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機動妖精ルシエさん  作者: あまぐにれい@びたみん
◆第一章 機動妖精と、天使の少年
4/18

〇第四話 慟哭海峡の動乱・破

序破急の三篇となります。

"雪の国"スノンベール、首都フェリムル。

卓越した魔機ギア技術を誇るこの街は、レールウェイ駅正面の広場にライブビューイング(もちろん魔機ギアである)が設置されている。

色々な情報が発信されるそれは、今バニーゲンとスノンベールの開戦の情報ばかりが発信されている。


"東戦線で運用されていた魔機ギア、一部を西戦線へ運用変更が決定―"

"非常時緊急予算案、今週半ばにも成立の見通し―"

"バニーゲンの行動について、専門家の見解は―"

"アインガリア戦線、一時的に後退が余儀なく―"


世論が固まりつつある。一つに、大きくなった世論とは、時として国家をあらぬ方向へと突き動かすもの。

―戦争への舵が、切られようとしていた。


-1-


「ここだ。まあ、形式とかは気にせずに適当に掛けてくれ。…じゃあ、今から一時間、この部屋の周辺には人を近づけないように。何か用があれば、電話にかけてくれ。」

「かしこまりました。」


一行を部屋に案内したヘルマンは、近くのメイドに人払いを指示し、扉を閉める。

重々しいというほどではないが、緊張した空気が部屋の中を流れている。


「―さて。君達がわざわざスノンベールに来た理由はわかっている。バニーゲンとの衝突回避が目的だろう。」

「はい。ホルキスさんからそのように報せを受けましたので。」

「うむ。まずは我が国の危機のため、国を越えて来てくれたことに感謝を述べたい。」


ヘルマンはそう言って頭を深く下げた。立場が上であっても関係なく頭を下げる姿勢に、この男の度量の深さが窺い知れる。


「事実なんですか?スノンベールとバニーゲンが、軍事衝突を起こすかもしれない、というのは。」

「事実だ。…というより、もう事態はいくらか進行してしまっている。一週間ほど前に両国間で海峡を挟んで小競り合いが起きている。このままでは、確実に軍事衝突が起こるだろう。」

「そんな…。」


「何故そのようなことになったのか、詳しくいきさつを教えて頂けませんか?貴国とバニーゲンは、本来互いに争い合う間柄ではないはずですが。」

「その通りだ。今の我が国は本来、バニーゲンと戦争する余裕はなく、またする理由もない。―事の発端は一か月半ほど前にさかのぼる。」


―スノンベールとバニーゲンは、慟哭海峡のそれぞれの海岸に警備兵を配している。

これは決して敵対意思があるとかというものではなく、万一の時に備えてのものだ。

友好関係や同盟国であっても、国が接する場所であれば警備を敷くのは国として当然のことである。


その警備兵が、一か月半ほど前に殺害され、スノンベール側の海岸に死体となって漂着した事件が発生した。

その死体は体の随所が酷く焼けただれており、重度の熱傷によって命を落としたものとされた。


突然の出来事に警備兵は驚き、この死体はどこから流れてきたのか、誰の仕業なのかともちきりになった。

最初の死体は、死ぬ一週間前に旅行のためといって職務を休んでおり、そのため外国で死んだのではないか、やけどで死んだということであればバニーゲンで何かがあったのか、という噂が立ち始めていた。


最初はそれは湾岸の警備兵だけの噂だったが、週、日をまたいで二度、三度と同じようなスノンベール兵の死体が流れ着きはじめた時、スノンベール下層部の町である噂が立ち始めた。


「バニーゲンがスノンベールの民を火山で焼き殺して、海に捨てているのではないか、という噂だ。」

「…。」


「この噂が下層の町で流れ始めた時、被害は既に四件に上っていた。我が国としても不審には思い、バニーゲンに事の詳細を聞かねばならないと思っていた矢先に、バニーゲンから報せが届いた。」

「その内容は?」

「『バニーゲンの兵が、スノンベールの手にかかって殺され、バニーゲンに流れ着いているから、申し開きのためにバニーゲンに来い』といったような内容だ。」

「そんな…!まるでこちらが悪いみたいに…。」


ルシエをヘルマンとユリアンがなだめる。


「かの国は外交を王が行っていますから、諸外国に対しては基本そういう態度で来ます。」

「うむ、こちらとしても面白くはないが、話を聞きたいところではあったので、マンテリアを仲介して両国の使節をカルナック大陸橋で合わせ、そこで話をすることになった。あそこは和平の象徴ともいえる場所だからな。」

「して、その成果は。」


ヘルマンは神妙な顔つきで続けた。


「…返ってきたよ。両国の使節とも、死体でな。」

「「「…!」」」


一行は驚きを隠せなかった。

単に交渉が決裂したのであれば、その結果を本国に持ち帰るのが筋である。

片方だけならばまだしも、()()()()()()()()()()()()()


「それは、流石に、おかしすぎます。決裂したにしても、お互いを殺し合う必要は、なかったのでは…?」

「モニカ君の言う通りだ。私としても、勿論大統領も不自然さには気づいている。が…その事件が起きてニュースで流れ始めてから、バニーゲンへの抗戦論が世論として巻き起こり始めてね。」


その世論は着実に勢力を伸ばしつつある。

実際に小競り合いまで起きてしまっているため、国としても世論を無視するわけにはいかなくなってきているようだ。

このままでは開戦は時間の問題である。


「―以上がいきさつだ。ユリアン、君はどう思う?」


説明を終え、ヘルマンに水を向けられたユリアンは、神妙な顔つきのまま答える。


「状況を見れば、扇動されていると考えるのが自然でしょう。仕掛け人は…考えやすいのはアインガリアですが、決めつけるのは良くありませんし、あまり意味がありません。」

「うむ、私も同意見だ。」

「意味がないってのは、なんで?」


ユリアンは尋ねたルシエに答えるように向き直る。


「両国が現時点で紛争中だからです。アインガリアにはそうする理由があるでしょうが、それをアインガリアに突き付けたところでやってくることは同じでしょう。」

「むしろそれを楯に侵攻を仕掛けてくるような国だからな、あそこは。」

「つくづく野蛮な…。」


「不審な点は他にもあります。先ほどの話ではスノンベール兵も少なくとも四人、死体が漂着していたそうですが。」

「それが、何かおかしいんですか?」


いまいちピンと来ていないモニカ。ユリアンの言にルシエも怪訝な表情を浮かべ、ヘルマンに至ってはやはり気づいたかという顔をしている。


「あり得ないのよ。」

「死体が流れ着いてくるのが、ですか?」

「そうじゃなくて、"何度も死体が流れ着いてくる"ってところよ。」

「…あ。」


ルシエの答えにモニカもようやく合点がいった表情になる。ユリアンとヘルマンもその答えに深く頷いていた。


「あの海峡は月に五回以上渦潮と竜巻が発生する、海流も風の流れも不安定な場所だ。一度だけであれば何かの偶然ということもありえるだろうが、何度も死体が漂着するなんてことは私が知る限り起きたことは一度もない。」

「…つまり、バニーゲンの方以外の、別の方が、スノンベールの人を殺して、スノンベールの岸に流した、ってことですか?」

「決まったわけではないですが、その可能性は高いでしょう。それが仕掛け人の仕業であれば、少なくとも矛盾はありません。」


部屋にしばし静寂が流れる。

仕掛け人がそんなことをした理由も気になるが、今回の動乱を納めるためには、理由如何よりもこれが扇動された結果であることを証明しなければならない。


「…問題は二つあります。ひとつ、扇動されているという証拠を、どうやって集めるか。ふたつ、この扇動されたという結果を、どうやってバニーゲン側に理解してもらうか、です。」


ユリアンの言に、一同はうなづく。


「こちら側は証拠さえ掴めればすぐにでも国民に説明し、矛を収める準備はある。が、バニーゲンはそうもいかん。」

「直接行くしか、ないでしょうね。外交を国のトップが握っているなら、国のトップさえ説得できればそれで収まると思うわ。」


「現国王のオクタヴィアヌスは名君との噂ですが、強きを重んじる根っからのバニーゲン人だとも聞きます。うまくいくでしょうか?」

「やってみるしかないでしょ。難題がふっかけられても、出来る範囲で対応するしかないわ。」

「そう、ですね。名君なら、謁見さえ叶えば、お話がわかるかもしれません。」


「…無理をお願いするようで申し訳ないが、バニーゲン側の対応はお任せする。せめてこちらから改めて遣いを立てたことを証明する書面を発行するよう、大統領に掛け合ってみよう。」

「お願いします。して、どうやって証明するか、ですが…。」

「あの、それについては、ヘルマンさんに、質問というか、お願いが…。」


モニカはおずおずとヘルマンに尋ねる。


「何かね?そう身構えなくてもいい。」

「性格でして、すいません…。その、亡くなられた方の死体は、残されていますか?」


「…残っているとは思う。だが、検死は既に終えているぞ?使節は全て刃物による裂傷が死因、警備兵は重度の熱傷が死因と出たそうだ。」

「それでも、一度、亡くなられた方の声を、聴いておきたいんです。…私も医者で、検死官を務めていますので。今回私が遣わされた理由は、たぶん、これですから。」


「ふむ…わかった。安置所には話を通しておく。」

「ありがとう、ございます。」


と、そこへ扉をノックする音が。


「旦那様、お時間です。」

「…む、もう時間か。皆、分かっているとは思うが今回の件は他言無用で頼む。それから、事が解決するまでの間、寝泊まりはここの屋敷を使って構わん。」


その話を聞いて、扉があいた。訪ねてきたのはメイドのメリーベルだ。


「失礼します旦那様、今のお話は聞いておりませんが。」

「すまないがそうなった。何、部屋は空いているんだ。三人くらいわけなかろう。」


「はあ、かしこまりました。失礼します、殿方お一人ご婦人お二人とお見受けいたしますが、部屋は分けた方がよろしいでしょうか?」

「一緒でいいわ。」

「かしこまりました。お部屋の準備に一時間ほどかかりますので、それまでは客間などでお寛ぎください。では、失礼いたします。」


メリーベルは一礼して足早に去っていった。呆れたような表情が垣間見えたのは、きっと見間違いではないだろう。


(苦労してるわね…。)

(苦労してますね…。)

(苦労してますぅ…。)


「ん?何かね?」


悪びれもなく尋ねるヘルマンを見て、メリーベルの心労を慮る一行であった。


-2-


―フィルリムについた翌日。一課一行はアポイントが取れた死体安置所へやってきていた。


「お疲れ様です、お邪魔いたします。ウィンデリアのユリアンと申します。」

「…ヘルマン外務次官から話は聞いております。どうぞ。」


少々塩対応な受付が、一行を迎える。

既に終わったことを、外国の人間がやり直そうというのだから、スノンベールの国風を抜きにしてもこの対応は当然のことであった。


ほどなくして、一行は今回の動乱で死んだ遺体の安置所に着いた。

そこには三つの死体が、白布を被せられて安置されていた。


「…奥が四週間前に海峡の海岸で発見された焼死体、手前の二人がカルナック大陸橋で発見された使節の方の遺体です。」

「ありがとうございます。【腐敗防止プリザベイション】の処置は、まだ施されていますか?」

「はい、まだ効いています。最低でも一か月は保持しておくよう、定められていますので。」


「わかりました。…その、すいません、スノンベールの方々の技術を、甘く見ているわけではないんです。ただ、今からやることは、たぶん世界中探しても、私しかできないことなので。」

「…どういうことですか?」


怪訝そうな表情を浮かべる、スノンベールの検死官。


「…あまり、お見せできるようなものでは、ないのですが。これは、私が編み出した魔法なので…。すいません、お三方のご遺体を、中央に寄せて頂けますか?」

「…わかりました。」


表情は変えないながらも、検死官はモニカの言葉に従う。

叶うならば戦争にはなってほしくない、そう願うのはこの検死官も同様ということだろうか。


「ありがとうございます。…申し訳ありません、あなた方のお声をより聴くため、少し魔法をかけさせて頂きます。」


モニカは祈りを捧げ、杖を取り出して遺体の上にかざし、精神を集中し始めた。

ほどなくして、モニカの体が白く輝きだす。


「…白魔法ヒーリング?」


『我らに体を与え給うた母なる大地よ。思い半ばにして、この世を去らざるを得なくなった、悲しき御霊よ。汝の軌跡、汝の無念、汝の願い、時を超えしばし姿を顕し給え。』


『我が願うは、時の奇跡に非ず。我が願うは、死を冒涜する行いに非ず。汝の無念、汝の願い、汝の命を受け継ぐため、旅立ちのその姿を、今一度。』


『―【疑似逆行(リバイブ・フェイタル)死傷再臨(クロノクル)】。』


詠唱が完了し、遺体が白い輝きで満たされる。やがて光が消え、そこに現れたのは


「……す、凄い…!」

「え…!?な、何で…!?」

「…これは…。」

「驚きましたね…。」

「……ふう、うまく、行きました。」


まるで"今そこで命を失ったかのような"―こう言っては、語弊があるのだが―"綺麗な"死体であった。


「すごい…すごいです!一体どんな魔法なんですか!?」

「まるで失われた緑魔法クロックみたい…!」


怪訝そうな表情は消え失せ、目の前の事態に興奮を隠しきれない検死官。

緑魔法クロックとは、この時代では失われた時空間を操る魔法のことであるが、魔法の詠唱時にモニカの体が白く輝いたことから、これは失われた魔法ではない。


「ご遺体が、亡くなった瞬間の記憶を、一時的に呼び戻す魔法です。時間を戻すことはできませんが、ご遺体は亡くなった瞬間の出来事も、鮮明に覚えているんです。だから何とか、その瞬間のお声を聞けないかと、思いまして。」


「当時の傷を再現する魔法、ですか。流石モニカさんです。」

「恐れ入ったわ。…見て。」


ルシエは一番奥、熱傷で死んだと思われていた遺体を指さした。


「火傷の痕が、消えているわ。」

「本当だ!あんなに爛れてたのに!」

「えっ、じゃあ、死因は熱傷じゃなかったってこと!?」


モニカは皆の興奮をよそに杖をしまい、検死の準備を始めていた。


「…そうなりますね。あの熱傷痕では、そう判別されても、無理はなかったと思います。…この魔法は、十分しか持ちません。…お手伝い、願えますか?」

「「! もちろんです!!」」


当初の怪訝な表情はどこへやら。すっかりモニカのファンになってしまった検死官であった。



―再検死はつつがなく行われた。

あのあと検死官が別な検死官を呼び、終わる頃にはスノンベールの死体安置所がお祭り騒ぎになってしまったのはご愛敬である。


再検死の結果、熱傷で死んだと思われる兵士は、使節と同様刃物による裂傷が直接の死因とわかった。

更に、兵士の殺害に使われた凶器は、使節の殺害に使用された凶器と同じ魔機(ギア)によるものであることもわかった。

その魔機ギアの製造元はスノンベール内で特定できなかったが…。


「スノンベールの製造でないのであれば、バニーゲン製でもないことがわかれば、おのずと第三者の介入が確定するのですが…ルシエさん、わかります?」

「流石に傷跡だけじゃわかんないわよ。…ねえ、これと合ってるかどうかって、わかる?―【短剣ダガー】。」


ルシエはカバンから素体を取り出し、形を短剣に変化させて検死官に手渡す。


「はあ、いいですけど、何ですかこれ?」

「いいから。違ってたら違ってたで。」

「わかりました。―んん!?適合率64%です!一致ではないですけど、そこそこ近いです!これ、なんですか!?」

「ルシエさん、これは…?」


検死官から短剣を返してもらうと、素体に戻してしまいつつ、こういった。


「これはね、数年前アインガリア出の犯罪者から接収した魔機ギアよ。こんなこともあろうかと、保管庫から拝借しといてよかったわ。」

「アインガリアの…!てことは、この三人を殺したのは…!」

「高確率でアインガリアの人間ね。ユリアン、後でヘルマン外務次官に会いましょう。最近スノンベールで接収した魔機ギアでより高い一致率が出れば、確実性が増すわ。」


互いに頷き合う二人。

一方モニカは、再検死で得られた血液鑑定の結果を見て頭をひねっていた。


「これは…。」

「…これ、最初に検死した時も同じだったよな?」

「そうそう、なんか合わないんですよね…。」


パソコンの前でスノンベールの検死官と一緒に悩むモニカを見て、ルシエが尋ねた。


「なんかわからないことがあるの?」

「はい。結果から言うと、殺されたスノンベール側の使節の方の傷跡に、第三者と思われる血が付着している可能性が、あります。」

「もう一人の血じゃなくて?」


モニカはうなづく。


「真っ先に考え付くのは、そこなんですが、お一人ともうお一人の、どちらにも含まれない、謎の血液成分が含まれています。」

「血であることは間違いないの?」

「はい、間違いありません。普通に考えれば、お二人が殺される前に、更に別な方が殺されているという、可能性があるのですが…。」


「それを立証する手立てがありません。遺伝子レベルで精査することを試みましたが、情報が断片的すぎて決め手に欠けてしまい…。」

「…もし、バニーゲン側の使節の死体があったとして、その人から得られた血液情報にその情報が含まれてたら、わかる?」

「わかると思いますが、持ってきた検査魔機(ギア)では、そこまで精査できる精度が、ありません…。」


しょんぼりしてしまうモニカ。

仮にバニーゲン側の死体が確保できたとして、それをスノンベールに持ち込んで検査しようとしても、移動に時間がかかりすぎ開戦してしまう可能性があった。

ルシエはしばし思案し


「ねえ、ここの検査魔機(ギア)を少し借りられる?」

「え?いいですけど…これ持ち運び仕様ではないですよ?」

「それでいいわ。二時間もかからないうちに返すから、借りていい?」

「わかりました。」


検死官はそういって、使用していた検査魔機(ギア)を取り外し、ルシエに手渡した。


「ありがとう。ユリアン、モニカ、ちょっと付き合って。」

「構いませんが、どこへ?」

「私の実家よ。―モニカの検査魔機(ギア)術式コードを、改造してみるわ。」


-2-


術式コード改造はつつがなく終わった。

借り受けた魔機ギアを返し、一行は再びヘルマン宅に来ていた。


「やあ、おかえり。何かわかったかね?」

「わかったかは不明確ですが…外務次官、一つお願いがあります。」

「聞こう。」


ルシエはたまたま持参したアインガリア製の魔機ギアが、使節を殺した凶器に近いものであることを説明した。


「これは数年前にウィンデリアで接収したものです。量産品と思われるため、最近スノンベールで接収した魔機ギアであれば、より高い適合率をたたき出し、説得力が増すと思います。」

「なるほど、確かに。わかった。軍部にかけあい、提供出来次第検査に出すとしよう。しかしこれではまだ不足しているだろうな。検死の結果はどうだったのだ?」

「はい、それは…。」


続けて尋ねられ、モニカが答える。

熱傷で死んだと思われていた兵士は、実は刀傷が死因であること。

そして、使節の死体には、いずれも第三者の可能性が高い血液成分が含まれていること。


「そうか。決定的な証拠は見つからんか…。」

「はい。無理を言ったのに、申し訳ありません…。」

「ああ、君が謝ることではない。しかしそうなれば、バニーゲン側でも調査が必要になるだろうな。」


一行はうなづく。


「バニーゲン側の使節の死体の確認が必要になりますね。」

「残っているとよいがな。使節が死んでから、十日は経っているぞ。」

「そこは、期待するしかありませんね、今のところは。」

「まあ、そうなるか。―皆、これをもっていきなさい。」


ヘルマンは書類を取り出し、ユリアンに手渡した。


「…スノンベール大統領直筆の、謁見嘆願書とスノンベール内の行動自由の保証書ですか。これは凄い。」

「事のいきさつを説明したら、すぐに動いてくださってな。それから、ホルキスに君達の身許をバニーゲンに保障する公文書の発行を依頼してある。バニーゲンに行く前に、寄って受け取っておくといい。」

「何から何まで、ありがとうございます。」


ヘルマンははっはっはと笑い


「国の大事を、信頼できるとはいえ外国の者に任せているのだ。これくらいはしなければ国の面子に関わる。」

「ではその信頼にできる限り応えられるよう、こちらも励むといたしましょう。」

「うむ、頼む。魔機ギアについては結果が分かり次第、連絡するとしよう。」


一行はうなづき、出立の準備を始める。


「では、行ってきます。次お会いするときには、吉報をお届けできればと。」

「うむ。気を付けてな。」


挨拶を済ませ、一行はフェリムルを出立した。

舞台はカルナック大陸橋、そして"炎の国"へと動いていく―


-3-


「やっと着いたわね…。んん~。」

「雪がない分、まだましですけど、マンテリアの山道も、大変でした。」

「お疲れ様でした。でもまだ、本番はここからですよ。」


スノンベールを発った翌日、マンテリア西。

一行は巨大な石造りの橋―カルナック大陸橋の前にいた。階段の上には、関所のようなものがある。



カルナック大陸橋とは、マンテリアの西とバニーゲンの南東を結ぶ、世界一の大きさかつ長さを誇る石造の橋である。


今から140年ほど前、当時のマンテリア首相カルナックは交易のため、西側にある炎と火山のある未開の国―当時バニーゲンは完全な鎖国状態にあったため、周辺諸国からはこう呼ばれた―との交流を求めた。


当然バニーゲンの時の王ロムルスはその申し出を一蹴するがカルナックは諦めず、自身が病没する一年前までの実に三十四年もの間、例え立場が変わってもひたむきにバニーゲンとの交流を求め続けた。

自らの命を賭しての交渉にさしものロムルスも折れ、カルナックの病没一年前にマンテリアとの正式な国交を宣言した。


国交の成立を記念し、当時北の慟哭海峡、南のレイミル河の間に横たわる飛び石状の陸地に、マンテリアとバニーゲンが共同して石橋を建築することとなった。

建設には五年の歳月を要し、カルナック首相は交流成立の証の完成を見ぬまま病没してしまうこととなる。


完成したこの橋には二国間の交流に多大な尽力を行った人物として彼の名が使われることとなり、ここにカルナック大陸橋が誕生した。


この橋のおかげでバニーゲンには他国とそん色ない魔機ギアや魔法の技術が、マンテリアにはバニーゲンで採掘できる優秀な魔機ギア素材の金属を優先的に世界へ流通させる権利が得られている。

現在でもその恩恵のきっかけを作ったカルナック首相、ロムルス王の英断に倣い、この橋はマンテリアとバニーゲン双方の国が共同管理を行っている。



「すいません、ウィンデリア外務省の者です。この橋の通行許可を頂きたいのですが。」

「ウィンデリアから…?珍しいですね、なんでまた?」


関所の門を守護するマンテリア兵が珍し気半分、疑わしさ半分でユリアンを眺めている。

この橋はマンテリア、バニーゲンの民であれば行き来自由であるが、外国の人間は関所での通行許可が必要である。


関所はマンテリア側とバニーゲン側で二つあり、双方の通行許可が下りないと片方の国へ行くことができない。

どちらも同じ基準で判断を行うが、主にお国柄の影響でバニーゲン側でNOが出てしまい、橋を引き返さなければいけない旅行者や冒険者が年に数十名存在する。


元が開放的な気質をもつマンテリア側がNOを出すことはほとんどない。が、今回は少々事情が違った。


「こういうのもなんですが、今バニーゲンにはいかない方がいいですよ。」

「知ってます?今バニーゲンと、北のスノンベールが戦争になりそうなんです。それでバニーゲンもいつにも増してピリピリしていて、特に外国人に対して目が厳しいんです。」


ユリアンは兵士達の注意喚起に穏やかに答える。


「ええ、存じ上げております。―僕達はスノンベールからの要請もあり、バニーゲンとの停戦交渉を行いに参りましたので。」


言いつつスノンベール大統領直筆の謁見嘆願書を取り出して見せる。

兵士達の表情が、まるで光明を見たかのように明るくなった。


「本当ですか!?ああ、よかった!本当に戦争になるんじゃないかと思った!」

「ユリウスの広間であんなことがあったから、もう止められないんじゃないかと思っていましたよ!勇者ってのは本当にいるんだ!」


ユリウスの広間とは、橋の中央付近にある会議室のような広間である。

特に詰所などで利用されてはおらず、目下橋を行き来する人の休憩場所、およびマンテリアとバニーゲン両国が会談を行う時などに利用される。

…それにしても、まだ決まってもいないのにこの浮かれようである。根がおきらくで明るくおせっかい、それがマンテリアの民の特徴であった。


「…落ち着きなさい。そうなるよう努力はするけど、まだできると決まってはいないのよ。」

「はっ…そうでした。すいません。」

「マンテリアの方らしい。…よければそのユリウスの広間で起きたことについて、少し伺えませんか?」

「はい、喜んで。…といっても、実はあまり多くは覚えていないのですが。」


―兵士の言では、こうである。


今から十日前、慟哭海峡で起きている動乱を納めるため、スノンベールからの使節とバニーゲンからの使節による会談が、十六時よりユリウスの広間で行われた。

が、日が落ちるまで時が経っても使節がどちらも戻ってこない。


不審に感じた兵士は、ユリウスの広間へ様子を伺いに行った。するとそこには血を流して倒れている両国の使節の姿があった、という具合である。


すぐさまマンテリアから現場検証のための兵士が派遣され、殺害されたのは夕方十七時頃であろうと推定された。

が、会談が始まって以降双方の関所を通った者はおらず、いないと答えていた。


「でも…実を言うと、あんまり自信がないんです。」

「当時そこにいたのはあなた達でしょ?なんで自信ないの?」

「…それが…。」


兵士達は顔を見合わせる。


「俺達、そのあたりの記憶があやふやなんです。」

「確かに真面目に仕事をしていました。昼に食った嫁さんのサンドイッチが好物でおいしかったのもよく覚えてます。でも…。」

「この橋をだれが通ったか、そのあたりをよく覚えていないんです。忘れたとか、そういうのでなく、なんていうかこう、頭にもやがかかったような、というか…。」


「…今でも、思い出そうとすると、もやもやしますか?」

「はい…なんか気持ち悪いですよね、こういうの。」

「わかります。…すいません、ちょっと失礼しますね。」


モニカはそう言うと兵士に杖をかざし、意識を集中する。モニカの体が"紫色に"輝きだす。


紫魔法サイコリジョン!? ちょっと、何を…!」

「落ち着いて。…モニカ、いけるの?」

「…【認識阻害イリュージョンバイアス】がかかっています。かなり強く、巧妙です。……でも、これなら、解除できます。」


モニカの紫色の輝きが、強まっていく。


『眼前を曇らす暗雲よ。手足を縛る朽縄よ。汝のそれは幻也。目を覚まし、戒めを解き給え。今こそ汝の自由を掴む時。』


『―【認識回復オーディナリバイアス】。』


詠唱が完了し、兵士達を紫色の光が一瞬包み込む。

それと同時に、兵士達は互いを見合わせ、わなわなと震え出した。


「おい…おい…!いたよな!?見たよな!?」

「ああ、そうだよ…!確かにいたんだ!あの時、十八時ちょっと前、()()()()()()()()()()()()!」


「…ビンゴね。そいつらの風体とか、わかる?」

「覚えてます、覚えてますが…なあ、ミュンヘルさんとドリッケンさん、今日向こうの番だよな!?」

「ああ、間違いない! すいませんウィンデリアの方々、今すぐ向こう側の関所に行ってください!俺達もすぐ行きます!」

「ちょっと、どういうことよ?」


「そいつはこっち側から来てないんです!出て行っただけなんです!」

「つまり、俺達に魔法をかけたやつ…バニーゲンとスノンベールの使節の方々を殺した奴は…!」

「…バニーゲン側から来た。ということですね。わかりました。行きましょう。」


一同は見合わせ、頷き、すぐさま橋の向こうへ向かって駆け出した。

哭く海を挟んで起きた、二国の動乱。覆っていた闇は、晴れる兆しを見せ始めていた。


>>続く

第五話は4月17日目途に投稿予定です。前後の可能性あり。

次回は戦闘があります。

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