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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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23.バカで大間抜けであんぽんたんの魔術師

 




「それで、どうやらメイベルは俺のことが好きらしい……あれには驚かされた。知っていたか? 全員」


 こいつは真剣な顔して、一体何を言っているんだろう……。隣に座ってラスクを食べているダニエルさんが、無表情のまま、ばりんと噛み砕いた。照明を落とし、テーブルの上に炎が踊っているランプ────これは大きな蝋燭の上に、擬似的な炎が揺らいでいる魔術仕掛けのランプで、時折、炎が人の形となって輪になり、踊ったりもする。辺りを見回してみると、それぞれ、似たような表情を浮かべていた。


 あのマリエルさんでさえ何も言えないらしく、呆れているような、ドン引きしているような表情を浮かべていた。こちらの引きっぷりを気にせず、アレンが嘆かわしいと言わんばかりに、ゆるく頭を振る。


「俺は今まで、メイベルに好かれようと思って頑張ってきたのにな……」


 急に全員集めたかと思えばそれか! それなのか!! 叫びたくなる気持ちをぐっと堪え、ひとまずは最重要事項を確認する。自然と手が上がっていた。


「分かった、アレン。お前の言いたいことはよく分かった。……それで? メイベルちゃんにちゃんと告白してきたんだろうな?」

「いや、それはまだで……」

「はあああああっ!? そのまま告白すればいいだけの話だろうが! 見損なったぞ、アレン! お前は一体、どれだけヘタレなんだ!? 頭おかしいだろうが!!」

「おっ、落ち着けよ、ヘンリー。なんでそんなに怒ってんだ?」

「ま、まあまあ……」


 こいつ、何も分かっちゃいねえ!! アレンが困惑した様子で俺のことを見上げてくる。苛立って胸ぐらを揺さぶっていると、ダニエルさんが慌てて止めにきた。ふーっ、ふーっと息を吐いて、自分を落ち着かせていると、フレデリックさんが笑顔で「いいぞ、いいぞ、もっとやれ~」と呟き、手を叩いた。ひとまず、場を引っ掻き回したい性格らしい。このおっさんが。ソファーへ座り直すと、アレンが弱った様子でうつむき、シャツの襟元を整える。


「それで、俺としてはプロポーズするか告白するかで悩んでな……でも、メイベルがまさか、俺のことが好きだったとは。驚いて何も言えなかったんだよ」


 こいつ、一周回って頭でもおかしくなったんじゃないのか? お前、あれだけ散々「俺とメイベルのことに口出すな!」って言ってたくせに……。何も言えずに黙り込んでいると、肘掛け椅子に腰かけたマリエルさんがふうと、優雅に溜め息を吐いた。白い精緻なレースがついたガウンを羽織っているからか、薄闇の中でぼんやりと浮かび上がっている。それから、ここの女主人でもあるかのように、金髪をきっちり後ろでまとめていた。


「珍しく、メイベルちゃんにお酒を飲ませて寝かせたかと思えば……。この話をするためだったのね? アレン。あなた」

「ああ。流石に聞かせられないからな……。どうしたらいいと思う? というか、お前らは知っていたのか?」


 いまさらな質問ばかり飛んでくるな……。まともに返す気になれず、紅茶をすすってラスクを齧り取る。俺が言わなくても、どうせ誰かが言うだろうと思っていたが、誰も何も言わなかった。いいや、言えなかったのかもしれない。全身から力が抜けている。アレンがそんな空気に気が付くことなく、哀愁を帯びた表情で続けた。


「俺はまさか、そんな……。今まで必死にやってきたのは一体、何だったんだよ」


 それはこっちの台詞だよ! まさかそんなシチュエーションで、メイベルちゃんの恋心に気が付くとは。軽くめまいがしてきた。額に手を添える。


(それにしても、話だけ聞いていたらメイベルちゃんがすごく可愛く見えてくるな……)


 アレンの補正がかかっているのかもしれないが。彼女が意図せず、そんなことをするんだろうか。これもノアやマリエルさんから教えて貰った、手練手管とやらなのか。何か言ってくれることを期待して、ノアの方をちらりと見てみたものの、死んだ魚の目でばりぼりと、ラスクを貪り食っていた。どうやら、期待しない方が良さそうだ。誰も何も言えず、ひたすら沈黙だけが続く。そんな中、一人だけ立って飲んでいるシェラさんの、ごっ、ごっという音だけが響いていた。相変わらず、豪快に飲んでいるな……。


「はぁ……俺はどうしたらいいんだ。どうしたらいいと思う? 告白するか、プロポーズをするか」

「ま、まぁ、とりあえず告白からじゃないか? 知って貰うのが先だろ。あ、それか、俺からメイベルちゃんに好きだと伝え、」

「ふざけた真似したら頭かち割るぞ、このクソクソパン屋が!!」

「いってぇな! 何ぶつけた!? 今、俺の頭に!」

「グラス。大丈夫だ、割れないやつだから。それ」

「いった。俺の額が割れるやつじゃん、これ……」

「割れろ。かち割れろ」


 流石はフレデリックさんだ。まずは余計なことを言った。でも、アレンもいつにも増して凶暴だ。紅茶をすすりながら、両目を閉じる。部屋に帰ってもう寝たい。が、このあとまた、どうせアレンが俺にぐだぐだと相談を持ちかけてくるんだろうな~……。とは言えども、一人で眠りたくはない。自分でもどうかと思うが仕方ない。ここで初めて眠った日の夜、妙な影を見てからというものの、すっかりだめになってしまった。あの頃は嫌なこと続きだったし、過敏になっているだけかもしれないが。


(ダニエルさんとも一緒に寝たけど、だめだったんだよな~……。でも、アレンと一緒ならああいうのは一切見ない。ハリーが来てから、そういうのもすっかり無くなったけど)


 今夜辺り、一人で寝ようかどうしようか。いやいや、面倒臭いからやめよう……。つらつらと他のことを考えて、現実逃避していると、アレンが眉をひそめながら切り出した。


「婚約指輪……どんなものがいいのか。一緒に選びに行った方がいいのか、それとも、俺がメイベル好みのものを買ってプロポーズした方がいいのか……」


 疲れた。俺達は一体、何のために集められ、こうしてアレンの話を聞いているのか……。それまで何故か、澄ました様子でコーヒーを飲んでいたハリーが顔を上げ、口を開いた。今日はまともなモードが発動しているらしく、紺色のシャツとズボンを身につけている。


「アレン。ひとまず告白からすべきだと思うよ」

「うわ、こっわ! どうした? お前。犬のフンでも食ったか?」

「失礼な!! 俺はっ、俺はな!? メイベルちゃんにすっごく怒られたんだ……!!」


 そこで顔を覆い、めそめそと泣き出した。怖い。何があったか一向に言おうとしないが、笑顔のメイベルちゃんに「ちょっといーい? ハリー」と呼び出され、庭の奥に消えてからというものの、やつれた表情で「俺はメイベルちゃんとアレンが無事に付き合えるよう、全力を尽くします……」と言うようになった。怖すぎる。流石のノアもちょっと怯えていた。めそめそと泣き続けるハリーを見て、アレンがきょとんとした顔をする。


「怒られた? まぁ、あいつ、本気で怒ると怖いからな~。俺も何回か怒られたことがある」


 この呑気星人め!! 苛立ったのは俺だけじゃないらしく、あちこちから舌打ちが飛んできた。アレンが驚いて、きょろきょろと見回し、「おっ、おい。なんでだよ? あいつ、怒ると本当にこえーんだぞ!?」と言う。違う、そうじゃない。ダニエルさんが限界を迎えたのか、無表情で切り出した。


「とにかく、アレンはメイベルに告白した方がいいよ」

「いや、でも、その前に実家に挨拶しに行った方が……」

「それはあとででいいから! まずはメイベルにちゃんと言うべきだと思う」

「いや、でも……」


 こいつ、何をぐだぐだ言ってるんだ。おそらく、いきなり好かれていることを知って混乱しているんだろうが……。だめだ、頭が痛くなってきた。額を押さえていると、ワインボトルを握り締めたシェラさんが、珍しく不機嫌そうな顔でアレンのことを見つめる。


「アレン、いまさらぐだぐだ言わないで欲しい。不愉快」

「はぁ!? なんでっ!?」

(俺達が言いたいことをこうも、あっさりと言い放つとは……)


 流石はシェラさんだ。外出先での失言が多いナンバーワンでもある。ぼそっと、ひやひやさせられるようなことを言うからな、彼女は……。甘さ控えめのラスクを噛み砕いていると、ごくんと、酒を飲み込んでから続ける。


「メイベルはアレンのこと好きだから……告白しちゃった方がいいと思う。色々とぐだぐだ考えていないで」

「お、おう……。でも、弟が」

「それはあとででいいと思う。メイベル安心させるのが先。じゃない?」

「それは確かに。なんか最近、ヘンリーと仲が良いしな」

「ど、どうしてそこで俺が出てくるんだ……?」

「いや、距離が近いし。なんか」


 視野狭すぎか!! 耐え切れず、もう一度立ち上がって叫んでしまった。


「いいか!? 俺はメイベルちゃんから惚気話を聞いているんだよ! 毎日毎日な!? 大体、距離が近いって一体なんだよ!? お前らは玄関先でチュッチュチュッチュ、チュッチュチュッチュしてるじゃねーか、さっさと付き合ってくれ! 頼むからもう!!」

「へ、ヘンリー。落ち着いて、どうどう」

「ダニエルさん……ダニエルさんからもなんか言ってやってください、こいつに! 話が通じないんです!」


 ダニエルさんの両腕にしがみついていると、ハリーが嬉しそうに「俺が言おうか? 俺が言おうか!?」と言ってくる。どうやら、まともモードになってもそういうところは変わらないらしい……。深く溜め息を吐いて、ハリーよりも先に、ノアが口を開く。


「とにかくも、さっさと告白しちゃえば? 俺達を集めた意味がよく分からないんだけど?」

「そうだ、それだ! メイベルはよくお前らに何か相談してたし、知ってるかどうか聞こうと思って、」

「知ってるけど!? だから何!?」


 俺がまた叫ぶと、アレンが戸惑った。解せない。ごにょごにょと「どうしてヘンリーは俺に当たりが強いんだ?」とか何とか言ってやがる。苛立ちのあまり、気が遠くなっていると、ダニエルさんが俺の肩をぽんと、叩いてなだめてきた。


「ごめん。その、言いにくいんだけど……全員知ってるんだ。メイベルから相談を受けてた」

「やっぱそうだったのか……。驚くかもしれないが、実は俺もメイベルのことが好きなんだ。だから、早く言ってくれれば良かったのにって、うおおおおっ!? なんだよ、お前! どうした!?」


 フレデリックさんが無言でがしっと、肩を掴んでいた。俺も同じ気持ちですよ、フレデリックさん。全員が固く口を閉ざし、アレンを一斉に見つめていると、肩を掴まれているアレンが戸惑う。


「お、おいおい。どうしたんだよ? お前ら……さっきから変だぞ? 何があったんだよ?」


 薄暗い部屋の中でゆらゆらと、蝋燭の明かりが揺れている。アレンは一人、崖の上の朽ちた屋敷に紛れこんだ旅人のように、ひたすら戸惑ってうろたえていた。────俺達はさながら、幽霊にとりつかれておかしくなってゆく友人達か。どこからともなく、「はぁ」と深い溜め息が聞こえてくる。シェラさんだけが唯一、何も気にせずワインを一気飲みしていた。ダニエルさんが額を押さえ、うつむく。


「ごめん。知っているも何も、ここにいる全員、アレンがメイベルが好きだっていうことも、メイベルがアレンのことが好きだっていうことも知ってたんだ……」

「ああ!? なんで!?」

「いや、分かりやすすぎるから……」

「おい、早く言えよ! ダニエル! それじゃあ、それじゃあ、俺、間抜けのバカじゃねーか!」

(ようやくそのことに気が付いたのか……)


 気付くのが遅かったな、アレン。もう手遅れなんだよ、お前は。紅茶をすすりながら、死んだ目をしていると、ダニエルさんが気力を振り絞って続けてくれた。俺を含めた全員がもう、「あとのことはダニエルさんに任せよう」と思っていた。


「い、いや、間抜けだとは思ってないけど……誰も」

(思ってる、思ってる。現に俺は思ってる)

「た、ただ、いまさらなことばかりだし……ちょっと落ち着いた方がいいと思う」

「ああ、だな。びっくりした……」

(優しいな、ダニエルさんは)


 もう何も言えなかった。今度はチョコ味のラスクに手を伸ばして、それをぼりぼりと貪り食う。みんな、似たような表情でラスクを食べていた。ばりぼりと、咀嚼音だけが響き渡っている。そんな中、ダニエルさんだけがちゃんと、アレンの顔を見て真剣に話していた。


「で、でも、良かった。気が付いてくれて……明日にでもメイベルにちゃんと、その、告白した方がいいと思う」

「あ、ああ、でも、大丈夫か? 俺。振られないか?」

「ふ、振られないと思うけど、絶対に……」

「分かったわ。じゃあ、こうしましょう」


 とうとう限界がきたのか、マリエルさんがいつもの微笑みを浮かべながら、ぱんぱんと、軽やかに手を叩いた。はっと、全員がそちらの方を見つめる。よりいっそう、甘い微笑みを深めて告げた。


「私、今度ライさんとウェディングドレスを選びに行くの。あなたもメイベルちゃんと一緒についていらっしゃいな、アレン。そのあとで告白するのよ」

「ああ? なんでお前の言う通りにしなきゃならねぇんだよ? 告白のタイミングは自分で、」

「アホか、お前! 言う通りにしろ、マリエルさんの言う通りに!」

「そうだ、そうだ! いい加減にしろよ、アレン!」

「そんなこと言ったってどうせ、メイベルちゃんにぐずぐずと告白しないのが目に見えてるね」


 俺とハリー、ノアから非難を浴びせられ、アレンがうっとなって黙り込む。ああ、もう、イライラさせられる。でも、これでようやく二人が結ばれるのか……。げっそりしていると、マリエルさんが悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ウェディングドレスを見て、結婚を意識したあと、プロポーズするのが一番素敵で自然よ。そうは思わない? アレンも」

「いや、俺が考えているのはゴンドラの上で……」

「もういいから、黙って頷いておけ! お前は!!」


 アレンと知り合ってから初めて、本気で頭を叩いてしまった。一瞬ひやりとしたが、アレンは「うっ!?」と言ったあと、気まずそうな表情を浮かべただけだった。


「分かった。じゃあ、そうすればいいんだろ? そうすれば……」




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