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優しい彼女と変人だらけのシェアハウス  作者: 桐城シロウ
第一章 秋に出会って、冬を越す
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9.お花見の続きと幻想蝶の卵

 





「待たせたわね、皆。ごめんね? 遅くなっちゃって」



 ほわっ、かっこいい。真っ黒なクラシックカーから降りたマリエルがそれまでかけていたサングラスを外し、にっこりと艶やかに笑う。首元に巻いたシルクの真っ赤なスカーフと茶色いトレンチコートが美しい。まるで女優のようだ。見惚れているとこちらに背を向け、運転席を覗き込んで話し出す。



「ありがとう、パパ。送ってくれて。それじゃあ」

「パパーっ!? いたのかよ、お前。実の父親か? それとも客か?」

「だっ、駄目よ、アレン……失礼だから、それは」

「へ~、父親に送って貰ったのか……娘思いのいいお父さんだなぁ~」

「ヘンリー、父親だと決まった訳じゃないだろ……でも見てみたいな、顔」

「分かる……見てみたい」



 それまで父親と話していたマリエルがこちらを振り向き、にっこりと笑う。でもその青い瞳は笑ってなかった。隣に立ったアレンを見上げてみると、困惑して「おっ、俺のせいかよ……ごめんって、メイベル」と謝ってくれる。満足して前を向いてみると、ふと運転席にいた男性と目が合った。その人の瞳は青く、彼女とよく似た眼差しを持っていた。



 にっこりと笑いかけてみると、ふっと厳つい顔立ちを和らげてぺこりと会釈してくれる。体つきもがっしりとしていて、金髪に青い瞳はどこか鋭利だ。寒い風がひゅうっと胸の中に吹いて、何でだろうと首を傾げる。



(あれかな……マリエルさんはもしかして、あの人とピクニックに行きたかったんじゃ)



 そうこうしている内に、クラシックカーはどこかへと走り去って行ってしまった。その車を見送って、マリエルが溜め息を吐きつつやって来る。



「実の父親に決まっているでしょう、まったく。客なら客だってそう言うわよ」

「まぁ、そうだよな~。お前にその辺りのデリカシーも恥じらいも、いてっ!? 何だよ、もう」

「良かったわね、ハイヒールじゃなくって。今日は散々歩く予定だからブーツにしてきたの」

「マリエルさん、踏むのなら俺を踏んで……」

「黙りなさい、ハリー」



 と言いつつも、ハリーの足先をきゅっと踏んであげる。優しいなと思って見つめていると、ふっと青い瞳を和らげて笑った。やっぱりさっきの人と目元がよく似ている。



「ごめんね? メイベルちゃん。行きましょうか? 楽しみだわ、貴女が作ってくれたお料理の数々」

「あっ、はい。ダニエルさんが今、持ってくれていて……お口に合うといいんですけど、マリエルさんの」

「合うに決まってるわ、メイベルちゃん。も~、可愛い~。後で何でも買ってあげる。何がいい?」

「じゃあキャラメルポップコーンが食べたいです! マリエルさんと一緒に食べた、ふぉっ!?」



 感激してくれたらしい。マリエルにぎゅっと抱き締められ、嬉しくなって抱き締め返す。どうしよう、顔が赤くなっちゃってるかもしれない……。そんな私達の様子を見てヘンリーが「おい、あの女王様は本気でメイベルを寵愛してるみたいだぞ……」とアレンに耳打ちをし、アレンが舌打ちをして「どーだか。あのババアは気紛れだからな……まだ油断は出来ない」と呟く。ううん、私のお兄さんみたいだ、アレンが。



「まっ、マリエルさん、あの……」

「ふふっ、ごめんね? 行きましょうか? ついついはしゃいでしまって……後でジェットコースターにでも乗りましょ。メイベルちゃんの怖がる顔が見たいわ、私」

「えっ……でもジェットコースターは……」

「おい、ババア。やめろ、嫌がってんだろうが。そういうのはダニエルと乗れ! 喜んで隣で悲鳴を上げてくれるぞ?」



 アレンがつかつかとやって来て、私の腕をぐいっと引っ張る。振り返ってみると険しい顔をしていた。どうも彼はマリエルと相性が悪いらしい。もう一度黒いサングラスをかけたマリエルが低く笑い、二の腕を組む。



「あら、嫌よ。そんなの鬱陶しいし、ダニエルさんが泣くのだっていつものことじゃないの。まっ、いいわ。今のはアレンをからかっただけだし、面白い……ふふふふふっ」

「おい……てめえ、相変わらず性根が捻じ曲がってんな……」

「メイベルちゃーん、とりあえず行きましょ? ご飯を食べに!」

「あっ、はい。行きましょうか……!!」

「ハリー、私のリュックサック持ってて。重たいから」

「分かりました、女王様! 代わりに背負います!!」

「相変わらずだな、ハリー……お前も。ほんじゃあまぁ、行くか~……」










 アプリコットジャムを薄く伸ばしてミルクを垂らしたかのような色合いの秋薔薇がいくつも咲き誇り、こちらの目を楽しませてくれる。どこまでも続くコスモスにガーベラ、低木の茂みに黒い幻想蝶がふわりと飛んで、金色の光を空中にきらきらと散らしていた。それを見て、感嘆の声を上げる。



「わぁっ! すごいっ! 綺麗~。アレン、見た? ねぇねぇ」

「見た見た。落ち着けよ、メイベル……あとそこにミミズの死体があるから。踏まないように気をつけろよ?」

「わっ、本当だ。ありがとう……」



 咄嗟にアレンの腕にしがみついて回避すると、後ろを歩いていたヘンリー達がひそひそと話し始める。



「まるで俺達がデートに紛れ込んでしまったようだぞ、あれ……どう思う? ダニエルさん? なぁ?」

「滅べばいいと思う……デートじゃないのに、これは……アレンばっかりずるい、羨ましい、妬ましい」

「俺はマリエルさんのリュックサックを背負ってるから平気だな……リュックサック背負ってなかったらちょっと厳しかったけど。嫉妬に塗れてたけど!」

「お前ら、自由すぎだろ……欲が深すぎる!」

「マリエルさーん、ってあれ?」



 それまで一人で前を歩いていたマリエルがぴたりと立ち止まっているので、駆け寄って覗き込んでみると、真っ黒な幻想蝶がきらきらと光っている卵を産み落としていた。水に濡れた瑞々しい葉の上に転がっているのは小さな真珠で、それを見て息を飲み込む。



「わぁ、綺麗……マリエルさん、今の内に早くどうぞ! 三十秒以内に取らないと幸運を逃がしちゃ、」

「いいの? メイベルちゃん。私が取っても」

「はい、勿論! 何だかさっきのマリエルさん、淋しそうだったし……」



 真っ黒な幻想蝶が産み出す真珠に触れると幸運を呼ぶとされていて、現にそれで人生を逆転した人もいる。でも大抵はライブのチケットが当たっただとか、試験に受かったとかいう類の幸運だ。気を遣わせないよう、笑顔で勧めてみると困ったように笑っている。そして、私の手をそっと掴んで葉に添えた。



「いいのよ、メイベルちゃん……私ぐらいの年になるとね、こんな可愛い蝶々さんが運んできてくれる幸運なんてたかが知れてるなって理解してるの。可愛くないわよね、本当」

「あっ、真珠が……」



 私の指先に触れると、きらきらと眩く輝いて溶けてゆく。ゆっくりと葉の上で真珠が溶け、それまで卵を産んでいた幻想蝶がひらりと飛んで鼻先を掠めていった。胸に残るは悲しい思いだけで、自分の指先を見つめる。



「マリエルさん……余計なお世話でしたか? 私」

「あら、どうして? 私はメイベルちゃんに喜んで欲しかったんだけど……」

「私はマリエルさんに幸運を掴んで欲しかったんです……でも、ありがとうございます。嬉しかったです」



 悲しいのは彼女が自分の幸せを諦めているように見えるから。自分が無力な存在だと思い知ってしまったから。胸の奥が詰まったけど、それでも笑う。私にくれたらから、この幸運を。マリエルが青い瞳を瞠って、途方に暮れていた。



「あの、メイベルちゃ……」

「あーっ!! いいなぁ、いいなぁーっ!! 俺もやりたかったのに、それーっ!!」

「ダニエルさん、落ち着けってもう! 今日は元気いっぱいだな!?」

「どーせどーせ幻想蝶も、俺みたいなうじうじ陰険男にはそんな幸運をくれないんだあああああっ! 俺なんかキッチンの片隅でゴキブリ退治でもしてればいいんだろ!? そんな神のお告げなんだな!? これは!?」

「てめぇ、ダニエル!! 鬱陶しいんだよ、メイベルから離れろ!! 肩を掴んで揺らすなよ!?」



 ダニエルにがくがくと揺さぶられていると、怒ったアレンが引き剥がしてくれる。そしてやけに凛々しい顔つきをしたハリーが「マリエルさん。何かあったんですか? 悩みならいつだって俺が聞きますよ?」と聞いていたが、マリエルはにっこりと笑って「別にいいわ。何も無いから」と言って断っていた。



「あっ、あの。すみません……今度からは真っ先にダニエルさんを呼びますね?」

「そうしてくれるか!? そうしてくれるか!? メイベル!? 君はあのライさんの姪っ子だよな!? つまり君は俺にこれからも、」

「ええい、鬱陶しい! 近い! 離れろ! あとメイベル! お前もお前で甘やかすなよ、こいつを! 調子に乗るだろ!?」

「あっ、はい。ごめんなさい、アレン……」



 謝るとまた嫌そうな顔をする。でもこれは、アレンが照れている時の仕草だから全然悲しくなかった。微笑ましくなって「可愛いね、アレン」と褒めてみると、その場にいた全員が激しくむせだす。



「なっ、何だって? 可愛い? 薔薇か? 薔薇の話か!?」

「うっ、ううん。違うわ、ハリー……アレンがね、可愛いの。照れてるでしょ、あれ」

「はっ、はあああああ? 照れてる? 俺が? 何でだよ!? 頭おかしいんじゃねぇの、お前!」

「頭がおかしい……」

「あーあ、落ち込んじゃった。アレン、お前のせいだぞ?」

「ヘンリー……薔薇ってさ、貴族の」

「よし、ガソリンを買ってきてすぐにでもぶちまけよう!! こんな悪しきクソ豚どもを象徴する花は燃やすに限る!! いわばこれは社会貢献なんだ!! 全人類のためなんだ!! これは神から与えられし俺の役目で────……」



 そこで警備員さんがやって来たので、慌てて皆でヘンリーの口を塞ぐ。悠然とした笑みを浮かべたマリエルが「ごめんなさい、この人ちょっとね? 頭がおかしいの。ちゃんと付き添ってるから心配しないで?」と話しかけ、警備員達は気さくな笑顔を浮かべて去っていった。



「ふー……良かった、マリエルさんとメイベルがいて。これが美人の力か……!!」

「むぐっ、むぐぐぐぐっ……!!」

「悪かった、悪かった。ヘンリー。つい腹いせでスイッチ押しちゃって。メイベル、お前が変なこと言うからだぞ……?」

「ごっ、ごめんね? アレン……恥ずかしかったよね? 今度からは気をつけ、わっ」



 そこでアレンが私の両肩を掴み、真っ赤な顔で「いいか!? 今すぐその口を閉じろ! あと無邪気に俺の心を刺してくるんじゃない!!」と言ってがくがく揺らしてくる。迫力に負けて頷くと、ぱっと手を放してくれた。



「よし、じゃあ。飯でも食いに行くか……さっさとお前がしたいピクニックとやらを済ませて帰るぞ、マリエル!」

「えっ? 嫌よ。ご飯を食べた後はアトラクションを見て回るから。帰りたいのなら勝手に帰れば?」

「てめぇ……!! どこまでも自由かよ、クソババアが……」

「まっ、まぁまぁ。アレン? 落ち着いて? 私もアレンと一緒に見て回りたいなぁって……」



 腕を引っ張って宥めると、渋々といった顔つきで頷く。そんな様子を、ふうふうと息を荒げたヘンリーが見守っていた。ハリーとダニエルが両手を上げて、「どうどう、どうどう! 落ち着くんだ、また警備員さんが来ちゃうぞ!」「ぞ~」と言って宥めている。



「とりあえずご飯を食べに行きましょうか、マリエルさん!」

「そうね、メイベルちゃん。行きましょうか! アレンなんかほっといて」

「今の一言、必要だったか? なぁ?」

「は~……機嫌の良いマリエルさんに踏まれたい。可愛い、好き……」

「ハリー、お前。まだ疲れが抜けてないのか……?」

「そうかもしれないね、ははははは……」




















 作って持ってきたのはハムとキュウリのサンドイッチ、茸とベーコンと玉葱のオムレツ、シンプルなハンバーグに海老と帆立のサラダ、牛挽肉とトマトのキッシュに鶏肉のグラタン。そしてパン屋のフレデリック提供のクロワッサンとバケット。



「デザートもありますよ~。ホットケーキにブルーベリージャムとサワークリームを挟んだものです! あとカスタードプリンも、」

「プリン! プリン寄こせ、メイベル! ください!!」

「駄目でーす、ご飯食べ終わった後でーすっ」

「え~、仕方ないな。我慢するか……」

「何歳だよ、アレン……」



 緑の芝生にピクニックシートを敷いて、それを皆で囲む。マリエル所有のピクニックバスケットは丁寧な作りで、銀製のカトラリーも沢山付いていた。でもこれをヘンリーに見せると、いつもの発作が起きるのであらかじめ取り除いてある。それぞれに紙皿とフォークとスプーンを渡し、ひとまずはスパークリングの白葡萄ジュースで乾杯してみる。



「かんぱーいっ! 食べましょう~」

「ありがとう、メイベルちゃん。可愛いわぁ、本当に~」

「ダニエルさん、ほい。グラタン好きだったろ、確か」

「お前な、ヘンリー……そうやってすぐに世話を焼くからこいつが図に乗るんだよ」



 アレンが早速クロワッサンを手に取って、もそもそと食べながら呆れた顔をする。自分で作ったものだけどわくわくしつつ、牛挽肉のキッシュを取っているとハリーがじっとこちらを見てきた。



「どうしたの? ハリー? 何か取って欲しい物でもあるの?」

「なぁ、メイベルちゃん……俺、日頃から物凄く頑張って働いてるんだよね……」

「えっ? う、うん。それは知ってるけど……」

「やめとけ、メイベル。くだらないもんを頼む時の常套句(じょうとうく)だぞ、それ」

「ハリーは大体、あてつけがましく何か言ってくるから…………」



 ダニエルが暗い顔で海老と帆立のサラダを取ろうとして、失敗してしまった。落ちてしまった海老を見つめて、ふるふると震えていたのでヘンリーが慌ててそれを拾ってやる。落ちた海老は自分の皿へと乗せ、新しい海老をダニエルの皿に乗せていた。



「どうせ踏んで欲しいとかいうやつでしょ、くっだんない」

「いや、俺はマリエルさんにだけ踏んで欲しいから……そこを誤解されるとちょっと辛い。変態扱いされてるみたいでやだ」

「我が儘かよ、お前。車内で踏んで貰って喜んでたじゃねぇか、てめぇな」

「いや……よく考えたらメイベルちゃんには優しくして欲しい。普段、女性からは物置扱いされてるし」

「物置扱いってどんな扱いだよ、ハリー……」

「デスクを不用品入れにされてるとか? いや、邪魔者扱いか?」

「うわ、こっわ……俺、働いてなくて良かった……こっわ」



 もぐもぐとキッシュを食べつつ、ハリーを見てると淋しそうに笑った。そんな表情を見てると胸の奥が狭くなってしまう。



「私に出来ることがあれば何でもしますけど……わっ!? いっ、痛い。アレン……」

「図に乗るからやめろって言ってんだろ。あとその発言はアウトだ。二度と言うなよ、お前。分かったな?」

「はっ、はい。ごめんなさい……」

「思いっきりすぱーんっていったな、今。気持ちは分かるがもう少し優しくしてやれよ、アレン……」

「可哀想に、メイベル…………可哀想に」



 落ち込みつつもそもそと食べていると、お皿にぽんとグラタンの美味しい部分がやって来た。丸々とした鶏肉とかりっと焦げ目が付いたチーズ部分を見てから、アレンを見てみると平然とグラタンを食べていた。どうやらお詫びらしい。口元が緩んでしまう。



「ふふっ、やっぱりね。アレンは照れ屋さんだと思う、私」

「んん~……メイベルのそれを聞いてるとなんか、頷くしかないよなぁ~」

「頷くなよ、ヘンリー。否定しろよ、そこは! 流石に!」

「そんな訳でメイベルちゃん。俺にあーんしてくれない? 疲れた。フォークが持てない病気にかかっちゃったんだ、俺」

「えっ……? じゃあ、こう……?」



 首を傾げつつハリーのフォークを持って、帆立を突き刺して口の中に突っ込むと「何かが違う」とでも言いたげな顔でもちゃもちゃと食べていた。何かが違ったらしい……よく分からなかったけど。



「メイベルちゃん、ほら。メイベルちゃんも食べなさいな、あーん」

「わっ、ありやとうございまふ……!!」

「いいな、俺もして欲しい……」

「俺がしてやろうか、ダニエル?」

「そこに何か意味はあるのか? 生産性は? 無いだろ、虚しくなるだけだろ? 何かちょっと泣けてきた……俺……悲しい」

「落ち込ませるなよ、アレン……俺でも落ち込む提案だぞ、それは」

「知るか、アホどもめ。へっ」



 ベーコンの脂と卵がじゅわっと染み出てきて美味しい。我ながら上手く作れている。それを飲み込んだ後、しっとりとしたハムとキュウリのサンドイッチを食べていると、今度はダニエルが虚ろな青い瞳で見てきた。もしかして、口に合わなかったんだろうか……。



「んぐ、どうしましたか? ダニエルさん?」

「俺にもあーんして欲しい……ぐっ!?」

「ほらよ、あーん。お前らな、よってたかってメイベルに甘えんなよ……負担になるだろ、アホ」

「待て待て、アレン!? ちょっと待てよ、アレン!? 流石に突っ込みすぎだって、それは!」

「大丈夫か? ダニエルさん。息出来てるか? それ……」



 アレンが次々とグラタンを放り込み、スプーンできゅっきゅっと口の中に押し込んでゆく。ダニエルはいつものように青白い顔をしてごっくんと飲み込んでから、わっと顔を覆って泣き始めた。



「アレンが俺のことをいじめるううううっ!! 自分ばっかりメイベルとのんびりイチャイチャする気なんだぁっ!!」

「何だよ、それ……お前」

「あー、ダニエルさん。まだメイベル嫁計画を諦めてなかったりするから……」

「うわ、気持ち悪……も~、やぁね。も~。メイベルちゃんに彼氏がいないから駄目なのかしら? 誰かいい人いないの?」

「それ、親からも言われてますけど……いないです」



 胸がずきりと痛んでしまう。誰にも話せない、誰にも言わない。どうすることも出来ない醜い感情に怯えて、疲れ果てている。苦笑してハンバーグを突き刺して、口元へ運んでいるとじっと今度はヘンリーが見つめてきた。なんだろう?



「意外だな、メイベルぐらいの可愛い女の子ならさらっと、むぐ!?」

「ほらよ、ヘンリー。俺が食わせてやろう、直々にな」

「っう、ぐ……!! どこからどう考えても悪役の台詞だし、俺の嫌いな人参が入ってる……!! おええええっ」

「食え、人参ぐらい。ガキかよ。そんでメイベル、ほい」

「あっ、ありがとう、アレン……」



 私が取るのやめておこうって考えて、我慢していた海老が五匹もやって来た……。お礼を言おうと思って振り返ってみたら、「いらん。いいから食っとけ。この後も動き回るから。腹が減るぞ、お前」と言ってハムとキュウリのサンドイッチをもそもそと齧り取る。少しだけ冷たい秋の風が通って、首筋と頬を撫でていった。



 くっきりとした濃い青空が澄み渡って、頭上を飾っている。あえやかな秋薔薇と風にさざめく芝生が美しい。



「あ、そうだ。作ってくれてありがとう。メイベル。うまい」

「本当にね。ごめんね、メイベルちゃん。作ってくれてありがとう。こんなに私の好きなものばかりで……」

「いいえ、あの。もし良かったらその……」

「ん? なぁに? 何か欲しい物でもあるの?」

「軽率に金を出そうとするなよ、マリエル……お前な」

「おっ、俺だって出せるけど!? ほらっ!」

「しまえ、ヘンリー! 何で張り合おうとしてんだ、お前は!」



 これは物凄く我が儘なことかもしれないけど、調子に乗ったお願いなのかもしれないけど。それまで食べていた海老をごっくんと飲み込み、不思議そうな顔のマリエルに向かって両腕を広げてみる。



「あっ、あの……ついさっき、マリエルさんにぎゅっとして貰えたことが嬉しくって……だからお礼を言うのならハグをしながら、」

「っ可愛い~! いくらでもハグしちゃう~! いいのかしら、今日! こんなに楽しくって!」

「は~……メイベル。お前もなぁ~」

「ははは、まぁまぁ。俺としてはマリエルさんが新人の女の子と上手くやってるのを見ると、ほっとするよ……はーあ」



 メイベルがぎゅっと抱き締められている横で、ヘンリーが溜め息を吐いて額に手を当てる。それを見たハリーが気の毒そうな表情でグラスを持ち上げ、問いかけた。



「お疲れさま、ヘンリー……酒でも飲むか?」

「残念だが、ハリー。それは酒じゃなくって白葡萄ジュースなんだよ。分かるか?」

「分かる……そう言えばそうだったな! すまない。ダニエルさん、飲むか? 酒」

「飲む……腹がいっぱいで気持ち悪い……」

「ひたすら食ってたな、ダニエル。珍しい……」

「メイベルが作ってくれたから……残したら申し訳ないと思って」

「俺は残す。容赦なく残す。人参いらない」

「よし、後で俺がそれを突っ込んでやろう。覚悟してろよ、ヘンリー。ほい」



 気が付くと何故かアレンとヘンリーが取っ組み合いの喧嘩を始めていたので、それを慌てて止めに入る。私が必死で止めに入ったところ、ハリーとダニエルが興味深そうな顔をしていた。



「へー……止めるんだ。放っておけばいいのに」

「止めるんだな、メイベル……流石だな」

「だっ、だって止めないと……折角のお花見なんだし……待って待って、アレン!? 貴族って言っちゃ駄目だからね!? あっ」

「遅いぞ、メイベル。もう。俺の口の動きだけで次の言葉が分かったのか? 凄いなぁ、お前」



 スイッチが入ってしまったヘンリーを宥めて励ましたところで、そろそろ移動しようかという話になった。



「そんじゃあ俺、乗りたいアトラクションとか色々あるから。全員別行動しないか?」

「えっ!? でもそれはちょっと、」

「賛成。それだと揉めないしな~」

「俺も賛成。じゃ、待ち合わせ場所はさっきの駐車場で……」

「絶対に駄目。メイベルちゃんが悲しむでしょ。ねっ?」



 驚くこちらの肩を掴んで、マリエルがにっこりと笑う。その場にいた全員がメイベルを見た後、自分の膨らんだ腹を見下ろした。



「そうだな……そうするか、たまには」

「よし、それじゃあ俺が乗りたいアトラクション中心に回ってくれないか? 疲れた、社畜ちゃん」

「知るかよ、アホ! なんっで過重労働を引き合いに出したら何でも我が儘を聞いて貰えると思ってんだよ!?」

「じゃあダニエルさんとアレンとハリーが一緒に回ればいいと思う。俺はマリエルさんとメイベルと一緒に回る。それで全部が上手く収まるだろ! なっ?」

「「一体何が!?」」



 ぎゃいぎゃいと騒いでいるヘンリー達を見て、マリエルが深い深い溜め息を吐く。もしかして、いっつもこんな感じになるから皆で出かけてないのかな……。



「あ~、も~。これだから嫌なのよ、こいつらは……」

「えーっと、アレン? ヘンリー? ハリー? ダニエルさん?」

「……何? 何だよ、お前」

「嫌な予感しかしないぞ、それ」

「俺は俺の好きなアトラクションにだけ乗りたい。皆に合わせる体力も気力も無い!」

「俺はちゃんと黙ってる、さっきからちゃんと黙ってるのに……」



 とりあえず、こういう時はじっとアレンを見てみればいいのだ。頑張って見ていると、アレンが嫌そうな顔をして隣の三人を振り返る。



「じゃ、メイベルに全部合わせていくということで。異論は? マリエルが受け付ける」

「お前が受け付けろよ、アレン!? 卑怯だぞ~」

「分かりました、女王様! ジェットコースターでもUFOにでも何でも乗ります!!」

「メイベル、俺は最初から何の文句もなかった……何の文句もなかったのに。うっ、うううっ」



 それまでご機嫌だったダニエルがぐすぐすと泣き始めたので、両手を握って慰めているとにこやかな笑顔のマリエルがやって来た。



「じゃ、皆納得したみたいだし行きましょ? 色々と乗りに!」




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