた。



「いいか? よく考えてもみろよ、ノア。もしも万が一、マリエルさんがにこやかな笑顔でおはようとか、大丈夫? 無理しないでね? なんか言ってきたら魅力が半減するだろうが!! さっきのようにまるで卑しい虫けらどもを見るような目つきで、新しいグラス持ってきてくれる? って言った後に俺を邪魔者扱いするマリエルさんが最高!! 大好き!!」

「うわ、素面なのに一番頭が沸いてる……メイベルちゃん、今の台詞は書かなくていいから。そんな、可愛いマーガレットと栗鼠ちゃん柄の手帳に書いちゃ駄目だから! ねっ?」

「ふぁい……でも、トマトジュース美味しい……ありがとう、ハリー」

「どういたしまして。でも、メイベルちゃんに冷たくされたらギャン泣きするのでそこんとこよろしく。マリエルさんは俺に冷たくする、その他の女性は俺に優しくする。ちやほやして欲しい」

「おい、てめぇな……」

「うわああああっー!? アレンだ! 出たあああああああっ」

「やっぱ出たか、アレン……」



 さっき大丈夫だよと言ったのに、不安になってしまったのかアレンがハリーの後ろから現れた。そして容赦なく膝かっくんした後、「うわあああああっ! 膝がかっくんってなったああああ~……」と叫んで崩れ落ちるハリーを無視して、私に話しかけてくれる。



「おい、トマトジュースじゃないか。お前……待ってろ、今水を持ってくるから」

「へー……持ってくるんだ……」

「お前にも持ってきてやろうか? ノア? 氷を三十個ぐらい入れてやるぞ?」

「いい、常温で。よろしく~。あと、メイベルちゃんお気に入りのマグカップにしてあげて~」

「ああ、勿論。分かってるよ。戸棚の三番目にあるラズベリーピンクと白熊のやつだろ? でもあれ、口つけるとこにヒビが入ってるからな……」

「すてっ、捨てないで~……」

「分かってるって。泣くなよ、別に捨てないから……」

「いや俺、マグカップの件、アレンをからかっただけなんだけど……?」



 悲しくなってべそべそと泣いていると、頭を撫でてくれたので反射的にその腕を掴む。ふんわりと柔らかい、テラコッタ色のニットを着ていた。



「毛玉……毛玉あったら取ってあげるね、アレン!」

「いや、別にいいよ……かなり酔ってんな、お前。マグカップ、この間買ってきたラベンダー色のやつと白いアザラシのやつ。どっちがいい? それともお前が実家から持って来たっていう、お人形さん柄のやつにするか?」

「お人形さん柄のやつ……へー、そんなのがあるんだー、へー……」

「アレン、メイベルのこと覚えすぎてて気持ち悪い……うえっ」

「何だよ、シェラ!? お前まで! あと今のは別にその、こいつがお人形さん柄のマグカップって呼んで欲しいって言うから……!! 前まではちっこい貧相な女のマグカップって呼んでたからな!? 俺!」

「だからって……はーあ、本当にもう。流石の私も言葉が出ないわ、アレン……」

「うるっせぇよ、クソババア。お前は酒でも飲んで老け込んどけよ」



 でも、違うの。アレンは本当に優しくて真面目で良い人だから。それなのに、みんなはアレンのことを誤解している。みんなにアレンの良さを伝えなくちゃと意気込んで立ち上がると、慌ててアレンが腕を伸ばしてきた。



「おいっ! もう余計なこと言わなくていいって! 座ってろ! 酔いが回るだろうが!」

「あのねっ? みんな? アレンはね、こう見えてとっても優しいの! 昨日だってお庭で私と一緒に、宝石団栗を集めて加工……むぐむぐ」

「やめろやめろやめろ……!! 俺を殺す気か!? 言うなって言ったじゃん!!」

「へー、そんなことしてるんだ? わざわざ? メイベルちゃんのために? 拾って何かに加工してんの? へー?」

「アレンはもう、ちゃんと自覚した方がいいと思う……」

「一週回って、お母さんになっちゃってるのにねぇ~」

「はっ! なんか夢を見ていた気がする!! ここはどこだ!? 屋根裏部屋か!?」

「普通のリビングだよ! 起き上がってくんな、鬱陶しい!!」

「あうっ! 男には踏まれたくなかった……!!」



 そうか、アレンは照れ屋さんだから。きっと照れ隠しでハリーの背中を踏んづけているんだろう。頭がぽわぽわとしてふわふわしてるけど、頑張ってグラスを持って立ち上がる。



「あのね? アレン? そんなに恥ずかしがらなくってもいいの! アレンが本当に優しくて謙虚な人だってことを、私、みんなに知って欲しくて……!!」

「やめろ……頼むからやめてくれ。俺、水持ってくるから飲んで……? 頼むから飲んで?」

「これはね、お水なの! お酒の匂いがするけど!」

「いや、メイベルちゃん。それはトマトジュースだからね……?」

「でもね、ノア! アレンは本当に優しいのに、照れ隠しでハリーのことを踏んだりして」

「よし、分かった。水を持ってくる、俺。今すぐ」

「うええええっ、バキっていったあああああ~……背中が超絶凝ってる。もう一回踏んで欲しい」

「やだ、面倒臭い。お前が喜ぶのなら踏む意味が無いし。あと座ってろ、メイベル。転ぶだろうが、お前な」



 アレンが心配してくれたので、ありがとうの気持ちを込めて座る。何だろう、ほっぺたが凄く熱い。ふわふわとしていて楽しい。甘いトマトジュースを楽しく飲んでいると、ノアが近付いてきてひそひそと話しかけてくる。



「メイベルちゃん、こっそり教えてくれないかな? 何してんの? 他にもあいつはさ」

「えーっとね、昨日は一緒に団栗を拾ってくれたでしょう? それでね、フォトフレームを作ってくれたの。可愛いやつ~」

「へ~、優しいねぇ、アレン」

「メイベルちゃん? 私ももっとも~っと、アレンの優しいエピソードが聞きたいな?」

「あたしも聞きたいかもしれない……」



 こっ、これはチャンス……!! みんな、アレンのことを誤解しちゃってるからこれはチャンス! トマトジュースをごくごくと飲み干してテーブルの上に置き、ノア達を見てみると目を輝かせて待っていた。



「あのですねっ? アレンは他にも私が付き纏われているのを知って、お店に張り込んでとうとうその人を捕まえたの! でね、その人はね。私の盗撮写真とかいっぱい持ってて」

「あれ? 俺達が聞きたかったエピソードじゃないな……いきなり重たいな?」

「メイベルちゃん? 聞いてないんだけど? その話、私は」

「はひっ……ごめんなさい。でもね、アレンが怒って警察に突き出してくれたから大丈夫! あとね、私が静電気でばちってなったら、ブレスレット買ってきてくれたの! お揃いのやつ! 静電気防止のやつ!」

「お揃いのやつ……静電気防止のやつ」

「それでね、最近はお昼休憩の時にも会いに来てくれるし、送り迎えもしてくれるの。仕事が終わった後にね、今日どうだった? 変な客はいなかったか? 誰にもいじめられなかったか? っていっつも優しく聞いてくれるの~。あとミトンが薄くてちょっとだけ火傷した時にも心配して、新しいミトンを買ってきてくれたし、靴下に穴が開いてたら魔術で直してくれたし、私のためにコートのポケットにキャラメルとチョコレートを入れてるし、暗い階段を降りてたら電気を点けてくれるの! どう? 凄いでしょ!?」



 あれ? 何故かみんな黙り込んでしまった。ノアがぎこちない笑顔で「そうだね、凄いね……色んな意味でね」と呟いて、私の頭を撫でたところでアレンがやって来る。



「お前……あんだけ言うなって言ったのに……」

「でも、肝心なところは言ってないよ! ちょっとしか言ってないよ!」

「水を飲め。水を飲んで黙れ、もう……」

「アレン……そこまでいくともう病気だよ?」

「何が? 言っとくが、俺の弟とメイベルが似てるだけだから。その延長で面倒見てるだけだからな!?」

「あっ、ちゃんとお人形さん柄のマグカップに淹れて持ってきてる……」

「アレン、あのね? 無自覚なの? 本当に? 無自覚でしているとしたら、本当に末期なんだけど……?」

「うるせえよ、クソババア。小首傾げんな、気持ち悪いから」

「アレン、末期。知ってた……」

「うるっせぇよ、どいつもこいつもまったく……ああ、ほら。メイベル? こぼれてんぞ、水。ああっ、もう、拭くもの持ってこなきゃ……!!」

「末期だよね、アレン……」



 冷たい水を飲んで溜め息を吐き、ごろりんと寝転がってノアの膝に頭を置く。頭上でノアが笑って「珍しいね、俺に甘えるの。ああ、でも。俺にも妹がいるからちょっとだけ分かるな……」と呟く。さらりと、いつもの人形のように美しい手で髪を梳かしてくれた。頬が緩む。良かった、本当にみんな良い人で。



「ねぇ、ノア……」

「ん?」

「私ね、本当は優しくも何とも無いの。凄く醜いの。だからちょっとだけね、アレンのことが羨ましい……」

「大丈夫。アレンなんかよりメイベルちゃんの方が断然優しいから。ねっ?」

「そうよ~、ノアの言う通りよ~。メイベルちゃん」

「ん、あたしもそう思う。メイベルの方が優しいよ~」



 ああ、本当にそうだったら良かったのに。泣き出しそうになって鼻をすんと鳴らすと、アレンがやって来て「おい、ノア……手伝え。こいつをもう早急に部屋に運びたい。じゃないと俺が死ぬ。死んでしまう……」と呟いた。他にも誰かが喋って私の体を動かして、肩を揺すってくる。



「メイベルちゃん? 聞こえる? 立ち上がれる?」

「立ち上がれまふ……」

「いいよ、あたしとノアで運ぶから……アレン」

「おう。大丈夫か? 落とさないか? 途中で」

「落とさないって……信頼無いな、俺達」



 でも、申し訳ないから何とか立ち上がって自分で歩く。階段をふらふらと登っているとアレンが「大丈夫だからな、落ちても。魔術もかけてあるし、全力で俺が受け止めるからな」と言ってくれる。下の方でノアが「もう心配で心配で仕方がないんだね、アレン……」と呟く。そうなの、お母さんは心配性なの。



「むぐ! ほらっ! ちゃんと自分でも登れたよ!? えらい!? えらい!?」

「えらいえらい……あっ、お前。歯ぁ磨いてないだろ。戻るぞ! 今すぐ!!」

「あ~、忘れてたな。気が付けば良かったな、早く……」



 歯を磨いて二階に上がって、いつものお姫様が眠るような天蓋付きの寝台に寝そべる。ああ、嫌だな。こんな時は悲しくて怖い夢を見るから。過去にあった嫌なことを思い返して、ほんのちょっぴりだけ泣いていると電話がかかってきた。真っ暗闇の部屋で、淡く光っているお姫様がりんりんとベルを鳴らしている。



「はいっ! もしもし……って、痛い! 足、打った……!!」

「だっ、大丈夫か? メイベル。ごめん、遅くに……」

「大丈夫だよ、ライ叔父さん。どうしたの?」

「悪いな、その……どうしてるかなと思って。何となく」



 淡く光る手帳を持ちながら、もそもそと寝台に戻って寝そべる。一度出たからか、毛布の中の温かさが足先に染みる。ぶるりと震えつつ、手帳を開いてじっとそれを眺める。



「もしかして、何か嫌なことでもあったの?」

「んー……嫌なことと言えば、嫌なことかな……」

「っふ、珍しいね。いつもは何も言わないから……」



 胸の奥がずきりと痛んだが、気付かない振りをする。手帳の向こうで「どうだ? 上手くやっているか? その、あんまりうるさく言ってもあれだと思ったんだが……」と呟く。その低くて優しい声に微笑み、両目を閉じる。そう言えば嘘が下手な人だったな、ライ叔父さんは。



「ありがとう。それで心配してかけてくれたの?」

「それもあるが……その、どうにもウィルも兄さんも、お前がいないと淋しいみたいで……」

「あっ……土曜日に行く予定だったんだけど。アレンと猫カフェに行って、植物園に行ってたから」

「そ、そっか……まぁ、そうだよな。家族よりも彼氏優先だよな……」

「えっ!? 彼氏じゃないよ!? えーっと、お母さんみたいな男友達!」

「お母さんみたいな男友達……そっか、彼氏じゃないんだな……残念だ」

「ごっ、ごめんね……?」



 私が過去に告白されて付き合って、全然上手くいかなかったことを知っているから。だから気にかけてくれるんだろうか、でも。



「大丈夫だよ……きっとまた、良い人が見つかるだろうから」

「そっか……まぁ、そうだな。メイベルならきっと良い人が見つかるだろう。えーっと、出会いとかは……」

「無いかなぁ~、誰もいない……」

「そ、そっか。まぁ、のんびりと気長に探していくしかないな……おやすみ、ごめん。これはあんまり、口出しすべきことじゃなかったのに」

「……ううん。大丈夫。おやすみなさい」

「おやすみ、また」

「うん、また」



 魔術手帳の淡い光がふっと消えて、泣き出したくなる。ああ、嫌だな。一体どこまで知られているんだろう。それとも、何も知らないのかな。よく分からない。今の質問も何もかも全部、知らないでやっていることなのかな。魔術手帳をサイドテーブルに置いて、毛布の中に潜り込んだ。涙が出てきてしまう、熱い涙が。



「ごめんなさい、ごめんなさい……醜くてごめんなさい。私は、ちっとも優しくて良い人なんかじゃないの……」



 優しくされる度、苦しくなるのはきっとこのせいだ。醜い、私は醜い。いつか何もかもを壊してしまいそうで恐ろしい。良い人でいなきゃ、優しい人でいなきゃ。



(やだな……絶対に知られたくない。アレンにだけは、絶対に)



 何だかんだ言って、アレンが一番私に優しいから。一番私に優しくて、私の優しさを信じてくれている人だから。アレンに軽蔑されてしまったら、立ち直れないような気がした。そんなことに蓋をして、両目を閉じる。大丈夫、きっと大丈夫と呟いて眠りに就いた。その日に見た夢はよく覚えていない。でも、アレンがやたらと「悪い夢でも見たのか?」と聞いてきたから、きっと悪い夢を見てしまったんだろう。



 怖くて、悲しい夢を見てしまったんだろう。












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