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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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25.ぐだぐだな告白に、忘れ去られたハンバーグプレート

 



 石畳の歩道に面したカフェは、淡いペールグリーンの支柱にホワイトチョコレートみたいな扉が嵌めこまれていて、すごく可愛かった。外にはパラソル付きのガーデンテーブルと椅子まで並んでいる。見上げながら感動していると、アレンがゆっくりと私の手を放していって、カフェの重たそうな扉を開いた。からんころんと、澄んだベルの音が響き渡る。中にいた店員さんが振り返り、茶色の瞳を大きく見開いた。


「いらっしゃいませーって、アレン? 女連れとは珍しい」

「うるせぇよ……。そっか、今日はお前がいる日だったか」

「俺のシフトなんか把握してないもんな~、お前」

「把握しときゃ良かった。今からでも店変えるか」

「えっ!?」


 アレンのお友達なら、ちょっとだけ喋ってみたいのに! ショックを受けた私の顔を見て、アレンが気まずそうにそっぽを向く。カフェらしい黒のチョッキとズボンを身につけた男性は、にやにやとからかうように笑っていた。


「そっか~。ごめんな~? そりゃあ、彼女とのデートだもんなぁ~? お友達の俺に見られたくないよな~?」

「メイベル。ここの店員は接客態度がなってないから、他へ行かないか?」

「初めまして、メイベル・ロチェスターっていいます!」

「初めまして~。アレンの友達のリックです。付き合って何ヶ月目? メイベルちゃん」


 アレンが強烈な舌打ちをしたあと、私の手を握って外に出ようとした。踵を返したアレンを見て、慌てて追いかけてくる。


「ちょっ、ごめん! 悪かったって! ここのパフェ食いに来たんだろ!? もうからかわないから食っていけって!」

「わ、私もパフェ食べたいな……」

「仕方ないな」


 軽く溜め息を吐いてから、私の手をぱっと離した。彼氏みたいに、手を繋いでくれてても良かったんだけど……。不機嫌そうなアレンを見上げていると、リックがほっとしたように笑い、奥の席へと案内してくれた。昼時を過ぎた店内は空いていて、心地良い音楽が流れている。正面からの光に照らされた店内は明るく開放的で、白塗りの壁とダークブラウンの無垢床、アンティーク調の椅子とテーブルがレトロで可愛いかった。


「ごめんな? からかっちゃって。お詫びにこの席どーぞ。一番人気で、ここ」

「わ~、素敵! ありがとうございます」


 人気なのも頷けるぐらい素敵だった。ゆるやかに背もたれがカーブしたソファーは白とグリーンのストライプ柄で、座り心地が良さそうだった。それから、つやつやに磨き上げられた濃いブラウンのテーブルと、布張りの椅子が二つ。頭上では華奢なアンティークのシャンデリアが吊り下がり、壁には湖と草原の絵が飾られていた。


「いやいや。でも、アレン? あれだけ彼女いないとか散々言ってたくせに」

「彼女じゃないって、だから。……これから作るところだけど」

「えっ!?」


 これから作る? 彼女を? 一気に絶望のどん底に叩き落とされた気分になってしまった。じくじくと痛む胸を押さえ、アレンを見つめると、リックが「あれ? 違った? まぁ、うーん……」とか言いながら、そそくさと逃げてゆく。いっ、言うだけ言っておいて……。がっかりしながらも、奥のソファーに腰かける。アレンは気まずい顔をしながらも、リックが気になるのか、何度も後ろを振り返っていた。


「あー、ひとまず頼むか」

「うん……」


 本当に彼女を作る気なのかどうか、確かめてしまいたいのに確かめられない。はっきりそうだと言われたら、泣いちゃうかもしれないし……。迷惑をかけたくはなかった。お友達もいるんだし、アレンはきっと、そういうことを一番嫌がる人だろうから。落ち込みながらも、メニュー表を開く。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、ほろ苦いチョコプリンに、大粒の苺とカスタードクリームが添えられた苺チョコプリンパフェ。それにマンゴーで薔薇の花を作り、ココナッツとアーモンドジェラートの上に載せられたパフェ。白桃とミルクプリンのパフェに、期間限定のクリームブリュレパフェとか、沢山美味しそうなパフェがあって、すっかり暗い気分が吹き飛んだ。


「わ~、美味しそう! 見て見て! アレンはどれにする? あっ、ここに食べに来たことはある?」

「一度だけある」

「大きさは? どんな感じ? 写真で見る限り、ちょっと小さそうな感じなんだけど……」

「意外とでかいから無理すんな。あと軽食もあるぞ、ここ。うまかった」

「えっ? 軽食? 本当だ~、ホットサンドとか美味しそう!」


 ベーコンとチェダーチーズのホットサンドに、トマトと魚介類のパスタ。皮目をぱりぱりに焼いたチキンの上からバジルソースをかけ、目玉焼きとハーブサラダを添えたランチプレート。海老とレモンに、帆立のクリームパスタ。でも、とろとろのチーズに包まれているハンバーグを見た瞬間、心を奪われた。


「アレン。私、これにする……!!」

「えっ? パフェは?」

「なんかはしゃいでたらお腹減っちゃって。マリエルさんにその、遠慮しちゃって、朝ご飯もろくに食べれてないし」


 ウェディングドレスの試着があるからと言って、ご飯を抜いていたマリエルさんを見ると、目の前でばくばく食べれなくなっちゃった。アレンが残念そうな、がっかりしたような顔をする。あれ? 珍しい。いつもは私が何を選んでも、気にしたりしないのにな。


「まぁ、そっか。じゃあ……。でも、いいのか? お前の好きそうなミルフィーユもあるけど?」

「ううん、いいの! 別に~。チーズハンバーグにする!」

「そうか……」

「ガーリックとベーコンのパンも頼もうかなぁ。美味しそう」

「いや、それは流石にちょっと」

「なんで?」

「……」


 アレンが何も言えずに黙り込んでしまった。じゃあ、パンはやめておこうかな? ハンバーグセットに、パンまで食べるのは、流石に食べすぎなのかもしれない。


「じゃあ、やめとくね~。食べすぎかもしれないし」

「ああ、まあ、うん」

「アレンはどうするの?」

「俺は……パフェを頼もうと思ったんだけどなぁ」

「私に気にせず頼んでね? さっきまではパフェが食べたい気分だったんだけど、ハンバーク見たら吹っ飛んじゃった! ふふ」

「うちのハンバーグは美味しいよ、おすすめ~」

「あ、リックさん」


 さっき逃げたリックが目の前に氷水を置いてくれた。アレンがそれを見て、あからさまに嫌そうな顔をする。


「おい、リック。来るなよ」

「水を持って来たんだよ! あと、注文も取りにね。何にしますか~? メイベルちゃん」

「じゃあ、ハンバーグプレート一つで!」

「はい。飲み物は?」

「アイスティーでお願いします」

「俺はホットのコーヒーで……あー、それと苺パフェ」

「っふ、お前が! 苺パフェ食うとか!!」

「しまいにゃクレーム入れるぞ、おい」

「ごめんごめん、悪い悪い。じゃ」


 爽やかに手を上げ、笑いながら去って行った。楽しい。こうやって、アレンの友達と喋る機会なんてそうそうないから。リックの後ろ姿を見つめていると、アレンがおもむろに溜め息を吐いて、また眉間にしわを寄せる。


「……なんだ? 言っとくがあいつ、彼女いるからな?」

「えっ? そういう目で見てたんじゃないよ? ただ、明るくて楽しい人だなって。そう思って見てただけ」


 アレンの友達なら、学生時代のこととかいっぱい知ってるかもしれない。ま、前に、どんな人と付き合ってたのかとか聞いてみたいな……。ただそのままを話すのは、流石に気恥ずかしいから、笑いながら手を振ってごまかしておいた。アレンが肘を突き、「ふーん」と言ってつまらなさそうにする。もう頼んだのに、メニュー表をぼんやり見下ろしていた。その不機嫌な顔の意味が知りたくて、ついつい、身を乗り出してしまう。


「ねぇ、アレン? その、さっきのことだけど」

「ん? どうした? さっきのこと?」

「か、彼女作るとかどうとか言ってたけど、本当……?」


 が、頑張れ! 私! 冷や汗をどっと掻いてしまった。でも、聞きたい。聞いておきたい。アレンが誰かと付き合ったあとで、後悔するのだけは絶対に嫌だ。


(振られたらあのシェアハウスを出よう……。お父さんもうるさいし)


 今まで協力してくれたヘンリーやダニエルさんには申し訳ないけど、もし振られたら、あのシェアハウスを出て行こう。……逃げるみたいで、ちょっと気が引けるけど。心臓がばくばくと、うるさく早鐘を打っている。アレンは静かに青い瞳を見開き、眉をひそめ、照れ臭そうにうつむいていた。


「いや、まぁ……」

「誰か気になってる人でもいるの? もしかしてハリー?」

「なんでそこでハリーが出てくるんだよ!? あいつだけはやめろ、絶対に!!」

「ふふ、冗談だよ。冗談。でも、気になっちゃって」


 私には教えてくれないかなぁ。でも、せめて知りたい。どんな人が気になっているのか。微笑みながら見つめていると、アレンがますます気まずそうな、照れ臭そうな顔をしてうつむき、「あー」とか「うー」とか言い出した。今日のアレン、やっぱり変だ。


「メイベルは?」

「へっ? 私!?」

「おう。ほら、気になってる人とか……」


 いつになく歯切れが悪い。こ、これはもしかして!? 私にガーリックパンを食べて欲しくないって言ったのもそれかな!? わくわくと期待しながら見つめていると、徐々にアレンの顔が赤くなっていった。耳たぶまで真っ赤だ。嬉しい。


「わ、私はええっと、いるにはいる、かな……?」

「そっか……」

「うん」

「……」


 えっ!? それで終わり!? 終わりなんだ!? まだもう少し何かあるかもしれないと思って、じーっと長く見つめていると、リックさんが「お待たせしました~」と言ってアイスティーとホットコーヒーを持って来た。アレンがまた強烈な舌打ちをしたあと、不機嫌そうな顔でぼちゃん、ぼちゃんと、角砂糖を二つほど投げ入れる。ソーサーにまで飛び散ってない? それ。


「あの、アレン? どうしたの? 大丈夫?」

「大丈夫だから。気にすんな」

「でも、気になるんだけど……」

「いや、その、気になってるやつだっけ? どんなやつかなと思って」

「どんなやつ……」


 目の前にいます! って言えたらいいんだけど。でも、厳密に言うと、気になってる人じゃなくて好きな人だしなぁ……。私が視線を彷徨わせ、なんて言うべきか迷っていると、アレンがキッチンの方を見つめた。また来るかどうか気にしてるみたい?


「……まぁ、言えないのなら言えないで、別にいいけどな」

「あ、じゃあ、アレンから先にどうぞ」

「えっ? 俺!?」

「うん……」


 上手く言えない! もうここで好きって言っちゃおうかな? でも、出来たらアレンから告白して欲しいし、マリエルさんとライ叔父さん、ダニエルさんも幸せそうで良い感じなのに、私だけ失敗したら、すごく惨めな気持ちになっちゃう……。出来たら、笑顔で結婚式に参加したいし。怖い、言うのが。勇気を出すのが。


 運ばれてきたアイスティーをストローでかき混ぜ、ゆらゆらと、黒から濃い茶色へと移り変わってゆくのを眺める。もう一度ゆっくりかき混ぜると、今度は黒色に変わっていった。陽射しは穏やかで、音楽も心地良い。なのにもどかしくて、胸の奥にぽっかりと穴が開いていた。


「あー、最初は恩返しのつもりで接してて」

「へっ? うん」

「ただ、途中から自分がしたくてしてることに気が付いて」


 もしかして、それって。……ライ叔父さんがアレンの弟、アラン君を救った話をふと思い出す。だから最初に私を見た時、驚いていたし、すごく優しくしてくれたんだ。誰にからかわれても、ハリーやダニエルさんのお世話をしようとする私を止めてくれて、特別に目玉焼きの黄身をとろとろの半熟にしてくれたり、服から落ちてしまったボタンを探してくれたり、最初から何かと優しくしてくれた。親切にしてくれた。じわっと、目に涙が浮かぶ。アレンはしきりに横の壁を眺めていて、こっちを向こうとしなかった。頬も耳たぶも赤かった。


「……それで、なんで親切にしようだとか、あー。アランと似てるからだと思ってたんだよ。笑顔がよく似ててさ、それで」

「うん。……嬉しい。それで?」

「それでえーっと、誰に何言われても気にしなかった。弟と似てるってことをわざわざ言わなくてもいいと思ってたし、また、からかいやがってって思うだけで……。ぜんぜん、自分の気持ちに気が付いてなかった」


 こ、ここまできて、告白じゃなかったらどうしよう……!? それに、リックさんが来たらどうしよう? ハラハラする。でも、何も無かった。誰も来なかった。アレンがしどろもどろに、顔を赤くさせながら話を続ける。


「で、気付いたら傷つけるのが怖くなった。なんか、トラウマとかもいっぱいあるみたいだったし」

「トラウマ……?」

「ストーカーされたり、刃物持って追いかけられたり、誘拐されかけたんだろ? あとイケメンに一方的に好かれて、その取り巻き女三人が家に押しかけてきたりとか……」

(なにそれ!? 私、知らない!)


 驚きすぎて声が出なかった。確かにストーカーされたことはあるけど、他は知らない……。かろうじて息を呑みこみ、「誰から聞いたの? その話」とだけ聞く。アレンがきょとんとした顔で教えてくれた。


「いや、ウィルから。大変だったんだろうなって思って」

「あっ、ふーん……そうだったんだ」

「ああ。だからその、好きとか、アプローチするのがためらわれて。それで」


 アレンがそわそわと落ち着かない様子で、手を組み直した。もう壁じゃなくて私の方を向いていて、顔を真っ赤にさせている。自然と笑みが浮かんだ。ああ、私、アレンのこういうところが好きだなぁ。肝心な時は絶対、ごまかしたりはぐらかしたりなんかしないし、ちゃんと向き合ってくれる。怒っている時も私が不安がっていたら、ちゃんと逃げずに説明してくれる。アレンの青い瞳がいつになく熱を帯びていて、私をひたむきに見つめていた。嬉しかった。さっきの空虚さの代わりに、喜びが胸を占める。


「でも、やめた。……そ、そろそろ、母さんも誰か連れてこいってうるさいし、職場でも彼女いないのか? とか、結婚はしないのかとか言われるようになってきちゃってさ、俺」

「大変だね。その、手伝おうか?」

「ああ、まぁ、そうしてくれると助かるかな……」


 アレンが横に置いた黒いバッグをごそごそと漁って、何かを取り出した。気になって首を伸ばしていると、青いビロード張りの小箱が出てくる。も、もしかして、これって。


 息も出来ずに見つめていると、ゆっくり、慎重な手つきでそれを開いた。中に入っていたのは()()()するほど、澄んだミントグリーンの宝石がついた指輪。まろやかな金色が光を帯びて、優しい煌きを放っている。そのミントグリーンの宝石の脇には、びっくりするほど繊細な、葉脈まで浮き出ている小さな葉が飾られていた。繊細で、途方に暮れるほど可愛い。素敵。アンティークのような雰囲気をまとい、静かに青いビロード箱の中で佇んでいる。アレンがそれを私に差し出したまま、うつむいた。


「これ……。俺のひいじいちゃんがひいばあちゃんに贈ったもので」

「えっ!? そ、そうなの!?」

「おう。で、まぁ、二人にあやかってじゃないけど、これ、母さんに見せられた瞬間、メイベルに似合うだろうと思って……あーっ、くそ!!」


 おかしかった。いつもは歯切れがいいアレンが、顔を真っ赤にしてうろたえているから。くすくす笑っていると、拗ねたように「笑うなよ……」と呟く。


「で、だ。ひいじいちゃんもこれ渡して、プロポーズして上手くいったみたいだし。引き出しの中にしまわれてるのも勿体無いし、良かったら使ってくれ。指輪もその方が喜ぶだろ。……手、貸してくれないか?」

「う、うん」


 最後の声がすごく優しくて、緊張してしまった。胸が高鳴る。心臓が爆発しそうなぐらい速く動いていたし、これ以上の嬉しいことなんてもう、二度と起きないんじゃないかと思うぐらい嬉しかった。おそるおそる手を差し出すと、アレンがふっと微笑み、壊れ物を扱うかのように、うやうやしく私の手を取ってくれた。息が止まる。多分、私、さっきのアレン以上に顔が真っ赤だ。アレンが、箱から指輪を抜き取って、私の左手の薬指に通してくれる。陽にかざせば、きらりと澄んだ光を放った。


「わ、あ……いいの? 本当に貰っちゃって」

「おう。で、また今度、一緒に婚約指輪を選びに行こうぜ。貰ったからタダだし、それ」

「う、うん……」


 いきなり、涙がぼたぼたとこぼれ落ちてきた。アレンがぎょっとした顔をして、慌てて立ち上がる。


「ごっ、ごめん! ええっと、俺、言ってなかったな!? そういや! ちゃんと好きだってそう! いや、それとも気に入らなかったか!? ごめん、メイベル。ごめん……!!」

「だ、大丈夫。ごめんね? その、嬉しかっただけだから」


 私の傍へとやって来て、背中を優しく擦ってくれた。笑って抱き付くと、アレンも笑って抱き締め返してくれる。────ああ、良かった。この恋が叶って。報われて。するとそこへ、苺パフェとハンバーグプレートを持ったリックがやって来た。私達を見て、困った顔をしながら立ち止まる。


「えーっと、お二人さん? まいったな、一体どのタイミングで渡せばいいんだ? これ」









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