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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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三十九話 黒い炎

大変お待たせして申し訳無いです。

他の作業を優先していたらこちらをなかなか更新出来ませんでした。

これからまた投稿を再開していきます。


「――フレデリックさんやイオナ様の行動は、当初の予定から大きく外れています。私が協力するのは、あくまでも光の魔女様の意思に反する者を、止めるためですから」


「えぇ、分かったわ! けれど本当にありがとう、ケイミィさん!」


 そう語るケイミィに蔓で身体を抱えられながら、ニアは空を飛んで真っ直ぐに進んで行く。

 顔にぶつかる空気で目が開けづらいがそれを堪えて、ゴーレムと、その巨人と戦う少年ウルガーへと目を向ける。


 加勢するか――いや、たぶん急いで住民達の居る場所まで先回りして、危険を伝えて逃げて貰った方が良い。


 一方で、地上で戦う両者共こちらの存在へと気が付き、


「ニア! お前、無事だったのか……てか、何やっ てんだ!?」


 敵である筈のケイミィと共に現れたニアを見てウルガーは驚きを露わにしていた。

 ニアは避難場所のある方角へと指差しながら、地上の彼に聞こえる様に大きな声で返答する。


「私、皆を逃がす為に先に向こう側行ってるからーー!」


 地上へ向けてそう叫んでから、ゴーレムから攻撃を向けられないかと警戒し、身構える。

 敵はウルガーを迎撃しながらその重たい足を一歩ずつ前へと進め続けている。その最中、フレデリックの声が、ニアに冷徹な音色で言葉を投げかけて来た。


「魔女の言葉に、民衆が耳を傾けると思うか? 無駄だ。恐れられ、罵声を浴びせられるだけで終わりだろう。そして、間に合わぬまま全員が死ぬ」


「そっ、そんなの、やってみなきゃ分からないでしょ!」


「王に逆らった貴様もウルガーを始末した後で殺す。暫くは勝手に足掻いているがいい」


「……!」


 フレデリックはこちらを妨害しようとはしなかった。勿論それは慈悲や情けなんかじゃない、この行動を無駄だと思っているからだ。


 ――正直、内心では『自分の話をちゃんと聞いてくれないんじゃないか』という不安もある。けど、それでもやるしかない。


 この際ニア自身を信じてくれなくても良いし、罵声を浴びせられたり物を投げられたりしても構わない。

 それでもせめて、『危険が迫っているから急いで遠くまで逃げた方が良い』という事さえ伝わってくれれば、それでいいのだと――


 そう覚悟を決めた、その時だった。


「ニアさん、壁の門を見てください!」


 ニアを蔓で抱えながら飛ぶケイミィが、城壁のへ指を差しながら必死に声を上げ伝えて来る。

 その只事では無い音色を聞いたニアも、城壁の門へと目を向ける。――それを見て、「えぇ!?」と開いた口が塞がらなくなってしまった。


 壁門が開かれ、そこから一般人と思われる人々が次々と、何かから逃げ惑う様に必死に足を動かし王都内まで駆け込んで来ていた。


「何で皆、中に――!? 何か外に居るの!?」


 そのニアの口に出した疑問に、頭上からケイミィが応える。


「外から、ベルモンドさんの気配が」


「――っ!」


 その名を聞き、咄嗟に身体が身構えた。そして嫌な予感が脳裏を過ぎり、恐る恐るケイミィへと尋ねる。


「もしかして、ベルモンドに、殺されて……っ」


「いえ、まだ、殺されている気配はありません」


「!?」


 まだ死人は出ていない、それは朗報だ。朗報だが、何かが腑に落ちなかった。

 とりあえず、中に入ってしまった人達を放置は出来ない。闇の魔力を地上へと送り『影の鞭』を潜伏させて、いつでも住民達の身を守れる様に準備しておく。


「……何で、わざわざ、王都の中に入れてるの」


 そう再び疑問を口にしたと同時に、城壁の上に一つの人影が――紫色の頭髪の青年が、そこの立っているのが視界に入る。

 その青年の、以前見せていた穏やかさを装った貼り付けた様な笑顔は完全に失われており、冷たい視線をこちらへ突き刺して来ていた。


「ベルモンド! またノコノコとやって来て!!」


 ベルモンドはニアからの言葉には答えず、ニアを抱えるケイミィへと向けて口を開く。


「何をしているのですか、ケイミィ。ニアと一緒に行動して、裏切り行為にしか見えませんが」


 問を投げかけられたケイミィは顔を青くさせながら、「違います!」と声を上げて、


「フレデリックさんの行動は、最初の計画と大きく外れて来ています! 生かして連れて帰る筈のニアさんも殺そうとしていて、光の魔女様の意思に背こうとしているんです、私はそれを止める為に!!」


「なるほど、そういう事ですか。ならば私も魔女様の意思に逆らい勝手な行動をするフレデリックを始末しなければならない…………以前の私なら、そうしたでしょうねぇ」


「え?」


 最後に不穏な一言が発せられた後、ベルモンドの両手から魔力が膨れ上がり、射出される。


「ニアさん、危ない!」


「きゃっ!?」


 ケイミィがニアを庇う様に態勢を変えて、ベルモンドの両手から放たれた風の衝撃波がケイミィの背の二枚の翼を根から抉り取る。


「ケイミィさん!」


「ベルモンドさん、何故……っ」


 混乱し始めるケイミィの問い掛けに、ベルモンドは冷たい視線を突き付けたまま、唇を歪めて笑みを作り、


「今の私は、光の魔女だの、闇の魔女だの、魔導会だの、四人の王だの……全てどうでもいいんですよ」


 そう囁いた直後、もう一発の衝撃波がケイミィの顔面に直撃し、その頭部を吹き飛ばした。

 まだ生きてはいるが、飛行する力を完全に失ったケイミィはニアの身を守るように体勢を変えながら地上まで落下する。


「くぅっ! ちょっと、ベルモンド! あなた何がしたいのよ!」


 ニアからぶつけられる言葉に、ベルモンドは歪んだ笑みを崩さぬまま答え、


「そんなの決まっているでしょう。ウルガー君に嫌がらせをして、彼が困る事を徹底的にやる。――それこそが私の、新しい第二の人生であり、生きる意味です」


「――は!?」


 思わず声が出るくらい、訳の分からない主張だった。

 だが、ベルモンドの思い通りにさせる事は危険だとも察せられた。たぶん、わざわざ王都内まで一般人を来させた理由は、ウルガーの目の前で皆を酷い目に遭わせる気だからだ。


「そんなことやらせないわ!」


 先ずは潜伏させていた影の鞭の内一つを伸ばしてケイミィの身体を掴んだ。

 地との衝突による衝撃で更に身体がボロボロにならない様に、落下の速度を殺しながら地面の上に彼女の身体を降ろす。


 その後、ニアは覆われていた蔓の中から這い出て、混乱状態に陥りながら都市内へ入って来る人々の近くまで駆けて行き、外への避難を訴え掛けた。


「駄目よ皆、こっちは危ない! 外に戻って――!」


 直後、住民達の背後から大きな破壊音が聞こえた。


「な……っ!」


 そこへ視線を向けてみれば、城壁の門扉が破壊され瓦礫の山と化し、外への移動が不可能な状態になっていた。

 幸いそれに巻き込まれた人間は居なかったが……ベルモンドが、風魔法で扉を破壊し民衆の逃げ道を塞いだのだ。


「おい、こいつ指名手配されてる魔女じゃないか?」


 更に、民衆の一人がニアを指差しながら、そう指摘する声が聞こえた。

 それを聞いた人々は次々とニアへ敵意と怒りの籠もった視線を向けて来る。


「本当だわ、この国を襲いに来たって噂の犯人の似顔絵や特徴と一致してる」

「俺達を追い掛け回す紫髪の男も、あのデカい怪物も、魔女が呼んだってのかよ!」

「僕の家を返してよ!」


 一斉に敵意をぶつけられ、足が竦んでしまった。

 どうやらニアは今この国に指名手配されていたらしい。おそらく、フレデリックの仕業だろう。

 そして彼らは、ベルモンドやゴーレムの事も、ニアの仕業だと思っているらしい。


「え……待って、違う……。いや、もう私は何でもいいから、周りを見て! この王都内に居る方が危ないの!」


 何とか説得しようと口を動かした矢先、ベルモンドがニアのすぐ目の前へと降り立って来て、胸に手を当てながら頭を下げてきた。

 そして――


「闇の魔女様。貴女からの指示通り、住民の一部ですが都市内へ閉じ込めておきました」


「は……はぁっ!? ふざけないで、何を言ってんのよ!」


「ああ、申し訳ありません。本当ならば全員をとじ込めたかったのですが……やはり殺すなら大勢が良かったですよね、数が少なくてすみません、闇の魔女様」


「ふざけないでって、言ってんでしょう!!」


 一本の影の鞭を放ち、近くの人を巻き込まない様にベルモンドへと攻撃する――が、それは軽々と回避され、瞬く間にニアの真横まで移動して来ていた。


「やっぱりそうだ、あの魔女は、俺達を殺そうとしてるんだ!」

「いやよ、死にたくない、何でこんな目に遭わなきゃいけないのよ!」

「クソ魔女め、死んだ後も恨んでやる!!」


「う……っ」


 住民達から向けられる敵意が、どんどんと強くなって来る。もう、逃がす為の説得どころでは無くなってしまった。

 そして、そこに更に追い討ちを掛ける様に、


「さあ、皆さん。逃げようとした者から、闇の魔女様の命に従い殺します。動く事は許しませんよ!」


「クッ、ベルモンド、いい加減にっ!」


「おっと。ウルガー君が来ましたよ、闇の魔女様」


「――!」


 背後、ウルガーとフレデリックの戦っていた地点へ視線を移す。すると、ウルガーはゴーレムからの追撃を避けながらこちらへ走り近づいて来ていた。


「ベルモンド、またテメェか! そこから離れろ!!」


 住民達の危機を察し、守る為にこちらへ移動してきてくれたのだろう。

 その気持ちはありがたいが、こっちに来てしまったらベルモンドの思い通りになってしまう。そうなれば、ろくでもない事が起きるだろう事は想像に難くなかった。


「ウルガー! こっち来ちゃ駄目!」


「あっ!?」


 意味が分からないといった表情をするウルガーは、ベルモンドの顔を見てから察してくれた様で、その足を止めた。


「チッ」


 ベルモンドの悔しげな舌打ちが聞こえた。やっぱりウルガーを来させなくて正解だった――と、そう思った直後。


「フレデリック! ウルガーは私の獲物だ、民を優先的に殺せ!!」


「お前に命令されるのは殺してやりたい程に癪だが、俺もそうしようと思っていたところだ。大目に見てやる」


 ベルモンドからの命令にフレデリックは苛立ちの籠もった声で返しながらも、そのままゴーレムの足を一歩ずつ進め――頭部の目の位置が発光する。


「この距離ならば充分に届く」


 頭部から発射された黒い熱線が、孤を描きながら民衆の密集する地点へと降り掛かって来た。

 自分達に迫る熱線に気が付き、悲鳴が、助けを求める声が響き渡り、人々の間に広まる混乱がより一層強まっていく。


「やらせるかよぉッ!!」


 ウルガーは放たれたそれを防ごうと、獣人化した脚で地面がめり込む程の勢いで蹴りつけながら住民達の近くまで駆け付けて行った。

 ニアも、熱線を迎撃するために、潜伏させていた影の鞭を二本伸ばして――


「あっ」


 ゴーレムの攻撃を防ごうとした直後、ニアは別方向からの魔力の高まりを感じ取る。


 ベルモンドだ。あの男は、跳躍して中空に居るウルガーへ、背後から魔法を放とうとしていた。

 ゴーレムの攻撃を防ごうとするウルガーを、更に背後から攻撃し邪魔しようという算段だろうか。

 そうなれば、民衆もウルガーも両方が死んでしまう可能性が高い。


「そんなことは、させないわよー!」


 ベルモンドの右手から放たれた風の衝撃波は中空のウルガーを目掛けて飛んで行く――それを二本の影の鞭を伸ばして妨害し、着弾される前に防ぐ事に成功した。が、


「フハッ」


 ベルモンドの薄気味悪い笑い声が聞こえた直後、ニアの身体に雷撃が突如発生し、襲い掛かる。


「ぁぐ――っ!?」


 突然の激しい痺れと苦痛に一瞬頭が真っ白になり、動きが止まってしまった。

 ――以前、ウルガーからベルモンドの左手の義手の話は聞いていた。近距離限定で、本来の魔法の手順を踏まずに外側でいきなり雷魔法を発生させる事が出来るらしいと。

 だが、今はそんなに距離は近く無いはず……いや、考えるのは後でいい。今はベルモンドを止めることを優先――


「少し改良を加えたんですよ」


 その声が聞こえたと同時、再びニアの身体に雷撃が襲い掛かる。


「ぅあぁっ!」


 この痛みは、耐えられない。

 体勢を保てなくなり、崩れた膝が地面へ着いてしまう。


「ニアッ!! もういい、逃げろ!!」


 思考がまともに出来なくなりかける中、ウルガーの声が聞こえた。

 彼に心配かけたら、駄目だ。戦いに、集中させてあげないと、そうやって意識を引き戻し、再び立ち上がろうと、


「ぁあ――っ!!」


 その直後、一瞬の雷鳴と共に、またニアの全身を雷が流れ逃れる術の無い苦痛を与えて来る。


 しかし、意識はまだ残っている。ギリギリで意識は残る様に苦痛を与えられている。まるでわざと、致命的な一撃を避けているかの様な……


 膝がまた崩れ地面に倒れる最中、ウルガーとベルモンドの顔がそれぞれ見えた。

 ベルモンドはウルガーの顔を見ながら満足気に笑い、一方の少年は怒りと悔しさに顔を歪ませていて、ベルモンドの狙いが分かった。

 ウルガーに、民衆とニアのどちらを優先して救うべきか迷わせる為、ただそれだけがこの男の目的だ。

 ウルガーは、刹那の迷いをその瞳に滲ませて――


「アーレーー! 力を貸してくれ!!」


 呼び掛ける様に叫び声を上げる少年は左足を振るい、なんとその脚は形を水色の刃へと変化させながら飛んで行く。

 何故ウルガーの足があんな事になっているのかの疑問は今、気にしている場合ではない。また後で聞けばいい。


 飛翔する刃はベルモンドへと狙いを定め直進し、左脚を失ったウルガーはそのまま右足で地面を蹴りながら跳躍――獣の拳を握り締め、迫る黒い熱線を真正面から迎え撃つ。


「オオオォォォーーッ!!」


 咆哮と共に振るわれた獣の拳はゴーレムから放たれた熱線と激しくぶつかり合った。

 銀色の毛皮を焼き焦がし、肉が溶け、骨はボロボロになり右腕の原型が無くなりながら、その一撃は黒い熱線を弾き返しゴーレムの脚部へと軌道を変え直撃する。

 

 その最中で、ベルモンドは自らに襲い掛かる水色の刃を躱し右手に風の魔力を集中させようとした直後の事。

 躱したベルモンドの身体を通り過ぎそうになった刃は変形しその姿を鎖の様な形へと変えて、標的をそのままに男の右手へと巻き付き拘束した。


「邪魔臭いですねぇ」


 怒りを声に滲ませるベルモンドは、右手から無理矢理に風を魔力を爆発させ、水色の鎖はバラバラに粉砕。液状になりながらビチャビチャと地面へ落ちて行った。


 その間にニアは度重なる電撃によって既にフラフラな身体を気合で奮い立たせ、影の鞭を発動させて立ち向かう。


「やぁあーー!」


「そんな遅い攻撃が私に当たるとでも――」


 と、ベルモンドがニアの攻撃より更に早く、義手による雷魔法を使用しかけた、その直後だ。

 男に向かって大量の茨が、横から襲い掛かって来た。それは魔法の使用を妨害する様に義手を包み込み、更にそこへ首の無い状態のケイミィが身体ごと突進していく。


「はぁ……。本当に、鬱陶しいんですよ。出来損ないの不良品が」


 ベルモンドはケイミィへ罵声を浴びせながら風の衝撃波を彼女の胴体へとぶつけ吹き飛ばした。ケイミィの腹部の半分に風穴が開き、地面に転がる。

 しかしそれでもなお彼女は手を震わせながらまだ動こうとしており、更にそこへもう一発の風の塊が撃ち込まれた。

 それを受けたケイミィの身体は更にボロボロになりながら飛ばされてしまう。


 あそこまでやられても、彼女はまだ生きている。それは何となく分かっていた。

 だがそれでも、あの惨状を目にしてしまえば、胸の奥からさらなる怒りが沸々と湧いて来る。


 ケイミィがあんなになってまで作ってくれた隙に、ベルモンドへと一撃を叩き込んだ。


「おぶふっ!!」


 ニアの発動させた影の鞭はベルモンドの顔面を直撃し、眼鏡は割れ、鼻血を吹き出しながら背中側によろける。

 更にもう一撃魔法を叩き込もうとしたと同時。ニアの耳に何かが砕ける様な音と、悲鳴が届いて来た。


 嫌な予感がして、咄嗟に意識が音と声のした方向へと向く。

 視線を移したその先には、砲弾の如き岩の塊に右肩と腹部を潰されたウルガーの姿が見え、彼は血塗れになりながら地に倒れ伏していた。

 その彼の背後には、怯える様に地に膝を着けている女性と顔面を蒼白にし硬直している老人の姿があり、子供の泣き声も聞こえる。


 ――住民達を守る為に、彼は自らその身を盾にしたのだと、分かった。


「ウルガーー!」


 無惨な姿になり背から地面に倒れる彼の姿を目にして、思わずその少年の名を叫んでいた。

 ――そして事態はどんどんと、最悪な方向へと進んで行く。


「はい、わかりました、闇の魔女様! ウルガー君が先程庇った住民を全て、殺せば良いんですねぇ!!」


「は!?」


 一度ふっ飛ばした筈のベルモンドはまだピンピンとしており、楽しげに声を張り上げながら、先刻ウルガーが助けた住人達へと殺意の牙を向けた。

 この後すぐ彼の右手から風魔法の塊が放たれるであろう事を察知して、危険を感じたニアはがむしゃらに走り出す。


「こん、のぉーーっ!!」


 身を挺して守った人達を無惨に殺される、そんな事は絶対にやらせない。

 それだけで、作戦や考えなど無かった。ただ、皆を守らなければと、感情のままに走り出していた。胸の奥から、魂の奥底から、何かが湧き上がって来る。そして、掌が熱くなる。

 それは、今までも二度――鉱山の街クリストと、この地イースタンでケイミィと初めて出会い戦闘になった時。


 その時と同じ様に、ニアの両の手から闇色の靄が発生した。


 ベルモンドの手から風の塊が放たれ、罪なき人々の命を無慈悲に奪い取ろうとする。

 それをさせまいと、ニアは右手を伸ばしながら飛び込んで――闇色の靄に覆われた掌で風魔法を受け止めた。


 『本来の形であれば他の魔力を消滅させる』と言われているソレはベルモンドの放った衝撃波の進行を止め、籠められた魔力を減殺する。

 その最中でも風の魔力はジリジリと、ニアの指先や掌の肉を裂き、傷付けて、


「アツッ、うぅーーっ!!」


 その間一秒、闇色の靄とぶつかった風の塊は籠められた魔力を完全に掻き消され、跡形も無く消滅した。


「――黒炎ですか」


「はあっ、はぁ、はぁ……!」


 ベルモンドの凶行を何とか食い止める事には成功するも、受けた右手は傷だらけの血塗れになってしまった。

 それでも、もしマトモに受けていればこれだけでは済まず、最悪手首から上が無くなっていただろう。

 そんな事になるよりはマシだと、痛みを堪え地を踏み締める。

 そして再び闇の魔力を集中させて――


「――っ!」


 その瞬間、足元から嫌な気配を感じ、背筋に悪寒が走る。ここに居ては危険だと、本能が訴えかけ足を踏み出そうとした。が、身体の動きが間に合わぬまま、


「くぅっ!?」


 ニアの背後の地面から二本の巨大な岩石の手が突き出して来た。

 不完全な黒炎では岩石の両手を完全に消滅させる前に、頭から潰されて即死する。そう本能で察した。

 だから、集中させた魔力を四本の影の鞭へと変えて、岩石の手に巻き付けさせて拘束する。


 しかし岩石の両手は少女の身を叩き潰さんとばかりに掌を広げ、巻き付けられた影の鞭を引き千切りながら地へ振り下ろされ、凄まじい勢いで地表が叩き割られる。

 それでも多少は速度が落ちていた為、一撃目は岩石の指先が黒いローブを掠り背中側の部分を破かれながらも何とか避けられた。が、

 続く二撃目。


 ――間に合わない。


 もう一つの岩石の掌は既にニアのすぐ頭上まで迫って来ていた。

 回避は間に合わない、影の鞭では岩を破壊出来る程の威力は出せない。ならば、残された手は、


「不完全な黒炎に、賭けるしかない」


 恐怖心を噛み殺し、死をも覚悟しながら頭上へと視線を上げて、両手に闇の魔力を集中させる。 迫り来る岩石の掌に対してソレを放とうとして――その時だった。


「ニア!!」


 背後から少年の声が、ウルガーが自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

 それと同時に背中からウルガーが飛び掛かって来て、強い衝撃がぶつかりニアの身体はその場から弾き飛ばされる。

 何が起きたのか直ぐには思考が追い付かず、地面の上を転がりながら理解に至った。

 ウルガーが、ニアの身を守るために突き飛ばしたのだ。


 先刻まで自分が立っていた地点へと意識を向ければ、そこには最早立つことすら辛そうな身体のウルガーが居て、


「駄目――っ!」


 手を伸ばして叫んだ。が、その声も虚しく、ウルガーの頭上から岩石の掌が叩き降ろされた。


「あ……」


 目の前で起きた光景に愕然となり、真っ白になりかけた頭を横に振って意識を現実に引き戻す。


 先刻、一瞬だけ見えたウルガーの表情には、まだ諦めは無く、生きる強い意志があった。

 まだ、死んでない。そう信じて、立ち上がる。


 そして横からは、荒々しく口調を乱すベルモンドの怒声が響き渡って来た。


「待てぇ、フレデリックゥゥゥ!! ウルガーは私のモノだと、そう言っていた筈だぞ貴様ぁ!! 彼にはもっとじっくりと時間を掛けながら限界の限界の限界まで苦しみを与えなくてはいけないんだ、あんな一撃で死んだらどうするつもりだぁ、えぇぇ!? 情けない王の金魚の糞如きが私のモノを横取りするんじゃなあぁぁい!!」


「――貴様の趣味嗜好など知った事では無い。そして今の発言には我が王に対する侮辱が含まれていた。本当に貴様から殺すぞ、ベルモンド」


 二人して急に、よく分からない口喧嘩を始めていた。

 反撃の好機は今しか無い。しかし、どうすればいいのか、どうすれば自分一人でこの状況を解決できるのか、絵図が浮かばない。

 先ずは今の内にウルガーを岩石の下から助け出そうと駆け寄り、その直後。


「ウルガー君、キミはまだ死なせない!! 命は一つしか無いんだ、大事にしなければいけないんだ。大事にしなければ、キミの命でもう二度と遊べなくなるじゃないかぁぁっ!!」

 

 ベルモンドの理解不能な叫び声と共に真横から飛んで来た風の衝撃波が岩石の手に直撃し、すぐ目の前で粉々に粉砕された。


 あと一歩でも前に出ていれば自身も巻き込まれていただろう。が、それよりもウルガーがどうなったのかが心配だと、砂煙が舞う中その姿を確認して――


「――居た!」


「う……ぐ……っ」


 ウルガーはまだ息はあり生きている。が、もう全身がボロボロで、とても戦える様な状態には見えなかった。


「フレデリック、私に謝罪しろ!! 謝罪しろと言っているだろぅがぁぁ!!」


「本当に鬱陶しい奴だな。お前が来る前にさっさとウルガーを殺しておけば良かったよ」


 あいも変わらず、二人は喧嘩を続けている。

 今の隙に住民達に避難を呼び掛け、ウルガーを遠くまで運び休ませてあげようとしたが、


「皆、今の内に逃げて!」


「逃げろだ!? お前があいつらを連れてきたんだろうが!!」

「そうやって俺達が動いた瞬間に殺して来る気なんだろ!」

「騙されるかよ、魔女が!」


 住民達は怒り……否、恐怖だ。恐怖に顔を歪めながら、ニアからの呼び掛けには応じず、怒鳴り返して来る。


 そこへ続けざまに――


「うわああぁ!?」


 住民一人の足元に風の衝撃波が飛んで来て、地表が粉々に粉砕される。


「ベルモンド!!」


「動くなと言った筈でしょうが、愚民共! 逃げようとした瞬間に殺す、グチャグチャにして殺す!!」


 ベルモンドは口喧嘩しながらも、こちらへ意識を向けていたらしい。避難してもらう事は、非常に困難だ。


「……俺は……いい、住民を、優先してくれ……俺が、一人で守る……ニアも、一緒に逃げれば良い……」


「な! そんな、事……」


 更にウルガーからは、ニアも逃げろと告げられた。

 だけど、彼は既に全身血塗れで両腕ともボロボロ、更に片脚は無く、腹は抉られていて、見ているだけでも痛々しい重傷だ。

 この惨状を目の当たりにして、はいわかりましたと納得する事など出来ない。


 そんな中、背後の住民達の中から、ウルガーの事を呼ぶ子供の声が聞こえて来る。


「お兄ちゃん、死なないで!!」


 子供からの声援に答える様にウルガーは微かに手を震わせながら地を掌で握り締め、立ち上がろうとする――が、もう、思う様に立てなくなっていた。


「どう、すれば……っ」


 最早、満身創痍の二人だけではどうにもならない状況になってしまった。ここにテッドも居てくれれば……と、甘えそうになった自分の思考を止めて、どう切り抜ければいいのか、必死に考える。


 でも、どうすればいいのか分からず、混乱が、焦燥感が胸中を支配し始め、やがて絶望へと……


「お姉ちゃん、負けないでーー!」


「――え」


 一瞬、聞き間違いかと思った。

 子供からの声援が、ニアにも届いて来た。


 その両親らしき男女が子供の身体を守る様に抑えながら、


「やめなさい、あんな魔女まで応援してどうするの!」

「あの魔女は悪い奴なんだ!」


 両親の訴えに対して、子供は即座に反論する。


「でも、どう見たって、あのお姉ちゃん僕達を守ろうとしてるよ!」


「う……、それは……」

「確かに、そうも見えるけど……」


 子供の訴えを聞き、母と父は表情に迷いを見せ始める。

 それは声を聞いていた一部の住民達にも広がり、僅かに、空気が変化し始めた。


「まあ、あの子供の言う通り、悪い奴には見えないよな」

「オイ、魔女なんかを信じる気かよ!? 騙す為の演技かもしれないだろ! 国王だって俺達をずっと騙してたんだ!!」

「でも、あの子あんなにボロボロになってまで、戦おうとしてるわよ……」


 背後から感じていた恐怖や敵意の視線が、ほんの少しずつだが、変わって行く。


「ねえ、やっぱりあの子、ただ私達を守ろうとしてるだけじゃないの?」

「そう……だよなぁ……やっぱ、あんなに必死な顔して、戦ってるし……」

「たぶん、良い子だよ」

「よく分かんねえけど、頑張ってくれぇ!!」


 ……大人達の早い掌返しに思う所が無いではない。

 が、皆も不安な状況に追い込まれているし、魔女は忌むべき存在として教えられて来たのだろう。

 だから、それは気にしない事にした。


 ――色々と考えるのは、自分には向いてない。頭ばっかり回すより、皆を守る為に、何が何でも戦わなくちゃ。


 全身に重傷を負ってまで人を守り、戦おうとしてくれたウルガーへと目を向ける。

 身体中を破壊されてまで守ろうとしてくれたケイミィへと目を向ける。

 ここまで送り出してくれたビッキーと、姿が見当たらない……が、どこかで生きている筈だと信じている、テッドの姿を思い浮かべる。


 皆が精一杯頑張って戦っているというのに、自分だけが弱気で居るなど、駄目だ。


 拳を握り締め、再会した父と魔導会に拐われた母……両親の姿を浮かべ、いつか三人で暮らすんだと、再び心に誓う。


 そして――身体の中が熱くなる。力が湧き上がって来る。魂の底から、何かが、何かが……


『私は闇の魔女。ここに居る者達は誰一人も死なせやしないよ。――――ゴーレムの軍団め』


 誰かの、知らない記憶が、一瞬だけ脳裏を過ぎった。


 両頬を叩き、先刻まで揺らいでいた心を奮い立たせ、眼前の敵へと目を向ける。

 それと同時に、フレデリックとの口論を一旦中断させたベルモンドがこちら側へと振り向き、冷酷な視線を突き付けて、落ち着いた口調で語りだした。


「まあ、今は仲間割れは止しておきましょう。私は常に冷静沈着な人間です……無駄な事はやりません」


 ついさっきまで無駄な口論をしていた男が何を言っているのか、と口から出る前にベルモンドはわざとらしく口角を上げ残虐な笑みを浮かべながら、言葉を続ける。


「そろそろ始めましょうか。見ていなさい、ウルガー君。身体をマトモに動かせないキミに、大いなる絶望を贈りましょう」


 言い終えた瞬間、ベルモンドの両手に巨大な二つの風の塊が発生し、更に男の頭上――ゴーレムの頭部から負の魔力が高まり始める。


「ぐっ……ぅ、やら、せる、かよ……!」


 ウルガーはボロボロの体を動かそうとする、が――手も脚も震え、思い通りに動かせず、立つことすらままならない様な状態だった。

 それでも無理矢理に両足を地へ着けて、荒い呼吸を整えながら、残る力を振り絞る様に立ち上がる。


「……ウルガー……」


 ニアは闇の魔力を全身から高めながら、ウルガーへと声をかけた。

 呼び掛けを聞いた彼は、悔しげに歯を食いしばりながら返答し、


「あぁ……状況は、最悪だ……お前だけでも、逃げてくれ……俺も、出来る限り、全員を守りながら戦う……」


「いえ、ウルガーはもう休んでて。私がやるわ」


「……は!?」


 ニアからの応えにウルガーは目を見開いて、正気を疑う様な表情でその行動を止めようと訴えかけて来る。


「いや、待て、……待て!! お前一人で、何とか出来るわけ――」


「何だかね、凄く変なんだけど……ちょっと落ち着いてきちゃったの、私。何だか今なら、やれそうな気がするわ」


「……っ」


 ウルガーはまだ何か言いたげにしているが、不思議な事に、今ニアの心からは恐怖や迷いや焦燥感は消えていた。


 闘志が、勇気が、少女の体を奮い立たせ動かし始める。


 そしてその直後、眼前の二つの敵から、無力な民を狙い攻撃が発せられる。


「死ねぇ!!」


 左右の手からそれぞれ一撃ずつ放たれる巨大な風の衝撃波、そして上空から地上へと迫り来る黒い熱線が、同時に襲い掛かってきた。


 限界に近い身体て前に出ようとするウルガーより更に前に立ち、今までに感じた事の無い魔力の熱が、両手へ集中していくのが分かる。

 何故かは分からないが、『コレ』が何なのか――ニアは本能で理解していた。


 あと一秒足らずでこの場にいる者達の命を刈り取るであろう風の衝撃波と黒い熱線。二つの攻撃が着弾する寸前、ニアはその名を囁いた。


「――黒炎」


 両手の熱が高まり、膨れ上がる。そして闇の魔力はその姿を黒い炎へと変化させ、ニアの全身を覆う様にして禍々しく燃え上がる。


 ニアは両の手を頭上と前方の二方向へと向けて振り、闇色に燃える『黒炎』を発動する。


 二方向に放たれた『黒炎』は大波となり、頭上から迫る熱線と、前方から飛んで来る二発の衝撃波をそれぞれ飲み込み、闇の炎はそれぞれの魔力を燃やし、焼き尽くし、一瞬にして跡形も無く消滅させた。


「貴様ーーッ!!」


 ゴーレムからフレデリックの怒声が響き渡り、ニアは地面の下からから押し寄せる負の魔力の気配を感知した。

 急いで手の平を地表に着けて、人を避けながら広範囲へと広がる『黒炎』を放つ。

 地面が形を変えて襲い掛かって来る前に、魔力を焼き尽くしてゴーレムの攻撃を事前に防いだ。


「やらせないから」


「ぐっ、ぬぅ……!」


 そのまま地面に放った『黒炎』を、前方の二体の敵、フレデリックとベルモンドの足元へと更に広げた。

 闇色に燃え盛る炎は地面からゴーレムの脚へと流れ、そこから一気に上へ上へと昇っていき、全身を炎で包み込んで行く。


「ぬガあアぁァァァーーッ!!?」


 黒炎は、負の魔力を纏った岩石の装甲を焼いて溶かし、直後に装甲が修復し、その上から更にまた溶かす。その繰り返しだった。

 黒炎に纏わり付かれたゴーレムはその場から動けなくなる。


 一方でベルモンドは地面から跳躍し炎を避けながら、風を全身に纏い低空を飛行しながら接近してきた。


「魔法が強力でも、使い手が素人ならば、冷静に見極めれば回避は容易いものなんですよ闇の魔女様ぁ!」


 そう声を上げながら両手に風の塊を生成しながら一気に距離を詰めて来た。

 ウルガーは咄嗟にニアを守るべく、鉛の様に重たい身体を無理矢理動かそうとし、直後だった。


「えーーい!」


 ニアの掛け声と共に地面に広がっていた『黒炎』は形状を変化させ、ウルガーや住民達、ケイミィを避ける様にしていくつもの炎の柱が立ち昇る。


 その内の一本がベルモンドの義手へと直撃し、更にそこからベルモンドの全身を闇色の炎で覆って行った。


「うぎゃあぁぁぁっっっ!」


 絶叫をあげながら低空から落下し、必死に炎を消そうと地面の上を転がっている。


「はぁ……はぁ……、う……っ」


 ニアは呼吸が苦しくなり、激しい頭痛が襲い掛かって来る。足がふらつき、体も重たい。

 どうやら『黒炎』は強力な分、自身への反動も大きいらしい。


「それ、でも……皆を、守る、為なら……!」


 そう呟き、襲い来る反動に耐えながら、自分を奮い立たせる。

 これが、自分に出来る事なのだから。


「私はまだ、倒れないわよ!」




 ――――奮闘するニアの姿を見て、ウルガーは何も出来ない悔しさと、自分への怒りに歯を食いしばる。


「見てるだけなんて、ダセェまんま……終われるかよ……ッ!」


 鉛の様に重たく、ろくに動かせない体を無理矢理前へと一歩進ませて、その時。


『――もう少し。力を分けてやろうか?』


 それは協力的に聞こえたが、慈悲といった優しさのある声では無かった。

 禍々しい雰囲気を纏う声が、ウルガーの脳裏に響いた。


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