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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第四章 夏の終わりにあなたと
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22.念願のピクニックと聞いていた魔術師

 




 早朝、何の音も響いてこないキッチンにて、黙々とサンドイッチをランチボックスに詰め込む。誰も起きてこなきゃいいが。そんな期待も虚しく、おもむろにリビングのドアが開いた。一瞬、メイベルかと思ってキッチンから離れ、ドアの方へ向かう。すると、よりによってノアとばっちり目が合った。これから仕事なのか、黒いバケットハットをかぶり、白いTシャツに細身のデニムを合わせている。嫌な顔をしていると、案の定、ふんと鼻でせせら笑った。


「おはよう。メイベルちゃんのために何作ってたの?」

「なんで、俺が何か作ってるって決めつけるんだよ……」

「だって、エプロンしてるから。あと、デートでしょ? 今日」

「シェアハウスの弊害が……。なんだって全員知ってるんだよ。場所も時間も。おかしいだろ。ほっとけ」

「メイベルちゃんが言いふらしてたからね。全員知ってるよ」

「……」

「ほら、メイベルちゃんのことになれば黙りこむ。笑える」

「さっさと仕事でも何でも行けよ、鬱陶しいな」


 ぶつくさ文句を言いながらキッチンへ戻ると、ついて来た。振り返って「なんだよ!?」と言えば、澄ました顔で「俺もなんか飯食いたいから」と言ってきた。嘘吐け! 俺がメイベルのために、何作ってるか見にきたくせに。イライラしつつも、残りのサンドイッチを黙々と詰める。案の定、後ろから覗き込んできて「へーえ」と物言いたげに呟いた。


「やけに豪華じゃん……。このローストビーフ、作ったの? 朝から?」

「アホいえ。俺が昨日仕込んでおいたんだよ。ソースも含めてな」

「へ~……」

「うるせえよ。飯食うんだろ? 昨日の残りが冷蔵庫にあるから、それ食ってさっさと仕事に行けよ」

「大丈夫大丈夫。まだ余裕あるから。それにしてもねぇ~……朝の五時から? 何時起き? 今日」

「別に。早く目が覚めただけだ」

「ひょっとして、今日のデートが楽しみすぎて眠れなかったりして?」

「……」


 ああっ、くそ!! 最悪だ、こいつ。こいつにだけは見られたくなかったってのに! 黙り込むと、ノアが信じられないといった顔をして、まじまじと顔を凝視してきた。こいつ、パン用ナイフで鼻でもこそぎとってやろうか。


「えっ? ガチ? 本当に!? 眠れなかったんだ!?」

「うるっせぇな! 二、三時間は眠ったって!」

「へ~……ふっ、ふふふふふ!」

「うるせぇな。お前刺すぞ? 本当に。このパン用ナイフで」

「はいはいはいはい。メイベルちゃんもさぞかし喜ぶだろうねぇ~。アレンが()()()()早起きして、作ったサンドイッチだなんて。ふっ、ふふふふ! あ~あ、おもしろ」

「てめえ……。いつか蹴り飛ばしてやるからな」

「はいはい。じゃ、行ってこようかなぁ。味見用に貰ったし」

「あ?」


 ノアが背を向け、さっきまでそこにあったローストビーフサンドをひらひらと振っている。くそ! やられた!


「おい! いつの間に!? それは俺の朝飯なんだよ! 返せっ!」

「冷蔵庫の中にある昨日のサラダ、俺の分食べちゃってもいいよ。寝不足だろうし、ローストビーフサンドじゃなくて、サラダにしておいた方がいいって」

「てめえが食いたいだけだろうが!!」

「そうかもしれないね。じゃあ、行ってきまーす」

「帰ってこなくていいからな、お前。帰りに不動産屋寄って、そのまま新しいアパートでも借りてこい!」

「やっだ。メイベルちゃんとアレンの恋の行方を見届けたいからさ~、俺」

「性格破綻者ばっかか、このシェアハウスは。……ん!?」


 慌てて振り返るも、ノアはもうリビングを出たあとだった。口から思わず「はあぁ~」と大きな溜め息が出て、目元を覆う。意図せず、強烈な舌打ちをしてしまった。


「あ~……まぁ、ノアは鋭いし。いつかはばれると思ってたが。あ~」


 とうとうばれたか。面白おかしく、メイベルに余計なことを吹き込まなきゃいいが。冷や汗を掻き、キッチンへと手を添える。自然と指を折って数えていた。


「これで……ええっと、ダニエルとノア、ハリーが知っていることになるのか? ああっ、くそ! 面倒臭いな! あのババアだけには絶対にばれたくねぇが、まぁ、ばれるのも時間の問題だろうなぁ」


 住みにくい。一気に住みにくい家と化した。いや、今までも住みやすい家じゃなったが。ますます住みにくい家と化した。ばれた。メイベルが好きだってことがばれた……。


「くっそ~。こんな家、メイベルと付き合ったらさっさと出てってやるからな……!! ハリーもあいつ……くそ! 邪魔しかしやがらねぇな、お前ら全員!!」


 パン用ナイフを持ち上げ、がんっと、柄の部分をキッチンへ叩きつける。いやいや、こういうことをしたって無駄だ。落ち着け、俺。落ち着け、俺。今すべきことはなんだ? バニラの食うもんも作って、メイベルのためにサンドイッチを綺麗に詰めて……。言いようのない感情にくちびるを噛み締め、歯の隙間からふーっと、細い息を吐き出す。


(今日のことでも考えよう。楽しみだな。何を着てくるか……いやいや、前みたいにどうせTシャツとズボンだろ? 期待した分だけ落ち込むのはうんざりだぞ、もう。ピクニックだしな、どうせ今日は。前みたいにせめて、ハリーとのお揃いTシャツじゃなきゃいいが。まぁ、あれは焼却処分したし、大丈夫だろう)


 途中から「いらない」と言ってくれて助かった。速攻で庭で燃やしてやった。ちなみに、ハリーはずっと横でぐずぐず泣いてた。あいつ、妙に俺に懐きやがって。あいつこそ、さっさと彼女なり何なり作って、シェアハウスから出て行って欲しい。


(まぁ、無理だろうな……ああ、ねっむ。ちょっとソファーで横になった方がいいか? 最悪、向こうで寝落ちしそうだ)


 自分でもまさか昨夜、眠れなくなるとは思ってもいなかった。目に涙を滲ませ、あくびをする。ああ、くそ、眠たい。ガムでも噛んだ方がいいか? それとも、眠気覚ましにコーヒーでも飲むか。しきりにあくびをしたあと、袋からバケットを取り出し、トースターで軽くあぶる。


(喜ぶといいが、メイベルが。最近、やたらと俺に冷たいしな……)


 やっぱあれがいけなかったのか。ボートから降りる時にキスしたのが。額にならいいかと思ってしたが、俺の考えが甘かったかもしれない。あれから様子がおかしい。とにかく避けられるかと思ったら、平然と話しかけてくるし、かといって、「嫌だったか?」と聞いて確かめる訳にもいかねぇしなぁ。


(……だめだ、やめよう。指を切る)


 まだ熱いバゲットに手を添え、切っていく。ここにゆで卵とピクルス、海老とアボカドを突っ込んではさむ。さらし玉ねぎがいいか、レタスがいいか。それとも両方か。メイベルの手や口が汚れないよう、量にも気を使う必要がある。


(さらし玉ねぎの方が好きか、メイベルは。レタスもまぁ、量を調整して少しだけ入れるのなら)


 上手くいくといいが、今日は……。どうも最近のメイベルは読めない。今日を逃したら、しばらくは二人きりで出かけられないかもしれない。急にモテるようになってきたし(主にカイルが邪魔)、ヘンリーともなんかいい感じだし。


「まぁ、メイベルは可愛いからな。分かるんだが、惚れるのもな!」


 むしろ、どうして今までヘンリーがあいつに惹かれなかったのか、考えれば考えるだけよく分からない。そこでふと、メイベルの弟の顔が浮かんでくる。アボカドにレモンをふりかけている最中だったから、うっかり液をぶちまけそうになった。慌てて、瓶を持ち直す。


(キレてたなぁ、あいつ……。無理も無いか。散々好きにならねぇって言ってたのに、結局は好きになったんだから)


 あ~、憂鬱だ。毎晩電話で謝っているが、一向に怒りが収まらない。ブチキレながら「呪ってやるからな!? 上手くいかないように呪ってやるからなーっ!?」と、ハリーみたいなことを言い出した。考えると、気が滅入ってくる。


(ここ最近上手くいかないの、ひょっとして、あいつの呪いのせいなんじゃあ……? ウィルのことだからな。大金はたいて、マジもんの呪具を買って俺を呪いかねないぞ)


 政府も政府で、さっさと呪具の規制をすりゃあいいのに、「人を呪い殺す訳じゃない呪具を規制すると、殺人事件が増えるかもしれない」だの何だの言って、結局は規制に乗り出しちゃいない。その代わりに“呪われた博物館(ミュージアム)”と呼ばれる、解呪の公的機関を作って、回しときゃあそれでいいと思ってやがる。


「あーあ。だからアランもあいつ、変な呪いばっかりかけられやがって」


 呪いっつうもんは大体、性格が年寄りの木みたいにひん曲がって、捻じ曲がって、性根が腐りきったやつが嫌がらせで使ってくるもんだ。解呪にも手間と金がかかるし、訴えることは出来ても捕まりはしない。


「ああ、腹が立つ……。いやいや、俺は今日メイベルとデートだからな。メイベルとデート、メイベルとデート!」

「お、おはよう……」

「うおおおおおっ!? お前、いたのかよ!? ダニエル! 声をかけろよ!!」

「か、かけたけど、きづ、気付かなかったから……」


 紺色のパジャマ姿のダニエルが戸惑い、途方に暮れたような顔をする。震える指で冷蔵庫を指差し、呟いた。


「俺……牛乳を取ろうと思って。声、かけたんだけど。なんかご機嫌だったから」

「うっ、うるせぇな!? 機嫌がいいと言え、機嫌がいいと!」

「あっ、うん……。良かったね。楽しんできて」


 くそっ! 善意から言われてんのが分かるから、何も言えやしねえ!! パン用ナイフを持ったまま、ぶるぶる震えていると、怯えて、そそくさと冷蔵庫へ牛乳を取りに行った。深く息を吐いて、気を落ち着かせる。これぐらい、大したことないだろ。これぐらい……。ばたんと冷蔵庫を閉めたダニエルが、こちらを見ずに話しかけてくる。


「あと、アレン? メイベルはその、アレンのことが好きだろうから……大丈夫だよ。早く告白しちゃった方がいい」

「いやぁ、そうは言ってもなぁ。昨日は顔を見たくない気分なの! じゃ! って言って笑顔で去って行ったし……。かと思えば、肩によりかかって甘えてきたし……。思うんだが、メイベルは俺のこと、ちょっと便利な男友達だと思っちゃいないか?」

「あっ、うん……。いっ、いやいや! そっ、そうじゃなくて!! ええっと、めっ、メイベルの顔をよく見てみたら分かることだと思うんだけど!?」

「なんだよ? 必死だなぁ、おい。でも、顔なら毎日穴が空くほど見てるぞ? 写真でだけど」

「しゃ、写真じゃなくて、実物をちゃんと見たら分かるから……」


 ダニエルが震える手で、牛乳をコップへと注いで落ち込んだ顔をする。どうして俺はこいつに応援されてるんだよ……。余計なお世話だ。ハリーやノアとはまた違って、違う種類の苛立ちがある。全員、放っておいてくれよ。もう。ナイフを置いて、二の腕を組む。


「実物をなぁ~……。でも、それで一体何が分かるって言うんだよ? ああ?」

「えっ、ええっと、め、メイベルが特別な目をしているというか、その、あ、アレンに対しては、他のみんなに向けるのとちょっと、違う顔をしてるから……」

「してるか? むしろ、カイルにいい顔を向けているような気がするが」

「あ、あれはちょっと違うから……。メイベルは利用してるだけだから」

「利用? 何をだ?」


 あいつが? 利用? 純真無垢のメイベルとかけ離れた単語を聞いて、首を傾げる。ダニエルが一気に牛乳を飲み干したあと、やってられないとでも言いたげに息を吐いて、口元を拭った。


「アレンでアレンで、相当にぶいよな……」

「ああ!? なんで!? にぶくねぇし、俺は別に!」

「まぁ、今日のデートで告白するといいよ。俺、顔洗って着替えてくるから。じゃ……」

「おう」


 告白。告白なぁ。いや、断られるんじゃないのか? 下手にダニエルの言葉を鵜呑みにして、玉砕するのだけは絶対に嫌だぞ。俺。ひとまずバケットサンドを箱に詰め、溜め息を吐く。


「今日、頑張るか~……」




 アレンが死にそうな顔で、バニラちゃんを抱っこしたまま歩いてる。今日はピクニック日和のいいお天気で、芝生の上を歩く子供連れの家族も、カップルもどことなく浮き足立っていた。そんな中、死にそうな顔でふらふらと歩くアレンを見つめる。晴れた日によく合う、さっぱりとした白と青のストライプシャツを着ていた。


「だ、大丈夫? アレン。なんだったら私、バニラちゃんと二人でお散歩してくるから、その間寝てれば……」

「いいや、大丈夫だ。起きてる、いける」

「む、無理しない方がいいんじゃないかなぁ」

「大丈夫……」


 さっきから頑として、大丈夫としか言わない。困ったなぁ。アレン、こうなると誰の言うことも聞かないから。とぼとぼと、悩みながら芝生の上を歩く。さぁっと風が吹き、つられて見上げてみると、夏の終わりに差しかかった青空が綺麗に澄んでいた。


 吹く風に合わせて、私の着ているワンピースも揺れる。白地にさくらんぼ柄のワンピース。日陰に入ると肌寒いから、上からデニムジャケットも羽織ってきた。青いデニム地に、真っ赤なリボンがちょこんとついたカチューシャもしてきたのに、アレンは私を見るなり、すごく嫌そうな顔をした。


(カイルさんの嘘吐き。アレン、これが気に入ってるってそう言ってたのに……)


 二つともカイルさんがすすめてくれたものの、アレンがすごく嫌そうな顔をして「やめた方がいいんじゃないか?」って言ってくるから、やめようと思ったのに、カイルさんが強引に「いやいや、俺が買って贈りますから。アレンさん、気に入ってますよ。ああ見えて」って言って、お会計に進んじゃった。むくれて足元の芝生を見つめる。


(だめね、もう。アレンが眠たそうにふらふらしてるからって、カイルさんに八つ当たりしちゃ……。それに照れ隠しかもしれないし!)


 でも、さっきから本当によろよろ、ふらふらしてるから、いい加減休ませた方がいいかもしれない。前方にちょうど良さそうな木陰を見つけたので、アレンの腕に手を添え、誘導する。もう自分がどこを歩いているのかもよく分からないみたいで、バニラちゃんを抱っこしたまま、よろめいている。陽に照らされ、輝く白い毛並みを持ったバニラちゃんが不機嫌そうな顔をしていた。


「悪い、メイベル。俺、もうちょっと限界で……」

「うにゃう」

「大丈夫だよ、アレン。ちょっとほら、バニラちゃんをおろして待ってて? おしっこしたいかもしれないし。はい、お水」

「ありがとう……」 


 おしっこを流す用のお水を渡して、アレンが背負っていたリュックサックから、ピクニックシートを取り出す。わぁ、綺麗。可愛い! 


 ほんのり黄みがかった白地の上にチャコール、オレンジ、黄色、可愛いピンクのコスモスやマーガレット、デイジーが咲き誇っている。下の方にはボンネットをかぶり、普段着用のドレスを着たリスのお母さんと、小さな子供達が集まって、美味しそうなチェリーパイを頬張っている。奥には小川と森まで描かれていた。夢中になって、柔らかい地面にそれを広げ、うっとりと見下ろす。柄といい、色といい、品が良いのにすごく可愛らしさがある。感動して眺めていると、少しだけ眠気が覚めたのか、リードを持ってアレンがやって来た。


「どうだ? 気に入ったか? それ」

「うん! ありがとう! これ、わざわざ私のために買ってきてくれたの?」

「百貨店で見つけて……気に入るだろうなと思って。やる」

「えっ!? いいの!? アレン、使わないの!?」

「俺一人でそれ使って一体、何が楽しいんだよ……。まぁ、これからどんどん涼しくなってくるし、それ広げてピクニックに行くか。また。()()()

「そうしようね! ありがとう~」

「あ、ああ」


 アレンがほっとしたような顔をする。それにしても、嬉しいなぁ。こんなに可愛くて綺麗なピクニックシートをくれるだなんて! でも、当初の目的をはっと思い出し、慌ててアレンを木陰の下へ連れ込む。


「はい! 靴脱いで、もうちゃんと眠って! 昨日、ろくに眠ってないんでしょう?」

「な、なんだよ? 別に大丈夫だって。眠気もだいぶ覚めてきたし……」

「だめ! ほら、バニラちゃんも眠たそうにしてるし。一緒にお昼寝してて?」


 強引に靴を脱がせ、持ってきた毛布をたたんで枕を作る。有無を言わさない様子の私を見て、アレンが気まずそうな顔をしながらも、大人しく靴を脱いで上がってくれた。頭上では、柔らかそうな葉をつけた枝葉が揺れ動き、陽射しに照らされている。可愛いピクニックシートの上に、眩しい木漏れ日が落ちていた。その下でアレンが寝そべり、申し訳なさそうにしながらも、眉間にきゅっとシワを寄せる。


「悪い。あー……せっかく時間を貰ったのにな」

「ふふふふ、気にしないで? ここのところバタバタしてて、忙しかったし。たまにはこうやって、二人でのんびりするのもいいよねえ」

「だな。メイベル」

「ん? どうしたの?」


 アレンの顔を覗き込んでみると、のしっと、お腹の上に白い前足を置いて、バニラちゃんが「にゃうん」と鳴いた。笑って顎の下を撫でてあげると、機嫌良く青い目を細め、ごろごろと喉を鳴らし始める。アレンがそんなバニラちゃんを撫でて、苦笑していた。


「こいつ……。普段は俺の腹になんて乗ってこないくせになぁ」

「ふふふ。お外だし、甘えたい気分になったのかもね~」

「メイベル」

「ん? どうしたの?」


 さっきからなんだか、物言いたげな顔をしている。覗き込んでみると、手を伸ばしてきた。頬に触れるか触れない辺りで、ぴたりと手を止め、おもむろに手を引っ込める。そのあとバニラちゃんを抱き上げ、横に置いてから、背を向けて寝転がった。


「寝る。……から、十五分ぐらい経ったら起こしてくれ」

「十五分と言わずに、三十分ぐらい寝た方がいいよ。私、まだお腹も空いてないし、本も持って来たし」


 自分のトートバッグから本を二冊取り出し、「ほら」と言って見せれば、体をひねってこっちを見ていたアレンが苦く笑い、背を向ける。


「いや、申し訳ないから。よろしく」

「分かった。じゃあ、十五分後に起こすね。おやすみ~」

「おやすみ」


 まぁ、十五分後に起こすと言っておいて、一時間後に起こせばいいか。アレンに貰った腕時計を見てみると、十一時四十分を示していた。すぐに寝息を立てて、アレンが眠り始める。それをじっと見ていたバニラちゃんが立ち上がり、のそのそと、アレンの体をまたいで甘えに行く。アレンは「ん~、またきたのか?」と呟きながら、脇に抱えていた。


(ふふ。たまにはこんなのもいいかも。風が気持ちよくて、天気もすごくいいし……)


 夏から秋へと移り変わっていく、今の季節が一番好きかもしれない。まだ肌を震え上がらせるほど寒くはないのに、秋の風の中に、雪景色が浮かび上がってくるような気がして笑ってしまう。


(ああ、早く冬がくるといいんだけど。楽しみ。二年目の冬かぁ)


 両目を閉じ、木陰の中でまどろむ。横ではアレンがすうすうと、穏やかな寝息を立てて眠っていた。まぶたを閉じていても、木々の葉の色が眩しく残っているような気がする。すうと息を吸い込むと、ほんのり冷たい秋の香りがした。ゆったりと穏やかに、頭上では木々が揺れている。


(楽しいなぁ、こういうのも。私、いつまでアレンの傍にいれるんだろう……)


 付き合っても終わりじゃない。ううん、結婚したってそれはゴールじゃない。スタートで、アレンが本当にずっとずっと一生、私の傍にいてくれるとは限らない。ますます告白するのが怖くなってきて、そっと、アレンの寝顔を覗き込む。子供みたいな顔をして、眠っていた。その寝顔に葉陰が落ちて、揺らめいている。つい手を伸ばして、黒髪を掻き上げていた。かなり深く眠っているのか、起きないし、眉をひそめもしない。胸の奥が締め付けられた、愛おしさと恋しさで。


「アレン……。ずっとずっと、私の傍にいてくれるといいんだけどなぁ」


 怖い。告白して、付き合ったその先で上手くいかなかったらどうしよう? 私の友達も、いつもいつもこんな恐怖を抱えていたのかな。よく、泣きながら電話してきた。不安そうな顔で「どうしよう?」と呟いて、溜め息を吐いていた。脳裏にライ叔父さんの顔が浮かんできて、また、きゅっと胸の奥が狭くなる。


(知らなければ良かったのに、全部全部。ライ叔父さんの良さも、アレンの良さも、知らなかったら好きにはならなかったのに……)


 でも、いつの間にかどんどん、膨れ上がって収拾がつかなくなってしまった。ちょっとだけ泣きそうになってしまって、笑う。その時、アレンが「うーん」と唸りつつ、ごろりんと仰向けに寝そべった。────チャンスだ。何の? 自分で考えておきながら、かっと頬が熱くなる。アレンのくちびるに目が吸い寄せられた。


「ちょっ、ちょっとだけだから。ちょっとだけ……」


 誰にも聞こえないような声で囁いたあと、身を屈める。アレンの胸がゆっくりと深く上下していた。バニラちゃんはアレンの横で寝そべったまま、んべんべと、自分の肉球を舐めて綺麗にしている。頭上の木が揺らいだ。ひときわ強く風が吹いて、私の髪を絡め取ってゆく。


(し、し、し、しちゃった! どうしよう!? ごめんね、アレン! ごめんね……!!)


 罪悪感がすさまじい。でも、見てみるとアレンはまだすうすうと眠っている。次は頬に目がいった。これでばれてしまっても本望。だから起こさないよう、顔を近付けて、そっと頬にキスをする。とたんに恥ずかしくなって、両手で顔を覆ってしまった。


「ひ、昼間っから何してるんだろう、私……!!」


 良かった! アレンが寝不足で! 昨日あんまり眠ってなくて! どきどきする胸を押さえながら、本を開いて集中する。でも、ちっとも文章が頭に入ってこなかった。またキスをしたいなという衝動に駆られて、そわそわと落ち着かない気持ちになってしまう。


「ああ、好きだなぁ。ずっとずっと一生、アレンの傍にいられたらなぁ……」


 そう呟いた瞬間、アレンが「げふっ、ごふっ!」と変な音を立てた。もっ、もしかして聞いてた!? 起きてた!? 慌てて覗き込んでみると、嫌な夢でも見ているのか、眉間にシワを刻んでいた。だ、大丈夫? 本当に? 本を置いて、じっとアレンの顔を見つめてみる。


「で、でも、眠ったふりをしているだけかもしれない……!!」


 両手をわきわきと動かしながら、見つめてみるけど、まだ眠っている。……ように見える。確認するため、脇をちょっとだけくすぐってみた。反応しない。こっ、これは眠ってるかも!?


「で、でも、もうちょっとだけ確認してみよう……」


 こしょこしょと、何度か脇をくすぐっても起きなかった。アレンは脇が弱いのに。首を傾げつつも、ほっと胸を撫で下ろす。


「昨夜、二時間ぐらいしか眠ってないからかな? ああ、良かった。ほっとした! 一瞬、ばれたかと思った~」





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