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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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三十八話 王の叫び


 ビッキーが取り出した物は手鏡型の魔導具。それはおそらく、先日チャックが話していた、声や音を拾う魔導具なのだろう。


 一方で、王は何が起きたか分からない様な顔をして数秒硬直した後、顔がどんどん真っ赤に染まり、怒りの形相を刻み込んでいき、そして叫んだ。


「貴様、ふざけるな! ふざけるなぁ!! 誰でも良い、早く、早くあの魔導具を奪え、叩き壊せぇ!! その魔女を殺せ!! 証拠を一切残させるなぁ!!」


「あぁ、今のその動揺っぷりも映像で残っちゃうからね。どんどん自分で自分を追い込んじゃってどうするのよ」


「がぁあああぁぁぁーーっ!! 早く、フレデリック!! 来い、来んかぁ、フレデリックーー!!!!」


 彼はこの窮地に陥っても、ただただ発狂して、他人に上から命令するだけで、自分自身でどうにかして解決しようという姿勢は見せなかった。

 更に彼がニアの命を奪おうとしたからだろう、ケイミィも王を助けに入ろうとはせず見ているだけだった。


 一方で王を見張りながら沈黙していたニアの祖父は、その口を開きビッキーに視線を向ける。


「私からも全てを証言する。そして、罰も受けよう……ヌエルを止められなかった私にも責任がある。彼と共に永い時を過ごし、もう疲れたのだ」


「お祖父ちゃん……」


「あの人、ニアちゃんのお祖父ちゃんだったの!?」


 国や王の実態を全て知っていそうな祖父も、こちら側に協力する姿勢だ。最早、王に味方する者は、ここには居な――




「貴様等、我が王に、何をしているーーーーッッ!!!!」


「――え」


 その聞き覚えのある男の叫び声は、外から聞こえた。そして、外から感じていた強い負の魔力の気配がこちらへ向き接近してくるのを感じ取って――


「ニアちゃん!!」


 ビッキーは咄嗟にニアを庇う様にして一緒に床の上にしゃがみ込み、その上からは更にケイミィのものであろう蔓が二人を上から覆い守る。その直後。


 窓ガラスを紙細工の如く粉々に粉砕しながら、一発の岩石が砲弾の様にして屋内へと撃ち込まれて、それはニアとビッキーの頭上を通過し、壁へと衝突し大きな穴が開いた。


「何なの!?」


 立ち上がり、ビッキー、祖父、ケイミィの無事を確認してから、岩が飛んで来た方向へと目を向ける――窓ガラスだった部分の向こう側、そこには、十メートルはあるだろう黒い巨人が強い負の魔力を発しながら、外からこちらを見据えていた。


「ゴーレム」


 その名を小さく口から溢したのはケイミィだった。

 先刻あの黒い巨人から聞こえた声、あれは、フレデリックの声のはずだ。


「まさか、あの大きいのが……」


 これまでも、魔導会は人間を怪物の姿へと変えていた。ならば、フレデリックがあの巨人になっていたのだとしても不思議では無い。

 不思議では無いが、状況は間違いなく最悪だ。


「テッド、ウルガー、お兄ちゃん……は?」


 見当たらない三人の顔が脳裏を過ぎり、彼等がどうなってしまったのか、不安が一気に押し寄せて来る。

 そのすぐ後、巨人の大きな身体を必死に這い上がる姿が見えた。それは、


「ウルガー!」


 巨人の身体から伸び出て幾つも現れる岩の棘を破壊しながら、上を目指して駆け上がっていた。


「こいつ、王城からの大声聞いてから急に正気に戻りやがった!!」


 そう声を上げながら、ウルガーは頭部へ視線を向けながら突き進んでいる。が、


「何度来ようと無駄だとわからんのか、ガキが!!」


 フレデリックの声と同時に放たれた黒い熱線、それは宙で軌道を器用に変えながらウルガーへと迫り、回避した少年の背中を掠り焼いていた。


「ウルガーも頑張ってる。ここは、私が守らなきゃ……!」


 フレデリックがまた攻撃を仕掛けてきた時に、ビッキーや祖父達を守れる様にニアは魔力を溜め始める。

 それと同時に、違和感に気が付いた。ビッキーの声がしない。


「ビッキー?」


 背後へ振り向けば、先刻の攻撃では無事だった筈のビッキーが頭を抱え冷や汗を掻きながら膝を床に着け唸っていた。


「くっ、うぅぅっ、消え、ろぉ……っ!」


「ビッキー、どうしたの!?」


 ビッキーの異変に意識を向けていたその時、背後から別の苦鳴が耳へと届いた。


「がハァッ! う、ぐぅ……!」


「お祖父ちゃん!?」


 振り返ると、祖父が背中から刃物を突き刺され倒れていた。そして、そこに立っていたのは――イオナだ。


「何してるの!!」


「馬鹿ね、ニア。何で私を殺さなかったのかしら? そうしたら祖父はこうはならなかったのに」


「あ……ぅ……」


「そこの魔女も甘いわ。ニアを助けるのを優先して手に持ってた魔導具放り投げて庇いに行くなんて……これも奪っておいたわよ」


 手に持った魔導具をこちらへ見せた後、イオナはそれを外へ向かって放り投げた。


「この高さから下まで落ちればまず壊れて機能しなくなる。残念だったわね、全て貴女の甘さが招いた結果よ」


「私の、せい……」


「そうよ。だから、貴女も死になさい、ニア」


 殺意に満ちた表情で、イオナが刃をこちらへ向けて来た。

 彼女から言われた事に何も言い返せなかった。そうだ、自分の甘さがいけなかった。命を奪う程の覚悟は無かった。殺せなかった。そのせいで、祖父が刺されて、せっかくビッキーが証拠を掴んだ魔導具も、壊されて……


「私の、せいで……」


「ニアちゃんは悪くないよ」


 自責の念に駆られそうになった時、背後からそう聞こえて来た。

 そして刃を向けながら迫るイオナの側頭部に一撃の蹴りが打ち込まれる。


「カァ――ッ!!」


 それをしたのは、ビッキーだ。

 彼女の一撃で、イオナは白目を向きながら床の上に叩きつけられ気絶した。


「ビッキー、平気なの?」


「ちょっと幻覚魔法に捉まってたけど何とか抜け出した。それより、今ならまだ間に合うよ、お祖父ちゃん手当してあげよう」


「うん!」


 幸い、効き目の強い薬がここにありまだ量も残っている。

 まだ、自分のせいで祖父が大怪我をしたと自責の念が残っているが、今は手当に集中しよう。

 そんな内心がビッキーにはわかったのか、


「あのさぁ、あんなヤバい女の言う事を真に受けちゃ駄目だからね、ニアちゃん」


「け、けど……」


「人にはそれぞれ適材適所ってもんがあるでしょ。命のやり取りは私みたいな戦場暮らしの人間の役目、でもニアちゃんは違う。だから、そのままで良いんだよ。皆が皆、命のやり取りに躊躇しない人間ばっかだったらそれこそ怖いでしょ」


「……うん」


 言いたい事は良く分かる。それでもやはり「自分がもっとちゃんとしていれば」という気持ちは残っている。

 しかし、たぶん自分には他人の命を奪える覚悟なんて一生かけても持てないだろうとも分かっていた。

 だから、ビッキーから言われた言葉を素直に受け止めておこう。


「――下から、何か聞こえませんか?」


 その時、沈黙していたケイミィが口を開きそう問い掛けて来た。


「え、聞こえるって……?」


「あ、音が……大きくなって来ました」


 最初は訳が分からなかったが、直ぐに、その意味が分かった。

 窓の向こうの真下から――空気を震わせる爆音が外に響き渡る。


『うるさい、うるさい、黙らんかああぁーー!! 騎士など私の為に死ねば良い駒だろうが、罪悪感だと? 駒に対してそんな感情を抱くわけ無かろうが! むしろ、役にも立たずに死んで『人工魔晶石』を無駄にさせた奴等を、八つ裂きにしてもう一度殺してやりたい気持ちだ!! 魔女も殺せぬあの馬鹿共がぁ!!』


「――!?」


 外から聞こえるそれは、間違いなく王の声だ。が、王である本人はすぐそこで子供の様に丸くうずくまりながら泣いている。なら、この物凄く大きな声の正体は――


「魔導具に録音した、王様の声だね」


「え?」


「確かに、イオナの狙い通りあの魔導具は壊れちゃったみたいだよ。けど、壊れた結果――」


『聞かれたならば、兵や国民などいくらでも殺せば良いだけだ! ワシの立場ならば凡人ごとき殺しても好きに揉み消し、情報を書き換え、他の者に罪を被せる事だって出来るんだぞ! 馬鹿な愚民どもは耳に入れた情報を直ぐに信じ込む、これまでもそうだった!! 何をしようと無駄なのだよ!!』


「録音した音が大音量で街中に流れ出しちゃったって訳か……」


 ――――高所から地に激突した影響により、頑丈に設計されていた魔導具も耐えきれずに壊れ、正常に機能しなくなってしまった。

 そして内部に異常が発生し、録音されていた音声が再生される。素材に使用されているシュオン花が発する轟音、それと等しい音量が最大で放たれる。


 近くで聞いていれば聴覚を破壊されかねない程の大きな音は、空気を震わせながら王都全域にまで響き渡り――都市を囲む壁の外側に避難していた多くの住民達の耳にも、それは聞こえていた。


「これは、王様の、声じゃ……」


 ある一人の老人が震える声でそう呟き、『声の正体は王である』と、その事実は瞬く間に民衆の中に広がって行く。


 民衆達の王への信頼が地へ落ちるのも、時間の問題だった。




 ――――ゴーレム内に理性が取り込まれて行きそうになった中で、フレデリックの意識を呼び起こしたのは王の声だった。


 王はフレデリックの父を、不満を一切言わない従順な兵として気に入っていた。そして、その息子である自分にも優しくしてくれた。

 フレデリックが近所の子供を顔の形が変わるまで殴って遊んだだけなのに、その親から文句を言われたので王に愚痴を溢すと、その一家を始末してくれた。

 王に不満を覚えていた一般人の運営する工場を無理矢理潰し巻き上げた金で、高級な料理を食べさせてくれた事もあった。


 フレデリックにとって王はもう一人の父、「自分以外の命や人権は自由に奪ってもいいもの」と、教えてくれた偉大なる、本当の父以上の父なのだ。


「そんな我が王に、貴様等は、何をしてくれたんだあぁぁ!!?」


 王都全域に流されてしまった、王の叫び。

 愚かな愚民共はそれを聞き、王へ不満を募らせ、敵視する様になるだろう。大人しく王へ忠誠を誓うならば、慈悲を見せないでも無かったのだが。

 ――しかし愚民共は、悪より善を好む傾向にある。王にはもう従わないだろう。愚かしい、悪であれば人生は晴れやかで楽しいのに。愚民には、何も期待出来ない。


「避難している住民を全て、始末するしかあるまい」


 王の叫びを聞いてしまった人間は全て殺さなければならない。

 全ては、王に平穏な日々を送って貰う為に。


「やらっ、せるかよぉお!!」


 しかし、今もこのゴーレムの身体に纏わりついてくるうるさい亜人。

 確かに彼……ウルガーは強い、それは認めよう。ここまでしぶとく喰らいついてくるとは予想外だった。が――


「このゴーレムは、古代にて最強の魔導兵器と呼ばれていたものだ。私もこの体の扱い方に慣れてきた今、貴様一人に負ける訳が無いだろう、ウルガー」


「チィッ――!!」


 ゴーレムの顔面から黒い熱線を発射し、それの軌道を変えながら、しつこく食い下がる亜人を撃ち落とす。

 そのままフレデリックは、住民達の避難する場所まで巨大な脚を進めて行った。




 ――――王城の頂点、王室の窓から覗くニアの目に見えたのは、王都の外を目指し進み始める巨人の姿だった。

 一瞬、逃げるのかと……そう期待してしまったが、どうやらそれは違ったらしい。


「あそこ一般人の避難場所がある方向でしょ! さっきの声聞いた住民全員殺す気かもしれない!!」


「えぇ!? そんなの絶対に駄目よ!! 急いで行きましょう!」


 と、窓枠に足を置き外に出ようとした――が、この王城はあまりにも高い。ウルガーやテッドなら下まで頑張って行けただろうが、ニアの身体能力ではまず無理だった。この高さで無計画に飛び降りれば、間違いなく即死――


「ニアちゃんは無理しなくていいからここに居て! 私が行く――」


 ビッキーがニアの代わりに飛び降りる姿勢に入ろうとして、それと同時。凄まじい殺気と怒気を纏う刃が、彼女の真横から襲い掛かり体に直撃した。


「うっわ!? ビックリした、効いてないけど!」


 ビッキーに刃を刺そうとし防がれた人物、それは、またもイオナであった。


「殺すくらいの勢いで、蹴ったはずなんだけどなこの人……」


「あんなのじゃまだまだ私は殺せないわ! フレデリック様が戦う限り、私も戦う! これが愛の力なのよぉ!!」


 イオナは、ビッキーから蹴られた側頭部から出血しながらも立ち上がり、まだまだ戦意は折れていない様だった。

 どうやら彼女のフレデリックに対する愛は強く、本物の様だ。それが正常な愛であるかどうかは置いといて。


「ビッキー、私がお姉ちゃ……イオナと戦うわ。その間に外に行って」


「そうしたい所だったけど、ちょっとアレはニアちゃんじゃヤバい。ボロボロの人間は何するか分からないんだよ……あの女は特に。一人で戦うからニアちゃんは手を出さないで」


「でも、民衆の人達を助けなくちゃ……。こう言ったら利用するみたいで嫌だけど、私の身ならケイミィさんが助けてくれると思うし」


「ケイミィ自身が信じられる存在でも、敵は魔導会だよ。もしかしたらケイミィから理性を外して凶暴な兵器にする手段とかもあるかもしれない。そうなればニアちゃんが危ない」


「……そう、だけど……っ」


「大丈夫、頑張って早く終わらせて、さっさと避難場所にも行く」


 そう語るビッキー、珍しくどこか自信なさげだった。

 それだけ今のイオナは恐ろしい、という事なのだろう。


「……駄目よ、こんなの、全部ビッキー任せじゃない……!」


 ビッキーとイオナの、激しい殺し合いが始まってしまった。

 このまま、見てるだけなんて嫌だった。ビッキーに加勢して急いで倒すか、だが――


「戦ってたら、間に合わない……」


 ゴーレムの歩く速度は意外にも早い。ウルガーも頑張っているが、その進行を止めきれない様子だった。

 内心では分かっていた。今すぐに向かっても追いつけるか怪しいのに、戦っていたら完全に時間が無くなる。

 ここから避難場所まで一気に移動するなんて、それこそ空でも飛ばないと――


「――空……」


 それに思い至ったニアは、ケイミィへと振り向いた。

 目が合い、「どうしました?」と言いたげな視線を返すケイミィに、ニアは顔を近付けて必死にお願いする。


「ケイミィさん、お願い、力を貸して!」


「は、はい!?」


「翼を生やせるんでしょ、空を飛んで、私を民衆の人達の場所まで連れて行って!」


「いえ、しかし、その……っ」


 ケイミィは困った様な表情で、返答に戸惑っている。

 物凄く変なお願いをしているのは、敵に協力を頼むなんて自分が馬鹿な行動を取っているのは、分かっている。

 だがもう、間に合う為の手段が他に思い浮かばなかった。


「凄く変な事を言ってるのは自覚してる、けど、もう間に合うには、これしか思い付かない!」


「……」


「戦いには協力してくれなくていい、連れて行ってくれるだけで、いいの!」


「で、すが……」


 ケイミィは目を俯かせてから、チラと外を覗いて、ニアへとその視線を戻し。


「きょ、協力してくれないなら、私は、ここから……そう、飛び降りるわ!!」


「はい!?」


 正直、胸が痛んだ。言う事を聞かせる為に、脅しを掛けている。けれど、罪の無い人が多く死んでしまうかもしれないのだ。

 これくらいは、我慢しなければ。


「……」


 ケイミィには嫌な顔をされる覚悟も嫌われる覚悟もあった、が……しかし。彼女の表情は、思っていたどれとも違っていて。

 呆れた様に苦笑を見せながら、ニアへと応える。


「ニアさん。無理してるのが表情に出てますよ、何で言ってる側が辛そうなんですか」


「あ、え……、いや、そんなこと無いわ! 私今凄く悪い人だから!」


「もう、いいです。分かりましたよ…………連れて行く、だけですからね」


「へ?」


 予想外にあっさりと承諾され、拍子抜けな声が口から漏れた直後、ニアの身体は大量の蔓に全身を包まれ、ケイミィは背中から二枚の翼を生やして広げた。


 ケイミィが飛び立つ前に、ビッキーへ声を掛ける。

 本心では一緒に行きたいが、ここにイオナ一人を置いていくのも危険だ。祖父が殺されてしまうかもしれないし、せっかくあそこまで追い詰めた王を連れて逃げられたりしても困る。

 だから――


「ビッキー、ここは任せたわ! 私はフレデリックを追う、無事で居てね!」


「ニアちゃんこそ、気を付けて!」


 互いに言葉を交わし、直後、ケイミィは伸ばした蔓でニアを抱えながら、空へと飛び立って行った。


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