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銀狼と闇の魔女 〜千年の戦いと世界の終わり〜  作者: みどりあゆむ
三章 始まりの国
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三十七話 頂上の戦い


 刻の魔女カトレアは、地下の一室にて尻を地べたに着けながら身体を休めていた。

 現在の地上の状況について、思考を巡らせながら。


 フレデリックが黒き巨兵ゴーレムへと姿を変えるまでに追い詰められたという事は、もうじきこの戦いも終わる。


「私が手を貸してあげる訳にはいきません。頑張ってくださいね、ウルガー君」


 とはいえ、ウルガーの命が失われてしまっては、せっかく少しずつ積み重ねて来た計画も台無しだ。

 本当の本当にどうしようもなくなれば手を貸すが、出来ればそれは避けたい。

 本命である敵の目を欺く為にも、今はまだ「魔導会に協力する奇妙な女」で居なくてはならないのだから。


 そして、ウルガーには言わなかったが、城内の王室ではこれから一波乱起きるだろう。

 しかし、ビッキーを敢えて邪魔せず行かせたし、ケイミィも既に居るのでそっちの方の心配は特にしていない。


 あとは、計画とは関係ないが、心情的に安否が気になるランドは――


「彼は頑丈で元気ですから、無事だと信じておきましょう」


 刻の魔女として生を受けた瞬間から、カトレアの人生に自由は許されない。そう自分に言い聞かせて、生きて来た。

 だから今日も、自分の心は無視して、未来を見据えて動くだけ。


「せっかく王都まで来たことですし、今の内に大図書館に忍び込んで書物を漁りますか〜」


 『予知夢』で得られる未来の情報はあくまで断片的なもの。カトレアも全てを知っている訳では無い。


「ゴブリン、鬼、花人……二千年前に滅んだ種族について……」


 外見を理由に人間から迫害されていたゴブリン族、複数属性魔法の使い手である鬼族、植物を身体に宿し共生していた花人族……彼等の情報をもっと集めなければならない。

 近い将来訪れる、その時に備えて。


 尻の埃を手で払いながら立ち上がり、薄暗い地下の道を歩いて行く。この地下には大図書館に繋がっている隠し通路も存在している。

 そこを目指して進む中、脳裏にウルガーの姿が過ぎり――

 申し訳なく、本人には聞こえていない謝罪をそっと口にする。


「ごめんなさい、ウルガーくん。君にはもう一つ、話していない事があります……」


 それは、近い将来に起こる大きな出来事だ。

 真っ当な倫理観を持つウルガーからすれば絶対に許せない、黙っていたカトレアに怒りを向けて来るであろう未来の光景。


 しかし、それは『多数の命を生かす』事が目的のカトレアには都合の良い未来で……だから、彼に邪魔されない為にも、言わなかった。


「いずれ彼から殴られる覚悟はしておきましょう。――――その時、私が生きていれば、ですが」






 ――――その一方、王室にて。

 ニアは今、内心酷く焦っていた。


 先ず、一番成し遂げたい事は囚われの身にある母を魔導会から救い出す事である。

 その為には、世界中で悪事を働く魔導会の本拠地を探し出す必要があり、その手掛かりを見つける為に生まれ故郷である東の大国イースタンへとはるばるやって来た。


 入国後、目立った行動は極力取らず、必要な情報だけを集めて速やかに立ち去る――そんな予定だったのだが。


 魔導会の刺客であるカトレア、ランドと遭遇したり、フレデリックが生きていたり、兄と会ったり、ケイミィに連れ去られたり、果てには反乱軍と国王軍とで争いが起きている真っ最中だと言う。

 何だか最初の想定よりもどんどん大きな事態に巻き込まれて行っている。


「遂には魔法で王様を殴っちゃった……」


 現在、ニアの『影の鞭』でその身を拘束されている王は先刻、『爆風石』と呼ばれる戦争で使われる爆弾を投げつけて来ようとしていた。

 その暴挙を止めるためなので、魔法で殴った事自体に後悔は全く無い。


 また屋内で同じ様に暴れられては非常に困るので、現在こうして王が自由に動けないよう捕えている。


「けど、端から見たら私、完全に反乱の首謀者よねコレ」


 勿論そんなつもりは無いのだが、事情を知らない人が見ればビックリするだろう。


 更に、ニアに斬り掛かろうとした事で魔導会のケイミィに捕らえられ蔓で全身を拘束されている騎士達、国王から奪った薬を、重傷を負った騎士と掠り傷を負った王に塗る祖父――最早何が何やら訳の分からない空間と化している。


 そして何より、外からは強大な負の魔力の気配を感じる。これは明らかに只事では無いと、本能的に理解出来た。


 しかし、外へ出ようとすればケイミィが止めようとしてくるだろう。

 焦燥感がどんどんと膨れ上がって行き、胸中を支配していく。


「闇の魔女に……殺され、る……フレデリック、私を、助けてくれえぇっ!!」


「んも〜〜っ、だから殺さないってば!」


「ひいぃっ! オイ、お前達、私の護衛だろうが! 早くこの魔女を殺せぇ! 役立たずがァ!」


 またも罵声を浴びせられる三名の騎士は表情を曇らせながら俯き、


「も、申し訳……ありません……」


「えぇい、この兵どもは仕事も出来ん! 他の国の王達も、利用出来るものは何でも利用するなどと馬鹿げた事を! 闇の魔女と光の魔女は見つけ次第即刻殺すべきだろうが、何故分からんのだ愚か者どもはぁ!!」


 更には王様もただただ騒がしく怯え、護衛の騎士達に罵声を浴びせ、あとはよく分からない事を叫ぶだけで、人間らしい会話は全然してくれない。


 ケイミィはちゃんと話はしてくれるし命は守ってくれるが、脱出の味方は絶対にしてくれないだろう。

 今、味方として頼れそうなのは祖父だけだが……


「……あの魔導会の少女の警戒を抜けて出る事は難しい。私の風魔法に出来るのは、空気の振動を抑え周囲に伝わる音を無くすくらいだ」


「それで音も無く部屋に入って来てたのね、お爺ちゃん」


 ニアと祖父の会話に、周りの人達は気がついていない様だ。先程の話を聞く限り、彼の風魔法の応用により、周囲に音が伝わらない様にしているのだろう。


「若い頃にもう少し魔法を真剣に勉強しておくべきだったと悔やまれるな、今更もう遅いが……。私がニアの足音を消してみせる。あの少女が見ていない隙を見計らい、脱出するんだ」


「けれど、お爺ちゃんが危ないわ……それに確か、ケイミィさんは体温とかでも感知出来るって言ってたわよ」


「私の身は気にしなくていいが……。それでは、音を消しても見つかる可能性があるか」


「えぇ。初めてケイミィさんに会った時、テッドも気配を消していたのにバレちゃったし」


 やはり敵対するとなれば厄介なのはケイミィだ。

 あとは、心情的にあまり彼女とは戦いたくないという部分もあるのだが、その本音は今は心の奥にしまい込んでおく。


 どうすれば彼女の感知能力を欺き、脱出出来るのか思考を巡らせ――その時だった。




「はぁ……何これ。あんた達フレデリック様に申し訳無いと思わないの?」


「――!」


 その時、扉の前から女の声がした――聞こえた方角へと視線を向ければ、そこには赤い髪の女性が……ニアの姉、イオナが呆れた様に溜息を付きながら佇んでいた。


「お姉ちゃん!?」


「お姉ちゃんじゃないわよ。王を引っ捕らえるとは良い度胸してるじゃない、豚女。全く……やっぱりフレデリック様の右腕であり未来の妻である私が居ないと駄目ね」


 イオナは捕らえられている騎士達を冷たい視線で見下ろしながら、歩き近付いて来る。

 その彼女に、ケイミィは顔を向けながら問い掛けて、


「……イオナ様。下の戦場に居たはずでは?」


「テッドの足止めの後は、王室の護衛を頼まれていたのよ。決して勝てなくて逃げ出したんじゃないわよ、勘違いすんじゃないわよ、えぇ?」


「いえ、そこまでは聞いていませんが」


 たぶん、テッドに勝てなくて逃げ出したのだろう……と口に出すのは止めておいた。


 それより、事態は更に悪化してしまった。対処するべき相手がまた一人増えてしまった……しかも性格上の問題で、ある意味ケイミィよりも厄介な相手だ。


 その一方で拘束されている王は、イオナの顔を見て、まるで救世主が現れたかの様にその顔に安心と喜びを刻み込みながら、懇願する様に声を発した。


「おぉ、イオナ! ワシを、ワシを早く助けてくれぇ!! そして、闇の魔女を殺してくれ!!」


「勿論です、王様。助け出して、ニアも殺します」


「――え?」


 イオナの発言にニアは一瞬硬直し、同じく聞いていたケイミィも怪訝な表情へと変わり、イオナへ問い質す。


「待ってください。ニアさんを殺すと聞こえました。光の魔女様のご意思は、ニアさんを生きたまま連れ帰る事で……」


「横からうっさいわね、作り物風情が。フレデリック様の一番に従う人間はイースタンの王よ。光の魔女とか正直どうでもいいのよ、王が言ったのならばそれはフレデリック様の言葉に等しいわ」


「……なら、私は、イオナ様とフレデリックさんには協力できません」


「ふーん、私に逆らう気? 生まれて一ヶ月ちょいのガキが?」


 更に、ケイミィとイオナの間で意見が割れ亀裂が生じたらしい。

 ますます事態が混沌としていく中、イオナは衣装のポケットから何かを取り出す――それは小さい、魔晶石の様なもので。


「さて、アンタ達二人にはもっと頑張って貰わないとね」


 そう呟きながら二人の騎士を見下ろして、その彼等は何かを察した様に表情を青くさせて――


「待ってください、待ってください! それは嫌だ! お願いします、やめ――」


「うるさいわね」


 切り捨てる様に言い放ち、イオナは手にした魔晶石に魔力を注いだ。その次の瞬間――


「――! 駄目ぇ!」


 ニアは、二人の騎士の体内から膨れ上がる魔力に気が付き、影の鞭を伸ばして止めようとした――が、既に手遅れで。


「ぎゃあああアアァァァヒィャアアァァァ!!」


 二人の騎士の体内から膨れ上がった負の魔力が外へと飛び出し、黒い触手となってケイミィの蔓を引きちぎりながら、ニアが伸ばした影の鞭を叩き落とす。

 更に一緒に拘束されて真横に居た三人目の騎士は、何も出来ないまま黒い触手に頭部を破壊され即死。

 ケイミィも襲い掛かって来る触手から後退し、離れて回避していた。


 そして見てみれば、二人の騎士は、以前に見たものと同じ……黒い鎧の怪物へと変化していた。


「あの人達の身体に、そんなものが……」


「私とフレデリック様しか知らなかった事よ。アンタみたいなただの道具に教える訳ないでしょ」


 ケイミィは驚きの表情を浮かべており、どうやら彼女も知らない様だった。


 二人の騎士は強い恐怖に駆られたまま苦しげに、黒い怪物へと姿を変えられてしまった。もう一人の騎士も、無残に殺されてしまった。

 ニアは内心から沸き立つ怒りを目に浮かべながら、イオナへと視線を向けて、


「嫌がってる人を、無理矢理そんな姿に……! 酷いと思わないの!?」


「はあ? アンタが怒る意味が分からないわ。いい子ちゃんぶって男の気でも引こうとしてるのかしら?」


 言葉はマトモに通じてくれない。この女とは、もう戦うしかない。

 意を決して闇の魔力を高めながら戦闘態勢に入り、そこへ背後から祖父が止めに入ろうとする。


「待て、血の繋がっている者同士での殺し合いなど、もうたくさんだ! やめろ、イオナ!」


「落ちぶれたジジイは黙っててくれないかしら」


 イオナは祖父を睨み付け、次の瞬間、祖父は苦しげに頭を抱えながら白目をむき、絶叫する。


「うぁ、ガッ、グァアアァァァッ!!」


「お爺ちゃん!? ちょっと、何をしたの!?」


「幻覚魔法よ。聞かなきゃ分かんないの? 頭悪いわね」


 イオナはニアを見下す様に睨み付けながら、人間だった二体の黒い怪物へ指示を出す。


「お前達、ニアを殺しなさい。邪魔する奴も殺していいわ」


「ぐひひヒヒィ、ヒャハァァァーー!!」


 二体の黒い怪物はおぞましい笑い声を上げながら、ニアを目掛けて同時に大量の触手を伸ばして襲い掛かって来る。


「はぁーー!」


 ニアも四本の影の鞭を伸ばして迎撃――更にそこへ、


「ニアさんは殺させません」


 ケイミィがニアを守る様に立ちはだかり、大量の茨を伸ばして、黒い触手を弾き防いで行った。


「ありがとう、ケイミィさん!」


 助けに入ってくれたケイミィへと感謝を伝え、彼女はどこか照れ臭げに「いえ」とだけ、短く言葉を返す。


「それにしても、やっつけても大丈夫かしら……。前に遭遇した個体は、やっつけた後に負の魔力が爆発してたわ」


「ここで爆発すれば王も巻き込みます。王の護衛の為に置かれているものに、そんなものは仕掛けないかと」


「言われてみればその通りね」


 確かに、護衛目的の存在が王まで被害に巻き込んでしまったら本末転倒だ。なら、負の魔力の爆発については気にしなくても大丈夫だろう。


 しかし、元人間で……しかも理不尽に無理矢理怪物にされた人の命を奪うのは、正直言って気分は最悪だし、そんな事やりたくない。


「けど、イヤイヤ言ってちゃ何も解決できないわ……!」


 心を鬼にして、戦う事を選ぶ。

 影の鞭を振るい、闇の魔力の弾丸を放ち、黒い怪物を迎撃する。

 ケイミィの助力もあり相手からの攻撃を相殺出来ているが、


「中距離戦じゃ駄目ね。接近して戦いなさい」


 イオナは黒い怪物へ指示を出し、二体は戦闘方法を変え黒い槍を両手から出現させながら接近して来た。

 放たれる茨と影の鞭を、黒い槍で次々と切り捨てながら距離を詰めて来る黒い怪物。


 更にケイミィは背中から翼を生やして、そこから無数の羽を射出し迎撃するが、黒い怪物達は全身に傷を負いながらも怯まず直進して来て――


「えーい、止まりなさい! 影縫い!」


 ニアは両手から魔力を放出し『影縫い』を発動、二体の怪物それぞれの影を捕らえてその動きを止めた。

 ただし、強い敵が相手だとほんの一瞬しか止められない上に今回は二体同時だ。足止めに一秒持つかも不安だったが……


「あとは私に任せてください」


 その一瞬の隙を突き、ケイミィは自らの頭髪の先端を伸ばし黒い大蛇の姿へと変化させて、一体の怪物を齧り付き、丸呑みする。

 更にもう一体には大量の茨を一斉に巻き付け、無数の棘に串刺しにしながら締め付けた。

 ――が、


「キヒャヒャヒャヒャ!!」


 身体中に穴が開き、鎧が砕け、内側の肉が裂かれ、全身ボロボロな状態になっても怪物達は変わらず笑い声を上げて、黒い大蛇と茨を引き千切りながら再び姿を現し攻撃を再開する。


「しぶとくなってる!?」


 ニアが遭遇してきた個体は再生能力はあれど、痛みを感じている反応はあった。

 しかし、今回の相手は全く痛む反応を見せず、ひたすらに殺意のみを突き付けて来ている。


「く――っ!」


 ケイミィは更に応戦しようと翼を広げる――が、そこから無数の羽による攻撃が放たれるより先に、ケイミィの顔面と腹部へ同時に黒い槍が突き刺される。


「コラアァァーー!!」


 彼女は立場上は敵だ、これが終われば次に戦わなければならない相手。なのに、彼女が酷く傷つけられる姿を目にして、ニアは怒りで頭に血が登っていた。

 四本の影の鞭を発動し、二体の怪物へと全力で叩き付ける。

 ケイミィの近くから引き剥がす事は出来たが、大して効果は無い。


「ケイミィさん、大丈夫!?」


「……平気……です……ビックリは、しましたが……」


 ケイミィの傷つけられた顔と腹部は少しずつ再生を始めていた。

 黒い槍は受けると動けなくなるものだったが、どうやらケイミィはそれを受けても動けるらしい。


 しかし、安心はしていられない。黒い怪物はいくら攻撃を受けても意にも介さず元気な上に、直ぐに再生を始めてしまう。

 弱点である魔晶石を破壊するしか、方法は無いが――


「私の魔法じゃ、壊せるまでの威力は無いわよ……」


 魔晶石を破壊し完全にやっつけるには、決定打が足りない。

 しかし、イオナはこちらにゆっくり作戦を立てる猶予など与えてはくれない。

 イオナは二体の怪物へと再び指示を出し、黒い怪物は同じ様に黒い槍を振り回しながら直進して来る。


「ニアさん、考えている時間はありません!」


「そうね、とにかく手当たり次第に何でもやるしか……!」


「オーホッホッホッ! アンタ達じゃどう抗おうと無駄なのよ、大人しく死になさ――ブボッ!!」


 ニアとケイミィを見下す様にしながら高笑いを上げるイオナ――その彼女の発言の最中で、言い掛けた言葉が中断される。

 直後、何かに叩きつけられたイオナは身体を吹き飛ばされる床の上をゴロゴロと転がっていた。


「え――!?」


 そして、イオナの立っていた場所に、黄色い髪の少女ビッキーが険しい表情をしながら佇んでいた。


「ビッキー!」


「助けに来たよ、ニアちゃん」


 そして、ビッキーはその場から床を蹴りつけて跳躍、身体を回転させながら一気に黒い怪物の一体の背後まで飛び掛かり、背中に向けて両足を叩き落とす。


「グッギャ、ヒャハハッ!」


 体を床に叩き付けられてなお笑い続ける怪物は、大量の触手を背中から射出、更に二体目の黒い怪物も触手を放ち、それらはビッキーの全身へと襲い掛かる――が、その全ては彼女の身体に傷を与える事が出来ずに終わる。


 更に横からもう一体の黒い怪物が槍を突き付けながら襲い掛かり、


「ビッキー、普通の人がそれを受けたら動けなくなるわ! たぶん負の魔力が込められてる!」


「りょーかい」


 ニアの言葉を聞き入れたビッキーは槍の刺突を回避し、怪物の心臓部へと手の平を当て、不可視の一撃を放つ。


「ギャハァッ!」


 笑い声を上げながら吹き飛ばされ、その直後、背後から立ち上がったもう一体の怪物が槍を振りかざしながら襲い掛かる。


 それもまた回避して、反対方向から迫る怪物の殴打を右手の甲で受け止めた。

 その後、心臓部に手の平を当てながら不可視の衝撃を放つ。


「ヒャハゥッ!」


 鎧を破壊し、そこから更に不可視の衝撃を二発与え、再び怪物を床へ叩き付けた。

 内側の肉を破壊して、その下から核らしき魔晶石が露出する。

 再び立ち上がろうとする怪物を魔晶石を踏みつけながら床に叩き落とし、そのまま見下ろして。


「アンタみたいな考え無しにひたすら攻撃するしか能の無い奴の方が、私には戦いやすくて助かるよ。さっさと終わらせるね」


 核を上から踏みつけたまま、ビッキーは足の裏から何発もの不可視の衝撃を放ち、細かい破片が宙に散らばり飛んで行く。

 やがてその魔晶石は、跡形も無く粉々に粉砕された。


「ギャ……ァ……は……」


 核を破壊された怪物は嘘のように大人しくなり、そのまま身体が泥の様にドロドロと溶けていく。


 ビッキーは残りの一体――ケイミィへ矛先を変えていた怪物へと狙いを移し、その背後から飛び掛かって頭部を蹴り飛ばす。

 先刻まで脅威だった黒い怪物は、ビッキー相手には何も出来ず……ただ一方的に痛め付けられるだけだった。


 相性の関係もあるだろうが、その圧倒的な戦いに彼女の、ビッキーの高い実力を改めて思い知らされる。


「ビッキー、やっぱり凄いわね……」


 そう感心していると、ニアの耳に「キィィィーー!」と女の金切り声が突き刺さって来た。

 それはイオナの声だ。そこへ意識を向ければ、彼女は憤怒に満ちた表情でニアを睨み付けており、


「何よこれ、許さない、絶対に許さない、アンタだけでも殺してやる、ニアぁーー!」


 強い殺意の籠もった言葉を浴びせかけられた後、ニアの視界に広がる景色が一変する。


「う――!?」


 またも、周囲には家族や友人、今まで出会った人々の死体が転がり、知り合いの声の断末魔が耳に突き刺さり、血と内臓の臭いが鼻を刺激した。

 幻覚だと分かっていても、やはり苦手だった。

 それでも今回は、混乱せず冷静な思考を保つように努めて意識して――


「……『黒い霧』」


 認識阻害魔法、『黒い霧』。

 いつもは自分の周囲に纏わせて、外からの認識を阻害する魔法として使用していたが、今回は少しやり方を変えてみた。

 これを自分の内側、体内に発生させてみる。すると……狙い通り。


「私の認識能力が落ちてる」


 わざと自身の認識能力を落としてみれば幻覚が弱まり、死体はよく見えなくなる。断末魔も小さく聞こえづらくなり、血と内臓の臭いも感じ取り難くなった。


 あとは、イオナがどう仕掛けて来るかだ。


 自分の五感が鈍くなっている今、彼女の位置を探るには得意では無い魔力探知に賭けるしか無く、とにかくそれのみに集中する。


 集中、集中、とにかく集中して、イオナから発せられる魔力を――――


「――! そこねーー!」


 ニアの背後、魔力を感じ取ったそこへ右手を向けて『影縫い』を発動する。そうして動きを止めた後、左手の人差し指に闇の魔力を溜めて弾丸にし、射出した。


「ブぎゃんッ!!」


 女の悲鳴が聞こえて、幻覚が一気に掻き消える。

 体内に発生させていた黒い霧を解除すれば、視線の先には顔面に痣が付き床に倒れているイオナの姿が確認出来た。


「やったわ……」


 一度に色々と魔法を使用した影響で、ズシンと大きな疲労が全身にのしかかる。

 床に座り込みたい衝動を抑えて、膝を奮い立たせながら駆け付けてくれたビッキーへと視線を向けた。

 すると既に二体目の怪物も核を破壊され泥の様に溶け出していて、ビッキーとケイミィはこちらに加勢しようとしていた様だ。


 しかし、落ち着いて見てみればビッキーは身体の至る所に怪我をしていた。


「ビッキー、怪我してるじゃない!」


「あぁ、ここで受けた傷じゃないし、これくらいなら慣れてるから平気だよ。気にしないでいいよ」


 彼女は手を振りながらそう応えた後、ケイミィへ顔を向け、


「何で仲間割れしてたのかは知らんけど、ニアちゃん守ってくれてありがとね」


「いえ……彼女は、連れ帰らないと行けないので……」


「ふーん。ところで私もニアちゃんを連れて帰りたいんだけど」


「……それは、させません」


「やっぱりかぁ。――じゃあ、やるしかないって訳ね」


 次はビッキーとケイミィの間で亀裂が生じ、互いに睨み合い、空気が張り詰め始めた。


「あ……」


 想定していた事だし、ニアは勿論ビッキーに加勢する。ただ、それでも、ケイミィと戦う事に内心戸惑いがあるのもまた事実で。


「うー、駄目よ、私。戦わなきゃ!」


 そんな迷いを頭から追い出す様に努めて、疲労した体を起こし闇の魔力を高める。

 どちらから先に仕掛けるのか。互いに睨み合う中、ビッキーが先に足を踏み出そうとした――その時。


「あああぁぁぁーーっ!! 終わりじゃあ、魔女に殺される、殺されるうぅ!! やぁだあぁぁーー!!」


「えぇっ、ちょっといつまで同じ事で騒いでるの!? だから殺さないってば!」


 張り詰めた緊張の糸を横から無理矢理引きちぎるかの如く王は再び泣きながら騒ぎ始める。

 幻覚魔法から戻った祖父が見てくれているので、また爆風石を投げようとする暴挙には出ないと思うが。


 そんな騒ぐ老人の姿を見たビッキーは、いったんケイミィから視線を外し、騒がしい声の元へ指を差しながら。


「あ、もしかしてあのうるさいクソジジイが王?」


「クソジジイって……あれでも一応王様なんだから……」


「四大国の王なんか皆クソでしょ。私あいつら大っ嫌い」


「え?」


 王を見るビッキーの表情からは、本気の嫌悪感を読み取れた。

 何があったかは知らないが、どうやら彼女は王様の事がもの凄く嫌いらしい。


「四大国の王様と、知り合いなの?」


「実際に会った事あるのは北の王だけだけど……まあ今はそれは置いといて。ねえ、ケイミィ。ちょっとあのクソジジ……王と話しても良い?」


「はい……? 別に、それくらいなら構いませんが」


「そう。じゃあ一時休戦ね」


 ビッキーはケイミィへ攻撃を仕掛けるのを中断し、王へと歩を進め近付きながら話し掛ける。


「こんちわ~、何を騒いでんの?」


「ひぃっ! 新しい魔女だ、あっちへ行け! あっちへ行けぇ!!」


「そんな怖がらなくても殴らないよ。何か顔も涙や鼻水で汚いし臭いし、こんなジジイ触りたくも無いし」


「は……、なぁ!? な、な、な……貴様、貴様ぁ!! 王たる私に今、何と言ったぁ!?」


「汚い臭い触りたくないって言ったんだけど。耳遠いの? それともボケた? 大丈夫?」


「貴様ぁああ!! 私を馬鹿にしているのかあぁぁ!?」


「ちょ、ちょっと、ビッキー……!?」


 ビッキーは明らかにわざと王に対して暴言を吐いて怒らせようとしている。いくら嫌いだからとは言え、流石に今やることでは無いと思うのだが……

 この状況で、そんな意味の無い事をするとも思えなかった。


「ねぇ。魔導会とはどういう関係なの? さっきの黒い怪物といい怪し過ぎでしょ。アレどこから持ち込んだの? この国で作ったの?」


「知らん! ワシは知らん! 知らんと言っているだろうが! ワシは何も悪くないぃぃ!」


「ちょっと本当にうるさいなこの爺さん。ねぇケイミィ、さっきまで居た黒い怪物はこの国で作られたもんなの?」


「半分は、当たってます。王様からの依頼で魔導会が有する兵器の一つである『人工魔晶石』をこの国に渡したんです。その後の事は知りませんでしたが、おそらく先刻の護衛の騎士二人の身体に埋め込まれていたんだと思います……」


「そう。教えてくれてありがとう。いや、マジで教えてくれるとは思わなかったけど」


「貴様ぁああ!?」


「ケイミィさん……正直過ぎるわ……」


 素直な性格の彼女はビッキーからの問い掛けに正直に答えてくれた。

 ただ、大事な事は話さず黙る性格でもあるので、『人工魔晶石』の件はケイミィにとっては大して大事な話じゃないという認識だったのだろう。


 ビッキーは更に軽蔑を強めた視線で王を見下ろして、


「魔導会から怪しい兵器受け取って護衛に埋め込むなんてヤバい所業して、真面目に働いてる騎士さん方に申し訳無いと思わないの? 化け物になっちゃった騎士に対して罪悪感は無いの?」


「うるさい、うるさい、黙らんかああぁーー!! 騎士など私の為に死ねば良い駒だろうが、罪悪感だと? 駒に対してそんな感情を抱くわけ無かろうが! むしろ、役にも立たずに死んで『人工魔晶石』を無駄にさせた奴等を、八つ裂きにしてもう一度殺してやりたい気持ちだ!! 魔女も殺せぬあの馬鹿共がぁ!!」


「自分を守ってくれた騎士にそんな事言っちゃうんだぁ……。他の騎士や国民達に聞かれたらマズイよねぇ、これ。皆にバラしちゃおっかな」


「脅しているつもりか? 聞かれたならば、兵や国民などいくらでも殺せば良いだけだ! ワシの立場ならば凡人ごとき殺しても好きに揉み消し、情報を書き換え、他の者に罪を被せる事だって出来るんだぞ! 馬鹿な愚民どもは耳に入れた情報を直ぐに信じ込む、これまでもそうだった!! 何をしようと無駄なのだよ!!」


「うわぁ……国民を何だと思ってんの?」


「貴様は足元を彷徨いている小さな虫に何かを思うか? 王たるワシがそんなものにいちいち心を動かす訳が無かろうが! 無害な虫なら無視すればいい、ワシの安寧を揺るがす害虫ならば駆除する! それだけだ!!」


「なるほど〜……。何で王様やってんのかな」


「王こそが人間社会で一番安全であり、他人に見下されない、ワシを脅かす者の居ない安心出来る立場だからだ。それ以外に理由があるか!?」


「えぇ……」


 騎士や国民に何とも酷い言い草をする王だと思ったが、王になった理由までも、どこまでも自分本意な人間だった。

 彼にとっては下の人間など、全てどうでもいいのだ。

 ただ、自分自身の安全と安心が欲しいだけ……その為だけにこの老人は、王の座に就いている。


「私もいい加減、この人をもう王様なんて呼びたくないわ」


 今度から『王様』と呼ぶのをやめて『お爺さん』と呼んでやろう、とニアが内心で考えていたその直後。


 ビッキーは衣装のポケットに手を突っ込み、手鏡の様な物を取り出して、それを王に向けながら言い放つ。


「勝手に色々話してくれてありがとう。王ならもっと冷静に、相手が何か企んでんじゃないかとかさ、考えながら喋った方が良いよ」


「は……ぁ?」


「全部この魔導具で録音しておいたから」


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