四十話 白銀の閃光
――ケイミィの身体が破壊された瞬間が一瞬見えた時、ウルガーの内心には強い怒りが湧き上がっていた。
おそらく何かしら目的が一致したのだろうケイミィは何故かニアと共に行動していて、その最中――
戦場に新たに現れたベルモンドの手により、彼女は見るも無惨な姿に変わり果てていた。
それでも生きている事は分かったし、幼馴染の少女であるケイトとは似ているだけの別人だと……何度も何度も自身に言い聞かせていた。
だから、その時に抱いた怒りは表に出さず抑え込む事が出来たが。
その後、力無き住民達を狙われ、ニアを痛めつけられ、その命も危険に晒されて、ウルガーの中では激しい怒りの炎が、どんどんとその勢いを増して行った。
そしてその上から更に、自分の不甲斐なさへの怒りも上乗せされている。
ウルガー自身も全身いたる箇所を負傷し、欠損し、血を流しすぎた。体は重たく、マトモに動かせない。
その一方で、目の前に居るニアは二人の強敵を相手に一人で戦っていて――
新たに彼女が使用している黒い炎の魔法。それは端から見ていても強力なモノだったが、発動する度にニアの顔色は悪くなり、重たい疲労が目に見えて理解出来た。
このままでは体力が尽きて、ニアが倒れるのが先になるかもしれなかった。
こんな状況で、後ろで守られ見ているだけなど、情けない真似はしたくない。
――そんな時に脳裏へ響く、一つの禍々しい声。
『もう少し。力を分けてやろうか?』
また、あの声だ。
自分の内に、魂の奥底に眠る、何者かの声。それが、ウルガーの怒りに呼応する様にして語り掛けて来る。
自身に流れているらしい特別な亜人の血――『銀狼』と、カトレアは呼んでいた。
この声に、この力に身を委ね過ぎれば、理性を失い怒りのままに闘争を求める怪物になるだろう。
そう、本能が危険を訴えているのが分かる。
それでも、危険だと分かっていても、今はとにかく戦う為の力が欲しかったのだ。
「あぁ、頼む」
問い掛けられ、ウルガーは刹那の間に答えていた。
本心では、この声にはあまり従いたくない。
以前に、胸の奥から湧き上がる憤怒に感情を支配された際も、この声はウルガーの怒りを更に囃し立てる様に呼び掛けて来て、理性を完全に失い掛けた。
勿論また理性を失い、この声の思い通りにされるつもりなどは無い。とはいえ、抗いきれない危険性があるのも事実だ。
それでも今は、この力に頼るしか無い。
それに、例え暴れるだけの怪物になってしまっても、この力が標的に定めるのはあくまで自分にとっての敵だけだ。ニアや住民達には決して手を出さない。
それに関しては、信頼できた。
「う……っ」
ニアの苦しげな声が聞こえて、先刻までゴーレムとベルモンドの身を襲っていた黒く燃え盛る炎が一瞬にして掻き消える。
さっきまでよりも更に顔色が悪くなっており、呼吸が乱れ、鼻血が流れ始めているのが見えた。
それでもまた、少女は再び魔法を放つ準備を始めている。
更に眼前の敵二人、ベルモンドとフレデリックは黒い炎が消えた瞬間を見計らい、激しい怒りを乗せながら反撃態勢に移った。
「闇の魔女様! そんなおいたはいけませんねぇ!」
「貴様から殺すぅっ!!」
ベルモンドは魔力を集中させ、風の塊を生成する。
黒い炎の影響か、魔力の集中に時間が掛かり先刻までよりも非常に小さなものだ。――が、それでも、急所に当たればニアの命を奪うには充分だろう。
フレデリックは全身の表面が溶けかけているゴーレムの身体を動かし、熱線を発しようとしたが煙の様に消えて不発に終わる。
代わりにゴーレムは五指の先端から、二発は不発するも、三発の岩の砲弾を発射した。
ニアはふらつく足を気合で支えながら、もう一度魔法を発動させようとする。
このままでは彼女への負担が大きく、勝てたとしても命が危うい。
――そんな事は、やらせない。
ウルガーは叫び、魂の奥底に眠る存在へと呼び掛ける。
「来いッ!!」
『――また一つ、解放してやろう』
強大な力が湧き上がって来て、全身に流れ始めた。身体中を駆け巡る血液が熱くなり、体温が上昇する。
全身の傷口が、砕けた骨が、失った片脚が、ボロボロの肉体が凄まじい速度で再生。左腕と全身に銀色の体毛が出現し始めて、筋肉が膨張していく。
口からは鋭利な牙が生え、一見すれば人の形をした狼。獣人とも言える姿へと変貌していた。
「フー……ッ、フー……ッ」
それと同時に、闘志が、怒りが感情を支配していき、眼前の敵への殺意が心の中を激しく渦巻いている。
そんな時、ニアの声が耳に届いた。
「ウルガー!?」
彼女の声で微かに意志が戻り、理性が無くなりかけるのを寸前の所で抑え付けながら、獣人と化したウルガーはその身体を自分の意志で無理矢理動かした。
「ウォオオオッ!!」
地を抉る勢いで蹴りつけて、その直後。
ウルガーはベルモンドの目と鼻の先まで移動し、それと同時に男の胸部へと銀狼の拳を叩き込んだ。
「ぅブゴォ!?」
叩きつけた拳はベルモンドの肋骨を折り、砕いて、そのまま十数メートル離れた建造物の壁まで吹き飛ばした。
それから続けざまに跳躍し、瞬く間の速度で降りかかる岩の砲弾の前へと現れ、地へと着弾するよりも速く三発の砲弾を全て弾き返しゴーレムの頭部、胴体、脚へとぶつけた。
その間二秒足らず、ニアの目から見れば瞬きしている間にベルモンドは何故か宙を飛んでおり、次の瞬間には岩の砲弾がゴーレムへと投げ返されていた。
よっぽど優れた戦士でもない限り、全く追いつくことが出来ない一瞬の間の出来事だった。
「な、何が……起きたの?」
――だが、返された岩の砲弾などゴーレムの装甲にとっては掠り傷の様なものだ。決定打にはならない。
「ニア、さっき使ってた炎の魔法、まだ使えそうか!?」
「え、うん! まだ使える、凄く疲れるけれど!」
「ゴーレムを倒すには必要だ、無理しすぎない程度に援護を頼む!」
「分かったわ!」
ニアの返事を聞いてから、ウルガーは再び地を蹴りつけながら走り出そうとして、次の瞬間。
「貴ぃ様ぁぁらぁぁぁっ!!」
フレデリックの怒声と共に、小さくなりかけていた負の魔力が再び膨れ上がり始める。
そして、負の魔力が地表一帯に広がっていくのを感じた。
それだけでは無い。五指からは岩の砲弾が再び射出され、ゴーレムの頭部からは先刻不発したはずの黒い熱線を吐き出し、頭上から降りかかる。
フレデリックの怒りに呼応して、失われかけていた負の魔力が増大を始めたのか。
「早くケリつけねぇと、キリがない……!」
フレデリックは追い込まれる度に、どんどんと強くなっている。小さな攻撃を加え続けているだけでは駄目だ。
狙いは一点、頭部に存在すると思われる弱点の核。
ウルガーがゴーレムへ接近すると同時。背後に居たニアが左右の手から黒炎を発動。右手は地面に着け、左手から放たれた黒炎は降りかかる熱線を迎え撃つ。
「えーい!」
地に広がる負の魔力を燃やし消滅させ、上空から迫る熱線を黒炎が呑み込み焼き尽くした。
更に残った黒炎で岩の砲弾を一つ焼き落とす。
「ッらぁァ!!」
地を蹴って飛び立ち、打撃、蹴撃で残る砲弾を蹴散らして行く。
最後の一撃を脚で踏みつけ粉砕しながら、ゴーレムへと一直線に向かい――その道中。
「ウルガー君、君の相手は私でしょうーー!!」
全身に風を纏いながら凄まじい速度で接近し、眼前に割り込んで来たベルモンド。
その男は、小さいが威力は充分の風の塊を拳に乗せながら殴り付けて来て、咄嗟に腕を前に出して受け止める。
既に魔力が切れかけているのが気配から感じ取れるが、強い剥き出しの悪意は無視出来ない。
「だから、油断はしない」
反撃の為に拳を握り締めたと同時、ベルモンドは表情を歪め醜悪か笑みを浮かべながら、地面に倒れているケイミィを指差して。
「ハハハ! 知っていますか、ウルガー君! そこに倒れているケイミィは君の幼馴染の少女、ケイトさんを元に生み出された存在なんですよ! この私が、首から上を潰して、全身傷だらけにしてやりました! まあ、それでも生きてる化け物なんですけどね! アハハハハハハッ!!」
「もう知ってんだよ、クソ野郎」
「ハ――」
言ってやったといわんばかりの楽しげな表情でまくし立てるベルモンドだったが、ケイミィがケイトを元に生み出された兵器である事は、既に理解していた。
想定外の反応だったのだろう。ベルモンドは歪んだ笑みのまま一瞬硬直し、その刹那の間に男の口内へと拳をねじ込み、歯を砕きながら地面の上へと叩きつけた。
「――――っ!!」
声にならない悲鳴を上げながら地の上をのたうち回り、ウルガーはその姿を見下ろし、瞬時に男の両脚を叩き折りながら呟く。
「テメェは色々知ってそうだからな。殺すより生け捕る方が都合が良い」
「ア……」
――その言葉は、ベルモンドに多大なる屈辱を与えていた。
最早ウルガーにとってベルモンドは復讐対象ですら無い、『情報を聞き出すのに都合のいい敵』程度の認識でしか無い……という事なのだから。
ウルガーに怒りをぶつける為、再び魔力を手に溜めるが――
「やらせないわ!」
ニアの右手から放たれた黒炎がベルモンドの身体を包み込み、その魔力を焼き尽くし奪って行く。
それに加え、殺傷力は無いが熱と痛みを含む炎がベルモンドの全身を燃やして――やがて、男の魔力は底を尽きた。
「アギアァァ!!」
湧き上がる激しい怒りは言葉にはならず、ただただ苦鳴を上げのたうち回る事しか出来ず、その強い憎悪がウルガーに届く事はまだ無かった。
――そんなベルモンドの胸中など知る由もないウルガーは、残る敵を倒すべく瞬く間にゴーレムへと距離を詰めて行く。
背後からまた、ニアの苦しげな呼吸が聞こえて、気配が弱まって行くのを感じた。
更に、眼前からのゴーレムから感じる負の魔力がまたも増幅していく。――いや、増幅というよりは、
「残った負の魔力を、全て出して使い切る気か……ッ!」
そして、残る力を全て解放させたゴーレム――フレデリックの殺意が、ウルガーとニアの二人へと突き刺さり。
「我ガ、王ノ、邪魔ダケハ、絶対ニィィィ、サセンンンンンンッッ!!」
音色からも人間らしさが消え始め、ウルガーがゴーレムの脚へと飛び乗ろうとした直後。危険を感じた本能が進む足を止める。
地震の様な激しい地鳴りが一帯で起き、真下の地面から土砂を噴出させながら十メートルもの巨大な岩の塊が出現するのを察知した。
衝突する寸前、地を蹴りながら即座に後退し、目の前――だけでは無い。周囲で起きた異変に、目を見開いた。
フレデリックが操る十メートルもの巨体を持つゴーレム、その目の前に、また新たに一体のゴーレムが出現していた。
「マジかよ、コイツ……!」
それだけでは無い。周りを見れば、左右に一体ずつ、同じく十メートルもの巨体がそこに佇んでいた。
計四体のゴーレムが、ウルガーとニアへ殺意を向けてくる。
そういえば昔読んだ本で、ゴーレムは軍勢を率いて行動していたと記されていた。あれはてっきり、量産されていたという意味だと受け取っていたが――
「自分の分身を作り出せるって事かよ」
だが、それでもやることは変わらない。これ以上誰一人死なせずに、本体であるゴーレムの核を速やかに破壊する。
全てのゴーレムを破壊する必要は無い。
気掛かりは、ニアの体力が持つかどうかだが――
「私は大丈夫、まだ頑張れるから、気にせずに戦って!!」
その不安を察したのか、ニアがそう呼び掛けて来た。
その声には疲労や不安の色が混じっていたが、それでも尚、立とうとする強い意志が籠められていた。
「――分かった!」
その意志を受け止めて、自分は本体である巨兵を目指し一直線に突き進む。
その最中、フレデリック含む三体のゴーレムから三本の黒い熱線が、ウルガーへと標準を定めて飛んで来た。
一本は正面、二本目は背後から回り込み、三本目は頭上から降り注ぐ。
更に、熱線を撃たなかった残る一体――左側から出現した巨兵は、ニアを狙い地面を削りながら滑走し始めた。
ニアはビクッと驚いた顔を見せた後に、意を決した様に勢いよく声を上げ、
「えーい、黒炎!」
両手から黒炎を放出し、滑走して来たゴーレムの全身を燃え盛る炎の中に包み込んで足止めした。
ニアを信じて加勢には行かずに、三体から放たれた熱線を対処しながら攻撃を続行する。
「ルゥウァァアアアーーッ!!」
足の爪で地面ごと抉り取り、土塊を盾にして正面から来る熱線を受け止めた。
土塊の盾を焼きながら貫通し威力の減殺された熱線を左腕で受けて、腕の毛皮と肉の表面を焼かれながらも防ぐ事に成功する。
続けて背後から回り込んで来た熱線を直撃の寸前で跳躍しながら回避。頭上から降り注ぐ最後の熱線は、
「これで、どうだッ!!」
身体を回転させながら横から熱線を蹴りつけて、右足の指を失いながらその軌道を無理矢理変えて、前方の分身のゴーレムの片脚へ向かって弾き返した。
そのまま地面へ着地して反撃に――
「――!!」
移ろうとした時だった。
下から嫌な気配を感じ取り、回避――出来ない。足場の無い宙に居る状態では、この身体でも自由には動けない。
そして着地するより先に、地下から蠢く岩石――岩石で造られた巨大な掌が出現し、ウルガーを握り締めようと迫る。
「やら、れるかぁッ!!」
岩の掌が迫る最中、そこに落下と同時にそこへ踵を振り落とし粉砕。
その後、更に囲い込む様に八方に現れた巨大な岩石の手が、ウルガーの身を潰そうと襲い掛かって来る。
「数を増やした所で、関係ねぇ!」
全てを相手にする必要は無い。本体を狙い直進する際に邪魔になるものだけ壊せば良いと、瞬時に前方の三本の岩の手を破壊した。――その直後。
「一斉砲撃ダァッッッ!!」
本体からフレデリックの声が響き渡り、黒炎に足止めされている個体を除く三体のゴーレムが、五発ずつ……計十五発の岩の砲弾を発射した。
その降り注ぐ先は――ニアと、避難を始めた住民達の居る場所だ。
「テメェッ!」
今のウルガーに勝とうとするならば、全てのゴーレムをニアと住民に対しての攻撃に使うなど愚策でしか無い。しかし、それはあくまでこちらの感情を無視した場合の話だ。
今なら隙だらけだ、ニアと住民を見捨てればフレデリックは倒せる。倒せるが――ウルガーの感情は、心は、そんな選択など出来なかった。
そして更に少女と住民を助けに行く事を妨害する様に、本体の防御は完全に無視してウルガーとニアの間に大量の岩石の手が出現するの感知した。
次から次へと飛び掛かって来る岩の手を破壊しながら後退しようと振り返ると、ニアの呼び掛けが聞こえた。
「ウルガー……私は、平気……だから……!」
必死に声を絞り出しながら言い、一体のゴーレムを足止めしていた黒炎を撃ち止めて、降り注ぐ岩の砲撃に標準を変えて再びニアは黒炎を放つ。
彼女は全身に冷や汗を掻き、顔が真っ青に染まり、声も震えて、明らかに限界が近くなっていた。
新たに放った黒炎も全ての砲弾を焼ききれず、消滅させられたのは住民を狙ったものだけだ。
残り半数はニアを狙って、どんどんと地上に近づいて行く。
それだけでなく、身体中が溶け出し指も半数が焼け落ちながらも黒炎から解放されたゴーレムの一体が、ニアへの攻撃を再開し滑走し始める。
彼女一人では、これ以上は無理だ。
ウルガーは足を加速させ、妨害する岩の手の軍勢を次々と体当たりのみで破壊しながらニアの元へと駆け付ける。
そして、少女の頭上へ岩の砲弾がすぐそこまで接近した時、気が付けばウルガーは咆哮を上げていた。
「ウォオオオォォォーーーーッ!!!!」
がむしゃらに叫び、空気がビリビリと激しく震える。咆哮により生まれた空気の波が衝撃波となって、ニアを狙う全ての岩の砲弾を粉々に粉砕していた。
更に背後から、放たれた黒い熱線がウルガーを狙い迫り来るのを察知する、が、構っている余裕などない。接近してくるゴーレムも居る。
黒い熱線がウルガーの腹部を半分抉り取る。が、止まれない。自分の身体は重傷を負ったってすぐに再生出来るから良い。それよりニアを、守らないといけない。
「うっ――――」
遂に限界に達したニアは膝をガクンと崩し、彼女が倒れる寸前にその肩を支えた。
自分がこの場をなんとかしなければ、自分が、一人で――
「――落ち着きなさい、ウルガー君! 冷静さを奪わせるのがフレデリックの狙いだ!」
焦燥感に支配される中、声が耳に届いた。よく知る青年の声だった。
それが聞こえた直後、滑走しニアを狙う一体のゴーレムの片脚が真っ二つに割られ、そのまま建造物を破壊しながら地面の上へと巨体を倒す。
倒れた巨体の下から新たに現れた声の主の名を、ニアが呼んだ。
「テッド!」
「ニア様、到着が遅れて申し訳ありません!」
「良かった、無事――とは、言えないわね、大丈夫なの?」
「ご心配なく、まだ戦えます」
「いや、もう戦わずに休んで欲しいわ……」
「ニア様こそ休んでください。もうフラフラじゃないですか」
「うぅ」
見てみればテッドは全身血塗れで、片脚を失っており、止血させながら木の棒を義足代わりに即席で脚に巻き付けている状態だった。
顔色も悪く、今すぐに倒れても不思議ではない程に疲弊しているのが分かる。彼も長くは戦えないだろう、まだ立てているのが不思議なくらいだ。
「今の私では援護が限界です、ウルガー君。君にしか、今のフレデリックは倒せない」
「頑張って、ウルガー。私はちょっと、座るわ……」
「――あぁ、ニアは充分頑張った、休んでてくれ。テッドさん、住民とニアを……」
「えぇ、任せてください」
「ありがとう」
焦燥感に塗れていた思考が、少しずつ冷静さを取り戻し始めた。深く息を吐き、意識を眼前の敵に向ける。
先刻脚を斬られたゴーレムは、切断された部位から新たに脚を生やしながら立ち上がり、一番奥には本体のゴーレムであるフレデリック、そして本体を守る様にして二体のゴーレムが佇んでいる。
一見絶望的な状況、だが――冷静になった思考で落ち着いて考える。
おそらく、戦況が悪いのはフレデリック側も同じだ。普通に戦って勝てるならわざわざニアと住民達に攻撃を集中させる手間などかけない。
今のウルガーに、正攻法で勝てる絶対の自信が相手に無いから、遠回しな作戦をする必要があったのだ。
自身を守る様に分身体のゴーレムを前方に配置しているのも、それの表れだろう。
今ならテッドも居る、背後に居る人々は彼に任せる。とはいえテッドも重傷だ、時間は掛けられない。
攻撃に移ろうと地面を強く踏み締めたと同時、先刻ニアの黒炎を受けた一体のゴーレムが避難を始める住民達を狙い滑走し、どんどんと加速していく。
「あの一体は私に任せてください!」
「あぁッ!」
テッドの声が背後から聞こえ、ウルガーはそのまま踏み締めた地面を強く蹴りつけながら音速を超える勢いの速度で真っ直ぐ駆け抜ける。
直後、滑走するゴーレムの指先から二発の岩の砲弾が発射される。テッドは素早く近くの植木へ跳躍しながら登り、そこから更に空へと向かい飛び跳ねて――
「はぁああーーっ!」
二発の砲弾を二つの銀閃で切り払い、真っ二つとなった岩塊の上へ一瞬だけ足を乗せて足場にし、再び跳躍。
滑走するゴーレムの首へと着地し、そのままテッドは頭部へと深く騎士剣を突き刺した。
「――フレデリックのものよりは装甲が柔らかいようだが、核の在る感触は無い。本体を倒さなければ、意味が無いか」
核が無いから分身体は完全には倒せない。本体を倒さなければ、何度でも復活する。
「頼みますよ、ウルガー君」
――一方、そのウルガーの進行を妨げる様に二体の分身体ゴーレムが少年の前に立ちはだかっている。
更にウルガーを囲い込む様に地面の下から十数本の岩の腕が出現。
本体のゴーレムからは黒い熱線が放たれ頭上から迫り、分身体の二体は右腕を岩の大剣に変形させながら襲い掛かって来た。
進化した獣人化により強化された五感、視覚を前方、嗅覚と聴覚を後方へと張り巡らせて、全方位からの攻撃を迎え撃つ。
先刻までは、強すぎる力に理性が奪われる事を恐れ、少し抑えていた。
理性を失ってもこの力がニアや一般人達を狙う事は無いと、なんとなく分かってはいるが。
もし彼女達が命の危機に立たされた時、わざわざ助けに行ってくれるとも思えなかった。だから、理性を失わない程度に留めていた。
しかし、今ならテッドも居る。
彼が代わりに、後方の皆は守ってくれる筈だ。
「ッオオオォォォォォーーッ!!」
意を決しながら咆哮し、もう一段階力の枷を外して、加速する。
前方から一斉に迫る岩の手を額で紙細工の様に軽々と粉砕し、それと同時に地表から切り離された十数もの岩の拳が後方から飛んで襲い来る。
背後へ向けて足を回転させながら一気に五つの拳を破壊して、その直後。
分身体のゴーレム二体から振り降ろされた二つの大剣を、地を蹴り高く跳ねながら回避。
その後、宙で飛び掛かる熱線を自らの肉を焼きながら殴り付けて弾き返し、ゴーレムの一体の頭部を破壊した。
そして地上から飛んで来た岩の手の一本が宙に居るウルガーの身体を捉え握り締める。そこへトドメを刺さんと、残る複数の岩の手が握り拳を作りながら地上から飛んで迫り――
「あぁァァアアッ!!」
握り潰そうとしてきた拳を内側から打ち破りながら脱出し、迫りくる残る岩の拳へ向けて、音速を越えた速度の打撃を複数回叩き込む。
それは一瞬の内にして、岩の拳の集団を粉々に消し飛ばした。
体温がますます上昇する。闘争心が、強烈な破壊衝動が、敵への殺意が、頭の中を、感情を支配していく。
闘争本能の赴くままに、更にもう一段階、枷を外した。
「全テ、壊してやル――ッ!!」
闘争本能と共に、溢れ出る生命力が身体中に流れ出す。全身に伝わる力は白く輝きながら肉体を外側から覆って行った。
白い光に包み込まれた銀狼の獣人は、咆哮を上げながら突撃する。
咆哮による衝撃波が、前方の地面から次々と生成される岩の手をまとめて砂に変え、もう一度放たれた熱線を散り散りに吹き飛ばし――次の瞬間には、光に覆われたウルガーは分身体のゴーレムの背後へと移動しており、既に両脚を破壊していた。
――ウルガーの動きを、目で追えなかった。
瞬く暇も無く分身体の一体が地に倒れ伏していた事に、フレデリックは戦慄した。
だが、咆哮の衝撃波ではゴーレム本体を破壊するまでの威力には至らない。今も尚、ウルガーに出来る攻撃手段は実質接近戦のみだ。
しかし、熱線では最早ウルガーに対処出来ない。
戦慄した脳内を一瞬で切り替えたフレデリックは、両腕を岩の大剣へと変形させ、全身から余す所なく無数の岩の棘を生やし、戦い方を変え――た、直後。
更にもう一体のゴーレムも、白い光に覆われたウルガーの身一つの突撃により脚を破壊され、頭部を粉砕されていた。
「あとハ、お前、だけ、ダ……!」
「ぐっ、ヌゥウっ!!」
――このままでは死ぬと、直感的にフレデリックは悟った。
だが、まだ、まだ死ぬわけにはいかない。王の味方であれる人間は今、この世界でフレデリックただ一人しか居ないのだ。
王を一人にこんな所で死んでしまうなど許されない。王の身を、命を、未来を、生涯を掛けて守る事が我が使命なのだから。
その為ならば、戦士としてのプライドなど捨ててやる。王の命と自由を守る為ならば、自分はどのように思われても良い。
王を連れて退却し、逃げるしかない。
恥などいくらでも取り返せる。だが、王の命は失えば、もう二度と取り返せない。
「――まだ、死なンッ!!」
フレデリックの眼前に新たな分身体のゴーレムが出現し、本体の盾となってウルガーの前に立ちはだかる。
そしてフレデリックは、残る力を王の救出と撤退のみに使おうと、ゴーレムの脚を後方へと回し――
「――――ッ!?」
脚が、動かない。
異変に気が付いた時には既に、黒炎が巨兵の全身を包み込んでいた。
その退却は、阻止されてしまう。
「闇の、魔女ーーーー!!」
フレデリックは叫び、その声に籠められた殺意はニアへと向けられる。
が、その殺意に怯む事無くその少女は最後の力を使い切り、ウルガーへと呼び掛けた。
「今よ、ウルガー!」
「ウオオオォォォォッ!!」
ニアの合図と共にウルガーは白い光を全身に覆わせながら風を切り駆け抜けて、跳躍。
立ちはだかる分身体の装甲をその身で撃ち抜き、貫通しながら本体の頭部を目掛けて飛んで行く。
ゴーレムから振りかぶられた岩の大剣を真正面から身体ごとぶつけ粉砕、放たれた黒い熱線を肩で弾き飛ばし――
その白銀の閃光は勢いを止める事なく、更に加速し、ゴーレムの頭部へと突撃し、破壊した。
「ウル、ガー!! 貴様ァァァ!!」
――だが、まだ、ゴーレムは倒れない。
破壊された頭部から露出した核の結晶、それはまだ原型を留めている。
次でトドメを刺す、銀狼の右拳を握り締め、振り降ろそうとした直後。
ウルガーの右腕が一瞬の内に切断されていた。
「チィ――ッ!?」
「まだだ、私は負けん、貴様が死ねぇえ!!」
核となる結晶から全身が黒く変色し赤い双眸をしたフレデリックの上半身が生えてきて、刃に変形させた腕を振りかざしていた。
今にも溶け出しそうな外見だが、その強烈な殺気がビリビリと肌を突き刺してくる。
凄まじい速度で両腕の刃を振り、数十もの斬撃が一瞬の内にウルガーへと襲い掛かる。
「グゥゥゥ!」
フレデリックが黒炎に焼かれている状態かつ、五感が強化されている今の状態でも回避しきれず身体中に切傷を負う。
だが、まだ、止まらない。
「オオオォォーーッ!!」
咆哮と共に拳を覆う白い光が五指の先へと集中し、光の大爪へと変化していく。
銀狼の大爪は空を裂き、斬撃を正面から打ち砕き、そして――フレデリックの肩から心臓を切り裂いて、ゴーレムの核を両断した。
「ガハッ、アッ、嘘、だ、そんな……私、が……っ」
フレデリックは動きを停止させ、黒く変色した身体が溶け出していく。
両断された核は粉々の破片へと姿を変えながら宙を舞い散り、消滅していく。
ゴーレムは足元から泥の様に溶け出して、分身体も同様に泥へと化していた。
ウルガーも、力を使い果たし、膝が崩れかける。
地上へ戻ろうとしたその時、まだ首が残っていたフレデリックが、今までに見たことの無い表情で、涙を流していた。
「申し訳、ありま……せん……ヌエル王よ……申し、訳……」
死の間際まで王の身を案じるその姿に、何も言えなくなる。
四大国の裏と真実を知った身としては、その国王などただの敵であり、私欲の為に人類を虐殺しようとする外道だ。
フレデリックも、悪事に加担し人の命や尊厳を奪うことに何の躊躇もない極悪人。
ハッキリ言ってどちらも嫌いだ。反吐が出る。だが、
彼のその嘘偽りの無い強い忠誠心を、もっと別の人間に向けられていればと――
「――――」
そんなものは何の意味もない仮定だ。
それを考えるのは止めて、ウルガーは泥と化し溶解するゴーレムの頂上から飛び降りて、地面に着地し――力尽きた様に膝が崩れ落ちる。
心配した顔でニアが必死に駆け寄って来るのが見えた。
「ウルガー!」
「――ニア、無事で、良かっ、た……」
地面に倒れる寸前、テッドと住民達の姿も見える。ニアも、ボロボロだが命に別状は無さそうだ。
死なせずに、守れた……
地に倒れ伏しながら、意識が途絶える寸前。
「王、よ……申し………………イ…………ナ……」
背後から聞こえた声を最後に、フレデリックは今度こそ完全に息絶えた。




