11.いつもの朝食と魔術師の照れ隠し
「おはよう、メイベルちゃん。早いね」
「おはよう、ノア。ノアもベーコン食べる? 今焼いてる最中なの。ほらっ」
「わ~、美味しそう。じゃあ食べようかな、俺も」
じゅわじゅわと脂を出して焼けてゆくベーコンを見て、ノアが呟く。今日は黒髪ウィッグを被って白いカチューシャを付け、白いニットとデニムを着ていた。綺麗めなお姉さんといった感じですごく羨ましい……。黒いニットの上からペンギン柄のエプロンを着たメイベルが、フライ返しを握ってくちびるを尖らせる。
「いいね、ノアは……綺麗で大人っぽくて。私はどーせお子様だし……」
「あれ? まだ気にしてたの? ごめんごめん、メイベルちゃんも大人だよ~」
「も~、馬鹿にしてるでしょ。それ、絶対……」
ノアが笑ってこちらを抱き締めてくるので、つられて笑って両腕を握り締める。そうやって二人でじゃれ合っていると、リビングのドアが開いてヘンリーとフレデリックがやって来た。
「あれ? おはよう。早いな~、二人とも」
「俺、今日寝坊した……もう休みたい。どうしよう、店……」
「だっ、大丈夫ですか? フレデリックさん……」
「休んじゃえば? もう。仕込みとか間に合わないでしょ? パン屋の仕事知らないけど……」
「あー、うん。もう今日は休もうかな……臨時休業ってことで。あー、だる。ねむ」
青いシャツパジャマ姿のヘンリーが苦笑してその肩を叩き、「まぁ、そんな日もありますよね~」と言って励ます。フレデリックは眠たそうに目元を擦って、頷いていた。二人とも着替える気が無いのかパジャマ姿だ。心配になって声をかける。
「ヘンリー、フレデリックさん。その、着替えてきた方がいいんじゃないかって……」
「あ~、どうしよ。面倒臭い……メイベルちゃんが着替えさせてくれるのなら、」
「おはよう、フレデリック。俺が後ろからお前の服を引き裂いてやろうか?」
「うわっ! 出たっ!! アレン、このっ、メイベルちゃんの番犬め!!」
「うるせぇよ、ことある毎に変態発言をするなよ。お前は……」
「おはよう、アレン。ベーコン、今焼いてるよ~」
アレンがその言葉を無視して「とりあえず着替えてこい、お前ら」と言って、嫌がる二人の首根っこを掴んでずるずると引き摺ってゆく。開いたドアの隙間から「ちょっ! 首が絞まるっ! 苦しいって!」とか「過保護! 過保護! アレンの過保護っ!」という悪口? が聞こえてきた。隣に立ったノアがふんと鼻を鳴らして呟く。
「何あれ? あいつ態度悪くない? メイベルちゃんのこと無視したんだけど?」
「多分、恥ずかしくなっちゃったんだと思う……最近のアレンがね、本当に優しくって。チェストも作ってくれたの。マリエルさんが昨日、そのことでアレンをからかってて」
「えっ? あいつ、チェストまで作ったの? ネームプレートでは飽き足らず?」
「う、うん。私が頼んだんだけどね……」
ノアに返事しながらもベーコンをじっと見つめる。黒い鉄製のフライパンに敷き詰められたベーコンから、じゅわじゅわと美味しそうな脂が出ていた。ここに玉子を投入して目玉焼きを作ろう。六個ぐらい敷き詰めたらきっと物凄く楽しい。にこにこ笑ってそれを見ていたら、ノアが訝しげな顔で話しかけてきた。
「何かいいことでもあったの? メイベルちゃん。俺はこれからあいつらがやって来てうるさくするのかと思うと、気が滅入って滅入ってしょうがなくて……」
「へっ? そ、そう? 賑やかでいいと思うけど……あと目玉焼きを焼くのが楽しみで! あっ、そうだ。玉葱を取ってくれる? 入れたいから」
「ん、分かった。使いかけの? どれでもいい?」
「使いかけの~。ラップに包んであるから。ありがとう、ノア」
そうか、ノアは気が滅入っちゃうのか。今いちよく分からないなと思って首を捻りつつ、玉葱を切ってマッシュルームとビーツを別のフライパンに入れて弱火にしておく。そして、大量に出たベーコンの脂に玉子を乗せて焼き、その作業を繰り返してゆく。
(ええっと、マリエルさんの分とシェラの分とダニエルさんの分と……玉子足りるかな? まぁ、いっか。私の分は無くても)
昨日フレデリックが持って帰ってきたパンをノアがトースターで焼いていると、ぞろぞろとアレン達が帰ってきた。
「あ~、メイベル。お前のせいだぞ、こいつらを甘やかして付け上がらせるから……」
「うるせぇよ、さっきのはお前が悪かったんだろ? 年長者を敬うという気が無いのか、お前は」
「またダニエルさんが泣くから静かにして欲しい……朝からうるさいな、本当にもう」
「どーせ、どーせ、俺なんて……こうやって色んな人に迷惑をかけて疎まれて、じめじめとキッチンに生息しているしかない人間なんだ……」
オーブントースターの前に立っているノアが「うっわ~、もう。全員朝からぼろぼろじゃん。何でいい年こいた大人が取っ組み合いの喧嘩してんの? うわ~、もうやだ。俺」と言ったところで、チーン! と音が鳴る。パンも焼けたみたいだし、スープを温めておこう。慌てて冷蔵庫から昨日のお鍋を取り出して、火にかけているとアレンがやって来た。
「お前、メイベル。朝からちょろちょろと働きやがって……貸せ。全部俺がやっとくから」
「ありがとう、アレン。いっつも手伝ってくれて嬉しい……でもアレンの負担に、わっ」
「ならねぇよ。退け。あとあんまり俺にほわほわ話しかけんな。マリエルが鬱陶しい……」
昨日散々からかわれたからだろうか。でも、拒絶されるのは少しだけ悲しい。へこんでいると、嫌な顔をしたアレンが「ほい、目玉焼き。俺の分はいらないから。あっちで食っとけ」と言って、お皿を手渡してくれる。にっこりと笑って「ありがとう! ごめんね、あんまり話しかけないようにするね……」と言ってみると、更に嫌そうな顔をした。照れていて可愛い……。
「おはよう、ダニエルさん。ええっと、それは……?」
「これ? これか……? さっきハリーに着せられた……」
ダイニングテーブルへ行くと、何故かグリーンの恐竜の着ぐるみを着たダニエルが座っていた。彼が鉤爪の生えたむっちりもちもちな手で眼鏡を直し、深い溜め息を吐く。
「俺……俺にプレゼントだって。そのあと会社に行ってた……嫌だったけど頑張って着てる」
「でも、よく似合っていますよ。ダニエルさん。ハリーはこの間、馬の着ぐるみを着てそれが気に入ったみたいで購入して、」
「豚。豚の着ぐるみはあるかな……」
「どっ、どうでしょう? 豚さんは……探せばあると思います! 多分」
「フレデリックさん、またアレンに殴られるぞ~?」
ヘンリーは朝にアイスを食べる派なのか、チョコとラズベリーのアイスを食べていた。今日はゆるっとした白いカーディガンを着ていて、どことなくほんわりとしている。私の視線に気がついたのか、こちらを見てふっと微笑む。
「メイベルちゃんも食べる? ほら、あーん……」
「ヘンリー、お前。珈琲飲みたいって言ってたよな? ほらよ」
「うん。飲みたいとは言ってたけど……何もこのタイミングで頭に乗せなくっても」
「いっ、痛そうだし、熱そうなんだけど? アレン……」
「大丈夫だ。こいつの頭皮は丈夫だからな。メイベル、お前は何を飲む?」
ヘンリーのダークブラウンの髪にマグカップをがんがんと落としながら、アレンが聞いてくる。そうか、頭皮が丈夫なのか……。
「ハーブティーがいいかな……でも自分で淹れ、」
「この間気に入ってたジンジャーティーでいいか? それともローズマリーティー?」
「じゃあ迷惑でなければローズマリーティーを……この間のブレンドが美味しかったから」
「ああ、あのジュ二パーベリーのやつな。分かった。まだ残ってた筈だが……」
そこでヘンリーが変な顔をする。アイスを掬い上げて、もちゃもちゃと食べながら聞いてきた。
「この間のブレンドって何? 淹れてんの? メイベルちゃんのために?」
「あっ、うん……この間ね、ハーブティー専門店に行ってきたの。そこで買ったやつ。美味しかったよ、試飲も出来て」
「あいつ、絶対にメイベルちゃんのことが好きだろ……今の内に振っておいた方がいいぞ、心を折っておけ!」
「俺もそう思う……折っておいた方が絶対に絶対にいいと思う……」
ダニエルが林檎ジュースをじゅるりと吸い上げつつ、絶望的な顔で見つめてくる。黒いジッパー付きのトレーナーを着たフレデリックが真面目な顔で頷き、何故かヘンリーもスプーンを振り回して「折っとけ! へし折っとけ!」と声高に叫ぶ。ええっと、どうしよう。困ったな。
「ほら、言わない方がいいって。絶対! 放置しておこうよ、絶対に面白いことになるから」
「ノア……お前にしては良いことを言うな。そうしよう! よし! メイベルちゃん、悪かった! アレンは多分君のことが好きじゃないと思う! むしろ鬱陶しいと思ってる!」
「えっ……」
「途端に生き生きとしだしたな、フレデリックさん……」
鬱陶しいと思ってる。でも、それはきっと本当のことで。だって最近の私は本当によくアレンに甘えていて、この間もフレンチトーストを作って貰ったし、チェストとカーテンとメイクボックスと小物入れも作って貰ったし、おやつにパンも買って貰ったし……。反省して落ち込んでいると、向かいに座ったダニエルがぼそりと呟く。
「この間……アレンがメイベルの面倒見てて疲れたって言ってた……」
「でっ、ですよね。私、本当に物凄く甘えていて……」
「あ~、そう言えばアレンがこの間。たまにはメイベルとじゃなくて俺と遊びに行きたいって言ってたな~。ほら? 毎週のように二人で出かけてるからさ?」
「本当、くっだんないところで仲良しだよね。ヘンリー達は……」
隣に座ったノアがぼやく。でも、それどころじゃなかった。薄々気がついてたけど、やっぱりアレンにとって負担になっちゃってるんだ、私。私の存在が重りになってる。
(薄々気がついてたのに私、気付かない振りをしてた……)
駄目だ。良い人であらないと。どうしよう、嫌われてしまうかも。必死でぐるぐると考え込み、膝の上で手を握り締める。
「それでな、メイベルちゃん。アレンは本当に君のことが鬱陶しいと思っていて……」
「おい、このクソクソ変態パン屋とお前ら。何をよってたかって吹き込んでるんだよ!? おいっ、ヘンリー!? 目を背けるなよ!? 分かりやす過ぎるだろ、お前!!」
「俺は言ってない……何も言ってない……」
「ダニエルさんと同じく、俺も何も言ってないし……!!」
「俺もだ。嘘なんかちっとも吹き込んでないし……!!」
三人がそそくさとマグカップを持って立ち上がると、アレンが溜め息を吐いてこちらを見てきた。その険のある青い瞳を見て怯えてしまう。どうしよう、やっぱりきっと鬱陶しがられていて──……。
「ほい、ハーブティー。あとベーコンも持ってきたぞ。くっだんない嘘を信じ込んでないでさっさと飯を食え。そんで仕事に行け。遅刻するぞ?」
「でも、私。材料費とか払ってなくて……」
「いい。チェストのことなら俺が好きでやったんだ。あと今のは全部、あいつらの嘘だからな? 信じるなよ?」
「でも、さっき。あんまり話しかけるなって……」
「ノア。こんな時どうすればいいと思う? なぁ」
先に食べ始めていたノアがひょいっと肩を竦め、ベーコンを口に入れた。
「さぁ? 自分で考えれば? 分かるでしょ、それぐらい」
「……分かんねぇから聞いたんだけどな。はーあ、ほい」
「あっ、ありがとう……?」
アレンがおもむろにポケットからキャラメルを出して、私の手に押し付ける。その後わしゃわしゃと乱暴に頭を撫でて「あいつら、後で絶対に殴る。殺す」と言って去って行った。どうやら自分の分より先に、私の分を運んで持ってきてくれたらしい。キッチンの方から、激しくぎゃいぎゃいと言い争う声が聞こえてくる。
手の上のキャラメルを眺め、ぎゅっと握り締めた。きっとこれが答えなんだろう、多分。
「ノア……あのね」
「ん? どうしたの? メイベルちゃん。食べないの?」
「アレンはやっぱり、優しくて良い人だと思う……」
「……そんなにキャラメルを貰ったことが嬉しかったんだね……? もう笑顔じゃん。ちょろくて可愛い~」
「ふふっ、だって言ったの昨日なんだもん。キャラメル好きって」
「えっ、やばいな、あいつ……ストーカーじゃん、もう。メイベルちゃんの」
ぱりぱりと包装紙を破いて食べる。美味しい。まろやかなキャラメルが口の中で溶けて滲み出し、その甘い塊を噛み締める。
「アレンは最近、むぐ、こうやってわらひの好きな美味しいものをくれるからうれひい……」
「良かったね。メイベルちゃん……」
「うん。最近、お菓子を買わなくなった……アレンがくれるから」
「そっか~。あいつ、スーパーとかでそうやって買い込んでるのか……笑えるな」
何故か床に転がっていた白熊の置物を拾い上げ、それを棚へと戻す。ふと顔を上げると、ガラスの向こうにアレンが立っていた。こちらを見て気まずそうな顔をして、そそくさと去ってゆく。
(あれかな……もしかしてお詫びのお菓子かな!?)
アレンは今朝みたいに落ち込むことや酷いことを言った後、必ず私に美味しいものをくれる。だからちっとも辛くなかった。きっとあの悪口や刺々しい言葉は彼の中に浸透していて、切っても切り離せないものなんだろう。わくわくと胸を弾ませてドアを開けてみると、アレンがまず後ろに立っていた店主のヘレンに声をかける。
「こんにちは~……メイベルの友人です。あの、メイベル? 一緒に食べようかと思ったんだけど」
「うん! 何? 焼き立てクロワッサン? それともチョコレート?」
「……どれも外れてる。でも絶対お前が喜ぶもの」
「やった! ありがとう、アレン! ちょっと待っててね、エプロンを脱いでくるから」
「良かったわね~、メイベルちゃん。行っといで~」
慌ててエプロンの紐を解きつつ、バックヤードへと入る。すると先に休んでいた同僚のフィオナが話しかけてきた。
「あれっ? メイベルちゃん。どうしたの? そんなに慌てて?」
「えっ、えーっと、友達が美味しいものを持って会いに来てくれて」
「へ~、もしかして彼氏!? 彼氏だったりする!?」
「へっ? しないしない、ただの男友達だよ……」
新緑を映し出したような瞳をきらきらと輝かせ、フィオナが詰め寄ってくる。彼女は恋話やイケメンが大好きで、事ある毎にこうやって詰め寄ってくるのだ。ごめんね、恋話が出来なくって。ずきりと痛んだ胸を無視して笑いかける。
「でも、イケメンはイケメンだよ……見に来る?」
「えっ! 行くっ! やった!! 紹介して!?」
「でも、フィオナちゃん。彼氏さんは……?」
「ん~、絶対浮気してると思う……他のイケメン見てメンタル回復しよっかな~。ああ、大丈夫大丈夫! 紹介してって言ってもその紹介じゃないからね? ねっ!? 浮気するつもりもないし!」
「だったら良かった……行こうか。ちょっと怒りっぽいけど良い人で」
エプロンを畳みながらそう言うと、フィオナがあからさまに嫌そうな顔をする。一体どうしてだろう……。
「申し訳ないけど、メイベルちゃんの良い人、良い人じゃないからさ~……やっぱりやめておこうかな、私。他の道路歩いてるイケメンにしよっかな……」
「ふふっ、分かった。でもいつでも言って? 紹介するから。じゃあね~」
「は~い、ありがと~! クソ彼氏と別れたらお願いするかもしんない~!」
にこにこと笑顔で手を振ってくるフィオナに手を振り返し、アレンの下へと向かう。私が絶対に喜ぶ美味しいものって何だろう? アレンは記憶力が良いから私が言ったこと、何でも覚えてくれている。
「お待たせっ! アレン、わっと」
「お前な、はしゃいで転ぶなよ……? ガキじゃあるまいし。じゃ、行くか。そんじゃあ俺はこれで」
「ヘレンさん、また後で~。行ってきまーす」
「行ってらっしゃい、メイベルちゃん~。また後でね~」
「は~い。行ってきまーす」
アレンの腕を掴んで外に出て、ガラスの扉を閉める。寒いからかアレンは薄い茶色のトレンチコートを着ていた。黒髪と青い瞳によく合っている。でも、それよりも一番気になるのは腕の中にある紙袋で。
「ねっ、ねぇねぇ、お詫びって何? それ」
「お詫びとは言ってないだろ、お前……」
「でも、私に今朝言ったことを後悔してるんだよね……?」
「お前……意外と図太いよな、本当」
アレンが横断歩道の前で立ち止まり、道路の向こう側にある公園を見つめて「寒いか? 今日はどうする? いつもの公園で食べるか?」と聞いてきた。でも、飲食店に食べ物を持ち込むのは迷惑になっちゃうからその提案に乗る。
「うん。寒いけどいつもの公園で……」
「薄着だな、お前。そんなニット一枚で……ほい」
「あっ、ありがとう。温かい……」
アレンがその指を振った途端、ほんわりと肩や服が温かくなる。きっとそんな魔術をかけてくれたんだろう。上機嫌で歩いて横断歩道を渡っていると、隣を歩いているアレンがぼそりと呟いた。
「悪かったな、今朝は。流石に大人げなかった……」
「大丈夫。照れ隠しだってちゃんと分かってるから……あれ? あれハリーじゃない? 近いのかな、職場が」
「おいおい、声をかけるなよ? メイベル……あいつはまだこちらに気がついていない。逃げよう、早く」
「えっ、ええええええ……?」
アレンが話しかけようとする私の口を塞いで、横断歩道を渡ってゆく。車に乗った人達が驚いた顔をしていた。「アレン? ちょっと!」と話しかけると、すぐに放してくれたけど。そういう所が本当に優しい。
「も~、一緒にご飯食べたかったのに……」
「これを見てもそんなことが言えるのか? ほらっ」
「えっ、わっ、わ~……私が食べたかったやつ……!!」
アレンが得意げな顔で出してきたのは、真っ赤なローストビーフと玉葱を挟んだパニー二。他にも甘酸っぱいトマトと挽肉が美味しいミートパイ、私が飲みたいなと言ってたスパイスたっぷりのホットワインに苺とカスタードクリームのクレープ。どれもこれも美味しそうで、ごくりと唾を飲み込む。
「ありがとう、アレン……やっぱりその、呼び止めなくて良かったかも……」
「だろ? あいつ、馬鹿みたいに食うからな……食っちまえ、今の内に。あいつのことだから匂いを嗅ぎつけて、ふらふらとやって来る可能性がある……」
「大丈夫。アレンがちゃんと、私の分のご飯を守ってくれるだろうから……」
「……まぁ、守るけどな。案外ふてぶてしいよな、お前も」
ベンチに座ってまずはパニー二を持ち上げ、齧り付く。しっとりとしたローストビーフの赤身とぴりりと辛いソースが美味しい。しゃくしゃくと玉葱を噛み締めながら、アレンが「ん、ほい」と言って差し出してきたフライドポテトを取って口に入れる。おい、美味しい……。
「おいひい……ありがとう、アレン。あ、良かった。アレンの分もちゃんとあって……」
「おう。俺もたまには贅沢をしようと思ってな。うまいか? メイベル」
「うん、美味しいよ。もうクレープが食べたくなってきちゃった……」
「食い過ぎには気を付けろよ。タッパ持ってきたから、俺」
「ありがとう、タッパまで……帰ったら洗うね、私が」
「ん……」
黄色と赤の枝葉がざぁっと揺れ動き、陽に煌く。もう陽射しはすっかり秋の静謐さを含んでいて、木立と枯葉が積もった地面を照らしていた。
美しい秋の公園に美味しいローストビーフのパニー二サンド。優しい友人に白い湯気を燻らせているホットワイン。揚げたてのフライドポテトからふんわりと、バジルとハーブソルトの芳香が立ち昇った。これ以上無いと言うほどに揃っている、嬉しくて優しいものが沢山。
「ありがとう……アレン。でもお金は、」
「いい、これはその……お詫びだし。あと俺の自己満足かな。いや、ちょっと違うか……」
「ん? そうなの? 言い辛そうな顔をして一体どうしたの……?」
「俺は本当は……あいつにこういうことをしてやりたくって。だからお前にして、埋まらない部分を埋めてる。虚しいと言うか……膿んだ自己満足なのかもしれないけど。ほっとするんだよな、あいつと似たお前が笑ってると」
そうか、アレンは私という代わりを見つけたのか。私は見つかるかな、そんな代わりが。でもきっと、それは相手に失礼だ。あんなことは繰り返したくない。私のせいで相手の男の子が追い詰められてしまった。
(あの子は本当に私のことが好きだったんだな……今頃はもう、きっと彼女が出来ているんだろうけど)
深く考え込んで食べていると、隣に座ったアレンが焦って言い募る。さっきの発言で落ち込んだと思ったのかな。
「まぁ、お前の喜ぶ顔が見たくてやってる部分もあるけど……いや、むしろそれが大部分だけど。だから、」
「気にしないよ、アレン。私。ありがとう、お詫びにこんな美味しいものをくれて……」
ふんわりと柔らかく微笑みかけてみると、青い瞳を瞠ってふっと淋しそうに笑っていた。そんなに似ているんだろうか? 彼の言うあいつと私は。ピチチと頭上で小鳥が囀った。アレンがまた黙ってサンドイッチを食べて、私にフライドポテトをくれる。それを受け取ってもすもすと食べ、目の前に広がった美しい秋景色を眺める。木々の隙間から、高く澄んだ青空が見えた。白い雲がのんびりと横切ってゆく。
「……ねぇ、アレン」
「ん? どうした? メイベル」
「いくらでも代わりにしていいよ、私のこと。辛いでしょ?」
「……そうだな、辛いな。あいつにすればいいのに出来ない……」
どうしようもないものを、私達はそれぞれみんな抱えている。ヘンリーもハリーもマリエルも、ノアもシェヘラザードでさえも。そこに触れることは出来ない、そこまでの信頼関係は築けてないから。でも、アレンの痛くて弱い部分に触れることは出来る。
この時、何故か私はそう思った。だから手を伸ばしてアレンの手を握り締める。ごつごつとしていて、指の先がひんやりと冷えていた。
「本当は何をしてあげたかったの? その子に……家族か友人か分からないけど」
「家族だ。俺の弟で……ごめんなって謝りたかったし、そうだな。あいつの負担にならないよう、守ってやったりとか。メイベルにしてるみたいに……いや、余計なお世話なのかもしれないけど。お前からしたら」
「ううん、ありがとう。お陰で随分と楽になったよ……だから、これからもその」
「ああ、うん。俺の自己満足かもしれないけど、弟の時と同じにならないように……ああ、まぁ。俺も気をつけるから。今日はごめんな、話しかけるなって言って」
ああ、やっぱりアレンは優しい人だ。私が黙ってにこにこと笑っていると、顔を赤くして「食えっ! もう! いいから食って太れ!!」と言ってきた。
「うん、ふふっ」
「何だよ、もう。お前……」
「午後からも頑張るね、私。ありがとう、アレン。おいし~」
「まぁ、良かったよ。お前が嬉しいのなら……あ~あ、俺も頑張るか。働きたくねぇな~、クソガキどもの面倒見るのやだな~。知ってるか? メイベル。俺、シッター的なこともやってるんだぞ?」
「えっ……向いてないね?」
「あ? お前、何か言ったか? そこは俺を褒めるところだろうが!! 何故俺を褒めない!?」
「あっ、ごっ、ごめんなさい……えらい! えらいね、アレン! 凄いよ! 本当にすごい!!」
「言わせた感がすごいけどまぁ、いっか。はーあ……」




