14.女装男装パレードの衣装選びと魔術師の敗北
「あのな? お前な? 最近俺に甘えすぎなんじゃないのか!? じっと見てたら何でもしてくれると思うなよ、バーカバーカ! 女装してパレードなんかぜってぇ参加したくねえ!! 失せろっ!!」
「だっ、だよね……ごめんね」
いつもの青いシャツにデニムを着たアレンがこちらを睨みつけ、叫ぶ。薄々気付いてたことだけど、最近の私はアレンに甘えっ放しで。これ以上お願いするのも何だか気が引けてしまって黙り込んでいると、隣に立ったパジャマ姿のハリーが口を開く。白いポンポン付きの青いナイトキャップが可愛らしい。
「可哀想~……そこまで言うことないんじゃないか? 可哀想~」
「うるせえ、社畜。さっさと寝ろよ。あとお前にも友達ぐらいいるだろうが、何も俺らを誘わなくっても……」
「いない……激務でいない。学生時代はその、あんまり上手くいかなくて……」
「ああ、まぁ、だよな~。俺だってお前みたいな訳の分からんちんな変態社畜とはお友達になれん!」
「えっ? そんなに仲が良いのに……?」
「メイベル? お前、一体どんな世界が見えているんだよ……ぞっとするだろうが、やめろ」
アレンが恐怖に満ちた顔で二の腕を擦ったので、笑ってしまう。ハリーも「あはははは……」と笑っていた。そしておもむろに腕を組み直すと、訝しげなアレンをきっと睨みつける。
「いいか、アレン。俺はお前のことなんか別に好きじゃない! 間違っても一緒に旅行とか行きたくない!! 社畜無理!」
「俺もお前と同じ気持ちだよ、良かったな!! メイベルとでもロボットとでも何でも好きに男装女装してりゃーいいよ、失せろ! さっさと失せろっ! 俺の視界から消えろ!!」
「でもさぁーっ!? 俺は学生時代勉強ばっかしてて何も出来なかったんだよおおおおっ!! メイベルぅ~、アレンがいじめるよう~、俺は頑張って頑張って勉強したのにこうしてアレンに社畜だ社畜だって馬鹿にされるし、さみちいよぅ~、助けてぇ~」
「てめぇ、気持ち悪い裏声を出してんじゃねーよ……変態メイベルが反応しちまうだろうが! こいつはちょっと弱った人間を見ると、あっという間に善人スイッチが入るんだから……」
ハリーが私の両手を握り、べそべそと泣き始める。ああ、そうだ。ハリーの心残りも解消してあげたいし、何よりもアレンを説得すると豪語しちゃったのに!
「はっ、ハリー……最近のアレンはすごくその、優しいから……きっと大丈夫だと思う。もうちょっとだけ頑張ってみるね、私! それにきっと、アレンとハリーのドレス姿も素敵だろうから……」
「めっ、メイベルちゃん……なんて頼もしいんだ! よろしく頼んだぞ!!」
「おい、てめぇら。話が筒抜けだからな!? 今俺はお前らの目の前に立っているんだが!? あと俺はドレスなんざ微塵も興味ねぇんだ、絶対に行かない! 絶対に行かない!!」
「そっ、そこを何とかお願い出来ないでしょうか……?」
「むず痒いからやめろって言ってんだろ、それは!」
じっとアレンを見てみると、「なっ、何だよ? 見るだけで何でも言うことを聞くと思うなよ!? 俺が!」と言って後退さった。よし、もうちょっとだけ近付いてみよう。じっと真剣に青い瞳を見上げて近寄ってみると「やっ、やめろよ、もう……その目」と言ってまた下がってゆく。よし! きっともう一押しだ!
「アレン、お願い。私、アレンの素敵なドレス姿も見てみたいし……」
「ぜってーやだ!! 似合わない! 笑いもんにされる!!」
「されないから! みんな、周りもそんな人ばっかりだから……」
「そんな人って言うなよ!? お前もお前で馬鹿にしてんじゃん、それ! あと近寄るな! 離れろっ! 真剣に俺のことを見つめるなよ、メイベル……!!」
こちらのやり取りを見て、それまでソファーで寛いでいたシェヘラザードとマリエル、フレデリックとヘンリーが楽しそうに手を叩き出す。
「がんっばっれ! がんっばっれ! メイベルちゃ~ん、はっはっはっは! アレンが愉快で滑稽だなぁ~! いい気味だなぁ~!」
「てめぇ! クソクソパン屋ぁ!! パンに虫が混入してたって噂を流してやんぞ、てめぇ!!」
「えっ……それは本気で困るからやめて欲しい」
「メイベルちゃーん、頑張って~。貴女なら大丈夫よ~、いけるわよ~」
「メイベル、頑張れ。頑張れ……」
「大丈夫大丈夫~、アレンなんてちょろいから~。速攻で落ちるよ~、大丈夫~」
「ヘンリー、てめぇまで……あとで覚えてろよ、一日無視してやっからな。てめぇ……」
アレンが恨めしそうに呟いているのを見て申し訳なく思う。嫌なことなんだろうけど、でも。
「ごめんね、アレン。嫌だよね……そうだよね? 私とは一緒に出かけたくないよね……?」
「いっ、いや、そういうことを言ってるんじゃなくてさ? ただ、俺は女装が嫌だってだけの話でさ……」
「おい、距離を詰めたぞ。あいつ……ヘンリー、どう思う?」
「そうですね~、あれはメイベルちゃん必殺の善人! 弱った顔! だと思います。ああして相手にしょんぼりアピールをして罪悪感を植えつけ、誘い込む手法だと思われ……」
「やめろよ!? 解説をするなよ!? あとお前らがどんなに何を言っても俺は絶対に屈しないし、何が何でも絶対に行かねぇからな!?」
「無理よね、あれね」
「ん……絶対に無理だと思う」
「ひそひそすんな、そこっ! 無理じゃねーし、いけるし!!」
アレンがそっぽを向いて腕を組み、「とにかくだ! 今回は絶対に行きたくない! 無理!」と言い出す。でも多分、明日辺りにごめんねって言って美味しいものを持って来てくれると思う……。次はお詫びに何をくれるかな、この間好きだって呟いておいたメープルバタークッキーかなと思いつつアレンに一歩近付く。
「ねぇ、アレン? 駄目かな……?」
「だっ、駄目に決まってんだろ。お前。さっきからそう言ってんじゃん、俺……」
「えー、早くもアレン選手。たじたじ! たじたじです! よっわ!!」
「さぁ、これはきっとアレン選手の敗北で終わることでしょう! ちっ、しゃあねぇから行ってやるよもうと言うまで、きっとあと五秒ほどです!! はっはっはっは!」
「うるせぇよ、フレデリック!! その変顔やめろ! 気色悪いから! てかそのマイク、一体どこから出してきたんだよ!?」
「頑張れ~、メイベルちゃん。もっと距離を詰めるのよ~、頑張れ~」
「頑張れ~! 俺もアレンとハリーと遊びに行きた~い、女装男装パレード楽しそう~」
背後のハリーとフレデリック達が手を叩いて野次を飛ばしていると、アレンの眉間にどんどん皺が寄っていく。ああ、応援してくれるのは本当に有難いんだけど、逆効果な気がする……!!
「だっ、駄目かなぁ? アレン。本当に……」
「うっ、いや、そこまで落ち込まなくてもいいじゃん、別に……それに俺抜きで行けば」
「絶対にやだーっ! 社畜は絶対にアレンと一緒に行きたいんですぅ~! 日頃の鬱憤晴らしですぅ~!」
「てめぇ! おいっ、聞いたか!? メイベル! あれっ! あいつの背中に氷を五百個入れてもいいようなことを言いやがったぞ!?」
「あの、私が行きたくて……パレード。アレンとみんなと一緒に……」
「っぐ、いや、だから……」
「もう一押し! もう一押し! 頑張れ頑張れ!」
「いける、いけるぅーっ! 頑張れぇーっ!」
「てめぇら、一致団結しやがって……くっそくだんねぇ時に妙なチームプレイを見せやがって……」
それまでこちらを見ていたハリーがソファーに座って、「さーってっと! アレンが車を出してくれるってさ! みんな! 色々決めようぜ~」と言い出して他のみんなも「そうね、そうしましょ。応援するだけ無駄な感じがしてきたわ」とか「折角だから衣装も選びに行こうぜ、みんなで」と言って相談に入る。
それを見つめて、アレンがぼそりと嫌そうな声で呟く。
「何で俺の負けが確定してるんだよ……おかしいだろ、何でだよ」
「あれじゃないかな……その、アレンが何だかんだ言っていつも折れてくれるからじゃないかな……」
「お前もなぁ、メイベル。変な技を覚えやがって……」
「ごっ、ごめんね……我慢するね、私。確かに最近甘えすぎだったし……今回で最後にするね!」
「おい、ちゃっかり決めるなよ!? 俺はまだ行くって言ってないんだが!?」
「そっ、そっか……」
こんなに頑張ってお願いしてみたのに駄目だった。物凄く落ち込んでいると、アレンが「あー、あー、もー、なー、お前はなー……!!」と低く呻いて私の頭をぐしゃぐしゃと撫で始める。
「分かったよ! 行くよ! 行けばいいんだろ!? これで満足か!? なぁ!?」
「あっ、ありがとう! アレン! ごめんね、本当にごめんね……!!」
「うるせえ! 黙ってこれでも食ってろ、お前はもう」
「メープルバタークッキー! ありがとう!」
良かった、貰えた。アレンが読んでいる雑誌を見て「わ~、美味しそう。食べたいな~」と呟いたら次の日には貰える。ページの端もちゃんと折ってあるし。
「あり、ありがとう……おいひいれふ……」
「ん。はーあ、もう。あーあ、やだやだ……」
「だから言ったじゃん、負けるって」
「はっはっはっは! 可哀想になぁ~! アレン君もぉ~! そこまでしといてお母さん扱いかぁ~! 可哀想にぃ~!!」
「可哀想~!」
「てめぇ! フレデリック!! クソクソパン屋ぁ!! ハリーとまとめてドロップキックをしてやるよ! 出てこい! そのクッション置いて出てこいよ!? ずっとずっと余計なことを言いやがって!! お前ら仲良しか!!」
そんな訳で、アレンとヘンリーとマリエルとノア、シェヘラザードとダニエルと一緒にドレスを買いに行くことになった。ハリーは仕事でパス、フレデリックは物凄く悩んだ挙句に「やっぱちょっと、いい年こいたおっさんがドレスはな……」と呟いて拒否。ダニエルは「淋しいから俺も行く、目立ちたくないけど俺も行く……!!」と言って頑張って付いてきた。今も後部座席でしくしくと泣いている。
「うっ、やだ。ドレスやだ、着たくない……」
「じゃあ何で付いてきたんだよ!? やめればいいじゃん、やめれば!」
「アレン、次右なー。楽しみ~、どんなドレスにしよっかな~」
「うえー、俺は全然楽しみじゃねえよ、ヘンリー……」
「俺は楽しみ! 余裕! 多分当日で一番美しいのは俺だと思う!」
「だろうな!! いいな、お前は! ドレスがよく映えてな! クラクション鳴らしてやろうかな、この車! 青に変わってんだろうが、さっさと行けよ! このクソノロマが!」
「いつになく荒れてるな、お前は……」
マリエルとシェヘラザードは「あいつらと一緒に車に乗りたくないの。バスで行くわね~」と言っていたので乗っていない。今日も可愛らしく黒髪ウィッグの上からチュール付きの帽子を被り、黒のワンピースドレスと厚底のブーツを履いたノアが身を乗り出す。密かにタイツが水玉ドット柄で可愛い。
「楽しみ~。ヘンリーはこんなのが着たいとかある? 髪型は?」
「ロングだろ! ゆるふわウェーブの黒髪とか? いや、金髪かなぁ~。どっちが似合うと思う?」
「うーん、難しい。でもヘンリーは綺麗な茶色い瞳をしてるし、赤髪ウィッグとかも似合いそうだよね~」
「あ、それ。私も思った……」
「モップでも被っとけ、お前らは。あーあ、嫌だ嫌だ……」
「アレンは何にする? 青い瞳と合わせて金髪ウィッグとか……?」
「メイベル!? お前っ、事故るからやめてくれよ!? 大体な!? お前があんなにもべそべそと泣き出しそうな顔をして落ち込まなきゃ、俺が今ここでハンドルを握ってることも無かったのに!! ぜってー許さねぇからな、お前!!」
そこで黒いコートを着てぱりぱりとアボカドチップスを食べていたヘンリーが「運転代わろうか? するよ、俺」と言ったので、鋭く舌打ちをして「そういうことじゃねええええ!! あとそれ寄こせ。あとで俺も食う」と返してハンドルを回す。車が急カーブしたのでぐーんと傾きつつ、茶色いトレンチコートを着たアレンに話しかける。
「ごめんね? でも、私……」
「おっと。大丈夫? メイベルちゃん」
「大丈夫。ありがとう、ノア」
「おえっ……酔いそう。酔い止め飲んできたのに、俺……!!」
「運転荒いぞ~、アレン。後ろにメイベルちゃんも乗ってんだからさ~、もうちょい優しく運転してやれよ。お前」
「うるせえ! ヘンリー! 嫌なら降りろ、お前」
「あ~。こうなるとお前って、中々機嫌を直さないんだよなぁ……はーあ」
車が平坦な道に入ったところで腰を上げ、顔を出す。ちゃんと謝っておきたいから、それにこの嬉しい気持ちをちゃんと伝えておきたいから。
「あの、あのねっ? アレン! 私ね、気が付いてないのかもしれないけど今日、ほんっとうにすっごく楽しみだったの! ずっとわくわくしてたし、もう今からパレードが楽しみで楽しみで……」
「……んで? だから何だよ、お前。だから俺も頭からキノコ生やした人間みたいにわぁ~い! どれしゅ~! って言ってアホみたいに喜べってか? あ?」
「そうだよな、お前はそんな感じの奴だよな! いっつもな! ほっとしたよ、俺。ようやく……」
「あ? 何が? ヘンリー。赤になったから寄こせ、アボカドなんちゃら」
「アボカドチップスな? トマトとガーリック味~」
ヘンリーがアレンの手に美味しそうなアボカドチップスを押し付け、アレンがぱりぱりと食べ始める。美味しそうだなと思って見ていると、すかさずヘンリーが「メイベルとノアもいるー? あっ、ついでにダニエルさんも」と言ってくれたのでみんなで食べる。
「あっ! 忘れてた! 話の続きなんだけどね!?」
「いいだろ、もう。続けなくて……」
「っふ、メイベルちゃん可愛い~。忘れてたんだ? 食べて?」
「はい……」
「可愛いな……三枚あげようか? アボカドチップス……」
おそるおそるダニエルがアボカドチップスをくれたので、それをよく噛んで飲み込んでからまた身を乗り出す。
「んぐ、それでっ! 私、今物凄く楽しい! アレンと一緒にお買い物に行けるのも楽しいし、本当に嬉しいの! ありがとう! でも、ごめんね? 嫌だったよね、私と一緒に出かけてドレスを買うの……」
「……」
「静かになったな、アレンが……」
「うわ、滅茶苦茶真顔じゃん。やば……」
「何か言ってあげた方がいいと思う……どうかと思う……」
勇気を出して言ってみたんだけど、そのまま無表情で黙り込んでしまった……。どうしてだろう、何が悪かったんだろう? 落ち込んでいると、アレンがおもむろに呟く。
「今日の昼飯、何がいい? お前が行きたいって言ってた、石釜ピッツァの店があるんだけどそこにするか? あと去年の大会で優勝したジェラート屋が……先月お前が見てたやつな。今週オープンしたらしくって、そこにも行くか? おすすめはお前が好きなキャラメルと岩塩のジェラートらしい」
「アレン、俺。動揺が隠せない……やっぱりお前はもう駄目なんだな!? 俺が知っているアレンはもうどこにもいないんだな!? そうなんだな!?」
「お前っ、ヘンリー!? ちょっ、何で泣いてるんだよ!? 事故るだろうが、揺らすな! やめろっ!!」
ああ、ずっと胸がわくわくと弾んでしまう。ゆるっとした白いニットにカチューシャを付け、スカートを履いたメイベルが栗色の瞳を輝かせてドレスを持ち上げる。
「ねぇ、アレン? このドレスとかどうかな! アレンによく似合うと思うんだけど……!!」
「やめろ……そんなキラキラハッピーオーラを出して俺を見上げてくるなよ、メイベル……んで? 俺はこれを着ればいいのか?」
「ちょっろ……なぁ、メイベルちゃん。今度その技、俺にも教えて?」
「おい、ヘンリー。お前、いっつも部屋の掃除と洗濯とってしてやってるじゃねぇか……これ以上俺に何をさせる気だよ、お前は」
アレンが呆れたように溜め息を吐くと、ヘンリーが苦笑して「いやぁ~、メイベルちゃんが羨ましくて。俺」と返す。その間ずっと、青と金色の美しいドレスを持ち上げて見つめているとアレンが「うげっ、お前。しつこいな、分かった分かった……」と言って私からドレスを奪い取り、試着室へと消えてゆく。
「でも、良かったね。素敵なドレス屋さんが見つかって……」
「ね。ノアとかはもうはしゃいではしゃいで、向こうで何かすごいことになってるし……」
「ヘンリーはどうするの? 混ざらないの?」
「いや、マリエルさん達の勢いについて行けないし……それにダニエルさんを救う勇気も無いんだ、俺」
「そう……でも、意外とダニエルさんが乗り気で驚いちゃった。似合いそう、色々と。昨日も頑張ってお風呂に入ってたし……」
私が何となく「この黒いドレスとか似合いそうですよね! 漆黒のベールもつけて!」と言ってみたら、ダニエルが虚ろな顔のまま青い瞳をぱぁっと輝かせ、「俺、着てくる。美人に変身してくる!!」と宣言してくれた。そこで笑顔のマリエルとノアにがしっと捕獲され、そのまま試着室へ連行されてしまい……。だから私とヘンリーはこうして今、アレンとのんびりドレス選びをしている最中なんだけど。
「ほらよ。これでいいか? ああ?」
「お~、意外と。ぶふっ……似合ってんぞ、アレン。ぶふふふっ」
「何だよ、その笑い方は……つけたぞ、お前が言ってた金髪ウィッグ」
「可愛い~! ありがとう! でもあれだね、アレンは顔立ちが綺麗で整ってるからよく映えるね……綺麗な男の人がドレスを着てるって感じで。あっ、ちょっとだけここ調整しようかな?」
「どうもサイズが合わなかったみたいで。浮くと言うか、ちょっとだけずれてる……」
「本当だね……ごめん。もう少しだけ屈んでくれる?」
「ん、こうか?」
「そうだね、ありがとう」
真剣にウィッグを調整していると、後ろに立ったヘンリーが「あれ? 俺もしかして邪魔? いらない存在な感じ?」と嫌そうな声で話し出す。アレンが苦笑して「何でだよ、そんなこと言ってないって」と返したがむっつりと黙り込んでいる。どうしよう、私だけアレンと喋りすぎたのかな……。
「ごっ、ごめんね? ヘンリー……ヘンリーもアレンと喋りたいよね? どうぞ」
「ごめんなー、アレン。最近は俺とじゃなくてメイベルと二人きりで出かけたいんだよな? なっ?」
「てめぇ。あとで殴るぞ、ヘンリー。さ、このパンプス履いて見てみるか~。鏡」
「あっ、うん。どうぞどうぞ!」
アレンが棚から持ってきたパンプスに足を入れ、よろよろと歩きながら鏡の前に立つ。そこには金糸が煌く青いドレスを着て、豊かな金髪を下ろした男性がいた。美しいのにむっつりと不機嫌そうな表情で、ヘンリーと二人で笑ってしまう。
「っぶ、お前な! 嫌そう! すっごく嫌そう!! 笑える、うける!!」
「やめろ、うけるな。でも意外とグロテスクじゃなくてほっとしたよ、俺。メイクをすればもう少しマシになるか……?」
「わっ、私! アレンのメイクがしたい! いーい!? いーい!?」
「食いつきが酷いな、お前は……てかハリーのはどうするんだよ。何で言い出した当人がいないんだよ、ここにさ……」
「マリエルさんが選んでくれたドレスに袖を通したいって。それが本望なんだって」
「あいつ……また気持ち悪いことをメイベルに言いやがって。あ、ここ埃付いてる。ほい」
「ありがとう、アレン」
そんなやり取りをしていると、ヘンリーが足元で膝を抱えて拗ねてしまった。ダニエルのように「どーせ俺なんて、どーせ俺なんて」と呟き出す。アレンが青いドレスの裾を持ち上げて、「踏みつけてやろうか、お前のことを」と言うと「分かったって! 立ち上がるから踏むなって……」と言って立ち上がる。
「でも、ほら? ヘンリーもヘンリーで好きなドレスとネックレスを……」
「いた~、メイベルちゃん! 駄目よ? 貴女も貴女でちゃんと衣装を選ばないと!」
「ん、あたしも犠牲になった……メイベルも犠牲になるべき」
「えっ!? マリエルさん!? わっ、シェラかっこいい……!!」
ひょっこりと横から現れたシェヘラザードの髪は茶色で、青と赤の甲冑が何とも凛々しかった。興奮して見上げているとマリエルが「さっ! じゃあメイベルちゃんも着替えましょうね~!」と言って私の腕を掴み、そのまま試着室へと連行する。
「えっ? あのでも私、村人風で少年な感じの……」
「だーめっ! 着てきて! はいっ、どうぞ!」
「メイベル、絶対に似合うから……」
「俺、ドレス着たのに……メイベルに褒めて貰えなかった……どうしよう」
「よく似合っていますよ、ダニエルさん。綺麗~、意外と映えるぅ~」
「そうだな、意外と美人に仕上がっているじゃないか。口紅とベールの効果だな。顔色が悪くてもそれらしく見える。眼鏡も外してるし」
「違う、違う……何か違う」
「どうしよう、これ。似合わないんじゃないのかな……」
マリエル達が用意したのは赤茶色のウィッグに、赤と黒の硬派な雰囲気の軍服。一応着てみたけど、きっとライ叔父さんの方が絶対に似合う……。赤茶色に金が混じったウィッグを被った私は別の人のようで、その軍服姿で鏡を覗き込むと少年が映っていた。いや、私だ。口紅も塗っているのに不思議と少年らしさが漂っている。
「メイベルちゃーん? 着替えたー? どうー?」
「あっ、はい。着替えたんですけどこれ、多分。絶対似合ってない……」
「おお~、すごいな。美少年だ。メイク落とした? な訳ないか」
「すごいな……人間、服を変えただけでこんな風に変わるもんなのか……?」
「可愛い。いや、凛々しいかな? よく似合ってるよ、メイベルちゃん……!!」
美しい薔薇を思わせる深紅色のドレスを着たノアが手を叩いて、褒めてくれる。それに微笑み返すと、また彼女も嬉しそうに微笑みを深めた。これは上質な生地で出来た黒地に赤の軍服で、ぴったりと体に寄り添い、しっくりと私の体に馴染んでいる。袖口の金色刺繍や肩の金モールなど、どれもこれも高そうな作りで緊張してしまった。笑顔のマリエルに軍帽を被せられ、慌ててしまう。
「あっ、あの、これ……」
「きゃ~! 凛々しい! かっこいい! と言うか初々しい~。お客さんになって欲しいぐらいよ、メイベルちゃん!」
「やめろ、生々しい感想を言うのは……でも、よく似合ってるな。すごい。戦場の前線ですぐ死にそうだけど。仲間とかを庇って」
「えっ……」
「享年十八の美少年といったところだな。教科書に載ると女子が薄幸の美少年~! ってきゃあきゃあ騒ぐやつ!」
「えっ……薄幸の美少年?」
「分かる。何かこう、メイベルちゃんの初々しさが前面に出てるよね……」
そんな風に見えるんだろうか。首を傾げていると、白いニットワンピースから騎士服に着替えたマリエルが笑って私の肩を抱く。金髪に青い瞳が眩しく、妖艶な美女が男装しているならではの色気が醸し出されていてどぎまぎしてしまった。
「あっ、ダニエルさんは。喪に服している貴族のご婦人……?」
「うん、これ……ジェット。ちゃんとこんなネックレスもつけてる……」
「わ~、本格的ですねぇ! 素敵ですよ、ミステリアスな美人さんで」
「ミステリアスな美人さん……ありがとう、メイベル」
「あたし、もう脱ぎたい……お腹減った」
「俺は!? 俺のことも褒めて欲しいんだけど!?」
「踊り子! 素敵!」
「この寒い季節に腹を出して歩くのかよ、お前……」
「大丈夫。腹筋鍛えてから行くから。割っていく~」
「ちげぇよ、気温的な問題だろ。寒いだろうが、お前……」
結局、ヘンリーは赤のドレスに金色の飾りを纏った踊り子でアレンは貴族のお姫様風の青いドレスにした。シェヘラザードは雄々しい甲冑を選んで、ノアは薔薇のような深紅色のドレスと羽根付きの帽子。ダニエルは喪に服している未亡人の服装で、私は大好評だった軍服。マリエルは気品溢れる騎士を選んでいた。エントリー後は変更出来ないのでこれでいく。
「たっ、楽しみ~。ハリーのは? 何にしたんですか?」
「修道女。喜ぶと思って。あと絶対に似合うでしょう?」
「似合うな。絶対に似合うな……お前にしちゃ良い見立てだな、マリエル」
「偉そうに言ってると、あのことメイベルちゃんにばらすわよ……」
「やめろっ! 絶対にやめろ!!」
「えっ? 何? アレン、マリエルさんに弱みでも握られたのか……?」
気になったので嫌がるアレンにしつこく聞いてみると、マリエルがころころと笑って「別に大したことじゃないのよ? ただアレンがメイベルちゃんのメイクブラシをお手入れしてただけで。そうだ、ついでに」と言ったところで「言うなっ! もうっ! ごめんなさい!! 悪かったんだろ、俺が!!」と真っ赤な顔で怒りながらブレーキを踏む。がっくんと車が止まったところで、ヘンリーがぼそりと呟いた。
「やっぱり……俺が知っているアレンはもうどこにもいない。そんな性格だったっけ? お前……」
「こいつが……リビングに放置してたからそれで。あとファンデーションも毛先にこびりついてたし……」
「やっ、やだ。も~、恥ずかしい……ごめんなさい、お母さん。いや、アレン。今度からはちゃんとお手入れをして片付けておくね……!!」
「あ、突っ伏した。限界を迎えちゃったんだな、お前……」
「うるせえ。もう話しかけんな、疲れた……」




