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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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24.マリエルのウェディングドレス選びと彼女の期待

 



 白地に金銀の刺繍、煌くスパンコールに溜め息が出るほど美しいレース。華美すぎないシャンデリアが吊り下がり、深いロイヤルブルーと白で統一されたドレスショップは、どこもかしこも舞踏会のような美しさに満ち溢れていた。ここに立っているだけで、胸がわくわくと弾んでしまう。


「ふふふ、どう? これぞウェディングドレスって感じじゃない?」


 Aラインのシンプルなウェディングドレスを着たマリエルさんは、物語に出てくるお姫様のように美しかった。金髪に青い瞳が純白のドレスによく映えている。隣に立ったライ叔父さんも見惚れ、ほうと息を吐いていた。格式高いドレスショップに合わせてか、気張って紺色のネクタイを締め、穏やかな茶色のスリーピースを着ている。私も今日ばかりは、大きな白いレース襟がついた、清楚なラベンダー色のワンピースを選んだ。


「ああ、よく似合ってるよ。が、マリエルにはもう少し華やかなデザインの方が……」

「そう? こういう、いかにもウェディングドレス! って感じのドレスに憧れてたのよね~。一度でいいから着てみたかったの」

「すっごく似合ってます! でも、マリエルさんには確かにもっとこう、豪華で華やかなものが似合うかと……!!」

「だってよ。別のにしろ、別のに」


 淡いブルーのスキッパーシャツに、紺色のジャケットを合わせているアレンがどうでもよさそうな顔で言い放った。こ、こんなに綺麗なマリエルさんを目の前にして……? 戸惑っていると、ライ叔父さんの前だからか、マリエルさんがぷうと、不貞腐れたように頬を膨らませる。


「いいのよ? 別にあなたに、素敵な賛辞を述べて貰おうだなんてちっとも思ってなんかいやしないから。でも、ちょっとだけ鬱陶しいわね。お世辞でもいいから、綺麗とか言えないの? ねえ」

「綺麗綺麗。磨きたての床より綺麗だ。トイレの床より綺麗だ」

「どうしてそこで、トイレの床を引き合いに出してくるのかしら……?」

「ま、まあまあ、落ち着いてくれ……。二人とも、本当に相性が悪いんだなぁ」


 困ったのか、ライ叔父さんが苦笑して私を見下ろしてきた。苦笑を返して頷く。でも、アレンがマリエルさんに見惚れていなくて、ちょっとほっとしたかも。


「だから、アレンはついて来ない方がいいよって言ったんだけどね……」

「……」

「ふふふふ、仕方ないわよねぇ。だぁって、アレンがメイベルちゃんと()()()()()離れたくないって言うんだもの! 大目に見てあげるしかないわねぇ。そーんなに、連日のお留守番が堪えたのかしら? ふふふ」

「てめえな、クソババア……!!」


 あのアレンが声も荒げず、ひたすらマリエルさんのことを睨みつけている。だけど、握り締めた拳はぷるぷると震えていたし、今にも歯軋りの音が聞こえてきそうだった。そんなアレンとマリエルさんを交互に見つめ、慌ててライ叔父さんがとりなす。


「まっ、まあまあ……色々事情があるんだろうし。そうだ、マリエル? 他のドレスも着てみてくれ。見てみたい」

「ふふふ、そうね? じゃあ、これぐらいにしておいてあげるわ。何番のドレスにする?」

「えーっと、ちょっと待ってくれ。その、私が選んでも?」

「もちろん! ライさんが選んでくれたドレスが着たいわ、私」


 ここのドレスショップは“ドレス選びを、もっと自由に”というコンセプトの下、経営されている。だから、身内だけでドレスを選びたい人は魔術仕掛けのカタログを購入して、いくつかの注意事項や説明を受けたあと、店員さんに試着室付きの小部屋へと案内して貰える。利用は三時間まで。延長すると、さらに追加料金を取られる。でも、分厚いカタログからお目当てのウェディングドレスを選んで、貝殻型のコンパクトに番号を打ち込み、ボタンを押すだけでしゅわしゅわと、一瞬で着替えることが出来る。


 それに小さなソファーセットもあるし、金色のベルを鳴らせば、すぐ店員さんが飛んで来てくれるし、ウォーターサーバーとクッキーもあるし、高いけどすごく居心地が良い。店員さんもいないし、ゆっくり選ぶことが出来る。


(私もいつか、ここでウェディングドレスをアレンと一緒に選びたいな~……)


 ほわほわと妄想していると、ライ叔父さんが立ってカタログを開いたまま、低くうなり始めた。優しいんだけど、そんな顔をしてるとマフィアに見える。


「どうするか……。でも、まずはこれで。六番で」

「六番ね? 分かったわ。じゃあ、着替えてくるわね~」

「はーい! 楽しみに待ってます!」


 一瞬でウェディングドレスに着替えられるんだけど、泡のような魔術の光にしゅわしゅわと包み込まれていく最中、どうしても肌が見えてしまうので、試着室の中へと入ってカーテンを引くことになっていた。笑顔で手を振って見送る。


「楽しみ~! どういうのにしたの? ライ叔父さん」

「これ。品があるし、あまり派手なものは着たくないみたいだったから……」

「あ? そうなんですか? あのク、マリエルさんのことだから派手なもん選ぶかと」


 とってつけたような「マリエルさん」だったけど、ライ叔父さんは特に気にした様子もなく、苦笑いを浮かべた。


「だったら、あんな可憐なドレスに憧れたりはしない。ただ、その、言い方は悪いが、あのドレスはちょっと地味だったからな……。だから、これなら良いかと思って勧めてみたんだ」

「へー」

「アレン、どうでもよさそうだね……?」


 ちょっと呆れて見上げてみれば、アレンがふっと笑った。その笑い方が格好良くて、思わずきゅんと胸が高鳴ってしまう。


「必要以上に、マリエルに興味があってもあれだろ? それともあれか? メイベルは気にならないのか?」

「あっ、う、ううん。なっ、なるかな! なる! なるっ!」

「そうか。なら良かった」


 アレンが青い瞳を伏せ、ほっとしたように笑う。きょっ、今日のアレン、すごい変! 格好良い! 余裕がある感じだし、どことなく色気があるような気もするし……!! 赤くなっていると、おもむろにカーテンが開いた。


「どう? ……意外だったわ、ライさんがこういうのを選ぶだなんて」

「わぁ! すごい、綺麗! 神秘的……!!」


 苦笑したマリエルさんが着ていたのは、真っ黒なウェディングドレスだった。首から手首にかけて、黒いレースで覆われ、胸元だけわずかに白く浮かび上がっている。下品じゃない程度に、ほんのりと白い谷間が覗き見えていた。腰から下はうっとりするほど、滑らかなシルクの黒い生地が流れ落ち、裾には月を思わせる黄金色の刺繍。そして、胸元には眩しいスパンコールが縫い付けられ、金銀葉柄の刺繍が施されている。幻想的で美しく、神秘的。まるで、夜の神殿に現われた月の女神みたいだった。


「ああ、綺麗だ……。すまない。派手なものが嫌いなのかと思って、そのドレスにしてみたんだが」

「いいえ。でも、嬉しい。どう? 似合ってる?」

「よく似合ってるよ。このドレスを初めて見た時から、一度着てみて欲しかったんだ。綺麗だよ、マリエル。まるで、夜の女神が目の前に降り立ったみたいだ」


 ライ叔父さんがにこにこと嬉しそうに褒めると、幼い子供が照れているような、恥ずかしがっているような顔をして、マリエルさんがくちびるを尖らせた。アレンと二人でそれを見守っていると、蚊が鳴くような声で「ありがとう……」とささやく。


「でも、マリエルにはやっぱり黒より白の方が似合うな。次はどれにする? お目当てのものはあるか?」

「じゃあ、十四番のにするわ。次は。前から気になってたの」

「十四番はえーっと、これか。分かった。これもよく似合いそうだな」

「着替えてきます!」

「うん。ゆっくりで大丈夫だよ」


 私達がじっと凝視していたら、恥ずかしくなってしまったのか、慌ててカーテンの向こうへ引っ込んだ。ライ叔父さんは慣れているのか、カタログを見ながら「これも似合うだろうなぁ、楽しみだなぁ」とにこにこ笑いながら呟いている。


「ふふふ、マリエルさん可愛い~。ね、アレン」

「まぁ、メイベルの方が可愛いけどな」

「も~、またそんなこと言って~」

「……」


 何故か、ライ叔父さんが気まずそうな顔でこっちを見てきた。首を傾げていると、アレンが咳払いをしてそっぽを向く。そんなアレンを見て、こわごわとした様子で話しかけてきた。


「その……アレン君? ちょっとあとで話があるんだが、いいかな?」

「えっ! ライ叔父さん、私はこれからアレンと一緒にパフェ食べに行くんだけど!? 何の話? ここでして?」

「えっ? いや、でも、そういう訳にもいかないから……」

「え~。ここでして? それとも、私に聞かれちゃまずい話なの? ねえ」

「メイベル、ちょっと待て。落ち着け」


 ライ叔父さんを見上げ、にじにじと詰め寄っていると、アレンが困った様子で止めに入ってきた。不満に思いつつ振り返ってみれば、おかしさと嬉しさが入り混じった、無邪気な笑顔を浮かべている。


「大丈夫だから。ちゃんと俺とパフェ食いに行こうな? なっ?」

「ん~……。でも、長くなりそうな感じだったから」

「ライさん。俺、今日、あの、メイベルに大事な話をする予定なので。見守って頂けたらなと」


 その言葉に青い瞳を瞠って、ライ叔父さんが驚いた顔をする。アレンが照れ臭そうな苦笑いを浮かべ、いきなり自分の足元を見つめ始めた。


「まぁ、そっか。ならいいが……兄さんには気をつけてくれよ。最近、荒れっぱなしだから」

「えっ!?」

「も~、どうしてそこでお父さんの話が出てくるの?」

「いや、メイベル? まだ無視し続けているだろう……?」

「うん。メッセージには極力返信しないようにしてるの。でも、突き指したってメッセージがきた時はちゃんと大丈夫? って送ってあげたよ?」

「メイベル? なんで父さんを無視してるんだよ、お前」

「えっ? だって、シェアハウスのみんなのことを悪く言うから~。一人暮らしなんて危ないからやめなさいだって、しつこく言ってくるし! なかなか分かってくれないから、去年からずっと無視し続けてるの。でも、三ヶ月に一度ぐらいは返信するようにしてるよ~、だから大丈夫!」


 アレンが一瞬だけぽかんとしてから、重々しく頷く。それと同時にカーテンが開いた。


「まぁ、お前を怒らせた父さんが悪いな! 仕方ないか」

「もう、相変わらずね? ライさん、どうかしら~。これ! 私、真っ黒のウェディングドレスより、こっちの方が好きなんだけど?」


 機嫌の良い猫のように微笑み、腰に手を当ててみせたマリエルさんが着ていたのは、白いAラインのドレスだった。光沢のあるシルク生地がほっそりとした肩を包み込み、華奢なデコルテを引き立てている。腰から下にかけては、上質なシルクサテン生地が美しく滑らかに広がっていた。白い花々の刺繍が豊満な胸元を彩り、マリエルさんの少女らしさと大人っぽさを引き出している。


「ああ、綺麗だ。さっきのもさっきのでよく似合っていたが、やっぱりマリエルには、黒より清楚な白の方が似合ってるな。その、言葉に出来ないぐらい、綺麗だよ。マリエル。すまない、ありきたりなことしか言えなくて……」


 眩しいものでも見るかのように青い瞳を細め、そう言ったライ叔父さんを見つめ、マリエルさんがきゅっとくちびるを引き結び、頬を赤く染めた。驚いて、アレンの袖口をぐいぐい引っ張る。


「ん? どうした? メイベル」

「ね、ねえ、今さらだけど私達、邪魔なんじゃ……?」

「だな。抜け出すか」


 アレンがこそっと体を傾け、耳にささやきかけてきた。耳たぶがぶわっと熱くなってゆく。ど、どうしよう? 今日のアレンはいつもと違う。気がする……けど、私の気のせいかもしれない。二人でひそひそしてたら、マリエルさんがきょとんとした顔で「メイベルちゃん?」って聞いてきた。


「あの、私、お邪魔だと思うから、アレンと二人でこれからパフェでも食べに行ってきますね!」

「えっ? いいのに、そんな。別に気にしなくても、」

「メイベル、お小遣いをあげよう」

「えっ? いいの!? やったー!」


 真顔でさっとお財布を取り出したライ叔父さんを見て、アレンがごにょごにょと、気まずそうな表情で「すみません、邪魔をして……」と呟く。お小遣いを受け取ったあと、意気揚々とアレンと二人で店を出た。笑顔の店員さんから「よろしかったらどうぞ~」と言って渡された、ウェディングドレスのパンフレットを見ながら歩道を歩く。昼下がりのブティック通りは程よく賑わっていて、歩いているだけで楽しかった。頭上の街路樹が秋の陽射しに照らされ、のどかに揺れ動いている。


「ふふふふ、やった~。お小遣いもパンフレットも貰えちゃった~」

「……メイベルはその中で一体、どれが着たいんだ?」

「えっ? 私? 私はね~、ええっと、マリエルさんみたいにシンプルなやつじゃなくて、ふわふわの可愛い清楚系に憧れてて」

「ああ。似合うだろうな! ものすごく!」

「そ、そうかな? でも、この小花柄の袖がついたドレスも気になる~。可愛いの! ピンクとグリーンのリボンが腰についてて!」

「じゃあ、それにするか」

「えっ?」


 驚いて横を振り返ってみれば、ぐるんと勢い良く顔を背けた。ん!? 今日のアレン、変だと思ってたけどもしかして……。


「アレン? その、さっき言ってた大事な話って……?」

「あ~、パフェ食ってからな。別に大した話じゃねぇから」

「なんだ、そっか……」


 じゃあ、違うかも。ライ叔父さんの反応も変だったし、告白してくれるかと思ったのに。しょんぼりと落ち込みながら歩いていると、すぐ横を自転車が通り過ぎていった。危なっかしいとでも言いたげに、アレンが私の手を握り締めてくる。もう夏の盛りは過ぎて、晩夏が季節の扉を叩いているのに、その手はやたらと熱かった。汗ばんでいるし、風邪でも引いてるみたい。でも、手と手を通じてやってきたアレンの熱が、私の首筋や頬を徐々に熱くさせていった。


「まぁ、すぐ近くだし。人も多いし?」

「う、うん……?」

「店、着いたら離すから。手」

「あ、分かった」


 このまま永遠に着かないといいのになぁ、店に。そんなことを考えながら、あちらこちらに秋の気配がする、賑やかな街並みを歩いてた。この日のあとでアレンは何かにつけ、「もう少し上手く言えたら良かったのになぁ、俺」と自嘲しながら言うようになる。でも、私にとってはすごく素敵な一日だった。今もまだ、あの日の余韻に浸ってる。叶うのならもう一回だけ、ううん、何度だってあの日に戻って味わいたい。あの日、あの瞬間に戻って、アレンの真っ赤な顔をずっとずっと見ていたい。








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